1節「リューオン夏至祭」


六月上旬―――玄武での演習から半月余り。


日没後のリューオンの情景は煌びやかであった。


「夏至祭」―――ここ白虎国では重要な帝国民の祝日であり、一年で一番日の長い夏至と暖かな季節の到来を祝うものが開催されているためである。


月光と深海の古都、と呼ばれるリューオンの夏至祭は白虎国内でも特別で、高台からライトアップされた街並みを堪能できる夜からが祭の本番だ。


目玉となるのは「灯籠流し」という行事で、書本によれば死者の魂を弔って灯篭や供え物を川や海に流すというものらしい。歴史的にリューオンはもともと大規模な戦争地であったため、いまもなお残る傷跡や犠牲者たちを忘れないため、こういった風習が続いているそう。


朱雀でも「送り火」という似たような意味合いを持つ行事があり、夏祭りや花火大会と合同で行われるという点でも、国柄は違えど本質的な解釈は同じようだった。


そう―――今日はお祭りの日。


「玄武演習での見事な活躍、そのささやかな褒美だ。四聖秩序機関の候補生、指揮官、職員の皆には夏至祭を存分に満喫できる休暇をやろう!」


そんなロクサーヌ所長の言葉に、生徒達は一様に歓喜した。




夏至祭の幻想的な飾りつけの明かりが街区や波止場を彩っており、一望できる湾内には無数の篝火が焚かれて、今日のために帝国内外から訪れた観光客などがそれを見ながらうっとりとしている。


艶やかな浴衣姿の人々が、いたるところで出店している屋台に群がるなかで、特に参道のように展開する大通り、両側にズラッと露店が並んでいる光景に、辻本ダイキは機関指揮官制服の白コート格好のまま訪れていた。



「―――ええっと、さすがにこの状態で縁日を歩くのは。普通に生徒たちも来てますし、見られるとかなりまずい気が……」


困惑の反応に右隣の青髪の女性が、何故まずいの? と言わんばかりの顔で、辻本の右腕をぎゅっと引き寄せる。


「指揮官くんは前回の演習には参加できなかった私たち姉妹のこと、もうどうでもよくなった?」


と熱視線を送ってくるのは『ソフィア・マノ』。カールした薄青の髪と同色のやや小さく三白眼気味で垂れ目で、ジッとりと見つめてくる。


「むむ!お姉ちゃんだけずるーい!指揮官さん、もっと私の方に寄ってくださいよ!」


本気なのかからかってるのか判別のつきにくい口調のソフィアから横取りするみたく、左手側に辻本をぐいっと引っ張っるのは姉妹の妹『アネット・マノ』。赤のふわふわ髪を後ろで結んだポニーテールが特徴で、知的系美人クールビューティーな姉とは対称的に溌剌系女子アクティブガールな機関職員だ。


「ちょっと二人とも……!」


狼狽する辻本だったが、その後姉妹は、こちらの予想をさらに超えた行動にでた。


「今夜の相手は私たち、ね?」「両手に花ってやつです☆」


ソフィアとアネットはその細い体で辻本を挟み込む。姉妹ともに身長は高い方なだけに、抱き着く彼女たちの顔はつま先立ちの状態で辻本のほぼ真横だ。声は耳許で囁かれ、くすぐられるような感覚を全身に叩き込み、辻本は羞恥に顔を赤く染める。


