Diva

ディーヴァ

〈時刻1207時。ロシア、ヒムキ(シェレメーチエヴォ国際空港)〉

 冬のロシアはまさに極寒の地。今年の冬は暖冬といわれているものの今の気温はマイナス7度を観測している。寒さから身を守るため耳や首といった場所は露出せず、体温を奪われないようにするのが基本だ。一方で屋内は暖房が効き暖かく、服装は屋外と屋内の温度差をある程度調節できるような工夫も必要だろう。

 ロシアの都市ヒムキにあるシェレメーチエヴォ国際空港。昨年、更なる利便性の向上と老朽化対策を兼ねて建物の改修工事を行い、国際空港としての機能を進化させた。もちろんセキュリティも更新され、顔認証システムと犯罪予防AIシステムを搭載した防犯カメラ、パトロール・ロボット、対ドローン用広域妨害装置といったものが採用されている。


 てつく空気を一機の中型プライベートジェット機が引き裂き、シェレメーチエヴォ国際空港の滑走路へと着陸した。機内にはシェイド、マリナ、ヴァレンティーナ、アーニャの四人。そして十人ほどの乗客がいた。

「さ、着いたわよ。ロシア」

 シェイドはスミルノフの三人にロシアへ到着したことを告げた。

「まさかモスクワで開かれるオペラ公演会に出演なんて、貴方あなたどういうつもり?」

 マリナがシェイドに問うのも無理はない。今回、スミルノフの三人はシェイドが出演するオペラのオーケストラ・メンバーとしてロシアに来たのだ。この機内にいる他のメンバーもオーケストラ・メンバーなのだが、シェイドの事を考えるに単なる演奏者達ではなく彼女の仲間である可能性が非常に高かった。

「今はオペラ歌手のアイリーン佐藤ということ。ただそれだけ。とりあえず空港を出るまでは私といてもらう」

「分かった」

 スミルノフ三人がここまで来てシェイドに反対する理由はない。その上、シェイドと一緒にいる方が入国する上でも都合が良かった。


 彼女達はシェイドが用意した偽造パスポートで入国審査を突破し、正式にロシアへの入国を果たした。意外とあっさり入国しただけにマリナ達にとっては肩透かしだった。同時に空港セキュリティの重大な問題が見つかったともいえる。

「私達はあのバスでホテルへ向かう」

「バスか……」

 アーニャはしぼり出すようにつぶやいた。空港ターミナルを何事もなく出たマリナ達とシェイドは迎えのバスへ向かう。正直、バスへ乗り込むには抵抗があるマリナ達。バスは狭い空間であり、もし中で襲われでもすればマリナ達に勝ち目はない。それを察してかシェイドが口を開く。

めとく?」

「いいや。ここで別れたらカメラで調べられた時に不自然だ。乗るよ」

 アーニャの言葉にマリナとヴァレンティーナもうなずいて同意した。

「では」

 シェイドの後に続き三人はバスへと乗り込んだ。

「バスの目的地は?」

 座席についたヴァレンティーナが尋ねた。

「モスクワ・ソーンツェ・ホテル。オペラの会場はロシア中央歌劇場よ。観劇に来る?」

「遠慮する。こっちはそれどころじゃないから」

シェイド太陽ソーンツェにねぇ」

 マリナは少し皮肉を込めて言った。

「面白いでしょう?」

 それをシェイドは笑みで返した。



〈時刻1244時。ロシア、モスクワ(モスクワ・ソーンツェ・ホテル)〉

 モスクワ・ソーンツェ・ホテルは十四年前に建設されたモスクワ屈指の豪華ホテルである。ホテル内には小規模とはいえ本格的なカジノがあり、さらにバー、レストラン、ダンス会場、VIPルームがある。少し変わった遊び心としては昨年、VR(仮想空間)ゲームが遊べる快適なVRルームを新設。プロゲーマーが強化練習のため泊まりに来ることもある。

 バスから降りたシェイドとマリナらは専用の通路を通り、VIPルームへと入った。

「さて私の護衛任務はここまで。一応、言っておくけどこのホテルにSVRエスヴェーエルはいない。ここから先は貴方々あなたがたの問題」

「ええ。ここまでありがとう。でも次会った時、私達は貴方あなたを始末する」

「その時は受けて立つわ。貴方あなた達の健闘を祈る。オヴニル、アウト」

 スミルノフの三人はこの時決意していた。目の前にいるこの女性こそ我々が超えるべき存在なのだと。しかし今はやるべきことがある。シェイドを相手にするのは後回しだ。

 


〈時刻1328時。イズニティ、シンダ〉


『レッドサファイア、こちらタイタン1‐2。マジェスティック・イージスと思われる勢力と接敵した』

『了解だ1‐2。そちらにガン・ビー(Gun-bee)を向かわせた。仕留めろ』


〈衛星識別番号 ASS1002C〉

 ‐接続:オンライン

 ‐状態:正常

 ‐映像:ライブ

 ‐管理者:レクター

 ‐映像受信中


 イズニティでは今なお激しい戦闘が続いている。この戦闘は外の者が思うほど単純な構図ではない。ブラックレインボーが世界に対する情報工作を行っていることもあって、各国はこの国で広がっている恐ろしい陰謀に気付いていなかった。

 現在、イズニティ軍及びナグルファル・コンダクター社の兵士は国連軍として武力介入してきたASSの指揮下に入っている。このため、現時点でイズニティにおける最大の軍事勢力はASS(国連軍)だ。無数の無人兵器とともにハイテク装備を駆使するASSは現代戦における新たな戦術を構築している。

 いで大きな力を誇るのは新アフリカ民族解放戦線(New-African National Liberation Front:NNLF)である。元々、この武装勢力はブラックレインボー(世界企業連盟)の裏支援もあってイズニティ軍に対抗できるほどの武器と人員を有している。さらに、他の武装勢力や自警団を取り込み、初期よりも大きく組織は成長した。やっかいなことにNNLF内部にはブラックレインボーの工作員がまぎれており、彼らによってイズニティの戦闘は長期化、泥沼化へと誘導されていっている。

