Nightfall

ナイトフォール

〈時刻0426時。ドイツ上空〉

 闇夜の空を四機の航空機が編隊飛行をしている。完璧な等間隔を維持し、この上なくれいな編隊飛行だ。編隊の中心には中型旅客機CR‐53〝ナイトワン〟が居座り、〝ナイトワン〟を護送するために多用途戦闘機SV‐3Aの一機が先導、左右にはSV‐3Aが一機ずつずいはん飛行をしていた。

 〝ナイトワン〟のコックピットでは副機長が飛行ルートと計器の確認をしている。彼の左には機長が座っており、地上と無線交信中だ。


「クラブ・クイーン、こちらナイトワン。定刻通りドイツ上空に入った。フライトは順調。まもなく目的地へ到着する」

『了解。地上での受け入れ態勢は整っている。積荷の安全を最優先とし、そのまま飛行を続けなさい』

「ナイトワン、了解」

 そう。このフライトは順調そのもので、何も問題はない。

 そのはずだった。



〈時刻0427時。ナイトワン機内〉


 シュウウウウウウウウ…………


 アセチレンバーナーから噴き出るのは三千度を超える高温の炎。バーナーが四角形に一周すると何者かが貨物室天井を慎重に取り外し、貨物室の中へと下り立った。

「貨物室に入った。例のモノを探す」

 濃紺色のフードとバラクラバで顔を隠した女性。タクティカルベストにコンバットブーツを着用し、右手には消音器及びフラッシュライト付きG‐707サブマシンガンが握られている。タクティカルベストには予備弾薬、RT‐78遠隔操作式爆薬、F72特殊せんこうだん、OM9白煙弾が、付属タクティカルポーチには特殊工具用ポーチ、かぎつめ付きフック、応急処置キットが備え付けられていた。

 装備を見るからにこの女性が乗客でないのは明らかだ。サイドアームとして両大腿部サイ・ホルスターに一丁ずつPs‐05ハンドガンを納めていた。

 彼女は視覚、聴覚、嗅覚、触覚を研ぎ澄まし、敵の気配を探りつつ、歩を進める。

 貨物室には大小様々な荷物が収められていた。そのほとんどが武器のたぐいだと思われるが、一つだけ異様な存在感を放つ積荷がある。

(あれか……)

 それは金属製の大きなコンテナ。

 そのコンテナの前にはロボット警備兵だろうか、MEL‐200サブマシンガンを持つロボットが二体いる。

(奴らがロボット兵器を実用化しようとしているのは間違いないようね)

 音を立てないように腰を低くして歩き、ロボット警備兵との距離を詰めていく。

 荷の後ろに隠れ、そこからほんのわずか身体を傾けて、銃を構える。

 引き金を引き、ロボット警備兵の頭へそれぞれ三発ずつ撃ち込んだ。

 放たれた三発の弾丸はロボットの回避動作を踏まえた完璧な弾道を進み、それぞれの頭部へ。二体のロボットが倒れるのを確認し、女は銃を構えながら素早くロボットへ近づいた。

「思いのほかもろいのね」

 機能を停止しているロボットを至近距離で視認した後、コンテナの方へと進む女。

 コンテナには暗証コードを入力するためのタッチパネルとセキュリティカードを読み込むためのカードリーダーが付いていた。

「カードが必要なのは想定外ね。暗証コードは手に入れているけど……」

 セキュリティカードを手に入れるため、彼女は元来た道を仕方なく引き返すことにした。



 ナイトワン、この飛行機は表向きプライベートジェット機として飛んでいるが、武装した戦闘機(ASS所属)を護衛に付けているあたり、どうも真っ当な客を乗せているようには思えない。事実、貨物にある特殊な樹脂や合金で作られた様々なケースには分解された武器パーツが収納されており、これらは空港けんえつかんによるけんえつを軽々と通過できるようになっていた。

 そんなどす黒い秘密を抱えているナイトワンの機内では黒いスーツ姿をした男達が席に座っていた。彼らにはASSの社章が左腕に巻かれており、ふところに護身用のKK3Rハンドガンを忍ばせていた。そんな男達の中心にデューゼン・サグはいた。

