第14話 縫い子シュルマと自由都市デュック・ユル

 露出の大きな服から覗く魅力に溢れた身体。

 背丈は高く青色の髪を腰まで伸ばし、瞳はぱっちりと大きい。

 口調はさっぱりとしていて表情は常に明るく、快活そうな印象を受ける女性。


 彼女は御者と運賃交渉を行うのだが、自分の魅力を理解しているらしく、大きく開いた胸元から覗く豊満な胸をちらつかせ、引き車に積んできた荷物と合わせて銀貨2枚で価格合意を取り付けた。


「じゃあ2枚。

 先払いのほうが嬉しいわよね」


 彼女は銀貨を2枚御者に握らせる。

 その際も御者の手を握るようにしてサービスを忘れない。


「手を貸してくださる?」


 彼女は荷台にいるこちらへと声をかける。


「あ、ああ――」


「ほら。つかまりなさい」


 手を貸そうと腰を上げたのだが、それより先にキオネが対応し、彼女の手を掴んで荷台へと引き上げる。

 彼女が荷台に上がると、キオネは先ほどまで離れた場所に座っていたのに、僕の隣へとぴったり身体をくっつけて座り込んだ。


 彼女に対して下心があったのは否定できない。

 だけれどキオネと旅をすると決めてついてきたのだ。ふらふらと新しく現れた美人の方へとついて行ってしまうほど愚かではない。――はずだ。


 キオネは身体をぴったりくっつけて、耳元へと顔を近づけると静かに告げる。


「怪しいわ。油断しないで」


 その言葉で熱っぽくなって浮かれていた脳が冷静さを取り戻す。

 確かに、街を出発する直前に偶然のように現れた女性。行き先も一緒。大量の荷物。街の人々とは異なる露出の大きな衣服。

 彼女のことを”怪しい”と判断するのは合理的だ。


 御者が出発の合図をして、クルマエビはゴットフリードの街を離れて街道を東へと進み始める。

 クルマエビが街道に出て、荷車の振動も落ち着くと彼女は口を開いた。


「デュック・ユルまでは長旅よ。お互い仲良くしましょ。

 あたしは縫い子のシュルマ。よろしくね」


 屈託のない笑みを向けられた、こちらも自己紹介を返す。


「僕はワタリ。こっちは――」


「キオネよ」


 キオネも自分から名乗る。

 シュルマはこちらの名前を復唱して、2人とも変わった名前ねと微笑む。


「ところで縫い子って?」


 気になったことを問う。

 シュルマは笑顔を向けて答えた。

 

「衣服を縫うのよ。

 ゴットフリードはイトエビの産地なの。だからこうして生地を仕入れに来たの。

 この服もあたしの手作りよ。

 どう? よく出来ているでしょ?」


 シュルマは言って、ワンピースの裾を軽く掴んで見せた。

 裾の短いそれを持ち上げられると見てはいけない部分が見えてしまいそうで、それ故にこの先がどうなっているのかという好奇心から生唾を飲む。


「イトエビの生地ってそんなに良いものなの?」


 キオネは咳払いしてこちらの視線を余所に向けさせると、そんな風に問いかけた。

 シュルマは手近な木箱を開けてみせる。


「触ってみたら分かるわ。

 貴族の衣類にも使われるきめ細やかな繊維よ。


 少しお金はかかるけど、よろしければ1着仕立てましょうか?

 銀色の髪にはきっと白が似合うわ」


「嫌よ、あんたが作るような服じゃ街を歩けないわ」


「流石にお客様の好みに合わせて仕立てますとも」


「バカな考えだわ」


 シュルマの言葉を聞き流しながら、キオネは木箱の中の生地を手に取る。

 見ているのは生地ではなく、箱の中に違法薬物が入っているかどうかだろう。

 だがその結果、シュルマはシロだったらしい。

 キオネはつまらなそうにため息を1つついた。


「生地は素晴らしいわ。

 端っこ少しだけ貰って良い?