右腕、左腕から伝わる柔らかな感触と、漂う良い匂い。しかも二人は振袖という男心をイヤでも燻る艷姿だ。普段の職員制服とは違う雰囲気に圧倒されてしまう。


「っ……せっかくのお誘いですが、仲睦まじい姉妹に男が混ざるのは非常に危険そうなので遠慮させていただきます……!」


やや怯んだ様子だったが、すぐに“勁”と呼ばれる氣技を利用してあっさりと絡まる腕の片側を振りほどいた辻本。その動きに驚きながらも、


「わわ……!へぇ、やりますねぇ辻本さん」


と返すアネット。可愛い悲鳴を上げた妹に笑いかけソフィアも満足げな様子で抱擁を解いた。


「もう、つれないヒト。耳でも甘噛みした方が好みだった?」


そして艶っぽい目付きで、氷の乙女は自分の小指を軽く舐めて蠱惑的に微笑む。からかわれてると分かっていても、いまだ顔の熱さが消えない辻本は突っ込んだことが言えない。


「それ、間違っても候補生の男子にしないで下さいね。確実に彼らの青春が壊れますから。」


せめて精一杯に真面目なトーンで二人を諭してから、祭前日にロクサーヌ所長に押し付けられた「見回り」を本格的に始めるのであった。



以下、オムニバス形式。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

①リューオン大通り・縁日


マノ姉妹のからかい挟撃をなんとか凌いだ俺は、ゾロゾロと人混みが進む方へ向けて歩き出した。家族連れ、カップル、友人グループと様々な形で夜の月が照らす祭を楽しむお客達。地元の白虎人も、こういう場では外国人旅行者を受け入れているようだった。歴史上で何度も衝突する四大国だが、戦争が深刻化していた当時のことを知っている年配の人々はともかく、今を生きる若者たちにその様な感傷はあいにく縁が無いのだろう。またこの風景が、白虎帝国の対外的緊張関係と自国軍事力への「余裕」さえ感じさせる。


―――いけない。自分自身が「朱雀人」ゆえか、それとも次代の少年少女らを教え導く「指揮官」の立場だからか、どうしても祭りの熱気や会場の雰囲気に合わない考えが過ってしまう。


辻本は内心の視座を切り替えるため、何度か強く瞬きをして、瞼の裏の残像を剥ぎ落とす。


幸いなことに、指揮官制服を纏っているとはいえ、周囲からの視線は大して痛くはなかった。それどころか四聖秩序機関の活躍が民衆に知れ渡りつつあるいま、朱雀の英雄として出張してる身分の自分にさえ、暖かな声をかけてくれる人々も多くなってきた。


 ある程度風情を楽しみながら歩いたところで、道端に並ぶ屋台の中で俺は機関候補生のグループを発見する。


「やっぱお祭りといえば買い食いよねー♡」


幸せのオーラ全開な声の正体はシャルロッテだ。手には定番のりんご飴が握りしめられている。周りでは他クラスのモナカやユイリカといった候補生女子もちらほら。 


(へぇ、シャルロッテは浴衣なんだな。思えばこの娘は私服といいかなりファッションにこだわりがあるみたいだが……)


俺は視線を上げる。


光沢のある赤い生地に白の浴衣を身に纏い、いつものツインテールではなく結び上げた髪と揺れるかんざしは年相応の可愛らしさを醸し出していた。


そんなシャルロッテの目を惹く可憐さに、辻本は上官としてなぞの誇らしさすら感じてしまう。


「シャル、あのふわふわなに?」


遅れて、抑揚のない声でメアラミス、だが興味津々な顔で反対側に構える屋台を見ながら訊ねる。彼女の言うふわふわとは綿菓子の事だ。溶融した砂糖を綿状にしたお菓子である。


「あ、メア!ひとりで行ったら迷子になるってばー!」


まるで引率者のようなテンションにメアラミスはちいさな顔を顰める。同行していたモナカが「なにその関係尊みだわ」と冗談半分で弄る反応をすると、


「ふふん、なんたってあたしはメアのおねえちゃんみたいなものだからね!」


自称姉のシャルロッテが、実に彼女らしい台詞を口にした。


ここでようやく指揮官の存在に気付いたシャルロッテが、元気よく手を振った。メアラミスも手短な挨拶を込めてコクりと頷いてみせた。


「こんばんはー辻本指揮官!」


「やあ、ここは随分と賑やかなんだな。というかメアラミスも浴衣なのか……?」


シャルロッテと同じ浴衣姿のメアラミス、やや幼さ子っぽさは残るが普段とは違う雰囲気の相棒を見て、俺は意識を逸らせずに本人に直接訊ねた。


「……みて分からないの……?ロクサーヌに無理やり渡された、でも動きづらいからキライかも」


メアラミスの言葉で、所長がこの日のために浴衣貸し出しまでしていた事を思い出す。当然、出費は機関予算で。頭を抱える副所長のぼやきを「これもひとえに常在戦場よ」と笑い飛ばしていたロクサーヌは、まさに豪傑そのものだった。