 今回の特別輸送任務における警備主任に任命されたデューゼン・サグはオーストリアの警察特殊部隊コブラの元隊員で、組織上層部からの信頼も厚い人物だ。

「何だか嫌な予感がする。このまま何もなく、地上に戻れればいいが」

 彼の心の奥底で何かが沸き上がって来る。それはまるでアスファルトから染み出る雨水のごとく、静かに、だが着実に心の底から姿を現しつつあった。

「サグ、少し考え過ぎでは?機内に危険物はなく、盗聴器もないですし、現にドイツへの到着は間もなくです」

 部下の言葉に偽りはない。しかし、それは未来の安全を百パーセント保証したものではない。〈正常性バイアス〉、その言葉がデューゼンの脳裏をよぎった。

「そうだといいが」


『サグ、貨物室の様子を見てくれないか?気圧計に少々問題がある。それに警備ロボットのシグナルが二つとも消えた』


「悪い予感が的中したかもしれないな。了解だ、機長。ユーリ、ちょっと見に行……」

 そこでサグの言葉は止まり、その場にいた者全員が銃を素早く引き抜いた。

「動くな!どこから入った!」

 いるはずのない人間がいれば誰でもこういう反応になるだろう。驚きと共に張りつめた空気がこの場を包み込む。

「最初から貴方あなた達と一緒だったけど?」

 幽霊のごとく現れた女に男達は警戒心全開だ。

「ちょっと探し物をしていて。大人しくカード渡してくれない?セキュリティカード。分かるでしょ?」

 彼女の言葉の意味を彼らはすぐに理解した。

「っ!このアマァァ!」

 先走ったサグの部下が発砲。銃口からは煙が立ち上る。

「無駄な事は止めておきなさい。機内で銃を撃つのはよくないわ」

 撃たれたはずの女はそこに立っている。

「そんな馬鹿な……ありえない……」

 この女は至近距離の銃弾をすずしい顔して避けたのだ。

「化け物……」

 サグは認めざるを得なかった。この空間を支配しているのは〝恐怖〟だ。未知と遭遇した時、自分の想像を超えた時、命の危機迫る時、恐怖とは生きている人間に訪れる。

「レディを化け物呼ばわりするなんて、失礼ね」

「くそったれ!」

 恐怖に駆られた部下が女に殴りかかる。当然だが、それを彼女は物ともせずに受け流し、こぶしの一撃で叩きのめされ、続けざまに隣の部下も倒された。

「死ねっ!」

 あきらめずに銃を撃つ男もいたが、女は怯むことなく、近寄り男の手から銃を奪い取った。

「自分の銃、自分の身体で受けてみる?」

 その一言で男は腰を抜かし、床へ座り込んだ。彼は開いた口が塞がらない。声も出なかった。

「さて、残るは貴方あなた一人だけど」

「まさか、お前がシェイドか。伝説の賞金稼ぎ。不可能を可能にする者」

「そんなことはどうでもいい。さ、カードを渡してもらえない?」

 相手に圧倒され、相手の顔をまともに見ることができないサグ。

「分かった。セキュリティカードは渡す」

 彼にセキュリティカードを渡さないという選択肢はなかった。



『さて、残るは貴方あなた一人だけど』

『まさか……お前がシェイドか。伝説の賞金稼ぎ。不可能を可能にする者』

「クラブ・クイーン、こちらナイトワン。機内にて緊急事態が発生。コードレッド3A。パッケージに敵が迫っています」

 事態を重くみた機長は即座に彼直属の上司へ無線を繋げる。

 襲撃犯の女はすでにセキュリティカードを手にし、貨物室へ向かっている。

 このまま積荷を奪われるのは何としても避けなければならなかった。

『ナイトワン、レクターの命令により非常事態プロトコル〈V1〉を実行する。諸君らの働きに敬意を表する。クラブ・クイーン、アウト』

「V1か。我々がやるべきことはやった……これでいい。人生とはあっさり終わるんだな」

 覚悟していたことだが、上からの命令は実に残酷なものだった。



 貨物室に再び舞い戻った女はセキュリティカードを使い、コンテナのセキュリティを解除することに成功していた。


 注意事項〈火気厳禁〉〈衝撃注意〉〈生物災害〉


 でかでかと警告マークが書かれた内カバーを外すと、三つのケースが収められていた。

 それぞれケースには〈ミスト タイプB〉〈ミスト タイプK〉〈ミスト タイプT〉と刻印され、取っ手付近には指紋認証装置とカードリーダーが組み込まれている。

「こんなところ早くおさらばよ」

 シェイドはベルトのフックを伸長し、三つのケースの取っ手を一括りにした。



『こちらレクター。アークバード各機、V1を発令。攻撃目標はナイトワン』

『アークバード1了解した。両機、攻撃態勢へ移行』

 ナイトワンの周囲に展開している護衛戦闘機SV‐3AはV1発令を受け、編隊飛行を解いた。先導していた一機はその場を離脱し、左右にずいはんしていたアークバート2、アークバード3はそれぞれ減速。

 目の前には先ほどまで護衛の対象であったナイトワンが見える。

「こちらアークバード2、目標を視認。攻撃準備よし」

『こちらアークバード3、目標を視認。攻撃準備よし』


 攻撃目標ナイトワン。

 パイロットのHMDにより、アクティブ・レーダー式ミサイルへ目標対象の情報が伝達される。


『こちらレクター。アークバード、攻撃を許可する。目標を完全に破壊せよ』

「アークバード2、フォックス3!」

『アークバード3、フォックス3!』


 アクティブ・レーダー式ミサイルAMS‐200がSV‐3Aから一発ずつ発射された。放たれたAMS‐200は自身で目標をロックし、自身で目標を追いかける。完全自律型の非常に利口なミサイルだ。



