1章-1

 僕の名前は多田仁良ただひとよし

 学校の成績は中の下。

 運動神経抜群という訳ではないが、別に運動音痴でもない。

 極めつけにこれといった特技も無い、何処にでもいるであろう特徴の無い普通の男子高校生だ。

 そんな人畜無害と形容されるのが同年代の誰よりもふさわしいであろう僕は今、夕暮れ時で薄暗くなり、人気もない路地裏で二人組の男に絡まれていた。


「お前、よくも邪魔してくれたなあ? 良い子ちゃんぶりやがってよぉ!」


 絡んできている二人の男の片割れであるリーゼントヘアーの男が、僕の事を苛立たし気に睨みつけながら因縁をつけてくる。


「ヒャッハー! あのジャリに落とし前をつけさせることができなかった分、お前がきっちり責任を取ってくれるんだろうなぁ!」


 もう片方のモヒカンヘアーの男は、僕に向けてシャドーボクシングをして威嚇しながら責任を問うてくる。

 僕に対して敵意を剥き出しにし、いつ襲い掛かってきてもおかしくないような二人の男に対して委縮しながらも視線を外さず、どうやってこの場を切り抜けるかの策を練る。

 全力で駆け出して路地裏から逃げ出す? 

 ……駄目だ、出口は奴らの向こう側。

 出口に辿り着くよりも先に捕まってしまうだろう。

 ならば、奴等を殴り倒して堂々とここから立ち去る?

 ……どうみても喧嘩慣れしていそうな二人組相手に、格闘技をやっているでもなく、運動部に入っている訳でも無い、おまけに体格でも負けている僕が勝てる道理は無い。

 少ない財布の中身を差し出して二、三発適当に殴られれば開放してくれるかもしれないな。

 ……金を巻き上げられた上に、殴られる?

 何で僕が損ばかりしないといけないんだ。

 しばらくの間この場を切り抜ける方法を考えていたが、僕の思考はやがて、ある一点に帰結していく。

 ……どうしてこうなったのかなあ。




 一学期の終業式を終えて全学生が待望していたであろう夏休みに突入した僕は、図書館で夏休みの課題に取り組んでいた。

 ……学生なんだからもっと遊べばいいのにと思うかもしれないが、僕には親しい友人や彼女がおらず、悲しいかな遊びに行く相手がいない。

 ……我ながら寂しい奴だと思う。

 今思えば自宅で課題をやっていれば不良に絡まれる事もなかったのだろうけれど、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 図書館で勉強した方が集中できて課題も捗る以上、図書館に行くのは仕方ないことだったんだ。

