2-20節「今、成すべきこと」
これまでまったくの無感情を貫いていた白翼のグネヴィアに、わずかに動揺の響きが感じられた。それは不吉な予感に囚われてか、辻本らロストゼロと合流した月光に対してだった。
(あれは、もしや……………………。)
語尾を呑み込みながら、グネヴィアは彫刻のように引き結んでいた口許に、にやりと笑みを刻んだ。
一方、朱雀零組―オリジンゼロ4名の救援のおかげで、ネロが率いる魔轟と呼ばれる傀儡の軍勢とは五分の状況に。
前線から辻本ダイキは同僚の月光に頷くと、張りの戻った声で部下達に指示を伝えた。
「この機を逃すな!一気に敵集団を制圧するぞ!」
「イエス、サー!」
軍式に則った返事を、若き指揮官にぶつける特務部隊の少年少女。
瞬時に、メアラミスは目標のネロが、列車から動こうとした隙を狙うようにして駆け出す。押し寄せるゴーレム二体が気付いて牙を剥いた。
「どいて」
羅刹の右手が閃き、紅黒い輝きが宙を走る。
二つの首が落ちるのは同時だった。メアラミスはその結果を確かめることなく視線を動かし、ネロに再度向ける。即座に主を守護するゴーレムの群れの獰猛な駆動音を浴びながら、続け様に二体を葬ると、列車のほうへと走り抜けた。
わずか四秒で四体を始末した機関の候補生少女。
「……ったくよ、ほんととんでもねえチビッ子だよな」
「まさに鬼の強さだよ……味方になってくれてよかったぁ」
「事情をご存知ない方々は驚いてしまいそうですが……」
「へっ、戦闘中だからそんな余裕はねえだろ」
当然その戦闘力の背景を知る零組の面々、太田、マスター、シエラ、荒井は、各方面で濃密な魔力を噴出し湧き出すようなゴーレムの大群を相手しながら、呆れ半分に言葉を紡ぐ。
さらに荒井の言った通り、メアラミスの人間離れした戦闘力を目の当たりにしたのはロストゼロ以外では殆どおらず、各部隊の候補生たちは皆、夜間の戦場を生き残るのに必死だった。
また戦局を動かす指揮官の3名と機関の副所長は、彼女の大方の経歴は認知した上だ。
(元エリシオン幹部の《羅刹》……ダイキからも深く事情は聞けてはいないが。しかしいまはメアラミス候補生に勝るとも劣らないあの仮面の娘を早急に叩かなくては……!)
「―――斬ッ!!」
ここでイシス、両眼を爛と見開き、ありったけの気合をのせた薙刀を振り上げ、直線上を埋め尽くす魔轟に烈風斬を見舞う。斬撃圏に残らず呑み込まれた最前列のゴーレムたちはばらばらと幾つもの首が次々に胴から離れ、地面に転がった。
「おっと、上官にはさらに化物な剣士がいるんだったぜ!」
太田の芝居がかった言い方に、遠目で辻本も苦笑する。イシスの戦果をみて候補生達の高まる士気と熱気、魔轟らの奇怪な断末魔の大合唱に少し遅れて、道が拓けた部分にメアラミス。
「……キミを倒して、必ずユナの居場所を吐いて貰う。同じ人形同士でも仲良くはしてあげないよ!」
『アッハハ、いいね!カオス滾ってきた!こうなったら最後まで一欠片ものこさず食べ尽くしてあげる!!』
周辺の爆発音に紛れて、しかしハッキリとした口調のメアラミスが飛び込んできた。ネロは凶暴に、雄叫びめいた口上で応じる。
『真黒に染まれ、オルフェ――』
左手を振り翳し、強烈な殺気を混沌と滾らせながら、これまで抑えてきた「モノ」を解き放とうとした。殺意と欲望が加速した次の瞬間。
―――お待ちなさい、ネロ。
カッ。かすかな、乾いた音とともに、グネヴィアがネロの腕を白い手で掴んだ。
「それはこの世界にはまだ早すぎる」
白翼の女の声質と、魔力に、ネロは横顔をじっと見詰めた。
「潮時でしょう、ここは退きますよ」
(ッ?なんだ……いまの会話の“圧”は……!)