 目的のモノを回収したシェイドは非常脱出用のパラシュートを装備し終え、手動ボタンで後部ハッチを開ける。

 その時だった。

「まずい!」

 眼前に迫るミサイル。

 まるで時が止まったかのような一瞬。

 シェイドは開いた後部ハッチから飛び立ち、背後からの爆風で大きく体勢が崩れた。

 ナイトワンの残骸が宙を舞い、上から炎をまとう破片が落ちてくる。

 そんな中、シェイドは落下しながら何とか体勢を持ち直し、地上への降下を開始した。



『アークバード1からレクター。目標は完全に沈黙。映像を確認されたし』

『確認中だ。上空で待機せよ』

 アークバードのパイロットが被っているHMDの映像は全てレクターに送信されており、その映像をレクターは確認している。確かにナイトワンは撃墜された。しかし、スローモーション映像で人間らしき影が落下していくのをレクターは見逃さなかった。

『レクターだ。どうやら客人はぎりぎりで逃げ出している。諸君らは周囲を偵察し帰投しろ。これから先は地上部隊に任せる』

『了解。アークバードは偵察を開始する』



すでにドイツ当局が動き出したようだ。ふむ……」


 ‐私の忘れ物がジョージの農場にある。


 ミストを何者かに奪われたレクターは事態を収拾すべく、手持ちの端末でどこかへ暗号文を送信した。


 ‐パパは十一月まで休みの予定。


 この返信を見てレクターは満足した。



〈時刻0448時。ドイツ、オーバープファルツの森〉

 まだ薄暗い森に空から赤く燃える飛行機の残骸が降り注ぐ。

 無事、パラシュート降下を終えたシェイドは不要になったパラシュートを外し、しげみの中に隠れて周囲を見渡す。

 敵の追手はまだいないようだ。

「こちらオヴニル。予定より着陸地点がれた。回収地点チャーリーへ向かう」

 オヴニルというコールサインで何者かに連絡を入れたシェイド。彼女は一人で歩き始めた。



〈時刻0504時。ドイツ、オーバープファルツの森〉


 ブルルル…………

 シェイドは離れた場所で複数のヘリコプターが上空から地上を照らしているのが見えた。


(追手が来たか。早い)


 ヘリコプターからロープが垂れ、敵が次々とラペリング降下している。

 彼らが身に付けているのは先進的戦術共有システム(Advanced Tactics Link System:ATLS)を内蔵した最新型赤外線暗視装置、クモの糸を人工的に改良し編み込んだスパイダーシルク製軽量ボディアーマー、光が当たる角度や強度で見た目が自動的に変わるモルフォ迷彩服、消音器及び赤外線レーザーサイトが装着されたカスタムA‐122CカービンやVGL‐8 PDWだった。

「こちらスペード・エース指揮官ラプチャー。レクターへ。部隊の降下が完了した。オーバー」

『ラプチャー、こちらレクター。相手はただ者ではない。細心の注意を払え。生かして帰すわけにはいかない。標的を始末しろ。ドイツ当局に動きがある。迅速にな』

「了解。これより捜索を開始する。アウト」

 彼らの中には特殊な索敵装備を持つ兵士がいる。それは半径約50メートル圏内の人間の心拍を感知することができる試作型DX‐4心拍センサーで、景色に同化している敵を探し出すために使われる。

「各分隊、敵は一人だが油断はするな。ミストを所有している。そう遠くには逃げられないはずだ」

 スペード・エース部隊はシェイドを探し出すべく、分隊ごとに分かれて散開する。


「こちらジャスパー4‐3。付近に微弱な生体反応あり。分隊、警戒せよ」

 シェイドに近寄ってきている四人分隊が一つ。

「十時の方向だ。こちらジャスパー4‐2、ラプチャー、敵の反応を捉えた。オーバー」

『4‐2、こちらラプチャー。了解した』

 シェイドは背後からの奇襲に注意を払いつつ、ミストのケースをとある木の根元へ埋める。彼らが追跡できているのはシェイドであって、ミストではなかった。このまま彼らから逃げ続けるのは不可能だ。

『ラプチャーから各員、座標を指定した。急行せよ』

 先ほどまでとは打って変わって、明らかにスペード・エース部隊の動きに方向性がある。

(バレたか……)

 これは隠れている位置が相手に見抜かれていると考えていい。やはり、ミストを隠しておいて正解だった。

「ジャスパー4、スモークを展開する」

 敵はスモークグレネードを使い、周りを白煙で覆っていく。

(スモーク……)

 距離があるうちにシェイドは先手を打つことにした。

 しげみに隠れているシェイドがG‐707サブマシンガンを構えた。


 パスススッ!


 正確無比な精度を誇るシェイドの射撃。

 だが、敵は左腕に透明の高性能防弾シールドを身に付けており、これによってG‐707の9x19mmパラベラム弾を防いだ。

「っ、4‐1撃たれた」

「熱源を発見。奴だ! 撃て!」

「4‐2、左から回り込め」

 相手には赤外線暗視装置があるため、暗闇であろうが、白煙の中であろうが、こちらの体温を視覚化し、正確に位置をあくすることが可能。

「敵は一人だ。慎重に行け」

「フラッシュバンを投げる」

 強烈な爆音とせんこうを放ち、フラッシュバンが爆発した。

「奴が動いているぞ」

 銃弾が飛び交う中、お互いが位置を変えていく。

「この煙の中、どうやって奴はこっちを見ているんだ」

「4‐4、近いぞ!」

『ノクターン2が向かっている。ジャスパー、誤射に注意しろ』

 さらにスモークグレネードが追加で起爆し、オーバープファルツの森は記録に残らない戦場と化した。


「防弾シールドを持っているなんてね。たいぎいわ、全く」

 こちらもお返しにF72特殊せんこうだんを投げ返す。

「うっ……」

 ひるんだものの、しっかりと敵はシールドで正面をカバーしている。そのため、正面以外から撃たなければ彼らに銃弾を当てることはできない。だいたんに走るシェイドはひるんで攻撃が少なくなった今を絶好の機会とし、敵へ高速接近。

