2-7節「ようこそ戦国へ」


光の渦に包まれ、浮遊感、次いで落下感覚に襲われる。


無限の中から、徐々に世界が姿を現す。



思い返せば、こんな経験は一度あった気が……。


そう、確か蒼の導きで異世界トラヴァースに喚ばれた時だ。



当時の記憶は“式の理”により殆ど消されているが、恐らく二年ぶりに味わう感覚刺激が、全身の神経を甦らせていくのを感じながら、現実空間へとぐんぐん近づいていく―――。


雷光めいたノイズは時間や座標軸の差異を取り戻させるように視界のそこかしこを這い回る。


 そして、また。


猛烈な落下状態に陥る、途方もない暗闇を落ち続けていく。


機関員らの悲鳴が、むなしく虚無の空間に吸収された。




中天に架かる巨大な月が、深い森を蒼く染め上げている。


青龍の夜は短いものの、まだ曙光が射すまでにはずいぶん間がある。


嘆きの森。そう近隣の人々から呼ばれる深い森の山道。樹齢何百年とも知れぬ節くれだった巨木が、周囲に天を衝く勢いで伸び、四方に枝葉を広げている。梢を透かして見えてくるのは、星屑を散りばめた黒い空、真上で金色に輝く巨大な月。


辻本ダイキはそこで目を醒ましていた。


虫の声、夜鳥の歌、遠く響く獣の遠吠え、鼻腔をくすぐる植物の香り、肌を撫でていく微風、全てが五感に訴えかけ包み込んでいる。ここはまごうことなき青龍王国の地だと。


十分ほど歩いた道中。辻本は眼を閉じてひとりごちだ。


(……指揮系統は完全に崩れてしまったか、COMMがあるとはいえ電波が繋がらないんじゃただのカメラだ……そしてなにより今の俺には―――恐らく。)


最初は安堵感による緩みかと思っていたが、どうにも神経系を駆け巡る五感を越える、物事の本質を掴む働き、いわゆるインスピレーションや直感、霊感などの機能が弱まっていることに気付く。


長きの剣の道のりの結実と、魔女マナの修業で辻本のそれは、普通の人間が得られる情報量を圧倒的に越え、また高精細さがあったのだが、インビジブル不時着の影響、虚数空間から無理やり抉じ開け現世に堕ちたための“酔い”のようなものが残っているようだった。


そのため、現在の他の状況がまるで把握出来ていない。


「皆は無事なのか……ッ」


唇からうろつな声が漏れた。


これまでの経験と推測、そして研ぎ澄ませた五感を頼りに、夜の山道を進みながら改めて周囲を見渡す。巨木の連なりがひたすら続くばかりで灯り一つ見えない。


俺はふと、天紅の門下生時代を思い出した。


カイエン師との山籠り稽古だ。あの頃はもっと切迫して生きるか死ぬかの状況だったが、姉弟子イシスと共に食料確保のため危険な場所に踏み入れたことも何度あった。


山で人の痕跡を探すのは、それほど難儀ではない。


焚き火や足跡、狩りの跡も重要な手がかりになる。特に、ここ青龍では古来、猟獣を使っての狩りもするため、野性動物などの痕跡はより価値を持つ。


程なくして人の残した痕跡を見つけたが、しかしそれは想像していたものとは随分と異なっていた。


「野営の跡……いや、これは」


斥候部隊の活動拠点―――。


そこで、近づいてくる気配に気付いた。


少なくとも二名、明らかにこちらを狙っている。手慣れた硬質の殺気だった。気配は近くの暗闇まで接近し、そこから動かなくなる。


「……出てきたらどうだ?」


敵対する意思は無いことを示すため、俺はわざと腰に差す太刀に手を付けずに言い放つ。すると暗闇の中から、二つの影のような存在が音もなく姿を現した。隠密行動に適した黒い装束で顔と身体を覆う彼らだが、露出部の肩や頚に「白き竜」の刺青が描かれている。


