2-10節「初演習開始 ー白亜の都コーネリアー」
コーネリアは、東西に長い四角形の城壁に囲まれた街だ。
大きさはもうひとつの実習地でもある王都ヴェルサスに次いで玄武で二番目の広さ。機関総本山のある白虎国リューオンと比べると、面積にして五倍以上の規模がある。草原の真ん中に築かれ、近くに川や湖がないため、生活用水は基本的に井戸水でまかなわれており、そのせいか、多少乾いた印象。
道路や建物を構成するのはほぼ全てがくすんだ灰色のレンガの街並み。
辻本たちロストゼロは街に到着後、さっそく携帯端末の地図を頼りに「責任者」の待つ城館へと足を運んだ。大聖堂、教会の《鐘》が高らかに早朝の旋律を鳴り響かせる。
―――そして定刻、城館のメイドに案内され応接室へ通された四聖秩序機関の特務部隊の面々は、中年の男性と若い軍人にご対面していた。
「コーネリア州の統括を任されているスペンサーだ。ようこそ玄武国へ、遠路はるばるご苦労だったね。君達を歓迎しよう」
出迎えの言葉を口にする都知事、見た目は貴族のように整っており齢50歳を迎えたとは思えないほどの若さ、特に鼻筋の通った顔は清く上品な印象を与える。言葉遣いも丁寧なため外国出身の集まるロストゼロも、ひとまずは責任者のおおらかな態度に安堵した。
「君が《朱雀の英雄》で雇われの指揮官か。聞き及んではいたが本当にこのような優男風とは。英雄と名乗るからには屈強な大男を想像していたのだよ、ははは」
スペンサーはまず、辻本ダイキにそんな感想を言った。すると都知事の左サイドで待機していた玄武正規軍の青年、本隊から出向中の六盾隊『ペガス』が呆れ顔で辻本に微笑みかける。
「どうもアルダイルさんや大統領みてえなイメージを持たれてたみたいでね。それよりも久し振りだな!辻本君を始めとする零組のみんなには感謝してもしきれねえってのに、また世話になりそうだ」
「あはは、その辺は気にしないでいただけると。ペガスさんもお元気そうでなによりです。相変わらず軍部の職務でご多忙のようですが……大佐への昇格、おめでとうございます」
一年ぶりに会う他国の軍人への挨拶とともに、辻本はペガスの出世をお祝いした。ペガスも照れ臭そうに頭を掻く素振りをみせながら、サンキュな、と言い返す。
「スペンサー知事閣下、改めまして―――《四聖秩序機関》が特務部隊ロストゼロの専任指揮官、辻本ダイキです。そしてこちらが部下たちになります」
辻本は玄武国様式の敬礼を済ますと、隣で整列する6名の生徒たちもそれに倣った。
「は、初めまして!シャルロッテです!」
「アーシャと申します」
「ボクは朔夜っていいます……宜しくお願いします……」
「雨月玲、指揮官と同じ朱雀出身の者です……!」
まず4名がぺこりと会釈付きで簡単な自己紹介を済ませた。
「オズ・クロイツです……お初にお目にかかります」
「メアラミス、よろしくね」
次いでロストゼロでは唯一の玄武出身となるオズ、そして影の経歴がある機関でも超特異なメアラミスが低音で言った。ペガスは後者の元エリシオン幹部である少女に、わずかに眉を持ち上げ眼を止めていたがすぐに爽やかな笑顔に戻る。
「おう!君らが新たな《零組》なのかな?機関の意図は分からねえが、辻本君の育てる部下なら信用できる。ヴェナ姐さんからも色々と聞いてるしな。」
「それに……オズ・クロイツ君といったかね?まさか『クロイツ家』の御子息までいるとは。……お父上には前にお世話になったのだ、お目にかかれて嬉しいよ」
スペンサー閣下がオズに声を掛ける。どこか後ろめたさのような歯切れの悪い口調だったため一同は不審に思うも、さすがに都知事や軍部の精鋭の方を前に遠慮なしに口は開けなかったのか、結果としてオズ当人が小さく答える。
「……過分なお言葉、恐縮です」
