Zero

ゼロ

〈時刻1443時。イズニティ、ヴァンガー〉


『こちらアウトランダー1! ASSの増援が現れた! 至急、増援を求む! 繰り返す、ASSの増援だ!』

「了解だ、アウトランダー1。こちらで迎え討つ」

『敵のドローン部隊が接近!ブリック、チェン、ジャマーエリアで迎撃だ』

 ルシファー2を率いるメフィアンはアウトランダー攻撃隊とともにヴァンガーでASSと交戦していた。だが、ASSはドローン兵器を用いた索敵と奇襲によってNNLF民兵を排除し、さらにマジェスティック・イージス社の兵士達にも迫っていた。

「何としても時間を稼げ。ブラックレインボーの好きなようにはさせん。カレン、十時から敵の地上ドローンが接近」

「了解」

 H22アサルトライフルのスレヴィス社製VF1スコープをのぞき、メフィアンはASSの陸戦支援ドローンMRT‐C5を撃つ。数発では壊れなかったが、十発ほど命中したところで行動不能となった。

「カレン、そのまま警戒しろ。後続部隊がいるはずだ」

「任せてください」

 カレン率いる五人分隊はやって来るASS兵を待ち伏せにより、全て倒した。

「ジャマーは死守だ。もう予備はない。ガン・ビーに囲まれたらお終いだ」

「イエッサー」

 ASS地上部隊の攻撃。民兵だけでなくメフィアンらもドローン兵器の対処には苦労していた。

 ドローンを戦場で使用するASSの姿勢は世間的に強い批判を呼んでいる。特に左派系マスメディアによる反ドローン兵器の論調は日に日に強くなっている。だが実際、低コストで大量に展開できるドローンは戦術兵器として非常に優れ、ASSは現代戦の新たなページを書き記している。そのため、表面上は反ASSや反ドローン兵器を語っている政治家や投資家も今後のことを見据え、裏では世界企業連盟(WFC)に協力している者も多い。

「カーク! 敵の狙撃手を片付けろ!」

「今、やります」

 EKJ‐5マークスマンライフルを構えたカークは建物の二階で敵の狙撃手を探す。相手も狙撃手の存在を警戒しているはずであり、こちらが見つかってしまっては元も子もない。

「九時の方向に敵のスナイパーを発見」

 スコープに標的を収め、頭の中で弾道を計算するカーク。そして、ライフルの引き金を引いた。弾着。標的は倒れた。風を読んだ見事な腕だ。

「仕留めた」

「よし、いいぞ」


 ドォオオーーン


 その時、メフィアン達の背後で大きな爆発が起こった。

 空を突き破る強烈な爆発音。

 ヘイズ生産施設アンパサンド3が爆破された瞬間だった。


「奴ら、上手くいったようだな」

 この時をメフィアン達は待っていた。


『ルシファー2、こちらジラント。施設の爆破が完了した。今、合流地点へ向かっている』


「了解だ」

 スミルノフのアーニャから連絡を受けたメフィアンはすぐに部隊へ命令した。

「全員、移動だ。目標は破壊された。スモークを展開。敵をかく乱しろ」

 メフィアン達はQ1白煙弾を投擲し、大量の白煙が周囲を覆い出す。


 ‐レッドサファイア、敵はスモークを展開。


 ASSの攻撃部隊は白煙による視界不良のため、一時的に進行を止めた。赤外線装置でもあれば煙の中でも視界を確保できるのだが、夜間戦闘ではないため、そのような装備を持ち合わせていなかった。

「こっちだ、ジラント」

 メフィアンはスミルノフを招く。

「協力に感謝する」

「話はあとだ。我々の抜け道を案内しよう。ついて来い」

 ASSへの陽動作戦を終え、ルシファー2はスミルノフと合流。

 事前に確保していた地下下水道と秘密の抜け穴を進む。


 ‐レッドサファイア、敵を見失った。空から追跡できないか?

 ‐駄目だ。敵は地下を移動していると思われる。捜索部隊を展開せよ。


 ASS兵による地下の念入りな捜索が行われたが、いくつかの道が塞がれ、捜索隊の追跡は困難を極めた。罠や待ち伏せを警戒しつつ進むASS兵だったが、彼らが逃走者を見つけることはついに出来なかった。



〈ロシア、某所(ボゾェニヴィスク宇宙基地)〉

 ブラックレインボーによって占領されたボゾェニヴィスク宇宙基地では組織による衛星システムと量子コンピュータの乗っ取りが行われ、人工衛星打ち上げの準備がほとんど完了。外部ネットワークをしゃだんしているため、ロシアは遠隔操作での事態収拾は不可能となり、軍の派遣による直接的な解決を決定した。しかし、軍の到着は間に合わない。

