Strain

ストレイン

〈ロシア、モスクワ(ロシア中央歌劇場)〉

貴方あなたならすでに知っているだろうが、イズニティのどたばたに紛れてブラックレインボーはQ3計画を自らの手で完成させるつもりだ。彼らの動きは早い」

 アルケスターはQ3計画について話始めた。

 Q3計画はロシア軍主導の量子コンピュータ衛星打ち上げとそれにともなう統合戦術情報共有システム並びに次世代サイバー防衛構想だ。この計画では超小型量子コンピュータの開発と無人兵器群の統合ネットワーク開発も含まれており、長年の研究によりつぎ込まれた予算は膨大である。予算を投入し過ぎたために止めることもできない、典型的なコンコルド効果と思われてきたが、実際は最終段階まで計画は進行していた。

「ブラックレインボーは近いうちにロシアのボゾェニヴィスク宇宙基地を襲撃するだろう。我々も止めたいとは思っているがイズニティに戦力を割いているだけでなく、WFC内のライバルを食い止めているため行動は起こせない。貴方あなたにブラックレインボーを止めてもらいたい。Q3計画をブラックレインボーの手に渡すわけにはいかない」

 ここでシェイドが尋ねる。

「一つ確認したいことがある。アルケスターきょう、依頼主は誰かということよ。返答によってはこの依頼は受けられない」

 この質問をはたから聞けばなぜそのような質問をわざわざするのかと感じるだろう。

 この質問の意図はこうである。


『お前のバックにいる者や協力者の存在は十分理解している。その者らの代わりとしてお前が私に仕事を依頼するなら私はお前に用は無い。その者らが顔を出せ』


 顔も見せない者達がこそこそと代理人を立てて重要な仕事を依頼するなどあまりにも都合がよすぎる話だ。それは裏の世界で信用に欠ける行為であり、シェイドにとって論外なのだ。依頼主の依頼は聞く。しかし、それは彼女がと認めた場合の話だ。

「これは私個人の依頼だ。《シークレット・セブン》の総意でもない。誰の指図でもない。この言葉に偽りはない」

「そう。それなら問題はない。依頼内容を確認する。Q3計画をブラックレインボーの手へ渡らないようにする。これで間違いないわね?」

「引き受けてもらえるのか?」

「ええ」

ほうしゅうは何が望みだね?」

 それを聞きシェイドはゆっくりと立ち上がる。

「護衛を下げてもらっても?」

「お前達、部屋から出てくれ」

 主の命令に従いアルケスターの護衛二人は部屋の外に出た。

 護衛がいなくなったのを確認した後、シェイドが口を開く。

「前金として100万ドル。成功ほうしゅうとして貴方あなたに大きな貸しを一つ。詳細については私から後日伝える。これを」

 そう言ってシェイドは一枚の切れ端をアルケスターへ手渡した。

「その時間ぴったりに連絡する。どのような手段で連絡するかは教えられない。話は以上。では失礼」

 用が済んだシェイドはさっさとVIPルームを出て行ってしまった。

 部屋に残されたアルケスターは渡された紙を見る。

 紙にはがらすの紋章と日時が書かれていた。

「カラス?」

 アルケスターには紋章の意味が全く分からなかった。



〈時刻0724時。イズニティ、ブラステーク〉

「マルドゥーク! ルシファー2だ! 至急支援をよこしてくれ! しまったマガジンが……」

 H22アサルトライフルのマガジンを換えようとするが、メフィアンは新しいマガジンをあろうことかすべり落としてしまった。

「逃がさないぞ?」

 サイボーグであるジョーカーはキマイラ5隊員を一人で全滅させ、メフィアンらルシファー2と交戦を始めていた。

「くそっ!」

 左手で腰のコンバットナイフを取り出し、メフィアンは急接近するジョーカーの回し蹴りを防御しようとした。が、驚異的な威力によってコンバットナイフの刃はれいに折れてしまった。


(おいおい嘘だろ……)


 次の攻撃を避けるため、メフィアンは上半身をらす。そのタイミングに合わせ、マレンコが援護射撃を行った。

「当たらんな。人間にしては中々いい判断だ」

 まるでジョーカーはマレンコが弾切れになるのを待っているかのように、軽々と弾丸を避けている。

「お前達はヒューザ社のルシファーだろう? このイズニティで生き延びられるのはさすがだ」

 余裕なのか平然と立ち、マレンコに背中を見せている。

 エルダもメフィアンのそばに控えている。しかし、彼女の存在すらジョーカーにはけん制にならない。

「そういうお前はジョーカー。サイボーグか」

 メフィアンはどうにかして目の前のサイボーグを倒せないかと必死に考えるが、相手の反応速度を考慮するとどれもが決定打に欠けた。

「素晴らしい肉体だろう? それに比べて人間とはいかに弱く儚いものか。その身をもって知るがいい」

 その言葉通りジョーカーはサイボーグの力をかんなく発揮した。

 メフィアンを狙うと思わせてエルダを奇襲。その速さに何とか対応しようとエルダが格闘戦に移行しようとした。それはむなしい抵抗であり、一瞬にしてエルダの正面に現れたジョーカーは彼女への胸に強烈なひだりこぶしの一撃を食らわせた。

「次だ」

 マレンコを狙うジョーカー。マレンコとメフィアンはそれに気づき、それぞれサイドアームのN7ハンドガンを取り出し反撃する。

 だが、N7ハンドガンの弾速はマークスマンライフルやアサルトライフルと比べてはるかに劣る。ジョーカーが避けるのは実に他愛ない。

「ううっ……」

 ジョーカーはマレンコの首を左手でつかみ、そのまま片手で投げ飛ばした。

「二人目。残るはお前だけだ」

 命の危機を何度も脱してきたメフィアンだが、今回ばかりは打つ手がない。正攻法では勝てないのは分かっている。ナイフは折られ、銃器は使い物にならない。残る手段として手榴弾による自爆もあるが、おそらくそれを実行したとしても間に合わない。

 それでもメフィアンには自爆という選択肢しかありえなかった。

 相手が銃を携帯しているにも関わらず、素手で戦っていることから自身の身体に絶対の自信があるのだ。

 タクティカルベストにあるR3フラググレネードを手に取ろうとしたその時だった。

「自爆か? 無駄な事を」

 目にも止まらぬ速さで距離を詰めてきたジョーカー。そして、メフィアンの悪い予感も的中した。

 あまりにも速すぎる。自爆は不可能だ。

「ここまで戦ったことには敬意を表す。だがヒューザはブラックレインボーに勝てない」

「っうぅ……」

 マレンコと同じように左手だけでメフィアンの首を締め上げていく。


(死ぬ)


