終節「魂の在り方」


《双月斬》―――!!!


想いの全てを剣に乗せ、俺と月光は、ネメシスに撃ち込む。


朱雀零組の級友達。さらには本年度、連合機関において身分や立場、国籍すら越え集められた二代目ロストゼロも加わった曰く付きの繋がり、ただそれだけを撃ち込んだ。


りぃん、と太刀の切っ先がわずかに震えた。あたかも、数ヵ月前の《深紅の零》の日、遠くの空で轟いていた黒の雷鳴の残響が時を超えて届いたかのように。


―――頼む、喪われた英雄おれ/記憶ぼく


戦いが全部終わったら取り戻してやるから……俺に、僕に、大切な居場所を守れるだけの力を貸してくれ!


あらゆる雑音が、背景が、温度までもが遠ざかる。


二人の秘奥義は、強い光を生み出した。


辻本の右手で振られた剣、緋色の輝きを持つ刀身が、鋭い刃を激しく震わせながら、耳をつんざく咆哮を上げる。まるで剣そのものの怒りの叫び―――奪われた世界を取り戻さんとする、何者かの求めに応じるよう、辻本の剣全体が、深い赤色の輝きに包まれていた。


月光は息を呑んだ。だが驚くべき現象は次の瞬間だった。


剣撃を放つ同僚の全身が、突如眩い「白と黒の光」に覆われ、それまでとはまったく違う出で立ちに変化したのだ。


ダイキが身につけていたのは、機関着任の際に渡された白灰色のロングコート「ヒロイックオース」と、黒色のズボンだったはずだ。だが混沌の光の波が右腕から体、足への通過するにつれ、高い襟と長い裾を持つ黒白の外套がどこからとも現れ、ズボンもまた細身の皮素材へと瞬時に変わった。


(君は……ッ)


瞬きよりも短い時間の出来事だったが、二人と百禍のネメシスの波動のぶつかり合いが引き起こした異常な現象はそこで終わらなかった。ダイキの容姿そのものにも、服に比べて無視できない変化が訪れていたのだ。


黒い髪の毛先がわずかに白に変色、横顔を半ばまで隠した。


激しく揺れる前髪の隙間に覗く黒い瞳が、かつて見たことのない光を放った。機関総本山セントラル赴任初日でネメシスを討ち倒した時よりも、剣の姉弟子であるイシスと仕合形式で斬り結んでいた時よりも、遥かに鋭い眼光。紅と蒼のオッドアイ。


まるでダイキ自身が「何か」と融合し、別次元の存在となってしまったような。


そんな感覚を、変化を、辻本ダイキも感じていた。


月光と繋がる今だけ、失っていた「混沌」と「ゼロ」が、すなわち俺の中にある旧朱雀零組アルテマ時代の自分―――《黒白の先導者》や《ゼロの英雄》などの二つ名を与えられていた『辻本ダイキ』という分身アバターが力を流してくれているのだと。


《英雄》扱いされることへの忌避感、助けられなかった人や殺してしまった人たちへの罪悪感、まるで鏡のような俺という存在が、確かに俺を形作っていた。


そう、あの世界で戦った《彼》―――いや《俺》はいまもここにいる。


「…………これが先輩の、英雄の力なんですね…………!」


白熱する闘気のなか、仄かに微笑みながら、雨月玲がメガネの奥の瞳に捉え、羨望の感想を呟いた。


直後、炎の巨人の剥き出された歯の奥から、獰猛極まる雄叫びが湿地帯全域に轟く。


『ボ……ボルルルゥゥァァ――――――ァヒハ!!!』


両指揮官の剣が放つ金属質の咆哮と紅蒼の光も急速に高まり、ネメシスの巨体、コア部位を覆う肉壁に直撃する。


だが、ネメシスは最期の抵抗を見せた。しゅばばっと複腕が空を切り、指先までぴんと広げられたそのなかで、赤熱するエネルギーが宿った。これがネメシスの最大最後の攻撃であろうことは、辻本と月光、背後に立つ一同にもしかと感じ取れた。


