1章-2

 ……どういう事だ?

 この少年は何故ファンタジー物のゲームや小説に出てくる、現代日本には到底似つかわしくない騎士みたいな恰好をしているんだ?

 ……いや、そもそもこの少年はどこから現れた!?

 彼が今立っている場所は、先程まで間違いなく何も無い空間だった筈だ!

 ……落ち着け、慌てるな。

 こういう時こそ、落ち着いて判断する事が肝要だ。

 混乱する思考を落ち着かせようとしながら、目の前に現れた少年の姿を改めて観察する。

 身長は僕と同じか、少し高いくらい。

 顔つきは中性的で整っており、短く切り揃えられた黒い髪がその印象を際立たせる。

 その顔立ちや鎧を着ている事に加え、既に日が落ちている上にここが元々薄暗い路地裏という事もあって、外見から少年の性別を判別するのは難しい。


「ダコドハウオマ? イタッイハココ……?」


 辺りを見回しながら口を開いた少年は、聞いたことの無い言語を喋る。

 間違いなく、日本語ではないだろう。

 少年の事を観察していると、彼は僕の事に気付いたようだ。

 少年は手に持っていた剣を腰に付けている鞘に納め、盾を背中に背負うと僕に近寄ってくる。


「イナイテミヲトヒノンニンサニイガイクボ? イカルカワカコドガココ、ミキ?」


 ……うん、何を言っているのか全くわからない。


「ご、ごめん。君が何か伝えようとしているのはわかるけど、何を言いたいのかさっぱりわからないんだ」


 少年に通じるかはわからないが、とりあえず返事をしておく。

 僕の言葉を聞いた少年は一瞬だけ驚いた顔をするが、すぐに何か考える素振りをして、何か思いついたかのように手を叩く。


「『リンガル』」


 少年がそう発すると同時に、彼の体が一瞬だけ光に包まれる。

 光が収まると、少年は口を開いて再び僕に話しかけてくる。


「あー、あー。……うん、多分これで話が通じるはずだ。ボクは魔王を追いかけてここまで来たんだけど、ここはどこの国だい? 君たちが見たことのない格好をしているから、ボクが訪れたことのない国だと思うんだ」


 僕が見たことのない格好をしている?

 今着ている服は何の変哲もない普通の制服だ。

 ……いや、そんな事よりも、彼は最初に何と言っていた?

 確か、魔王がどうこうと言っていたよな!?

 ……少年の言っている事が荒唐無稽で、僕にはさっぱり理解できない。


「……悪いけど、君の言ってる事の意味が分からない。とりあえず、ここは日本――」


「おう、お前! いきなり出てきて何をごちゃごちゃぬかしよるんじゃ!」

 

 少年にここがどこかを教えようとするが、今まで目が眩んで悶絶していたリーゼントが僕の言葉を遮って少年を怒鳴りつける。


「ヒャッハー! 俺達、今こいつと大事な話をしてるんだよ! 部外者はさっさとどっかにいけやぁ!」


 モヒカンが僕の方を指差して少年を追い払おうとするが、少年は男達を無視して僕に話しかけてくる。


「まともに話を聞いてくれそうなのは君だけみたいだね。でも、このままだとゆっくり話も聞けそうにないから――」


「俺たちを無視してんじゃねえ! 痛い目みたいのか!」


 少年にリーゼントが掴みかかろうと手を伸ばすが、少年はひらりとリーゼントの手を躱した後、リーゼントに向かって片手をかざす。


「『マジックブラスト』」


 少年がそう叫んだ瞬間、少年を掴み損ねてバランスを崩したリーゼントに向けて、彼の掌から光弾が発射される。

 光の弾はリーゼントの顔を掠めた後、地面に着弾してアスファルトを削り取り、リーゼントは思わず腰を抜かしてしまう。

 ……え? いや、今何が起きたんだ?


「ヒャ、ヒャッハー!? あ、兄貴! 大丈夫ですか?」

 

 モヒカンがリーゼントに駆け寄って抱え起こす。


「な、何なんだ、お前!? い、今のは一体……」


「今のはわざと外したよ。直接喰らいたいのなら、もっと相手をしてあげるけど?」


「……こ、今度会ったらただじゃおかないからな!」


 少年の言葉を聞き終わるや否や、リーゼントは路地裏の外に向け、一人で一目散に逃げだしていく。


「ヒャッハー!? ま、待ってくれよ! 置いてかないでよ、兄貴ィ!」


 リーゼントの後を追うようにモヒカンも路地裏から駆け出していった。

 ……今まで騒がしかった路地裏を、静寂が包み込む。

 駄目だ、今どうするべきなのか分からない。

 未だに頭の中が混乱してしまっている。

 ……よし、一度落ち着く為に今の状況を再確認しよう。

 光球の中から急に現れた少年が、二人の不良をあっさりと撃退してしまった。

 それも、光弾を放つという非現実的な方法でだ。

 考えれば考える程、訳がわからなくなるな。

 ……少年から直接話を聞いた方が早いか。

 そう考えて少年に話しかけようとするが、それよりも早く少年の方から喋りかけてくる。


「これで君と落ち着いて話が――」


「お巡りさん、こっちです! 早く来てください!」


 少年が僕に喋りかけようとした時、路地の外から小学生くらいの男の子の声が響いてくる。

 声のした方向を見ると、先程不良に絡まれていた兄弟が、警官を連れてこちらに向かってきていた。


「君たちがこの子達を庇って不良に絡まれているという少年達でありますか? 見た所、怪我が無いようで何よりでありますが……不良達は一体どこに? いたずらってわけでもなさそうでありますし。……それに、君のその恰好は一体?」


 警官が状況を把握する為に僕達に声をかける。

 少年を見る目が不審者を見るそれなのは気のせいではないだろう。

 ありのまま起きた事を話すか、嘘を吐くか考えようとするが僕の思考がまとまるよりも早く少年が口を開く。


「不良っていうのはさっき出ていった男達の事かい? だったら……」


 少年が素直に状況を説明しようとする。

 ……少年が素直に説明しても信じてもらえないんじゃないのか?

