第24話 額縁――修繕される家と記憶

「よぉし! みんなありがとう!」

 ハナは自宅の廃墟の前で、集う村人たちにカーテシー風の礼をした。

 ハナの家が事故によって半壊してから四日目の朝、この時期らしい爽やかな晴天に下で、人々はハナの挙動に注目していた。

 なぜなら、自宅を失ったハナが村へ滞在すると決めた期間は三日間限定、それなのに、その三日目の朝になっても家はまだ廃墟のままなのだ。ここからどんな魔法が起こるのか、人々は興味津々だった。

 ハナは魔女だし、とんがり帽子に黒一色の装束という魔女らしい出で立ちをしているが、実のところ、村人たちは彼女が魔女らしい振る舞いをするところをあまり見たことがない。歳を取らないことと、時折、箒で空を飛んで現れることは、常人とはっきりと違う点で、彼女の異様は充分にわかるのだが、一方で、彼女が村人に施すまじないや言祝ぎは言葉だけのもので、はっきりと効果が示される類いのものではない。村人たちはどこかで、ハナがもっと劇的な力を持っているのではないかと信じていた。

「ハナ様、本当に我々のすることはこれだけで良いんですか?」

 廃墟の周りには、家の建材が集められている。木材や粘土、屋根に葺く瓦など。基礎となる煉瓦は吹き飛ばされずに残っていたのでそれを再利用できる。

「いいのいいの、まあ見ていて」

 ハナは村人に背を向けて、半壊した家と向き合った。両手で持った杖を正眼に構えて、意識を集中する。

「さあ、思い出して。あなたの姿を。可愛い可愛い、愛しの我が家」

 ハナが唱えた呪文は、それだけだった。それで光が巻き起こるわけでも、なにかが動き出すわけでもない。

 それなのに、その場に集ったハナ以外の全員が、次の瞬間には驚愕の声を上げることになった。

「どういうことだ?」

「家が……すっかり元通りだ……」

「おまえ、なにか見えたか? 俺にはさっぱりなんにも……」

 皆が目を凝らしてこれから起こることを見ていたはずなのに、誰もなにかが起こる瞬間を見ることなく、家は数日前とまったく同じ姿を取り戻していた。経年でついた傷や汚れ、色の変化までそのまま再現されている。それでいて、付近に集めた建材はすべて綺麗に消えていた。

「はい、終わり」

 ハナは杖を下ろし、村人たちを振り返ってにっこり笑った。向き合った村人全員の顔に「なぜ?」と疑問が貼り付いているのが、ハナにはまざまざと見えた。

「んーっとね、解説、しようか?」

 全員が頷いた。

「それじゃあ、簡単に言うとね。壊れる前から、この家にはおまじないがかかっていたの。自分のことを記憶しておくおまじない。もっと言うなら、家自体が『こういう家でありたい』っていう思いを持つようなおまじないだったの。それで、壊れてしまったときに、その思いを呼び起こしてあげると、家は自分で自分の姿を取り戻そうとしてくれる。元々自分を構成していた建材に近いものを集めておいてあげると、それを頼りに自分の姿を思い出して、記憶通りに修復を始めるのよ。だからね、『賢い』家でしょう?」

 ハナは滔々と解説したが、対する村人はぽかんと口を開けたままだ。ものに意思があって、それが自分の思い通りになにかをするということが、ピンと来ないのだろう。

「魔女の魔力の源は信じる力なんだよ。万物に命が宿る、意思が宿る。それを心から信じることができるから、あらゆる存在は応えてくれる」

 箒で飛ぶのだってそうだ。箒に飛ぶ力があると信じているから箒は魔女を乗せて飛ぶ。それは魔女の力というよりも、物質が本来持っている潜在能力を引き出すことに近い。

 魔女は望めば、その力で世界を思うままに変えてしまうこともできただろう。

 だが、いまやそこまでの力を持つ魔女はいない。どれほど信じる力が強固でも、それを物質に反映させることが難しくなってきた。

 それに加え、魔女自身が、以前のように自分の力すべてを信じなくなった。魔女はいまや万能ではない。それはいま生きている魔女全員の共通認識だ。

「まあ、長いながーい修行が必要だけどね」

 ハナは適当に言って誤魔化して、話を終わりにした。

 魔女の話を詳しくしたところで、魔女はいずれはこの世から消えてなくなる運命だ。

「ご協力本当にありがとう。温かいお茶を用意してるから、どうぞ飲んでいって」

 外に運び出したテーブルの上に、厨からかき集めた人数分の茶器を用意して、ハナは集まった全員にお茶を振る舞った。村人はハナにと持ってきてくれたお菓子などもその場で分けて、自然と歓談の場になる。

「ハナ様、そういえば」

 家のなかの掃除を手伝ってくれた村の女性たちが、ハナにそう声をかけてきた。

「本棚のあたりの瓦礫を片付けていたときに、額縁に入った写真を見つけたんです。せっかくだから、どこかに飾ったら良いんじゃないかと思うんですが、ご覧になりますか?」

「写真? そんなの家にあったかな?」

 ハナは頷いて、女性たちに従って家のなかに入った。先ほどの「魔法」で内装もすっかり元通りになっているが、一部、家が置き場を迷ったのか、床に物が散らばっている。

 一抱えもある大きな額縁に入った写真は、本棚に立てかけられていた。

 そこに写っていたものに、はっとする。

「これ、ハナ様ですよね。周りにいらっしゃるのは、きっと昔のご友人かしら」

 村人がはしゃいだ声で言った。

 とんがり帽子にマントやローブ姿の若い少女たちが肩を並べて、そこに写っていた。

 集合写真だ。何百年も前、戦中の頃の。

「皆可愛いですねぇ。ハナ様、お変わりないけど、このときのほうが表情がいまと少し違って、無邪気な感じがします」

 少女たちは正面を向いて笑顔だったり、どこかむくれた感じだったり(ルシルだ)、別な魔女にいたずらを仕掛けて爆笑していたり(シュネーだ)、いたずらをされて困り顔だったり(エトワールだ)、様々だった。

「後ろに大人たちもいるわね」

 前列にいる幼い魔女たちを見守るように立っている大人たちは、魔女をサポートする後方支援者たちだった。魔女たちと後方支援者、合わせて十名程度で一つのチームが構成されていた。

 写真は時を経たとは思えないほど、色鮮やかだった。きっと、もとはもっと朽ちかけていただろうが、先ほど家を修復する際、家がこの写真も一緒に元の状態に復元したのだろう。一人一人の顔が、残酷なほどはっきりと見て取れる。

 ハナはしばらく、ぽっかりと表情の抜け落ちた顔で写真を眺め、写る全員の顔に順番に指先を這わせていった。

 それからふと我に返り、村の女性たちを見て笑みを浮かべる。

「ありがとう。宝物だったんだ。見つかって良かった」

 ハナの様子をどこか不安そうに窺っていた女性たちが、一斉にほっとした笑みを浮かべる。

「良かった。どうしましょう? 壁に飾りましょうか?」

「んー、いまのところはまだいいかな。こうやって立てかけておくだけでも、なんだかいい感じだし」

 ハナはそう言って、もうその写真を誰にも触らせなかった。

「お茶のお替わりを沸かしたいの。手伝ってくれる?」

 そう言って、女性たちとくりやへ向かい、以降、写真の話題は誰の口にものぼらなかった。

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