「ッ、ダイキくん……!いまウチが」


「待ちなさいメアラミス!いくら《羅刹》のあんたでもアレとの衝突に巻き込まれたら確実に死ぬわよ……!」


メアラミスとマコの、そんなやり取りが僅かに聴こえる。


その刹那、俺は鬼気迫る絶叫をしながら太刀を振りかぶった。


「ぐぅぅ……うおおおおおお――――――ッ!!!」


辻本の右手が消え失せるほどの速さで撃ち出す。長いコートの裾が、飛竜の翼のように激しくはためいた。


天紅月光流の秘奥義、それは間違いない。とイシスが過る。


だが―――何という凄まじい突き技だろうか。これまでダイキや門下生に教えたどんな技とも異質な、どちらかといえば魔術剣を思わせる単発の大技だが、伝統流派が重視する様式美など完全に削ぎ落とされた、敵を貫くことだけを目的とする一撃。


「…………ぅ!」


月光は、息を詰めながら、どうにか黒白の輝きを眼で追った。


辻本が狙ったのはもちろん、炎の虚人の核に宿る道化、ラムダの霊圧が残る部分だ。


「《ゼロの型》……残月!!!」


英雄の剣が放つ、閃光と轟音。カオスを振り撒きながらどこまでも伸びてくる紅い光の刃が、伸ばしきった右手の太刀に添わせるよう、逆手からスッと鞘を納められたと同時に、ネメシスの胴体の真ん中を呆気なく貫く。


夜が明けて、なお空に残り続けている月。そんな風を思わせる突き技からの納刀の一閃。虚構の英雄たる今の彼にはぴったりな剣技ソードスキルではないかと零組の面々や機関で唯一の秘密共有のメアラミスが、ふっと口元に笑みを彩らせた。


直後、視界の上端で、硬質な熱燐を振り撒いて、まず胸部から粉々に砕け―――次いで、百禍のネメシス、炎の巨人もまた湿地帯いっぱいに広がるほどの規模で、爆散を始める。


『ボボォォォォォォゥゥぅ…………』


空気が抜けるような力のない声が、最期に長く尾を引いて流れると同時に、巨体がゆっくりと傾き、自らが生み出したでありう彼岸花の池に、ばちゃっと音を立てて倒れた。


元の姿に戻ったラムダは、震える右腕を持ち上げ、虚空に漂う百禍の魔力に向けて差し伸べる。


「…………あぁ……笑顔が…………世界の笑顔が…………」


か細い声を放つ少年の表情は見えなかったが、骸の人形ででもあるかよように、胴体を大量の白煙へと変え、ニヤニヤ笑いを宙に溶かしながら消滅。連動してネクサスウィスプも、次々と消滅が確認される。


辻本は、深く腰を落とし、右腕を限界まで伸ばした姿勢からようやく身体を起こした。外套の裾が最後に一度、ふわりとはためいて垂れ下がった。


「………………。」


 突如訪れた完全な静寂。耳が痺れるような感覚を誰もが味わいながら、そっと、周囲で視線を交わしあう。そして―――。


「やった、やったんだな!!!」


「私達生きてる……!!!」「おおおおおっーー!!!」


玄武本隊から沸き起こる歓声と祝福の叫び。彼らに並んでへなへなと地面に座り込む候補生達。俺がよいしょと、体ごと振り向いた先には、ロストゼロの部下達や他部隊がそれぞれが喜びを分かち合うよう掌を打ち付け合っていた。さすがに副所長のモーガンは付き合わなかったが、厳つい顔にはいつになく明確な笑みを滲ませている。 


