1章-3

 兄弟の背中が見えなくなった後、少年が僕に話しかけてくる。


「ようやく落ち着いて話ができるみたいだね。まずは――」


「本当だよ。君は一体何者なんだ? 何もない所から急に現れたように見えたけど、どうやったの? それに、君の体が光りだしたり、掌から光の弾を出したり……わからない事だらけだ」


 先ほどまでは警官の質問をどう切り抜けるか考えていた事でそれ所ではなかったが、少し落ち着いたことで次々と疑問が溢れ出してくる。

 ここまで関わってしまったのだから、少年の事を知る権利くらいはあるはずだ。


「お、落ち着きなよ。……まずはボクから自己紹介しようか。ボクは女神の加護を受けて、ナローディア王国から魔王を討伐する為に旅立った勇者、シャーユだ。二年ほど冒険を続けて魔王城までたどり着いたんだけど、後一歩というところで魔王を取り逃してしまってね。魔王を追いかける為に奴の入っていった魔法陣へと飛び込んでいったら、ここに辿り着いたんだ。……うん、君の反応からするとボク達の住む世界とは、異なる世界に訪れてしまったようだね」


 女神だの魔王だの勇者だの魔法陣だの……彼が嘘を言っていると考える方が、まともな人間なのだろう。


「異世界から来た勇者……本来なら信じられないだろうけど、さっきの現象を見ると信じない訳にはいかないよな。ひょっとして、さっき不良に向けて使ったのは魔法だったりする?」


 しかし、先程の超常現象……光に包まれるシャーユや、彼の放った光の弾の事を思い返すと、彼が本当の事を言ってると信じるほかない。

 ……自分を納得させてしまうと、困惑よりも興味の方が勝ってくる。

 もし魔法が実在したらと考えると、何だかワクワクしてきた。


「この世界にも魔法はあるのかい? 君やさっきの男達は、ボクの魔法を見て随分と驚いていたみたいだけど」


「いや、この世界じゃ魔法が使える人間は存在しないよ。物語の中の存在なんだ」


 シャーユと話を続けていく中で、僕のテンションは上がっていく。

 魔法という存在が実在し、それを使える人間が目の前に現れたのだ。

 誰だって大なり小なり興奮してしまうのは仕方ないだろう。


「成程、この世界の人達は魔法が使えないのか。……君とこうやって会話できているのは魔法のおかげで、男達を驚かすのに使ったのも魔法なんだ」


 ……自分の身を守れるだけでなく、言葉の通じない相手と簡単にコミュニケーションをとれるなんて、本当に便利だ。

 感心している僕の様子を見てシャーユは心なしか自慢気な様子を見せてくる。


「他にも色々な魔法があるけど、今度はボクの話を聞いてもらってもいいかな? ボクも聞きたい事があるんだよ」


「ああ、僕が答えられる事なら」


 シャーユは僕の質問に答えてくれた。

 ならば、僕もわかる範囲で答えてあげるのが筋だろう。


「ありがとう。それじゃあ、最初の質問だけどここはどこなんだい? さっきも言った通り、ボクがいた世界とは別の世界だと思う。……とはいえボクも世界全てを見て回ったわけじゃないから、もしかしたらボクがいた世界の、まだ訪れた事がない場所かもしれない」


「ここは日本という国の、川亀町かわかめちょうっていう町だよ。聞いた事あるかな?」


「日本……川亀町……やっぱり聞いたことが無いな」


 顎に手を当てて考え込むシャーユ。

 そんなシャーユに対し、僕は自分の意見を述べる。


「多分、シャーユと僕の世界が違う世界だっていうのは当たっていると思う。さっきの話に出てきた魔王なんて、この世界には存在しないから」


 僕の話を聞いて一瞬驚いた顔をしたシャーユだったが、すぐに納得したような表情に変わり、一度だけ頷く。


「にわかには信じられないけど、やはりここは異世界か。……次の質問だけど、ボクと同じように現れた人達を見なかったかい? ボクと一緒に魔法陣を通って、この世界に来た仲間がいるんだ」


「……残念だけど、あの光源から現れたのはシャーユ一人だけだ。他に人がいたようには、少なくとも僕には見えなかった」


「……『サーチ』」


 僕の話を聞いたシャーユが言葉を発すると、先程と同じように一瞬だけ彼の体が光に包まれる。

 ……尤も、光が収まった後のシャーユの表情は先程と違い、困惑を隠しきれていなかった。


「……探知魔法を使っても仲間の居場所がわからない? いや、小さいが反応はあるな。でも、場所がわからない。……相当遠くに飛ばされたのか、何らかの妨害がされているのかも……」


 シャーユが少し考え込んだ後、僕に向きなおって頭を下げる。


「情報提供ありがとう。君のおかげで現状を少しは理解する事ができた。仲間が元の世界に取り残されているかもしれないから、まずは一度元の世界に戻ってみるとするよ。『テレポート』」