 ハンカチを知り合いに貸したら返ってこなくて困ってたのよ」


「ええ、お譲りしますよ。

 もちろんお代は――」


 キオネはシュルマが金銭を求めているのを察して、銀貨を2枚差し出して握らせた。

 シュルマもそれで満足したらしく、鉄顎を抜いて白い生地の端っこを30センチ四方くらいに切ってキオネへと差し出した。


「縫いましょうか?」


「裁縫くらい出来るわよ。

 で、そっちの籠は何が入っているの?」


 キオネは生地が入っていた箱とは別の、藁で編まれた籠を示す。

 シュルマは生地を調達しに来たのだから生地が入っていそうなものだ。

 問われたシュルマは苦笑いを浮かべる。


「どうして知りたいの?」


「生地じゃないでしょ。

 密輸業者と同乗したなんて知れたらデュック・ユルに入れなくなるわ」


「おっしゃるとおりね。

 どうぞ、ご覧になさって」

 

 シュルマは拒否することなく籠にかかっていた蓋をずらす。

 キオネと共にその中身を覗き込んだ。


「エビ?」


「海のエビだわ」


 箱の中に詰まっていたのは両手で抱えられる位のサイズのエビ。

 形状としては伊勢エビに似ている

 。

 そしてびっしり詰まったエビの中に1匹だけ、赤々とした色のとげとげしいカニが紛れていた。

 シュルマが手招きするとそのカニは彼女の腕へと飛び移る。


「この子はあたしのカニ魔法で呼び出したの。

 チルドって名前よ。自分の周りを冷ますことが出来るの」


「おお、冷蔵できるのか」


 恐る恐るそのカニへと手を伸ばすと、指先がひんやりと感じる。

 冷やす能力を持ったカニだ。

 こういう召還能力もあるのか。


「これなら夏でも内陸まで海のエビを運べるのね」


「そういうこと。

 海のエビは魔力量が多くて人気があるから、この時期は特にデュック・ユルで高い値がつくわ。

 ま、能力を使ったちょっとしたお小遣い稼ぎってところね」


 シュルマは「温まるから」と言ってチルドを籠の中へと戻して蓋を閉めた。

 地球では冷蔵技術が発達するのは中世よりも後のことだが、この世界ではカニ魔法によって一部の人間には実行できてしまうのだ。

 

 そう考えるとシュルマのお小遣い稼ぎは上手いことやっていると思う。

 カニ魔法は人によって能力が違う。彼女は彼女の能力を存分に発揮してお金を稼いでいるのだ。


「便利な能力でしょ」


「便利なだけなら素晴らしいことね」


 キオネは何か含みを持たせたような物言いで返す。

 シュルマはその発言を取り合わずに、話題を変えてこちらへと尋ねた。


「あたしのことを聞いたのですもの。

 もちろん、質問に答えてくれるわよね?」


 キオネは問いかけを無視。

 シュルマの視線がこちらに向いたので頷いて返す。


「2人は結婚してどれくらいになるの?」


 その問いかけに驚き、一瞬呼吸を止めたせいでむせ込む。

 それでも否定しようと声を絞り出すのだが上手くいかない。


「い、いやその――」


「結婚してないわよ」


 上手くしゃべれないこちらに変わってキオネが否定してくれた。

 シュルマは「そうなの?」と首をかしげて、明確にキオネに向かって問う。


「結婚していないのに2人で旅をしてるの?」


「そうよ。目的がたまたま一緒だっただけ」


「目的って?」


「仕事探し」


 キオネは粛々とシュルマの問いかけに答えていく。

 シュルマは仕事探しと聞いて、ぽんと手を打った。


「仕事探しているならうちで働かない?