一瞬瞑目してから、辻本もメアラミスの右隣まで足を運び、刀を構えた姿勢で顔を上げる。敵2人には、まだ多くのゴーレムの兵団が控えている。しかし、奇妙に静かな空気が流れた。
『ええー、もうお開きなの?やだやだーネロの邪魔しちゃうとぶっ殺すゾ~!』
駄々をこねる幼子のようネロ。実際、彼女のこれまでの無邪気な言動は十三歳推定のメアラミスよりもさらに幼く、また無垢であった。
「やれやれ、もう小腹は満たしたはずですが……」
言って、グネヴィアは装束の懐からとある焼き菓子をひとつ取り出した。ピンク色、直径数センチの半円形を両方から合わせた形のそれは……、
『マカロン♡はむっ♪』
与えられた甘いお菓子にかぶりつく仮面の娘。先程までの戦意が分離したように今のネロは普通の少女になっていた。この場にいる誰もが、人形の子供っぽい雰囲気に、いかなる殺気も見出だすことが出来ずにいたのである。
その間に、グネヴィアは野に放たれていた数十の魔轟、ネロの真価でもあるレギオンなる異能の実験を片付けるよう、それぞれの足元に転移の魔方陣を一筆で描き、吸い寄せられるようにその巨体が次々と消滅していった。
「我らは……夢でも見ているのか」
「それもどうやら悪夢の類いのようだが……これが大陸で暗躍を続ける《影の組織》……噂には聞いていたが」
ようやく薄れてきた煙幕や爆風の向こうで起きている出来事に眼を凝らしてアーシャが呆然と呟く。オズも数秒前までたしかに駆動し、自分達を蹂躙していたゴーレムがいつの間にか消えた事に驚きながらも、眼前の敵の底知れなさに、ただ立ち尽くしている。
「それも……まだ全然本気を出していないようです」
「姑息な犯罪集団め……!」
「レベチな技術力持ってそうだし、各国が血眼になっても全貌を掴めてないのも納得だわー」
「でも。。お暇してくれるみたいじゃ。。?」
雨月玲、シン、モナカ、ユイリカ、各四隊の担当戦域内で、肩で息を整えながら眼を向けている。ほとんどの候補生はまだ事態を飲み込めず、視界が混乱しているなかで、
「待てよっ有翼の姉ちゃんに仮面の嬢ちゃん!まさかここまでド派手にかまして何も無しにお帰りかい?」
「せめて置いてけや、新情報という名の
零組の太田と荒井がファーストとツインズの方向から、気が付けば崖上まで移動していた敵二名に訊ねた。途中参戦とはいえ戦闘の疲れをまったく感じさせない彼らの動作に、ネロはふと眼を向ける。
「くっくっ、元気がいいねー!でもまあ、楽しませてくれたのは事実だし……ネロいまカオス機嫌がいいから特別サービスで教えてあげるゾ♪」
一同は、ネロの応答に耳を傾ける。
「これは警告さ、この地で起きる一切の出来事に目と耳を塞いで欲しいんだよ。ネクサスウィスプやネメシス……それと“錬金術士たち”についても」
「―――とうとう現れたのです。数百年に渡り行方を眩ませ続けていた勢力……《クラウディア》がこの世界に。此度の動乱も全ては《アンセリオン》と彼らにとって必要な闘争」
しかし。グネヴィアが言葉を区切る。
眼を細め、彼方の星空をみて、さらに数瞬、思考を巡らせる。
「少々王都方面が厄介な顛末になっているようです……ここはあなた方、四聖の秩序を掲げる連合機関にクラウディアをお任せしてもよろしいでしょうか?」
「ええ!?」
誰よりも早く驚愕したのはネロだった。
「ずいぶん虫のいい事をいけしゃあしゃあと抜かしてくれるお人やなぁ……ええかげん玄武から消えてくれへんか……?目障りでしゃーないんや」
これまで静観してきた玄武出向の指揮官ヴェナが、酷薄な笑みとともに殺意を宿した冷酷な瞳を浮かべる。それは普段の陽気な彼女の性格とは真逆のものであり。
(っ……!)