 三番目の勢力はマジェスティック・イージス社である。特に同社の〝ルシファー分遣隊〟はASSからも一目置かれるほどの精鋭である。マジェスティック・イージス社は今回の戦闘で武装蜂起した市民らを影でまとめつつ、ASSとその背後にいるブラックレインボーへ食らいついている。


「1‐1、左側面に注意しろ」

「了解」

 フィセム・サイバネティクスによってサイボーグ化された兵士が四体。彼らは元イズニティ軍であったり、ナグルファル・コンダクターであったりと事情は様々だが、新しい身体を手に入れ、ASSのサイボーグ部隊〝タイタン・チーム〟に属していた。

 タイタンはフィセム・サイバネティクス社が開発した戦闘用サイボーグ規格の試作義体である。痛覚は意図的にしゃだんされており、痛みは全く感じない。加えて、義体のため多少の銃撃ならば正面から受けても問題ない。

「ガン・ビーからの情報を習得した。このビルはクリアだ。次へ向かうぞ」

 ガン・ビー(Gun-bee)はアダマス・ハイ・インダストリーズが製造している軍用小型無人マルチコプター。軽量ながらも対人兵器として有効的な専用機銃を搭載し、高性能カメラと併せて敵を識別、攻撃する。ASSはこのガン・ビーを大量に投入し、地上戦を有利に進めていた。


 ブーンッ、ブーン……ブーン。


 蜂の羽ばたきのような音を立て、複数のガン・ビーが周囲の建物を探索する。

 しかし、ある区域に入ると急にガン・ビーの動きが鈍くなり、飛行高度があからさまに落ちていた。

「こちらタイタン・チーム1、ジャミングされている」

マジェスティック・イージスめ。しゃくな真似を」

 サイボーグ達はジャミングの発生源を突き止めるべく足を進める。

「その建物だ」

 右手に握られたH22アサルトライフルを構え、先頭のタイタン1‐1が建物へと入った。

「待て。奥に人影らしき影を捉えた」

「フラッシュバンを投げる」

 奥の部屋へ投げ入れられたC‐20特殊せんこうだんが起爆。

 強烈な光と爆音が鳴り響いた。

 かんはつれずタイタン・チーム1が突入し、部屋の中を確認した。

「クリア」

「こいつは……すでに死んでいる」

 部屋には壁によりかかった二人のナグルファルコンダクター兵の死体がある。死体は擦り切れたシュマグを巻いており、それが外からの風によってなびいていた。死体の血はまだ乾ききっておらず、彼らは比較的最近まで生きていたことになる。

「何かを握り締めているな。何だ?」

 タイタン1‐2は死体の両手が握りこぶしになっていることに気が付いた。それを調べるためタイタン1‐2が銃を下ろし、死体の上半身を揺らしたその時だった。死体はとつじょ爆発し、タイタン1‐2を至近距離で吹き飛ばした。



 とあるビルの一室。ルシファー2はしんぼう強く時を待っていた。

 壁には射撃用の穴が開けられ、そこからMK‐A2マークスマンライフルの銃口をのぞかせている。


 ボーンッ!


 正面に見える低い建物が爆発物による爆発で崩れ落ちた。

 ふんじんが舞い視界はお世辞にも良くはない。


『こちらルシファー5。標的は罠にかかった』

「了解だ」

 崩れた建物から生き延びたサイボーグが二体現れる。彼のMK‐A2マークスマンライフルには光学照準器が装着されていなかったが、それを問題とせず、単発射撃による射撃でサイボーグの頭部や胸部へ弾丸を命中させた。


 ‐うっ。

 ‐ぐ……


「標的を無力化。これより移動する」

 彼は敵からの報復を回避するため、すみやかに移動を開始。建物入り口の警戒に当たっていた部下エルダ、マレンコを率いてポイントブラボーへ向かう。


〈ルシファー2〉

 正式コールサイン:ルシファー2リーダー(第二小隊長)

 本名:ディラクス・グェン・メフィアン

 所属企業:マジェスティック・イージス社

 所属部隊:ルシファー分遣隊B中隊第二小隊

 社内階級:上級曹長

 個人情報:ヒューザ社最高幹部《シークレット・セブン》から絶大な信頼を受けているマジェスティック・イージス社のようへい。過酷な戦場で感情の起伏がほとんどなく、常に最善の選択肢を選び、部下を短期間で一流の兵士へと鍛え上げる。兵士の中の兵士。


『ルシファー2、聞こえるか?そちらに敵のヘリが向かっている。注意しろ』

「ヘリか……それは厳しいな。こちらには対空火器が無い」

『武器の調達ならば敵の補給地点が近くにある。そこに行けば何かいい武器が手に入るかもしれない』

「そいつはいい案だ」

『そっちに座標を送った。かなり近い位置にある』

「よし、諸君。行くぞ」



〈イズニティ、シンダ(国連軍前線補給地点フォックストロット)〉

 国連軍の前線補給地点フォックストロット。ここでは必要に応じて最新3Dプリンターにより銃や弾薬を設計、生産することができる。大抵の軍用3Dプリンターにはあらかじめ武器の設計図がインストールされており、兵士は設計図を選ぶだけで必要な武器を作ることが可能。手動で新たな設計図をインターネット経由でダウンロードあるいは設計図を一から作り込むこともできるため、基地から多くの武器を持ち込まなくてもよい。


「こちらポイントフォックストロット!敵から攻撃をっ……」


 バシュッ!