「んもーん♡みんな偉かったわぁ!今なら本隊の人でも機関の子でも好きなだけぱふぱふしてあげる!」


「ひゃっほおお!!/うおおおお!!/むっほぉぉ!!」


「へへ、みんなボロボロではしゃぎやがって。ヴェナ姐さんもなんとか生きてるな……マジ良かったぜ」


六盾隊スピカ少佐のご褒美に対して更に熱狂する男性陣、中には機関員のロナード達に混じって、零組マスターと荒井もいたが、すぐマコの鋭い蹴りで強制退場のヒトコマ。


ぺガス大佐は勝利の熱狂に酔う部隊のなかで、鼻の下を擦りながら周囲を確認、改めて全員が生存している事実に、ただ感謝して震えていた。


また右前方ではシリウス大統領に声をかけるイシス、カグヤ。玄武のトップに対して四聖秩序機関だけでなく、外国の英雄として振る舞う一幕が瞳に飛び込んできた。


「音に聞こえし《神威》のシリウス殿がよもやこれ程とは。貴軍やセスタ含めた“鉄壁の守護”、改めてお見逸れ致した。機関の一員として卿に感謝を。」


わたくしは二度目になりますが……あのネメシスをも沈める重力魔法、大統領閣下の行動力含め豪快すぎますわね……」


「ワハハ!《月の虎》のカグヤ君は久方ぶりだ!そして貴公の勇名“竜帝乙姫”も存じておるぞ《六神槍》のイシス将軍よ!」


好漢の成りを漂わすシリウスが挨拶をしてきた女性指揮官たちと豪快に固い握手を交わしている。ほかにも玄武軍の佐官級とモーガン副所長が話していたり、その全員の誇らしそうな表情は、まさに戦士のそれだ。


(はは……戦闘後間もないのにもう外交的アクションや事後処理に移られているとは。俺も改めて玄武大統領とは挨拶をしておかないとな。)


そんなことを考えながら俺は右隣に視線を戻すと、勝利に沸き立つ一行を背景に、月光が笑顔で、手のひらを翳した。


「お疲れダイキ。あれが君を君たらしめる《混沌》……本当に凄いものを宿しているんだね」


俺は同じ仕草でハイタッチに応えながら、「そんな大層なものじゃないけどな」と同僚剣士に照れ笑う。


「謙遜するなよ。でもちょっと出し渋りすぎじゃないかい?」


「いやいや月光君よ、英雄たるもの、切り札は最後までとっておくものなのさ」


にやっと笑う偉ぶった口調に月光が「なんだよそれ」と苦笑するなか、俺は胸中で“再び力が失われている”ことについて思案した。


あの瞬間だけ、ゼロ、お前が助けてくれたのか……?そのような考えが脳裏を過りかけた、その瞬間。


湿地帯中央部付近の最も彼岸花が群れる地点、いまだ漂う異界からの侵略者、ネメシスなどという規格外の化物モンスターの魔力消滅の残滓が昇る先に。


―――《百禍》の錬成、一応は成功したようだな。兄弟のよしみでラムダの魂魄は回収しておくぞ。


―――はぁ本気?六道のくせに《指の使徒》すらろくに操れてなかったクソ餓鬼……錬金術士の面汚しもいいとこよ!


 ザサッ、と高所から響いた足音、次いで声。俺は反射的に、上層側の足場を凝視した。そこには、一連のネメシス戦をいつからか眺めていた2つの人影があった。


「ッ!そこにいるのは何者だ!」


「新手……!!」「あの装束、《クラウディア》よ!!」


裏返った俺の叫びに、近くの軍人が続く。ネメシス戦直前より張り詰めた、耳が痛くなるほどに重い緊張感がユハンラの地を満たした。即座に臨戦態勢を取るシリウス大統領の額には血管が浮き出ている。


「警戒せよ!奴等だけじゃない……十は潜伏しているぞ!」


「気配を完全に絶ってるね。特にあのふたりは別格……ウチらの前に出てこれたのも余裕だからかな?」


「くっ、まさかラムダと同じ《六道一家》……!」


メアラミスは一瞬強く両眼をつぶって、敵を静かに捉える。横でオズの嗄れた声。シャルロッテや他のメンバーも表情は抑制されているが、顔色だけがいつも以上に青白かった。それは俺たち指揮官、零組も、きっと似たようなものだろう。もう体力も気力も残されてはいないこの状況はあまりに絶望的だった。


