知らない人の中で

 人混みは嫌い。

 大勢の人の中にいると、私、ここにいなくてもいいんじゃないかなと思う。

 私が消えても誰も気づかない。誰も何とも思わない。

 そう思うと空気が薄くなるような感覚に陥る。

 今日はいつもよりひどいかもしれない。気分が悪くて、目も回る。意識が遠くなる。



「高畑?!」



 誰? 私の苗字を呼んでる人がいる。


 がしっと手を掴まれて、私の意識が急に覚醒した。掴まれたところの痛み、温度を改めて感じながら、私はその手の主を見た。


「石原君?」


 ゆっくり瞬きをすると、石原君は青い顔をして私を見ていた。


「おい、大丈夫なのか? 倒れそうになってたけど」

「あ、うん。ありがとう。もう、大丈夫」


 人混みの中にも関わらず見つけてくれる人がいた。それも親友の由紀や家族とかでなくて、普通の中学のクラスメイト。

 こんなこともあるんだ。


「よく私のこと分かったね」

「そりゃ、クラスメイトだから」

「私、人混みが苦手で」

「ふーん。そうなんだ。俺は好きかな。人混みの中にいると、自分に関心ない人ばかりだから気を張る必要もない」


 私はそう言った石原君を見た。

 そっか。逆もあるんだ。石原君は教室でもムードメーカーだし、目立つから人混みの方が気を使わなくてもいいのかも。


「で、その嫌いな人混みになんでいんの?」

「由紀ちゃんの誕生日が近いんだ。プレゼントを買おうと思って」

「ふーん。今、ネットで買えるけど?」

「それはそうなんだけど、やっぱり自分で手に取って選びたくて」

「人混み嫌いなのに頑張って買うプレゼント。相手は嬉しいだろうな」


 石原君の言葉に私は少し勇気をもらった。


「一人で平気か?」

「うん。もう大丈夫。石原君が見つけてくれたから」


 石原君は不思議そうな顔をした。


「大げさだな。逆に、高畑は俺に気付かないのか?」


 どうだろう。皆、他人のふりして歩いているような人混みの中に、クラスメイトを見つけることができるだろうか。


「わかんない」

「何それ」

「でも多分今後は気付けるかも」

「ふーん?

まあ、休み休みな。気をつけてプレゼントゲットしてくれ」

「ありがとう」


 人混みに消えていく石原君を私は目で追う。石原君らしい大股の歩き方。思わずくすりと笑ってしまった。

 知っている人が人混みの中にいるというだけでなんと心強いのだろう。


「よし。頑張ろう」


 私は一度深呼吸して歩き出した。


                                                        了  

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