そしていま、目の前にいる少女、メアラミス。貸与された浴衣のサイズが少し大きめだったようで袖丈が合っていないのだがそれが却って愛らしさあるチャームポイントになっている。


化粧など必要のない白皙の面に、振袖で折れそうに細い腰、履物でトントンと地面を叩く足元まで、視界の正面に据えて、


「いやメアラミス、とても似合ってて可愛いぞ。着こなしの妙という点ではシャルロッテ、君の綺麗さは機関一かもな」


辻本の臆面もない称賛に、


「ひぅ……!指揮官ってば……からかわないでください!」


頬を朱色に染まらせシャルロッテ、恥らいながらも視線を外さずに上目遣いで抗議する。一方でメアラミスは、はいはいと相槌だけを返した。両者とも免疫のない男性なら悶え死にそうな破壊力があったが。


「本気で言ったつもりなんたが。じゃあ俺は行くな」


それをあっさり受け止める辻本は、さすが、伊達に学生時代から朴念人的部分で女性陣を困らせてきただけはあった。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

②リューオン大通り・湖付近


灯籠流しの会場となるのは「メヌリス湖」というリューオンの中央区画に位置する巨大な湖で行われる。夏至際のフィナーレを飾る花火まではまだ小一時間ほどあるが、観光客たちは皆、そちらに向けて歩き出す頃合いだ。


そんな湖の近くで展開される屋台は先程通った沿道以上に熱気が感じられる。


物見高い群衆の渦から少し離れた俺は、開放的なオープンテラスで食事とお酒を楽しむ「同僚たち」と鉢合わせた。


「おや、だれかと思えば辻本くんかいな」


「ご無沙汰しておりますわ~」


「その様子だと見回り中か?」


ヴェナ、カグヤ、イシス指揮官が呼び掛けてくれる。三人とも晴着ではなく指揮官コートだったことに、俺は「ざんねん」と肩をすくめるも、その意味ありげな眼差しはテーブルにドンと置かれた酒のボトルへと、自然に推移した。


「ええ、というかそれは……かなり珍しい逸品みたいだ」


凝視した視線はそのままで声を発する。


「いい目利きしてるやん。これは玄武の神酒、先日の演習のついでに買ってたお土産を、せっかく祭り事やいうことでカグヤちゃんとイシスさんに振る舞ってたんよ」


ヴェナの応えになるほど、と辻本。見た感じでもかなりアルコール度数は高そうに思えた。ヴェナやイシスは顔色も大して変わらず、話していることも論理的で冷静だが、カグヤはかなりお酒が回っている様子で、普段よりも顔が赤い。


「はうぅ~、どうせわたくしはお二方のような祖国の英雄でもなければ、辻本さんや月光くんのように演習で活躍もできない…………月の虎でも機関でもお荷物なんですわ~!!」


それどころか、お酒で豊かになった感情が、辻本の登場でさらに爆発してしまったようで。


「あんた泣き上戸かいなっ!英雄いうても私はほら、無茶して左眼喪ってもうたやろ、その程度のもんやで……!」


「演習地が襲撃された際も、迅速に部下達を指揮していたではないか。あの対応力は私やシーカー殿には真似できない、卿の人望があってこそのツインズオウルだ」


隣に座るヴェナから入ったツッコミとフォロー。被せるようにイシスも落ち着いた声で同僚を諭し始める。カグヤは機関の宗主国的な立場にある白虎帝国からの出張ということで、かなり複雑な心境が常にあった。


「ぐすっ………………それもそうですわね、私は誇り高き白虎の柱ですもの!」


「……やれやれ」


ヴェナは今にもこめかみに手を当てそうな、頭痛を堪えているが如き表情をしていたが、それにカグヤは気づいていないようだった。だがこういうのも含めての「親睦会」、デリス各国で本来敵同士な関係であっても、機関に務める今は仲間であり、


「その調子ですカグヤさん!貴女を目標にしている生徒たちは多いはず、きっとロストゼロの朔夜も。だったらカッコ悪いところは見せられないですよね?」


「ぅ……も、モチロンですわ!!」


俺の発破にも、口調だけは丁寧であったが、熱いセリフで返してくれた。ヴェナとイシスもそれに強く、相槌を打つのであった。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

③リューオン大通り・脇道


カグヤの意外?な一面が窺えた女子会からお暇した辻本、道中でついに「朱雀の英雄」「ロストゼロ指揮官」である事がバレたため、たいそう注目を浴びながらも休憩がてらに沿道の端に逸れた。


(…………ッ?)


