第6話 次会う時は

 彼女にだけ懐いていた猫がいる路地裏や、よくオマケをしてくれる定食屋。思い出を辿りながら聞こえてくる風が揺らす硝子の大合唱は、生温い風を透明感のあるものにした。


「当たり前すぎて何も思わなかったけれど、こちらは良いわね。あちらは退屈でつまらない」


「あの世は、どんなところなんだ?」


「そうね、何もないわ。何も聞こえず、何も見えない暗闇の世界よ。だから、久しぶりに戻ってこられて嬉しいの。あそこにいると、気が狂ってしまいそうだわ」


「君の話を聞いていると、そこは地獄ではないのか?」


「ふふ。もしそうだとしても、再びこちらに戻ってこれたのだから、地獄へ落ちていたとしても悪くないわ」


提灯の灯りがゆらゆらと揺れて、徐々に消えそうになっている。黒が滲んで消えていく。白い光を連れて、もうすぐ朝がやってくる。


「安心して。このままあなたを一緒には連れていかないから。むしろ、いけない」


「これで満足かい?」


「えぇ、もう満足よ。お互いに言い合いも出来たからね」


彼女と話す中で忘れていたことまで掘り返されて恥ずかしくなったが、こういう思い出話が出来るのも最後なのだと思うと、感慨深くなった。


「それなら良かった」


時間をかけてゆっくりと帰ってきたが、もう家に着いてしまった。


「一緒にいて楽しかったよ。ありがとう」


「こちらこそ」


私たちは夫婦というよりも大切な友人なのだ。固い握手を交わして笑い合う。その時に、持っていた鬼灯の提灯も渡された。


「これは……。貰って良いのか?」


「えぇ。帰って来る時に心細くて、道に迷わないようにと思って持ってきたの。だけど、あなたにあげる」


「しかし、代わりにあげられるものが……」


「いいのよ、そんなこと。お守りにはならないでしょうけど、今日の記念ということで」


「分かった、ありがとう」


両手が空いた彼女は、「はぁー、スッキリした」と満足そうだった。


「もう気にしないで。私は大丈夫だから」


「それは、こちらも同じだ。ありがとう」


ただ、穏やかに。とても晴れやかな表情で彼女は別れを告げた。


「またね、なんて言わない。さようなら」


  

 いつの間にか切れていた扇風機のせいで、部屋は蒸し暑くなっていた。彼女と別れた後のことは、よく覚えていない。ただ、目が覚めたら畳の上にいた。まだ、頭はぼんやりとしていて体を動かすのは面倒くさい。だが、起きなくては何も始まらない。ふと、目の前に置かれた机の上を見ると、彼女から貰った提灯は鬼灯柄の巾着になっていた。中を見てみると、ビー玉と小ぶりな鬼灯の実が二つ入っていた。

自分には何が出来ただろうか。次会う時は、と言ったところで会える保証などない。ただ、この村の風習のおかげで自己満足とは言え懺悔することが出来たのだ。それは悪くはない。余韻に浸りつつも、少しずつ頭が冴えてきた。思い出を机の中にしまい、日常に戻った。




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万灯会 笠木礼 @ksgr0

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