「…………ぷっ、ダッサ!なにみんなして固まってんの~?もしかしてリーゼたちが怖いの?えっホントに?うわ~ザコじゃん!まじキモーイ!あははははっ!」


かちり、とブーツの踵が鳴らされると同時に、きびきびした罵声が広い空間に響いた。


声の主『リーゼロッテ』は、幽谷狂善と同様に白色の服装に身を包んだ、わずかに幼さの残る少女だ。ピンクのヘアピンを付けた赤髪をツーサイドアップにして、林檎のように頬を染め、残虐サディスティックな笑みを浮かべている紅の瞳。左肩には金色の鎖が施され、胸元にはリボンを配したケープを纏う。足下は黒ストッキングが印象的だった。


高所にいるため、などではなく本質的に他者を見下すお嬢様気質に思える少女からは「マコ様」越えの気迫さえ感じる、と零組のマスターが思わずごくりと生唾を呑んだ。


「随分とナマイキそうな娘ね、調教してあげようかしら」


「生意気すぎですよ!ちょっとキミ!女子がザコとかキモいとか汚い言葉遣いはダメでしょ!ましてや初対面でさぁ!」


反対側からマコ、そしてシャルロッテが勢いよく怒鳴る。それを見てリーゼロッテは苛ついた表情で「ハァー?」と逆らう。その隣では、もうひとりの青年が鋭く息を吸い込む音がした。


「リーゼロッテ、無用に挑発するのは止せ。いつも父上に咎められているだろう」


「…………!」


硬質な殺気に、一行が身震う。すると、常に冷静沈着なロストゼロのアーシャが珍しく両の瞳を大きく見開いている。


「……そなた、もしや“ユアン”か……?!」


声を掛けると、ユアンを呼ばれた錬金術士の青年は、ゆっくりと視線を下層の朱髪娘アーシャに移す。そして彼女を捉えた途端、それは戸惑ったようなどよめきの気配に変わった。


『ユアン・リー』。金茶色の髪を坊主に刈り込み、修行僧のような印象を与える佇まい。痩せ形だが、スチールブルーの双眸に宿る光は、鋼鉄の闘気で敵の肉体を粉砕することだけを求める修羅のそれだ、と辻本は、刹那に直感した。


「……貴女は…………いいや。―――胡散臭い蝙蝠の手足、機関とやらの軍門に下った人間など俺は知らん。」


(…………、) アーシャは数度の瞬きをしてから、かぶりを振り瞳を逸らした。このやり取りにイシス指揮官、そして玄武大統領までが深刻そうに、何かを察したような様子で見ていた。


それ以上何かを言う様子も互いに無かったので、俺は視線を再び戻し、二者を睨んだ。リーゼロッテとユアン、両とも根底は違えど絶対の自信を纏っている。大陸の英雄と若者たち、歴戦の朱雀零組、四十数の玄武軍人に国家元首シリウスまでが揃うこの戦場でも警戒はおろか、臆面もしていない。


「どうやら“本来”、この地で《クラウディア》と《アンセリオン》がやり合う予定だったみたいだが。あのラムダが起こしていた猟奇事件も含めて、全ては“百禍”のネメシスをこの世界に呼び出すための下準備……そういうことだな?」


俺は遅まきながら、途徹もない魔圧の二人に問いただす。それを聴いて機関や玄武サイドの人間は皆、唖然とした掠れ声を漏らして絶句してしまう。


「鋭いな、俺達もそちらと事を構えるつもりはない。今回の件については幽谷に一任していたゆえ、死者が想定より多かっただけの話だ。」


「そ、れ、に……もしておかないと。リーゼはとても綺麗好きなんだから。いいよねユアン兄?」


少女の確認で、男の口許に、先の印象を上書きするシニカルな笑みが滲む。リーゼロッテはそれに頷いてから、轟雷めいた声で命令を発する。


「錬金開始、《サーヴァント》―――跪かせろ!」


刹那。


異質な、しかし召喚獣ではない存在が、どすん!と部隊左翼後衛に着地し、大地を揺るがした。


「うわぁぁ!?」「なんだコイツ……化物だっ!」


身長三M半に達するジャイアントが一頭、周囲にいた玄武兵がぎっしりとひしめく地点に降り立つ。だが正規軍の彼らには目もくれず、狙いはそこで拘束されていたクシーのみだった。