(……クロイツ家。俺もオズのファイルを閲覧ついでに家元にもひととおりの情報は探ったが、もしそれが真実ならば……もう彼以外は…………)
内心の読めない微笑を浮かべるオズに対して辻本は暫く思想に耽るも、ペガス大佐が懐から封筒を取り出して渡してきたため一度棚上げに、演習の本題へと話題を進める。
「《特務活動の要請書》だ。そんで下の方に重要調査項目って欄があるだろ?そいつは昨日……てか今朝、俺が急ピッチ寝ずに追記した内容なんだが、まあ見てくれ」
『重要調査項目―――コーネリア州において複数起きている猟奇事件の犯人。及びネメシスの情報、特定に関する調査に関して。』
「……っ?猟奇事件とは一体?」
辻本は思わず声を漏らしてしまう。1週間前に玄武でネメシスが顕れた事は機関を通して把握していたが、もうひとつの要請については初めて目にする、猟奇事件なんて物騒な件について辻本は間を置かず質問した。
「なんかめちゃくちゃ物騒なワードが出てきてる……」
「閣下、これは……」
朔夜やアーシャも不安な面持ちで指揮官に続ける。
「ここ数日、コーネリアで不審な惨殺事件が連続して発生していてね……場所は、このコーネリア市近郊、そして南西のアルビトルの周辺でも起きている」
「……!!」
都知事の説明に、今度はオズの表情が強張る。おそらくアルビトルの名前が出てしまったためであろう。夜行列車内で辻本は彼の実家がその街にある事を聞いていたため、オズの過剰な反応にも納得。その間にペガスが説明に補足を入れ始めた。
「領地の軍にも調査はさせたし、俺も実際に現場を見に行ったんだが……いまだ犯人の手掛かりは掴めてねえんだ」
「……まあ分かってくれてるとは思うが、玄武の兵力はこの数ヵ月で大幅に減っている。ネメシスまで出ちまった以上、正直なとこ十分な捜査が出来ていない状況なんだ」
「危険を承知でどうか頼む……君達機関の力を借してくれ!」
ペガスが頭を深々と下げての懇願に、ロストゼロの一行は強く頷いてみせた。
「…………うふふ…………こちらにおられるのかしらぁ?」
途端、奥まった位置にある応接室とロビーを結ぶ長い廊下で、艶やかな声が扉越しに響く。すぐにノックの音が聞こえると共に誰何の声の人物は入室してきた。
「失礼しまぁす。あらあら~!伯父様やペガス先輩以外の気配があると思ってたら、そちらが《
現れたのは、軍服をかっちりと着こんだ豊麗の女性だった。見たところ二十代前半か、栗色の長髪を左右におさげにして縦巻きにカールした「縦ロール」に、若さ溢れる美貌、蜜のように甘い雰囲気を纏う、踊り子のような彼女だが……。
「なっ……!そ、そんな胸元を見せつけて……めっちゃやらしいですよあなた!ていうか急に出てきて誰ですか!?」
目のやり場に困るくらい豊満な果実の胸を、隊服からこぼれ落ちそうに開けており、シャルロッテの不埒センサーが猛烈に反応を示す。
「……玄武はおおっぴらな国民性って聞いてたけど」
「いや、あれと一緒にしないでくれないか……?」
隣では朔夜とオズが聴こえないくらいの小声でやり取り。対面ではペガスがやれやれと呆れて顔を暫く伏せていた。
「おいスピカ少佐、お前は機関の演習地に挨拶に行くっていう段取りだっただろう?なにサボってんだ?」
「やぁんちょっと寄ってみただけじゃないですかー。せっかく外国の英雄様がいらっしゃってるの……だ、か、ら……」
言うと、女性は甘い香りを漂わせながら、辻本に急接近。サイズ百オーバーのメロンのような胸元を、むぎゅっと押し付けて上目遣いに色っぽく。
「ちょっ……ええっと!」
たじろぐ辻本は照れた素振りで視線を外した。のだが向けた先にはシャルロッテのキッ!とした目付き、以下女子達。
(っっ~、鼻の下伸ばしてデレて、これだから男は!)
(私の先輩を誘惑だなんて……!)