 敵の一人を蹴り上げ、銃をなぎ払う。その敵の首を締めながら人間の盾とし、G‐707を撃った。

 とっさの出来事に反応できなかった二人がシェイドの銃弾に倒れたものの、致命傷ではなく、他の者達はすぐに防弾シールドで身を守った。

『ラプチャー、こちらアリウム7。配置に着いた』

『ノクターン2‐1、2‐2、前進して奴をけんせいしろ。セムテックスを使う』

 シェイドの人質にされている仲間のことなどお構いなしに、ノクターン2‐3、2‐4からスイッチ時限式セムテックス爆弾がとうてきされ、爆発した。

 それでもシェイドは死んでおらず、保険として待機していたアリウム7が狙撃を開始した。

『なんて奴だ。未来予知でもできるのか? 無駄のない動きで避けやがった』

『アリウム7、そのまま続けろ。一気に片を付ける』

 シェイド一人をあらゆるところから襲うスペード・エース部隊。

 G‐707の弾が尽き、シェイドはホルスターから二丁のPs‐05を引き抜いた。

「早めに切り上げたいけど、難しいわ」

 シェイドは正確無比な射撃を誇るが、スペード・エースはそれらをほとんど全て防弾シールドで受け止めている。弾の消費量は尋常ではなく、かといって簡単に敵から武器を奪えるものでもなかった。さっき確認できたのだが、彼らの武器には指紋認証装置が組み込まれている。赤の他人では引き金が引けない。

 上手く近寄れた敵の頭上を飛び越え、後ろを向いたまま蹴り倒す。すぐさまその場でしゃがみ、敵の狙撃を避け、再び後ろへ大きく宙返り。空中にいる間で左右の敵を射抜き、着地。RT‐78遠隔操作式爆薬を投げ、二人の敵を吹き飛ばした。

『こちらラプチャー。バンディッド1! 奴は木の上だ!』

 鉤爪付きフックを使って木々を飛び越えたかと思うと、F72特殊せんこうだんが地面に落ち、まばゆい閃光と爆音がスペード・エース兵を苦しめる。

「セーフティだっ! くそっ!」

 赤外線暗視装置が強力な光源を認識したためセーフティが働く。このため、赤外線暗視装置は一時的に機能を失っていた。

 上から降り注ぐ銃弾を防げず四人のスペード・エース兵が倒れた。

 しかし、戦況はスペード・エース部隊の方が有利であることには変わりない。

 ここへきて更なる増援だ。

『ラプチャー、こちらレクター。そちらにヴァルク4、ソラ8、ソラ9が到着した』

 三分隊(十二名)の応援が到着。


「弾切れね」

 Ps‐05のスライドが後退したまま戻らず、空の薬室チャンバーが見える。弾切れになった証拠だ。使えなくなったPs‐05のスライドストップを解除してホルスターに収め、シェイドは腰のさやからサバイバルナイフを取り出す。

「さて」

 圧倒的不利な戦況に関わらず、シェイドの冷静さは一切失われていなかった。


『銃弾が飛んでこない。奴は弾切れだ。ノクターン、ジャスパー距離を詰めろ』

 包囲陣がまたたく間に敷かれ、シェイドは至る所から撃たれながらも、驚異的な身体能力でスペード・エースとの戦闘を続けていた。

『ラプチャー、こちらレクター。衛星がそちらに向かうドイツ軍の輸送ヘリを確認した。内通者によるとヴァイスのようだ。接敵に備えろ。オーバー』

「こんな時に……」

『回収チームとしてクラブ3‐1を派遣した。諸君らは撤退せよ。奴の始末はヴァイスに任せるとしよう』

「しかし、それではミストが……」

『ヴァイスが回収したものを頂けばいい話だ。すでに手配している』

「ラプチャー了解。アウト」



 ドイツ特殊部隊作戦指揮司令部ちょっかつの特殊部隊〝ヴァイス〟は民間航空機がオーバープファルツの森に墜落したことを受けて派遣されることとなった。もちろん、この墜落事件に関して多くの秘密事項があるのはドイツ警察、ドイツ軍ともに分かってはいるが、アリュエット・マイティ・サービスからの政治的圧力や世界企業連盟による情報操作、ドイツ政府の腐敗も相まってその真相を解明できたのは当分先の話である。

『こちらHQ。飛行機墜落現場付近では正体不明の武装勢力が展開している。全ての脅威は実力を持って排除されたし』

「HQ、こちらブラボー-7。了解した」

 民間航空機ナイトワンの墜落が事故によるものではないことはドイツ軍において承知の事柄である。しかし、アリュエット・セキュリティ・サービスクローバー・グローバル・トランスポート、フィセムは正確な情報を開示しないため、ドイツ軍はテロリストによるハイジャック事件として扱うことにしたのだった。

