破戒録-序「鉄の誓約、銀の密約」

深夜の路地裏には、怒号と絶叫と悲鳴、そして何かが破壊される音が炸裂していた。


白虎商業区画テゼルトから数十キロ離れた廃墟のような街、クソの溜り場のような最下層エリアに認定される悲壮の場所にはホームレスがわんさかといた。


コンクリートとコンクリートに阻まれた細長い直線で、五人ぐらいの家なし男が息を巻いている。さらに視線を下に向ければ、地面には三人ほどの人間が血を流して倒れていた。


五人の男達の手にはジャックナイフや警棒、催涙スプレーなどが握られている。だが使い慣れている感じはなく、殺人に使える得物なのに違いはないが素人丸出しの構え、ビニール包装を解いたばかりの新品ですという印象は拭えない。素人だからこそ別種の危険性を孕んではいるが。


五人の男達は、たった一人の人間を取り囲んでいた。


「……そのままだ……よし、ここでいい。アンタの有り金、衣服も、全部置いていけ!」


「あんさんも運が悪かったな……こんな塵溜め、屑のセカイに足を踏み入れるなんて……くくく……!」


追剥目的の彼らの目は皆、余裕なく血走っていた。


逆に、取り囲まれているたった一人の青年はまるで動じない。むしろ、自分を取り囲んでいる凶器持ちの五人の事が視界に入っていないかのように、細く切り取られた夜空を見上げながら何かに思案しているようにも見える。


銀髪、白の青年は砂色のダウンコートに付属された鴉のような黒毛皮のフードをただ揺らす。それ以上に、移植された「悪魔の右腕」の魔力が見る者へ凶悪に叩きつけるイメージ。


ふと青年、『ヒロミ』は思った。


(……ユリウスの野郎をぶち殺してをはめてからやけに絡まれ癖がついてきやがった……マジで呪われてんじゃねえだろうなァ?)


それともここ数日で変化したもうひとつ―――“あのチビ”のせいかもしれねェ。


見るからに薄幸そうな、負のオーラが滲み出てる、その奴隷少女。


「お兄……さん!」


背後の物影から娘の掠れた絶叫が聴こえた。


と同時に、おォあ! という猛り声。破戒者ヒロミを包囲する凶人達の一人が、ナイフを手に彼の背中へ突っ込む。だがヒロミは振り向きもしない。視線すら横目で睨む程度。武器すら持たぬ無防備で華奢にすら見える身体に、男は全体重を乗せたナイフの先端を突き入れようとした。


痺れを切らした凶人のナイフを、ヒロミは右手で受け止める。まだ縫合跡の残る腕をかざして、自分本来の異能力である「銀棘シルバーソーン」を作り出す。


ジャキンと骨を砕き肉を切る音がヒロミの背中から響いた。もちろんそれはヒロミの体が壊れた音ではなく、彼の背中を刺そうとした凶人の手首が銀棘によって切断されたのだ。


ぎゃああ!!! という男の新たな悲鳴。取れた腕を探してゴロゴロと汚い地面を転がる姿はえらく滑稽だった。


「あーァ、なんかデジャヴを感じるぜ」


ヒロミは数日前、テゼルトの奴隷市場を思い返す。


「まあ、テメェらみてえなゴミども相手じゃ《ゼクス》どころかわざわざ剣を抜くまでもねえがなァ」


ヒロミの煽りに誘爆するように、残り四人の男達が一斉にそれぞれの得物で襲い掛かる。それを陰から少女が見守っていた。


ふと少女、『ミカ』なんて名前を貰った奴隷娘は感じた。


あの男の人たちの中で、真の意味で「お兄さん」に勝てると思って戦っている者は、何人いるのだろう。彼らの目は確かに血走っていた。だが一方で、それは度を越した緊張や不安、恐怖や焦燥、閉ざされた将来へのマイナスな感情によるもののようにも見えたのだ。


なぜ分かるの?それは、わたしもであったから。


あの日を境に、彼は昼夜問わず多くの者に襲撃されるようになった。それがミカを拾った日からなのか。昨日ついにユリウスの居場所を突き止め、熾烈を極めるとかと思われた「天廻」との勝負が意外に呆気なく着いてしまい、アンセリオンの動向を聞き出そうとするも先に死なれてしまった時からなのか。