 ……ともかく、図書館で今日の分の課題を終えた帰り道。

 自宅への近道をする為、公園の中を通っていると、前方からリーゼントヘアーとモヒカンヘアーの、如何にも不良然とした二人組が歩いてくるのが視界に入る。

 ……絡まれたら面倒な事になるな。

 男達から絡まれないように祈りながら、目を伏せて視線を合わせないようにしながら男達とすれ違う。

 ……何事もなく通り過ぎることができ、心配が杞憂に終わった事で内心ホッと胸を撫でおろす。

 そもそも、不良に絡まれてピンチに陥るなんて漫画やドラマじゃないんだから、そうそうあることじゃない。

 すっかり安心しきった僕が顔を上げて目線を前方に戻した瞬間、静かだった公園内に男の大きな声が響き渡る。


「痛ぇ! 痛ぇよ!」


「ヒャッハー! だ、大丈夫ですか!? 兄貴ィ!」


 騒がしい声に思わず振り向いてしまうとそこには膝を抱えて蹲るリーゼントと、彼の様子を見て心配しているモヒカン。

 リーゼントの足元にはサッカーボール転がっている。

 ……そして、不良達に駆け寄っている、小学生中学年と低学年くらいの男の子二人の姿が視界に映った。


「ご、ごめんなさい、おじさん。弟とサッカーをしていたらボールを勢いよく蹴りすぎちゃって……本当にごめんなさい」


「お、お兄ちゃんは悪くないんです! ぼ、僕が勢いよく蹴ったから……ごめんなさい、おじさん」


 ……成程、事情は把握できた。

 この兄弟がサッカーで遊んでいた際に、勢いよく蹴りすぎたボールがリーゼントに当たってしまったらしい。

 ……ボールを当ててしまったのはこの子たちの責任であるのは、誰の目にも明らかだ。

 しかし、素直に反省して謝罪もしているし、如何に不良たちと言えどそこまで怒ることはないだろうと思いたい。


「痛ぇ、痛ぇよぉ!」


「ヒャッハー! 兄貴ィィィ!」


 ……不良達は兄弟の呼びかけに答える事無く、二人で叫び続ける。

 ……まさかね。


「あ、あの、おじさん達、大丈夫ですか……?」


「痛ぇなぁ! どうやら脚を骨折しちまったみたいだぁ!」


「ヒャッハー! おいガキどもぉ! 兄貴は将来この国を背負って立つと弟分の俺から噂されている男だぞ! その兄貴に怪我をさせて、一体どう落とし前つけてくれるんだぁ!?」


 心配そうに声を掛ける子供に対し、リーゼントは返事をせずに膝を抱えながら大袈裟なリアクションを続け、代わってモヒカンが兄弟を恫喝し始める。

 ……マジかこいつ等、子供相手にそこまでやるのか。

 不良達のあまりの大人気なさに一瞬呆然とその場に立ち尽くしてしまうが、すぐさま我に返って正気を取り戻す。

 幸いな事に、僕の存在は不良や子供達には気づかれていない。

 ……ここで僕が関わったとしてもどうにかできる訳でもない。

 不良に絡まれる哀れな犠牲者が一人増えるだけだろう。


「ぼ、僕の貯金箱の中身を全部差し上げるんで、弟は許してください……」


「だ、ダメだよお兄ちゃん。元はといえば僕がボールを強く蹴っちゃったのが原因なんだから……」


「ごちゃごちゃ言ってねえで、さっさと金よこせやぁ!」


「ヒャッハー! 兄貴はもう二度と立てなくなるかもしれねぇ……いや、一生を病院のベッドで過ごす事になるかもしれねえんだぞ!」


 お互いを庇いあう兄弟に痺れをきらしたのか、リーゼントも起き上がってモヒカント一緒に兄弟を恐喝しはじめる。

 ……リーゼント、足が折れていたんじゃなかったのか?

 そしてモヒカン、設定を盛りすぎていると僕は思うよ。

 ……まあ、どちらにせよ僕には関係が無いことだ。

 この時間帯、この辺りは人通りが少ないとはいえ、全く人が近寄らないという訳でも無い。

 不良達も五月蠅く騒いでいるし、きっと誰かが来てくれるだろう。

 そう自分を納得させ、自宅を目指して歩き始める事にした。


「あ、あの! か、彼らの事、許してあげられませんか……?」


 ……その場から立ち去ろうとしていた思考とは裏腹に、僕の体は不良達の方に向かうと、声の震えを抑えながら不良達に話かけてしまう。

 ……一体何をやっているんだ、僕は!? 

 何の解決策も考えついてないのに、何でこんな事に関わってしまったんだ!

 必死になって謝り続け、お互いを庇い合う兄弟を見て体が勝手に動いてしまったのだろうか?

