2-11節「トレジャーハンター夜々」

初演習となる《ロストゼロ》の特務活動はなるべく部下たちの主体性に任せようと考えている。あくまで彼ら自身に玄武国の現状を知って貰い、現地の人々との合流を経て、ひとつでも多くの経験値を持ち帰って欲しかったために取った方針だ。


結果、彼らが選んだのはネメシスが顕れたという記載のある南東の方角。「ユハンラ湿地帯」と呼ばれる場所に向かう事に。付近には重なるようにオズの実家がある「アルビトル」もあるため、その街を拠点代わりとして利用、休憩時間はぜひ街や噂のアルビトル教会、クロイツ家のある場所などをオズに案内して貰おうとシャルロッテの提案。オズも渋々了承していた。



コーネリア市街を出て、街道を南下しながら歩くこと数分。


「うーーん!!空気がおいしー!!これが玄武国の誇る悠久の大自然というやつねー!なかなかやるじゃない♪」


背伸びをしながら思わず歓声を上げるシャルロッテ。謎の上から目線の評価にオズはムッとした顔付きになるも、彼女の言葉にそこまで深い意味が無いことは分かりきっていたためスルー。何度目かの深呼吸をすると祖国の懐かしくも新鮮な空気を取り入れた。


(……フィーナ姉さん、昼過ぎには会えるといいが。)


教会で働くに思いを馳せるオズ。溢れかえるばかりの緑と無数の花々が咲き誇る平原を進むなか、どうしても嫌な予感が胸を締めつけてしまう。


「このような美しい国を侵略する《ネメシス》……未だに各国の情報局でも生態系か掴めていないデリスの外からの使者か」


アーシャが改めて、現在の脅威のひとつである事柄に触れる。


「ああ……前回は俺とメアラミスで何とか撃破できたとはいえもし対峙することになれば厳しい戦いになるだろう。玄武軍や機関の他部隊との連携も必須だろうしな」


「そしてもう一方の《殺人鬼》についてだがどうやら《クラウディア》と呼ばれる組織の人物らしい。あと本人は自らを《ラムダ》と名乗ったそうだ。一応頭に入れておいてくれ」


辻本はちょうど目標地点の中間くらいまで辿り着いたところでぺガス大佐から言付かった情報を部下たちに告げた。


すると歩くなかで誰かが俺の指揮官用制服の袖を引っ張る。目をやるとメアラミスがぐいぐいと何か言いたげに訴えていた。俺は他のメンバーに不審がられないよう慎重に歩く速度を落としてシャルロッテやオズ達を先に行かせると、後方でメアラミスと並び歩く形にして小声で聞き直す。


(……どうした、メアラミス)


(ふたつ気になることがある。クラウディア……それってユナを連れ去った《アンセリオン》とはまったく違うものと考えていいのかな?)


(おそらくな……そういえば先日、青龍国で活動していた生田教官とフローラさんからも“怪しい勢力”と接触した、なんて連絡もあったんだ。《深紅の零》後に何かしらの目的で暗躍を始めたという点では両者ともに同じだが…………)


俺はぽつりぽつりとメアラミスの質問に答えた。現状確かなのは戦争屋である狩猟団や各国スパイなどとは別の勢力、犯罪組織がデリス大陸を、この玄武でも蠢いているという事。


(ふーん……分かった、警戒はしとく)


メアラミスは辻本の腕から離れ、表情を引き締めて頷いた。


(ちなみにもうひとつは?)


(ん?あれのこと―――変な人が変なのに襲われてる)


小さな指の先、ここから100メートル程離れた丘の上。人気のない場所に生え広がる背の高い草むらを掻き分けて出現したソレは、辻本や他5名の思いもよらぬ光景であった。


「ぎゃ、ぎゃああああああ!!?助けて――!!気持ちワルいよだれか――!!!」


なんとひとりの少女が、二本の蔦に両脚をぐるぐると捕らえられ頭を下にした宙吊りの姿で泣き叫んでいる。いきなり緊急事態にエンカウントのロストゼロは尻込みしていた。


「な……魔物ッ!?」


「いや違う!あれは……《ネクサスウィスプ》!」


オズの慄く声に辻本が言う。ネメシスの下位として世界認定された黒キ残滓。繰り返されてきたセカイに顕れた侵略生物であり、機関の敵だった。彼等の姿形は何パターンも存在するが、いま目の前で人間を喰らおうとしている化物を一言で表現するなら「歩く花」。


虚ろ色の茎は太く、根元で複数に枝分かれしてしっかり地面を踏みしめている。胴のてっぺんには巨大な花が乗っており、その中央には牙を生やした口がぱっくりと開いて内部の毒々しい赤をさらけ出していた。茎の中ほどからは少女を持ち上げている肉質のツタがにょろりと。


「うわキッモ!!なにあれあたしやだよ!!」


「ひぃ……!あんなヌメヌメしてそうなのに触られたらもうお嫁にいけませんっ……!」


なまじ花が好きな女子達は、ネクサスウィスプの中でも格別に醜悪なその姿に、激しい生理的嫌悪感を催させる。シャルロッテと玲は完全に白旗をあげるなかアーシャが得物の棒を取った。