白濁の青年と、黒涅の少女には二人には分からない。


そんな事を互いが意識する間に、凶人達の雄叫びと、すぐに押し寄せてくる後悔の叫びが連続して響く。


悪魔の腕を手にして以降、ヒロミの「銀棘」は明らかな変化を見せていた。これまでは自分の意思で銀の棘を鋼鉄の鞭のように扱い、時には鉄壁の盾のようにも扱ってきた。


だが、適合したユリウスの腕。いいや厳密には元々ユリウスの能力の根源はヒロミの秘めたる古代の力ゼクスに由来していたのかも知れない。今ではヒロミの意思とは無関係に、自在に棘が攻守のオートで周囲の害を蹴散らしてくれる。


だからこの程度の敵ならば、彼は何もしなくても自滅を待つだけでいい。自らの腕や足から伸びた棘の波が四方八方、凶人達の心を折るまで何度も潰し、何度も叩く。


ディクロス、宿命と魂に導かれたゼロ辻本ダイキゼクスヒロミが関わったあの最果てでの一戦、そして朱雀聖都で起きた時宮ロゼという管理者の復活。



オレの野望のために必要なゼロの力が消えたのを境に、オレは目的を失っているのかも知れない。と彼はまたもや思案する。


かつて古代デリスにおいて光の軍勢を統べた9の魂と闇の軍勢を統べた九の魂。その重心にして最終局面では光側に与していた混沌騎士ゼロの今の継承者、所有者は何処にいる……?


「…………あン?」


ふと自分を取り囲む喧騒が沈黙していたことに気付き、ヒロミは視線を、血染めの地面でのびている野盗どもに向ける。のびていた、なんて穏便な言葉で表現するには辺りには血や腕、脚が飛び散り過ぎていたが、少なくとも死者はいないだろう。


昔、例えば「銀の天秤」に身を置いていた時代ならば、正面から渡り合った者共は間違いなく皆殺しにしていた。それを考慮すればいま、目の前で伏している彼らは呼吸できているだけでも奇跡だ。


トドメを刺す気も当然無かった。今日殺せる者は明日でも殺せるし、明日殺せる者はいつだって殺せる。『ゼロ』に辿り着くための足場としてた零組や天秤と違い、躍起になったところでゴールもない。


(ったく、何なんだっつのォ。やる気のねえ……オレは)


「あ……あのあの……!……お兄さん、これ」


気が付くと、ヒロミのすぐ後ろにぴったりと張りつきながら、ミカが両手で「本日のご褒美フルーツ」を差し出していた。ヒロミは肩越しに背後を睨む。


頭から汚い毛布を被っているミカ。どこぞの影の組織の漆黒コートのように毛布で顔も体もすっぽりと隠している。身長も決して大柄でないヒロミの腹ぐらいの背丈だ。


「いちいちオレが何かする度に袋の中に買溜めてたフルーツを渡すんじゃねェ。つーかそいつァ端からオレの物だ、我が物顔は止めろっての……殺すぞ」


ヒロミは首をゴキゴキ鳴らしながら路地を行く。と、置いてきぼりをくらった奴隷少女は少し慌てたように、


「ああっ……!待って……!ブドウはね……果物のなかでも鉄分がたくさん摂れるって……市場で習って……!」


闇のまどろみの中、もそもそと着いてくる音が聞こえる。


「お兄さん……いつも血の気が多いから……ひっ!」


やけに馴れ馴れしくなったガキに辟易しながら、ヒロミは乱暴に葡萄を受け取ってやった。そして片手で無造作に齧りつく。


「黙れ、…………チッ、ブドウは喰いにくいんだよ」 


「えへへ……」


虐殺者であるヒロミにさえ危機感のないミカは、彼の口汚い言葉に対しても太陽のような笑顔で返してくれる。


少女はまだ生き方を知らない。


奴隷として人権を剥奪され、商品としてこれまで生きてきた少女が生まれて初めて手にした「自由」。ミカにとってはやはりヒロミは救世主なのだろう。


―――別に劣悪環境にいたコイツを救って、英雄気取りをしたかったワケじゃねェ。 


ただの気まぐれ。強いて言うならば……昔のオレと重なった。


物心ついた時から貧民街スラムで過ごし、道徳のない世界で奪うか奪われるかの毎日、次第に灰色になっていた幼少期を。


だが。


(考えてみりゃ、何年ぶりだ。悪意のねェ声で、他人からモノを貰ったのなんざ)


