第十三話:婚礼


 季節はすっかり極月ごくづきになった。


 夜条風華煌侃と麗優淑の縁談が決まって約一カ月と数週間、獅龍帝と皇后の取り計らいで普通は三カ月要する準備が急速に行われ、二人は崇天厳帝国・帝都・崇泰内地にある夜条風華家の屋敷にて婚儀の夜を迎えた。

 通常、花嫁の家に花婿が迎えに行く習わしだ。けれど実のところ、優淑は陽敬宮に仕えるにあたって隣人の大家族に家を譲っていた。帰る場所がない。

 故に夜条風華円と茜音が快く屋敷の一画を提供し、二人の温情の元、今に至る。


 屋敷は赤い提灯が幾つも灯っており、淡い光がじんわり滲んでいた。玄関の門、外装、すべてが赤一色だ。ちらほら舞う粉雪の白と赤が調和し、幻想的で煌びやかな空間は闇夜に映え、まるで常世の世界に迷い込んだような、妖しくも美しい。


 新郎新婦、二人は床、壁、机、椅子、食器、一面が赤で統一された婚礼の間にいる。煌侃と優淑は織り・染め・刺繍等の技法で繰り広げられる帝国の伝統的な赤い婚儀衣裳に身を包んでおり、絹のしっとりとした光沢に施された繊細な鳳凰刺繍は特に贅沢で、花婿と花嫁だけに許された絢爛豪華な装いだ。


 婚儀は新郎新婦の二人で厳かに執り行う。進行を務めるのは夜条風華家に仕える女中四人だ、紺色の女房装束を着た彼女達が揃って頭を下げた。


 「お祝い申し上げます。紅布こうふをお取り下さい」


優淑は中央の座面と脚、シンプルな構造の手触りが良い赤いベルベットの椅子に座っている。煌侃が女中に渡された十一本の薔薇が巻き付く短い棒で、優淑が頭に被る紅布こうふを慎重に上げた。


 白粉で透き通る肌、長い睫毛、紅をさした唇、魅力を増幅させる化粧を施した優淑は花嫁衣裳に負けない輝きを放っている。帝国一の見目麗しい花嫁に煌侃が見惚れるのも無理はない。


 「吉祥如意きちじょうにょいであらせますよう」


 「平安如意へいあんにょいであらせますよう」


 女中の合図で二人は両手を取り合い、煌侃が一旦優淑を立たせ隣に立ち、二人は肩を寄せ合い並んで一緒に座る。指先を握り合った二人に女官達は破顔した。


 次の工程に移る女中が用意された漆塗りの赤い茶碗を持ち、優淑の前に屈むと箸で摘まんだ菓子を口元に近づける。


 「新婦、お召し上がり下さい」


 「ありがとうございます」


 一口、優淑が食べた。


 「元気なお子が産めますように」


 「ありがとうございます……」


 女中の願いに優淑は縮こまる。厳かな婚儀に緊張している上に、嬉しいやら恥ずかしいやらの心情だ。


 女中はそのまま煌侃に移動した。茶碗は変えない。


 「新郎、お召し上がり下さい」


 「ああ」


 一口、煌侃が食べる。


 「若様の御成婚、女中代表とし、お祝い申し上げます」


 「ありがとう」


 女中の祝福に煌侃が鼻で大きく息を吸い、礼を告げた。包み切れない感情が溢れ、喜色満面だ。


 女中は茶碗を元々の位置に戻すと、他の三人に目配せする。音を立てず速やかに全員が横一列に整列した。


 「華燭かしょくの御盛典を祝し、お二人の前途を祝し」


 「輝かしい門出を祝福し」


 「夜条風華家のご隆盛りゅうせいを祈念致します」


 「お二人の末長いご多幸を心よりお祈り申し上げます」


 女中の賛辞で恙なく婚儀を終える。彼女達は煌侃と優淑にこうべれ、姿勢よく正面を向いたまま部屋を出た。残る二人の間に漂う空気は甘い。


 意を決した煌侃が先に動いた。


 「……優淑、こっちに」


 「…………」


 差し出された煌侃の手に自分の手を重ね、天蓋付きのベッドに案内される。優雅な丸型、筒状の円形枕が二つ、優淑の目に留まった。ドキドキドキドキ、心臓が早鐘を打ち鳴り止まない。


 ベッドの隅に二人は腰を掛けた。不安な面持ちの優淑に煌侃が片方の眉尻を上げ、少し意地の悪い笑みを浮かべる。


 「どうした優淑? 鬼の形相だ」


 芝居がかったお決まりの口調だ。優淑はむっと反論した。


 「なっ、しておりません!」


 「そうか? 私を拒んで逃げる気じゃないだろうな?」


 「逃げません! あっという間の今日こんにちで、その……」


 単に気持ちの問題だ。語尾を小さく言い淀む優淑に、煌侃が強い意志で伝える。


 「私は待ったほうだ。恨まれても憎まれても君を私のものにする」


 それは脅迫や脅しに聞こえた。無論違うのだけど、薄い茶色の瞳の奥に宿るのは、優淑に向けられた明らかな劣情だ。こんな煌侃を見るのは初めてで、一瞬は戸惑う優淑だが、拒否は許されないしするつもりもなかった。


 煌侃の右のてのひらがが優淑の無防備な首裏を這う。


 「優淑」


 「恨みも憎みも致しません。お手柔らかにお願いします……」


 「優淑――、愛してる」


 二人はベッドに雪崩れ込んだ。幸福感で満たされる時間、優淑の可愛い反応に眩暈を覚えた煌侃は抑えが効かず、朝方まで行為が及んだ事は言うまでもない。

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