 そんな中、シェイドはただ一人、衛星の打ち上げを止めるため司令センターへ向かっていた。

「イズン殿、私は外の警備につきます」

「分かったわ。こちらは任せておきなさい。まもなく打ち上げのカウントを始める」

「よし、お前達ついて来い」

 シェイドの接近を警戒するマーラス・ベイク(コールサイン:シルバーアイ)は司令室の守備を固めるため、二人の部下を連れて部屋の外に出る。

「こちらシルバーアイ。ハート5‐4、状況を報告せよ」

 マーラスは無線で味方に呼びかける。だが、ハート5‐4からの応答は無い。

「ハート5‐4? 聞こえるか? くそっ、ダメか……」

 ハート5‐4がやられたとなると侵入者はすぐ近くだ。

「警戒しろ。敵は近い」

 マーラスは自身のMK‐24Aカービンライフルを構え、通路を見張る。足音に神経を集中し、侵入者に備えるが、その姿は現れない。


『打ち上げまでのカウントダウンを開始。10、9、8』

 このロケットさえ打ち上げればブラックレインボーの完全勝利となる。


 マーラスが司令室前の守備についている頃、シェイドは司令センターの屋上にいた。

 屋上には狙撃手と観測手がいたが、彼らはシェイドの存在に気が付いていない。シェイドは背後から忍び寄り、二人を叫ぶ暇を当たることなくナイフで仕留め、狙撃手から負い紐スリング付きPR‐309スナイパーライフルを奪った。

『7、6』

 司令センターでの打ち上げ阻止は間に合わないと判断したシェイドはロケットを狙撃するという選択をしたのだった。スナイパーライフルを構え、ロケットの第一段液体水素タンクに照準を合わせる。

『5』

 PR‐309は極限環境下でも正確な射撃を可能とした、ウィドー・ファイア・アームズ社製ボルトアクション式スナイパーライフル。.338ウィドー・マグナム弾を使用し優れた直進性を実現。その貫通力は軽装甲車に対しても有効で、対人であればボディアーマーを着た標的も一撃で始末できる。

『4』

 シェイドは引き金を引き、弾丸を発射。

 放たれた.338ウィドー・マグナム弾はロケットの第一段液体水素タンクへ命中。その証拠にタンクには小さいながらもはっきりと穴が見える。

『3』

 シェイドはPR‐309のボルトハンドルを起こして後方に引き、やっきょうを排出。今度はボルトハンドルを前方に押し、横に倒すことで次弾を装填した。

『点火』

 エンジンでは燃料である液体酸素と液体水素が混合され、その混合液体に火が点けられる。

『1』

 ロケットはロケットブースターから火を噴き始める。

 司令室のイズンは打ち上げが成功したと思っていた。

 しかし、それは誤りだった。

 第一段液体水素タンクに穴があき、外気による温度で気化した水素が漏れ続けていた。

 シェイドは再びPR‐309の引き金を引き、今度は第一段液体水素タンクより上に位置する第一段液体酸素タンクを射抜いた。

『0』

 射抜かれた第一段液体酸素タンクからは気化した酸素が漏れ始め、下から上昇してきた水素と混ざり合い、可燃性の強い混合気体が偶然にも出来上がる。

『リフトオフ』

 すでにエンジンから火を噴いていたロケットは宙に浮きあがり始めるが、それが致命傷となってしまった。外で生成された可燃性混合気体に炎が引火。そのまま火は導かれるようにロケットの液体燃料タンクへ吸い込まれ、内部で爆発した。

 イズン達が気付いた時には手遅れだった。

 ロケットは空に飛ぶこともなく無残に爆散し、地上に大小さまざまな破片をまき散らした。

「新手か」

 空に響き渡るローター音。三機のティルトローター機Rz‐4がこちらに向かって飛行している。ロシア軍ではない。ブラックレインボーだろう。

 シェイドはPR‐309の次弾装填を行った。


 司令室ではぼうぜんと立ちすくむイズンの姿があった。

「そんな……計画は完璧だった」

 すると部屋の扉が開き、護衛のマーラスがやってきた。

「イズン殿、引き上げましょう。迎えが到着します。こればかりはどうしようもありません」

「そうね。もうこの基地に用はない。全員退却」


 ヘリポートに着陸した三機のRz‐4。後部ランプ(ハッチ)からは小銃で武装した回収部隊であるクラブ7‐1部隊が降り、周囲の警戒をしつつ、イズンの到着を待っていた。

『各員、侵入者に注意せよ。イズン殿を確保する』

 イズンはマーラスら部下を引き連れ、ヘリポートに姿を現した。

『クイーン、お急ぎください』

 イズンを囲みつつマーラスら護衛はRz‐4へ向かう。

「侵入者は一体何者?」

 あまりにも酷い状況にイズンは苛立ちが募っている。彼女がここまで感情を表に出すのも珍しい。

「単独でここまで戦える人物となると、おそらく……」

 Rz‐4の後部ランプからイズン達は機内へ乗り込み、座席に着こうとした。


 タンッ!