 結婚してないのよね。

 あなた教養もありそうだし、ちょーっと胸とお尻が足りないけど見た目も悪くないわ」


 キオネを勧誘するシュルマ。

 キオネは当然とばかりに嫌悪感むき出しにしているが、シュルマは容赦なくそんなキオネのフードを引っぺがす。


「髪は綺麗だし顔も良いわ。

 愛想良くしていればきっと可愛いわ。――あら」


 シュルマはキオネの右目にかかっていた髪をどけた。

 キオネは抵抗しようとしていたが一瞬遅かった。右目の下に走る傷を見て、シュルマは申し訳なさそうに表情を暗くする。


「ごめんなさいね。余所の仕事を探した方が良いわ」


 シュルマは謝罪すると同時に、キオネの髪を元に戻した。


「元々あんたの働くような店で仕事するつもりはないわよ」


 キオネはシュルマから解放されると髪を整え、再び深くフードをかぶった。

 それからはシュルマも積極的には話しかけて来たりせず、クルマエビは街道をひたすらに進んでいった。


 途中、農村によってクルマエビの休憩をさせたり、昼食を食べたりして、昼下がりには御者がここから先はガーキッド候領だと告げた。


「ガーキッド候って、偉い人?」


「ガーキッド宮中伯。選帝侯の1人よ。

 ま、皇帝を選挙で決める時代に宮中伯もクソもないけど、それでも皇帝選挙の主催者であり、政務関係の仕事を長く続けてる家系ではあるから、選帝侯の中でも影響力は大きい方ね」


 キオネは問いに対して十分すぎる回答をしてくれた。

 選帝侯と言うことは、テグミンの実家であるカルキノス家と対等な存在であり、カーニ帝国において最も強い権力を持つ貴族の1人だ。


「へえ。

 これから行くデュック・ユルって街も、ガーキッド伯領なのか?」


 次の問いに対して、キオネは一瞬間を置いて答える。


「……領内、という意味ではそう。

 だけど実際、デュック・ユルは自由都市なのよ」


 補足するようにシュルマが続ける。


「領内に特設された、自由商業特区ってところかしら。

 ガーキッド領に課される税金は免除される。商人にとっては素晴らしい街よ」


「実際は都市運営にガーキッド候の側近が送り込まれていて、裏から資金を吸い出してるけどね」


 キオネの言葉にシュルマは感嘆の声を漏らす。


「詳しいのね。

 もしかしてキオネって貴族様?」


「バカバカしい。少し考えれば分かることだわ。

 私が貴族ならワタリは大司教よ」


 それは冗談だったらしい。シュルマは「きっとそうね」なんて言って上品そうにクスクスと笑う。

 と、そんなときにクルマエビがゆっくりと速度を落として停止した。


「何かあった?」


 キオネが立ち上がり、御者へと尋ねる。

 御者も現状を確認しようと前方を確認してから応じた。


「橋が落ちているようです」


「あらま。

 迂回になると、どれくらいかかる?」シュルマが御者に尋ねる。


「北側に回って、ガーキッド大橋を通ることになります。

 途中で1泊して、到着は明日の午前中でしょうか」


 キオネが不満そうに鼻を鳴らし、荷物を背負うと荷台から降りた。


「あ、ちょっと、どうする気?」


「現状確認」


 短くそう言ってキオネは落ちた橋の元へ。

 じっとしていることも出来ず、荷物を持つとその背中を追いかけた。


 橋の手前では多くのクルマエビが停められていた。

 皆、橋が渡れずに困っているのだろう。

 橋の方はと言うと、どうも再建している最中のようだった。

 部分カニ化能力者が、積まれた木材を整理している。


「建て直してるのかな?」


「作業が止まってるわ。

 大した川幅じゃないわね。

 あんたの能力でクルマエビと荷車、向こう岸まで運べそう?」


 川幅を確認。

 確かに10メートルもない。水の流れもそれほど速くない。水深も浅そうだ。

 カニ化して、順番にクルマエビと荷車を向こう岸に渡してしまえば、橋がなくても進めそうだった。

 実際、徒歩で旅をしているらしき人々は、ロープを頼りにして自力で向こう岸へと渡っている。


「いけるかも。

 ――でも、クルマエビで旅してる人は橋がないと不便だよな?」


「かもね。

 でもそれは私たちには――関係ないのよ? どうするつもり?」


 こちらの意図を察したのかキオネが詰め寄る。

 追求から逃れずに、率直に意見を述べた。


「木材はあるみたいだし手伝えないかな。

 川幅もこれくらいなら、カニ化したら直ぐ橋を架けられると思う」


「言うと思ったわ。

 あんた、橋のかけ方を知ってるの?」


「簡易建築で良いなら、組み方はなんとなく分かる。

 ちょっと工事の人に話聞いてみよう」


 駆け出して、材木の整理を行う人々の元へ。

 早速、一番年長者っぽい、浅黒い肌をした親方らしき男性へと声をかけ、どうして工事の手が止まっているのか尋ねる。

 