 息ができず抵抗する力もない。

 メフィアンは死を覚悟した。

「ちっ、

 突然、ジョーカーは左手の握力を弱め、メフィアンを離したのだ。

 彼はすぐさま倒れたメフィアンを蹴り潰そうとしたのだが、ジョーカーの右足は宙で止まり、そのまま動かない。異様な光景だ。

「はあっ……いったい……」

 状況がつかめないメフィアンはとにかくジョーカーから距離を取ろうといずりながら移動する。

「シュヴァルツェエコー3、ジョーカーだ。コード・イエロー」

了解コピー。そちらに向かいます』

 少しずつだがジョーカーの姿勢が戻っていく。ただ動きが普通じゃないのは明らかだ。


(奴は義体の故障か?)


 呼吸を整えたメフィアンは建物の陰へ隠れ、H22アサルトライフルのマガジンを新しいものに換える。

 そのわずかな間にもジョーカーの命令を受けたシュヴァルツェエコー3が迫って来ている。

 そう。メフィアンがピンチなのは変わっていないのだ。

「逃がしてくれそうにないな……」

 ジョーカーを回収しに来たシュヴァルツェエコー3は同時にメフィアンを仕留めるため動き出す。


 ‐そう遠くには行っていないはずだ。第三分隊は手前の建物を探せ。

 ‐了解。

 ‐待て、敵の増援だ!


 シュヴァルツェエコー3がメフィアンとは違う方向へ攻撃している。

「今度はなんだ」

『ルシファー2、無事か? こちらルシファー4だ。NNLFと一緒に助けに来た』

「こちらルシファー2。死者多数、回収を要請する。三階建ての建物」

『了解だ。待ってろ』

 ルシファー4はASSから奪ったML‐20式歩兵戦闘車を使っていた。その上、訓練されたNNLFの民兵を引き連れており、彼らは小型爆薬をくくりつけたラジコン飛行機でシュヴァルツェエコー3を奇襲。ルシファー4の支援もあって彼らの士気は非常に高かった。


 ガサッ……


 物音。

 何者かがこちらに近づいて来る。

 民兵だ。

「よせ味方だ。ルシファー2だ」

「よかった。おい! 見つけたぞ! こっちだ!」


 NNLF民兵の一人がメフィアンを発見。一瞬だけ銃を構えたが味方だと理解し銃は下ろした。

「あんたが無事でよかった。仲間は近くか?」

「ああ。だが駄目だろう」

 メフィアンは生き残ったが、エルダとマレンコは助からない。

 助けるはずだったキマイラ5隊員も全滅した。

「……くそったれ!」

 彼に残ったのは仲間を失った悲しみと苦しみだった。



 身体が動かなくなったジョーカーはシュヴァルツェエコー3隊員らによって専用カプセルに入れられ、作戦区域を移動する。護衛にはGRP‐2とガン・ビーもともなっており、上空には無人偵察機も周回している。

「まさか戦闘中に故障するとは。やはり実戦とテストは違う。レクター、義体の改良が急務だ」

『すぐに戻ればよかったものを。無茶をするからそうなる。シヴとその配下の部隊が合流する』

 ジョーカーの通信相手は彼の上司〝レクター〟である。

「限界を知っておくのも大事なことなんだよ」

『それを確かめるのはまだ先の話だ。今やるべきことではない』

「レクター、実験は早めにする方がいいんだ」

『とにかくその身体は大事にするように』

 ASSの装輪式装甲車へジョーカーは載せられ、イズニティ軍の基地へと輸送されることになった。


  

〈ロシア、某所(スミルノフ秘密基地)〉

 ブラックレインボーの狡猾な策略によりGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)はSVR(ロシア対外情報庁)、FSB(ロシア連邦保安庁)といった旧KGB(ソ連国家保安委員会)系列の組織に目をつけられ、まんまとロシアは身内争いへ誘導されてしまった。

 これにより、スミルノフ隊員も各地でSVRやFSBと思われる者達から奇襲を受け、人的、物的損害を受けた。GRU総局長も陰でSVRの監視下に置かれていると思われ、政府の圧力を受けた軍はGRUに対する活動の一時停止も検討しているという。

 そんな過酷な状況下にも関わらずGRUの極秘工作部隊スミルノフはロシアの清浄化とブラックレインボーへの抵抗という困難な任務に従事することとなった。


 ブリーフィングルームに集められたアーニャ、ヴァレンティーナ、他スミルノフ隊員十名。檀上には新しくスミルノフ隊長になったマリナの姿があった。

「現在、我々スミルノフは非常に厳しい状況に置かれている。ブラックレインボーの罠によって国内の情報機関はし、同士討ちをするように仕向けられているのだ。何が正しく、何が間違いなのか……情報という武器を敵に使われたのはくつじょく以外の何ものでもない」

 スクリーンの左半分には世界地図が映し出されている。ブラックレインボーの拠点と思われる場所に赤い丸印が付けられていた。右半分には生物兵器《ミスト》と《ヘイズ》のは概要が書かれていた。

「我々がブラックレインボーのきょうを取り除かなければならない。それが我々にできる無実の証明であり、亡くなった者達へのとむらいなのだ。さいわい、我々は優秀な隊員で構成されている。ブラックレインボーが生物兵器《ミスト》と《ヘイズ》を生産していることが分かった。《ヘイズ》については未知の点も多く、客観的な危険性の評価ができないが、《ミスト》に関しては皆もその危険性が分かるはずだ。2020年、イギリスのバーミンガムで使用され二千人以上の死者を出した。2021年には日本でミストを用いた同時多発バイオテロが行われそうになったが、それは未然に防がれた」

 スクリーンが世界地図だけに変わり、建物の写真へさらに変わった。

「ミスト生産拠点はアゼルバイジャン、ヘイズ生産拠点はイズニティにあることが分かった」

 アゼルバイジャン共和国は北にロシア、南にイラン、西はアルメニア、東はカスピ海に囲まれた共和政国家。南コーカサスに位置し、バクー油田で有名である。

「どちらの施設も外観は古びた感じだが、これはカモフラージュと考えられ、実際にはかなり大きな建物だろう。特にミスト工場では車両の出入りが多いことから、地下階層も想定される。周辺にはブラックレインボーの警備所が設けられ、関係者以外は近寄れないようになっている。我々は六名の二班からなる特別強襲チームを編成。二つの生産工場を同時に叩く。これは最重要任務である」