 一瞬だった。イズンの目の前でマーラスが射抜かれ、彼の身体が機内から転げ落ちていった。間違いなく即死である。マーラスのポジションを埋めるため、別の護衛がすぐにカバーへ入る。

「パイロット! 離陸しなさい!」

 二発目がイズンの前にいた護衛に当たり、貫通した弾がさらにイズンの左腕に命中した。被弾時の強烈な衝撃によりイズンの左腕は胴体から切り離れ、床に落ちていった。

『離陸だ』

 イズンの身を最優先に機長は機体を離陸させる。

「敵の狙撃だ! 搭乗急げ!」

 残った二機のRz‐4も隊員らを回収し、離陸しようとしたが、その内の一機は右翼ローター部へ弾丸が着弾。離陸できずに地上へ墜落した。

「クイーン・イズン、身体の様子はいかがです?」

 離陸した機内では撃たれて倒れ込んでいたイズンに護衛が声をかける。

「左腕を失ったけどメモリに異常はないわ」

 イズンの傷口から血は一滴も流れ出ることはなかった。彼女の身体は機械で構成され、失った左腕は後からでも新しい物と交換可能だ。

「ここまで我々を追い詰めるなんてね」


 ドンッ!


 Rz‐4に大きな衝撃が走り、コックピットには異常を知らせる警告音が鳴り響く。

『メーデー! メーデー! こちらフェニックス01、墜落する! 座標は……』

 イズンを乗せたRz‐4も狙撃され、機体の制御を喪失。機長が可能な限り機体の姿勢を保とうとするが、その努力は無駄に終わった。

「なんてこと……」

 Rz‐4は地上へ落ち、機体は墜落時の衝撃で大きく引き裂かれ土煙を上げた。


 タンッ!


 続けて最後のRz‐4も撃ち落され、ブラックレインボーの回収部隊はあっけなく全滅した。

 たった一人の女性によって。

 シェイドは乗ってきたバイクに再び乗り、基地の出口へ向かう。


 ブルルル……


 空に響くローター音。

 おそらくロシア軍のヘリだろう。

 シェイドはバイクを加速させ、ボゾェニヴィスク宇宙基地を出た。

 誰もいない道路を飛ばすシェイド。

 上空には二機のヘリだ。高度があり、距離も遠いため機影は小さいがMnY‐31、ロシア陸軍の兵員輸送ヘリである。スミルノフか特殊作戦軍(SSO)の部隊と思われた。

「遅い到着ね」



〈アゼルバイジャン、某所〉


〈衛星識別番号 ASS4450Z〉

 ‐接続:オンライン

 ‐状態:正常

 ‐映像:ライブ

 ‐管理者:レクター

 ‐映像受信中


 ミスト生産施設〝パンタシア1〟の破壊任務を終えた多国籍部隊はマジェスティック・イージス社のガルム4の助けによってブラックレインボーの追撃から逃げていた。

 追手はクラブ4‐1である。彼らは空中バイクやトラックでしつようについて来ていた。

「くそ、私が出る。各員、奴らを近寄らせるな!」

 マリナは撃たれたガルム隊員のガンナーを銃座から引きずり下ろし、自ら銃座に着く。

「派手にいくぞ!」

 MJ‐53X機関銃の引き金を引き、空中バイクのクラブ4‐1兵を優先に撃ちまくり、次々と撃破。

「まだまだ来るぞ。キリが無い! ガルム4、友軍はまだか!」

「もう少しだ」

 いくら精鋭ぞろいとはいえ、弾薬は尽きかけている。このままだとMJ‐53X機関銃の弾ももたない。

『連中、こっちの位置を正確にあくしている。偵察機でも飛ばしているのか』

 ヴァイス隊員は銃のマガジンを交換し、左から近づくトラックを銃撃する。

『はっ。偵察機なんてなまやさしいものじゃない。偵察衛星だろう?』

『衛星か。そいつは笑えない。随分とゴージャスなストーカーだ』

 ざま隊員がヴァイス隊員へ言葉を返す。

『敵のドローンが北西から接近!』

「任せろ!」

 爆弾をくくりつけた複数の小型ドローンが突っ込んで来る。それをマリナがMJ‐53X機関銃でなぎ払い、味方を守った。


 シュウゥゥルル……


「弾切れだ」

 マリナのMJ‐53X機関銃はついに弾切れになり、強力な武器を失ってしまった。



 衛星軌道上。ASS4450Zに代わって別の衛星がアゼルバイジャンの周回軌道へ入り、監視体制へ移る。


〈衛星識別番号 ASS109A〉

 ‐接続:オンライン

 ‐状態:正常

 ‐映像:ライブ

 ‐管理者:レクター

 ‐映像受信中


『こちらブルズアイ、シュヴァルツェスペード6‐3へ。標的は車両五台で移動中だ。座標を送信する。ATLSで確認せよ。現在クラブ4‐1、クラブ5‐5が標的を追跡している。オーバー』