「間もなく降下地点だ」

 九機のヘリコプターが三機編隊でオーバープファルツの森上空を飛行している。

 ドイツ陸軍の輸送ヘリコプターG‐52bは二重反転式ローターを採用した高速ヘリだ。メインローターが同軸上で二重となるように二つあり、上段と下段のローターがそれぞれ逆回転する。これによって、航続距離、加速度、最高速度といった性能が従来型ヘリよりも大幅に向上した。

「降下を開始」

 ヘリの側面ドアを開くと眼下には広大な森が。空中でホバリングしているヘリからラペリング降下していくヴァイス第一コマンド〈B中隊〉の隊員達。

『回収地点でまた会おう。幸運を』

 全ての隊員を降ろすとヘリはすみやかにその場をあとにした。

「よし、前進する」

 ヴァイス隊員の標準装備としてはカスタムされたKWX‐2カービンが採用されている。軽量化された高性能耐熱バレル、人間工学に基づいた反動抑制アングル・グリップ、取り回しを重視した多段階伸縮ストック、4倍率スコープ及び等倍サイトのハイブリット・サイト。熟練者によって扱われればまさに鬼に金棒であった。


 タンッ! タンッ!


「一時の方向で銃声」

「警戒せよ。こちらに銃声が近づいている」

 次の瞬間、武器を持った集団が前方に現れた。

「敵だ!」

 敵を確認するやいなやヴァイス隊員は銃を撃ち、スペード・エースとの交戦へ入った。



「こちらラプチャー! 接敵した!」

「くそっ、ここにきてヴァイスか……」

「ノクターン、左だ! 左にいるぞ!」

 シェイドとの戦闘でしょうもうしているスペード・エースにとって、これはかなり厳しい戦いだ。ただでさえ、シェイドとの戦闘で士気が落ちている。その上、ドイツ軍特殊部隊を相手にするとなれば、いくらスペード・エースでも楽ではない。


 こんな状況の中、シェイドは静かに身を潜め、無駄な戦闘を避けていた。彼女にとってヴァイスも大きな障害だ。確実にミストを回収するにはヴァイスも相手にすることになる。だが、今はその時ではない。

「こちらオヴニル。回収予定時刻を変更。ヒトマルからニイマル」


 ヴァイスの参入により、スペード・エースは後退を始める。

 当然、ヴァイスはみすみす相手を逃がすつもりはない。

「シュミット、メイヤー! そのまま制圧射撃を続けろ!俺とハンスが距離を詰める!」

 ヴァイス隊員の猛烈な攻めにスペード・エースは終始押され気味である。

「フィッシャー、援護しろ! 上空に敵のヘリだ!」

「機銃掃射だ! 下がれ! 下がれ!」

 けんめいにスペード・エースを追うが、ヘリからの機銃掃射によりヴァイスは身動きができなかった。

 輸送ヘリは着陸態勢に入っている。

「メイヤー待て! 敵のグレネードだ!」

 スペード・エースの回収に来たクラブ3‐1はヴァイスへのけん制も兼ねてフラググレネードを投げて来た。そのため、ヴァイスはヘリに近づけず、スペード・エースはヘリへの搭乗を終えてしまった。

