2-10節「ファミリア・デュエル」

有明。


低く垂れ込める雲を、旭日が薄い黄色に染めている。


古戦場と呼ばれる地、岩と砂ばかりの曠野に点在する、旧世代の遺物である高層建築の廃墟が描く戦闘の痕が描く影は徐々に短くなっていく。


昨夜から続く抗争、あと一時間もすれば夜間戦闘装備も不必要になるくらいだろう。陽光が昇る前に決着は付けたい。スコープを用いた遠距離狙撃は、殺し殺されることの緊張感を削ぐため、アリアナの好むところではなかった。


早く標的のチームが現れないものか、とコンクリートの陰にうずくまりながら嘆息する。もっとも、アリアナと一緒に憂鬱な待ち伏せアンブッシュを続ける三つの部隊の仲間も、まったく同じことを考えているに違いないのだが。


《✕✕✕ファミリー》―――青龍の闇の歴史に必ず存在するマフィアの秘密犯罪組織。率いるはⅧ世後継者、Ⅸ世ボスの地位を約束された少女アリアナ。ファミリー傘下も投入しての今回の戦闘はアリアナにとってはを示せる唯一無二のチャンスであった。


アリアナの周囲に、特に親好のある友人たち五人。全員の内心を代弁するかのように、仲良しグループの一人、小口径の短機関銃を腰に下げた前衛職のレイチェルが小声でぼやいた。


「もぅー、いつまで待てばいいのよ。ねえテイラー、ほんとに《白竜陣営》が来るの?ガセネタじゃない?」


テイラーと呼ばれた、女子にしては大柄な体躯を持つこの九尾ファミリー傘下のリーダーは大ぶりのアサルトライフルを鳴らしながら首を振る。


「奴らはこの一週間、つまり王の退任後ほとんど毎日のように同じ時間、同じルートで狩りに出てンだ。恐らくシマを荒らす狩猟団あたりとドンパチしてンだろ」


「私が自分でチェックしたんだ、文句言うなら殺す……」


レイチェルの、なおも不満そうに口を尖らせる様子に、チームでは最年少娘のジシが毒づいた。


「これならお得意様とデートでもしとけばよかったな~」


「へへ、シェイミ、パパ活女子が本職になってんじゃね?」


狩場の待ち伏せに飽きる美人顔の中衛職に、カーリーが嘲るような笑みを浮かべた。


レイチェル、テイラー、ジシ、シェイミ、カーリー、どいつもアリアナが、マフィア間の抗争において戦場で出逢った《裏の世界の住人》たちだった。


だんだん聞いているのが不愉快になるほどの緊張感の無さも、アリアナにとっては、伝統やら格式やらに囚われる実家の人間に囲まれるよりかは遥かに楽で、また自分自身を開放できる。


「てかさ、今日このあと時間ある?街で逆ナンしようよ」


「あ、うちのボスから聞いたんだけど《四聖秩序機関》っつうのが王国に来るんでしょ?いっちょ外国人でも狙うか、自分を戦士だと思い込んでそうな学生の羊君♡」


「やぁん、寂しい独り身連合ふぁいと~」


「ンだよ、お前も何年も春が来てないくせに!」


あははは、と笑う五人の高く澄んだ可愛らしい声の団欒が流れるなか、アリアナは思った。


ああー、やっぱこいつらと馬鹿して過ごすの楽しいわぁー。


―――いつかこの銃で、ダチの体を吹き飛ばすときがくるかも知れない。その時でも同じように笑ってくれる気がする。


胸の奥でそう呟くと、ささくれた気分がバレルの冷たさに吸い込まれるように、徐々に鎮まっていった。



「来ました、お嬢」


崩れかけたコンクリート壁の穴から双眼鏡で索敵を続けていたファミリーの側近の執事が無線でそう囁いた時には、更に十分が経過していた。


平均年齢17のアリアナ軍団のお喋りがぴたりと止まり、場の空気が一気に緊張する。三方向で待機する分隊も、アリアナの指示通りに待機、精神集中や装備点検は怠らない。


アリアナはちらりと暁の空を見上げた。黄色い雲はわずかに赤みを増しつつあるが、もう光量は充分だ。


「ジシちゃんの読み通りだったわねぇ、テイラーちゃん、確認をお願い」


アリアナの一声に唸りなから、テイラーは中腰で移動すると、壁際で双眼鏡を穴越しに覗き込み、敵の戦力の確認を始める。


「あいよボス。……20と7人……いや、あちらに+8。白竜ンとこの幹部らしき人間もいるがマントを被ってて武装が見えないな」


それを聞いてアリアナはニタりとほくそ笑んだ。


アリアナたちの六人パーティーが潜伏しているのは、少し高台になった場所に建つ前文明の遺構の中だ。ぼろぼろのコンクリート壁や鉄骨が掩蔽物となり、前方に広がる曠野を監視するには絶好の地形である。


