被食願望

空き巣薔薇 亮司(あきすばら りょうじ)

被食願望

「血ってさあ美味しいの?」


僕は彼女にそう聞いた。


一方の彼女は貪りつくように噛みつき啜っていた人の首筋から口を話し怪訝そうな顔をする。


それは食事という名の快楽に水を差されたがゆえか、あるいはなぜそんなことを聞くのかという疑問から生じた表情なのだろう。


彼女は吸血鬼だ。だが、人と同じような顔をし同じような表情を作る。


「いや、美味しい美味しくないの問題ではないと思うけど...。」


そうして表情に見合った感情のこもった声で僕にそう言った。


随分とフランクな話し方になったものだ。

最初に会った時は語尾に「じゃ。」とか「~かのう?」みたいな明らかに猫をかぶって威厳を漂わせるような話し方をしていたが、それを古臭いと僕が言ってからはこのような話し方となった。


ちなみにそうした話し方を彼女はかっこいいと思ってやっていたらしい。


だから、この話はお互いに掘り返さないことが暗黙の了解となっていた。


「例えばさぁ、HIVとか血液感染をする病気を患った奴の血ってさあ、まずかったりすんのかね?」


もしくは最悪その病気が感染するか。

日光以外に弱点のほとんどない吸血鬼が病気で死んだらそれはそれで笑える。


「いや、私はそういう話を聞いたことがないなぁ。多分前例がないと思う。」


「いや、もしかしたらそういう奴の血を啜った吸血鬼は皆食中毒起こして即死した。みてえな考え方もできるだろ?」


「んー...。」


そして彼女は黙り込み考え始めてしまった。

しかし、そのかたわらでは彼女に血の大半を吸われた死にかけの男が青白い顔で眼球を狂ったようにゴロゴロと動かしていた。


(汚ねえ...。)


彼女と僕が出会った経緯を話すとそれなりに長くなるのでかいつまんで話そう。


彼女が夜道をふらついついた僕を襲い、その命乞いをする形で...というより、こちらから血を吸っても良い人間を用意するから友達になってくれとお願いしたのだ。


では、なぜそんな人間を用意できる立場にあるのかというと、両親が裏社会で結構な権力を持っているからだ。


そうやって言い切ってしまうと少し嘘くさいがこれは本当の話である。


そして、彼女が血を吸う際は必ず僕の前でするような約束を取り付けた。


古来より吸血鬼は血を吸うことで食事と生殖を同時に行ってきたという話があるが、食事は別として生殖云々うんぬんに関しては全くのデマなのだそうだ。


つまり、人間は人間で吸血鬼は吸血鬼でしか無い。


どうにも吸血行為はセックスを行うような快感が伴うという話が歪曲した形で解釈され、そんな話が生まれたらしい。


その事実に僕は少し安心した。


なぜなら、僕は人の情事を覗き見て興奮するような変態では無いからだ。


そしてひとしきり考えた彼女はやはり結論が出なかったのか、また血を吸いにかかる。


突然だが、僕は人の食事という行為を気持ち悪いと感じるたちだ。あんな、肉やら魚やら穀物やらをくっさい口の中に入れクチャクチャと咀嚼するわけなのだから、当然だろうと僕は思う。


だが、彼女の吸血行為に関しては美しいとさえ思っている。


それは彼女の異常なほどの美貌ゆえというのもあるのだろうが、それ以上に吸血という行為に惹かれているという側面もあるのだ。


だから、僕はいつか彼女に血を吸われて死にたいと思った。


一時期僕は吸血鬼になりたいと本気で考えていた。それは僕の死生観も大きく理由として関わっているのだが、そこは割愛だ。


だが、血を彼女に吸われて死ぬことができれば、たとえ死体を荼毘に付しても僕の血は彼女の血となり肉となるのだ。


また、不思議なことに吸血鬼というのは代謝を行わないらしく、一度吸い取った血は半永久的に彼女を構成する要素の一部となり続ける。


つまり、吸血鬼の一部になるということは吸血鬼になることと当たらずとも遠からずという関係では無いか。そう思った。


というか、自分がただ吸血鬼になるよりそちらの方が高尚だとさえ思った。


ただ、その話を彼女にしたところ、何か理解できないもの見る目である種の軽蔑を込めて視線を投げかけられた。


全くいきどおりもはなはだしい。


吸血鬼なら吸血鬼らしく独自の死生観なり宗教なり価値観なりを持っていてほしいが、その辺りは彼女結構人に近いらしいのだ。


というより、一部の富裕層の吸血鬼は独自かつ昔気質むかしかたぎの考えを持ち続けているらしいが、彼女のような木っ端の吸血鬼はそうでも無いらしい。


まあ、この件に関して僕が言いたいことはそれだけだ。


そして僕はまた彼女が血を吸う様の観察に戻る。


いつか自分が彼女に血を吸われることを夢に見て。

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