2-19節「一にして全、全にして原初」

ネロは一にして全、全にして原初。



たとえばペットを可愛がるように。


たとえば虫を弄るように。


たとえば玩具で遊ぶように。



この世界に、究極のカオスを与えよう。





ブォ!!という轟音と風圧が演習地中に響き渡る。


吹き荒れたのは膨大な烈風だった。周囲のゴーレムと交戦の最中にある指揮官や候補生達も思わず目を瞑る。衝撃波に近い、渦めいたものが、ものすごい速度で激突しあっている。


「…………キミ、感じだね?」


鬼神の魔力を高めながら、メアラミスは静かに囁いた。気が付けば辻本ダイキらロストゼロや機関の皆と孤立している。両者はインビジブルから少し離れた薄暗い広場に、伴にいた。


「アハ、流石は《第二候補スペアプラン》様、大したチカラじゃん♪でもネロにはぜんぜん及ばないかな~?」


白熱と白狂が混ざりあったような銀灰色のショートカットと、目許だけを隠すドミノマスク、悪魔のような劫火を操る人形がニヤリと歪ませた顔を向ける。


(……ここで“鬼”を全部解放するわけにはいかないか、そんな事をすれば演習地や列車インビジブルがぐちゃぐちゃになっちゃうし。)


メアラミスはふと、もしそんな事になれば損害賠償を要求されて真っ青になるダイキや朱雀サイドが見れるかな、なんて邪な考えが過るも、視線を仮面娘に再度ぶつけた。


「“ネロ”とか言ったっけ?奇蹟の力を埋め込まれた人形、大方アンセリオンから送り込まれた“新タイプ”だよね……でもまあ、あんなオモチャの大群を連れて来てる時点で、ウチより劣ってるよ」


できるだけ人を馬鹿にしたように、彼女は言った。


「その《混沌》も、ユナの方が遥かに強かった。まぁ……今のダイキ君になら優ってるかもだけど、ふふっ」


メアラミスの挑発に、ネロはしばらく無言だった。


「……カオスムカついた……ダイキ君?誰のことよ?それにユナ……くくくく、ねえメアお姉ちゃん」


「《組織》から廃棄された分際で、あんま調子に乗るんじゃないゾ―――!!」


「……はぁ、ウザいな」


爆音が鳴り響いた。


メアラミスとネロが真っ正面から衝突する。メアラミスの右手には羅刹の由縁たる《鬼》が部分的に宿っていた。ネロの劫火を纏った容赦のない一撃と反発しあうなか、その余波として衝撃波が周囲一帯へ均等に炸裂、深林が木っ端微塵に砕け散る。


方々で候補生らの騒ぎも聴こえるが、二者はそちらに目も向けることなく、


「アハ、なにそれサンダラレベルだよ!」


(ッ、これは……!)


バォ!!という激突の結果、ネロの一撃を受けたメアラミスが後方へ吹き飛ばされる。広間に面した樹木を突き破り、バキバキという音が連続した。


メアラミスは不快に顔をしかめながら、手応えを意図的に外された感触に眼を細めた。ネロは自分と同じく、まだ実力の半分も出してはいないのだろう。


「……ふーん、混沌の炎に加えても入ってるんだ」


爆破テロにでも遭ったようなレベルに大地を焦がすネロの炎とは別に感知したもうひとつの奇蹟。


「ウン。たしかメアお姉ちゃんのは《ラークシャ》って名称が付けられてたよね?ネロのは《タイラント》なんだ~♪」


一切の隠蔽の気もなく、すらすらと己に搭載された能力について自慢げに語る仮面の人形。相反する黒白の魔力たる混沌だけでも常人では耐えられない負担を体内にもたらすのに、この娘は更に「奇蹟の獣ガーディアン」までを。メアラミスは僅かに眉をひそめた。そして呆れた口調で、


「盛り過ぎ」


「それねー、自覚はあるゾ♡」


言葉と共に、二人は再び動いた。


脚力に鬼の付加を加えて真っ直ぐに突き進む羅刹メアラミスに対し、暴君ネロは空気を叩いて真左に跳んだ。一息に腕を振って空気を引き裂き、その大気の流れに「炎」が交わる形で、文字通り掌握する。