候補生総員、更には指揮官のカグヤや月光、辻本や零組でさえもヴェナの殺気と幻属性を基とした魔圧に、背筋を這い登る邪悪な戦慄に身を震わせてしまう。
だが敵性2名、アンセリオン幹部の白妖妃は動じることなく、また仮面人形は朱く塗った唇を、赤い舌先でちろりと舐めながら、
「わお、スゴい威圧感だね幻術使いさん♡」
フフ。グネヴィアの微笑が響くその瞬間、翼をはためかせ一気に飛び立つ。ネロもグネヴィアの六枚の翅に背中を預け、脚をぶらつかせながら夜空の闇に溶けて行く。
「クラウディアの潜伏地点はユハンラ湿地帯にある樹海の最奥。答えを出すのはいつだって人の子の役割です。啓示はしました、あとの選択は委ねましょう―――」
「閉じ籠って演習や訓練に励んでてもいいケドさ、どうせならスリルに生きたいよね~なんて。メアお姉ちゃん、それに騎士のお兄さんも機会があったらまた殺し合おう♪」
ぬらりと光る仮面に炎を反射させながら、上昇する。
「グーテナハト、まったねー!」
そしてまっすぐに峡谷、その先の王都目指して飛んでいった。
「…………」
「…………あれが、アンセリオン…………」
暫くの沈黙、夜の帳が本格的に下りた時刻、月光が緊張の糸を切らし吐き出すように言葉にした。月光本人に過去の記憶は失われているものの、白虎本隊から機関に配属が決定された時期にある程度の「裏」に関するデータは得ていた。その中でも最大限に警戒されていたよう感じたのが、影の組織である。
「噂以上に手強く、また底知れぬ組織のようだ。シーカー殿、大丈夫か?」
「あぁ、連中にはたびたび腸が煮えくり返りそうな気分にさせられてるから柄にもなくキレてもうた。けど今は、被害状況の確認を優先やねぇ……」
「動けない方には手を貸してあげなさい!……ふぅ、生徒らのケアも必要になるかも知れませんわ」
イシスがヴェナを気遣う間、カグヤが率先して軽傷の候補生たちに指示をして処理に動いていたため、両者も自分の担当する部隊の消耗程度を早足で診て回る。
「……くっ、まさか初日からとは。ともかくロクサーヌ所長に報告せねば」
奇跡的にほぼ無傷だったインビジブルの船体の前ではモーガンが太いため息のあと、周囲の状況を見通しながら低く呟いた。
未だぼやぼやと炎上し続け、煙を空に吐き出し続ける、棄てられたゴーレムの残骸二十数のなかをロストゼロのメンバー。数分前までこれら傀儡が鉄斧や剛腕を振るい、演習地を制圧していた。その事実を思い出すだけで軽く粟立った二の腕の肌をそっとさする。
やがて中央部にいた指揮官の下へと駆け寄った。辻本は気配にそっと首を振り向くと。
「みんな、怪我はないな?」
「玲と朔夜は負傷者のフォローを、メアラミスとアーシャは被害の確認にあたってくれ。そしてオズ―――君は念のため艦の医務室にいるシャルロッテの様子を。」
「はい!/ん……(コクり)/了解です……!」
素早く各方面に走り去っていく《ロストゼロ》の部下たちの影を見送ってから、辻本は後方に集まってきた《零組》の同窓たちに気が付く。
「むっほ、ちゃんと上官してるみたいだね?辻本くん」
「カグヤよりは断然テメェの方が適性だろうぜ!」
まず声を掛けてきたマスターと荒井、ともに久し振りの再会となる旧友だった。辻本は先程までの険しい顔つきから、少しだけ口許にかすかな笑みを浮かべた。
「あはは……シエラと太田は日中に会えていたが。荒井、そしてマスターもありがとう、助かったよ」
感謝を言って、軽く頷き合った。
「しかしアンセリオン、エリシオン後継組織ですか……マナ様から常に警戒はしておけと言われていましたが」
「またとんでもねえ曲者メンバーだったな。ったくデリス全体が謎の化物に侵略されちまってる時代によ……とうとう事態が動き出したってワケだ」
「うん……そうだね」
「そいつも氷山の一角、他の勢力も蠢いてやがる。」