「懸架中に材木が崩れちまって、このままじゃ材木も、釘も足りねえだろうってことで、一旦仕切り直してるところだ。

 今デュック・ユルに追加の材木を手配して貰ってるから、工事再開は明日になる」


「足りないなら仕方ないわ。

 ほら、さっさとクルマエビ運ぶ準備しなさい」


「ちょっと待って。これくらいあれば仮設の橋くらいちゃちゃっと造れるよ」


 積んである材木の量を見て所感を述べる。

 キオネは顔をしかめたが、親方は豪快に笑う。


「ちゃちゃっと造れるなら造ってみせてくれ。

 うまく出来たなら駄賃もやるさ」


「分かった。やってみます!」


 大きく頷き仕事を引き受けた。

 だがキオネは袖を引き、親方から離れた場所で小言を言う。


「上手くいった場合の話しかしないってことは、上手くいかなかった場合はとんでもない罰を受ける羽目になるのよ。

 そこのところ理解した上で請け合ったんでしょうね」


「え、でも、仮設の橋を造るだけだろ?

 木は十分にあるし」


「釘も足りないって話よ」


「釘なんてほんのちょっとあれば足りるって」


 キオネは肩をすくめて見せた。

 恐らく、自分がイメージしている仮設の橋と、キオネのイメージしている橋が一致していない。

 こういう場合は口であれこれ説明するよりも、造って見せた方が早い。


 まずは見てくれと言って、強引にキオネにうんと言わせると、親方と話をして川について確認。

 最大の川幅、水の量、交通量を把握。

 今が夏期で一番水が多い時期。前の橋が崩れたのは経年劣化と、川上での降雨が重なった結果。

 水の跡で、降雨後の水量も把握できた。


 後はそれに合わせて橋を組み立てるだけ。

 カニ魔力を行使し、全高6メートルものカニの姿に。


「おお、完全カニか能力者か」


 工事の作業員達はこちらが完全カニ化能力者とあって、それなりの身分の人間だろうと勝手に勘違いしてくれた。

 ハサミを使って木材の強度を確認。大雑把に必要な強度が出せるかどうか計算を済ませる。

 後は作業員達の手を借りて木材を組んでいく。

 橋の作り方は、以前見た知識を頼りにする。


 レオナルド・ダ・ヴィンチが考案した摩擦と重力と力学的回帰によって構造を保つ橋。

 それが後年の力学と組み合わされ、軍隊での簡易橋を架ける方法としてマニュアル化された。

 知的好奇心から読みあさったそんなマニュアル知識を頼りに木材を組み上げ、向こう岸まで渡してしまえば、後は天板を乗せるだけ。


 完全カニ化能力と、作業員が手を貸してくれたこともあって、あっという間に橋は完成した。

 全高6メートルのカニの姿で橋を往復してみても、上からかかる力を適切に分散させた橋はびくともしない。


「ちょっと天板が平らになりきらなかったけど、クルマエビも渡せると思います」


「思いますじゃダメよ。

 渡せることを確かめないと」


 キオネは言って、ここまで乗って来たクルマエビを実験のためだと言って一番最初に橋を渡らせた。

 このあたりの機転というか、図々しさというか。上手いこと建前を用意して自分たちにとって最高の結果を得られるようにしてしまう能力の高さは見習うべきかも知れない。


 親方からは感謝され、約束の駄賃を受け取った。銀貨2枚だが、初めて労働によって得られた対価だ。

 キオネは少なすぎると不満を漏らしていたが、自分にとってはそれは十分すぎる対価だった。


 親方へと横方向への強度が不安なら柱を増設するようにとアドバイスして、クルマエビは橋を離れてデュック・ユル方面へと向かう。


「完全カニ化能力者だったの。

 しかも橋まで造れるのね。きっと良い仕事が見つかるわ」


 シュルマに褒められて照れてしまう。

 キオネは「まともな金銭感覚を身につければね」と付け加えたが、橋を建設出来たことについては褒めてくれた。


「誰にも取り柄が1つくらいあるものよ。

 でもどうしてあんな適当な造りで壊れないのよ」


 どうして説明したものかと、近くから木の枝を拾ってきて実演してみせる。

 2本の枝を2組交差させ、そのパーツを2本の枝で繋ぐだけの単純な構造。

 木の枝6本で橋の一部を再現した。

 それを横から見せて、枝1本1本にかかる力について説明していく。


 要は枝に掛かる重力――と言っても通じないので上から下へと落ちる力として――と摩擦力によって、上から加わった力が構造に組み込まれた他の枝に伝わり、1周して枝を下から持ち上げる力になること。