 テレポートという事は、瞬間移動でもするのだろうか。

 ……しかしどれだけ待っても変化は起きない。


「……あれ? 『テレポート』! 『テレポート』!」


 シャーユは困惑した様子で何度かテレポートと繰り返すが、何かが起きる様子はない。


「……何故かは知らないが、テレポートできない。元の世界に戻れない以上、皆が無事にこっちの世界に来ている事に賭けるしかないか」


 そう言うとシャーユは、僕に背を向けて路地裏の出口に向かい歩き始める。


「ま、待って! どこに行くつもり!?」


 僕がシャーユを呼び止めると、彼は振り返って返事をする。


「仲間達を探しにいくよ。……それに、まだ魔王は生きている。被害が出る前に、奴を討伐しないと」


 そう言うと正面に向きなおったシャーユは、再び出口に向かい歩き出す。

 ……このまま彼を放っておいても誰も僕の事を責めたりしないだろうが、だからといって放っておくのは寝覚めが悪い。


「ま、待ちなよ。君は異世界から来たばかりなんだろ? もうすぐ暗くなるし、泊まる当てなんてないよね」


「宿をとるよ」


 シャーユは僕の声に反応して立ち止まり、再びこちらを振り向いてから一点の疑問も抱かずに返事を返す。


「お、お金はどうするつもり? 異世界のお金が使える訳無いだろう?」


「……確かにその問題があったか。それじゃあ野宿でもする事にしよう。慣れているから平気さ」


 そう言ってシャーユは三度、路地裏の出口を目指して歩き始める。

 今まで旅をしてきて野宿には慣れているようだし、僕が心配する必要は無いのだろう。

 ……シャーユとはここで別れ、僕は明日からは悠々自適な夏休みを過ごす。

 少し寝ざめは悪くなるかもしれないが、完璧なプランだ。


「と、とりあえず、今日の所は僕の家に泊まっていきなよ。野宿するよりは安全だし、食事も出すよ」


 僕が口にした言葉が耳に入ったのか、シャーユはもう一度僕の方を振り向く。

 ……彼は凄く驚いた顔をしていた。


「今、なんて言ったの?」


「……僕の家に泊まればいいって言ったんだ」


 ……また、やってしまった。

 先ほど不良達から助けられた事もあり、僕はシャーユを放っておく事ができなかったらしい。

 考えるよりも先に、声が出てしまった。


「本当にいいのかい? ……いや、この世界の事を教えてくれただけで十分お世話になったし、これ以上君に迷惑をかけるわけにはいかないよ」


「……乗りかかった船だ。迷惑かどうかなんて気にしないでいいよ。両親も仕事で出張中だし、僕以外に迷惑かける心配はない。今日くらいは面倒を見るから……いや、見させてほしい。さっき不良達から助けて貰ったお礼がしたいんだ」


 何度も大丈夫なのか聞いてくるシャーユに、僕は問題ないと答える。

 ……うっかりとはいえ、一度口にした事だ。

 男に二言は無いし、男同士だから何の問題もないだろう。

 もう、どうにでもなれ。


「じゃあ今日の所は君のお世話になる事にするよ」


 シャーユはそう言うと、僕に向かってニコリと微笑む。

 ……その笑顔を見て僕は、思わずドキリとしてしまった。

 ま、待て待て! 彼は男だぞ!?

 ま、まさか、僕にはそっちの気があったのか!?

 ……落ち着け、変な事を考えるんじゃない、僕。


「それにしても、君は優しいんだね。ボクに対してこんなに親切にしてくれるし、さっきの兄弟の事も不良達から庇ってあげたんだよね」


「……べ、別に、誰かが困ってたら助けてあげるのは当然だろ」


 先程の行動を褒められた事もあってか、頬がすこし熱を帯びるのが自分でもわかり、照れ隠しにシャーユから視線を逸らす。

 ……頬が熱くなったのは、褒められて照れ臭くなっただけだ。

 それ以外に他意は無い……筈だ。

 そんな僕の様子を見てシャーユはクスリと笑う。


「まあ、そういう事にしておいてあげるよ。……そういえば、自己紹介がまだだったね。改めて、ボクの名前はアリサ・シャーユ。アリサって呼んでくれ」


 アリサは改めて自己紹介をすると、僕に手を差し出してくる。

 その手を取って、僕も改めて自己紹介をする。


「僕は多田仁良、仁良でいいよ。宜しくアリ……サ?」


 ……自己紹介をしながら、僕は違和感を覚える。

 恐らくはシャーユが苗字で、アリサが名前なのだろう。

 いや、異世界の名前なのだから、現実世界とは違った命名規則なのかもしれない。

 ……周囲は薄暗いが、目の前にいる事でアリサの姿が視界にはっきりと映る。

 中性的で整った顔立ち。

 短く切り揃えた髪。

 ぱっちりとした眼に長い睫毛。

 僕が握っている手は、重厚な鎧を着込んでいるとは思えないほど細かった。

 そして、先程の名前に対する違和感。

 なるほど、僕はアリサのことを男の子だと思っていたのだが、本当は……。


「お、女の子ぉぉぉ!?」


 二人だけしかいなくなった路地裏に、僕の叫び声が木霊した。

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