熱風、と言うには余りに豪快な灼熱の嵐が前から突き抜けた。風速一三○メートルに達する火炎の塊が、砲弾となって空中を蹴るメアラミスを撃ち落とそうとする。


器用に鬼神の霊体を動かして、これを避けた所でメアラミス、華麗な躰さばきから踵落としの体勢に入ると、勢い良くネロの頭部目掛けて脚を振り下ろした。


ネロもそれに合わせて懐に入ると、右掌を突き出す。


「―――!!!」


風の唸りとともに、周囲の粉砕された樹の破片が飛び散る。




インビジブル前方。未だ放たれたゴーレムの半数は耳をつんざくような駆動音と機銃音を鳴らして機関員達に襲い掛かっていた。まるで異世界で精製されたような素材を纏うゴーレムの異常な耐久力に、徐々に力を奪われつつある候補生ら。


膠着状態に近い戦況の中、辻本ダイキは眼を動かした。


―――メアラミスが何者かに狙われて、遠方で激しく交戦している。しかもそれは、選ばれた者のみ扱える混沌を纏っていた―――


(どういう……事だ……!)


「さっきの仮面が襲撃犯とみて間違いなさそうだが……メアラミスは無事なのかッ?」


独白に重ねるよう、ロストゼロ部下のオズが辺りを見渡す。


「辻本指揮官、我らに指示を!ここで動けずして機関の特務部隊は名乗れないであろう!」


間髪入れずにアーシャ。また玲や朔夜も覚悟は済ませている、そんな表情で担当指揮官に視線を送っていた。既に午後の教会での死闘で心身ともに疲労しているはずの部下達、辻本は1度深く瞳を閉じた。状況を迅速に整理する。


混沌。本来はユナのみに与えられていた奇蹟。俺は彼女から闇を、そしてサキ、彼女から光を受け継いでこれまで戦いを乗り越えて来た。聖都決戦の《深紅の零》のタイミングで復活したロゼという存在に今は奪われてしまっていたが、仮にあの混沌を操る仮面が組織に属する者ならユナへの道の重要な手がかりになる。


いつの間にか後ろ向きな心理状態に陥っていた。自分の目頭に熱く込み上げてくる想いに気付く。今は遊撃活動に専念、各班をフォローしながらメアラミスの下に急ぐべきだ。


「よし。《ロストゼロ》、これより――ッ!」


気配を上空より察知した辻本が言葉を詰まらせる。機関への配属が決定して以降、魔女の修行で会得した、辻本の剣士としての「探知」能力は間断なく彼の知覚に“影”を届かせている。


辻本は察知した方角、インビジブル方面の真上に顔を向けた。第一部隊中央で守護するイシスや、左翼、右翼で展開する他の指揮官たちも混戦模様のなかで明瞭に魔力を察知する。


風切り音の下から届いてくる、歌声めいて、紡がれる唱和。


濃密に飽和した光が《翼》となり、白繭のようなそれが六枚顕れた女性の背中でゆったりと羽ばたく。


「天使の……翼?」


誕生とも呼べる神々しい光景に、オズが息を呑んで呟いた。


「なんなのだ、あれは……!」


モーガン副所長の絞られた声は、ドゴォ!! という衝撃音に掻き消される。メアラミスと闘りあっていたネロが拠点列車前まで飛び出してきたのだ。


「うわぁ!仮面の!?/メアラミスさん……!」


朔夜と玲がほぼ同時に叫ぶ。ネロの後を追うようにしてメアラミスも此方に現れたのを確認したためである。外周部で孤立していた相棒の軽傷の姿にひとまず辻本も安堵の表情。


「あー!やっぱグネヴィア姐さんじゃん、どしたの?」


漆黒の空に鎮座する翼の女性にネロが地上から声をかけた。フードを深く被っているため、下からでもその顔を確かめる事は出来ないが、辻本は『グネヴィア』という名前には聞き覚えがあった。


(……グネヴィア……、ロゼが俺を王にしようとした時、あの円卓の空間にいた人物のひとり。やはり襲撃犯は《アンセリオン》で間違いない!)


還元された混沌の痕を握り掴むように、指揮官コートの上から左胸を抑える辻本。その仕草に僅かにグネヴィアが目を細めるも、まるで子を宥める親のような声質で人形へと問いかけた。


「ネロ、魔轟との《レギオン》―――第三個体たる貴女の真価を測る実験を忘れていませんか?」


「へ?そうだそれがあったんだ!いやぁ、いきなり出てきたからびっくりした♪もし手助けとかで勝手にネロの遊びを邪魔をしてくれるなら……♡」


フフ。と微笑を返してグネヴィアは削壁の上に着地。二者の間で何気なく交わされた会話のぶっ飛び具合に一行は冷汗を滲ませてしまう。


「なんて物騒な娘……そなたが無事でよかった、あの者の襲撃によくぞ耐え凌げたものだ」


「あっちも遊びぽかったし?


