2-11節「アクセラレート・バレット」


アリアナはシャルロッテを連れて、広場から離れた裏通りの細い道へと入っていく。


もしかすると、この少女はこのデモから自分を遠ざけてくれようとしているのかもしれない。何か穴場のような安全地帯でもあるのだろうかと思っていたシャルロッテだが、


「痛てて……!ちょ、いきなり誰ですか!?」


強引に引っ張られていた腕を振りほどいて、少女の方へ顔を向けた。ここは青龍のはずだが、そこにいたのは東方系の顔立ちではなく、どちらかというと帝国風の貴族然とした少女だ。


歳はシャルロッテと同い年くらいだろう。


服装は某暗殺チームみたく、黒のスーツを着こなしている。しかし女性らしく肩は細くて腰つき辺りのスタイルも良く、全体的に可愛いからカッコいいが上乗せされてる感じ。


「あんたが例の機関ね~、わざわざ白虎から派遣されて王選の警備とかあのデッカイ鯨をやっつけたりするんでしょ?しかしなんていうか、へぇー、……意外にスカート丈短いんだ、肌の手入れもしてるみたいだし」


ふむふむ、とアリアナは唸った。顔は真剣だが、微妙に目で見下していそうで。


やがてアリアナは流し目で壁際まで追い込み、壁を片手でドンする。こちらを覗き込んでくる顔がやけにイケメンに見えてきたため、シャルロッテはしおらしくうつむいてしまう。


「乙女なカワイイ反応するじゃん、お嬢様。でもどうせ英雄の後ろに隠れてするだけなら」


シャルロッテがそこで顔をあげた。ギッとした顔つきに、アリアナはうっすらとかけた香水の匂いをさせながら耳許で、


「帰りなよ、ここはお上品に育てられたご令嬢の世界じゃないのよん♡」


ありったけの嘲笑とともに、シャルロッテの自慢の金髪ツインテールを撫でた。


「なにを……ッ!?」


髪と服が乱れるほどの勢いで、身を捩ろうとする。その刹那、人の流れが一点集中している広場、そこから、流れ弾が此方に向かって一直線。ふぅ、とアリアナはため息をこぼした。シャルロッテは少し考え、そして首を横に振る。


さっきまで《辰組》の暴力的な扇動で大人から子供まで、最低でも顔に青あざがあり無傷でない人の方が珍しいくらいの意思は見せていた。そこに、遂に本格的な軍事行動、つまり鎮静部隊が到着していたのだ。


危なかった……。もし反射的に身を縮ませていなければ、いまの弾丸が脳天を貫通していただろう。……そう考えると、まさかこの娘、それを察知してあたしの髪を。


無言で睨み付けるシャルロッテに、アリアナはあえてしばらく答えることをせず。重い沈黙と喧騒を堪能したあとに鼻を鳴らして、ゆっくりと口を開いた。


「……ま、これがプロとアマの差って奴よ」


まるで茶番だとでも言いたげに、退屈げそうに言い放つ。


「いっちょまえに武器引っ提げ暴動に割り込んで、巻き込まれてる女子供を助けて、ちょ~っとヒロイックな気分に浸りたくなった?それとも青龍観光?……そうねぇ、やるんなら一週間後がオススメ、その頃には『王選』も終わってるわ」


アリアナの纏う雰囲気は、さっきまでのチャラけたものとは全く違ったことに、シャルロッテは小さく息を吐く。まるで先生に説教を食らい、うんざりしているようにも見えた。


「……聞き捨てなんないわね、あたしらが遠足気分でここまで来てるとでも言いたいわけ?―――舐めんじゃないわよ!」


シャルロッテが叫ぶ。きっとあの人指揮官なら、救えと命令してくれたに違いないだろうから。胸の奥底から涌き出る想いに、シャルロッテは確信を得た。


道を塞ぐ人混みがこちらに接近してくるのは同時だった。


ナルマーンの裏市街は、古い城壁に囲まれた狭い都市だ。元々限りのあるスペースの中に次々と公共施設を建てていったせいか、自動車や竜種が通りすぎるのも難しいような小道が複数ある。そんな中で二〇メートルもの高さのあるビルが乱立し、そびえ建っているため、異様の圧迫感がのしかかるようである。


その細道のあちこちが、市民の波によって塞がれる。


暴動に参加している連中は、他人だけでなく自分の身体さえも傷つけているようにも見えた。


シャルロッテは覚悟を決めて、広場に駆ける。裏路地から目の前の人の流れに逆らい、間隔を縫って、突破していく。どのみち暴動の中心である建物へ行かなければ問題は解決しない。時間が経てば経つだけ、長引けば長引くだけ、みんな傷つく。


しかも、この人たちは皆、一般人。この暴動が九尾辰組による何らかへの迎撃であったとしても、その精度はそれほど高くはない。


そう考えている間に、向こうから暴徒達が十数近づいてくる。まるで人を素材とした分厚い壁のようだ。シャルロッテは異様の緊張を呑み込むと同時に、流星の如く双剣を抜いた。


(絶対に傷つけやしない……だったら、ここを強引にでも突破するには辻本指揮官に習った《メグル》しかない!)