 この回帰と、構造を増やしたとしても力も分散されるため1カ所に集中しないことを説明して、結論としてこれだけの仕組みで橋を支えられると述べた。


「力の回帰と分散ね。

 ふうん。単純に見えて複雑なのね」


 キオネは枝で組んだ橋の模型を上から押してみて実際に壊れないことを確認すると、枝の組み方を変えて実験を始める。

 力の伝わり方に興味を持ったようだ。

 受け売りの知識なので詳しく説明できないのが辛いところだが、これくらい小さな系であれば力学方程式くらいまでなら解説は出来そうだ。

 キオネが知識を求めて来たら提供できるように、頭の片隅で考えておこう。


「ワタリは何処でこれを習ったの?」


 シュルマが尋ねる。

 真実を告げるわけにはいかないので、ぼかしつつ答えた。


「前に居た国で。学生だったんだ」


「あら、学者先生だったの?」


「先生じゃなくて、先生の元で学んでたんだ」


 キオネが袖を小さく引いて、耳元で告げる。


「学業を専業出来る人間は相当優秀な貴族だけよ」


「あ、ああ、そうかも知れないけど、外国だったから。庶民でも機会があれば、学生になれたんだ」


 たどたどしく修正すると、シュルマもそれで納得してくれたようだった。

 その後は学生時代に学んだことの話や、デュック・ユルについて話をする。


 太陽が傾き始めた頃。夕方の一歩手前くらいの頃になると、ようやく遠くへと大きな外壁に取り囲まれた街が見えてくる。


「大きな街だ」


「エリオチェアよりもずっと規模は大きいわね」


「へえ。

 あそこの人たちは何をしてるの?」


 街の外。平原に人が大勢集まり何かしている。遠目に見てもよく分からないが、大きな声を上げているのだけは分かった。


「戦争中みたいね」


 シュルマが事もなげに言う。


「え? 戦争って、それまずいんじゃないの!?」


 驚くのだが、キオネもシュルマもつまらなそうにそれを遠目に眺めていた。

 どういうことなのかと戸惑っているとキオネが教えてくれた。


「別に本気で殺しあいしてる訳じゃないのよ。運が悪い奴が死ぬかも知れないけど。

 祭りというか、公共事業みたいなもんよ。

 夕暮れ時には街に帰るわ」


「そんなものなの?」


 シュルマも頷く。

 戦争、と言うよりかは実戦演習と言ったところだろうか。

 クルマエビが進み彼らの真横を通るが、確かに両陣営とも本気で殺し合っているわけではなさそうで、一定のルールに基づいて戦列の押し引きをしている様子だった。


 街の入り口にたどり着き、正門の検閲に並ぶ。

 シュルマが衛兵へと挨拶すると、荷物も調べられずに通されて街の中へ。混雑する正門前から離れたところまで進むと、キオネが御者へと声をかけた。


「ここで良いわ。約束通り残りの支払いよ」


 キオネは残りの運賃を支払う。

 支払い完了したのを見て、荷物を背負い荷台から降りる。

 後から降りるキオネに手を貸して、先へと進むクルマエビを見送った。


「ありがとね。あなたたちには助けられたわ。

 店に来てくれたらサービスするから、きっと来てよね。街の中央の、ヴィルゴってお店よ」


 シュルマが手を振って声をかけてくる。

 それに同じように手を振って返していたら、キオネに「止めなさい」と小声で注意された。


 シュルマを乗せたクルマエビが通りの向こうに行ってしまうのを見て、それから宿を探すと言って歩き始めたキオネに声をかける。


「店に来たらサービスしてくれるって。

 後で行ってみようかな」


「本気で言ってる?」


 足を止めて問いかけるキオネ。

 確かにちょっと変な話かも知れない。でも店に行く目的はあるのだと説明する。


「いや、そりゃあ自分用の服とかはないだろうけど、キオネに似合う服はあるかも知れないだろ?