主人リーゼ以外に対する優越感、人にして人に非ざる歪みを爆発力に変え、標的の蠍男の体を片っ端から叩き潰し、蹴り飛ばし、引き千切る。


「い……ぃがああ!!止め……ぐっへぇぇ!!!」


クシーの高い叫び声が喉から迸った。鋼鉄の蠍尾は呆気なく粉砕され、首や背骨、両膝からも嫌な音が聞こえる。一頭の怒鬼による「粛清」で全身の傷口から滴る血液が、痛みが灼熱の炎のよう駆け巡り、視界が真っ赤に染まっていく。


また小娘に使役されるジャイアント本人も、裸で、身体中の至るところに裂傷や火傷の跡があり、口には猿轡。凄絶な調教の末に生み出された、リーゼロッテの自慢のペットであることが窺える。


私刑の光景に多くの候補生は眼を逸らした。だがそれを命じたリーゼロッテは、魂に刻まれた《畜生》の刻印「ミュー」と優越意識の回路が赤熱し、性感のスパークを散らす。整った顔が歪み、凶暴な笑みが漏れた。


「ぷぷっ……あっははは!!ねえ醜男、助かりたい?じゃあもしあんたがリーゼの足下まで這いつくばってこれてリーゼの靴を豚みたいに舐めることができたら、トクベツに許してあげよっかな~?」


その後も散発的に、しかし途切れることなく、醜悪なお掃除がつづく。だがこちらは動けない。指揮官クラスや六盾隊、零組はその都度に目配せで慎重に作戦の推移を共有するも、ここで手出しすれば確実に犠牲が増えるだけだった。


(ッ…………!)


辻本は、血が滲むほど強く唇を噛み締める。たとえ敵対していた男であっても、大切な部下を猛毒で犯した罪があっても、すぐ耳許で、救いを求める悲鳴の叫びは聞くに堪えなかった。


眩く炸裂した異形の眷属の鉄槌、やがてクシーは糸の切れた人形のようにバタりと地面に倒れ絶命した。


「あぁ、また壊しちゃった♡」


それを見て、リーゼロッテは嗜虐的な笑みを溢す。


「ひいっ……!」


「あの《ラムダ》とは違うベクトルで狂気を感じるぜ!」


素早く眼を逸らす朔夜から、荒井が訝しむように眉を寄せた。


「昨日仕掛けてきたネロに近いかもね、……シャル?」


眼を伏せ呟くメアラミスに代わって、いままで黙っていた金髪ツインテールの少女が進み出て、芯のある、怒りの交じった声を響かせた。


「あ、あんた……とんでもねぇわよ……!どうして仲間をッ、それでも人間なの!?」


だが、激昂にリーゼロッテは鬱陶しそうな表情で黙り込む。少女の錬金召使たる怒鬼ジャイアントが代わりに凄みある奇声を発すると、シャルロッテはどうしようもなく気圧されてしまい右足を引いた。


「もういいシャルロッテ、君の真っ直ぐな誇りも……奴らには伝わらないだろう」


庇うようオズが、シャルロッテの右肩を叩く。そんな少年少女の瞳に宿る光の眩しさに、リーゼロッテは眼を眇めた。


「―――『オメガ様』はすぐ遠き地へと向かわれる。シリウス大統領、玄武での数々の不敬、その償いも込めて今後の我々の不干渉を誓おう……あくまで《クラウディア》としてだが。」