 二つの班の編成名簿が表示された。

「一班はイズニティ、二班は私とともにアゼルバイジャンの施設を強襲する。ブラックレインボーだけでなく、ASSによる妨害も考えられる。だが、我々は協力者を得た。PMCマジェスティック・イージス社と中華連だ」

 一班の任務概要がスクリーンで示される。イズニティでの任務だ。

「一班の任務について説明する。我々の任務開始時刻に合わせマジェスティック・イージス社の〝ルシファー〟とNNLFが陽動作戦を行い、ブラックレインボーの気を引きつける。ルシファーによる支援を受けながら一班はヘイズ工場へ侵入し、きょうを全て排除。ヘイズに関する資料を回収、生産施設を全て破壊せよ。脱出経路はルシファーが用意してくれる」

 次に映し出されたのは二班の任務概要だ。場所はアゼルバイジャン。

「二班の任務について説明する。我々の任務開始時刻に合わせマジェスティック・イージス社の〝ガルム〟が陽動作戦を行ってくれる。おそらくブラックレインボーの戦闘員はそちらの対応に割かれることになるだろう。二班はその隙を突き、中華連の協力部隊とともに施設へ侵入。きょうを全て排除。ミストに関する資料を回収、生産施設を全て破壊せよ。脱出手段はこちらで用意する」


 これより先、スミルノフが進むのはさらなるしんえんである。

 底知れぬ闇だ。

 今回の特別任務が成功するとも限らない。

 そして成功したとしても未来の平和が保証されるわけではない。

 ブラックレインボーは成長を続けており、むしろさらに強大な敵として立ちはだかる可能性が高い。

 しかし、命を賭けねばならない。

 世界の平和とは、国の安全とは、つかみ取りにいくものだ。

 ただ待っていれば平和が訪れるわけではない。

 そのことをスミルノフのメンバーは十分に理解していた。



〈中華人民連合、某所〉

 広大な国土と多種多様な民族からなる大陸連合国家、中華人民連合国。この国には一般的に知られてはいないが〝第505機関〟と呼ばれる特務機関が存在する。正式には陸軍対外情報局第505機関であり、中華人民連合陸軍のかんかつにあるちょうほう機関である。

 先日、蒼東ツァンドン省にて銃撃戦が行われ、身元の照合が取れない遺体が多数発見された。また、高速道路でも道路が破壊されるという不可解な事件が起きたため、テロ攻撃との方向で505機関が動くこととなった。505機関はAMSやアダマス・ハイ・インダストリーズ、フィセムといった多国籍企業が自国内における産業スパイ活動をしているのではないかと以前より目を光らせていたが、それよりも事態は深刻なのではないかと考えるようになっていた。

 友好関係にあるロシアのちょうほう機関GRUより世界企業連盟とブラックレインボーの関係について情報提供を受け、505機関は陸軍に対し情報戦と電子戦の緊急対策を求めた。それだけでなく、505機関れいの特殊部隊〝ざく〟をロシアとの共同作戦に派遣することにしたのだった。



〈某国、某所〉

 広い会議室の机は扇形の五段に並べられ、中央の檀上に出席者が顔を向けるようになっている。まるでどこかの国の議会のようだ。出席者たちは演説に聞き入っているのか、雑談をすることも居眠りすることもない。

 遠くの席からでは檀上の人物の顔が良く見えないが、かの者の声はマイクを通してめいりょうに聞き取れた。


「これは現代版〝バベルの塔〟だとする者も世の中にはいるだろう。しかし、私が成そうとしていることは空想でもなければ、不可能でもない。事実、計画は順調に進んでいる。空という領域は人類が開拓した。そして、そこに神はいなかった。今私が目指すのはさらなる高みだ。この星を手中に収めることは神でなくとも可能だ。それを私が証明しよう。全ては新ちつじょのために」


 そう。この人物こそブラックレインボーの頂点に立つ者。組織内で〝レクター〟のコールサインを有し、世界企業連盟(WFC)へ絶大な影響力を与えている存在だ。

 この会議の主な出席者は選ばれたWFC幹部やブラックレインボーと関わりのある協力者達で、彼らにとってはこの場にいること自体、大変名誉なことであった。



〈時刻1420時。イズニティ、ヴァンガー(アンパサンド3)〉

 戦闘の長期化は人員とへいたんで劣るNNLF及びMIにとって不利な戦況になっていた。これは国連軍(ASS)の予想通りとはいえ、突発的な衝突や奇襲に対する警戒に関しては相変わらずであり、ASS戦闘員の士気が低下していることも疑いようがなかった。ただし、サイボーグやアンドロイド、ドローンといった最新兵器を投入したことでASSは貴重な実戦データを回収することに成功。ASS上層部にとって戦争もしょせんビジネスに過ぎず、イズニティ紛争がぐんじゅ産業の活性化と更なるハイテク兵器開発へ大きく貢献することとなった。


 ヴァンガーに作られたヘイズ生産関連施設〝アンパサンド3〟は〝セクター1〟と同じで表向きフィセム社のものだが、その実態はブラックレインボーの研究施設だ。遺伝子改変されたウイルスが研究、開発、量産され、その中でも《ヘイズ》は極めて優れた感染力と伝染力を保持しつつ、潜伏期間の長さ及びけんせい感染に特化している。これは無症候性キャリアを生み出し、ヘイズを拡散させる事が目的となっているためである。

《ヘイズ》は基本的に発症しない。が、これには一定の条件が存在している。その条件は感染したウイルス株により異なるが、実際は複数種類のウイルス株に感染するのが通常と想定されている。そもそも《ヘイズ》とは無数にあるヘイズウイルス株の総称であり、単一のウイルス株を指しているわけではない。この点は自然界のウイルスと変わらない。《ヘイズ》には感染した宿主の健康状態を結果論ではあるが遺伝子レベルで判定している。つまり、ウイルスによる健康診断であり、不合格の人間はゆっくり時間をかけて確実に死ぬ。一方で合格した人間は《ヘイズ》を拡散させ続ける無症候性キャリアとなる。