 ASS兵の頭を弾丸が貫き、彼は無線機から左手を離して倒れた。

 彼の周りには複数の死体がある。ここにいた部隊は全滅したようだ。


「いいぞ。クリアだ。マレンコ、周囲を警戒。エルダ、使えそうなものを探せ。私はこの3Dプリンターを使う」

 メフィアンは3Dプリンター内蔵の武器データを閲覧する。

「メフィアン! 十時から敵のヘリが接近中!」

 部下のマレンコが大声で叫ぶ。彼の言う通りヘリコプターのローター音が空に響いていた。

「まあ待て。対物ライフルR‐45、12.7x108mm弾の強化徹甲弾、こいつだ」

 作成する武器を決めたメフィアンはタッチパネルに表示されたOKボタンを押す。

 すると早速3Dプリンターは合金をレーザーと高周波ダイヤモンドブレードで削り、研磨し、同時に弾薬自動作成装置で必要な弾薬も作成される。3Dプリンターで作られた武器は確かに急造品で耐久性に難があるが、それでも新品の状態ならば通常の武器と使用感はほとんど変わらない。

 作成されたR‐45対物ライフルのマガジンを取り出し、弾薬を込め、再びマガジンをR‐45へ装填。

「準備ができた。いつでもOKだ。さあ、こっちに顔を出せ」

 接近するAH‐92U攻撃ヘリにはASSのロゴマークが機体側面に描かれており、ASS所属であることが分かる。AH‐92はアメリカ陸軍が次期主力攻撃ヘリコプターとして制式採用する予定となっているアリュエット・エンジニアリング社製攻撃ヘリコプター。そのAH‐92をASS用に改良したUAV(無人航空機)モデルがAH‐92Uである。第二世代光学迷彩技術を応用することで機体のステルス性の改善に成功、さらに無人機化による機体の軽量化と高速化を実現している。完全自律型モードで飛行することもできるが、遠隔操縦によって半有人機としても運用可能。


『こちらアウトロー1‐3、複数の熱源を確認した』

 無人のコックピット席とガンナー席。オペレーター(アウトロー1‐3)によって遠隔操縦されているAH‐92Uは武装を選択。25mm 五砲身ガトリング・システムGAX‐5。


 とつじょ、鳴り響く警報音。

 ‐Alert !(警告!)


『なん……』


 それは一瞬の事だった。飛来する12.7x108mm弾を感知したAH‐92Uの防御システムは警告をアウトロー1‐3に表示したのだが、それは人間の反応速度では到底追いつけないものだった。メフィアンの放った弾丸は機体下部に命中。さらに二発目が左翼真ん中へ。


 警報音。

 ‐Warning !(警告!)

 ‐Serious damage !(致命的な損傷!)

 ‐Serious damage !(致命的な損傷!)


『こちらアウトロー1‐3!被弾!まずいっ!墜落する!』


 機体のコントロールを完全に失ったアウトロー1‐3は無残にも地上へ墜落し、爆散した。

「こちらルシファー2だ。敵ヘリコプターを一機落とした」

『こちらマルドゥーク。ルシファー2、敵の通信をぼうじゅした。そちらに敵の増援が向かっている』

「了解。エルダ、マレンコ、敵の増援が来るそうだ。備えろ」

 ルシファー2の三人は敵の予想進入路に対人地雷を仕掛け、3Dプリンターで防弾盾と予備弾薬を作成した。その上、ASS兵からガン・ビーの制御端末を入手。これによりセクターB4のガン・ビーを全て味方につけた。


 ‐こちらレッドサファイア、ハンマーホテル4へ。セクターブラボー4へ向かえ。


 味方のガン・ビーが接近するASS兵を感知。すぐに最寄りのガン・ビー分隊が散開し容赦ない銃撃を浴びせる。


 ‐レッドサファイア! こちらハンマーホテル4! 敵の攻撃が激しい!

 ‐4‐5、4‐6がやられた。おいキルス、顔を出すな!


 しゃへいぶつや建物へ逃げ込むASS兵を追い立てるガン・ビー。ASS兵は角でガン・ビーを待ち伏せして追って来たところを撃ち落す。しかし、生き残ったガン・ビーは他のガン・ビーと情報共有を行い、ASS兵の待ち伏せを学習した。

「エルダ、狙撃位置につけ。マレンコ、奴らにプレゼントをくれてやれ」

「りょーかい」

 メフィアンの考えを理解したマレンコはR3フラググレネードを一つ、タクティカルベストから取る。そして安全ピンを引き抜き、ASS兵が隠れている建物の窓枠へ投げ込んだ。


 ‐くそっ……敵のグレネード!


 窓から飛び込んできたR3フラググレネードに反応するASS兵ら。すぐにその場から離れようと移動する。


 ‐エリックよせ! その道は……


 パシュッ! パシュッ!


 ‐ああっ! くそったれ。エリックとワイアがやられた。


 二人のASS兵がエルダの狙撃により死亡。さらに混乱したASS兵へガン・ビーが奇襲をかけ、ASSの攻撃部隊は危機的状況に陥っていた。


 ‐レッドサファイア、航空戦力による近接航空支援を要請する! 繰り返す! 近接航空支援を要請する!

 ‐駄目だ、ハンマーホテル4。航空戦力はそちらに回せない。だが、地上支援としてそちらにシュヴァルツェエコー3が急行中。オーバー。

 ‐了解だ、レッドサファイア。


『こちらマルドゥーク。ルシファー2へ。気を付けろ、連中の精鋭シュヴァルツェが来るぞ』

「了解だ、マルドゥーク。さすがにこのままでは分が悪い。我々は後退する」

 対物ライフルR‐45を捨て、メフィアンは部下二人とともに移動。その間、シュヴァルツェエコー3接近の時間稼ぎとしてガン・ビーが活躍することとなった。



「レッドサファイア、こちらシュヴァルツェエコー3‐4。標的は下がったようだ。オーバー」

 前線補給地点フォックストロットに到着したシュヴァルツェエコー中隊第三小隊は周囲のクリアリングを実施し、敵がいないことを確認。

『奴らはそこから西の方角に逃げている。追撃せよ。オーバー』

「了解。これより追撃任務へ移行する」

 シュヴァルツェエコー3は試作型無人陸戦支援車両GRP‐2を複数同伴していた。製造元はアダマス・ハイ・インダストリーズ社。歩兵支援を目的とした小型の対テロ・市街戦向け無人地上兵器(UGV)である。5.7x28mm AP弾を使用する無反動チェーンガン、ドアの開閉や障害物の除去にも使えるファイバー状多用途伸縮アーム、飛来する爆発物から自機を守るAPS(アクティブ・プロテクション・システム)を搭載。非常に完成度の高い自律機動兵器で、GRP‐2の発展型が国連軍へ制式採用されるとの情報もあった。



