29話 恋バナ

 今日は俺が一番に来てしまった。マヤは何か用事があるって言ってたな。

 俺はガチャリと鍵を回して部室のドアを開ける。


「ただいま」


 自分しかいないから挨拶はしなくてもいいのだが、ついしてしまう。習慣になってるのかもな。

 俺は椅子に座り読みかけの小説を開く。高校生の甘酸っぱいラブストーリーだ。まさか自分が体験するなんてな。


 ページをめくる音や風の音、小鳥の鳴き声がBGMとして流れる。

 マヤたちと騒いでいる時間も賑やかで好きだが、こういう静かな時間も好きだ。


 ガラガラと部室のドアが開かれる。

 俺は小説から顔を上げ、入口のほうへ視線を向ける。

 小さなシルエットが目に入る。


「ただいま。あれ? ナギトくん一人? マヤちゃんは?」

「何か用事があるんだとさ」

「そうなんだ」


 俺は小説に視線を戻す。


「ナギトくん、何読んでるの?」

「高校生の恋愛を描いた小説だよ。なかなか面白いぞ」

「恋愛小説かー。僕も読んでみようかな。ねえ、ナギトくんは告白されてたよね。結果はどうなったの?」

「それは全員そろってから話すよ」

「そっか。ナギトくんは告白したことはあるの?」

「何を言い出すんだ!?」


 声が上ずってしまった。


「うわ! びっくりしたあ。そんな大声ださなくてもいいでしょ。ナギトくんから告白したことってあるのかなーって」

「そ、そうか」


 俺は咳払いをして心を落ち着かせる。


「告白されたことはこの前のが初めてだな」

「そうなんだ。ナギトくんかっこいいからたくさん告白されてると思ってた」


 ヒカリはさらっと「かっこいい」や「可愛い」なんて言うから聞いてるこっちが恥ずかしくなってしまう。


「ラブレターを書いたことはあったが、結局送れなかったな。告白したことは一度だけある。小学生の時に」

「ラブレター……? そういえば、前にマヤちゃんが言ってたね」

「ああ。マヤが言うように、俺はただのヘタレなのかもしれないな」

「そんなことないと思うよ」

「ありがとな」


「ただいまー!」

「ただいま」

「ただいま戻りました」


 部室が一気に賑やかになる。


「ナギトとヒカリちゃんは男子二人でえっちな話でもしてたー?」

「し、してないよ!」


 ヒカリが顔を真っ赤にして手をパタパタとさせる。


「ヒカリちゃん焦りすぎだよー」

「それで、告白の結果はどうだったんですか?」

「そうだった! それ聞かなくちゃ」

「そもそも相手は誰だったの?」

「全員そろったら話すって言ってたよね」


 四人の視線がこっちに向けられる。


「断ったよ。相手は二年生の女子で名前は聞けなかった」

「なんで断ったの? もしかして既に彼女がいるとか?」


 マヤが身を乗り出して聞いてくる。顔が近い。


「好きな人がいるから断っただけだよ」

「へ、へー……。好きな人いるんだ……」


 さっきまでの勢いが消え失せる。マヤはすとんと椅子に座る。


「ちょっとその話詳しく聞かせなさい」

「好きな人って誰ですか!」


 今度はこっちの二人が身を乗り出してきた。なんなんだ。


「別に話さなくても良いだろ」

「良くない。重要なことだから」

「そうです! 重要なんです!」

「ちょっとヒカリ、助けてくれ」

「ごめんね、ナギトくん。ぼくもちょっと気になる」


 やばい。味方がいない。


「じゃあ、ヒントを一つ教えるってことで良いか?」

「仕方ないわね」

「『この学校にいる』とかはなしですよ」

「それじゃ意味ないもんね」


 うぐ。それを言おうとしてたのに。


「ナギト、別に無理しなくていいからね?」


 マヤが遠慮するなんて珍しいな。


「ありがとな。でもあくまでヒントだから」

「うん」


 こほんと咳払いをする。


「俺の好きな人は同級生だ」


「ナギトの好きな人が同じ学年にいるんだ」

「誰なんだろうねー」

「えー。それだけですかー?」

「『同じクラス』とかじゃないのね」

「いいだろ。範囲が三分の一になったんだから。これで勘弁してくれ」


 さすがに好きな人を公表する勇気はない。


「まあまあ、いいじゃん。これくらいにしとこうよ」

「ありがとな、マヤ。――というか、マヤたちはどうなんだよ。好きな人いるのか?」


 俺だけ話すってのは不公平だ。


「わ、私はいるけど……。誰かはぜったい秘密っ!」


 マヤが手をぱたぱたさせる。これ以上は聞けそうにないな。


「ぼくはいないよー」

「私もいないわ」

「じゃあ、わたしもいないってことで」

「じゃあってなんだ。じゃあって」


 なんだか腑に落ちないな。

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だいじょう部 タマゴあたま @Tamago-atama

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