 アンパサンド3はブラックレインボー内部でも機密が保持されているため、ブラックレインボーの下級構成員や外部協力者は存在を知らされていない。

 ブラックレインボーの保安・戦闘部門であるスペードが施設の警備にあたり、研究は研究開発部門であるハートが担当している。地下階層は二階まで存在し、研究施設の各区画、各部屋はヘイズとの関わりの度合いからバイオセーフティーレベルが設定されていた。


  

《アンパサンド3攻略チーム》

 ・スミルノフ(ロシア)

 ・ルシファー分遣隊(マジェスティック・イージス社)

 ・NNLF(イズニティ民兵)


 アーニャ少尉をチームリーダーとするスミルノフ特別強襲チーム第一班は乾燥地帯に適したマルチカム迷彩服をまとい、MIのルシファーとの合流地点に向かっていた。

「合流地点はもうすぐそこだ。警戒せよ」

 A‐122Cカービンを構えつつ、アーニャはチームを率いる。

「止まれ」

 アーニャが左手を挙げて握りこぶしをチームに示した。止まれの意味だ。

「ルシファーか?」

 目の前には同じく銃を構えた部隊が来る。

「そういうお前達はロシアのスミルノフか。よくここまで来た。マジェスティック・イージスのルシファー2だ」

 メフィアンは左手を差し出し、アーニャもそれに答えて左手で握手を交わす。

「スミルノフのジラントだ」

「話は上から聞いている。我々は五カ所で陽動作戦を実行する。その間、君達が施設へ侵入し、施設を破壊しろ。ヘイズを手に入れようなんて変な事は考えるなよ。それは我々が許さないからな」

「ええ。そんな余裕も装備もない。施設を完全破壊する」

「気を付けろ。施設の中は誰も分からない。では幸運を祈る」

「そちらも気を付けて」

 アーニャ達とメフィアン達は二手に分かれ、アンパサンド3の攻略へ向かう。



 アンパサンド3の外を巡回するしょうへいは全部で九人。

 正面ゲートは閉まっており、ゲートの脇にはしょうが二人立っている。また、上空にはガン・ビーが常に警戒していた。

 スミルノフ隊員らは岩陰に隠れ、作戦開始の合図を待っていた。

「5、4、3、2、1、今」


 ドォーンッ!


 ヴァンガー各地で鳴り響く爆音。

 ルシファーとNNLFによってヴァンガーのAMS、フィセムといった企業、イズニティ軍兵舎、ASSの検問所が襲われた。

 ブラックレインボーは同時多発攻撃に対応すべく、近辺の部隊を戦闘地域に送り込む。

『車両が通過する。ゲート開放』

 アンパサンド3の正面ゲートが開き、兵員輸送車三台が事態収拾のため建物の外へ出てきた。やはりブラックレインボーはアンパサンド3の予備戦力を派遣することにしたようだ。

『OKだ。ゲートを閉じる』

 ゲートを閉じようとするしょう

 そのしょう二人をスミルノフ隊員が狙撃。

 速やかにスミルノフ特別強襲チーム第一班がゲートを通り抜ける。

『なっ!』

 侵入者に気が付いた警備兵もいたが次々と処理され、監視カメラも破壊された。

「ガン・ビーだ! 各員散開!」

 上空からの銃撃を避けつつ、施設内へ入り込む。



〈アンパサンド3(ヘイズ生産拠点)〉

『施設内に侵入者だ! セキュリティはアルファブロックへ急行せよ!』

 予想外の襲撃に戸惑う研究者と警備兵。

 次のブロックへ通ずる通路を武装した警備兵が待ち構える。

「サマンサ、エミリア援護して。フラッシュバンを投げる」

 アーニャは三人の部下を率いて前進する。後ろではサマンサ上等兵とエミリア一等兵が援護射撃を行い、敵の精密射撃を妨害していた。距離を徐々に詰め、的確に警備兵を倒していくスミルノフ隊員ら。


 ‐こちらアルファブロック! 敵は多数! 応援を!


 荷物はんそう用のエレベーターから増援の警備兵が現れる。だが、それも簡単に射抜かれてしまい死体の数を増やしただけだった。

「連中の戦力はそんなに残っていないはず。急ぐよ」

 アンパサンド3の深部へとスミルノフは進んでいく。



〈時刻1620時。アゼルバイジャン、シェキ(パンタシア1)〉

 アゼルバイジャンにおいてMIはブラックレインボーの調査を行い続けており、その結果、パンタシア1と呼ばれるミスト生産施設を特定するに至った。問題はイズニティ内紛によってMIの戦力は大幅に割かれ、行動も制限されていることである。このため、今回のパンタシア1攻略にあたり、ロシアの助力は非常にありがたい話であった。



《パンタシア1攻略チーム》

 ・スミルノフ(ロシア)

 ・ガルム即応戦隊(マジェスティック・イージス社)

 ・ざく(中華連)


『こちらガルム4。周囲はクリア。我々は陽動位置につく。あとは頼んだぞ』

「了解。よし行こうか」

 ロシアと情報共有している中華連はロシアに対し、対ブラックレインボー作戦の協力を申し出た。ブラックレインボーとの内通者を警戒し、ロシアと中華連は極秘裏に事を進め、お互い最小戦力かつ秘密部隊を派遣することで合意。なお、本作戦において優先指揮権はスミルノフに与えられている。つまり、マリナが総指揮官だ。

 左翼をスミルノフが、右翼をざくが警戒しつつ、パンタシア1へ向かう。

「十二時の方向にしょうだ。各員、ガルムからの合図を待て」

『こちらガルム4。爆破まで5、4、3、2、1、0!』

 ガルムは陽動のため、アゼルバイジャンのフィセム施設を爆破した。爆破されたフィセム施設にはサイボーグ研究用の実験棟もあったが、それも見事に破壊され、フィセムは対応に追われることとなった。当然、ブラックレインボーもフィセムに注意が向くことになる。

 この隙を突く。

「武器の使用を許可」

「了解」


 パスッ!

 パスッ!


 消音器付きの銃により警備兵が倒された。

「いいぞ。このまま敵に食らいつけ。ざくは右の警備所とゲート制御室を制圧しろ。スミルノフは正面を突破し、進路を確保する。行け! 行け!」

 突然の奇襲攻撃にパンタシア1の警備兵は為すすべもなく、面白いようにやられていく。まともな情報が伝わらず、現場は混乱していた。

「スミルノフ1からざくへ。正面の警備は無力化。セキュリティ・ゲートを開けてくれ」

『もう少しで解除できる……よし、開くぞ』

「フラッシュバンを投げる!」

 待ち伏せを想定し、マリナはゲートの内側へフラッシュバンを一つ投げ入れた。


 ‐うわっ!