〈イズニティ、シンダ(中心街)〉

 シンダの中心地は意外なことに新アフリカ民族解放戦線(NNLF)が制圧し、ASSによる波状攻撃をしぶとく耐えていた。これは裏でヒューザ社のPMSCであるマジェスティック・イージス社の工作員や兵士が新アフリカ民族解放戦線を支援しているためであり、同時にマジェスティック・イージス社の工作員は新アフリカ民族解放戦線内部に蔓延はびこるブラックレインボー内通者をあぶり出そうとしていた。

『こちらマルドゥーク、展開中の全部隊へ。ASSがシンダへくうてい車両部隊を投入した。奴らは一気にカタをつけるつもりだ。予測進入ルートへ罠を設置し、車両との戦闘に備えろ』

 上空には無数の大型輸送機から次々と車両がパラシュート降下していた。

 ASSはシンダの奪還を目指しくうてい車両部隊の投入を決定。くうてい戦車と戦闘装甲車から成る機械化歩兵部隊により新アフリカ民族解放戦線の防衛線を突破しようと戦力を集中。サイボーグ兵やアンドロイド兵も前線に送り込み、戦闘データの収集も行っていた。


「こちらルシファー2。敵のくうてい部隊を確認」

 ちょうど降下地点にいたルシファー2は空から下りてくるくうてい戦車の姿を捉えていた。

「上手くいけばかくできそうですね」

 エルダの言う通り、奇襲をかければくうてい戦車を奪える可能性がある。

「ああ。あれを頂こう。行くぞ」

 くうてい戦車とともに降下してくるくうてい部隊を撃ちつつ、メフィアンはマレンコとエルダを連れてくうてい戦車の奪取に向かう。

「急げ。すぐに敵が集まる」

 くうてい戦車XA‐43はアリュエット・ディフェンス・システムズ社の新型軽戦車。技術的な挑戦として開発が行われ、従来の戦車の走破性を維持しつつ、軽量でかつ高い防御力と火力を兼ね備えることに成功している。

「十一時の方向から敵!」

 さっそくくうてい戦車の回収に来たASS兵がルシファー2と接敵した。

「援護しろ。グレネードを使う」

 メフィアンはR3フラググレネードを投げ、敵を一掃。そのままXA‐43へ走り、車体上部のハッチへたどり着く。

「スモークを使う。二人とも来い」

 敵の視界を奪うためMD9白煙弾を使い、エルダとマレンコをこちらへ呼んだ。ASSのくうてい部隊はそろそろ本格的に動き出すはずだ。

「エルダは操縦手、マレンコは砲手だ」

 二人は素早く自分の役割を理解すると、それぞれの座席へ着き、初動操作を開始。メフィアンも車内へ入り、車長用潜望鏡で周囲を確認する。

「十時の方向から敵歩兵だ」

 サーマルサイトで熱源は白く強調表示されるため、遠くの敵兵もいちもくりょうぜんだった。

「了解」

 マレンコは主砲に取り付けられている同軸機関銃で敵歩兵をなぎ倒す。

「こちらルシファー2、敵の戦車をかくした。オーバー」

『ルシファー2、いいぞ。そちらに敵戦車の座標をかい送信する。可能な限り破壊せよ』

「任せろ」

 操縦者用のミニマップへマルドゥークが敵車両の座標を送信した。

「さて狩りの時間だ」



『レッドサファイアから全部隊へ。集合地点に降下を開始せよ』

 シンダにはイズニティ軍の支援を受け、ASSくうてい兵から構成された国連軍第42くうてい連隊が降下した。これは航空戦力による対空兵器の排除が確認されたためだったが、実際は全ての対空兵器が破壊されたわけではく、対空砲火が激しい中心街を避けシンダの外縁部へと大半の部隊は降下した。彼らは同じく輸送機から投下された車両に乗り込み、シンダへの進行を開始した。

「連隊本部へ。こちらメタルオスカー7、降下完了。これより進撃する。メタル大隊、味方地上本隊が到着する前に我々が敵の防衛線を突破するんだ」

「建物と死角に注意しろ。警戒をおこたるな」

『こちらメタルオスカー1。ルート31で敵を確認した。掃討する』

 この電撃作戦でシンダの攻略が上手くいかなければ装備が貧弱なくうてい部隊は圧倒的に不利であった。車両にずいはんする歩兵も軽装なため、長時間の戦闘は不可能だ。くうてい部隊はその機動力と展開力を活かして先陣を切るのが仕事だが、本格的で継続的な戦闘をするのは仕事ではない。パラシュート降下するにあたり武装は最小限なのだ。