アーシャに頷いたメアラミスの不穏な言葉の直後、演習地一帯に放たれて、駆動中の数十のゴーレムに一斉に異変が生じた。


『ググゴゴゴゴ……!!!』


『ガギギギギゲ……!!!!』


それぞれの個体が「共鳴」し合うよう煌やかな魔力を纏い、その重心にいるネロへと接続、交信されていく。見た目だけでの推測だが、そのような感覚を総員が無意識に覚えてしまう。そしてそれは、デリス各国から機関に派遣された英雄、精鋭らも同じであった。


徐々に地面が胎動し、震え始める。猛烈な重圧が若者たちの胃袋を襲う。苦痛、恐怖、驚愕、かつて経験したことのない爆発的なそれらの感情が一気に腹の底から噴き出しかける。


「1、2、10、11……きたきたァ!!ネロのチカラがどんどん高まってきてる!!』


ネロは自身を構成する柱が砕けていく心地だった。中心から末端まで、造られた身体は「魔轟」という人形集団と三進数変換で空間から結び付き、ドロドロとした感情に染まる。


それに並び、ゴーレムたちも急速に魔圧が底上げされる。どす黒い魔力を噴射し、爆発的に展開される連鎖は、あっという間に周辺にいた候補生らを薙ぎ払い、戦意を削り取った。


「ぐあああっ!!」


「……もう……身体が……動かないよ……」


「はぁはぁ、はぁ……助けて、どこの国の人でもいいから!早くなんとかしてぇ!」


女子生徒の悲痛の叫びにも、イシスやカグヤ、月光はそれぞれの部隊の負傷者を介抱するため応えられない。防衛ラインとなるインビジブル前方で守護魔法を張り続けていたヴェナも暗い顔つきで呟く。


「絶体絶命ってやつやな……(をやるしかないか……)」


「くっ!(せめて《ゼロ》のネクスウルティムスさえ使えれば……)」


ネロの近場にいた辻本ダイキが歯を食い縛る。本体のネロに接近したくても中・大型ゴーレムの群れが防波堤となって、容易に近づくことが叶わない。その間にも混沌のネロと魔轟の軍勢は、ひたすら強化されてゆく。


『12……20……22、さあて、そろそろだゾ♪第二フェイズの蹂躙、ここにいる全ての人間にカオスを―――』


「へっ!そうはさせっかよ!」


途端、若者の声とともに空中から物凄い勢いで特注短剣が数本ネロ目掛けて投擲される。ネロは仮面の内の眼を丸めたような反応で、素早く身を引く。


「ひゃっほう!“火山噴火の舞い”ってねえ!!」


『うわ、コレなに……!?』


その言葉が終わらないうちに、地面に刺さった狩猟剣に自動的に炎の魔力が凝縮し、まるで火口から地表にマグマを噴き出すように、煙と共に急速に火柱が夜の空を焦がす程に突き昇る。


ネロは驚愕の様子ながら、人間離れした超人の身のこなしで、咄嗟に列車の上に飛び乗りそれを回避。両手をがっしと腰にあて、憤慨したよう唇を尖らせる。


『あっぶなぁ!……ちょっとー!ネロのチカラのを邪魔するなんてカオス有り得ない!まあ、いまの短剣奇術ダガーマジックは面白かったケドさー』


ぶつぶつと文句を垂れる仮面娘を他所に、中空から4つの人影が戦場の四方に降り立つ。多くの候補生や指揮官が呆気に取られる様子のなか、可愛らしい顔に真剣な表情を浮かべて、玲が声に出す。