「……鉄ねェ、ちょうどいい頃合いだ。“鉄血野郎”を揺すってやるとするか」




※※※




白虎帝国某所。軍事機密の建物内にて会議が催されている。


この日は四月の中頃。発足したばかりの四聖秩序機関についての報告だった。


「機関の動きはカグヤを通じて把握します。月末の外国演習も滞りなく、候補生らに加えて《五芒星》、《鉄血の盟傑》にも出動させる予定であります」


参謀役『ロラン・クルーガー』が御上に対して説明を終える。


ここは寝室だ。部屋と同じく円形のベッドはまるで満月のようであった。八本ある黄金の柱は《月の虎》の定員の数を表す。その支柱が同じく金張りの天蓋を支え、そこから紫色の薄布が幾重にも垂れ下がっている。寝台は、帝国産の絹らしき純白の敷布に覆われ、窓から差し込む星明かりを受けて、仄かに、妖しく輝いていた。


そして―――ベッドの中央には横たわる人影がふたつ。天蓋から垂れる半透明の薄布に遮られ、おぼろげな輪郭しか見えないがロランはこの行為が神聖なものだと解釈はしている。


「フフフ……かの《白金の魔術王》どのが所長を務めるとなれば安心でありましょう」


「ええ……しかし我らが白虎軍と、それを統べる“母様”の敵ではない。所詮は片翼をもがれた朱雀の渡り鳥です……んふぅ」


ひとりの女性、《月の女神》を冠する総帥アルテミス。彼女と同衾する少年、《賢者の柱》のイリム。青白い光がベッドの中央まで届いた瞬間、二人は温かく絡み合っていた。


銀糸の淡い紫の薄物を纏うアルテミス。膝の上で、白く華奢なイリムを前のめりに引いて優しく抱きしめている。腕や指は人形のように細いが、その上で薄い布を押し上げるふたつのふくらみは豊かで、少年の顔をとらえて離さない。


美しい―――これが月を統べる、母なる君の本質なのか。


魂を吸い取られるような感覚が訪れる。この御方と対面するといつもだ。視界から他の全てが消え去った。もうロランには母の愛を享受するイリムの姿は見えてない。それほどまでの神聖、最高司祭としての妖美な魔力を彼女の空間は持っていた。


「欲しいのですか、ロラン?あなたも私を貪り尽くしたいのでしょう?でも、まだだめ。言いましたよね?


濃密な甘い香りを放つ、蜜をたっぷり含んだ誘惑的な声。ロランの耳にとろりと流れ込む。


「…………」


月の女神のは、こうしてとなる。懐柔させる。獰猛な虎を繋ぐ。あらゆるものを命令系統の下に置いて御する。


「フフ、機関には魔術王以外にも愛しがいのある子どもたちがたくさん。とっても可哀想ですもの」


憐れみの裏に、仄かな笑いを忍ばせた響き。


「もし怖くなったら、いつでもいらっしゃい、私のなかへ」


女神の如き美貌を持つ女性が、超然とした微笑を浮かべながらロランに告げる。そしてロランの敬礼を見ることもなく、愛の中に浸るイリムをとろけるような柔らかさで包み込んでいた。


「……我ら白虎が覇と成るために」



 居住区を退室後、ロランは廊下で夢でも見ていたかのような思いに至っていた。早鐘のように鳴り響く心臓は惨めさや悔しさからか。いずれにしても酷く穢らわしい光景だった。


(…………クク、月の女神の言いたい事はこうだ。。《深紅の零》によりセカイが開かれて以降、あの方が日に日に満ちていっているのが解る…………。)