 ユアンは身を翻すなか、両眼でしかと国軍を見据えて堂々と言い放つ。


続けてリーゼロッテ、すっと首を振り、怒鬼の巨人に視線だけで指示を下すと、ジャイアントは力強い跳躍音を鳴らし、六道の二人がいる傍まで軽快に飛び移った。


リーゼロッテは数歩移動し、愛隷の裏顎を撫でてやりながら、優しく囁く。「あとでご褒美をあげる」。その言葉は、恐怖に支配されていた存在の凍える胸に染み込んだ。


ふーふー……、と呼吸が荒くなるジャイアントが差し出した屈強な右肩にリーゼロッテはぼふっと腰を降ろす。


「くく……じゃあね劣等種ども、せいぜい“パパ”の邪魔立てはしないことよ!」


錬金術士クラウディアが人類の上に立つ新創世―――新世界の幕開けは近い。《アルス・マグナ》、その刻が!」


高らかにユアンが叫ぶと、恐るべき威力を内包した右拳、魂に刻まれた《修羅》なる「タウ」の力を前方斜め上の一点にめがけて射出した。


炸裂した闘気の凝縮光素が生み出した膨大な一撃は、錬金術士達の姿が完全に見えなくなるまで、一行の視界を遮る。地上からそれを見上げた指揮官組は呆然と立ち尽くしながら、ユアンの錬拳が生み出したパワーの威力に絶句していた。


彼ら以外の殆どの隊士や候補生は、ただ単純に畏怖している。


ネクサスウィスプを、そしてネメシスを造り出す集団。


それらを束ねる立場であろう「六道一家」。


桁外れに巨大な戦いの反動と新たな脅威の底知れなさに打ちのめされ、辻本は太刀を鞘に戻すや、くたりと崩れ落ちた。



その後―――。


シリウス大統領、モーガン副所長、玄武と機関代表両者の下に事後処理が行われた。また此度の錬金術士達の暗躍については決して一般人には口外しないという誓約も交わされる。


そんな中で、教え子たちを叱りつける辻本ダイキ。結果はどうあれ命令を無視して独断専行、また死地に飛び込みラムダとの交戦に入ったことについて、滅多に腹を立てない辻本指揮官が烈火のように怒った。


たが最後には、「突入タイミングは悪くなかった」や「オズやシャルロッテの連繋」を挙げて労いの言葉もかける。 


オズもまた少し吹っ切れたような表情で向き合うのだった。




***




翌日の正午。


3日に渡る演習日程を終了した《インビジブル号》前。


特に濃密だったネメシス戦やクラウディアに関しては未だ一同の脳裏から離れなかったが、それでも一夜が明け、また最終日の今日午前中は自由行動とし、玄武出身者は実家に帰ったり、また仲間に玄武を案内してもらったりと思い思いに候補生たちは過ごした。


辻本はその間、かつて「災いを呼ぶ」と畏れられていた少女に大統領を通じて面会していたのだがそれはまた別の話だ。


同時に、北部ヴェルサス王都方面の演習も無事に終了したと、モーガン副所長から伝えられた。話によると、あちら側でネメシスの出現は無かったものの、白虎秘匿部隊とアンセリオンの暗闘に巻き込まれたと報告があったそうだ。


更に、現地にいた五芒星のメンバーからの情報では、白虎勢力の中にかつて零組だった『ヒロミ』がいたらしい。その辺りに関しては帰還後、各情報網と連繋するしかなかった。



そして、別れ―――。


朱雀零組のマスター、荒井、太田、シエラ、マコ。六盾隊からはぺガスとスピカ。また教会シスターでオズの実姉フィーナやクロイツ家のメイド、演習初日に出会い奇妙な縁を紡ぐことになったトレジャーハンター夜々までが、見送りに来ていた。


「ぶええええ"""んんん!!!ぜったいっすよ、ぜったいにまたみんなで冒険でずからね!!約束っすよおぉ!!」


「ふふ……指揮官様、それにロストゼロの皆さんも、弟……オズを宜しくお願いします」「お達者で、オズ坊っちゃん」


「あとの引き継ぎは俺達に任せとけよ!錬金術……まだ調べる事は多いが、なーに、俺のにゃ敵わねえぜ!」


「ぺガスセンパーイ、休日返上の二十連勤で頭ハイになってるのは分かりますけどぉ、今のはもー激寒ですぅ~♡」


そこで言葉が一度途切れたので、ガマンしきれず皆が笑った。


「あんたら……最後やのに締まらへんなぁ」


同志らを見て陽気に微笑み、口を開いたのはヴェナ指揮官。


ネメシスとの闘いの最中、全員を守るための禁術発動の代償として左眼は跡形もなく吹き飛んだが、直後のマコと召喚獣セシリアの的確な治療により、痛みはまだ残ってはいるものの一命は取り留めていた。