 ‐目が。


 せんこうひるんだ警備兵五名をスミルノフ隊員が撃ち抜く。

「クリア!」

「スミルノフ4、5はここに残れ。残りは奥に進む」

 ざく隊員らと合流し、マリナ達はパンタシア1の制圧を急ぐ。


  

〈パンタシア1 地下第一層(ウイルス研究区画)〉

 生化学、分子生物学、細胞生物学、発生生物学、遺伝子工学、免疫学、ウイルス学、アレルギー学、発生工学、神経学といった多種多様の専門領域に特化した研究設備が整えられ、情報解析装置も金額を問わず豊富にそろえられている。あらゆる領域をもう的に、かつ体系的に調べる環境として、そこら辺の大学や研究機関を超える設備だ。

 ここに優秀な人材が集まっているのは間違いないだろう。ブラックレインボーがじゅんたくな資金を有している証拠だ。確かに一般的なテロ組織や犯罪組織とは一線をかくす組織である。

「角に敵がいる! ざく6が負傷!」

 入り組んだ通路には少数とはいえ警備兵が散開しており、簡単には先に進めない。

ざく7、向かいの部屋にも敵だ」

「了解だ。こちらで対処する」

「スミルノフ2、左の階段を見ておけ」

「了解」


 ‐スペード3‐3だ。まずいぞ他にも侵入者が。

 ‐何を言っている3‐3? 状況を報告せよ。


 落ち着きを取り戻しつつある警備兵らは射撃精度が高まり、動きも良くなっていた。明らかに彼らは軍事訓練を受けた兵士である。元軍人かもしれない。


 ‐スペード・エースが増援に来る。それまで耐えろ。

 ‐待て、階段に敵がいる!


「スミルノフ8がやられた!」

「私が援護する。行け」

 せい者が出ても振り返らない。

 先に進むしか道はない。


 ‐まずいぞ、連中を止められない。守備隊を第二ターミナルに集めろ。

 ‐イエッサー。


「スミルノフ2、聞こえるか? 階段を進め。下層のエレベーターホールの安全を確保するんだ。ざく1、2はおとりで貨物エレベーターを下ろせ」



〈パンタシア1 地下第二・三層(ミスト生産工場)〉

 広大な第二層と第三層はミスト保管庫や生産ラインの部分で一体化している。製造日やウイルス株によって保管容器、保管タンクは厳密に区分けされ、必要に応じて混合し、外で使用できる調整を行う。ミスト漏えいに備えて、各種隔壁や防護設備は実質バイオセーフティレベル4相当のものが採用されていた。

「こちらスペード3‐1! 敵がセクションデルタに侵入!」

デルタ‐5、デルタ‐6の隔壁を閉鎖だ』

 スミルノフ、ざくの混成チームはミストの生産ラインへ進みたいのだが、敵は隔壁を下ろして行く手をはばむ。

「くそっ。連中、隔壁を下ろしやがった」

 厚みのある隔壁はミスト漏えい時の物理的封じ込めも想定した防壁だ。歩兵の携帯爆薬ぐらいでは穴を開けることができない。

「仕方ない。ざく2、左の通路を進め。死角に注意」

 敵の動きからして明らかな罠なのだが、進むのを迷っている時間はない。



 ミスト輸送用第二ターミナル。ミストを秘密の地下鉄で地上施設へと輸送するためのターミナル駅である。地上施設にはフィセムやAMSといったものもあるため、ミストの輸送は大規模ながらも秘密が守られている。また、各ターミナルはバイオハザードを想定し、全て独立して稼働できるように作られていた。

「なんだここは? 地下鉄か?」

 マリナはスミルノフ隊員二名、ざく隊員三名を引き連れて第二ターミナルへ現れた。無機質で冷たい印象を受けるこのターミナルにはミストの輸送用と思われる車両がプラットフォームに着いていた。


「侵入者に告ぐ! 全員そこで止まれ!」

 背後からの声。第二層に繋がる空中連絡通路から警備兵が横並びに現れ、さらに天井からは物資はんそう用エレベーターに乗った警備兵の一団。さらに、LD‐325軽機関銃を持ったタイタン型サイボーグが二体。


「下手なマネはするな! ただちに武装を解除しろ!」


 彼らの銃には赤い可視光レーザーサイトが装着されているため、スミルノフとざくの隊員らは胴体に赤い丸点が投影されていた。


「聞こえなかったか! 全員武器を捨てろ!」


「隊長、どうします?」

 部下のスミルノフ隊員がマリナへ静かに尋ねた。皆、指揮官であるマリナの命令を待っていた。

「仕方がない……全員、武装を解除だ」

 マリナの命令によりスミルノフとざくが武器を捨てようとしたその時だった。


 タタタタッ!


 どこからともなく銃声が鳴り響き、警備兵であるスペード部隊が次々と倒れていく。

 この一瞬をマリナは見逃さない。

「今だ!」

 素早く銃を構え直し、タイタン型サイボーグへ発砲。

 スミルノフとざくも同じく反撃へ転じ、残りの敵を射殺した。

 見渡す限りスペード兵の生き残りはいない。

 そして増援が来る様子もない。

 一応は安全だ。

「さて……」

 置かれている状況は中々面白い事になっていた。

 地下鉄のトンネルからは謎の兵士達が四人現れ、第二層の空中連絡通路にもブラックレインボーとは異なる者達が来ていた。


「我々以外にもがいたとはね」


 緊張感漂う中、マリナが最初に口を開いた。

「どうやらブラックレインボーではないようだな。そして、どうやら目的も同じようだ」

 トンネルから出て来た兵士らのリーダーらしき人物がそういった。

 彼らは暗視装置を装着した軍用ヘルメットを被っており、どこかの国の特殊部隊のようだ。

「まさかとは思うが、ある意味奇跡の瞬間だ。こんなところにロシアの〝スミルノフ〟と中華連の〝505〟の合同任務部隊か?そして、そっちはドイツの特殊工作部隊〝ヴァイス〟だな」