ただひたすら、この殺戮の世界で、邪魔者は破壊し続ける。心が石のように硬くなり、流れる血が凍るまで。


標的は《辰組》―――ここで彼らの戦力を削れば、王選においてのファミリーの立ち位置がかなり有利になる。すべてはアリアナが王に選ばれるため、少女は今日もトリガーを引く。


「さぁて、ド派手にぶちかましてやろう!」


光の束を集めたような金髪が靡いた。



曠野の決闘は小一時間続いた。捜敵を任された執事のスコープの中ではファミリーにたいして辰組の残存勢力が必死に応戦している。両陣営との間に崩れかけたビルをはさんで、アリアナが突破口を開くために急接近していくのが見えた。


ファミリー構成員の衣装はシンプルで、特にアリアナ軍団の娘達の勝負服、タランティーノの黒スーツにネクタイはさがながホストのような格好で酷く目立つのだった。


ひとつの銃声で、敵と味方のひとりずつが死ぬ。


アリアナの心臓がドクンと脈打った瞬間、また音が響いた。


「ぐはっ!!」「痛っああ……!!」


一撃で仕留められた方が楽に逝ける、だが実際は、腕や脚の末端部に当たって即死を免れ、痛みに悶える絶叫が塗り替えた。狙撃と鼓動の谷間で、アリアナは心の中で歓喜していた。


―――きたきたきた!


このプレッシャー!この不安!この恐怖!


次々にダチの頭や胸に風穴が空いて斃れていく、そんなの何ほどのもんなのだと?弱い奴から死んでいく、この狂気の世界に身を投じるアンティが「命」じゃん!


そして、あたしはまだ、ここで生きている!!


(最ッ高……!!)


筋力の許す限りの全速で乾いた地面を蹴り、埃っぽい空気を切り裂いて、アリアナは屍の道を疾駆した。


視界左側、身を乗り出してきた敵三人が、サブマシンガンを構えて突っ込んでくる。しかしアリアナ、獰猛な笑みを浮かべ、両足を大きく開いて迎え撃つ。


「いやッほおおおう―――!!!」


前衛が構えたレーザーブラスターの光弾が青白い尾を引いて放たれるが、それらはすべてアリアナの直前1メートルほどの空間で、水面のような波紋を残して減衰する。


「な!?」


「シェイミちゃんは死んじゃったけど、あの子の掛けてくれた対魔弾防護フィールドは継続中ってワケよ!!」


お返しとばかりに実弾系の銃が火を噴き、岩から身を乗り出していた敵にパパパッと深紅の着弾を浴びせた。そして、止まることなく戦場ど真ん中を一直線に、全速力で駆け出す。


正面の視野に辰組幹部の巨漢を捉えた。ごつい装甲ゴーグルのせいで表情は見えない。露出しているのは口元だけだ。その唇は固く引き結ばれ、微動だにしない。黙々とこちら目掛けて駆けるその足取りには、一切の乱れがない。


巨漢の名はアコギ。白竜陣営の《若頭》に認められた重戦士。


「がははは!威勢がいいとは聞いていたがここまで命知らずの嬢ちゃんとはな―――ワシらに喧嘩売ったことをあの世で後悔しろ!!」


アコギもまたアリアナ同様に、戦場で生きれる強さがあった。


恐ろしいまでの装備を積み重ねる忍耐力と、ファミリーの特攻にも冷静に対処するだけの胆力、戦況は不利なのにも関わらず撤退はしない矜持、それらを持ち合わせている。


アリアナはそれでも一直線に猛ダッシュだ。砂利の混じる砂地に転々と突き出す岩や崩れた壁を避け、飛び越え、身を隠すことはわずかにも考えなかった。敵集団のほとんどが、アリアナの姿をすでに補足しているだろう。


曠野に滝のような銃撃が降り注ぐ。だが、アリアナは蜂の巣にならない。瞬間、薄赤い光のラインが、前方にぱぱぱっと視界に入る、弾道の予測線を―――かいくぐる。体を限界まで低くし、すぐさま全身の力を込めて地面を蹴り飛ばし、空に身を躍らせる。


「あッは!雑魚敵の弾があたしに当たるワケないっしょ!」


腹のすぐそばを次のレーザーが通過したが、飛翔するアリアナの軌道と少し高い位置で交差、精一杯首を縮め、飛来した熱線を回避するも、煌めくブロンドヘアの尖端がわずかに接触してぱちぱちと光の粒子が散った。それでも少女は戦場で、笑みを絶やさないでいる。