「HQ、奴らは三機のヘリで北東に向かった」

『了解だ。諸君らは付近の安全を確保した後、飛行機の墜落現場を調査してくれ。消防及び航空事故調査官がそちらへ合流する予定だ』

「了解」


 中型旅客機CR‐53の墜落現場はさんなもので、機体はバラバラ。おまけに破片の飛散は広範囲にわたり、事故調査の難しさが容易に想像できた。

「ひどいありさまだ。墜落したというよりは撃墜されたようだな」

「中尉、これを見てください」

「何だ?」

「金属製の腕です」

 隊員が見つけたのは金属で造られた右腕だった。

「義手か? いや、だとしたらなぜ義手がこんなところに……」

「あっちのコンテナの中もすごいですよ。形は崩れていますが、ミサイルやロケット砲の部品と思われます。ただの民間機ではなかったようですね」

「そのようだ。現場のモノは持ち帰るなよ」

 中尉は後ろを振り返り、他の隊の様子を見に行く。

「ん?おい、チャーリー分隊はどうした?」

「さっきまで西で警戒していましたが……見当たりませんね」

 勝手に持ち場を離れるということは軍隊においては絶対にあってはならないことだ。

 つまり、これは非常事態である。

「シューマン、応答しろ。聞こえるか? シューマン、応答しろ。こちらリンドバーグ」

『………………』

 無線の応答なし。

「こちらリンドバーグ。全隊、チャーリー分隊を捜索せよ。まだ敵がいるかもしれない。油断するな」

 するとすぐに味方から無線連絡が入る。

『リンドバーグ、ディアスだ。チャーリー分隊を見つけた。しかし、全員気を失っている。何者かに襲われたのは間違いない』

 銃声は一切聞こえていない。実に不可解な状況だ。

「……中尉、まさか透明な化け物がいるとかないですよね?」

「そうだとしても我々は敵を見つけ出さなくてはならん。ツーマンセルで動け。一人になるな」

 ヴァイスは二人一組で散開し、広大な森の中、味方を襲った敵を探す。


『こちらリチャード。足跡を発見、一人分だ。まだ新しい。ただ途中で消えている。うっ…………』

『いたぞっ! 何て動きだ!』

『ダメだ! 下がれ!』

『なっ……』


 無線から聞こえてくるのは銃声音。その銃声音もすぐに鳴り止み、味方の声も途絶えた。

「九時の方向だ! 急げ!」

 リンドバーグは直属の部下を引き連れ、移動を開始する。

 現場では多数のヴァイス隊員が地面に倒れていた。

 濃紺色のフードを被った一人がヴァイス隊員を一瞬で締め上げ、びんしょうな身のこなしで次のヴァイス隊員のふところへ入り込む。

 フードの人物はヴァイス隊員を盾にしつつ、さらに他の隊員へ近寄り、盾にした隊員とともにれいな高速格闘術で打ち倒してしまった。

「HQ! 敵だ!まずいぞっ!ただ者じゃない!」

『こちらHQ。中尉、落ち着いて状況を報告しろ』

「これが落ち着いていられるか! 部下が次々と倒されているんだぞ! あれは人間の域を超えている! バックアップを寄越してくれ!」

『中尉、敵は何人だ?』

 目の前には銃弾を軽々と避ける敵。加えて敵は銃を使っていないし、ヴァイス隊員を殺してもいない。戦場において敵を生かすのは、殺すよりもはるかに難しい。それをこんな状況で易々とこなすのはまさに人間離れしていた。

「一人だ! だけどそんなのは関係ない!ここで奴を倒さなければ……」

 HQにこの危機感は全然伝わっていない。リンドバーグは銃を下ろし、ナイフを構えた。

 銃に頼らないという彼の判断は良かった。

 しかし、次の瞬間、彼がいたのは病院のベッドであった。


「ここは……」

「よかった。目覚めたようだな」


 一人の男がリンドバーグの部屋に入って来た。彼はヴァイス総隊長ハインツェル・ヨナス大尉。リンドバーグ直属の上官だ。

「ヨナス大尉、自分はいったい?」

 頭の整理ができていないリンドバーグ。

「自分はさっきまで森で戦闘を……」

「ああ。そうだ。君は気絶していた。時間にして六時間ほどだ。君らを襲った者は相当の腕前のようだ」

「相当なんてものじゃないです。しょうしんしょうめい、化け物ですよ、あれは」

「化け物か。中尉、その化け物も確かに問題だが、我々にはもう一つ化け物を相手にしなければならない。これを読んでみてくれ」

 ヨナス大尉はリンドバーグに機密印が押されたファイルを渡した。

「これは旅客機の墜落事故の報告書……そんな馬鹿な」

 その報告書には旅客機ナイトワンの墜落原因が《主翼部品の欠陥によるもの》であると結論付けられていた。作成日時は今日。一日も経たずに事故原因が究明されるなど聞いたことがない。

「機体の開発元であるアリュエット・エンジニアリングが機体の欠陥を早々に認めたそうだ。ま、他にも色々と圧力があったみたいだが……機体の積荷に関していえばやましいモノはなかったとのことだ」

 こんなものはありえない。この報告書は誰がどう見ても結論ありきの偽装だった。

「大尉はそれで納得されたんですか?」

「そんなわけないだろう。世界の裏で大きな力が働いている。とても大きな力が。それを放っておくわけにはいかない。まずはアリュエット・グループへ探りを入れてみるとしよう」


 世界が本当の意味で世界企業連盟の闇を知ることになるのはまだまだ先の話だ。


  

〈時刻1921時。イズニティ‐マラウイ国境〉

 イズニティ国境を密出国しようとしていた三人の民間人がASS兵に囲まれ、尋問を受けていた。三人は地面にひざを着き、両腕を頭の後ろに組まされ、そのあわれな姿をさらけ出していた。

「頼む!助けてくれ!我々は武器も何も持っていない!」

 声を荒げ必死に訴える民間人。だが、そんな甘い言葉をASS兵は素直に受け止めない。

「ダメだ。例外は認められない。正直に答えろ。他に連れはいるか?」

「いない!ほんとだ!」

「たった三人でここまで来たというのか? そんなわけないだろう。匿っても得にはならない。もう一度聞く。他に誰がいる?」

「私達だけです! 神に……神に誓って!」

 延々と続く陸の国境を封鎖するため、ASSは無人偵察機を中心としたハイテク監視網を構築し、要所警戒区域はシュヴァルツェノーベンバー13による重点的なパトロールが行われていた。彼らは最先端の暗視装置を有し、夜の闇でも目を光らせていた。

「……もういい。やれ」

 その一言を合図にASS兵は小銃を構え、命いする民間人を射殺した。

「レッドサファイア、ボーダー・セクション5ブラボーで民間人三人を拘束、処分した。きょうレベルは1。オーバー」

 国境を越えようとする者は民間人だろうが、脱走兵だろうが彼らは関係なく射殺し、その遺体を調べ、組織に脅威となる者だったのかを上へ報告する。

『……え……る…………せよ』

「レッドサファイア、ノイズが酷くて聞き取れない。もう一度繰り返してくれ。オーバー」

『……さ………て……』

「レッドサファイア? くそ駄目だ」

 内容の聞き取りができないため、通信を切るASS兵。

「フィス、無人機の様子はどうだ?」

「映像が受信できない。通信システムに障害が出ているようだ」

「すぐに復旧することを祈ろう。こいつを片付ける」

 ASS兵が死体の片付けに取り掛かろうとした時だった。


 ブゥーンッ!


