第11話 初デート3<黒竜の騎士と黄泉の魔女の最初の戦い フェイズ3>

 ペンギンショーも終わり急いでトイレに入って顔を洗う。俺は黒竜の騎士だ。この程度の危機は何度もクリアしてきただろう? 冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ。

 さっきから意識してしまいぎこちなくなっている自分に自己暗示をかけた。ああ、でも紅いい匂いがしたなぁ……



「すまない、待たせたな」

「私も今来たところよ」



 ラノベかな? 昨日の朝の待ち合わせの意趣返しとばかりの返答だ。手に蝙蝠柄のハンカチを持った紅が不敵な笑みをうかべながら答えた。あんな事があったのに、紅は本当に落ち着いている。いや、まて、ハンカチから良いにおいがする。これはカモミールか……確かリラックス効果があるんだっけな……。俺がハンカチをみているのにきづくと何故か紅は急いでハンカチを鞄にしまった。



「じゃあ次はどこいこうか。何かみたいものとかある?」

「そうねー、あ……」



 俺が紅に尋ねると彼女のお腹らへんから何やらくぅーとかわいらしい音がした。紅をみると顔を真っ赤にしながらお腹を押さえていた。恥ずかしがっている紅可愛い……



「何よ……何か言いなさいよ……」

「ごはん行くか……今日はまだ何にも食べてないしな。なんか食べたいものあるか?」

「ええ、そうしましょう。そうね、血の滴る小麦の化身と煮られた野菜の絶望の涙が飲みたいわね」

「トマトソースのパスタと野菜スープか、じゃあイタリアンに行こう」



 そうして俺達は水族館を後にした。沖田のおススメショップにイタリアンがあったはずだ。あいつ和洋中全部の店の候補あげてくれたんだよな……そういえばサプライズも用意したが彼女は喜んでくれるだろうか?




 俺達はデパートの屋上のレストランで食事をすることにした。ドリンクとセットでも大体千円ちょっと済むのでおススメらしい。沖田のやつなんでこんな詳しいんだ? 一応周囲を見回して学校の生徒がいないかを確認してから席に着く。



「そういや、こいつが紅の使い魔になりたいってさ」



 俺は水族館で密かに買っていたペンギンのぬいぐるみを紅に渡した。ペンギンショーをすごい気にいっていたみたいだから買ったのだがどうだろう。



「え。リヴァイアサンじゃない……これもらっていいの……?」

「ああ、そのさっきのお詫びも兼ねてさ……」

「もう、気にしていないって言ってるのに……でもありがとう、そうね、この子の名前はコキュートスにしましょう。ダンテの神曲である氷牢地獄の名にふさわしい働きをなさい。よろしくね、コキュートス」



 紅はにこにこ笑いながらペンギンのぬいぐるみを抱きしめている。抱きしめられるたびにペンギンがキューとなく。やべえ、ペンギンよりペンギンを可愛がっているお前の方が可愛いよ。ギャルゲーとかだったらフラグが立つレベルで喜んでくれている気がする。



「今日は付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ。偶然だけど再会できて本当によかった」

「そうね、私も楽しかったわ。それにしても転校した学校に神矢がいて本当に驚いたわ」



この二日間色々あった。いきなりいなくなった紅に再会して、昔の事を忘れてほしいって言われて、ああ紅は卒業したんだなって、少し寂しくなったり、でも本当は昔の事をまだ大事な黒歴史として覚えている事がわかったり、それで色々あって偽装カップルになって……二日間で俺の人生はめまぐるしく変わったものだ。まさかこんな風にデートをするとは思わなかった。だがこの感覚悪くない、むしろいい。



「またあえて本当によかった。ずっとあなたに謝りたかったのよ……」



 そういって彼女は窓の外をみた。反射した彼女はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。



「私ね、河原に行かなくなったのは引っ越すってあなたにいい出せなかったからなの……ようやく意を決して、引越しの日、当日に河原に行ったのにあなたには会えなくて……どうしてもっと早く言いに行かなかったのか、ずっと悔やんでいたの……だからあなたと再会できて本当に良かったと思っているわ。あなたの事だから私のことを心配してくれていたのでしょう? なのにごめんなさい、そしてありがとう」