九尾の筆頭、「白竜陣営」の構成員か―――。


俺は胸の中でそう確信しながら、常に前と後ろ、挟み撃ちの形を取られていることを警戒する。


「良い洞察力と千里眼だ、《機関》の雇われ指揮官よ。王選の渦中においてはお前たちも他の陣営同様に要注意だとお頭から言われている」


「いずれにせよ、ここで無様に骸を晒せ!」


白竜陣営、それもおそらく並の構成員でなく幹部の達人クラスの使い手だ。と考えた次の瞬間に、尖兵の二人は俺に向かって駆け出してくる。


ほぼ予備動作の無い不意を突く動きで、俺との距離を一気に詰めた後、流れるように反りのない小振りの刃物ヤッパ、身なりから忍刀ともいうべきものを抜いて斬りつける。


俺は、暴力団のイメージのあった陣営とは随分と乖離した得物に驚きで一瞬目を見開くも、しかしすぐに体勢を整え、太刀に手をかけた。


「“伍の型・螺旋鉄火”!」


抜刀から放たれるカウンターの一撃。相手の動きを見切り、流し、反撃する。一瞬にして二つの影の攻撃を捌き、その体勢を見事に崩した。


本来ならばここで追撃を加えるべきだが、俺はただ疑問を含んだ視線を二人に向けた。


「……動きを見ただけで感じる、あんた達は相当の手練れだ。一体なにを目的に……」


そこで一度言葉を切り、視線に力を込めて続ける。


「まさか、この森の奥には他の《九尾》の者の領土が?」


半ば問いを予測したように、二人は僅かな沈黙の後に答える。


「ああ、お頭ががいる」


言って、二人はいつでも突きを放てる姿勢で刃物を水平に構える。先ほどは遅れを取ったが次はそうはいくまいという意思を孕んでいる。


それに応えるよう、俺もまた中段に構え直す。


今まさに戦いが再開されようとした、その刹那―――。


鬱蒼と立ち並ぶ巨木の上で、オレンジ色の閃光がちかりと瞬いた。


「シノギ!回避だ!」


覆面の男は咄嗟に叫ぶ。直後、暗闇の上空から、一機の小型偵察機が、地上のもの全てをなぎ払う勢いで機関射撃を行ったのだ。木の葉の隙間を貫いて、火線が猛烈に降りかかる。


完璧な不意打ちだった。角度も、距離も、仕掛けるタイミングも。同時に驚愕する二人の顔を見るにこの急襲は予定外だったのだろう。だとすれば別の陣営の手先の可能性が高い。


上空から迫りくる不可避の機銃掃射に、白竜陣営の幹部たちは十分な強度の誇る木陰に身を潜めた。一方、辻本の周辺には、砲撃を振り切れるものが無かった。


「ぐっ!うおおおおッ!」


咄嗟に俺は、体を捻り後ろへ転身、そのままの勢いを刀に乗せて振るった。


襲いくる散弾の勢いそのものは殺さず、あくまで方向を誘導するように繊細かつ強靭な力を加えた。ギリギリの迎撃タイミングだったが、弾は俺の身体を掠めることなく逸れていった。


方向が大きく反れた弾丸は木々に向けて、進路を変える。


航空機の飛来した方角が僅かにでも違っていたら、確実にこれまでだったであろう。迫りくる轟音に気付く前に終わっていた可能性もある。樹海の地形と風向きに救われた、と俺は胸を撫で下ろして、彼方の夜闇にそびえる小型シップを見定める。


「……派手なおもてなしだな……、青龍人の熱烈歓迎文化は有名だがまさかここまでとは勉強不足だった」


なんて軽口を叩くも、奥で並ぶ尖兵二人は余裕無く顔を強張らせ歯を軋ませていた。


「クリスタリリィ財団……姑息な手を……!」


その名前は大陸有数の資金所有を誇る財団だった。王国入り前に集めた情報によると、財団を率いる令嬢が候補者として名乗りを上げており、持ち得る資本金を巧みに動かして自分の立ち位置を磐石にしているそうだ―――。


