序章 第一話

「春樹!」


彼の名前を呼んだのは同じ奴隷である少年、冬樹だった。斧を既に振りかざしている彼は一瞬止まったが、そのまま振り下ろして薪を真っ二つに割った。綺麗に割れた薪を端っこに寄せて彼は返事をする。


「何だよ?」


まだ春先なのに、汗がじわりとおでこに滲み出てきているのが分かる。無愛想な返事をする彼に構わず、近づいてくる冬樹。正反対な名前の彼らは、性格も正反対のようだ。それもそのはず、『冬樹』と名前を付けたのは春樹本人。全く違う性格ということと、冬に拾われたと話を聞いていたのでそのような名前を付けたのだ。


「近くでさ、陰陽師が何かやってるって!」


「陰陽師ぃ?何でまた?」


「それは分からないけど… とりあえず、行ってみようよ!」


気の進まない様子の春樹を一生懸命に引っ張って行こうとする冬樹。グイグイと彼のボロボロになった服を引っ張るのを見ると、破れてしまいそうだ。


友達であり、兄弟のような彼と春樹はいつも一緒にいて、お互いに助け合っていた。普段は口数が少ない春樹も、冬樹の前ではよく喋る。しかし、たまにこのようにして強引に誘おうとするのだ。


「そもそも、抜け出したら怒られるぞ?何されるか分かったもんじゃない」


彼が嫌がる理由など、ただ一つ。奴隷である彼らの主人の貴族が怒り狂うというのが目に見えている。彼らの主人は癇癪持ちのようで、少しでも気に入らないことがあれば怒鳴り散らし、彼等奴隷に向かって何をするのか分からない。


今までも下手をしたり、気に入らない時に話しかけたら、竹の鞭で叩かれたり、熱湯をかけられることもあった。そんな非人道的なことをしても許されるのが、奴隷である彼らだった。


「そ、そう、だけど……」


見に行きたいのか、眉を下げている冬樹。先程まで明るかった顔に影が見える。彼も同じように酷い目に遭わされてる。それを思い出したのか、躊躇するようだ。それを見た春樹は気の毒に思い、ある提案をした。


「……分かったよ。見つかったら、俺のせいだって言うから。それで大丈夫だろう?」


「え、で、でも…」


「あの人、俺の容姿は気に入っているようだからさ。顔には何もしねぇんだ。だから、大丈夫」


春樹の提案について申し訳なさそうな顔をしている冬樹。しかし、春樹が言う通り、彼らの主人はいたく春樹の容姿を気に入っているようだった。


それもそのはず、ここら辺では見かけることのない金色の髪に、吸い込まれるよな綺麗な青い眼。それは、西洋の国々を思い出させるような顔立ちだった。陽の光に当てられて、輝くその髪色は行く人全ての目を奪う。それに加えて顔の部位が綺麗に整っているのもあり、気持ちの悪い主人に気に入られている。


「それなら……」


「よし。じゃあ、行こうか」


「うん……!」


冬樹に差し出す春樹の手には沢山のマメが出来ていた。子供らしからぬその手は、毎日過酷な労働をさせられ、ろくに食事を与えてもらえないことを物語っている。しかし、彼らは既に諦めているのだ。


『僕らは奴隷だから』と。


そんな生活をしている彼らにとってお互いが唯一の支え。初めて今の主人の所へ来た時、2人は同時に入って来た。そこで同い年と言うことに気づいて、協力し合って何とか今まで生きてきた。



冬樹が握った手の平にも数え切れないマメがあり、お互いにギュッと握り合って静かに抜け出した。もちろん、自分の仕事は終わらせてから来たのでそう簡単には分からないだろう。見つからないことだけを考えて、彼らはその陰陽師がいる所へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る