 シュルマみたいな派手な服は嫌だろうけど、そのローブ暑そうだし」


「あー、そういうことね」


 キオネはうんうんと頷いて歩みを再開した。

 それから歩きながら身体を寄せて、小さな声で話し始める。


「あいつは服屋じゃないわよ」


「でも縫い子って話だったよな。

 生地を買って、服を作るんだろ?」


「それはそう。

 でも服は売るための物じゃない。

 包装紙みたいな物よ」


「包装紙?」


 どういうことかと首をかしげる。

 包装紙、と言えば品物を包む紙のこと。

 服が包装紙としたら、売り物になるのは――


「もしかしてシュルマって……」


「理解できた?

 あいつは娼婦よ。身体売って生計立ててるの。

 足首にリボン巻いてる人間は娼婦だって覚えておくと良いわ」


「な、なるほど」


 あの露出の高い服装。

 そして明るくはきはきとした物言い。

 なるほど。彼女が娼婦だとしたら納得だ。


「店に行くのは止めはしないけどね。

 でも街から出て買い付けしているし、副業も許されているところを見るに、あいつ高級娼館の所属よ。

 あんたの小遣いじゃ会って話して終わり。最後までやれないわよ」


「え、い、いや。そういうつもりは最初から無かったんだって」


 手を振って否定する。

 決して下心があってシュルマの店に行ってみるなんて言い始めた訳ではないのだ。

 必死に否定するのだが、キオネは「ふうん」と疑うような目を向けて続けた。


「どうしてもやりたければ川辺のエビ小屋に行けば良いわ」


「だからそういうつもりはないって。

 そもそもエビ相手にって、本気なの?」


「エビ相手じゃないわよ。エビ小屋に女が繋がれてるの。

 相場は昔調べた頃で銀貨1枚ってとこ」


「え、それって……」


 たった銀貨1枚。

 それだけあれば1週間分のパンが買えるとは言え、エビ小屋に繋がれ、身体を売ってその価格というのはいくら何でも安すぎやしないか。

 衛生的にも劣悪な環境だろう。

 そんな環境に身を置いた女性が長生きできるとは思えない。

 しかも繋がれていると言うことは管理者がいると言うことで、銀貨1枚すら丸々自分の物になるわけではない。

 こちらの考えを見透かしたようにキオネは告げる。


「生きるのは大変よ。

 特に身寄りの無い人間はね。

 顔に傷がある女は身体を売っても商品価値が落ちる。となればもう盗むしかない」


 自分の行いを正当化するような発言。

 普通の仕事には就けない。身体を売っても稼げない。

 選択肢は極めて少ない。彼女の言い分は理解できる。


「それでも、キオネには盗みをしないで欲しい。

 真っ当に生きる道を探って欲しい」


 キオネはうんざりした様子を見せながらも、こちらを突き放したりせずに応える。


「今はお金もあるし、目立ちたくもないから盗みはしないわよ。

 デュック・ユルにはしばらく滞在するわ。

 あんたが街で何をするかは任せる。

 でも仕事を探す前に、街の暮らしを見て回ることを勧めるわ」


「分かった。アドバイスありがとう。そうしてみる。

 キオネはどうするんだ?」


 問いかけに対して、キオネは回答を誤魔化した。


「教会で祈るわ。

 先のことは、それから考える」


 まずは行動拠点確保のため、街の入り口から少し離れた位置にある宿へ。

 何件かまわって、キオネの提示した条件と合致する宿『招きハサミ亭』へ。

 長期滞在のため値段を重視したのか、部屋は狭く、ベッドはあるがぼろく、布団もかび臭い。

 でも文句を言っていられる身分ではない。


 このデュック・ユルで真っ当な仕事を探すのだ。

 まずはキオネの言うとおり、街の暮らしを見て回ることにした。

 すっかり夕暮れ時。街の人々が仕事を終えて帰路につく頃。

 この世界の人々が、街でどんな暮らしをしているのか。確かめるのには良い頃合いだ。

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