叫びと共に、まるで壁のような密度となった暴徒達の懐へと、自らの体をねじ入れるように飛び込ませた―――。刹那、神速のスピードにも見えた少女の姿に、アリアナは眼を見張った。


「……ヤバぁ……」


とんでもない機動力と双剣術で、疾風のような勢いで暴徒集団を制圧していく。


そこから先は、シャルロッテもがむしゃらだった。掴んでくる腕を捌き、邪魔する壁を肩で押し退け、それでもしがみつこうとしてくる輩には、峰打ちを脇腹に突き刺す。だが、四方八方から押し潰すような人の波に、徐々に意識が削られていく。


「くぅ……!負けるもんかぁ……!!」


気合を振り絞るも、少しずつ、シャルロッテの足が鈍る。前へ抜け出す力が弱まる。


興奮した男達の、気持ち悪い塊に呑み込まれそうになった寸手のところで、不意に人の壁が途切れた。耳元で炸裂した被弾音の絶叫に頭が揺さぶられるも、シャルロッテにようやく新鮮な酸素が流れ込む。


「ぷはぁ……っ!?」


足下で倒れる男たちは一様に気を失っていた。しかし、急所は外されたようで、流血こそしているが死にはしない程度の慈悲で発砲した人物―――、


「ひゅう!結構やるじゃんパツキンお嬢様、見直したわ♪」


アリアナの声が間近で聞こえた。肩を竦めながら、右手に握られた拳銃をクルクルと回す。どうやら彼女が援護射撃をしてくれたらしい。この波の中を無鉄砲に進まんとするシャルロッテの意地に、称賛のつもりだろうか。


「はぁはぁ……ふぅ……シャルロッテよ、


シャルロッテは肩で息をしながらようやく人混みを離れ、ふらふらの足元のおぼつかない感覚で、それでも強気にオウム返しで言う。


「アリアナって呼んで。さぁシャルロッテちゃん……次はあれを越えなくちゃイケないけど」


アリアナがハンドガンの銃口を差した方向を、シャルロッテはゆっくりと見た。


そちらには、たった今潜り抜けたものとは比べ物にならない程の大規模な暴動の渦があった。道のりはあまりに険しい。二人のいるナルマーン裏市街はとにかく道が狭いのだ。その道の左右には城壁のような石造りの建物が聳え立ち、阻まれるため迂回するのは困難で、正面突破にも暴徒の群れが待っている。


「あんなの走った程度じゃムリだわ……他のルートもない!」


思わず歯噛みするシャルロッテ。苛立った声を上げる。


直後、またしてもアリアナの細い手に左手を掴まれて、針路を傾ける。ひとつの看板が眼に飛び込んだ。


「……こっち!」


左側に伸びる車道の一部が駐車スペース状に拡幅され、そこにスタンドを降ろした派手な原色のバイクが数台並んでいる。その奥に立つパネルには、ぴかぴかと瞬くネオンサインで【BIKEーRENTAL】の文字。


ニヤりとアリアナ、意味はもう明らかだ。


ええっ!?と驚きの声をあげるシャルロッテを宙に浮かせる勢いで路側帯を飛び越え、暴れ交う人々の間を縫うように全力疾走しつつ、レンタルバイクコーナーに飛び込む。見事な身のこなしだった。


並んでいるバイクの中で一番排気量の大きな型。赤い色のリアシートにシャルロッテを放り込むように乗せ、アリアナは前のシートに跨がる。メーターパネル下部に、掌紋スキャン装置を見つけて右手を叩きつけると、エンジンが掛かった。


「ふぇっ?」


後ろで可愛い悲鳴が聞こえる中、アリアナは操作が完全マニュアル構造であることを把握し、グリップを握ると、躊躇せずにスロットルを煽った。


「ふふふ、シャルロッテちゃん、スカートは平気よね?」


「えっ?えっ?!」


内燃機関が甲高く吼え、前輪を浮かせながら、弾かれたように車道へと飛び出した。


「まぁ見られて減るもんじゃないし、しっかり掴まってて!」


今更のようにそう叫び、お腹にシャルロッテの細い両手が回されたのと同じタイミングで、路面を焦がすような右ターン広場に乗るや否や、アクセル全開。連続のシフトアップで瞬く間にメーターは百キロオーバーに。人混みを右に左にかわしつつ、忙しくシフト操作をしているアリアナの右の耳許で女の子が叫んだ。


