第24話 仲間たち


「え、みんなって、他にも来てるの?」


 いつきが隣の部屋との間を仕切っている襖を見ると、由良が頭をかいた。


「同期のやつらに協力を求めたんだ。森と安達、中嶋が来ている。いつきの寝顔をさらすわけにはいかないから、男性陣は隣で待ってもらっている」


 土曜日だから他に予定もあっただろうに、来てもらったあげく、待たせてしまっていたとは。


「ごめん! じゃあすぐ合流しよう」

 立ち上がって襖を開けようとすると、由良に止められた。


「まあ待て、その前に顔を洗って髪をといてこい。そんな寝起きの顔じゃ、百年の恋もさめるぞ」


 気心の知れた同期とはいえ、ひどい顔をさらすのは最低限にしたい。

 いつきは礼を言って顔を洗いに中座した。


 洗面所で顔を整えて戻ると、隣の部屋との襖が開け放たれ、みんなが机を囲んでいた。


「おう、真榊、大丈夫か?」


 大柄な森が気遣ってくれる。

 彼は卒業後、警察官になった。柔道の有段者で、体が大きい割に顔も心根もやさしいから、警官は適職といえるかもしれない。


「なんだよ森、おまえ、まだ真榊が好きなのか?」

 安達が絡んでくる。本人を目の前にしてこういうことを言う性格は、相変わらずだ。神職になったはずだが、ちゃんと勤めを果たせているのだろうか。


 とはいえ、森の好意に気づいていたものの、何とか告白されないよう、必要以上に仲良くならないよう細心の注意を払ってきた自分も性格が悪いと、いつきは申し訳なく思っている。森はいい人だし、決して嫌いではないのだが。


「ありがとう、森くん。大丈夫だよ。忙しいのに来てくれてありがとうね。安達くんと中嶋くんも」


 空いた席に座りつつ、みんなの様子を確認する。

 各々に光の粒のようなものがついているのがわかった。目が開いた効果らしい。


 由良は、まっすぐな光の柱のようなもの。

 よし子の気は、黒い靄が取り除かれて、凪いだ海のような紺碧の光に変わった。


 警察官の森は、すがすがしい緑色の光をまとっており、樹木のように親しみやすく安定している。

 神職の安達は、青い光がクラスター状に全身を覆っている。刺々しさはさもありなんという感じだが、さすが神前に仕える身、あくまでも澄み切っている。

 教師になった中嶋は、自己主張の強い黄色と実直そうな四角い形状が同居している。


 由良が全員の顔を見回し、口火を切る。


「連絡網で回した通り、真榊いつきがパイドパイパーを名乗る男に遭遇した件で集まってもらった。これだけしか都合がつかなかったけど、精鋭メンバーだから大丈夫だろう。連絡用にLINEのグループトークを作ったから、いつきも後で登録しといて。……じゃあ、いつき、概略の説明を」


 突然話を振られて戸惑ったが、いつきはアヤナとの件、パイドパイパーに遭遇した話を説明した。もちろん、キスされた一件は伏せたが。


「残り時間はあと五日か。初動が遅すぎだ」

 安達が手帳に書き込みながら言う。


「パイドパイパーの特定もまだなんだろう。どうするんだ」


 返す言葉もない。しゅんとしていると、由良が代わりに答えてくれた。

「だから、知恵を借りるために集まってもらった。……中嶋くん」

 指名された中嶋が顔をあげ、眼鏡の位置を直す。


「宗教学の授業のあと、生徒に話しかけられた。幽世かくりよはいいところなんですか、と。死後の世界に異様に興味を持っているようだから気になって、彼のSNSアカウントを特定した。彼はしばらくして学校を休むようになった。神杉から連絡をもらった、例の#092のハッシュタグ付きツイートが見られた。今は鍵付きだから見られないが、いくつかスクリーンショットは取ってある」


 中嶋は早口で言うと、スマートフォンを操作して、机中央に置いた。


暁のマ太郎 @MaTaRo_of_the_Dawn

『こんな世界からはおさらばしてやる。崇高な精神の世界へ行くんだ #092』


「あーあー、典型的な中二病だな」

 安達が失笑する。中嶋は笑わず、冷ややかに言った。


「彼らなりに世界を受容しようと試みているのだ。自分にとってやさしくて可能性のある場所だと思っていた世界が、そうではなかったことを肌で感じ、その戸惑いを理解できる範囲で理由付けして、染まらないよう抵抗している。それを笑う資格はない」


 安達がつまらなさそうにそっぽを向く。


「自宅に電話をかけてみたが、親は共働きでなかなか出ない。本当はいけないのだが住所を調べて行ってみた。朝四時台に散歩をしていたから、生きてはいる」


 あの課題を実行している高校生が、ここにもいた。


「それにしても、関西圏の子が多いよね。ハッシュタグつけてる子でだいたいの地域を特定できる子は、大阪二人、京都一人、奈良二人。あと、関西弁でツイートしてたり」


「Twitterのフォロー関係を作るときに、最初から地域特定して関西の子を狙ったんだろう」


 それはやはり、パイドパイパー自身が関西に拠点を置いていて、じかに会うことができるからだろうか。


「警察は何か把握してないの?」

 由良の問いに、森が頭をかく。


「部署が違うからあれだけど、何ヶ月か前に関東で連続自殺教唆事件があったから、警戒はしてるよ。SNSも監視してるし」


「でも、どうせ民事不介入とか言って、何か起こるまでは静観するんだろ?」

 安達が割って入ったのを、由良が制する。


「はいはい、仲間内でピリピリしない。……パイドパイパーがアヤナちゃんを守り切れるかの賭けをしかけた期限が五日後の十一月七日だから、それを過ぎた場合、彼女に自殺教唆をしかけてくると踏んでいる。パイドパイパーは、自分の気を相手に植え付けて、ある程度思うように動かす術を持っている。じかに会わなくても、心理操作と組み合わせればネットや通話で操れるから始末が悪い」


「気を植え付けるとか、そんなオカルトな話言われても、見えない者には信じようがないんだけどな」


 安達が由良に絡む。由良は、またか、という顔で安達を一瞥した。


「別に信じなくていいよ。祓の力だけ貸してくれれば。……ところで安達くん、二股はよくないと思うけどね」


 安達の頬が引きつる。

 そういえば、彼の肩に気の塊が二つある。小さいから他人のものだ。


 いつきが目をすがめて見ると、一つは長髪の落ち着いた女性、もう一つはショートボブの若い女の子だった。長髪の女性が、かなり安達に執着しているようだ。塊が入り込んでいるということは、両方の女性とキス以上の関係なのだろう。


「長髪の子の方、不安にさせたまま放っておくと生き霊になるよ」

 いつきも思わず口にする。いつも嫌味を言う安達に、ちょっとした意趣返しだ。


「真榊まで! だからそういう、見えない人には正解がわからないことを言って、先入観を植え付けるのはやめろ! 俺は二股なぞしてない」


 精一杯虚勢を張ってポーカーフェイスを保つ安達に、「すまんな、冗談だ」と由良がニヤリと笑って言った。

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