「連中にも軍とのコネクションがある、あの飛空挺は中古品で買い取ったブツだろう……こっちの本拠地なら対空砲射撃フリーガーファウストをぶっぱなしてやったところだ!」


異種陣営同士の暗闘。時刻は深夜ということもあって、そう大人数の部隊は現れないだろうと予想していたのだが、白竜側は見事にその油断を突かれてしまった。


意識は完全に上、北西の方角の財団飛空挺。そして今まさに、興奮を隠しきれない口調のシノギが遠距離魔法を詠唱し、墜落させようという、その時だった。


「奥義……《幻想入り》―――」


突然後ろの灌木の揺れと共に、鈴のような心地の良い、心身に沁み込むようなゆったりとした声。刹那、月の光すら呑み込まんとする黄金の一閃が空を切り裂く。


それに阻まれ、シノギの魔法は標的に届くことなく止められてしまった。それだけではない―――。


「なっ!?」


俺と白竜幹部の双方が吃驚する。甲高い金属音から爆発音が響き、先程まで制空権を握っていた財団飛空挺がのだ。


それは俺達のすぐ横をすり抜け、空中でゆらゆら錐揉みしたと思ったら、派手な音を立てて森の何処に墜落した。


(なんだ今の太刀筋は!目の錯覚じゃ……ないよな……!)


俺はどこか楽し気に、新たに現れ現実離れした芸当を魅せた人影に注意を向けた。白竜陣営のカタギも、予想外のことに動きが止まり、呆気に取られて乱入者を凝視した。


「女狐の懐刀…………ユエ!」


どうしてここにいるのかという疑問の視線が含まれている。


そこにいたのは、《霞》の異名を持つ女剣士『ユエ』だった。


紫の着物にショート丈の羽織とレザースカートを合わせ、腹回りのファンタジーな装飾は深窓の佳人のような印象を与える。


瞳は月光を浴びるが如く光を湛えていたが、すぐ前髪が半分覆い隠れてしまった。初対面な俺から見ると、視線を遮るそれは戦闘をするには邪魔なように思えたが、彼女は気にした様子もなく黙々と夜戦の空気に耽っている。


「…………辺鄙な里に千客万来……ですね……。ここは我々の領地ですので……静粛に……お願いします…………」


物静かな口調、露出も少なめ、黒っぽい濃紺の髪のメカクレからは戦場よりも美術館や図書館の方が似合いそうだ。


だが―――左手には底冷えするような異質の存在感を放つ黄金の大太刀。間違いなく、先ほどの一撃を放った張本人である事を裏付けていた。


刀身には細かな紋様が刻まれており、黄金の刃からはように異質な魔力が主張している。そんな幻想的な刀身を繋ぐのは紺碧の柄。品格と美しさを兼ね備え、金の刀身と鮮やかな対比を成す。


(凄まじい刀だが、それだけで今の一撃が成せるとは到底思えない……あの技、恐らくは《妖術》の系譜、加えてあの腕前は間違いなく《剣仙》の域に限りなく近いはず……!)


剣や刀使いが到達できる限界の“先”の領域。


思わず相手を凝視する辻本。対して両目隠れの剣士は照れ恥ずかしそうに視線を外した。どうやら人と話したり目を合わせたりするのは苦手な性格のようだった。


「……クク。霞の相手は手に余る、敵性戦力の大方は把握したのだ、ここは潔く退くぞ」


苦笑したカタギが、相方のシノギに告げる。彼ら白竜陣営と遭遇した時、最初に言っていた偵察は達せられたのだろう。


「だな。正直そこの小僧ともタイマンで勝てる気がせん。若いくせに大した胆力だった……名を名乗れ」


襲撃して大暴れしておきながらこの言い草は、俺も笑うしかなかった。


「辻本ダイキだ、よろしく……って感じではないが、王選中はまた顔を合わせるかもな?」


だが、殊勝な態度には俺も誠意を込めて対応する。右手の刀をさっと左右に切り払うと、鞘に音を立てて収めた。先ほどまでの死闘の気負いがいつの間にか抜けてしまっているようだ。