 自分が何をやっているのか自覚すると同時に、何故こんな面倒事に首を突っ込んでしまったのかと深い後悔に苛まれていく。


「おう! なんだぁテメエはぁ!」


「ヒャッハー! 部外者が話に入ってくるんじゃねぇよぉ!」


 不良達は突然の乱入者に少しだけ驚いた様子みせるが、僕の身なりを一目見た途端に睨みつけて声を荒げ、恫喝する。

 ……どう見ても普通の高校生だし、嘗められるよなあ。


「み、見たところあなた達は大したケガもしてないみたいだし、彼らも凄く反省してるようなんで許してあげましょうよ。……君達も、次からは注意して遊ぶだろう?」


 不良達を宥めながら、彼らの体越しに兄弟へと話しかけるが、いつまで待っても返事はない。

 ……不思議に思い、兄弟がいた場所を覗き込む。


「……あれ?」


 思わず出てしまった僕の声につられ、不良達も兄弟がいた場所を振り返る。

 僕と不良達、三人の視線の先には誰の姿も無かった。

 ……逃げた!?

 どうやら僕に男達の注意が逸れているわずかな間に、逃げの一手を打ったらしい。

 小学生が中々冷静な判断をするじゃないか、畜生。

 ……いや、ここで立ち止まる意味はもう無い。

 踵を返して立ち去ろうとする僕の肩に、リーゼントが手を回す。

 ……駄目だ、逃げられない。


「おい兄ちゃん、どうしてくれるんだぁ?」


「ヒャッハー! お前のせいでジャリどもが逃げちまったんだから、お前が代わりに落とし前をつけてくれるんだよなぁ!」


 ……こうして僕は不良達によって、路地裏まで連行されていったのでしたとさ。




 以上、回想終わり。

 半ば現実逃避する形で今に至る経緯を思いだしていた所、リーゼントに肩を掴まれて意識を現実に引き戻される。


「おいお前、人の話を聞いてんのか! 痛い目見ないとわかんねえようだな!」


「ヒャッハー! 兄貴の拳は自分より弱そうな奴なら、一撃でノックアウトするんだあ!」


 モヒカンがリーゼントの事を褒めているのかどうか、よくわからない事を言っている間に、リーゼントは僕の目の前で拳を大きく振りかぶる。

 ……来る衝撃に備えて歯を食いしばり、目を瞑る。

 この状況から解放されるのなら殴られても構わない。

 一発で済めばラッキーかな。

 ……殴るなら早く殴れよ、こっちはもう覚悟できてるんだぞ。


「お、おい……、なんだよ、あれ」


「ヒャハ……」


 リーゼント達の発した腑抜けた声に、何やらただならぬ予感を感じて目を開けると、リーゼントは僕の背後を呆然と見つめており、モヒカンも同様に驚愕の表情を浮かべている。

 ……僕の後ろに何かあるのか?

 恐る恐る振り向くとそこには、直径30㎝ほどの白く輝く何かが存在していた。


「な、何だ? これ……」


 光る何かを見つめながら思わずつぶやくが、その疑問に答えてくれる者はこの場に存在しない。

 僕も不良達も目の前で起きている事に理解が追い付かず、発光する何かを呆然と見つめる事しかできない。

 その間に発光体は見る見るうちに膨張していき、その輝きはより強くなっていく。


「ヤ、ヤバイんじゃないか!? あれ」


「ヒャ、ヒャッハー……あ、兄貴ィ! どうするんですかぁ!?」


 自分達の理解を超える現象に不良達は騒ぎ始め、どうすればいいのかわからない僕は逃げる事も忘れて、ただその場に立ち尽くす。

 発光体が2mほどの大きさまで膨らむと、一際強く輝始め、その眩い光を直視してしまわないように僕は反射的に腕で目を覆い隠す。


「「ま、眩しい! 目が、目がぁぁぁ!?」」


 僕は何とか助かったが不良達は発光を直視してしまったようで、強烈な光に網膜を焼かれた不良達の叫び声が路地裏に響く。

 ……暫くして発光が収まると、僕は目を覆っていた腕を降ろし、何は起きたのかをこの目で確かめる。

 そこには発光体はすでに存在せず、代わりに西洋風の鎧とマントを身に纏い、剣と盾を携えた一人の少年が佇んでいた。

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