 次に空中連絡通路にいる男が少し楽しそうにしゃべり出す。

「そういう君達はイギリスのちょうほう機関〝ゼニス〟か?」

 マリナは上にいる男に向かって言った。

「いかにも。この施設の破壊任務を任されている。邪魔をするなら始末するだけだ」

「はっ。そちらがブラックレインボーの手先じゃないって保証がある?」

 マリナも本気でゼニスがブラックレインボーの手先とは考えていないが、その可能性も捨てるわけにはいかなかった。ブラックレインボーの中にどのような協力者がいるのかは想像もできない。

「この施設を破壊するという利害は一致している。協力すべきだ。敵の戦力は大きい」

 お互いの不信感を隠しきれない状況の中、ヴァイスのリーダーが一時的な結束を求めた。

「ふむ。そうだな。ブラックレインボーは我が国だけのきょうではない。やがて全てを飲み込む化け物になるかもしれん」

「そうね。ここは皆手を組みましょう」

 強大なブラックレインボーに対抗するため、ここにいる者達は国や立場を超え、互いに手を結ぶことにした。これにより、対ブラックレインボー多国籍部隊が非公式とは言え誕生したのである。


 世界最高峰の精鋭で構成された多国籍部隊はおのおのの動きを本心では警戒していたが、ブラックレインボーとの戦闘において命を救い、救われることもあり、戦場である種の絆が芽生えてもいた。この多国籍部隊にブラックレインボー側はほんろうされ被害甚大だった。現地の戦闘員はほぼ壊滅状態におちいり、パンタシア1を守り抜くという任務は失敗に終わった。

「よし、生産ラインの爆破準備が整った」

『こっちもトンネルの爆破はいつでも可能だ』

 マリナ達は確実にミストの生産を止めるため、生産ラインを直接爆破する予定である。一方、ヴァイスは地下鉄の輸送経路を完全に潰すため、地下トンネルの爆破を予定していた。


「敵の増援が来たぞ」

 ゼニスは地上でスミルノフ4、5とともにブラックレインボーの増援であるスペード・エース部隊と交戦していた。

「ちっ、連中は光学迷彩を身に付けているのか」

 透明な相手を捉えるのは難しい。光学迷彩には対赤外線機能もあり、赤外線装置で視認することはできない。


 ‐ホークアイ、こちらスペード・エース指揮官ラプチャー。敵は複数、コード・ブラック。繰り返す、コード・ブラック。パンタシア1の完全破壊を要請。


『了解だ。攻撃機をそちらに向かわせる。到着まで時間を稼げ。オーバー』


 ‐ラプチャー、了解した。アウト。


 スペード・エースによる激しい制圧射撃は尋常ではなかった。

 陸戦支援ドローンMRT‐C5の姿も見え、その上、さらに兵員輸送用トラックの増援が新しく来た。トラックからはブラックレインボー兵が降車していく。


 ‐包囲陣を形成しろ。連中は逃げ場がない。


 次第に増えていくブラックレインボーの兵士達。

 終わらない銃撃。

 数で言えば圧倒的な戦力差があった。

 それでもマリナ達、多国籍部隊は冷静に対処を続け、絶望的な状況を生き抜いていた。

「このままだとジリ貧だ。スミルノフ2、援護を。右翼を崩す」

 スミルノフ2の射撃によって陸戦支援ドローンMRT‐C5が破壊され、マリナの射撃でスペード・エース兵の軽機関銃手を射殺。ゼニスらは後方の狙撃手を射抜き、ざくとヴァイスらは左翼の敵を抑えていた。

「キリが無い……よくもまあこれだけの兵士を集めたもんだ」

 ゼニスのエージェントがをこぼす。

「やはりAMSと関わりがあるんだな」

「AMSだけではないだろう。WFCが一枚噛んでいると考えるべきだ」

 ヴァイス隊員とざく隊員が敵を倒しながら意見を述べ合う。


 ‐くそ。連中、何者だ? かなり強いぞ。これは普通じゃない。


 ブラックレインボーのスペード・エース指揮官ラプチャーは敵の技量が相当であることに驚きを隠せなかった。



〈ロシア、某所(ボゾェニヴィスク宇宙基地)〉

 極東ロシアに位置するボゾェニヴィスク宇宙基地はロシアの新しい宇宙基地で、人工衛星打ち上げ台、有人ロケット発射場を完備している。

「量子コンピュータの搭載は完了。各班、人工衛星の移送に関する手順を今一度確認せよ。人工衛星を発射台へ」

《Q3計画》用の人工衛星もこの基地で整備されており、すでに超小型量子コンピュータが人工衛星に搭載されていた。

 ここにいる作業員や研究者はもうすぐ打ち上げられるこの人工衛星に胸をときめかせていた。

 しかし、彼らの計画は大きく狂い出すことになる。


 複数の装甲化されたバン、大型トレーラーが基地の入り口に到着した。

 基地の守衛が不審に思い、車両に近寄ろうとしたが、車内からの銃撃であっさりと撃ち殺されてしまった。

「いいぞ。ゲートを開けろ」

 バンから一人の兵士が降り、死んだ守衛の代わりにゲートを開ける。

「ガン・ビーを出す」

 一台の大型トレーラーの貨物上部が開放され、その中から大量のガン・ビーが放たれ、さらに別の大型トレーラーからは武装したブラックレインボー兵が姿を現した。彼らは寒冷地用装備で整えられ、目出し帽バラクラバとバリスティック・ゴーグルで顔を覆っていた。

「全て始末しろ」

了解コピー

 ボゾェニヴィスク宇宙基地はあくまで宇宙基地である。そのため、限られた警備員ではこのような本格的な攻撃に対応できず、三十分の内に完全制圧されてしまった。

『イズン、こちらハート5‐6。敵の抵抗は軽微、コントロール・ルームを制圧』

「衛星の打ち上げシステムには私がアクセスする。余計なことはするなよ」

『了解』

 装甲バンから一人の女性がコートもまとわず降り立った。

「さ、行くわよ」

 彼女の周囲には護衛が付いており、基地の司令センターへと入っていった。



「少し遅かったようね」

 双眼鏡に映るボゾェニヴィスク宇宙基地。シェイドは双眼鏡をしまうと、バイクのアクセルを回し、ボゾェニヴィスク宇宙基地へ走り出した。


「ん? 何だ?」

 ゲートを守るハート5‐6兵は急接近するバイク一台に視線を向ける。

 シェイドは守衛の存在に気付いており、左手のPU‐30サブマシンガンで守衛を狙い撃つ。守衛は頭に一発の弾丸を受け、その場に倒れた。

 ゲートを突破し、ガン・ビーによる攻撃をたくみに避けながら、人工衛星の格納庫へ向かうシェイド。格納庫に近づくとガン・ビーは射撃を止めた。おそらく基地内の設備に被害を出さないようにするためだろう。