「なに、すぐに王は決まる。俺達には一千万で雇った“本物”の戦争屋がいる……この抗争ドンパチ、《辰組》に敗けはねえ」


「霞の、怪しの主にも伝えておけ、尾の新参が余りゴチャばかりしやがると落とし前が高くつくとな。」


言うと、二人は音もなく闇に消えていった。がさり、と一回樹の梢が揺れ、暗い夜空へ溶けるように遠ざかっていくのが僅かに見えた。


あとには俺と、白竜陣営が最大限に警戒している陣営、そこの懐刀らしいユエだけが残された。


(1000万Gゴールド……そんな巨額を契約に動くのは―――ふぅ……あとはこの人か、敵意はまったく感じないが……)


俺は再びわずかに緊張しながら、彼女の顔を見た。するとユエの方が興味深そうに小さな声を響かせた。


「あの……もしかして……天紅月光流の……?二ヶ月ほど前に……初対面でいきなり仕合を申し込んできた……流浪の剣士の方から聞きました。零組の旧友には凄腕が何人もいて、ひとりはあの天紅の使い手だと…………貴方のことですよね……?」


やや上気した頬で訊ねてくる。


「あ……はは、それ言ったの太田ですね?彼らしいというか、剣の修行ついでにナンパとかされませんでした?」


にやりと、いかにも冗談っぽく笑うと、ユエはやや慌てて顔を横に振った。


「……剣術歓談は……本当に楽しかったです…………《鷺月ろげつ流》、私が常々夢想しております流派も……認めてくれました……」


桜色の唇がゆっくり綻ぶ。花のような、という言葉でしか表現できない微笑。淑やかな雰囲気を纏うユエだが、鷺月流という実在しない流派の剣をのだ、その実力は疑うまでもない。


そこまで思った途端、不意に電撃のような天啓に打たれ、俺は喘いだ。森の深奥の方で微弱だが魔力が感じられたのだ。互いに警戒も忘れていたのだが、思考のギアを上げた俺は、予感めいたものに突き動かされもう一度、特務部隊用の特製魔導携帯端末を取り出す。


「ちょっと失礼……ッ、これは……!?」


さっきまで電波が受信出来ずオフラインモードだった画面に、ある反応が表示されていたのだ。俺と部下6名に配備されたCOMMの実機検証用機能、二回のネメシス戦で繋がったあの感覚ゼロオーダーが確かに共鳴を起こしていた―――それはすなわち付近にロストゼロの誰かがいるという証明である。


あるいは、虚数空間からの不時着というアクシデントによってデータがバグっていたり、システムが不安定になっている事も考えられるが、俺は出身国である朱雀が数十年をかけて鍛えたスキルの熟練度、魔導国家たる技術力を信頼した。他の幾つかの機能は欠損しているが、別の端末と共通しているならば。


(……少なくとも教え子達とは合流出来るはずだ!)


ひとまず俺は、安堵のため息をついた。一方のユエは、きょとんとした顔でこちらを見ていた。


「…………?」


「ユエさん―――その先に俺の大切な仲間のひとりがいる可能性があります、どうか道を通してはくれませんか!?実は俺たち機関は……」


俺は対面の剣士に、四聖秩序機関がネメシス討伐の任を受け王国入りする最中、特別列車が襲撃されメンバーが散り散りになってしまった、その経緯をかいつまんで説明した。


だが、辻本の言葉だけでは、簡単に納得はしなかった。


「すみませんが……それは……看過致しかねます……。怪しの里には何人も立ち入らせてはならない…………天狐さんから承った私の役割なので…………」


言って、ユエは大太刀を今度こそ翳した。近代の剣道にも色濃く受け継がれている一刀流術、剣の切っ先をゆらゆらと動かす「鶺鴒セイレイの構え」を取る。


「くっ……!(太田の妖刀術と似た動き……)……だったら、全力で押し通らせて貰うだけです!」


俺は再び太刀を引き抜き、瞼を開くと、リズミカルにランダムな調子、小刻みで軽快に振るわれる剣先を視線に捉えた。


虚と実が入り乱れ心を揺さぶる“舞い”、やがてユエは、くるりと振り返ると、美しい装丁のような鞘に逆手をかけ、黄金の大太刀を右手に―――そこで動きを止める。


「得物の名は《宿無し》……」


ユエの両の眼を覆っていた前髪が、剣圧でふわりと浮いた。静止した霞の剣士の長い睫が震え、静かに開いていく。


「奥義、“幻想入り”―――」


夜空のように深い蒼色の瞳が、


「はッ!」


俺は動けなかった。声が出ない。瞬きすらできない。


黄金の太刀がだらりと地面を走る。斬る、と威勢のいい言葉には当てはまらない、動きに気合というものは無かった。彼女が発した通り“入る”の方が正しい表現だろう。すっと重心を前に移しながら、左足を前に―――シュワン! という衝撃音と共に女性の姿が掻き消えた。


(……幻術か!?―――いや、違う!)