 今起きた事を説明しても、実際に見てないと信じられないだろう。

 ……いや、信じてもらえないだけならまだマシだ。

 もし少年が自分の言うことを証明する為に先ほどの出来事を再現しようものならパニック待ったなし。

 そのまま警察に連行されるだろう。

 ……もし何かが起きたとしても、当事者はこの少年だ。

 僕も状況把握の為に警察の厄介になるかもしれないが、何も知らないしすぐに解放されるはず。

 僕にできる事は何もないし、何よりも厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。

 このまま少年に話をさせて様子を見よう。


「す、すいません、お巡りさん。あの人達、意外と話せばわかる人達だったんで、話し合いでなんとか帰ってもらえたんですよ」


 それまで黙り続けていた口を開いた事で、お巡りさんと少年の視線が僕に集中する。

 ……僕は、何をやっているんだ?

 関わっても面倒なだけだってわかっているのに……。


「な、成程。何もなかったようで何よりであります。それで、君は何でそんな恰好をしているでありますか? 普通の格好じゃ無いであります」


「やっぱりここじゃこの恰好は変なのか、ボクは――」


「す、すいません! 僕の趣味なんです!」


 少年が説明しようとするのを遮り、僕が代わりに説明をする。

 こちらを不思議そうに……というよりは、いきなり何を言い出すんだと言うように見てくる少年に、ここは任せてくれるように目配せする。

 ……こちらの意図が上手く伝わったのか、少年は開きかけた口を閉じる。


「……僕、コスプレの撮影をする趣味があるんですよ。ほら、彼、かなりの美形だからこういう恰好が似合うと思って被写体になってもらったんです。近くの公園で撮影してて、休憩の為に僕が飲み物を買いにいったきり戻ってこなかったから、僕をここまで探しにきてくれたんです」


 一気にまくしたてる僕の話を聞き、警官は何かを考えるかのように黙り込む。

 ……うん、我ながら無理がある話だ。

 どう聞いても嘘にしか聞こえない。

 何せ即興で思い付いた設定を喋っているだけだから、話の辻褄があっているかどうかもわからない。


「……事情は把握したであります。どうやら本官はもう必要ないようでありますね。」


「……え? ぼ、僕が嘘をついていると思わないんですか」


 予想に反してすぐに納得してくれた警官に対し、不意を突かれた僕は黙ってうなずいていればいいものを、思わず余計な口を滑らせてしまう。

 今の言い方だと嘘をついていると言っているようなものじゃないか。

 しまったと思ったが、警官は笑いながら僕の疑問に答え始める。


「君はこの子たちを庇って不良に絡まれたんでありますよね? そんな君が嘘を着く訳ないでありますよ」


 僕の説明に突っ込まれるかと思っていた所、不意打ち気味に褒められて少し照れ臭いような、嘘をついて後ろめたいような複雑な気持ちになる。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、警官は構わず話を続ける。


「それでは本官は交番に戻るであります。そろそろ日も落ちてくるので、君たちも暗くなる前にお家に変えるでありますよ」


 警官はそう言って路地裏から立ち去っていく。

 ……何とかなったか。

 ホッと胸を撫でおろしていると、男の子達の兄の方が申し訳なさそうな表情を浮かべながら僕に話しかけてくる。


「ごめんなさい、お兄さん。おじさん達から守ってくれたのに、僕達だけ逃げだしちゃって」

「ごめんなさい」


 兄に続く様に弟が謝罪してきたあと、二人は僕に頭を下げる。

 ……僕は、兄弟の視線の高さと同じ位置まで身を屈めて、彼等を視線を合わせながら口を開く。


「もういいから。顔を上げて」


 なるべく優しい声色に聞こえるようにそう言うと、兄弟は顔を上げてこちらを見つめ返してくる。


「君たちがお巡りさんを呼びに行ってくれたんだろう? あのまま逃げだしてもよかったのに、君たちは逃げ出さなかった。それだけでも充分に偉いよ」


「で、でも元はと言えば僕達の所為で……」


 僕の言葉を聞いてなお、自分達を責め続ける兄弟に続けて語り掛ける。


「たしかに、最初は君たちがボールを強く蹴りすぎたのが原因かもしれない。だけど僕が巻き込まれたのは、僕が選んだ僕自身の責任だよ。それに君たちはちゃんと反省しただろう? 同じ間違いをしなければ、それでもう大丈夫だよ」


 兄弟達がなるべく今日の事を重く引きずらないように。

 しかし、同じ過ちを繰り返さないように彼等を諭す。


「わかりました、これからは気を付けます。お兄さん、僕達を助けてくれて、ありがとうございました」


「ありがとう、お兄ちゃん」


 少年達はそう言って僕に向かって一礼する。

 僕はそれを見ると、立ち上がって兄弟に声をかける。


「よし、それじゃあ帰ろうか。もう暗くなってきたし、君達を家まで送っていこうと思うんだけど……」


「大丈夫です、お兄さん。僕達のお家はここから近いですから。それに、お兄さんはまだ用事があるみたいだから」


「そうか。じゃあ、気を付けて帰りなよ」


 兄弟が路地裏の出口まで歩いた所でこちらを振り向く。


「「ありがとうございました!」」


 大きな声でお礼を言った兄弟は、そのまま路地裏から立ち去っていた。

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