「あとはオジサン、あんたの脳天に一発ぶちこんで、華麗にドン勝かな~……っ!」


その時、地面に着地したアリアナの眼前を、恐ろしく極太の、直径五十センチはあろうかという血の色のラインが染め上げた。それは間違いなく、アコギの機関銃(ミニガンM134)の弾道レーザーの照射だった。コンマ何秒後に、あの嵐のような連射が襲い掛かってくる。それはニタリと嗤う巨漢の表情からも疑いようのない事実だった。


体に鞭打って、アリアナは地面に触れたばかりの左足をぐっとたわめ、再び全力で跳び上がる。空中でくるりと細体を捻り、ハイジャンプの背面飛びの要領で全身を反らせる。


「ぐうオォりァァァ!!!」


直後、巨漢の咆哮とともに、暴風のようなエネルギーの奔流が背中ぎりぎりラインの場所で荒れ狂うのを感じた。白く輝く実体弾の郡が視界の端を通過し、離れた廃墟のぼろい壁を、さらに一部丸く吹き飛ばした。


「ひゅう♡ヤル気満々で男らしい、ま、惚れはしないケド」


軽口を叩きながら、背中で砂地に着地する寸前アリアナは再び体を捻り、両手両脚で着地、同時に思い切り体を前方に投げ出した。


そして反射的に、アリアナが虚空に叫んだ。


「テイラーちゃん!援護!」


轟音と共に上空死角から、必殺の閃光が空間を貫き、アコギの頭のすぐ隣を通過した。衝撃でよろけたアコギの頭からゴーグルが吹き飛び、粉々になって風化する。


「あいよ!もういっちょ喰らえってン―――」


スコープの中を覗き込んだ直後、投げ込まれた手榴弾によって閃光が世界を白く染めた。大地を叩くが如き衝撃、盛大に土砂を撒き上げ、それらに混じってテイラーの体がひとつ宙に舞い、粉砕した。


―――グッドゲーム!


唇を噛んで苦笑いのアリアナ、退場したテイラーに向かって短いエールを送り、押し寄せる土煙に眼を細目ながら、アコギの視線と交錯した。


左翼から突撃していた軍団の二人も殺られたらしいが、右翼では傘下の援護がある。ジシが敵前衛と交戦しているのがうっすらと目視で確認できた。


「うおおアあぁ!!!/グおおオオァ!!!」


こうなれば、もうアリアナvsアコギの一騎討ちタイマンだ。互いが、獣のように吼えたてる。


アコギがミニガンを限界まで上向け、燃えるように輝くエネルギーの激流を放ってきた。バシュ!! と凄まじい衝撃がアリアナの左膝から下を叩いたが、それをかわし、掻い潜り、射線を飛び越えて―――宙を舞った。仁王立ちになったアコギの、まっすぐ上空へと。


弾倉が空になるまで撃ち尽くす勢いで、アコギは体を後傾させ射線でアリアナを追う。だが紙一重、届かない。背中のレールに懸架されたミニガンでは、真上は射角が取れない唯一の死角になることをアリアナは熟知していた。


落下が始まるとともに、アリアナはリボルバー式ハンドガンを構える。アコギの逞しい容貌、その顔からついに笑みが消えた。歯を剥き出しにして、驚愕と憤怒の混合燃料による炎が眼を灯している。


入れ替わるように、笑ってやる。


獰猛で、残虐で、冷酷な、トリガーを絞った。


あまりに近い距離で、銃口がアコギの頭部からわずか1メートルほどまで肉薄した時点で。


「《デスペナルティ》」


冥界の女神が与えた銃の名を呟くと、光の槍が放たれた。


それは、アコギの顔から胴体へと一瞬で大孔を穿ち、瓦礫交じりの砂地の奥深くまで貫通する。衝撃音が轟き渡り、アコギの巨体は肉塊になって横たわった。


勝利―――しかしアリアナは微動だにせず、銃を構え続ける。


「…………やっぱしか、ジシちゃん“そっち”に買収されてたカンジ?」


背後で、軍団員のひとり、アリアナ達の中では最年少の友達であったジシが、怨嗟を込めた視線で睨んでいた。手には拳銃。


「…………」


何も言わない、それが肯定になる。


たぶん、ファミリーや傘下を一網打尽にするため、白竜陣営のアコギの部隊を撒き餌に自分たちを誘い込んだのだろう。思い返せばこの襲撃ポイントを何日も前からセッティングしてくれたのがジシだった。辰組の幹部アコギが死んだことから、そのポストを横取りするのも目的か。