 シェイドはバイクを格納庫内のハート5‐6兵へ向けて進め、自身はバイクから飛び降りた。

「くそ、なんだ!」

 突然の訪問者に驚くハート5‐6兵の三人。

 彼らが反撃に移る前にシェイドは銃の引き金を引いた。放たれた弾丸は正確に三人のひたいへ命中。新手が来ないうちにシェイドは人工衛星へRT‐78遠隔操作式爆薬を設置した。

「残りは司令センターか。急がないと」



 司令センターには抵抗できずに問答無用で殺されたであろう、おびただしい数の職員の死体。そんな光景に誰もひるむむ事は無く淡々とブラックレインボーは仕事を始める。

「死体は邪魔。すぐに片付けて」

おおせの通りに」

 彼らは次々に死体をどけて必要な機材を運び込んだ。

 アタッシュケースの中から一枚のディスクを取り出し、メインコンソールへ。

「〝作品95〟をインストール。システムの再構築を開始」

「外部ネットワークは全てしゃだんしました。セキュリティも問題ありません」

「OK。ではキーを」

 イズンと呼ばれる女性はメインコンソールへ鍵を挿入し、システムの再起動を行う。

「これで下準備は完了。打ち上げシーケンスを開始する」

 ロシアの《Q3計画》がブラックレインボーによって乗っ取られるのも、もはや時間の問題だ。ロシア軍による宇宙基地の奪還は到底間に合わず、シェイドだけがこの状況を打開できるゆいいつの人物だった。

 シェイドはPU‐30サブマシンガンのマガジンを新しいものに換えつつ、ハート5‐6兵を上段左回し蹴りで叩きのめした。さらに、右横からナイフで切りつけようとしてきたハート5‐6兵をれいにかわして背後を取り、そのまま人間の盾として利用する。


 ‐なんて奴だ!


 味方を人質に取られたという事実は一瞬のためらいを生み出す。

 そこにシェイドはつけ入り、銃を撃つ。

 飛んでいった弾丸は正確にハート5‐6兵らの頭部へ命中し、彼らは即死した。


『侵入者は一人だが油断するな、冷静に対処せよ』


 通路を進むシェイドだが、すぐに別の敵が正面を塞ぎ、銃を撃ってきた。


 ‐ハート5‐8、敵を発見した。一階のアルファ通路だ。


 ブラックレインボーは侵入者が一人ということに、いくばくか安心感をいだいていた。しかし、それが大きな誤りだということに気付いた。侵入者はたった一人にも関わらず、今の今まで生き延びており、明らかに計画の邪魔をしにきている。


 ‐くそ、何なんだ! 全員下がれ! 撃たれるぞ!


 シェイドの驚異的な身体能力と神がかった射撃能力に恐ろしさを感じたハート5‐8は後退を始める。


 ‐こちらハート5‐8指揮官! 敵は恐ろしく強い!


 と、そこへ放たれたナイフが一本、ハート5‐8指揮官のひたいへ突き刺さった。


 ‐グレネードを使う!


 施設をなるべく傷付けたくなかったが、やむを得ずハート5‐8兵はR3フラググレネードの安全ピンを引き抜いた。そして、まさに投げようとしたその時、ハート5‐8兵はシェイドに撃たれ、R3フラググレネードが地面に転がり落ちる。


 バーンッ!


 まとまってハート5‐8兵が吹き飛び、彼らの防衛線は突破された。



「こちらハート6‐1だ。降下を開始」

 ハート6‐1兵四名が建物の外壁をラペリング降下していく。彼らの動きは慣れたもので、明らかに訓練されたものであった。

「ハート6‐1、位置についた。突入する」

 A‐104ショートカービンを身に付けた彼らは窓ガラスへ向けて振り子のように、窓へ身体を振る。そして、窓ガラスへ数発発砲し、窓ガラスを蹴り破った。

 結果から言えばこの奇襲は失敗だった。

 突入したハート6‐1は通路の天井で張り付き待ち伏せしていたシェイドに襲われ、わずかな時間で四人とも無力化された。まるでハート6‐1の動きを事前に読んでいたかのようだ。何をしてもシェイドを止められない。

『6‐1からの応答がない。念のため無線の周波数をブラボー3に変える』


 司令センターでは人工衛星の発射打ち上げシーケンスが進められていた。すでにロケットの発射台へ人工衛星を載せたロケットが運ばれ、燃料の供給も終えていた。

「こちらシルバーアイ。ハート6‐2、何としても侵入者を止めろ。打ち上げの延長はできない。ロシア軍が動き始めたようだ」

 衛星の打ち上げに専念するイズンの代わりに部下へ命令を出すマーラス・ベイク。

(まさか……敵はシェイドか?)

 シルバーアイのコールサインを持つ彼は侵入者が伝説の賞金稼ぎ〝シェイド〟なのではないかと疑い始めていた。

(いやそんなはずはない。おそらくロシアの工作員か何かだ)

 そう思いつつも最悪の事態を想定してイズンへ話を通すことに決めた。

「クイーン・イズン、プランCも考慮しておく方がいいかと」

 マーラスの言葉にイズンは顔をしかめた。

「まさか一人にこの計画を潰されるとでも言うつもり? ボスは何ていうかしら?」

「最悪の事態は想定しておくべきです」

「……分かったわ。迎えを呼んでおきましょう。それに応援も」

 イズンはマーラスの助言を受け入れ、ボスへ秘密回線による連絡を入れる。

「レクター、こちらミラー2。コード2033、回収部隊を要請。オーバー」

『ミラー2、こちらレクター。そのコードを使ったことについては後で報告しろ。回収部隊を送る。アウト』

 ボスはイズンの置かれている状況をコードであくし、回収部隊の派遣を決めた。



〈アゼルバイジャン、シェキ(パンタシア1)〉

 スミルノフ、505(ざく)、ヴァイス、ゼニスからなる多国籍部隊はブラックレインボーの精鋭部隊スペード・エースの猛攻に耐えていた。スペード・エースは第二世代光学迷彩により姿を消しているため、その動きを捉えるのが極めて困難であり、多国籍部隊は互いが互いをかばいながら死角がないよう、そして隙ができないよう細心の注意を払いながら連携している。