(でっか……マナやフローラよりあるかも)
「(ソフィア殿の時といい、辻本指揮官はどうも女難の相があるようだ……)……失礼ですが、そなたは……?」
アーシャが助け船を出すように、素性を本人に訊ねた。
「もしかして、《セスタヴグエ》の」
そして辻本も表情を戻して、やや鋭い口調で確認を取る。すると六盾隊のペガスが辻本の勘の良さを誉めた後、ようやく女性へ挨拶するように促した。
「ウフフ――2月前から《六盾隊》に選抜された『スピカ・メロハート』っていいまぁす。ちなみに渾名は《
「ホントは《清純派えっちナース》とか《白衣の性天使》が良かったんだけど、天老院の人に怒られちゃってこんな堅苦しいのになったのよぉ……でも意味は同じだから♡」
スピカと名乗った女性はようやく辻本を至近距離から解放して、後ろにいる部下たちにも悩殺ウィンクを飛ばした。これには流石のクール男子オズも少し視線を逸らし、朔夜も赤面して俯いてしまう。
「フフ、連続猟奇事件やネメシス対策班にも任命されちゃったから……どうか仲良くしてねぇん♡」
「いえ……こちらこそ。(セスタの新入りという事は、あの二人の後釜という訳か……言動はともかく、かなりの使い手だろう…………そしてやっぱりデカい、デカすぎです貴女!)」
ムンムンの色香を放つスピカ少佐に対しての所感はこの辺りにして、一呼吸置いたあと、辻本は都知事と視線を交わした。
「よし、それではそろそろ実習を始めたまえ。《六盾隊》の諸君らも健闘を祈るよ。私はこれから用があるので失礼する」
「はぁい、私もお暇させていただくわぁん♡はぁ……演習地にはヴェナ様がおられるのよねぇ?またイジワルされちゃうかもぉ…………」
スペンサーの退室に続いて、スピカも部屋をあとにした。去り際の言葉からどうやらトライエッジ指揮官のヴェナとは頗る相性が良くないみたいだ、と一同は妙に納得してしまう。
「ふぅ……わりぃ、変な娘だが実力はお墨付きだ。どうか共同戦線で頼むわ。あんな性格だから女受けは悪くてな……」
ペガスの呆れ混じりの言葉に、ロストゼロ女子が答える。
「い、いえいえ!ペガスさんが謝るような事じゃ!……まあ確かにちょっと自重はして欲しさはありますケドー」
「はい……あんなものを見せつけられると、同性として自信がなくなって悲しくなります……」
「……なんで悲しいの?」
「ううむ……まあ、メアラミスにもいずれ分かるさ」
ここで指揮官の俺や男子二名が「いやいや君たちも高校生にしてはかなり良いボディしてるじゃないか!」と言ってシャルロッテやアーシャの健康的で引き締まった身体を、メアラミスの小柄ながら秘められた大人になったら絶対美人になるポテンシャルを、また玲に関しては実はロストゼロの、いや機関全体からみてもかなり大きなモノをお持ちであり、それらを褒める選択肢もあったのだが……。
(そんな事を直球で言えるのはロナードくらいでしょうね)
(ボクにもっと女の子の機嫌を取れる話術があれば……うぅ)
(あはは……大変だよな、思春期って)
苦笑混じりの辻本の様子にペガスもまた口許を弛ませると。
「おっとそうだ、辻本君、ちょっとだけ二人でいいか?」
「……?分かりました。皆は先に外で待っていてくれ。要請書の再確認でもして演習の段取りを考えておくといいだろう」
「はーい」
