「犯される。焦り出す」


 とある高級ホテルの一室。華々しい夜の町並みが一望できるベランダでラルクス・マグウェルは落ち着かない様子で煙草を口に咥えていた。


 近くの木製のテーブルには吸い殻が山のように重なった灰皿が置いてある。


 トカゲを捕獲するために出動させた犬三頭と隊員三名が全員、目の当てられない程、無残な姿で発見されたからだ。


 どうやらターゲットの力は自身の予想をはるかに上回るものだと理解したラルクスは落ち着かずにはいられなかった。



 ラルクスの属する国は別の大国と戦争状態になっている。そのため、植民地である極東の国から徴兵と物資の提供を行っており、その過程で例の植物を発見したのだ。


 地元の住民の話によると、遠い昔に神の寵愛を受けた植物だという話だ。


 しかし現代科学を信奉するラルクスにとって神話やオカルトなどは聞くに値しない話である。


 ところが、それに似合うような力がその植物に秘められていたのは確かである。


 ある一匹のトカゲがその植物の中に含まれる物質と細胞が結合して驚異的とも言える進化を遂げたからだ。



 その植物には麻薬作用が含まれており、その中毒性はヘロインの二千倍とも言われている。


 通常は摂取した瞬間、強烈な幻覚症状に苛まれて死に至る。


 ラルクス達はその植物に目をつけて、自国の生物兵器として利用する計画を立てた。


 多くの動物にこの植物のエキスを混ぜた臭いを嗅がせて、その効果を研究していたのだ。


 予想通り、あのトカゲ以外の生き物は全員、死亡した。


 部屋の扉からノックが聞こえた。サングラスをかけた恰幅の良い男が入室してきた。



「マグウェル博士。準備が整いました」


「分かった。すぐいく」


 不安感を押しつぶすようにタバコの火を消して、部屋を後にした。




 月夜の下、トカゲは水浴びをしながら、早朝の出来事を思い出していた。駄犬から聞き出した情報。


「あの植物から作り出された薬を生物兵器として利用しようと考えていたらしい。研究所に飼われていた奴らはその殺傷力を試すための実験台だった。そんなことのために俺の妻は」



 トカゲの中でさらに怒りがグツグツと音を立て、煮えたぎっていた。人間達のつまらない都合のせいで自分の愛する存在は奪われてしまったのだ。



 憎しみが心を覆い隠すとした時、突然、体の全身に感じたことのない刺激が駆け巡る。血管が痛い。いや、血液がおかしいのだ。


 まるで血管の中を流れる血液が気泡で埋め尽くされたような気分だ。

 

「血がしゅわしゅわする!」


 日に日に体の調子がおかしくなっているのが手に取るように分かる。



 直感的に彼は力の副作用だと理解した。尋常ではない速度で体を蝕んでいた。



 さらに脳裏で聞きなれない不協和音が鳴り響き始めた。脳や神経をかき乱されそうな音が円環するように聞こえる。



 規則性が存在せず、強烈な不快感を覚える。度重なる体内の変化に心を休める暇もない。



「くそっ! 早く終われ!」


 無限に続くような苦しみは彼が気を失うまで続いていた。

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