「いったい、こいつら何人いるんだ?」

 ざく隊員がほんのわずかに揺れる不自然なりんかくを撃ち、スペード・エース兵一人を倒した。

「カバーしてくれ。マグチェンジだ」

「いいぞ、任せろ」

 ざく隊員のマガジン交換をヴァイス隊員が援護する。

「ここでいっそ施設を吹き飛ばすか。我々の仕事は終わらす」

 マリナは爆薬のスイッチを握り締める。

「いいぞ。全部爆破だ。ここで死んでも誰も文句は言わんさ」

 ヴァイスの隊長らしき男性がマリナに言った。他のメンバーも無言でうなずいた。

「爆破」

 スミルノフ以外の部隊もマリナに合わせて爆薬を起爆した。地面が揺れ、地鳴りが響いた。背後からも衝撃波が伝わり、パンタシア1の爆破は成功した。


 ‐今のはなんだ! 連中、施設を爆破したのか?


 スペード・エース兵らはパンタシア1が爆破されたことに気が付いたが、それはそれで構わなかった。

 問題は爆破によってふんじんが舞い上がり、視界不良ということ。そして、宙に舞うふんじんによってスペード・エースの光学迷彩が機能不全におちいっているということだった。身体にまとわりつくふんじんや身体のそばを流れる土煙によって、スペード・エースのりんかくが少しずつだが、めいりょうになっていっている。

「我々がすべきことはやった。ガルム4、こちらスミルノフ9。応答せよ」

 ここでマリナがマジェスティック・イージスのガルム4へ無線を繋げる。

「ガルム4、応答せよ」

『…………』

 応答なし。

「ダメだ。通信が妨害されている。どこかにジャマーがあるはずだ。誰か見つけて破壊してくれ」

 ガルム4にパンタシア1爆破の報告をしようとしたマリナだったが、ブラックレインボーによって通信は妨害されている。陽動を行っているガルム4へ連絡するには、まずこの通信妨害を取り除かなければならない。

「連中のトラックの中かもしれない」

「ああ。それだな。俺が行く。援護してくれ」

 ゼニスのエージェントはすぐに行動を起こした。倒した兵士からKC5フラググレネードを拾い、見えないスペード・エースを撃ち抜き、前進。兵員輸送用トラックの車体下へKC5フラググレネードを投げ入れた。

 兵員輸送用トラックの下で爆発したKC5フラググレネードは燃料に引火し、大きな爆発を起こした。トラックの原型が無くなったことからも、その爆発の威力は相当のものだったと分かる。


 ‐トラックを爆破された! ジャマーダウン!


「ガルム4、聞こえるか? こちらスミルノフ9」

 もう一度、マリナはガルム4に呼びかけてみた。

『スミルノフ9、こちらガルム4だ』

「パンタシア1の爆破は完了した。貴方あなた達は後退して」

『悪いがそれはできない』

 すると四輪駆動の軍用装甲車が五台、スペード・エース兵を蹴散らしながらマリナ達の元へ来た。車両上部には軽機関銃が取り付けられ、ガンナーが軽機関銃で弾幕を張る。

。さあ、おさらばするぞ!」

「助かった。全員乗り込め!」

「誰だか分からないが、この際仕方がない」

「とりあえず脱出だ、急げ!」

「いいタイミングだ。ガルム4」

 スペード・エース兵は何とか侵入者らを逃がすまいと抵抗したが、銃座による弾丸の雨で車両に近づくことはできず、車両がここから離れていくのを見ることしかできなかった。

「こちらラプチャー。この無線を聞いている者は全員ポイントブラボー6へ向かえ。パンタシア1は友軍による爆撃が行われる。ホークアイ、こちらラプチャーだ。敵に逃げられた。こちらでは追跡できない」

『ラプチャー、諸君らはとりあえずそこから退避せよ。まもなく攻撃機が離陸する。逃げた連中は現在衛星で追跡中だ。オーバー』

「ラプチャー了解。アウト」


 五分後、上空に三機のGV‐7Cステルス攻撃機が飛来。三角形の編隊飛行でパンタシア1へ接近する。彼らにとってパンタシア1に逃げ遅れた味方がいたとしても関係なかった。

「ホークアイ、こちらベガ02。目標を捉えた」

『ベガ全機へ。目標を破壊せよ』

「了解。各機、爆弾を投下」

 パンタシア1へ無誘導爆弾MB‐31がそれぞれ二つずつ投下された。地面を貫通し、地下で爆発したMB‐31は文字通りパンタシア1を強烈な爆風で吹き飛ばし、地下階層は完全に崩れ落ちた。

「ホークアイ、こちらベガ02。全弾目標に命中。これより帰投する」

『了解』

 ステルス機といっても撃墜されない保証はないのだ。全ての爆弾を投下し終えたベガ飛行隊は地上からの対空砲火にさらされないよう、すぐに戦域を離脱した。



〈某国、某所〉

 様々な年齢や人種の職員が働くとある司令室。

 その司令室へ一人の男が入ってきた。

 彼の姿を見るなり、他の職員は敬礼やしゃくをする。

 男はさらに進み、中央画面に映し出された映像を確認する中年男性の左横へ立った。

「爆撃は成功したようだな」

「はい。ただし、襲撃者は逃げ出した模様です。現在、クラブ4とクラブ5を向かわせています」

 中年男性は男に味方の空爆が成功したことを伝え、さらに襲撃者が生き残っていることも伝えた。

「ヒューザ社の部隊とは考えにくい。いや、その可能性も確かにあるにはあるが、連中に余力はないはずだ……どこかの国が嗅ぎ付けたか。まあ、ミストの方はいい。替えは用意できる。それにいくつか計画の変更も考えていたところだ。問題は……」

 男が別のモニターへ目を移す。

 モニターには何かの機内と思われる映像が映し出されている。機内には多数の武装した兵士が座席に着席していた。

「Q3計画だ」

 男はボゾェニヴィスク宇宙基地にいるイズンが〝コード2033〟という非常事態コードを使用したことに疑問を抱いていた。ボゾェニヴィスク宇宙基地の防御は手薄で、なおかつロシア軍の動きは抑えている。ロシア内部の不信感もあって、軍を動かそうにも簡単には動かせない。にも関わらず、このような状況を迎えていることは男にとって想定外の事態に他ならなかった。

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