そこで俺は、不意に視線を感じる。


不躾にジロジロ見る視線ではなく、チラチラと窺い見るような視線だ。それを探知しようとしたところで前方に、異なる違和感を覚える。  


月光だ。


俺と同じ指揮官用の白灰コートを身に纏って薄暗い木々の道、人気のない方へと歩いていた。


(あいつ、夏至祭の途中に独りでどこに)


中々上手にさりげなく装ってはいるが、剣の道で培った心眼と魔女マナの魔観エレメントサイトの教えを併せ持った辻本の目を欺けるものではない。


また今回に関しては片方は使ってない状態の辻本が気づいたのだから、一般人や普通の候補生はともかく「彼女」も気づくのは当然だろう。


「―――君も月光を追ってきたのか?俺のファンクラブと掛け持ちしてたなんてちょっとショックだよ」


と別の方向、最初に感じた視線の主に声を掛ける。


「もう……先輩センパイってば意地悪ですね。私がダイキ指揮官一筋なのは知ってるくせに。……まさか月光指揮官、生徒のどなたかと逢い引きでしょうか?いまの私たちみたいな♡」


暗がりから、拗ねた顔でしれっと現れる雨月玲。だがすぐ普段の調子を取り戻して、ぎゅっと距離を詰めてきた。


昔ながらの女性和装は胸を圧迫するので、近年は立体的に仕立てられた着物も作られているが、玲の朱雀産の浴衣は、むしろボリュームの増した胸のラインを存分に表現しつつ、襟元は慎ましく隠されている。


「さてね。少なくとも俺と君は違うが…………」


本気なのかからかっているのか判別のつきにくい口調の玲に、俺はあくまで上官と部下の関係を保って呟く。


数秒にも満たない時間で、月光が居なくなったことを確認してから、玲は指揮官の視線の残影をたどり、「あらっ」と驚かんばかりにまなじりを吊り上げる。


「……クスッ。先輩に夢中になりすぎて捕捉、抜け出されちゃいましたね」


内心で何を考えているのか分からない平坦な声で、少女は眼鏡をくいっと掛け直す。紫紺のボブカットがいつにも増して妖艶に揺れた。


「…………この2ヶ月、君と接して分かった」


俺は、せっかくの二人きりの場を利用して、改めるようにして真剣な表情で語りかけた。


「特殊な立場のメアラミスよりも、それぞれ何かを抱えているロストゼロの皆よりも、


あらゆる意味において。そんな俺の言葉に、玲は思わず目を丸くした。


玄武コーネリア市の演習2日目、オズたちを誘導して、結果シャルロッテの奇跡的な解毒手術を成功させる要因となった聖水を入手したこと。《朱雀零組》について、深く知りすぎていること。時折魅せる「先読みの視線」も。その悪戯っぽい言動の一つ一つには意味があって、もたらす作用と結果を完璧に把握している雨月玲という少女。


―――辻本ダイキの言葉に「うふふっ……」と別人のような蠱惑の笑みを見せる玲。


「…………悪い、せっかくの祭りの盛り上がりに水を差すようなことを言ってしま」


「先輩って鋭いですけど、そういったことは鈍いと思ってました」


!!?