 このようなくうてい部隊の弱点を知っているマジェスティック・イージス社の兵士らは実に素早く行動を開始した。

『こちらルシファー5、敵UAVを視認。ミサイル発射……敵UAVを撃墜した』

 携帯式対空ミサイルランチャーで上空に展開している無人偵察機をできるだけ撃墜。

『サンダー2だ。レキュア橋の爆破準備は完了。いつでもいいぞ』

 敵車両部隊が通行すると予想される橋には爆薬を設置。

『リブラ1、ルート4を封鎖した』

 主要な道路は建物を崩し、自動車を置くことで遮断。即席対人地雷による待ち伏せも準備されていた。敵の機動力を削ぐ、これが目的だった。

『ルシファー2へ。ルシファー5だ。我々はメズット郊外に展開中の敵を奇襲する。火力支援を願う。オーバー』

「了解した。エルダ、左の道を進め。ルシファー5を援護しに行く」

「任せてください」

「マレンコ、正面に敵のIFV」

 砲手のエルダは的確に敵の歩兵戦闘車(IFV)へ照準を合わせ、徹甲りゅうだん(APHE)を発射。強烈な爆音とともに敵のIFVが一瞬で爆発した。

「敵のTKRに気を付けろ。援護する」

 メフィアンは備え付けの機関銃を車内から遠隔操作し、ASSくうてい兵をなぎ倒していく。

「ルシファー5へ。間もなくそちらに合流する。誤射するなよ」

 アンドロイド兵らしき一団をそのまま一気に引き倒し、エルダはルシファー5の近くまで車両を進める。

『ルシファー2、三時の敵をやってくれ。このままだと動けない』

 ルシファー5を足止めしているのはこちらと同じくうてい戦車XA‐43。マレンコが砲塔を向けると相手もこちらの存在に気付き、砲塔を動かすが、それは無意味に終わった。

『感謝するルシファー2。待て、もう一両来るぞ!』

「くそっ!」

 敵の砲弾をエルダは後進することでぎりぎり回避。マレンコが徹甲榴弾を放つが砲弾は装甲で弾かれてしまった。

「装填!」

「二発目くるぞ! 回避!」

 エルダはさらに左へ後進しつつ曲がり、大きな建物の陰に入った。

「次弾準備よし」

「マレンコ、やってしまえ」

 車両が前進し建物の陰から出て、マレンコは敵XA‐43へ砲弾を放った。

「敵は大破」

『こちらルシファー5。本当に助かった。恩に着る』

「そっちも頑張れよ。幸運を祈る」


 ルシファー分遣隊を含め、マジェスティック・イージスの兵士達は少数ながらも実にこうみょうだいたんに戦い、ASSくうてい部隊の戦力を大幅に削いだ。二日後、ASSは中心街の短期奪取をあきらめ前線を後退させた。国連軍は戦力の再編成とへいたんの増強に時間を割くことにしたが、これにより、イズニティ紛争の早期解決を目指していた国連軍総司令官デイヴィット・スミスへの責任を問う声が続出。彼の後任として国連軍軍事特別顧問ニンバス・アルヴェーン氏が有力視された。

 一週間後、ロシアや中華連が国連軍とASSに対しおおやけの場で強い非難を始め、世界企業連盟によるサイボーグやアンドロイドの軍事利用に関しても問題提起がなされた。また、所属不明の武装勢力が現地に点在し、ASSと接触しているという報道も一部なされたが、この報道は数時間後にとして正式に処理された。



〈時刻0718時。イズニティ、ブラステーク〉

 飛び交う銃弾。

 一瞬の気のゆるみで死に至る激戦区。

 上も下も、左も右も、前も後ろも、自分の周り全てが安全ではない。


「マルドゥーク、こちらキマイラA5! ASSと交戦中! 死傷者が出ている! 増援を要請!」


 マジェスティック・イージス社の混成部隊であるキマイラ遠征隊の突撃グループA中隊第五小隊(キマイラ5)はブラックレインボーの歩兵部隊と交戦していた。

『キマイラ5、増援としてそちらにルシファー2が急行中。現在地から西南の方向700メートルだ』

「マルドゥーク、敵はシュヴァルツェだ。新型と思われる無人兵器を連れている」

『キマイラ5、ルシファー2はもうすぐだ』

 キマイラ5の相手であるシュヴァルツェエコー3は無人陸戦支援車両GRP‐2により、強力な制圧射撃を行ってきている。そのため、キマイラ5の隊員らは動きが取りにくく、時間とともに少しずつだが味方も減りつつあった。

「フラグ投げるぞ!」

 キマイラ5の一人がGRP‐2へ向けてR3フラググレネードを投げる。

 しかし、GRP‐2は飛んで来たR3フラググレネードを察知して迎撃してしまった。

「ちっ、お利口なやつだ。マルドゥーク、状況は悪化している」

 弾薬も心もとなくなってきたキマイラ5にシュヴァルツェの相手は不可能だった。


 ‐エイド、そのまま制圧射撃を続けろ。グレネードを使う。


 シュヴァルツェエコー3隊員の一人がH22アサルトライフルを構え、銃身下部に装着されたアンダーバレル・グレネードランチャーUG‐300の引き金を引こうとする。狙いは建物の影に隠れたキマイラ5の兵士。


 タタタンッ!


 ‐うっ。


「キマイラ5、待たせたな。ルシファー2、これより合流する」

 シュヴァルツェエコー3隊員に三発の弾丸が命中し、H22アサルトライフルを手放した。

「マレンコ、あのロボットをどうにかしろ。エルダは私とともに左から攻めるぞ」

 二台のGRP‐2はいまだ正常に起動しており、きょうなのは変わらない。

「簡単に言ってくれますね。どうにかします」

 マレンコはMK2アサルトライフルのIAハイブリット・サーマルサイトをのぞき込む。

 GRP‐2は一定範囲内の標的を自動で識別し、加えて爆発物も自動で無力化する。しかし、GRP‐2はあくまで歩兵を支援するための無人機であるため、装甲は必要最低限。戦闘における判断力は素早いものの、動きに関してはぎこちなく、自然な動作には改善の余地アリであった。

「ふうぅ……」

 マレンコは息を止め、中距離からGRP‐2へ射撃し、一台目を破壊。続けざまに二台目へ照準を移し、引き金を引こうとしたところでマレンコは止まった。

「ん? 連中が後退していく……」

 警戒しつつシュヴァルツェE3がキマイラ5から遠ざかっていく。狙っていたGRP‐2も一緒にだ。

「メフィアン、連中が後退しています」

「らしくないな。連中は何をたくらんでいる?」

 前に出ているメフィアンとエルダは警戒しながらルシファー5の元へと近づく。

「念のためスキャンダートを使う」

 メフィアンは左腰のホルスターから小さいピストルを取り出し、敵が隠れていそうな壁へ向かって引き金を引いた。発射された物体は矢先のようなやじり状の形をしており、壁に刺さると周囲へ一過性のスキャンパルスを放った。