白虎帝国軍においてアルテミス閣下を支持している、いわゆる主戦派と呼ばれる派閥に属している者は過半数を占める。無論ロランも宰相として彼女の右腕を担う役柄だ。


しかし女神は部下の行動について規制は殆どしない。結果として白虎が覇に近付きさえすれば、いかなる手段、それが邪道であっても看過されてしまう。


(……私が組織した《鉄血の盟傑》、これも女神に染まりかけている白虎上層とは独立した小隊が欲しかったためだ。それに狩猟団の《アギト》、こちらについても契約は継続中、私の手中にあるといっても過言ではない。奴らは戦争屋だ、金さえ出せばいつでも駒になる……。)


あとは機さえ逸しなければ。


そう考えた瞬間、ロランの携帯端末に無線通信が入った。軍部用ではなく匿名性のある予備のCOMMが小さく振動する。


これを鳴らせるのはアギトか―――あるいは「彼」か。


「私だ」


「(よォ、テメェが1回で出るなんて珍しいじャねえか。上に悪行かバレてクビにでもなったかァ)」


後者だった。彼との繋がりは誰にも知られていない。密約。


「(早速だがビッグニュースだ。テメェの弟、黒十天使No.Ⅰユリウス・クルーガーを殺した。ちょうどいい感じの腕も戴いておいたぜェ)」


得意気な声に邪気が混じっている。成程、やはりこの男は破戒者なのだ。人の皮を被った化物。だからこそ自分の側近には無い要素を持っていると、ロランは改めて認識させられる。


ロランはユリウスに定期的に影の組織の機密情報をスパイとして漏らリークさせていた。どうやら諜報活動の途中で高位の魔術師辺りから洗脳を重ねられたようで、ここ一年は真偽の疑わしいものばかり、終いには定期連絡すら途切れていたが。


真実、ユリウスを殺害したかどうかはこの際置いておく。どうせ弟の事だ、いてもおかしくはない。しかし、逸った判断を下した可能性のあるヒロミをここで追及していても特にメリットも無い。


「フッ、また随分なご挨拶だ。それよりも君はこれからどういった指針で行動するのかな?ヒロミ、君のを再確認させてくれ。といっても大方、手詰まりなのは推測できるがね。」


逆撫でするような口調でロラン。当然のように電話口から彼の聞き慣れた舌打ちの音が響いた。


「(情報を寄越せ、取引だ)」


ヒロミが言っているのは、アンセリオンの件だ。彼の最終目的は辻本ダイキが宿す《ゼロ》の回収と把握しているが、彼にしては珍しく段取りの悪さが目立つ。何か予想外の事が発生していて、裏の情報を掌握する影の痕跡を追っているのか。


「…………、いいだろう。君のような貴重な人材を管理するのも私の役職だ。教えてあげよう、を蝕む侵略者と連動して暗躍する、裏の世界の動向を。」


(……《ゼクス》、いずれ私の《ツヴァイ》に喰われるだけの駒であっても、今はせいぜい利用させて貰う……!)


心の中だけで吐き捨てられたこのセリフは、恐らく向こうも同様であろう。この世界に信じられる人間など、己以外には存在しない。



―――己のために動く者。


―――闇を好み、殺しを楽しむ者。


―――他者の希望を打ち砕こうとする者。


―――上層部へ戦いを挑む者。


―――真実を追い求める者。


―――大切な人のために立ち向かう者。



あらゆる反乱分子が取り巻く中、鉄と銀の「契約」が更新された。




※※※




「ここが集合場所か」


白虎帝都イングラムの近郊に位置する経済発展区。航空・航海産業だけに特化したエリアらしく白虎国の主要な空港は全てこの区域に集中している。


滑走路やロケットの発射場ばかり並んでいるこのエリアは、他と違って背の高いビルは少なく、見渡す限り平面のアスファルトが続いていて管制室などの建物がポツポツとあるくらいだ。