なにより天涯孤独だったジシにとっては、《家族》に護られているアリアナが妬ましい存在であったのかも知れない。


そのような洞察を、本人に得々と語ってやりたい気持ちを抑えて、アリアナは背中を向けたままに気取った声で言った。


「裏切られることには馴れてるわ。結局、あたしの友達なんてここには絶対にいないってワケ。ざまあないわ、やっぱこんな家業クソね~」


言葉に、ジシは腹の中で妬み、憎悪を爆発させている。その感情が醜悪であることを理解しながら、いままでそれを隠し、上辺の笑いに紛らわせてきたのがもう滑稽で仕方無かった。


ジシは小さな全身を強張らせ、噛み締めた歯の間から細く、熱い息を吐き出す。


「……ふふ、ははっ……!そうだねクソだよね……!?なら早く死ねよアリアナ、来世では普通の学生とかに生まれ変われるようにお祈りしながらさぁ?きっとお前、金髪でかわいいし脚も長いからモテるよ!羨ましいなぁこのメス犬が!」


無骨だが、闇そのものを凝縮したかのような、冷ややかなブラック・メタリックの輝きに惚れて、ジシがアリアナと一緒に選んだ銃―――《ベルベット》を抜き出す。


予め装填してた初弾を、緩やかな動作でじゃきっとスライドを引いて、右手でトリガーを絞る。


「死に晒せぇ、偽りの勝利者ァァ!!」


スライドがブローバックして、発射炎が黄色に輝いた。甲高く乾いた炸裂音に被さって、ジシの罵りが乗せられた弾丸が一直線に貫いた。


バン!


刹那、アリアナの世界は―――。


ジシが反応した時には、彼女はもう後ろにいた。はっ!と振り返る間もなく、目にも止まらぬクイックショットがアリアナの愛銃から光を散らす。


アリアナの目の前で、友達だった娘が、口を開けたまま、眼を丸くして凍りついていた。地に落とした銃、血染めの手がのろのろと持ち上がり、胸の風穴を掴むような仕草を見せた。


終戦と思われたところに二度の銃声、呆気に取られる周りの人間たち。幾つか響くは失笑、ファミリーに楯突いたジシへの嫌味な台詞を吐き散らす。


しかし、アリアナはもうそれを聞いてなかった。アリアナはしんとした静寂の中で、息の根が止まった友達、全ての視線を死体に向けた。


またあの世で遊ぼうシーユー・アゲイン


アリアナは愛銃《デスペナルティ》を戻し、水平に構え、そのままゆっくりと体を回転させ、大きく息を吸い込んだ。


―――これが“日常”。


だからあたしは、こんなクソッタレを捨てて生まれ変わるために、《王》になるんだ。


アリアナは一足先に戦場を去ると、勝利感と、それを倍にする焼き付くような飢えを味わっていた。舌が動かず、水気の失せた口内で、小さく縮こまる。連動して、目頭が熱くなった。


「グスっ…………」


すると後ろから老年の執事の声。傘下のグループを撤退させると、ボスの一人娘である彼女の下に近付いてくる。アリアナは懸命に涙を堪え、殺しによる発作の予兆を押し遣った。


「……流石はお嬢、やはり貴女こそが次期Ⅸ世のボスにふさわしい器ですぞ。玉座などは他の尾にお譲りし、そうですな……まずは戦いのあと急に冷静になって泣いてしまう悪癖を矯正する自律訓練でも致しましょうか、ふふふ」


アリアナは、この薄気味悪い執事の名前を知っている。このファミリーで唯一気を許せる―――少なくともさっきみたいな寝返りだけは絶対にしない存在であり、幼少からこの世界では師弟と言っていい間柄だ。


ようやく動悸が収まったのを感じながら、アリアナはわずかに微笑み、眼を擦って、答えた。


「うるさいっ……こんなつまんねえ実家でボスするくらいなら、いっそあたしが王になった方が百倍ましだし。―――セバスチャンはあの子達の後始末してきて…………


呟いた声は、泣き疲れた子供のように、頼りなく掠れていた。





四聖秩序機関・特務部隊《ロストゼロ》所属のあたし、シャルロッテの意識が覚醒した瞬間、かすかな違和感を覚えた。


空が一面、薄く赤味を帯びた色から、青色に染まっていた。私たちが乗車していた《インビジブル》内の時間は現実と同期していると聞いてたのに、もう朝焼けが眩しい時刻なのだ。


しばらくあれこれ想像してから、私は肩をすくめて思考を打ち切ることにした。


(列車が不時着してから半日のズレ、なんか考えたら怖くなるけど……べつに身体の不調はなさそうだしいっか―――)