「どうやらいないようだ」

 スキャンダートの反応を左腕の携帯端末で確認し、メフィアンは前進する。

「新たな熱源を確認。新手が十一時から来ています」

 マレンコはサーマルサイトに新たな熱源を確認した。

「これは……」

「マレンコ、どうした?」

 マレンコの様子がおかしい。

「動きが人間とは思えません。明らかに速い!」

「サイボーグか? キマイラ5、サイボーグと思われる敵がそちらに接近中。捉えたか?」

 すぐにメフィアンはエルダと共にキマイラ5の元へ急ぐ。

『こちらキマイラ5、一体のサイボーグを視認。駄目だ……速過ぎる。くそっ! なんて奴だ!』

 無線機からは銃声と悲鳴らしき叫び声が響いてくる。

「まさかブラックレインボーの〝ジョーカー〟か」

 メフィアンはブラックレインボーがイズニティで好き勝手に暴れている事に内心強い怒りを抱いていた。彼らにとってこれは目的のための実験に過ぎず、些細な犠牲にしか思っていない。この場で戦っている兵士や街を追われた民間人のことなど大した話ではないのだ。



〈時刻1310時。ロシア、モスクワ〉

 シェイドと別れたマリナ、アーニャ、ヴァレンティーナの三人はGRU本総局長へ連絡を取るため、モスクワのセーフハウスに来ていた。すぐにGRU本部へ行こうと思えば行けるのだが、中華連でSVRの特殊部隊ザスローンに襲撃されたことを考えるとGRU本部がSVRの監視下に置かれている可能性も否定できなかった。

「局長、応答しないわね」

 マリナは秘密回線でGRU総局長と通信機で連絡を取るが反応はない。

「拘束されているとか?」

 セーフハウス周囲の監視モニターを見ながらアーニャは言った。

「それはさすがに無いと思う。ヴァレンティーナ、そっちに何かメッセージは?」

「ちょっと待って」

 GRUエージェント用のパソコンを起動し、ヴァレンティーナが暗号化メッセージ・ファイルを開く。

 新着1件。

「当たり。メッセージが1件。添付ファイルもある。復号を実行中……メッセージは局長からだ」



《内通者の存在》

 SVR内部にブラックレインボーと繋がりを持つ裏切り者がいる。その者による情報操作により、我々GRUの中にブラックレインボーの内通者がいるとSVRが思い込んでいるようだ。すでに大統領や政府高官は我々GRUに強い疑いを持っている。そのため、秘密任務に従事しているエージェントには姿を隠すよう命令する。


 スミルノフには事態収拾のため別命を与える。命令は次の通りである。

 1.全ての裏切り者の拘束又は粛清。

 2.国内にいるブラックレインボー工作員の拘束又は排除。

 3.ブラックレインボーに関する情報の収集。


 1.SVR内部に裏切り者がいるのは確実である。国外で活動していたエージェント三人がブラックレインボーによって消されており、GRUやFSB、軍内部にも裏切り者がいる可能性がある。疑いがある者のリストは添付資料の通り。全ての者を調査対象とし、裏切り者を洗い出せ。なお拘束又は排除の手段は問わない。

 2.裏切り者がいるとはいえSVRの情報も合わせると国内にはブラックレインボーの工作員が多数いると思われる。発見次第、拘束又は排除せよ。

 3.謎多き組織ブラックレインボーに関する情報を収集し、組織の全容解明を目指す。政府はブラックレインボーを軽視しており、楽観主義に囚われている。ブラックレインボーは我々が想像している以上にその規模を拡大していると思われ、その脅威はほとんど表面化されていない。敵は多く、味方は少ない。それを心得よ。


 じゅんしょくしたエカチェリーナ・フレンシア・セノーヴァナ少佐を二階級特進とする。

 これまでの戦果を評価しマリナ・イヴァノヴナ・オルカソワ少尉を二階級特進とする。

 じゅんしょくしたエカチェリーナ・フレンシア・セノーヴァナ大佐の後任として、マリナ・イヴァノヴナ・オルカソワ大尉をスミルノフ隊長に任命する。


 現在、生存が確認されているスミルノフ隊員は117名。

 現在、死亡が確認されているスミルノフ隊員は32名。

 現在、行方不明者のスミルノフ隊員は11名。

 以上。



「へえ、なかなか面白そうな話じゃん? マリナ隊長」

 ヴァレンティーナはマリナへパソコンの画面を見せる。

「私が隊長に、なぜ?」

「え、なに、私にも中身教えてくれない?」

 スミルノフ隊長に任命されたマリナのまどいをよそに、アーニャは二人に詳しい情報を求めた。



〈時刻2031時。ロシア、モスクワ〉

 白い吐息。

 マフラーと帽子を着用しても夜の寒さはやはり身に染みる。

 モスクワ川にかかる橋を渡りながらマリナはサングラスを掛け直す。サングラスには標的までの距離と方角が示されていた。これにより夜でも正確に相手を追跡できる。

「標的は北北東へ向かっている」

『そっちは色んな国の大使館が並んでいるけど、まさかねえ』

 通信相手はアーニャ。彼女はマリナより後ろに控えており、後方支援を担当している。

『大使館関係者にブラックレインボー?』

 回り道をして標的に接近しているヴァレンティーナはイヤホンで二人の話を聞きつつ、標的の姿を捉えた。

 標的は優先調査対象SVRエージェント〈セルゲイ・ヴェージェフ〉である。おそらく、SVRはSVRでGRUの調査をしているはずであり、これは結果としてブラックレインボーが仕組んだ対立構造になっていた。

「局長によるとSVRエスヴェーエルのザスローンだけでなく、FSBのアルファも我々を狙っているとか。ほんといい迷惑だわ」

『調査対象が膨大なのもうなずける』

 アーニャの言う通り、スミルノフが調査しなければならない人物は多い。対象はSVR、GRU、FSB、軍に所属する者が対象。全部で87名だ。

「局長にしてはずいぶんと仕事が早い。シェイドが関わっていたのかもしれない」

『かもね。あの女、ほんと底が知れない』

 三階建ての建物へ入るセルゲイ。看板には〝トリエーフイ201〟と書かれているだけだが、住宅とは思えなかった。飲食店か、事務所のように感じられる。カーテンで窓は閉められているが三階だけ室内から明かりが少し漏れている。