軽い返事をしたシャルロッテ達は、ひとまず指揮官を残して廊下へと引っ込む。扉を閉める際にメイドの姿も見えたため、この広い館でも迷わず玄関まで送り届けてくれるだろうと辻本もひと安心する。
そんな辻本の、指揮官の職務を通り越えてもはや心配性の親のような視線に気が付いたペガス大佐が、今度は声に出して笑う。
「はははっ、本当に大人になったよな。1年半前に君が朱雀零組の学生として、玄武王都に実地任務に来ていた時とは比べ物にならないくらいに」
「そんな、俺はまだまだ未熟者です。機関に配属になってからだってヴェナ指揮官や他の職員、あの子たちに多くの事を教わってばかりですから……」
「四大国の曰く付きが集まる士官学院……か。うちの姐さんもだが君も大変な職に就いちまったな?」
ペガスの言葉に、辻本は一度目を閉じる。そして神妙な面持ちでここまで、つまり朱雀国を旅立ち、白虎リューオンのセントラルの門を指揮官として潜ったこの一ヶ月間を思い返しながら言葉を紡いだ。
「ええ……正直、毎日目が回るほどの忙しさです。世の中にはたくさんの考え方や信念があり、それが時に争いを、時には分かち合える絆を生み出す。お互いに違う人間だからこそ色々な可能性がある。でも俺は」
灰色のコートを纏う指揮官辻本は決意を秘め、燃え上がる炎のような瞳を真っ直ぐに。掌を強く握りしめる。
「こんな時代だからこそ、人と人が手を繋ぎあえる強さをひたむきに信じて―――それを
「……そっか、こいつは俺らセスタも腹を括らねえとな」
最前線で世界の脅威に抗わんとする英雄の想いに、ペガスは心を打たれる。ゆっくりと頷くなかで、自分自身の内に無意識にあった迷いを、切り替えるように深呼吸すると、辻本を見た。
「君に残って貰ったのは他でもない。玄武でも機密事項として扱われる内容を伝えるためだ。心して聞いてくれ」
―――《ディクロスートレイ》継承者。
《天福と禍邪の双神》 カルトボルスが君を呼んでいる。
ディクロスーゼロ継承者の辻本は、喉の奥から細い声を漏らすもペガスの言葉に、ただ耳を傾け続けた。
高い鉄柵に囲まれたコーネリア市城館の敷地の外、大佐に呼び止められた指揮官の合流を待つ間にロストゼロの少年少女らは要請ファイルを見直していた。
「色々な事がこと細やかに纏められていますね……あのペガスという大佐さん、ワイルドな見た目に似合わず真面目な方なのかも」
「《神拳》のペガス、六盾隊として国境警備の隊長も任されている立派な方だ」
「そうなんだ。でもあの痴女……スピカさんや、良い人なんだけどちょっと癖のあるヴェナ指揮官とか、そういう人らに囲まれてるせいか玄武軍の中でも特に苦労性って感じねー」
コーネリア市の住人や通行人が行き交うなか、玲がまるでクラスをまとめる委員長のように要請を再確認。オズが祖国の軍隊の精鋭であるペガスについて説明すると、シャルロッテが同情するような笑みと共に言った。
「これらをこなしつつ、《ネメシス》の情報収集か」
「そ、それに例の《連続殺人鬼》もあるよね……」
アーシャと朔夜も一言ずつ。時刻は8時前。中央市街の雑踏が徐々に煩く、慌ただしくなってきた。
「………………」
皆が玲を中心に行動指針を指揮官が戻るまでにある程度、なんなら完璧に仕上げてあと人を見返してやろう。なんて魂胆を腹に話し合うなか、ただひとり、最年少メアラミスは空を仰ぐ。
荘重な空気にうたれながら、ようやく眠気も醒めてきた少女。
その時だった。
(……ッ?!)