「了解だ、ブルズアイ」

 四台の軍用多目的軽装甲車HMV‐2に分乗しているシュヴァルツェスペード6‐3隊員達。上空にはステルス無人航空機NQ‐3Gフェンリルが偵察飛行を行っている。

「各員、敵の座標を確認せよ」

 彼らは全員、先進的戦術共有システム(Advanced Tactics Link System:ATLS)を内蔵したスマートグラスを装着しており、これにより自分や味方、標的の位置が分かる。ブルズアイからデータが送信され、標的を示す方向矢印が画面に映った。

「8キロ先か」

『シュヴァルツェスペード6‐3、標的が方向を転換した。そちらに向かっている』

「了解。総員、戦闘準備」


 クラブ4‐1だけでなくクラブ5‐5の追撃を受けているマリナ達は追手を振り切るために方向を変えたのだが、これがあだとなってしまった。

『正面に新手!』

『挟まれた!』

 マリナはすぐにシュヴァルツェスペード6‐3の車両へ向けて銃を撃つが、手持ちの残弾を考えるとこれ以上の戦闘は避けたいのが本音である。

「しつこい連中だ」


〈衛星識別番号 ASS109A〉

 ‐接続:オンライン

 ‐状態:不安定

 ‐映像:信号無し

 ‐管理者:非公開


『HQ、こちらシュヴァルツェスペード6‐3。どうした? ATLSがダウンした』

に衛星監視システムと情報統合ネットワークをクラッキングされている。主幹システムを閉鎖中。ATLSは現在使用不能』


 現在、ブラックレインボーは人工衛星による偵察、無人兵器や歩兵の戦術共有システムに不調をきたしていた。情報の統合は現代戦において非常に重要なものであるが、今のブラックレインボーは敵味方識別手段や標的の正確な座標を失ってしまっていた。

 なぜこのタイミングでシステムを攻撃されたのかは分からない。

 ただ言えることは状況として非常によろしくないということだ。


 そんな状況を知るわけもなく、マリナ達、対ブラックレインボー多国籍部隊はシュヴァルツェスペード6‐3とクラブ部隊を相手に奮闘していた。

「隊長、このままだとただの的になりますよ」

 スミルノフ隊員がマリナへ不安を伝えた。

「いざとなったらナイフで始末するだけだ。その時になったら勝負だぞ」

「そいつは楽しそうです」

 こくいっこくと状況は悪くなる。

 だが、ついにマジェスティック・イージス社の友軍から無線が来た。

『こちらスターゲイザー。ガルム4、聞こえるか?』

「ガルム4だ」

『待たせたな。航空支援を行う。衝撃に備えろ』

 待ちに待った瞬間だ。

 マジェスティック・イージス社の第一飛行隊スターゲイザーが作戦地域に到着。アゼルバイジャン政府の武器使用許可及び飛行許可を受け、爆装したスターゲイザーのLF‐33多用途戦闘機三機だ。

