第20話 地球産

 ノエルの意見はもっともだった。ジリアンは音楽に触発されたと感じたけれども、かれの音楽に何らかの魔法を誘発する力があると断じるには、もっと慎重な観察と考察が必要だ。途端に自信がなくなってくる。

「た、たしかにそうです……。ノエルの音楽を聴いた魔術師もたくさんいるでしょうし、音楽が意図せず魔法発動のきっかけになるなんて、聞いたことがありませんし。でも、……ん? じゃあ、もしかして……」

 花の種にも影響があるかもしれない。同じことをノエルも考えたらしかった。ミルクパンに残ったワインをジリアンのマグに注ぎ足し、ごつんとマグどうしをぶつけた。

「試す価値はあると思いませんか、ジリアン」

「ええ、……はい、もちろん!」

 雑に作ったキティを飲み、マグを置いたノエルの目はすっかり据わっていた。酔ったのではなく、腹を括った、のだと思いたい。

「そうです、そもそも私の音楽を聴かせて魔法が宿ったんですから、もう一度聴かせてやればよかったのかもしれません。すべてを備えていた頃の自分に嫉妬して、耳を塞いできましたが……そうも言っていられなくなりました」

「はあ、それでノエルが大丈夫なのでしたら」

「大丈夫なものですか! 飲まなきゃやってられませんよ!」

 とまたマグを呷り、クラッカーにチーズとサラミを乗せて猛然と食べ始めた。なるほど、やけ酒か。ジリアンは炭酸水を開封し、冷蔵庫から作り置きのピクルスの瓶を持ちだした。

「お付き合いします」

 ノエルが満足するまでつきあおう、とジリアンもまた腹を括った。



 世間話とほら話に終始していたような気がする。痛む頭を抱えてジリアンはふつふつと煮立つ鍋からあくを掬った。鶏むね肉と生姜、ねぎでスープを取って、冷凍ストックのワンタンを浮かべて、あっさりいただきたかった。

 片付けまで手が回らず、飲食の痕跡がなまなましく残ったテーブルは悲惨な状態だったが、ベッドに戻れただけ良しとすべきだろう。

 ノエルはまだ起きてこない。結局かれはボジョレーのほかに(だれも聞いていない言い訳を口にしながら)どこからともなくブランデーやらウィスキーやらの瓶を持ってきて舐めていたから、ボジョレーを発泡水やオレンジジュースで割って啜っていたジリアンよりもひどい状態なのは間違いない。

 お酒の場というととかく不愉快な思い出しかない。研究室の面々と飲むときは、その場にいない者の悪口や下世話な噂話ばかりで辟易したものだ。他にも、酔いを口実に体を触られたり、潰れるまで飲まされたり、送ると言いつつ暗がりに連れ込まれそうになったり。それを嫌って誘いを断れば、付き合いが悪いと陰口を叩かれる。

 しかし、昨夜は楽しく飲めた。同じ家で過ごして言葉を交わしているのに、まだこんなにたくさん話すことがあるのだと不思議に思うほど。

 酔ったノエルはよく喋った。教鞭を執っていた頃の癖か、いつもの上品さに少しの毒が加わった口調で懇々と話す。酒が進むにつれ、呂律も論理も怪しくなり、話題はあちこち飛び跳ねた。

 最後には「私はね、歌う花を月に持ち込みますからね。『地球産、歌う花の種』って!」と大言壮語していたのには笑うしかない。

 かれが覚えているかどうかはわからないけれど。

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