 そういって俺のほうに頭を下げた。そうか彼女も会おうとしてくれていたんだ。それだけで俺は救われた。あの時河原で独りで待っていた俺の時間は無意味ではなかったのだ。



「よかった……俺は嫌われていたわけではないんだな……また会えたんだ。今度は黙っていなくならないでくれよ」


 実の所心の中でひっかかっていた部分はあった。彼女はなぜ黙って去ったのだろうか? 俺と彼女は確かに絆があったと思っていたのに、それは独りよがりだったのだろうか……ずっと悩んでいたんだ。でも彼女と俺には確かな絆があったのだ。俺はそれを嬉しく思う。





 そうして俺達は色々な事を話し、また学校で会おうと約束して帰った。外はもう逢魔が時は終わり、夜へと変化している。俺たちがいつまでも厨二でいられなくなるように、時は流れるのだ。

 今日一日で紅の可愛いところをたくさん知れたし、すごい楽しかった。幸い紅も楽しんでくれたようで、もしかしたらこのままデートを繰り返せば本当に付き合えるかもしれない。

 だが俺は心の中に違和感を感じる。本当にこれでいいのか? 多分俺の知っているラノベの主人公だったらこのままフラグを積み重ね付き合うだろう。多分普通の高校生だったらちょっと変わっているけれど可愛い女友達とデートできて満足だろう。

 でも俺は……黒竜の騎士である俺は違う。俺が好きなのは田中幸子であり、黄泉坂紅だ。どちらかじゃない両方好きなのだ。今日の紅は本当の紅だったのだろうか、なにか無理をしてはいなかっただろうか? そして俺はこれでいいのだろうか?

 もしも紅に会わなかったら俺はちょっと厨二をこじらせた高校生として生きて行けただろう。だが、俺は思い出してしまった、黒竜の騎士としての熱い想いを、黄泉の魔女と過ごしたあの奇跡のような日々を……

 こんな事を言ったら恵理子には「何言ってるの、馬鹿じゃないの」と呆れられるかもしれない。沖田に話したら「馬鹿だなぁ、このままうまくいきそうならいいじゃないか」って言われてしまうかもしれない。でもこれが俺なのだ。これは譲れない。これだけは譲れない。俺は本当の彼女と……黄泉の魔女とも付き合いたい。

 だから俺は意を決してラインを送ることにした。黄泉の魔女へ黒竜の騎士からの想いを送ることにしたのだ。




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 神矢と別れ、私は帰路についている。今日は楽しかった。異性といろんなところに行くのははじめてだったが、不思議と気づまりはしなかった。お姉ちゃんの言う通りデートとやらも悪くはないと思う。私の変わっているところを知っていて、態度を変えないどころかノッてくれる彼は貴重な存在だと思うし、自分が彼の事を嫌いではないことも自覚している。このままひょっとしたら偽装カップルではなく普通のカップルとなり付き合ったりするのだろうか。

 最近黄昏の魔女としての力が徐々に小さくなっていくのを感じている。だがそれもまあ、仕方ないことだとは思えるようになってきた。私たちはいつか大人になり、子供のころの夢や幻想を捨てるのだ。悲しいけどそれが成長するということなのだから……

 私は未来を考える、こうして大人になっていき、神矢と付き合ったり、友達と色々なところに行ったりする。そして高校、大学を卒業して誰かと……まあ、例えば、本当に例えばだけれど、神矢と結婚したりして普通だけど幸せな家庭を築くのだ。そう、これが普通の幸せなのだ。心の中でこれでいいの? と聞いてくる魔女がいるが抑えよう。

 私が色々考えているとスマホが震えた。何かしら? 神矢からのラインをみて私は目を見開いた。ああ、全く本当にあの男は……

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