『各機、目標への攻撃を許可する』

 敵の正確な座標を得ており、翼下のミサイルポッドからVW‐200対地多弾頭ミサイルが放たれた。

 空からミサイルが雨のごとく降り注ぎ、ブラックレインボーの追跡部隊はかんなきまで叩きのめされた。


『任務完了。スターゲイザーは帰投する』


 先ほどまで敵車両がいた場所は車両の残骸と燃え上がる炎、そして黒い炭に変わっていた。

「追手は当分来ないだろう。ここまで来たらもう大丈夫だ。我々は我々で帰路につく。皆には礼を言う」

 ヴァイス隊員達は車を降りる。

「我々もだ。正直、ここまで生き残れるとは思っていなかった」

 ゼニスエージェントらも車を降り、ヴァイスやスミルノフ、ざく、ガルム4の面々へ視線を向けた。

「ブラックレインボーに対抗できるのは私達ってことよ」

 強大な力を持つブラックレインボーとの戦いが長引くことになることはマリナを含め、この場の全員が分かっている。

「確かに。今回、一時的とはいえ君達と協力できたことはいい経験だった」

 ざく隊員がマリナの言葉に同調し、この協力体制にある種の希望と成果を感じていた。

「対ブラックレインボーの同盟だな。次の機会があるかは分からないが、何か名前が欲しいところだ」

 ガルム4の言葉にマリナが口を開いた。

「サラマンダー」

「サラマンダーか。そいつはいいな」

 皆、マリナの言葉に思うところがあるのか、にやりと笑みを浮かべていた。

 一時で気休めの同盟かと思われたが、この経験が長きにわたるブラックレインボーとの戦いで大きな意味を持つことになる。



〈某国、某所〉

 男は自分の個室へ戻り、プリントアウトされた人工衛星のカラー写真を見る。

 そこには崩壊したロケットの打ち上げ施設が鮮明な画像として映っていた。別の衛星写真には墜落し、原型を失った三機のRz‐4の姿があった。この結果を彼は受け止めるしかない。

 Q3計画の乗っ取りは失敗に終わった。次の計画に力を注ぐのが最良の選択であろう。しかし、あまりにも予想外の展開に理解が追いついておらず、彼はこの問題への対応を重要課題として捉えていた。情報を整理し、改善策を策定しなければならない。


 コンコン


 男が頭を悩ませているところ、部屋の扉を誰かがノックした。

「入れ」

 彼が入室を許可すると扉が開き、イズンが入ってきた。

「失礼いたします」

「身体の新調は無事に終わったようだな。新しい身体の調子はどうだ?」

「問題ありません」

「そうか。では報告を聞こう」

「敵は一名、〝シェイド〟と呼ばれる賞金稼ぎと思われます」

「その名は聞いたことがある。ヒューザの差し金か。はたまたどこかの情報機関か。それとも競合組織か。雇い主が誰にしろ〝シェイド〟は実在したわけだ。それはそれで収穫といえる。今後は人間の可能性を軽視しないように注意しなければならない。組織は新たな計画を進める。それにともない、君には新たな仕事を三つ与える」

 男は三つのファイルを渡した。三つとも全て最高機密の印が押されている。


 一つ目のファイルを指で示し、男が説明を始める。


「まず、一つ目は《ナノマシンの研究開発》だ。ミスト及びヘイズ計画を見直す。生物学上、無生物であるウイルスは天然のナノマシンと言えるが、この計画ではウイルスではなく制御可能なナノマシンとして開発を改める。我々はよりせいこうで、ものを創り出す」


 続いて二つ目のファイルを示した。


「二つ目は《プロジェクト・シャドウ》。究極の兵士を生み出す研究だ。これは将来的にスペード・エースへ組み込む。今回の反省も踏まえ、人間の強さを徹底的に追及せよ」


 最後に三つ目のファイル。


「三つ目は《次世代戦略兵器の研究開発》。これに関しては君の裁量で計画の方針を決めるんだ」

「お任せください。ハートのクイーンとして全力を尽くします」

「期待しているぞ」



〈時刻1358時。イギリス(イングランド)、ロンドン〉

 ヒューザ社シークレット・セブンの一人、ニコラウス・アルケスターは車で子会社であるマジェスティック・イージス社のロンドン本社へ来ていた。彼はシークレット・セブンでも古株で、優秀な秘書も、優秀な部下もいるのだが、自分自身でよく動く人物だ。

「アルケスター様、そろそろお約束の時間となります。連絡は来るのでしょうか?」

 車の運転手はアルケスターの秘書でもあり、戦闘のプロでもある。アルケスターが最も信頼している部下の一人だ。

 車は会社の正面ゲートを通過、地下駐車場へのルートを進む。

 太陽の光が届かなくなり、車内が暗くなった。

「大丈夫だ。シェイドからの連絡は確実に来る」

 そうは言ったものの、どのような方法でシェイドから連絡が来るのかは知らされていない。ロシアで知らされたのは日時だけ。待ち合わせ場所の指定も無かった。

 と、運転手が車の速度を落とし、停車した。

「どうした?」

 ここは停車するような場所ではない。アルケスターは運転手に尋ねた。

「アルケスター様、カラスです。一匹のカラスが道路の上で動きません」

「カラス?なぜ地下に……まさか」

「そのまさかかもしれません。私が確認してきます」

 運転手は車から降り、道路で動かないカラスのそばへ歩み寄る。しゃがみ込んでカラスを見ると、白い手紙をくちばしでくわえている。

 アルケスターはこの時、腕時計で時間を確かめた。午後二時ちょうど。驚くべきことにシェイドが指定した時間だった。

「それを渡してくれるかい?」

 運転手が右手を差し出しカラスへお願いする。それをカラスが理解したのかは不明だが、カラスは大人しく手紙を運転手の右手に落とした。役目を終えたらしく、カラスは黒い翼で出口へと羽ばたいていった。