シエラ、太田からマスター、荒井と続き、最後に辻本、
「ああ……」
右手で太刀の納めれた鞘を、そっと撫でる。
「―――明日は色々と忙しくなりそうだ」
その後。
時刻は22時頃、漸く本隊から救援に訪れた玄武軍の隊員らと協力してなんとか騒ぎを一時的に収拾。皆がインビジブルの各々の寝室ベッドで眠りについたのは深夜を過ぎていた。
***
翌朝。玄武演習「コーネリアサイド」2日目。
アンセリオンの襲撃からちょうど十時間が経過した午前八時の演習地では、すでに100名の候補生たちの喧騒に、眠たげな空気の匂いが交わった涼やかな青空の下、予定通り外国演習二日目が実施されようとしている。
ただひとつの異例、特務部隊の指揮官を除いては。だが。
先程、玄武コーネリア市を管轄するスペンサー知事からセントラルを通じて正式に四聖秩序機関の辻本ダイキに要請が出されたのだ。内容は「玄武で進行する《錬金術士》の目的を暴きこれを阻止せよ」。
当然、一指揮官への要請でない点に零組が反論、辻本個人への要請であるため無関係ではないと筋を通し、機関や大陸各国の制限を受けない協力者という形で同行が容認された。
「……そうか、ダイキと……零組、あなた方が。学生時代のクラスメイトであれば、僕達よりも連繋はとれていそうだね」
外縁部で俺たちの説明を聴いた月光、機関からは孤立した古巣での活動となる事にわずかに目を瞠ったが、すぐに柔らかい声で言った。
「そっちにはワルいが俺らも大事な
「元々私たちはそのつもりで動いていましたので準備は出来ています……あまり心配なさらず演習に集中していて下さい」
荒井とシエラに月光は素直に頷く。どこか冷たくも見える会話だが、やはり朱雀として機関の構成員とは一定の距離感は保たなければならない。零組の心中を俺は傍で察してしまう。
そしてその隔たりは、俺と教え子たちにも同様だった。
「辻本指揮官!」
縁側のテントから慌てて飛び出してきたのはシャルロッテを省くロストゼロ所属の5名。担当指揮官が今からは“自分ら新メンバーとではなく旧メンバーと”行動を起こす事をどこからか聞きつけ、真偽を問い質すために来たのだ。
彼らは俺の前まで詰め寄って、眼をしばたきながら、
「あの……先輩方だけで対処されるというのは……?」
「……本当だ。特務活動は昨日をもって終了となった。本日は月光指揮官の監督の下、ツインズオウルと合同でカリキュラムにあたってくれ」
玲の問いに俺は暫く口の奥が動かずになるも、必死に伝える。
「………………」
事情は把握しているものの納得は出来ない、そのような表情で少年少女は沈黙する。メアラミスは眠そうな目を擦りながら、ちらりと元零組を見渡し、やがて視線が俺へと収束した。
「わかった、いいよ」
その穏やかな、夜の微風のような笑みは、やはりユナ、そしてサキに似ていた。相棒の許可が下りたことでどうにか腹を括れた俺は、
「今は互いに、成すべきことを成すだけだ―――時間は有効に使いたい、あとはよろしく頼む、月光」
半ば強引に部下達の世話を預ける。月光もそれを快諾すると、一旦合同訓練の段取りの確認や準備があるためまた後で呼びにくるとロストゼロに伝えて、この場を後にした。
「よし、俺達もすぐに出よう。アルビトルの街で装備を整えてから湿地帯のルートで荒井、各方面への連絡は任せた」
「お、おう!(……無理しやがって……)」
辻本と荒井が肩を並べて出入口の門の方面へと歩き出す。
その様子をみてから、優しげな風貌と緑基調で薬師のような服装の青年『マスター』がロストゼロに声を掛けた。
「本当はみんなの事が気になって仕方ないんだよ。でもだからこそ彼はなるべく君達を危険から遠ざけようとする……たとえ立場や国家間の問題はあってもね」
「ま、君らの担当指揮官は昔っから“真面目”すぎるからよ。そこは大目に見てやってくれ」
マスターに次いで太田が陽気に微笑むと、