『監視カメラはない。盗聴器を使う』

 ヴァレンティーナがコートの左ポケットから盗聴用のレーザー照射器を取り出した。そして三階の窓へレーザー光を当てる。物体の振動から会話を盗聴するというシンプルな盗聴方法だ。


『……と伝えればソール殿は分かってくれるんじゃないのか?』


 ヴァレンティーナの耳にはレーザー光で得た周波数が音声に変換されて聞こえている。

 音とは空気の振動だ。


『ダメだ。ソール殿は確実に殺せと命令された。死体も確認しろと。お前はその言葉の意味を分かっているな?』

『相手が爆発したのだと報告を受けている。繰り返すがこちらに非はない』

『ソール殿がそれを聞いて納得されるとお前は本気で思っているのか? どちらにせよ連中はまだ生きている。スミルノフの精鋭だ。今後のことを考えると邪魔でしかない。もう一度、部隊を動かして襲撃するんだ』

すでに奴らは共食いを始めている。時間が経つのを待てばいい。全て崩れる。こちらが無理に動く必要はない。下手をすれば俺の身も危ない。それはそちらにとっても良くないはずだ。そうだろ?』

『セルゲイ、君は優秀だ。何も自分で手を下さなくとも死体の確認ぐらいできるだろう。いくら連中が手練れとはいえ人間だ。不死身ではない』


「セルゲイは黒」

 ヴァレンティーナからの報告を受けたマリナとアーニャは合流し、建物の裏口へと移動する。

「了解。下準備に取りかかる」

 屋内の人間が外部と連絡できないようアーニャは局所ジャミング装置を設置する。

「中の様子を探る」

 一方、マリナは扉の横につき、レーザーカッターで鍵を無理やり開錠。ほんの少しだけ扉を開けて中の様子をうかがい、偵察用デバイス〝スパイボール〟を投げ込んだ。

 ころころと転がる小さな球体には指向性マイク、高性能カメラが内蔵されている。〝スパイボール〟は目標追尾型グレネード〝オッドボール〟を偵察用にモデルチェンジした機器で、見た目によらず階段のような垂直方向の移動にもある程度だが対応している。

「正面はクリア。部屋数は4。二階へ移動中。二階、部屋数は3。三階へ移動する。三階、部屋数は3。優先目標以外は全て排除せよ」

 大まかな建物の様子が分かり、マリナとアーニャの二人が裏口から侵入する。それに合わせアーニャも正面から建物へ入り、敵がいないことを確認。裏口から来たマリナとアーニャが他の部屋をクリアリングしている間、アーニャは静かに二階へ上がる。

 二階には部屋が三つあるが、その中で一番大きな部屋の扉にアーニャは近づき、ドアノブを回す。中に入ると男が二人、パソコンの前で作業していたが、それを消音器付きKK3Rハンドガンで問答無用に撃ち殺した。

 さらにアーニャは隣の部屋へ入る。中には一人の女性がいたが、声を上げる前に三発の弾を撃ち込んだ。

 最後の部屋には誰もおらず、散らばった地図や書類が机に置かれている。

「二階はオールクリア」

「残るは三階か」

 後ろからマリナ達が追いつき、三人で三階へと進む。

「アーニャ、右の部屋を。ヴァレンティーナは手前の部屋を。私は左奥の部屋を見る」

 三人それぞれが突入する部屋の前に立つ。

「行くぞ」

 マリナの合図で三人は扉を開け、中へ入る。

「二人とも動くな! 床に腹ばいになれ! 両手は後ろで組め! 早くしろ!」

 マリナはSVRエージェントのセルゲイとブラックレインボーの工作員と思わる男へ警告した。男二人はあまりにも突然の事でマリナの言う通り、その場で腹ばいになり、両手を後ろで組んだ。

 静かな発砲音が数発鳴り響く。

「……クリア」

「こっちもクリア」

 他の部屋に何者かがいたようだが、アーニャとヴァレンティーナが始末したようだ。

「お前達はなんだ!」

「まさか……」

 どうやらセルゲイはこの状況を察したようだ。

「抵抗は無駄。アーニャ、そいつらの身体を縛れ」

 マリナとヴァレンティーナは男達へ銃を向け、アーニャが結束バンドで両腕を縛り、さらに両足も縛っていく。

「セルゲイ、国を裏切った罪は重いぞ。さて、貴方は何者かしら?」

 マリナはセルゲイの隣へ視線を移した。

「…………」

「だんまり? 協力的になってもらわないと。口は動くでしょう?」

「どうせしゃべったら始末するんだろ?」

貴方あなたのために言っているのにね。苦しまずに死ぬも、苦しんで死ぬも私達には関係ない。強いて言えば苦しまずに殺す方がこちらも楽。生きていたところで貴方あなたの組織は貴方あなたを生かすとは思えないけど?」

 消音器付きのKK3Rハンドガンとともにマリナは冷酷な選択肢を男に付きつけた。

 男は小刻みに震えていた。

 今まで順調に計画が進んでいただけに、今回の襲撃は予想外であった。

 彼はどのみち死ぬ。

 ならば死に方ぐらい選ばなくては損なのではないだろうか。



〈ロシア、某所(スミルノフ秘密基地)〉

 椅子に座らされたセルゲイ。

 目隠しがされている上、手にも足にも手錠がされている。

 どうあがいても逃げられはしない。

 ここは第三尋問室。ビデオカメラによって尋問内容は録画中だ。

「ブラックレインボーとの関係はどのくらいの長さ?」

 尋問担当官はヴァレンティーナ。彼女は警棒を持ち、いつでもセルゲイを殴れるようにしている。

「二年くらいだ。あちら側から接触してきた。協力者が欲しいと」

 セルゲイは観念しているのか質問に淡々と答えていく。

「なぜ相手はお前に接触できた?」

「……それはよく分からない。もしかしたらどこかの任務で自分がエージェントだと情報が漏れたのかもしれない。ブラックレインボーの情報網は驚くほど大きい」

「裏切りの理由は?」

「いくつかある。魅力的なほうしゅうもそうだが、身の危険を感じたためだ。知り合いや家族にも危険が及ぶと考えた。奴らの情報網は広大で正直、奴らを敵にしたくはないと思ったんだ。あまりにも相手は強大だ」

