第5話 告白


「随分と嘘を吐くのが下手になったな」


「別に嘘を言ったつもりはないけれど」


彼女は全くこちらを見ずに、先ほどから透き通ったビー玉に夢中なようだ。

浴衣の袖で綺麗に拭いてからは、何度もお手玉のように上に投げては掴みを繰り返している。


「もっと意地悪だったじゃないか」


「その言い方は酷いね」


彼女は俯いてビー玉をぎゅっと握りしめる。


「何か言えば、その倍になって返してくる。それが君だったじゃないか。本当はこんな大人しく終わらせるつもりはないのだろう」


「こっち向いて」


そう言われて彼女の方を向くと、お腹辺りに何か当たった。コロコロと転がるそれを拾う。それは、さっきまで彼女が夢中だったビー玉だ。


「危ないじゃないか」


「全然こっちを向いて話してくれないからだよ。それに、もう飽きたからあげる。あと、そのゴミもよろしくね」


そう言って足元にばら撒かれたガラス片を見る。キラキラと光って綺麗だが、紛れもなく危険物だ。怪我をしないようにそっと拾う。


「自分で割っておいて、まったく」


「なら、捨てるのは私でやるよ」


パッと、ハンカチに包まれたガラス片を彼女が奪い取り、近くにあったゴミ箱に捨てる。


「先程あなたが言ったことだけど、灯りを見ながら話しましょうか」


サァーと木々が大きく揺れる。普段はまとわりつく程の鬱陶しい暑さが、風のおかげが少し吹き飛んだ気がした。



 夜が完成することで、蒸し暑さも少しは落ち着き過ごしやすい気温になっていた。来た頃よりも大分暗くなってきたが、人は減るどころかどんどん増えてきた。暗ければ暗いほど、灯りは映える。先ほどまでは気づかなったが、空を見上げると青く透き通った満月が出ていた。それを見て幻想的だ、完璧だと褒める声が聞こえてくる。一つ一つがきちんと並べられ、淡く優しい光で出来た列の中を私たちは進んでいく。


「落ち着くわよね、この明るさ。見ているだけでも安心する」


花や願い事などが書かれた灯籠の中で揺れている炎は、見ているだけでも吸い込まれそうなほどで、優しく辺りを照らしていた。


「最初は、懺悔の言葉を聞いても満足なんか出来やしない。あなたが苦しみ続ければいいと思っていた」


何かを吹っ切るような軽やかさと嬉しさが混ざったような口調で話し始める。


「何か言えば言い返すくせに本音は言わない。いて欲しい時に限っていない。私だってあなたに振り回されたから、仕返ししようと思っていた」


「それは……」


お互い様じゃないか、と言おうとして彼女の顔を見たら、暗がりで分かりにくいものの軽くだが目が赤くなっていた。微かだったすすり泣く声もだんだんとハッキリしてくる。それでも、必死に言葉を紡ぐ。


「だけど、あなたみたいな優しい人に私も影響されたみたいだから、辛そうな姿を見るのが嫌になってきてしまった。ごめんなさい」


優しく出来ていたら、お互いに罪悪感を抱えることもなかった。許すと言いつつも許さず責めてくれたり、憎まれていた方が気が楽なのに、謝らせてしまった。こんな風になるかもしれないと思っていたからこそ、会いたくなかったことを思い出した。


「何でそんな不服そうな顔をするのかしら。そんなに私が謝ったことがおかしい?」


「違うよ、謝るべきなのは君じゃないと思っただけだ。悪かった、いくら仕事とはいえ大事な時にいられなくて」


たまたまだった。出張で遠くに行っていたことも、電車が遅れてしまったことも。しかし、その偶然が運悪く重なり間に合わなかった。


「もういいの。何を言っても言い訳にしかならないでしょう」


寂しそうに話す彼女に何か言わないと、と思っても何を言うべきか分からず言葉に詰まってしまう。


「あと、今更、愛の言葉なんて求めていないから。聞いても意味がないし、求めて手に入れたところで何か解決するとも思えないもの」


ここまで泣きながら話す彼女は初めてなので、心配になって様子を見ようとしたら提灯で顔を隠されてしまった。


「いつだってそれなりに向き合ってくれていた。何よりも、あなたは優しかった。それで十分よ」


「優しくはないと思うけど」


優しいなんて言われる資格はなかった。だから、つい言い返してしまった。


「そうね。正しくは優しいところもあるの方が正しいかしら。ただ、さっき家に入った時に私が大切にしていた置物や植物とかを綺麗に保っていてくれたのは嬉しかったわ」


「そこまで見ていたのか」


「そうよ、だって久しぶりに帰って来た我が家だもの。じっくり見ないと。まぁ、それで許したというか、あなたを憎むのも疲れるから良いかってなったの」


支度で自分のことに精一杯だった時。まだ、帰ってきた彼女を怖いと思っていた時。私は目を逸らしていたが、彼女はよく見ていたのだ。


「なおさら、優しいなんて言われたくないな」


「何故かしら。私が優しいって言ったら素直に受け取りなさいよ。変なところ謙虚なんだから」


「謙虚とかではなく、事実を言ったわけで。それに君ばかり文句を言うけど、お互い様だと思う部分もあって……」


大人しく話を聞くつもりだったのに、気が付いたらムキになってどんどん言い返してしまった。謝れば良いものの釈然とせず、どうしようと思っていたら、先程の涙は落ち着いたらしく、もう笑顔になっていた。


「そういう姿を見たかったのよ。あなたも、どこか遠慮してたみたいだから」


「やっぱりお互い様じゃないか」


声を出して笑い合う。相手がどう出るかによって自分の立場を変える。そんな回りくどいことなんて最初から不要だったようだ。


「もっと此方にいたいけれど、そろそろ戻らないとだから。家まで見送ってあげる」


着実にその時が近づいていた。


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