「演習……頑張って下さい……!」
最後にぺこりと頭を下げたシエラが締め括り、零組メンバーは演習地から立ち去った。
やがて視界から彼らの姿は消え、取り残された一行。
頭では理解しているがやるせなさや悔しさの入り雑じった想いが勝る。それは本来、心のない人形として造られたメアラミスにも僅かに感情が宿っていた。
上官の決定に部下が口出すのはナンセンス。
なのに何故だろう、眠気の内に込み上げてくる感情。彼がウチより零組を優先するのは当然なはずなのに―――。
もし仮に、さっきの場面にシャルロッテがいたら、また展開は変わっていたのかも知れない。シャルロッテに関しては朝方、演習地よりも医療設備が整っているコーネリアの医科大学に移されている。
しかし未だ危篤状態が続き、もってあと一日か二日程度だ。
「シャルはどうなっちゃうのかな?《零組》がラムダとクシーってのから解毒方法を聞き出しそれを実行するのと、あの子の体力が保つ猶予、多分かなり厳しいよね」
メアラミスが珍しく堅い声で言い募る。その言葉に俯くオズ。
「っ……」
「カグヤ姉さんも毒の専門知識がある《呪泡のルナ》という化学者の方に、昨日のうちに連絡はしてくれていたみたいなんだけど……『機関員としてならともかく正規の軍人、それも佐官クラスがこれ以上無闇に玄武入りは外交的に危険だ』。そんな風な返事が来てたみたいだよ……」
「連合軍たる機関と各国正規軍の“しがらみ”か……」
朔夜が遠くで部下達と演習の準備と復旧作業の指示を行う従姉のカグヤに視線を向けながら早口で言った。その言葉にアーシャが抑えた声で囁く。
「一応、玄武軍や他の部隊の皆も解毒に関する情報収集はしてくれるみたいだが、そのルナとやらやアーシャの言った通り、機関のコンプライアンスとはかけ離れている以上あてには出来ない」
「辻本指揮官や零組の方達を待って大人しく訓練に励むしか道は……ないのか……!」
オズは胸を押し潰すような悲しさを必死に堪えて言う。すると隣にいた玲がある来訪者の気配に気が付いた。
「……あら?あれは」
「あー!やっと見つけた!シャルロッテさんの事をシエラさんから聞いて、いてもたってもいられずにお見舞いにきたっすよー!」
細く叫んで此方に一直線に疾走してきたのは夜々。昨日の特務部隊中に出会ったトレジャーハンターの少女だ。オズ達は先程までの暗い雰囲気も一瞬忘れ、呆然と呟く。
「君か……気持ちは有り難いんだが、彼女なら今朝方に市内の病院に搬送されたばかりだ」
「うえぇマジっすか!?せっかく色々とお見舞いの品を詰め込んできたのに……」
そう言って夜々は大きめサイズのリュックサックを下ろすと、ごちゃごちゃした中身から鉱石やら陶磁器やら様々なガラクタを取り出す。
「これは朱雀のローザ鉱山で採れたもの!あの時はツルハシ片手に鉱山員の方々と夜遅くまで……で、こっちは玄武の~」
特に誰からも聞かれていないのに夜々は獣耳めいた暗髪をぴょんぴょん動かして、まくし立てるようにお宝を紹介する。
すると、メアラミスがある事を直感的に脳内で閃く。
それは昨日、奇しくも自分から興味をもって夜々に訊ねていた内容であった。ゆえに鮮明に記憶していたのだ。
「……『息吹の泉』」
「ねえ、飲めばどんな病気でも治せる水が採れる秘境が玄武にあるって言ってなかった?」
「!」
メアラミスがきっかけで一同は同時に、それを思い返す。
「メアラミスちゃんよーく覚えてくれてましたね!これはわたしの助手になる日も近い」
「夜々!その泉は玄武の何処にあるッ!?」
オズがほとんど自動的に唇を動かし、強張った顔で感情を剥き出しにして叫ぶ。夢中に少女のちいさな両肩をぎゅっと引き寄せては、至近距離から真剣な眼差しで訴える。
「えとえと……確かあれは~……ちょうどコーネリアから徒歩で行けるくらいの距離の山岳地帯!探険に行ったのは半年前くらいなんで道も覚えてるはずっす!」