「ぁ……あれは!先輩っ、もしかして!」


はしゃぐ玲の隣で辻本は、二、三度瞬きしたあと、苦笑しながらに首肯した。朱雀の英雄の反応に、白虎憲兵出向のモーガンが的確に言い放つ。


「まさか《朱雀零組》……オリジンゼロのメンバーか!?」




―――右翼前方の《ツインズ・オウル》。


先程ネロに奇襲を成功させた『荒井』の力強い着地の動作は、虚脱したカグヤ指揮官の意識を揺り動かした。反射的に体を疎ませる。


貴方は!やどうしてここに!等と叫ぼうとしたが、このようなやり取りがお馴染みになってしまっている事に気がついたカグヤは、喉から掠れた音を漏らすだけだった。


「よおカグヤ、なかなか似合ってんじゃねえか、制服。まあポンコツそうなのは変わらなさそうだけどな!」


「……ふ、ふん。その減らず口、今は心強いですわ」


互いに背中を預け合うと、カグヤはため息と笑みの混合したものを大きく吐き出す。同時に、すーっと胸の奥の重圧が軽くなったような気がした。



―――演習地中腹の《ファースト・ワン》。


抜剣は同時だった。『太田』とイシス指揮官、初対面ながら二人は涼やかな金属音をふたつ、重ねて響かせる。


イシスは手に馴染んだ薙刀をぴたりと中段で構え、視線を彼の太刀筋にぶつけた。太田の刀術は一直線に、しかしながら独特のリズムで振られ続ける。イシスのよう無駄の一切ない舞踏のように美しい動作ではなく自然に生きる妖魔、あやかしのモノと戯れるような。


「おおっらよ!“妖刃陣・玉藻”!!」


宙を後ろに跳ね飛んだ太田が、体を捻り、大きく刀を振りかぶる。押し寄せる魔轟数体を巻き込んだ一撃。くるくる……と刀を風車のように廻してから鞘に納めると、まばゆい青の光の弧が幾重にも敵集団を切り裂く。


複数のゴーレムが、華麗に胴を分断されて四散するのを見て、イシスは低く、称賛に呻く。


「そなた、もしや《九尾》に連なる人間か?」


「いんや、最近できた青龍王国の知り合いにってのはいますけど、俺はただの刀好きのしがない剣士でっせ」


声をかけられた太田は、若干肩の力を抜き、愛刀で右肩をぽんぽんと叩きながら、陽気に答えた。


「《霞》の……フフ、朱雀零組、ダイキの級友だけあってなかなかの面子が揃っているようだ」



―――演習地拠点防衛の《トライ・エッジ》。


機関の最終ラインでもあるインビジブルがある付近にて。


「“リジェネ・リーフィア”!むっほぉ!」


分断された守備部隊の候補生たちの視界と感覚神経に飛び込んできたのは、『マスター』の詠唱した、幻属性による全体回復魔法だった。


「これって……回復魔法……?」


「うおお……!動けるぞ!」


「広範囲の立体魔方陣……なんて癒しの力なの」


見晴らしのいい高台に立つ術者から伝播するように、一行の傷付いた体を、深い紫色の魔力が包む。魔方陣はいくつかの軸を作って回転しつつみるみる周囲に顕れ、全方位を治癒の場で覆った。


「はは…………ナイスタイミングやで、弟子君!」


ヴェナは、戦域を照らすあまりの眩さに思わず顔をそむけながらも、着流し姿に似合う涼しげな笑みで、かつて玄武異変の際に魔術師弟の関係になった元零組の青年をめずらしく称揚した。



―――演習地中央部の《ロスト・ゼロ》


指揮と遊撃を行う特務部隊の前に、正午に再会したばかりの少女『シエラ』が背中に黒蝶の翅を拡げ、ぴたりと辻本達の前で静止する。


「辻本さん!部下の皆さんも!」


「シエラ!それに太田と、あちらにいるのは荒井とマスターだな!」


辻本はシエラと距離を詰めて合流する中で、周辺の状況を改めて確認、前二人の級友とは演習中にすでに再会を果たしていたが、更に二人、元零組の盟友達がこの玄武の地に駆けつけてくれていた事。


「……助かったが、なぜこのタイミングで」


別地点で呟いたモーガン。朱雀内戦をおさめた立役者―――辻本ダイキが学生時代に所属していた「始まりのクラス」だという情報は機関への配属が決定して以降各方面から《朱雀の英雄》に関するファイルを取り寄せ、閲覧済みだった。


しかし彼らはからここへ来たのか……、その目的は。


「ダイキ!!」


怪訝な顔を醒ましたのは、左翼最前列から小隊を引き連れ中央部に帰還したツインズの月光指揮官の到着だった。敵主力が此方に集合し始めた事で、すぐに後退してきたのだ。


月光は反射的に、彼方に集う辻本ダイキと散開する《零組》に視界を奪われた。


「うッ!!」


突如、脈打つような頭痛が月光を襲う。


(まただ、何かの記憶が、流れ込むような感覚……こんな時に!)





―――適合率、38%―――





「…………ゼロ、組…………?」

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