「あはぁ、ちょっとスミマセーン」
人混みを縫うようにして、此方に声を掛けてきたのは少年。線は細く深緑色の髪、顔には「ピエロ」のような紅のメイクが施されている。装いも襟がやたらカラフルででかく、悪趣味とは言えないがいかにも道化じみた姿に変わり者である事は窺えてしまう。
「?あたしたちに何かご用でしょうか?」
シャルロッテは普段のつり目×強気×ツンデレを社交モードにして、彼女なり全力のお嬢様チックな柔らかい表情でピエロ風の男の子に聞き返す。
「この辺りでヒトが多く集まる場所ってあります?なるべくマジメで邪念のない清らかな心の方がたくさんいるような!」
力仕事とは無縁そうな細身の両腕を広げる男の子。しなやかというよりはもはや痩せすぎといった印象だ。病人のような青白い肌と相まって儚げな親和性を保っている。
「ううーん……ごめんだけどあたし達も玄武のことって全然詳しくなくて」
「オズ、そなたならどうだ?」
「そうだな……市街を出て南東に下った先に『アルビトル』という街があって、そこには“教会”がある。ちょうど午後にはミサも開かれるはずだ」
組んだ腕のままオズは地元の情報を公開した。すると謎の男子は「おおイイネ!」と大仰なリアクションをしてへらへらと狂気を孕んだ笑顔を振り撒く。その気持ち悪い笑みに耐えられなくなったか、玲が両手を叩いてオズに微笑んだ。朔夜もおかしな空気の流れを変えるためそれに続く。
「っ……さすが玄武出身のオズさん、お詳しいですね!」
「うんうん……!たしかアルビトルって地元だよね?まえに休み時間に話してくれたの覚えているよ」
「ああ、実は教会には僕の姉が勤めていてね」
ここで一同はオズに姉がいる事を知る。こうして普段なかなか聞けないような内情も、演習という一種の特殊な雰囲気だからこそ、思わぬ所から共有されるのだろう。とシャルロッテ達はふと考えた。
「さて、これくらいで構わないかい?悪いが僕達も忙しい身なんだ」
断ち切るようにオズ。自分達よりも二、三歳ほど年下らしき男子もニッコリと頷いて感謝の言葉を述べては、もと来た方向の喧騒に踵を返した。
しかしここで、彼と同い年くらいの少女―――メアラミス。
「待って」
「……ハイ?」
突然の呼び止めにも素直に応じた道化師を、いつになく真剣な顔で食い入るように睨んでいる。
「キミ、名前は?綺麗な心の持ち主が集まるとこ行って、なにするの?」
周囲の人目を憚るように、メアラミスは小声で囁き訊ねる。
道化師は、静かに嗤って答えた。
「幽谷狂善。人々の笑顔を作る―――それがボクさ」
言って、幽谷は立ち去る。《ラムダ》の刻印を秘める舌をぺろりと出してニヤリと凶笑を魅せたのは誰も気が付かなかった。
「…………」
しばらく茫然自失と街の喧騒に体をひたし、立ち尽くすロストゼロの6名。全員の脳裏に浮かぶのは謎に謎を塗り重ねたような先の男の子、幽谷の奇怪な台詞だった。
「笑顔……ってなんの事だろ?」
「気味の悪いオトコの子でしたね……何者だったのでしょう」
「なにか言いようのない衝動に駆られている感じにも見受けられたが……身なりから察するに旅芸人などなのかもしれぬな」
アーシャの冷静な推測。彼女の言う通り、幽谷は何かを求めるような素振りだった。しかし旅芸人という想像が思いの外全員にしっくりときたためそれ以上の詮索は止めることに。実際に玄武国にはそういった芸能、大衆的な娯楽を重んじる一面があった。
「……それよりメアが興味を持つなんて珍しくない?ああーもしかして、意外にああいうのがタイプなのかなぁー?」
小さな胸騒ぎと暗い思考を振り払って、シャルロッテは思い出したように少女をからかいだす。たしかに一般的な感性であれば『幽谷』の顔は十分に美形、そう断じていい容姿の持ち主であった。
「べつに……」
メアラミスは気だるげ、というよりはまだ思考を先程の幽谷に向けているため他の会話も余り耳に入っていないようで空返事する。現にいまもシャルロッテの言質取りが行われているが、スルーを貫きもう一度、少年の消えた方向を睨む。
かつての自分と同じ、血と硝煙に塗れた匂いを放っていたように思えた。幽谷狂善の向かう先を。
メアラミスは小さな眼を閉じて考える。当然気のせいである方の可能性が断然高いと。アーシャの読み通り、あの少年が旅芸人ならば芸の一種で火薬等も扱うだろう。どこか狂気染みたあの顔だって道化を演じる役ならば、それは気味悪がるべきではなく褒めて笑ってあげるべきだ。
―――ほどなくして指揮官の辻本ダイキも合流を果たして、本格的な演習を開始する。
目指すはネメシスが出現したという湿地帯のある南。奇しくもそれは『アルビトル教会』と同じ方角であった。
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