「アルケスター様、こちらです」

 アルケスターは左後部座席のパワーウィンドウを下げ、運転手から手紙を受け取った。

 運転手は再び運転席へ戻ると車を進める。

「どうやら彼女はすでに仕事を終えたようだ」

 手紙には依頼完了の旨と報酬の振り込み先が書かれていた。

「さすが伝説の賞金稼ぎですね」

「ああ。味方であれば心強い。敵に回せば勝ち目はないだろう。そうならないのを祈るばかりだ」

 車は特別なアクセスコードを必要とする地下セキュリティ・ゲートを通過した。



〈地下オフィス(マジェスティック・イージス社)〉

 便べん上、オフィスの名を冠しているがここは極秘任務用の司令部である。地下オフィスは幹部社員でもシークレット・セブンと繋がりがある高位幹部でなければ立ち入ることは出来ず、ここで運用される部隊はルシファー分遣隊のような精鋭部隊であった。シークレット・セブンの命令があれば世界中のどこへでも派遣される。

「司令、イズニティから部隊を撤収させよ」

 アルケスターがここに来たのはイズニティにおける軍事行動を中止するためだった。

「よろしいのですか? 我々が撤収すればNNLFはもちません」

「我々の主任務は終わった。戦いを長引かせるわけにはいかない。NNLFにもあきらめるように伝えよ。イズニティ紛争が長く続けば将来的にブラックレインボーが有利となる。連中は〈戦場〉という演劇を用意した。この舞台の演者になっても仕方がない。もしNNLFがそれでも戦いを選ぶというのなら、ある程度の装備と資金の援助は行う。だが、直接的な支援は行わない。あとは彼らの選択に任せる」


 昨日、シークレット・セブンの会議でイズニティでの対ブラックレインボー作戦は十分な成果をあげたと結論付けられた。これ以上、イズニティ紛争に武力介入することは人材と装備面でヒューザに利はないと判断されたのだ。アフリカにおけるブラックレインボーの活動の監視は続けるが、ヒューザはこれからのブラックレインボー及び世界企業連盟の動きを考え、しばらくは軍事活動を控える方針となった。

 また、動きをブラックレインボーへつかまれにくくするため、ヒューザ・グループ全体の改編が行われることとなった。これは通常の企業経済活動としての側面もあり、子会社や孫会社の新設、あるいは合併、他社の買収も予定されている。世界企業連盟は事実上、ブラックレインボー側(多数派)のアリュエット・グループ派と反ブラックレインボー側(少数派)のヒューザ・グループ派に分裂しており、この実情はまさに〝企業戦争〟という言葉がふさわしかった。


 イズニティ紛争でドローン、サイボーグ、アンドロイドといった最新兵器を投入し、膨大な実戦データの収集に成功したアリュエット・グループ、フィセム・グループらは更なる技術向上とぐんじゅ産業の開拓を目指していた。アダマス・ハイ・インダストリーズはフィセム・サイバネティクスとサイボーグ及びアンドロイドの研究提携を行い、軍事だけでなく民間への普及を本格的に目指した投資を開始した。さらにアリュエット・セキュリティ・サービス、アリュエット・ファイアアームズ、アリュエット・エンジニアリングはイズニティ紛争における戦闘データを基に各国へ装備の売り込みを進めた。ここでイギリスはサイボーグ兵の運用に興味を抱き、後に世界で初めてのサイボーグ兵からなる特殊部隊を創設することとなる。


  

〈ロシア、某所(スミルノフ秘密基地)〉

 ブラックレインボーによるロシア内部の情報機関同士の争いはスミルノフの活躍により、徐々にではあるが確実に収まりつつあった。特に内通者の粛清は単純だが非常に効果的で、ブラックレインボーのきょうを確認するという意味でも成果はあった。

 GRUはブラックレインボーによる一連の事件を受け、ブラックレインボーが国家安全保障上の大きなきょうとし、国内の安全に関わる提言を大統領へ行った。また、ロシア情報機関の引き締めが強く行われたのは言うまでもない。

「諸君、我々スミルノフがブラックレインボーと繋がっているというありもしないうわさは無くなった。しかし、ブラックレインボーが無くなったわけではない。国家のきょうが去ったわけではない」

