第三章《王選、叛逆の暁姫》

序節「暁風」

心を翔る炎の翼『朱雀』



知を抱きし鋼の牙『白虎』



刃を秘めし堅牢なる盾『玄武』



そしてここは、空を渡る穢れなき瞳『青龍』


災いの嵐が去り、また大きな風のうねりを感じさせる王国。




煌びやかな装飾が施された壁に、豪奢なシャンデリアの照明が吊り下げられた高い高い天井。


室内の広さに反して置かれたものはとても少なく、もっとも目立つのは部屋の最奥―――ささやかな段差があり、備え付けられた椅子がある。左右に三つずつと、中央の奥に一つ。


背後に龍を模した意匠の施された壁を背負い、最奥の椅子に座るものはその龍を、つまり「青龍王国」を背負っているようにも、守られているように見える。


それはまさしく、王城玉座の間。あの椅子こその椅子に、玉座に相違ない。


そこに「王」が座していた姿は、小さい頃から何度も見てきた光景だった―――当時は室内に剣を構える衛兵は一人もいなかったが、いまは青白を基調とした制服に身を包み、武器を腰に携える「騎士団」が数十、警護のためにいた。


さらに奥には礼服をまとう分官の者たちや、王国騎士団を率いる青龍最強の《六神槍》の地位にある“数名”など、玉座の間にふさわしい錚々たる顔ぶれが並んでいる。



ここに至るまで、一体どれだけの犠牲があっただろうか。


事の起こりは初夏―――先王『アーデルハイト・フォン・ドラグノフ』の電撃退任に起因する。王不在の事態のなかで行われた王選は「九尾」の面々の思惑が熾烈に交錯した。


また、百禍・鯨の使徒ネメシス「メルクリヤ」討伐戦を口火に、サルガッソ海域に顕れた「羅生門」……そして……。



ただ、そのことを儚む時間は残念ながらない。


壇上に立った甲冑姿の騎士―――《空の槍》を異名とする人物、この場にいる王国兵たちの代表格である男が、朗々と響く声で開会の挨拶を始める。


此度の招集、次代の王の選出―――王選の結果と王位継承の儀について。


僭越ながら、と前置いて議事の進行を始める騎士団長に、一同は席に着いたまま、巌の表情を全会に、玉座に向けた。





…………偽りのベールを纏ったところで、何も変えられなかった。


だからもう、信念を持たずして生きるのは止めよう。


私が《何者》であるかは、私が決める――――――。



フフ……。


候補者の椅子の列の中でただ一人、玉座に掛けていた《朱の娘》は笑みを溢した。その美しい横顔には不安と、しかし強い決意に彩られた感情を交えて。



私の背中を押してくれた“彼”のために、


私の強さを信じてくれた“英雄”のために、


私と共に抗ってくれた“仲間たち”のために、


私のために斃れていった“臣下の者たち”のために、


なによりも、父上と母上の子に生まれた私自身のために。



私はもう逃げない―――新青龍王としての責務を果たすのだ。




「―――我こそは、アーデルハイト・フォン・シャロン!!新たなる青龍王国を統べる者であることを、蒼の系譜と竜の盟約に従い、ここに宣言する!!」


次期王の身分たる《暁の王太女》は玉座から、全員に等しく届くくらいの、生まれながらに他者を率いるものの声色で、叫ぶようにして言い切った。

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