普段の悪戯っぽさを越えた熱い眼差しに豹変するレイ。


「そこが先輩の可愛いところだといたつもりでしたが。やはり貴方は…………私の英雄です」


ゾクッと、悪寒が全身を駆け巡る。


呑まれないように冷静に「君の目的は……?」と問いかける。


玲は、魔法のように人差し指を俺の唇に当ててきた。眩暈がしたその時、脳裏に「ある剣士」が浮かぶ。


「欲しいです…………黒白の先導者としてだけではなく、ゼロの魂も、あなた自身の心、繋がりも―――」


ハッと我に返るといつの間にか幻惑のような空気は消えて、いつもの親しみやすい教え子が目の前にいた。


「ところで先輩、知ってますか?昔の人は浴衣に下着を……つ、つけなかったという話を」


被せて玲が照れた様子で続ける。むにゅっと、柔らかいものを押し当ててくる前に、俺は彼女の両肩を掴んだ。


「…………ふぅ。今更かもしれないが、あまり大人を揶揄うんじゃないぞ。ほら、良い子だから、早く祭に戻ってみんなと合流してくるといい」


「うーん……なんだか父親モードになられたような。まあいいです、先輩もほどほどでちゃんと休んでくださいね」  


と玲は夏至祭の雑踏に入ってしまうのだった。


勝負にも似た消耗を感じて溜息をつく辻本。


「………………朱雀の英雄、ゼロの魂………………か。」


そして、もはや幻聴にも考えられる先の台詞に、月光の行き先についても憂慮しながら、今宵の満月を見上げた。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

④リューオン中央区・花火会場


水辺に漂う幾つもの灯籠、観光客が集まる人気スポット。


「うわぁ……これは絶景だな……!」


数百の篝火にイルミネーションの明かり、まさに月光と深海の都の由縁たる夏至祭の本領発揮と言わんばかりの、幻想的な世界が広がっていた。風物詩とも呼べる圧巻の景色に、辻本もまるで子供のような感嘆の声を上げる。


しばらく立ち止まっていると、右斜め前から此方側に歩いてきた機関候補生の三人とちょうどのタイミングで出会す。


「チーッス!って指揮官ひとりッスか?元ゼロ組……でしたっけ、今晩は女性陣とハーレムデートでもしてるんかと!」


第一声は機関のチャラ男、ロナードのこれだった。


「ええっ!さ、さすがにそれはないですよね!?」


「僕らの指揮官を何だと思ってるんだ…………お疲れ様です、巡回業務ですか?相変わらず仕事熱心な方ですね」


一歩遅れてついて来た朔夜とオズ。ありがちな推測を口にした同級生に呆れながらも、柔らかな物言いと表情で言う。


三人とも普段見慣れた制服ではなく涼を感じさせる浴衣がよく映えている。オズは帯結びに差した小物の扇子が然り気無く粋を演出しており、さすが玄武では有名な家元のコーディネートだ。


「仕事……っていう意識はあまりないな、まあこういう性分なんだろう。で、君たちは男友達で気楽にってところか?」


「いや有り得ないッスよ!見渡せば機関女子はもちろん、街のイマドキ女の子に仕事帰りのお姉さん!こんな祭の夜こそ出会いの宝庫!つまりナンパの大チャンスなんですから!」


モテ欲権化の熱弁に俺、ロストゼロ男子2人も「どんだけ恋人欲しいんだ……」という顔が並ぶ中で、


「な、なるほど。ロナードの熱い意気込みは伝わったが、オズと朔夜までナンパに参加してるとはちょっと意外だな?」


笑いながら訊ねる。実際自分の担当する部下を贔屓目に見ている訳ではないのだが、ロストゼロは機関でかなりモテる。


特にオズは女性顔負けの、美しい青灰色の髪に中性的な容姿のスマート男子だ。本人はそれをコンプレックスだと考えているようで「キレーなおにいさん」とたまに弄られている。


「僕もあまり説明を受けずに連れられましてね……大方予想はしていたけど、君って奴は……」


重ねてオズが腕を組んでじろりとロナードを睨み、冷めた声で吐き捨てると、


「まあまあ!要はやたらと目立つロストゼロ、そのイケメンオズと組めば成功率アップ作戦!あ、朔夜は引き立て役だぜ?」


「うぅ、ひどい……」


泣き顔でまなじりを吊り上げる朔夜。字面だけ見ればロナードの作戦は酷い話だが、これを不愉快に感じるわけでもなく受け入れられているのは、ひとえに彼の優しさだろう。


「うぶい朔夜きゅんは経験値を積める!オズだって彼女欲しいだろ!?自分に素直になれよ……?オレは死ぬ程欲しい!!」


「辻本指揮官!まあ見ててくれや、今夜オレらは……大人の階段を登ってくるからよ!!」


興奮気味に、しきりに話すロナードをとうとうあしらいきれなくなった俺は取り敢えず、これだけ熱心に語っているのだからと理解を示すことにして。


「……機関の候補生としての節度は守るようにな……?」


宥めるような口調を言い渡してから、


(暴走しないようフォロー頼むぞ、二人とも)