 スミルノフの総隊長としてマリナはブリーフィングを行っていた。

「ブラックレインボーを壊滅させることが我々の任務である。何年かかろうとも。これは我々の使命である」

 国家のために命を捨てる。それが兵士の務めと言われるが、それは正しくない。

 兵士は国家の未来のために命を懸けるのである。

 ただ命を捨てることに意味はない。



〈時刻1212時。イズニティ、ブラステーク〉

 イズニティではマジェスティック・イージス社が派遣している部隊の撤収が始まった。もちろん、これはおおやけにされてはいない。そもそも、マジェスティック・イージス社がイズニティで軍事活動していること自体、一般人は知らず、イズニティ紛争が起こった本当の背景も知らないだろう。

「こちらルシファー2。サンダー4、応答せよ」

『サンダー4だ。オーバー』

「ASSの歩兵一個小隊が西からそちらに向かっている。援護する」

『了解だ』

 メフィアン率いるルシファー2はブラステークから離脱するサンダー4を援護すべく、MD‐99マークスマンライフルでASS兵の狙撃を開始。メフィアンは短時間でASS兵を二人射抜き、その後、MRT‐C5陸戦支援ドローン一台を破壊した。


 ‐ヘイロー2‐2、こちらトライデントアルファ1‐7! 敵から狙撃を受けている! 砲撃による火力支援を要請!

 ‐トライデントアルファ1‐7、こちらヘイロー2‐2だ。目標の座標を送信されたし。

 ‐座標を送信する。

 ‐ヘイロー2‐2、座標を受信した。これより砲撃を開始する。


 ルシファー2による遠距離射撃を受け、ASS歩兵部隊は物陰へ隠れた。その上、後方に控える友軍へ火力支援を要請した。


 ヒュー


 砲撃拠点のG324りゅうだん砲から発射された155mmりゅうだんりゅうだんは空に向かって曲線を描き、計算された軌道で地上へ落下。ルシファー2の近くへ着弾した。

 強烈な爆発により建物は崩れ落ち、砂が舞い上がる。

「くそ、敵の砲撃だ! 後退だ後退しろ! 全員ここから離れろ!」


 ヒュー

 ヒュー


 ‐弾着を確認。誤差は西3メートル。標的は北西へ移動中。


 りゅうだんはトライデントアルファ1‐7の弾道観測報告を受け、軌道がちく調整されている。

「止まるな、行け行け!」

 メフィアンは部下を先に行かせ、自分は最後尾についた。

「マルドゥーク! こちらルシファー2! 敵の砲撃を受けている! 砲撃拠点の制圧はまだか!」

『ルシファー2、ルシファー1が砲撃拠点をまもなく攻撃する』

「了解!」

 ルシファー分遣隊の主な任務は友軍の撤収を支援し、今後もイズニティで戦うNNLFのためにASSの戦力を可能な限り削ぐことであった。圧倒的な兵力を誇るASS(国連軍)に正面からNNLFが挑んでも勝ち目はない。それはNNLFも分かっている。

んだな」

 十発目のりゅうだんが着弾した後、次弾が飛来してくることはなかった。

『ルシファー1より各隊、ブラステークの砲撃拠点を制圧した』

『こちらマルドゥーク。サンダーの撤収を開始。ルシファーも撤収しろ』

 今回、マジェスティック・イージス社は部隊の撤収にヘリコプターを使用していた。

 これは同社がイズニティ大統領であるジュゲニ・ルギルラの協力を得たからに他ならない。そうでなければイズニティ軍や国連軍からの攻撃によりヘリは問答無用で落とされる。どうやらルギルラ大統領の説得にはロシアの関与もあったらしく、大統領からの返事は早かった。撤収用のヘリはイズニティ軍や国連軍に認識される。ヘリに乗ってしまえば手出し無用というわけだ。

『ルシファー2、急げ。ASSに動きがある。どうやら戦力を集中してブラステークを制圧するつもりらしい』

「連中、ここを制圧してシンダのNNLFを一網打尽にする気だ」

 ブラステークはシンダと隣接している。ブラステークを占領されればイズニティにおける戦略的優位性がASSに移り、NNLFのせいはとてつもないものになるだろう。

 ASSの動きは明らかにマジェスティック・イージス社の撤収をえたものだ。

『マルドゥークからルシファー2へ。敵歩兵が接近中。回収地点へ急ぐんだ』

「了解」

 ASS兵らが回収地点に迫っている。

 回収地点ではすでに回収用のC‐32Aヘリが着陸しており、後部ランプ(ハッチ)を開けてルシファー2を待っていた。

『こちらアックス5。ルシファー2、さっさとここから脱出だ』

 メフィアン達、ルシファー2隊員は後方から銃弾が飛んで来る中、何とか回収ヘリへたどり着くことができた。

「よくがんばったルシファー2。よし全員乗ったぞ! 出発だ!」

 回収部隊の兵士がルシファー2を機内へ招き入れ、全員の搭乗を確認後、後部ランプを閉じた。

『マルドゥーク、こちらアックス5。ルシファー2の回収完了。これより基地へ帰還する』

『了解』

 アックス5は攻撃を一切受けることなく、離陸に成功し、そのまま空へと飛び立った。


「全員、撃ち方やめ」

 ASS兵とドローン部隊は先ほどまでルシファー2へ銃を撃っていたが、ヘリへの搭乗を確認するとすぐに攻撃を中止した。ドローンではさっきまでルシファー2が敵を表す赤色表示だったのに対し、ヘリは護衛目標を表す二重の緑色枠で表示されていた。そのため、ドローンも自動で攻撃することはなかった。