「それでブラックレインボーに協力することになったと。中華連での襲撃、あれはお前が手引きしたんだな?ザスローンのことだ」

「そうだ……スミルノフが中華連でブラックレインボー幹部と接触するということで部隊を動かした」

「なぜそのようなことをした?」

「ブラックレインボー最高幹部の一人、ソールから直々の命令を受けたからだ『スウェーデンで私の邪魔をしてきた連中だ。始末しろ』と」

「ソール? あの幼い子の姿をしたサイボーグか。ブラックレインボーはノルウェーで何をしていた?」

「全部は分からない。ある人物を消そうとしていたようだった。どんな人物かは知らない」

 ブラックレインボーが消そうとしていたのはヒューザ社の幹部レイジー・メホラだろう。あの時、なぜレイジー・メホラの家に謎の武装集団が来たのかスミルノフは不思議に思っていたが、ここで話は繋がった。ブラックレインボーが敵対しているヒューザ社の幹部を暗殺しようとしたことはあり得る話だ。動機はある。

「ブラックレインボーはイズニティで何をしようとしている? 国連、世界企業連盟も奴らが裏で操っているんだろう? そこまでして何が目的なんだ? ボスは誰だ? 名前は?」

「分からない。皆は『新しい世界ちつじょのため』と言う。ボスの姿を見たことは一度もない。一度もないんだ。名前も聞いたことが無い……」

 段々とセルゲイの声が小さくなってきた。終わりが近づいてきたからだろう。

 ヴァレンティーナが警棒をしまい、ゆっくりと腰のホルスターから銃を引き抜く。

「国連、世界企業連盟の両方を操れる者はそうそういない。ボスは必ず見つけ出す」


 ダンッ!


 そう言ってヴァレンティーナはセルゲイの頭を銃で撃ち抜いた。

 床には飛び散った血液。

「……はぁ。死体の処分は気が進まないな」



〈時刻2025時。ロシア、モスクワ(ロシア中央歌劇場)〉

 ロシアでも最大の規模を誇る歌劇場、ロシア中央歌劇場。世界でも名立たる歌手やオーケストラが活躍するにふさわしい優美で壮大な大舞台。

 今宵、ここで公演されているのはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲〈魔笛〉である。〈魔笛〉はモーツァルトのけっさくオペラと名高い。観劇には国内だけでなくヨーロッパやアジア、アメリカといった各地域から著名人や業界人が来ており、この公演がただならぬ人気を得ているのが分かる。注目されているのはソプラノ歌手〝佐藤アイリーン〟がふんする《夜の女王》。

 そして、今まさに始まろうとしているのは《夜の女王》が歌う二つ目のアリア〝ふくしゅうの炎は地獄のように我が心に燃え〟

 幅広い音域、特に高い音程を自在に操ることが求められる《夜の女王》は〈魔笛〉において極めて重要な役である。

 舞台に立つのは佐藤アイリーン。


ふくしゅうの炎は地獄のように我が心に燃え〟


 Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen,

 Tod und Verzweiflung flammet um mich her !

 Fühlt nicht durch dich Sarastro Todesschmerzen,

 So bist du meine Tochter nimmermehr.


 Verstossen sei auf ewig,

 Verlassen sei auf ewig,

 Zertrümmert sei'n auf ewig

 Alle Bande der Natur.

 Wenn nicht durch dich Sarastro wird erblassen !

 Hört, Rachegötter, hört der Mutter Schwur !



(訳)

 地獄のふくしゅうが我が心に湧き上がり、

 死と絶望が私の周囲で燃え上がる!

 お前がザラストロに死の苦しみを与えないのなら、

 そう、お前はもはや我が子ではない。


 永遠に縁は消え、

 永遠に捨てられ、

 母娘の全ての絆は永遠に打ち砕かれるのだ。

 もしお前がザラストロを死へいざなわないのなら!

 聞け、ふくしゅうの神々よ、聞けこの母の誓いを!



 観客を捉えて離さない圧倒的な存在感。

 世界でも類を見ないそのごうてんの才と不断の努力により実現するものだ。

 美しさを越えて恐怖すら感じられる。

 ここにいるのはしょうしんしょうめい、《夜の女王》だ。

 観客は皆口をそろえて言うだろう。

 彼女以外に《夜の女王》はあり得ないと。



〈時刻2134時。ロシア、モスクワ(ロシア中央歌劇場)〉

「私よ」

 片付けを早々に終えてVIPルームに入るのは《夜の女王》役、佐藤アイリーンだ。〝史上最高のディーヴァ〟との呼び声もある。しかし、彼女の私生活には謎が多く、特に幼少期や学生時代に関してはほとんどおおやけにされていないミステリアスな女性である。

 VIPルームには一目で最高級と分かる黒タキシードを着た白髪の男性が一人、そしてその護衛と思われる男性一人、女性が一人。

 入って来たアイリーンを見るなり白髪の男が近寄って来た。

「今でも信じられない……すまない、信じられないことが多すぎて少々混乱している。本当に貴方あなたが?」

 差し出された右手に握手をすることなく、シェイドは相手に座るよう促す。

「ええ。直接お会いできて光栄です。ニコラウス・アルケスターきょう。お座りになって」

 白髪の男はヒューザ社最高幹部《シークレット・セブン》の一人、ニコラウス・アルケスター。

「先ほどの歌声は本当に感動致しました」

 アルケスターはシェイドに対して山のように尋ねたい疑問があるのだが、それはあえて胸の内にしまい込んだ。礼儀としてでもあるが、あの歌声を聞いた彼にとってシェイドが佐藤アイリーンその人なのか、これが佐藤アイリーンの変装であるのか、というのはどうでもいい話だった。

「では本題に」

 それよりも本題に入る方が先決である。

「《Q3計画》について話そう」

 ロシアの国家機密である《Q3計画》についてアルケスターは話を始めた。

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