「ひやああぁぁぁ―――!!!!」


「まだまだ!!ブッ飛ばすから!!」


シャルロッテの絶叫に調子づいたアリアナは、ギアをトップに蹴り込む。カァァン!とエンジンが吼え猛り、スピードメーターの針が遂に二百に迫った。


この速度なら、一キロ数十秒で駆け抜けられる。その間に、少女たちが響かせた軽やかな歓声と悲鳴は、辰組らの記憶に強い印象を刻み込んでいた。



―――総督府ビルの屋上で、そんな脱出劇を俯瞰する銀の娘の横顔には、刃物の、いや高性能の銃のような鋭さだ。


「王選候補者、それに後ろの生徒はまさか“彼”の…………」


やがて彼女は、途轍もなく巨大な建物の屹立、前後に長い流線型のフォルムを持つものや、アンテナような円盤、レーダーのよう突き出るドームを、その高所間を連続で跳び移る。


眼下では車線変更し、リアタイアを派手に滑らせる二輪車がギアを落として再加速、一息に疾風を抜き去っていた。




※※※




「うえぇ!?あたしに手伝いをしろっていうの!?」


シャルロッテがギョッとした顔でアリアナの顔を眺める。裏市街の中を高速で通り抜け、二人がやってきたのは、ナルマーンにある小さな博物館だった。他の集合住宅や店舗と同じく、道の左右に聳える砦のようなビルの一角を利用している場所で、青龍らしい統一感のない景観には、国家の意図が見てとれる。


今は平日の昼間なのだが、こちらに暴徒達はおらず、また暴動を恐れて早めに店じまいしたのだろうか、一般の人達の気配も無い。つかの間の静寂といったところだ。


「だから何回も言ってんじゃーん?いいシャルロッテちゃん、あんな暴動を止めるよりも確実な道……それは新青龍王をとっとと決めちゃうこと」


シャルロッテの不安を知ってか知らずか、アリアナは明るい声でこう続けた。


「つまりあたしを王にすれば万事解決ってワケよ!あたしらが出会ったのもなにかの運命ディスティニー、我が《ファミリー》に受け入れてアゲル!実はこのあと正午に央都で候補者の演説会があるんだ~、休憩したら行こうねぃ♡」


スラスラと言われ、シャルロッテは彼女の勧誘に、むむむ、としばらく難色を示す。しかしそれでいて、王選の候補者=九尾のひとりであるアリアナの提案は、冷静になって考えみれば意味があるように思えてくる。


「……、」


シャルロッテは黙り込んで、ロストゼロの仲間たちを瞼の裏で思い返す。そして機関の第一目標が青龍王国の秩序形成である事、ともあれ今はとにかく、王選による騒乱のなかで、分断された機関との合流が先決なのだ。


(―――ひとり闇雲に動き回るよりは、土地勘もあるアリアナといる方が効率的なのよね。それに、べつに誰が王様になろうとも機関に関係はないだろうし!)


気を取り直して、シャルロッテは前を見た。


次に来たのは、もう聞き慣れた音だ。


バン!! という乾いた銃声が小さな博物館に響き渡った。火薬の弾けるような音だった。甲高い音はシャルロッテの耳を突き抜け、さらに山彦のように空へと響いていく。


アリアナが撃ったのだ。相手は―――まるで最初からそこで待ち構えていたような人物でシャルロッテの方が面食らう。ハトが豆鉄砲食らったみたいなとはまさに今の私なのだろう。


「……へぇ、は余裕で躱してくるか!」


突然の発砲の揺らぎに、肩すらも震わせず、弾丸を回避した、雇われの娘に対してアリアナはほくそ笑む。


「さっすが噂の《銀曜》リナちゃん。追跡されてる気はしてたケドまさかここまで迅いなんてね~、銀の天秤期待のエースは仕事熱心だこと」


「そちらこそ……アリアナ嬢。白竜さんクライアントからずいぶんおてんばな方とは聞き及んでいましたが、大した肝っ魂と能力です。。」


あらかじめアリアナの攻撃を全て理解した上での行動、その事実に気づくまで、シャルロッテには数秒の時間が必要だった。『アリアナ』の能力は《加速アクセル》―――対象の速度を物理法則を越えた速度に変換する、時空強化系異能だった。


なにより、“銀の天秤”―――シャルロッテは、その狩猟団のよく知っていたため、さらに数秒の時間をかけて、目の前の光景を飲み込む。ゆっくりと、銀装束に視線を移していく。


リナの顔に変化はない。


冷めた眼差し、どこか張り詰めた、それでいてどこか寂しそうな気配。華麗に地上に着地する動作も、今もうっすら白い煙が漂う空気も、何もかもが淡々としていて、単なる作業のようだった。


それが、シャルロッテのの感情を爆発させた。


「っ……貴女は敵ですか!?味方ですか!?」


「安直なニ元論ですね、この世界には善でも悪でもない存在がいるのに」


二者の問答の最中に、アリアナは勢いよく弾丸を放つ。しかしリナは身を屈め、やはり何も変化なく、冷めた瞳のまま微塵の感情も出さすに、唇を動かして、彼女は言う。


「《九尾》のひとり、ここで脱落してもらいます」

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深紅の零RE:3『月ノ奇跡篇』 紫音×ふぅみ @Xion-Fumi

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