 ヘッドライトを点けていない車が一台、ASS兵の方へ突っ込んで来た。

「危ない!」

 とっさに転がって轢かれることをまぬかれたASS兵らはすぐに上へ報告する。

「レッドサファイア、聞こえるか。車が一両検問を突破した」

『…………』

「くそ。まだ駄目か。フォレスター! 車をこっちに回せ。ロゼ、非常警報用のえいこうだんを上げろ。味方に知らせるんだ」

 その言葉に反応しASS兵の一人が左脚のホルスターからフレアガンを取り出す。彼はフレアガンを左手で空に向け、引き金を引いた。


 ピューー、パンッ!


 赤い光を放つ照明弾が夜空へ打ち上げられた。



「やばっ。あそこASSの検問だったのか」

 車を運転するマリナは右の助手席に座っているアーニャへ聞こえるようにつぶやいた。

「まさか連中、国境まで封鎖しているとはね。ま、完全に封鎖するなんていうのは無理な話だろうけど」

「現に今突破したしねぇ」

 アーニャはASSの追撃に備え、A‐122Cの弾倉を確認する。

「こちらカサートカ。シュカーヴィク、国境を通過した。現在、回収地点へ車で急行中」

『了解だ。ASSの通信システムは現在無力化してある。増援が来る前に回収地点へ来い』

「カサートカ、了解」

 ドアミラーにはASSの4×4装輪式装甲車が背後から二両迫っていた。装甲車には当然銃座が備え付けられており、射手がこちらを狙って撃ってきた。

 それに対応すべくアーニャが揺れ動く車内から銃と腕を出し、撃ち返す。

「マリナ! 揺れが酷くて当たらない!」

 荒れ地を走っているため、走行中の振動はかなりのもの。正確な射撃をするための環境ではなかった。

「我慢して。それは相手も同じよ」

 斜面を駆け上がり、くぼ地を避けつつ、車体を揺らしてアーニャのための射線を作る。

「一人射抜いた。マガジンを換える」

 アーニャによって一台の射手が死亡。しかし、その死体を車両から落として、別のASS兵が銃座についた。

「ちっ、次から次へと……」

「シュカーヴィク、間もなく回収地点につく」

『見えたぞ。航空支援を行う。気を付けろ』

 上空からサーチライトが照らされる。

 アメリカ海兵隊の制式ヘリコプターMH‐73Sだ。ヘリは正面に回り込み、ASSの装甲車両へ向けて二門の機銃が同時に火を噴く。驚異的な連射速度により、二台のASS車両は一瞬で蜂の巣になっていった。

『パイロット、降下地点へ』

 MH‐73SはASSの追手がいないことを確認すると少し離れた場所へ降下した。後部ハッチからは武装したスミルノフ隊員が地上に展開し、周囲の安全を確保する。

 マリナはヘリの近くまで車を寄せ、アーニャとともに降車。ヘリへ向けて走り出す。

「こっちだ!」

 一人のスミルノフ隊員が手を振っていた。ヴァレンティーナだ。

「二人ともよくやった」

 マリナとアーニャがヘリの中へ入ると、ヴァレンティーナら地上警戒要員が続いてヘリへ戻る。全員がヘリに搭乗するとヘリは上昇し空へと飛び立った。



〈時刻1935時。マラウイ上空(MH‐73S機内)〉

「二人ともよく戻って来た」

 機体の中では隊長であるエカチェリーナがマリナとアーニャを出迎えた。

「まさかアメリカ軍のヘリで来るとは思いませんでした」

 二人は座席に座り、エカチェリーナの方を見た。

「ほんと、殺されるかと思いました」

「偽装のためさ。何せこのあたりASSが多いからな。この機体には特別な装備がある」

 エカチェリーナは二人へ飲料水が入った水筒を渡す。

「で、話は積もり積もっている。だが、それは本部に帰った後。今は休め」

 そう。今二人がするべきはしっかりと休むこと。

 二人はいつの間にか深い眠りに落ちていった。



〈時刻0930時。ロシア、某所〉

 スミルノフ本部ではいつもよりあわただしく動く隊員らが多く見られた。特に情報解析班の人員が増員され、膨大な資料を読みあさっている。そんな基地内ではヨハネス・ブラームス作曲〈交響曲第1番ハ短調作品68〉の〝第三楽章〟がBGMとして流されていた。

 作戦会議室に集められたマリナ、アーニャ、ヴァレンティーナ、他5名の隊員達。


「今、世界情勢は世の人が思っている以上に変わりつつある。特に世界企業連盟の動向には注意を向ける必要があるだろう」


 世界企業連盟(World Federation of Companies:WFC)は世界でも名立たる巨大企業が集まって形成された共同体である。その影響力はすさまじく、経済界だけでなく政界、その他あらゆる分野に息がかかった者達がいるとされる。