「レッドサファイア、こちらハンマーフォックストロット1‐2。VIPは飛び立った。オーバー」

『こちらレッドサファイア。ハンマーフォックストロット1‐2、貴隊はこれよりブラステークの制圧にかかれ。NNLFをせんめつせよ。オーバー』

「了解。これよりNNLFのせんめつに取り掛かる」

 頭上を複数のAH‐92U攻撃ヘリが飛んでいった。

 さらに兵員輸送ヘリHL‐34が次々とブラステークに到着し、ASS兵がラペリング降下していく。

 マジェスティック・イージス社がいなくなった今、ASSにとってNNLFを潰す絶好の機会だ。イズニティ国民をきつけ、NNLFに武器や戦闘訓練を裏で提供していたのはブラックレインボーである。彼らは自ら戦いの火を付け、その火を鎮火しようとしているのだ。

『レッドサファイアから全地上部隊へ。これよりオペレーション・ブラックアウトを開始する。全ての敵を排除せよ。繰り返す。全ての敵を排除せよ』



〈イズニティ、ブラステーク(アックス5機内)〉

 ヘリの中ではルシファー隊員らが複雑な表情を浮かべていた。

「隊長、我々は生き残りました」

 部下の一人がメフィアンへ話しかけた。

「ああ」

「ようやく帰られるんですね」

 深呼吸した部下はそこでうつむいた。

「そうだ」

「この日をずっと待っていたんです。だけど、何というかこれで本当にいいのかって、今思っているんです」

 確かに基地へ戻れることは嬉しい。

 それと同時に自分達がみちなかばで戦場を去ることに罪悪感を抱いていた。

 イズニティでは多くの民間人が死に、さらに武器を取った市民はNNLFとして戦い続けている。

「たくさんの味方が死にました。民兵も。彼らは職業軍人ではありません。でも武器を取りました。我々を信頼し、その命を預けていました……」

 命令とはいえルシファー分遣隊は現地の民兵へ訓練や情報の提供もした。

 そんな自分達が戦場から去る。

 それはある種〝サバイバーズ・ギルト〟にも似た心理的圧力であり、それは兵士につきまとうやっかいなものだった。

「ああ。言いたいことは分かる。だが、我々は兵士だ。上の命令に従う。人間個人の力は小さいが、組織となれば大きな力となる。組織に属する以上、我々ルシファーもそうだ。上の命令には従わなければならない。できることは限られている。そして、できることは全てやった。忘れるな、生き延びることが一番の任務だ」

「隊長……」

 部下はメフィアンへ顔を向けた。

「自分を責めることはない。この命、最後まで十分に使いこめ。それが生きた者にできる死者への弔いだ。我々には次の任務が待っている。期待しているぞ」

「イエッサー」


 メフィアンは自分に真の平和な世界はないということを理解していた。

 それは皮肉にも戦場を冷静にわたり歩くための力となり、下手な慰めを必要としない。

 これからも彼は戦場に身を置き続けるだろう。

 彼が兵士として必要とされる限り。



〈時刻0810時。日本、某所〉

 瀬戸内海をのぞでシェイドは空を見上げていた。

 一匹のカラスが彼女に近づいて来る。

 彼女は左肩を伸ばし、そこに留まれるようにした。

 カラスは躊躇ためらいなく、シェイドの左肩へ留まり、鳴き声をあげる。

 何かを伝えているようだ。

 それをシェイドは聞いている。

「そう。それはいい知らせね」

 シェイドに伝えることを全て伝え終わったのか、カラスは黒い翼を再び広げ、飛び立ち、他のカラスと合流していった。

 カラス、それはあらゆるところにいる。

 その目は人間社会を捉え、人間と共存するかしこい鳥だ。

 彼らは素晴らしい情報収集屋であり、シェイドの心強い味方である。


 ブルル……ブルル……


 振動。左のズボンポケットだ。

 携帯端末を取り出すシェイド。

「私よ。ええ、休暇は今日で終わり。明日からそちらに戻る。休暇の内容? それはここで教えられないわね」

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