今までどんな敵と相対しようとも、その太刀筋が見えなかったことはない辻本の眼ですら追いきれなかった。


「“火織ひおり”!」


慌てて太刀と共に首を右に振ると、遥か離れた場所に彼女が低い姿勢で停止していた。太刀を真正面に振り切った形である。俺の放った壱の型の汎用剣技によって、小さな残り火が漂っている。


―――だが、傷を受けたのは俺だけであった事に、激しく戦慄した。頬に軽めの切り傷で済んでいたのはユエの手心だろう。いまだかつて眼にしたことのない次元の太刀筋を見た衝撃で全身がぞくぞくと震えた。


この世界で剣士の運動速度を決定しているものは唯一つ、剣に対する脳神経の反応速度である。眼前の相手の行動にパルスが発され、脳がそれを受け取り、処理し、運動信号としてフィードバックする、そのレスポンスに魔力系統が結び付き、それが速ければ速いほど人間の動きも上昇する。生来の反射神経に加えて、一般的に長期間の経験によってもその速度は向上する。


自慢ではないが俺は零組の中でも五指に入る慧眼の持ち主と称されている。幼少から長年鍛えた反射神経と、二年に及ぶ零組の戦闘経験で、一対一ならばどんな相手にも一方的に遅れは取らないと近頃は自信を深めていたのだが。


それでも、彼女の鷺月流の全てを理解しきれ無かった。俺は何がなにやら、ただ呆然に笑みを溢した。


「私の太刀は……外道にして外法……」


ユエは、唖然とする天紅の剣士に、再び剣を構えつつ振り向いた。前髪は眼を隠し、華奢で、優雅で、美しい影、だが冷徹に鋭さを覚醒させている。


「しかし……語る言葉を持たぬ刃は、いかなる怨嗟も呪詛も黄金の一閃にて振り払い……生々流転の証しとする……」


宵闇に染まる空と、その彼方に霞む世界に立つ剣豪の顕示に、思わず息を呑む。


なるほど確かに、これなら誇りたくなると辻本は想った。


今まで何度も“魔剣”や“宝刀”と呼ばれる類のものを目にしてきた眼が直感的に見抜く、あれはとんでもない業物だと。


「最後警告です…………次は…………本気で取りにいきます…………」


ユエは圧し殺した声で言う。


「今、この地には私を上回る猛者が数多……王選のため凌ぎを削っております……半端な覚悟では、とても生き残れはしない…………」


「聴こえますか?……ひしめき合う竜たちの宴の咆哮が……そこに踏み入るのならば…………歓迎しましょう…………」


抑揚はないが、まるで本の語り口のような調子で、饒舌に呼び掛けた。


「ようこそ、戦国へ」


その台詞で、辻本の瞳に、周囲を焦がすほどの炎が宿る。


どうにもならない窮地に陥った時の反応は各々だが、辻本ダイキの瞳に浮かんだぎらつくような光の輝きは、ユエがかつて見たことのないものだった。もう覆しようのない状況に抗い、懸命に突破の道を探ろうとする意思がそこには渦巻いていた。


「青龍演習においての最初の洗礼が貴女で良かった……」


俺は無意識に感謝の意を囁く、そして漠然とだが、を解っていた。まさかとは思いつつも、足下からじわりと闘志が沸き上がってくる。


―――君の前で、“二度も”無様な仕合は見せられないよな。


俺はニッと笑って見せた。そしてひとつ深く息を吸ってから、刀の切っ先を相手に向ける。


「剣士ダイキ、いざ参る!勝負はここからだ!!」




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