 先の墜落事故に関わっていた三つの企業、荷主企業〈フィセム〉、輸送企業〈クローバー・グローバル・トランスポート〉、警備企業〈アリュエット・セキュリティ・サービス(親会社アリュエット・マイティ・サービス)〉はいずれも世界企業連盟の加盟企業である。中でもアリュエット・マイティ・サービス社は事実上、世界企業連盟の頂点に君臨しており、次席の座をフィセム社とヒューザ社が争っている。


「ASSは新アフリカ民族解放戦線の鎮圧という名目で今なおイズニティに大規模展開している。表向き国連軍としてだが、奴らが無人兵器やロボット兵器、サイボーグ兵といった最新兵器の性能試験を兼ねているのは疑いようがない。その上、《ヘイズ》と呼ばれる生物兵器らしき積荷を国外へ持ち出そうとしていた。イズニティにおけるこれら一連の流れはあらかじめ計画されていたと考えるのが妥当だ」

 ここでスクリーンの画像が切り替わる。

「《ヘイズ》の輸送を行っていたのはASSだが、マリナ、アーニャの報告によると彼らはヒューザ社のPMCマジェスティック・イージスと思われる部隊に襲撃を受けていた。ヒューザ社も《ヘイズ》を狙っていたとされるが、その目的は不明。しかし、ヒューザ社の動きを見るとフィセム社だけでなく、AMSにも強い敵対行動をしているのは確実だ」


《世界企業連盟(World Federation of Companies:WFC)》

〈アリュエット・マイティ・サービス〉

 傘下の民間軍事警備会社アリュエット・セキュリティ・サービス


〈フィセム〉

 傘下の民間軍事警備会社ナグルファル・コンダクター


〈ヒューザ〉

 傘下の民間軍事警備企業マジェスティック・イージス


「これを使わない手はない。我々はヒューザ社を隠れみのにしつつ、AMSに探りを入れていく。今回の件で核心に迫るにはAMSから始めるのが早いだろう」

 ここでスクリーンに中華人民連合国(中華連)の衛星画像に切り替わる。衛星はさらに地上へズームしていき、AMSの中華連本社が中心に映し出された。

「現地潜入員のヴィッキーによるとAMSにはイズニティでも確認された謎の組織が出入りしている。SVRエスヴェーエルからの情報提供も受けたが……この組織はブラックレインボーの可能性が極めて高い」

 ブラックレインボー、その名を聞いた皆は顔をこわばられた。国際的な犯罪シンジケートで、ロシアにもその手を伸ばしている。問題はブラックレインボーの表面的な動きを知ることはできるが、組織規模や構成員、最終目的は一切闇に包まれている。

「我々は現地でブラックレインボーとAMSの関係を調べ、イズニティに関する情報を収集する。情報では五日後に中華連の蒼東ツァンドン明貴ミングゥイ市でブラックレインボーがAMS幹部と重要な打ち合わせを行う。連中の関係を洗い出す好機だ」

 ここでマリナが口を開いた。

「隊長、例の女は?」

 ここでいう例の女というのはマリナとアーニャがイズニティで出会った謎の女である。

「ああー、その問題も我々は頭に入れておかなくてはならない。非常にやっかいな問題だ。今、SVRエスヴェーエルやFSBとも情報を共有しているが、どうも相手は伝説の賞金稼ぎ〝シェイド〟と思われる」


 ‐シェイド、あのシェイドか。

 ‐おいおい、冗談きついよ、隊長。

 ‐出会ったら私が仕留めてやる。

 ‐やめておけ。一瞬であの世だぞ。


 皆がざわつき始める。当然だ。不可能と思われるような依頼を完璧に遂行する常識外れの存在。うわさが独り歩きしているようなぶっ飛んだ話しか出てこない。それゆえ架空上の人物と思っていた者も少なからずいたことだろう


《シェイドのいつの一例》

 ・単独で武装勢力を制圧する。

 ・4キロメートル離れた標的を二十人射抜く。

 ・弓矢で飛行中の攻撃機を複数機撃ち落す。

 ・五機の無人ステルス機を単機で撃墜する。

 ・変装による成りすましでホワイトハウスへ潜入する。

 ・難民キャンプで千人以上の難民を治療、手術する。


 裏の世界に広がる都市伝説。どこまでが本当でどこまでが作り話なのか。そもそもなぜこのようなうわさが広がっているのかも謎だ。誰かがうわさを意図的に流している可能性も十分ありえる。しかし、目の前で卓越した技術を見せつけられたマリナとアーニャはあながち都市伝説はなのではないかと思い始めている。


「シェイドの動きに関しては警戒しなくてはならないが、今のところ我々に対する敵対行為は見られない。ただ、《ヘイズ》を回収していったことを考えると、背後には何らかの組織かクライアントがいるだろう。話は以上だ」


 スミルノフによるブラックレインボーへの工作活動が始動する。

 これは世界ちつじょへの挑戦ではない。

 その逆だ。

 ブラックレインボーによる世界ちつじょの破壊を止めるための戦いである。

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