第24話 その表情の裏側を引きこもりは未だ知らない。

 ショッピングモールに着いてからしばらく、僕らは雑貨屋を見て回っていた。


 数年間引きこもっていた僕にとってはショッピングモールなんて久しぶりの場所で、少し緊張する。人がこんなにも多いものだっただろうか。こんなにもたくさんのお店が並んでいただろうか。見るものすべてが新鮮だ。


 都会に出できた田舎者みたいだと、桜庭さんには少し笑われた。ここも都会とは言えないのに。引きこもりにとってはまるで知らない異空間なのだから不思議なものだ。


「これなんかどうかしら」


「マグカップ?」


 桜庭さんが見せてくれたのは子猫のイラストが付いたマグカップだった。やっぱりネコが好きなのかなと思うが口にはしない。


「こっちのと合わせればペアになるわよ?」


「いやさすがにペアとかは……そういうのは恋人同士じゃないと」


「そう? 可愛いのに……」


 桜庭さんが手に取ったマグカップを見つめて、子猫の部分を愛でるように撫でる。普段は見せない可愛い一面だ。とりあえずこのマグカップについては遠慮したいが、ネコ好きは優月との共通点だし趣味が合うのかもしれない。


 それからも桜庭さんは少し楽しそうに、プレゼントを見繕っていた。表情が普段よりもいくらか柔らかい。


「桜庭さんは買い物とか好きなの?」


「まぁそれなりかしら。こうやって、色んな商品を見て回るのは好きよ」


「ウィンドウショッピングっていうやつかな」


「そうね」


 デートプラン、というのかわからないがひとつ覚えておこう。


「うーんでもやっぱり、何をプレゼントしたらいいかわからないね……」


 商品を見ながら、プレゼントしたときの反応を考えてみたりするのだが想像の中の優月は大体笑ってくれている。優月はもしあまり好みでないものを貰ったとしても、喜んでくれるのだろうなと感じた。


 それでも、いや、だからこそだろうか。彼女がちゃんと喜んでくれるものを渡したい。


「そうね……まず実用的なモノはもらって困ることがないわね。でもそういうのって形式的というか、距離を感じる気もするわ。もしワタシが幼馴染で、ありきたりなものを渡されたら少し寂しいと思う。あなたと優月さんの場合は、もっと形に残るモノの方がいいんじゃないかしら」


「形に残る物……かぁ」


 指を顎に当てて唸っている様子からは桜庭さんがまじめに考えてくれていることが伝わってくる。


 形に残って、優月が喜んでくれるもの。それに付随して、実用的であればなお良いのだろうか。たとえば、常に身に着けていられるような……。


「あそこのコーナーなんてどうかしら。とても綺麗だわ」


 桜庭さんが指さす。


「ほんとだ。ちょっと見てみようか――――」



 2時間ほど経った頃、僕らは買い物を終えてショッピングモールを出た。


 二人して色んな場所を見て回った結果、結構な時間が経ってしまっていた。しかしその分、いいものが買えたと思う。桜庭さんのお墨付きでもあるため問題ないだろう。


 それに桜庭さんとの買い物は思った以上に穏やかで、楽しいものだった。


「ありがとう桜庭さん。おかげでちゃんと買えたよ」


「そう。それなら良かったわ」


「ところで桜庭さんは何を買ったの?」


「それは……内緒よ。あなた、口を滑らせそうだし」


「ええー、そんなに口は軽くないよ」


「だーめ」


 僕に教えてくれる気はないらしい。少し頬が赤くなっていたから、恥ずかしがっているのかもしれない。桜庭さんが買ったものならきっと優月も喜ぶだろうから、僕がそこまで気にすることもないだろう。


 そう思って僕は話題を切り替えるべく、ポケットに忍ばせていたものに手を伸ばす。そしてそれを桜庭さんに差し出した。


「あの、これ」


「えっ?」


「なんていうか、今日のお礼……みたいな。本当に助かったからさ。今日以外にも、たくさん。だから、桜庭さんにも何かあげられたらって……」


「べつにワタシは何も……受け取れないわ。ワタシは誕生日でもないわよ」


「それでも、受け取って欲しい。ほんの気持ちだから」


 僕は勇気を振り絞って、桜庭さんの手を取る。その綺麗な手のひらへ、小さな包みを押し込んだ。


「あっ……」


 桜庭さんは押し込まれた包みを見つめる。それから諦めたようにフッと力の抜いて、笑みを向けてくれた。


「……ありがとう。大切にするわ」


「うん。そうしてくれると嬉しい」


 ゆっくりと、並んで歩く。なぜだか、行きよりも二人の歩幅は合っているように感じた。少しだが、会話も弾んだ。


「じゃあ、ワタシはこれで。誕生日パーティー、成功するといいわね」


「うん。今日は本当にありがとう」


「こちらこそ。今度、ワタシも何かプレゼントするわ」


「え、いいよ僕は。いつも助けてもらってるし」


「大人しくもらっておきなさい。それも、ほんの気持ちなんだから」


「……うん。わかった」


 頷くと、桜庭さんは満足そうに背を向けた。


「じゃあ今度こそ、さようなら」


「また学校で」


「……ええ。そうね、また」


 そうして、僕らは別れた。


 帰り際、「また」と呟いた桜庭さんの顔はなぜか苦しそうに見えた。だけど、その表情の理由には思い当たらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る