「ハッ、まるで鉄の牧場みてェ……いいや、みたいですね」


やってきた銀の青年は、ホームの向こうに広がる光景を眺めて呟いた。途中で口調を丁寧にしたのは彼がいま「変装中」であるため。


右手にはのサイズのトランクを持っている。


左腰には太刀の納められた鞘も差されていた。これはユリウスから頂戴したもうひとつの報酬ブツ。たしか名前は《金鴉》だっただろうか。太刀は扱えない事はないが、どこぞの先導者とイメージが被ってしまうのが腹立たしいため最初から使用する気はない。いうなら見せ物フェイクである。


装束も変えており銀基調の鎧。さらに銀の仮面で目元を隠している。


変装の理由は単純だ。様々な顔を持つことで多種多様な裏の仕事のやり繰りを潤滑に行えるから。己の果たす野望のためなら気弱な青年だろうと、今のような高貴な騎士にでもなれる。本来の口汚い地の性格では渡りきれない局面でもフォーマルな立ち振舞いならば……というやつだ。


(こういう時は便利だねェ、名の売れた狩猟団《銀の天秤》の四幹部、《銀棘》の経歴があると。そういや他の三人や銀翼従者コンビは何してやがるのか……まァ、どうでもいいが。)


端に停めてある軍用ヘリの前で待機していた男二人がヒロミの方に近付いてくる。彼らは白虎軍だが所属が特殊な下部組織の警備員。スーツに身を包みサングラスを掛けている。


「鉄よ、歌え」


これは合言葉の問いだ。互いが仲間である事を認証するために用いる問答。無論、これに関しては雇主の関係であるロランから聞いている。ヒロミはふぅ、と息を吐いてから。


「血に、償え」


抑揚のない声で返答した。


スーツの男達は頷き合い、銀装束をヘリに通す。軍用ヘリだがその大きさは超大型。ヒロミはゆったりと搭乗ロープを踏んで管内に入る。


目的地は玄武国だ。入国審査はクリア。渡航手段、物資の確保、地図や魔物の情報、各種保険の手配。またロランによれば噂の「機関」が演習とやらで明日から玄武に赴くらしい。それに合わせて経路も確保してあるとの事。


(相変わらず抜かりねェ男だ、うちの依頼主クライアントは……)


乗り込んだ先には、そこがヘリの中とは思えぬほどゆったりとした空間が広がっていた。謂うならキャンピングカーのような構造だ。それもイカれた富豪が趣味で設計したような豪華絢爛な内装。空飛ぶリムジン、とでも言えば分かりやすい。


四人の人間がいた。


「―――おや、貴方ですね、ロラン宰相が寄越した人材……銀の天秤のヒロミ様は、ようこそ白虎軍特務飛行艇『B-B』へ。」


鉄血の盟傑―《天賦》ーセオドア


まず最初に、声を掛けてきたのはヒロミと同年代くらいの若者だった。爽やか系のルックスに落ち着いた喋り方、さながらホテルマンみたく丁寧な挨拶とともにお辞儀する。


「お前が銀棘か……成程、その変装……50点だな。」


鉄血の盟傑―《翠嵐》―シェフィールド


次に低い声の男がいきなり採点した途端、ヒロミが別人格に扮していた銀仮面が何かの力により砕かれた。あまりに突然の出来事にヒロミは偽武器の太刀を抜けず、銀棘から生成した本来の得物である双刃剣ツーブレーデッドを唸らせてしまう。


「チッ!!!(まさか……ハメられたかァ……!?ロランのクソ野郎がオレをこの場で始末するために仕掛けた罠……!!)


いや―――。この感触は。


怪訝そうな眼が露となり、荒い息を吐いて、それから周囲を見渡す。起立したままで接客スマイルを浮かべる若ホテルマンとL字のソファーで悠々と座っている中年傭兵から、反対側でゆったりと紅茶を飲んでいる人物にヒロミは視線を落とした。


「フフフ……いらっしゃい。あら……素顔は思っていたよりイケメンなのね?これはなかなか……失礼、よろしく頼むわね。」


鉄血の盟傑―《凍絶》―ハボクック


大人の色香を漂わせる淑女が微笑む。一方の最奥ではひとりこの緊張状態の中でもひときわ目立つ人物がいた。こちらも女性軍人だ。ボルトで床に固定された小さなテーブルの上で「ひとりチェス」を打ち終えたようで、ようやく顔を上げる。