(フッ、任されました……/あはは……まあがんばります)


こっそりと、信頼できる部下の2人に耳打ちで伝え、その場をあとにするのだった。


―――ちなみにナンパの結果はロナードの思惑とはまるで反対方向に進んだそう。街の女子三人組に勢いよく声を掛け、予定通りオズに意識がいったところまでは順調だったものの、当て馬かと思われた朔夜にも女子の矢印が集中。「なにこの子かわいい!」と。


結果、美男子のオズと童顔の朔夜だけが女子グループとそのまま合流し夏至祭を回ることに。まさに策士、策に溺れるとはこの事か。


その後、ロナードの行方を知る者は誰もいなかった……。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

⑤リューオン中央区・参道-石階段前


リューオン夏至祭の花火大会まで一時間を切った頃、多くの観光客が路上や参道、湖に集まり、思い思いに騒ぎ、笑い、いちゃつき、殴り合っている。まるで月の引力に狂わされたかのような喧騒は戦前から荒廃を深め、抗争が激化した白虎帝国人の遺伝子に刻まれた本能によるものだとある学者は語ったそう。


そんな浮わつく参道の出店通りの休憩用広場(といっても人で溢れ返っているが)で、喧騒に疲れたのか、安息の空気を胸に取り入れる娘がいた。


「………………」


「アーシャ?」


待ち合わせた訳でもなく全くの偶然だったのだが、そこを通り過ぎようとした辻本が声を掛ける。


独りでいた事について軽く聞いてみると、ちょっと前まで玲やファーストワン所属の蘭とともにぶらぶらと歩いていたが、気がつくと二人とも居なくなっていたらしい。


(玲はおそらく月光のあとを追って……多分一言声はかけたのだろうが。蘭についても好奇心旺盛な性格だ、気になる屋台を見つけて飛びつき、この人混みではぐれたってところか。)


アーシャの証言と彼女達の行動パターンから簡略だが答えを組み立てた俺はふと顔を上げる。そこには、しゅんと俯いているようにも見えた部下の姿。


「……やはり私のような年長者には気を遣うのでしょう」


シャルロッテやメアラミス、玲と同様に浴衣を見事に着こなしているアーシャ。しかしその晴れ着、色鮮やかな朱色の髪と瞳には似合わない曇った表情で沈黙を破るようぼそりと囁いた。


