第27話 拒絶

 翌朝、アヤナは現れなかった。


 薄暗い河原で、いつきは寒さに震えながら、アヤナの影を探す。


 嫌な予感がして、手に持ちっぱなしにしていたスマートフォンでTwitterを開く。指がかじかんで、うまく操作できない。


 すぐ見られるようリストに入れていた、アヤナのアカウントを表示させる。最新のつぶやきは、昨晩0時過ぎの「日付が変わりました。おやすみなさい。#092」という定例のものだ。


 その一つ前は、高いビルの上から撮った、スニーカーの先が写り込んだ写真だ。

 おそらく、市内のイオンの屋上から撮ったのだろう、見覚えのある看板がいくつか見えた。あのイオンは三階建てだったはずだが、五階以上で自由に入れる建物は市内にそうない。


 仕方がないとはいえ、パイドパイパーに咎められただろうか。

 アヤナはつぶやき自体が以前に比べて減っている。監視を怖れているのだろう。


 来てくれないのは、何かあったのか、それともただの寝坊か。


 いつきが心配になってDMを送ろうとしたとき、携帯電話が振動した。上部の通知欄に、DMありのアイコンが表示される。


 慌てて画面を確認する。アヤナからだ。


『待ち合わせには行きません。

おせっかいはいい加減にしろよ。その偽善者ヅラ見てたらヘドが出る。

二度と連絡するなよ、バーカ!』



 指先がすくみ、胃の底が熱くなる。


(ど、どうして……。何か気に障ることをしちゃった? それとも強引に呼びつけたのが悪かった?)


 とにかく返信しようとしたら、「メッセージを作成」欄が消えて「今後このアカウントにメッセージを送信しないように設定できます」という見慣れない表示が出てきた。


 まさかと思ってアヤナのページを表示させる。


『@ブロックされているため、@a_ya_na0913さんのフォローや@a_ya_na0913さんのツイートの表示はできません。』

 

 え? 


 指先から一気に血の気が引いたのは、寒さのせいではなかった。

 何度読み込み直しても、ユーザー名とブロックされている旨の表示だけで、ツイートも、フォロー関係なども見ることができない。


 よく聞く「人間関係リセット」なのだろうか。

 今度は、パイドパイパーのアカウントを表示させる。フォロワーを確認すると、アヤナのアカウントがあった。こちらはまだ相互フォローになっている。


 ということは、いつきだけが切られたのだ。


「あー……」

 情けない気分になって、いつきはその場にしゃがみこんだ。


 アヤナを助けるために「目」を開いて、大学の同期たちにも応援をお願いして、自分なりに必死で頑張ったのに、目の前でシャッターを閉ざされてしまった。


 うっすらと涙がにじんでくる。

 鈴たちに付いてきてもらわなくてよかった、と思いながら、いつきはしばらくうずくまって泣いた。


 そろそろ朝拝の時間だ。戻らなくては。


 立ち上がったいつきは自転車にまたがる。やはり諦めきれなくて、前回アヤナが来た方へ行ってみる。


 車一台が通れるほどの幅の橋を渡る。確かアヤナは、右に曲がっていた。下り坂をおりると、自動車道の高架をくぐり、しばらく行くとパン工場がある。

 その先に、建て売りの分譲住宅が並んでいた。


 この中のどれかがアヤナの家だろうか。けれども、彼女の名字すら知らない。

 どうしてあのとき本名を聞いておかなかったのだろう。


 お勤めの時間が迫っているので、いつきは自転車の速度をあげて家路を急いだ。その間も、挽回策を考えようと頭を巡らせる。

 とにかく、アヤナの状態を把握しなければ。


 家に着くと、まだ寝ている鈴の部屋の扉をせわしなく叩いた。寝ぼけ眼で出てきた妹をせかして、アヤナのアカウントを確認してもらう。


 彼女のツイートは、特に増えていなかった。

 まだ、毎朝していたはずの散歩ツイートすらない。


「嫌われちゃったかぁ」

 アヤナからブロックされてしまったことを、鈴に話す。


 何とか助けになりたかったのに、偽善者呼ばわりされてバーカと言われるとは。


「とりあえず、捨てアカ作ってアヤナちゃんのツイート見れるようにしたげるから、お姉ちゃんの携帯貸して」


 鈴がいつきのスマートフォンを操作して、新しいTwitterアカウントを作る。

 アヤナのアカウントを検索すると、警戒されないよう、フォローはせずにリストにだけ入れて渡してくれた。


「はい。こっちのアカウントなら、いつでも見れるでしょ」

 ありがと、と言って携帯を受け取る。


 残り時間はあと四日。何とかアヤナとの関係を修復しなければ。


 LINEの「第五四期生」グループを呼び出し、今朝の顛末を報告する。「何かいい知恵ないかな」と書き添えて。


「お姉ちゃん、そろそろ朝拝の時間だよ」

 時計を見ると、十分前だ。

「あ、やば。じゃあ私行くね。鈴ちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」


 大慌てで、潔斎のため風呂場に行く。

 ぬるま湯で体を清めながら、考える。新しいアカウントから連絡しても、またブロックされるだけだろう。何とか住所を突き止める方法はないだろうか。


 心ここにあらずで白衣を着て、いつきは神社へ向かった。朝拝の時間を二分過ぎている。

「申し訳ありません、遅れました」


 すでに着座している父に声をかけ、太鼓の前に座る。深呼吸をしてから、朝拝前の太鼓を打ち鳴らす。ぼんやりしていたからか、最後の一打ちが太鼓の中心からそれてしまい、間抜けな音が鳴る。


 とたんに、神殿の空気が変わる。張り詰めた澄んだ空気が、どんよりとした。


(申し訳ございません)


 目が開いたことによって、以前から気づいてはいたが、強烈な光の柱が扉の向こうに存在しているのが、はっきりとわかるようになった。

 神様の数え方が「一柱、二柱」なのは見たまま表現していたことを、実感する。


 お勤めの間は集中しなくては。

 いつきは背筋を伸ばし、大祓詞おおはらえのことばを丁寧に奏上した。


 神様――のように認識されているもの――は、密度の高い澄んだ空気の塊であることが多い。その空気に触れると、人間がまとう悪い気を追い出してくれる。

 そうなると体の調子もよくなり、前向きな考え方ができるようになる。つまり、よい結果を出せる流れが生み出される。


 それを人々は「御利益」と言っていたのかもしれない。

 そして、その空気の塊には、ときどき人格に似た意思が宿っている。いつきたち神主がお仕えしているのは、そういった神々だ。


 朝拝を終え、神殿の前から退出する。

 澄んだ空気を浴びたせいか、アヤナからなじられたショックも癒え、心が落ち着きを取り戻している。


『いつきって、そういうとこあるよね』

 ふと由良の言葉が頭に浮かんだ。


『よく考えるとおかしいのに、相手の言うことを疑わないというか』


 昨日言われたことだ。「大事なことを見逃す可能性もあるから気をつけろ」と。


 自分は何か大事なことを見逃しているのではないだろうかと、いつきは急に不安になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る