「私は黒の女王。貴様らのような雑兵とは生まれながらに格が違うのだ、下らん命も浅ましい誇りもここではいらぬ。」


鉄血の盟傑―《黒結界》―プリンツ・O・マグナス


まるで世界の争いの総てを操れるかの如く、真理境に至った瞳で見つめ、語り掛けてくる。魔力の底だけでいえば元九戒神使の第六神位シスアだった魔女エクシアに匹敵する圧であった。


「貴様に求める“役割ロール”はただひとつ」


掻き消すように、ドン! という音を立てて、ヒロミが片足をあげ靴底でテーブルを踏みつけた。搭乗時の紳士的な態度は消え去り、元来の凶暴な言動と残虐な眼光、嗜虐的な笑みを浮かべて。


「―――《ゼクス》、っうワケか。にしては鳴り物入りの歓迎じャねえか?オレはロラン本人が待っていると言ってやがったのを信じて来たんだが?」


漸く取り乱した調子を元に戻したヒロミ。ただの試しであったことを看過した様子に四名も彼を正式に迎え入れた。ヒロミは首を鳴らしながらソファーに傲慢に踏ん反り返る。開けた股の間には手持ちのスーツケースが縦に置いてある。


「我々は《鉄血の盟傑アイアン・ブラッド》です。新設部署かつ秘匿小隊なため世間の、まして外国人の認知度はゼロに等しいですが」


セオドアが改めて説明に入った。この特異の面子のなかでは彼が最もマトモそうであり、唯一ヒロミの事を客人扱いしているように見える。


「ハッ!まさか盟傑イコール一心同体だから僕ら私らはみーんなでロランでーす、なんてアホな事ヌカすんじゃねえよなァ?」


ガシャン。と今度はテーブルに脚を投げ出し嘲笑う。雇われの身とは思えぬ態度だが一行は気にする素振りは見せない。ヒロミが乗艦した時から、それぞれ勝手気儘に過ごしていたところを察するに、待ち時間ひとつにしても意気投合しないチームなのだろう。


「オレはだ。テメェらの内情はこの際どうでもいいがこれから飛ぶ玄武国での仕事内容は話せ。じャねえと降りちまうぜ」


「……標的はアンセリオンのひとり、元エリシオンにて九戒神使の第三神位トレスにしてかつてスパイとして月の虎にまで忍び寄っていた狡猾な男を始末する」


ヒロミの質問に、最年長のシェフィールドが粛々と答えた。


「《幻狐》のゾローネ…………そう、狐狩りだ。」


「フフ、シェフィールド卿は四聖秩序機関の王都方面の演習のフォローに向かわれるんだったわね?私達も着陸場所は同じだけど要は早い者勝ちかしら?」


「いえいえ、絶対に協力し合う方が効率的でしょう。必要ならば現地の五芒星にバックアップを要請してでも。玄武軍に幻狐の身柄を盗られることだけはあってはなりませんから」


ハボクックの挑発的な言葉に、セオドアが丁寧にツッコム。


「…………」


対して沈黙するヒロミ。ここにいる全員が使で話を進めている事は可笑しくてたまらなかったのだが、白虎にすればこれは影の組織に報復できる絶好の機会なのは間違いないのだろう。


なによりは、この場に自分が呼ばれた意味をヒロミはやっと理解した。を宿すゾローネに対抗するための切り札がのオレなのだと。


「何を呆けている?怖じ気づいたか、ならば」


「バカ言え、ククク……オレは《破戒者》だぜェ?」


マグナスを鼻で笑ったヒロミは己の異名を再認識させる。


(ゾローネ、奴の口からアンセリオンの居場所を吐かせ、今度こそ獲ってやる……ゼロを!!)


「楽しいお仕事になりそうじャねえか―――!!!」


「目的」を手にした白の青年は狂喜染みた顔を浮かべ、新たな闘いにへと身を投じる愉悦を噛みしめるのだった。

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