「いい?どうにか血は止めたけど、いまの医療技術や魔法ではそれが限界、当分は激しい訓練とかもNGだからね」


マコの台詞に、ヴェナは軽めの呆れ顔を作ってから、左眼を覆う眼帯を指先でそっと押さえる。


「失われた眼の復元は、それこそ錬金術やろからねぇ。当面は機関の授業は座学だけの担当にして貰うわ、ユハンラで採取した花の解析やらは無理にでも手伝うつもりやけど。」


花、すなわちネメシスの触媒になっていた彼岸花。明らかに手がかりの足りていない一同にとって、それは必要であり、そう言われてしまえば、いまは頷くしかない。


「……やれやれ、辻本、ちゃんと見張っときなさい?」


「解った、もし何かあればヴェナさんの左側は俺が守るよ」


そう答え、辻本は改めて辺りに視線を移した。


短い間ではあったが、ここにいる全員が“戦友”のような雰囲気となっていた。


零組は今回の顛末を受け、再びそれぞれで情報収集するという。特に北部でのヒロミの動きがあるならば、もうひとり、彼も独自で行動している可能性が高い。


「―――きっとこのシエラが見つけ出してみせます。今の職を通じて、レオさんの闇のなかにある真実を!」


そう話したシエラの瞳には、誰よりも強い想いが宿っていた。


 そして《アンセリオン》―――どうやら本来あの場所で予定だったのは《クラウディア》のようだった。しかしなぜ対立しているのか、裏の事情は不明なままである。


いずれにせよ、デリスにおいて、影の後継組織と、錬金術士が全面的に争うことになれば深刻な事態になるだろう。ネメシスの登場も含め、決して油断はできない状況だった。


辻本やロストゼロのいる「四聖秩序機関」が今後も鍵となる可能性が高い。動き始めた各勢力を警戒しつつ、今度は朱雀零組全員での再会を約束した。


会話を聞いていたロストゼロにも別れ際に声をかける零組。


「ま、これも縁だと思うし、これからもよろしくなっ!」


「何かあれば定期的に連絡もとっていきましょう……!」


「てめぇらは俺ら以上に険しい道のりが待ってるかもしれねえが」


「僕みたいなのだって零組の生活のなかで成長は出来た、キミ達ならきっと大丈夫むほね!」


「ふふん、まあせいぜいそこのお人好し指揮官に負けないくらいがんばりなさいよ」


先輩達の激励に恐縮するシャルロッテたち。


その後、荒井はカグヤと、また太田やマスターはイシスや月光とも別れを告げ、朱雀国やティズ皇妃も含めた協力体制についても約束したところで、


「ええい!いい加減出発するぞ!」


とモーガンに促され、インビジブル号は帰路につくのだった。




***

 



行きと同じく、現実世界と魔術虚数、その狭間に敷かれた線路を駆け抜けるチート移動列車が力強く粒子を蹴散らす。


行きと異なるのは、エントランスホールの空気だ。わあっという歓声、拍手、口笛が盛大に巻き起こっている。広い空間にはすでにぎっしりと候補生たちが詰まっていた。


ずんずんと大音量でBGM、それも驚くことに多国籍な機関のはずが玄武のアイドル「ゴッドノウズ」が奏でる楽曲を響かせている。


まさしく勝利の凱旋、そのような雰囲気だ。


皆の手には飲み物ノンアルコールのグラスが光り、すでにかなり場は盛り上がっている。


 特務部隊ロストゼロの5名は、ホール端に等間隔で設置されていた休憩用ソファーに腰をおろして、同級生たちのカオスな宴っぷりを楽しげに見守っていた。


「まったく、機関ここの連中ときたら、本当にどいつも能天気で自信家な馬鹿ばかりだな―――」


言って、オズが合流する。手にはカグヤ特製の巨大ピザが何枚も並ぶテーブルから、6人分切り分けてくれた小皿があった。


「それはキミもでしょ?オズ君。」


シャルロッテはイジワルな笑みを浮かべて、隣に立つオズからピザ一切れを受け取った。朔夜曰く姉さんの得意料理らしく、メアラミスは興味津々に一口、馴れない手付きでパクりと食べ始める。