「……あと、オズさんの綺麗なお顔がだいぶ近くて……夜々ちゃん恥ずかしいっす……」
「…………よし、そこにある聖水なら」
頬を赤く染める夜々を玲に預け、オズが自分にも言い聞かせるような口調で言う。
「シャルロッテさんを治せるかもしれない……!?す、すぐに月光指揮官やモーガン副所長に相談しなくちゃ!」
「待て朔夜、さっきも話したが《機関》としてはシャルロッテの重要度はそこまでじゃない……この事を説明したところで泉の水で解毒出来る確証もない以上、逆に目を付けられるだけだ」
すくっと体を動かそうとした朔夜の腕をオズが強く掴んで引き戻した。朔夜はよろけながらに再び輪に戻り、その説明に理解する。
「……今なら、バレずに外に……」
そして、周囲で忙しく動き回る指揮官たちと出入口方面を交互に見てから、短く呟いた。従姉や上官の目を盗んで何かをしようとしている言葉が自分の口から出たのを聞いて、朔夜自身も少々吃驚した。
「ううむ、軍の候補生が上に連絡もせず独断で行動……さすがに規律違反であろう」
アーシャが厳罰は至極当然とばかりに即答で口する。
だが、いまの彼らには迷う必要も無かった、しかし何か正当な理由が欲しい。
クスクス……。
玲が急に微笑みだした。黒い瞳の奥に、脳内の高速思考から弾き出された「悪巧み」を眼鏡越しに映しているがごとき光がちかちかと瞬く。この顔はたまに魅せる、辻本指揮官を動揺させる時のアレだ。
「皆さん、ダイキ指揮官の命令をもう一度思い出してみてください?最終的に私たちに言い渡されたのは『いま、成すべきことを成せ』だったはず」
「であれば、自主性を尊重して下さっている先輩の厚意に甘えて、合同訓練から課外活動にすり替えちゃっても平気ではないかと♡」
たしかに、と全員の脳裏に迷いが揺らぐ。
「な、なるほど……一理はある……のか?」
戸惑うアーシャを他所に、もうオズは答えを出していた。
すなわち賛成を。こうしている間にも、刻一刻とシャルロッテに残された命の猶予は削られていっている事実は変わらない。
「―――雨月の言う通りだ。僕達がいま、成すべきことはここでの訓練か?違う、今も苦しんでいる
「うーん……若干屁理屈な気はするけど……うひっ!?」
それでも頭を抱えて葛藤する朔夜に、メアラミスが小さな人差し指を伸ばして、童顔をつついてやる。
「マスコット男子くんだけ残ってる?」
「ううう…………分かったよ行くよぉ」
「ん、えらいえらい」
こくっと頷き瞼を閉じるメアラミス。最年少に諭された朔夜の潤んだ瞳と泣き言の様子に、少しだけ緊張感が解けた空気になり、オズも本心からの微笑みを浮かべた。
「フッ……さて、道案内は頼むぞ、夜々!」
「合点承知っす!!」
―――こうして零組が出発した僅か十分後。独断でロストゼロとトレジャーハンター夜々は演習地から慎重に抜け出し、秘境の地へと赴くのであった。
「…………ふぅ」
それに唯一感応したのは高下駄に着流し姿の六盾隊・ヴェナだった。
昨夜のアンセリオンの襲撃から対策として独自の不可視の魔法陣結界を演習地一帯に仕掛けており、生体反応の出入りを探知するセンサーの役割を秘密裏に設置していた。
ヴェナは煙管を吹かしながら、一服する。煙草を始めたのは軍に入隊してある程度の地位まで登り詰めてからだった。近年は喫煙者の激減傾向にあるデリスだが、ヴェナは今なお大人の嗜好品として煙管を愛用している。戦闘では幻術の媒介として使用する煙、それがぼんやりと晴天の玄武の空に溶けていく。
「クク、零組に負けず劣らずええ根性しとるやないか……」
「……ロストゼロ、さてどないしたろか」
至福の一時を終えたヴェナは、裾にパイプを忍ばせ、腕組みをして妖しげに笑った。
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