助け船を求めるような口調では無かったものの、常に真っ直ぐな彼女らしくない儚げな微笑を刻む口元を見て、ここは指揮官の俺が自力で何かしてやらねばと悟った。


「―――だったらアーシャ、俺と一緒に回らないか?」


「え?」


「実をいうと俺もさっきまで巡回ばかりでね、せっかくの祭りだし誰かと一緒に過ごしたいなぁなんて考えてたんだ。君さえ良ければだけど、付き合ってくれないか?」


思いがけない誘いに、アーシャの態度が少し、和らいだように見えた。


「……ふむ、私が指揮官の付き添いを…………」


正面からこんなセリフを言われたのは久し振りだ。でも懐かしさよりむしろ新鮮さを感じつつ、その時のことを思い出したのかアーシャがクスッと苦笑してから考え込む。


手応えあり、と勢い込む俺は、


「逆だ、アーシャのやりたい事を俺が叶えていく。とりあえず何か食べよう、ずっと香りだけでそろそろ食べ歩き衝動が抑えられなかったんだ!」


言って、アーシャの手を優しく握ると、屋台の方へと連れ出してやる。見ようによっては指揮官が候補生を無理やり……にも思われる雰囲気に一抹の不安はあったが。


「辻本……指揮官……!分かったから落ち着いてくれ……!それに手を繋ぐのは……さすがに恥ずかしい……!」


言いながらも、彼女の顔にはさほど羞恥の色は無なく、花のような笑顔を見せてくれたため、それに自分も顔が綻んだ。


 その後は、人混みのわりには意外と素早く、たくさんの露店を巡ることが出来た。


食事にはかき氷、フランクフルト、そしてアーシャが最も食べたいと目を輝かせた“たこ焼き”。


「……熱っ!…………おお、なんとサクサクで美味な……!!」


アーシャが熱々のたこ焼きをひとくちで口に放り込み、美味しいと思える最適温度がくるまで唇を手で抑える。凛とした誇り高い性格だが、少々世間知らずな一面もあるようだ。


遊びの金魚すくいでは、初体験だったアーシャにやり方を教えながら、最後に彼女の申し出で「どちらが多く捕まれられるか勝負」をすることに。


「…………よし、十二匹目ゲットだ!」


「…………また、破れた…………ここまで自分が不器用とは…………的屋のご主人!私にご指南を頼む……!!」


結果は俺の圧勝だったのだが、アーシャの負けず嫌いというか実直な向上心は凄まじいものであると、子供のように悔しがる横顔と熱意に再認識させられた。



そして―――花火が打ち上げる時刻まで残り8分程。


水上スターマインと数百の灯籠が織り成す幻想的な景色を一望できる穴場スポット、とアーシャに案内され俺は湖付近の台地まで来ていた。


機関に入隊してから暫く、良い感じの修行場を求めていたところで発見したようで、休日はよくここに訪れ瞑想や棒術の技を磨いていると話すアーシャ。


確かにここは修行にはうってつけの場所だ。元々リューオンの街は小山に囲まれている地理の関係上、こういった丘の上の空地は多々あるようで、俺が月光とよく剣を振っている場所とも似たような空気を感じる。


「…………ふぅ」


アーシャの大きな吐息は、女子生徒とは思えぬくらいに大人びており、背中まで垂らした艷髪が夜風に靡くその様は、まるで逃避行中のお姫様のようだった。


ふと、指揮官と視線が交わり、それに気がづいてアーシャは自分に活を入れる。


「改めて指揮官殿には感謝を。まさかこんなにも楽しい休日を過ごせるとは、時間を忘れるくらいでした。未熟者ゆえ色々と至らぬ作法はあったとは思いますが…………その」


前半のお礼はすんなりと受け入れたが、後半の感想は過剰と言うか。そう感じた俺は、何とも言い難い、表情の選択に困り果てた感じの乾いた笑みを浮かべる。


「あはは、こちらこそだ。俺も君のことを知れてよかった。担当指揮官としても、ロストゼロの仲間としても―――としても」


武、という言葉が出た途端、上気していたアーシャの瞳の霞が晴れた。それは当然、気分を害したわけではなく。彼女の瞳はやがて、静かな闘志で満たされる。


「……さすが、お見通しでしたか」


軽く笑いながらそう言うと、アーシャは浴衣着に挿していた棒を取り出す。さきまでの花の笑みではなく、研ぎ澄まされた刃の美しさを持つ笑みで。


「私のやりたいこと、最後は…………貴方との“仕合”です。ただし普段の戦闘訓練で使われる「片手剣」ではなくその「太刀」で願いたい」


急激に膨れ上がった闘争の気配に、小鳥や鈴虫たちがざわめきだす。


「最後には圧し負けたとはいえ、かの《水竜乙姫》イシス様と互角の勝負を繰り広げた辻本指揮官の剣、私の棒術の師も一目置く《天紅》の極みのひとつ」


「どうかに感じさせては貰えないだろうか!?」


その言葉は、何かから迷いを吹っ切るような、偽りを脱ぎ捨てようとする少女の魂の叫びに、辻本は聴こえてしまう。


しかし彼女の意思は固く、模擬戦では指揮官に全く歯が立たなかったリベンジをここで果たしたいと思っていたようだった。そのためにわざわざこのような人気の無い場所まで連れてきたのだから。


「…………ハハ、俺もいまだ道半ばだが」


その心意気に応えるように腰の鞘から太刀を引き抜く。


「でも勝負は初撃の一刀のみ、それでいいな?」


「ここまできて花火を見ずというのは、バチが当たるというもの……!」


ピリピリとした闘気が両者に渦巻く。


「良いだろう、受けて立つ!」


裂帛の気合いと共に臨戦態勢となる。


「……………………」


「……………………」


無風無音の状態から―――空を彩る最初の花火の音が、数瞬の間に耳に届いた、その刹那。


紅と朱、双つの閃きが、大輪に重なって瞬いた。

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