改めて、眼前に広がる青龍王国の中央都市「ナルマーン」の威容に眼を向ける。奇しくもここを、機関は演習の拠点とする手筈で整えていた。


さすが多民族国家の雄だけあって、その佇まいは、白虎リューオンに新設された機関セントラル街区や、かつての演習で訪れた玄武コーネリア市の街並みとは大きく異なっている。

飼い慣らされた竜種の走る大通りには香辛料をきかせた中華系料理の屋台が並び、威勢のいい売り子の声が旅人達を出迎える。大路を行き交う人々の顔立ちも様々だ。東西文化の交差点―――授業で指揮官が話していた、その言葉通りの場所だろう。


活気があるのは街の“裏”側も同様だった。


メタリックな質感を持つ高層建築郡が天を衝くように黒々とそびえ、ビルの谷間をネオンカラーの広告が賑やかに流れ、地上に近付くにつれそれらの数は増していた。


そして此方は、行き交う人々も、一筋縄では行かない雰囲気を持った連中ばかりだった。圧倒的に男が多い。比較的男女比率が平等の機関をホームにしてたせいか、あるいは指揮官の彼がわりと清潔感ある男性だからだろうか、迷彩のミリタリージャケットや漆黒のボディアーマーをまとったゴツい男たちが大量に闊歩している光景は実に圧迫感があった。はっきり言えばむさ苦しい。どいつもこいつも目付きが剣呑で、勢力争いにエネルギッシュに思えた。


(あれ……どこかの《九尾陣営》の人らよね、王選で殺気立ってるっぽい、というかどこかに向かってる?しかもあれは……銃!)


どかどかと行進する男達に気圧されながらも、大抵が腰や肩に黒光りさせている武器、銃をぶら下げていることに気づいた。王国は銃社会。戦い、殺し、奪うという先鋭化された要素は、王政になってからも完全には消えていない。戦場で敵を怯えさせるための、獰猛な兵士としてのパロメーターなのだ。


その時、ドバン!! という轟音がいきなり街に響いた。


道路に面したウィンドウが一斉に砕け散っている。発砲したのではなく、石を投げたり、バットや鉄パイプで殴ったのとも違う。何十何百もの人の手が一斉にガラスを押して、その圧力によってガラスが内側に砕け散ったのだ。


明らかな異常事態に、私はすぐ原因を理解した。


「とっととあの鯨の化け物を退治してくれ!」


「ドラグノフ王はいつまで不在なの?!その間に外国が侵略してきたらどう責任取ってくれるのよ!」


「王政反対!ためらうな、俺達には九尾がいる!」


何百人という大人数が一斉に王室の管理下にある建物へ入り、あっという間に暴動の空間へと変貌させている。シャルロッテには彼らの言葉の全ては解らないが、感情のニュアンスだけが異様に生々しく伝わってきた。


その中で、いくつもの悲鳴が重なって聞こえた。周りには小さな子供や女性もいた。しかしシャルロッテがそちらに行く前に、先ほどの男達が足を使って蹴飛ばすようにドアを閉めると、殺到する人の渦を、見事に扇動する。


「白竜!白竜!白竜!」


白竜陣営「辰組」が好き勝手に暴動を誘発しているのだ。


(どうすれば……こんな時にがいてくれたら的確な指示をくれるのに……!)


吐き捨てたシャルロッテは、ギリギリと奥歯を噛む。


(結局、苦しんでいるのは勢力争いや政治の板挟みになってる人達だけじゃない!こんな流れを無視なんて出来ない、民間人が巻き込まれているのよ、助けないでどうすんの、弱気になるなあたし!)


シャルロッテは左右に高い壁がそびえる裏通りを駆ける。


どこかで野太い男の叫び声が聞こえた。ガラスの割れる音が耳にこびりつく。甲高い泣き声は誰のものだろうか。ガスがガソリンに引火したらしく、爆発音まで響いてきた。


暴動の大雑把な標的は総督府のビルだ。いずれにしても、当初の目的などはすぐに忘れ去られ、ヤクザに紛れてただ暴れていたいだけの人間が街に溢れ返るだろう。


なら、この災いの根っこを一秒でも早く叩き切るには、なにが必要なのだろう?


「―――へいカノジョ、ここは初めて?どこ行くの?」


綺麗に澄んだ声で言うほの口許には、わずかな微笑。黒スーツに硝煙のニオイを染み付かせる金髪ロング赤目の少女、古戦場から凱旋したアリアナが、金髪ツインテール碧目のシャルロッテを、なぜかとても運命的ナンパっぽく呼び止めた。

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