第23話 引きこもりにはデートスキルが存在しない。

「まったく……どうしてワタシがこんなことを……」


 駅前で合流した桜庭さんが不服そうにつぶやく。


 休日の昼過ぎ。人通りの多い駅前だが、桜庭さんの姿はすぐに見つけることができた。派手ではないものの、落ち着いたシックな服装は雑誌モデルか何かと言われても遜色がない。冴えない自分がこの人の隣を歩いていいのだろうかと少し不安になった。


「あ、あはは……なんかごめん」


「……ふん。いいわよべつに。当日準備を手伝えないのは事実だし」


 桜庭さんはバイトがあるため、誕生日パーティー当日は開始直前に合流する予定らしい。その分の埋め合わせとして、この場に来ているのだ。


「ただあの子のいいように事が進んでいるのが気に入らないだけ」


 あの子というのはアイナのことだろう。今日のことを提案したのも彼女だ。


 そしてそのアイナに言われたことといえば、僕にもある。


「えっと……その……似合ってるね。その服」


「は、はぁ……っ!?」


 「女の子の服は絶対に褒めること!」と言っていたアイナに従って褒めてみたはいいものの、桜庭さんは驚愕と共に顔を真っ赤にした。


(す、すごい怒ってる……!?)


 僕は何か間違えたのかと心の中でアイナに問いかけるが、答えが返ってくることはない。


「ご、ごごごごめん! いや、そのなんてゆーかほんとに! その、可愛くて! 私服とか初めて見たし! でも気に障ったのならごめん! ごめんなさい!」


 慌てて頭を下げると、桜庭さんは呆れたようにため息を吐いた。


「それもどうせあの子の差し金ね?」


「は、はいそうです……」


「……まあいいわ。ちょっと驚いただけだから。そういうことはワタシじゃなくて、デートで優月さんに言ってあげて」


「う、うん。そう、だね」


 良かった。怒っているというわけではなかったらしい。今日はこれから、おそらく数時間行動を共にするというのにいきなりギクシャクしては堪らない。桜庭さんにも申し訳ない。


「でも、ありがとう。その、褒めてくれて」


 桜庭さんはバサッと髪を翻してこちらに背を向けると、小さな声でそう言った。それから、さっさと行くわよとでも言うように先を歩き出す。


 僕は置いて行かれないように、その背中を追った。



「今日は優月さんのプレゼント選びを手伝えばいいのよね?」


 隣に並んで歩き始めてしばらく経つと、桜庭さんが聞いてくる。周りの視線を少し感じるが、やっとこの状況にも慣れてきた。


「大まかにはそんな感じかな」


 プラスするなら、デートの予行練習ともいえるのかもしれない。


「それならとりあえずショッピングモールへ行きましょう。一通りなんでもあるから」


「わかった」


 そこで会話が途切れる。少しだけ居心地が悪いというか、話をした方がいいのかなという気がしてしまう。しかし桜庭さんはあまり気にした様子もなく、背筋を伸ばして迷いなく歩いていた。


 桜庭さんからは要件がある時しか話しかけてくれないので、僕から話題を投げかけるしかない。すでにデートは始まっている……っ!


 といってもこれと言って面白い話など出来るわけもなく、桜庭さんの気に入ってくれる話題も分からず時は進んだ。


「えっと……その、桜庭さん」


「なにかしら」


「あの……デートって何をすればいいのかな」


 結局、口から出たのはそんな言葉。


 桜庭さんはまた、「はぁ?」と顔をしかめた。


「それは優月さんと?」


「まあ、そうかな」


 桜庭さんとのこの状況についても、まったく分からないけれど。


 僕らは歩みを止めずに話す。


「さ、桜庭さんだったらデートで何がしたいかな……っ!? それか、お出かけするなら行きたい場所とか!」


「ワタシにそれを聞いても仕方がない気はするけど……そうね。……ネコ、いえなんでもないわ」


「え? ネコ……?」


「な、何でもないって言っているでしょう!?」


「いやでも、ネコってどういうこと? お出かけで……ネコ?」


「忘れなさい! とにかく忘れるの! 出かけ先でネコなんていないわ! そ、そんなお店とかも、少なくともこの町にはないから!」


 なぜかひどく慌てた様子の桜庭さん。何かを誤魔化したいらしい。そしてその鍵となっているのが、「ネコ」。さっぱり分からないが、ネコは優月が好きだったはず。キーワードとして覚えておくことにした。


「デートのことなんて、ワタシにも分からないわ。それに、優月さんとのデートなのだから、私よりはあなたの方が分かるんじゃないの?」


「僕の方が?」


「幼馴染でしょ。それなら、彼女を喜ばせるデートプランくらい考えて見せなさい」


「うーん……それが難しいと思うんだけどなぁ……」


「大丈夫よ。あなたが頑張って考えたことならきっと喜んでくれるわ」


「そうかな」


「ええ」


 それなら頑張ってみようと、僕は頷く。そんな僕を見て、桜庭さんは少し微笑んでいた気がした。


 それからも無言になってしまったり、一言二言の会話を繰り返したりしながらショッピングモールまでの道のりを歩く。横目に映る桜庭さんの表情は穏やかだ。無理して話さなくともこれくらいでいいのかな思う。やっぱり、僕は彼女との距離感が嫌いではなかった。


 

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