「……否定はしないけどね。今なら分かる、人はどんな状況にあっても想いひとつでのだと」


オズは全員に配り終えると、腕を組み、薄く微笑み、答える。


「そして、それを教えてくれたのはシャルロッテ、君だ」


「……そっか、えへへ」


シャルロッテも小さく笑った。オズと最初に出会い、訓練要塞でバチバチに喧嘩した時の事を思い返すと、玄武演習での経験はお互いにとって何物にも代えがたいモノになっていた。そう考えると、本当に嬉しかった。


(そうさ……君のおかげで僕は、仲間の大切さを知れたんだ。)


オズは胸のなかの温もりを感じながら、ピザに舌鼓を打つメアラミス、朔夜、玲、アーシャ、シャルロッテに眼を留める。


ツンとした視線も、ツンとした言葉も、その奥にある笑顔も。


シャルロッテはオズの視線に気が付き、面映ゆそうに頬をかく。


「……ね、オズ君!踊ろう!」


「え?」


目を丸くするオズの右手をシャルロッテは引っ張り、ホールの上を滑るようにスライドする。


オズもクロイツ家の長男としてある程度ダンスの嗜みは幼少に仕込まれていたのだが、最初のうちは彼女に腕を引かれ、よろめきながら、なんとかコツを会得していく。


二人が音楽に合わせ、ゆっくりとステップを踏みだすと、周りの候補生達からも数組が参加、男子からは手荒い祝福と、女子からはやや親密な祝福を受ける。


「オズの野郎め……機関でも上位の美少女シャルロッテといい雰囲気に!てか入学一月半でもうこんなにリア充カップルいんのかよ!」


「ひゃあ。。素敵です。。!私の王子様は。。。」


「みんな、気を抜きすぎて怪我はするなよ」


「なあモナカ、アタシらを混ざろうぜ!」「ええー女子同士は草じゃね、てかなにこのパリピ空間ジワるんだけど」


「「「おおおおおっ!!!!/ひゅーひゅー!!!!」」」


ポカーンとした間抜け面のあとロナードが地団駄を踏む、ユイリカがキョロキョロとする先にはガンツが苦笑していた。いつしかホールにいる皆の盛大な拍手が鳴り響く。


シャルロッテとオズも、場の高鳴りに適応して、大きく、小さく、また大きく、ふわりふわりと蝶のように、両手を繋いだお互いの目をじっと見て、動きの方向をアドリブで合わせていく。


「わぁ、お二人とも息ピッタリです……!」


「あはは、演習中あんなに大喧嘩してたのにね」


「雨降って地固まるとはこの事だな、いい顔になった」


「ふぁーあ……お腹いっぱい、寝たいけどうるさい……」


ロストゼロの先で、二人はくるくると滑る。最初は緩やかだった動きは徐々に速く、一度のステップで遠くまで。


指先から伝わるオズの、シャルロッテの心を、気持ち全部で感じ、受け止める。今のあたし/僕にはそれが出来るから―――。


「…………あの時、ラムダを倒した時、あたし達の気持ちが触れ合った魔法の瞬間は、これからも続けていこうね?」


「…………ああ。フフッ、君の馬鹿みたいに短絡的ストロングな戦術に合わせるのは苦労はしたが」


「うんうん……って違うでしょ!?あたしがキミの神経質ナーバスな弱点を仕方無しにフォローしてあげたんだからねっ!」



 結局最後はいつもの言い合いに発展する二人。


そんな教え子たちを、いつしか遠巻きに見守っていた辻本。


(ははっ、なんだか胸が熱くなるところを見させて貰ったな。これも上官冥利というか……今更ながら生田教官やフローラさんの気持ちが分かってきた。)


失ったからこそ得られたもの。


失ったものと向き合い、次へと繋げていく。


「よし―――俺も負けてはいられないな!!」

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