「だが見ろ、襲われているのも娘も我らと同年代だ……!」


そう言われると、さすがにその子が不憫に思えたシャルロッテは全身の鳥肌を抑えて、腰から折り畳み式の双剣を抜く。


「……アーシャ姉の言う通りね……よし、みんなで助けよう!」


抜剣とともに一気に駆け出すシャルロッテ。彼女に続くようアーシャ、オズ、玲、朔夜も化物との距離を詰めていった。辻本とメアラミスも視線でタイミングを示し合わせたあと、丘の上まで走り出した。


―――接近するにつれ、ネクサスウィスプの巨体さと異様さがハッキリと認識できるようになる。魔物でも召喚獣でも無い、世界の新たなる脅威。ネメシス程の威圧感は無いにしろ、攻防の手順を誤れば大怪我は必至の相手だ。


更に、到着したロストゼロ(の男子)を困らせる事象が。それは蔦で吊り下げられ、今も悲鳴を上げつつ無茶苦茶に短剣を振り回している少女の“あられもない姿”にあった。


「わわわっ!!?ちょ、早く助けてっす!いやあああ!!」


頭を下に宙吊りの少女のスカートが、重力に従ってずりりっと下がっている。駆けつけた辻本達に気がついた少女は助けを求めながらも、慌てて左手でその裾をばしっと押さえ、右手でツタを切ろうとしていた。のだが無理な体勢のせいかうまくいきそうにない。顔を真っ赤にしながら、少女は必死に叫んだ。


「パンツ見ないでえええ!!!!」


(……無惨すぎる……)


「す、すまないがあなたの人命が優先だ」


部下たちが眼のあたりを手で覆って、同情の念を抱くなか、辻本は困ったよう答えた。その間にも巨大花はまるで踊りを楽しむように吊り下げた少女を左右にぶらぶら振り回す。


「壱の型、《業炎斬》!!!」


辻本は太刀を掲げた姿勢から、炎の魔力を纏わせて垂直に空を切る。その瞬間ツタの両方が切断され、更には命中した巨大花の体が烈火の勢いで燃え盛り爆散。


(ッ……?やったのか……やけにあっさり消滅してくれたな……)


「ほぅ、一太刀で葬り去るとはお見それしました」


「さすが先輩です♡」


意外にも初撃で倒してしまったことにどこか疑念めいたものが心中で渦巻くも、アーシャや玲の称賛に上書きされる。その間にすたんと着地した少女が、振り向くや辻本達に訪ねてきた。


「…………見たっすか?」


灰衣の剣士は、謎の少女が見た目よりもずっと幼いものを履いていた事を思い出す。のだがシャルロッテのジトっとした目線を感じ取り、なぜか語尾を似せて答えた。


「…………見てないッス」



 その後、ようやく落ち着いた様子の少女にロストゼロ一行はなぜ襲われていたのか、経緯をまず名前から聞き出していた。


「わたしの名前は夜々やや!これでも実は世界中を飛び回るトレジャーハンターなんすよ!」


「と、トレジャーハンター……?!」


興味津々にシャルロッテと朔夜がオウム返しする。白虎帝国では趣味としてこの職業をする者が他国に比べて多少多いために帝国出身の二人が結果として最も反応していた。それでも昨今のデリスではかなり希少な存在であることには間違いないが。


「トレジャーハンター」―――海や山、廃墟に遺跡など、主に人の手の入ることのない場所に赴き、遺された財宝を探し出すことを目的とする。探索対象は黄金や宝石といった、いわゆる財宝。


「ですが……そのような方がどうしてこのような場所に?」


「フン……大方さっきの化物の寄せ餌にまんまと引っ掛かり、反対に餌になりかけていたのだろう」


玲の問いかけにオズが洞察すると、ギクッ!と夜々は子どものようなリアクションとともに、その通りである事を素直に認めた。辻本も先のネクサスウィスプの頭部に敵を誘うための誘引突起があった事を思い返す。これ見よがしに付いていた宝玉のような物体も、欲深いヒトを喰らうための巧妙な罠だったというわけだ。


「まあ、皆さま方が助けてくれたんでこの夜々ちゃん、なんの問題もありません!えっへん!」


今度は自信に満ちたドヤ顔を披露するトレジャーハンター少女に呆れながらも、辻本はロストゼロに自分の話をしている彼女の着用している衣服にも目を通した。


動きやすさを重視した革製の軽鎧、言わなければ鎧だと気付かないほど繊細で凝った意匠で、赤を基調としたボーイッシュな女の子らしい見た目だ。本人曰くそこらの金属製よりも耐久力がいい自慢の一品らしく、夜々自身が数ヶ月に及ぶ冒険で採取した「ヒヒイロカネ」と言う合金製とのこと。


夜々については先程も述べた通りとにかく活発な印象。暗めの茶色で獣耳のような髪型とリボン。人懐っこい性格であることを裏付ける屈託のない笑顔。興味を持てば一直線なその目は情熱的な赤に燃え上がっている。


「ちょっと前は朱雀国で遥か大昔は闇魔術の祭祀場として使われていたとこに行ったり、青龍国の秘境なんて数えきれないくらい回ったっすよ!」


「へぇー!ちっちゃいのに凄いんだね、夜々ちゃんは!」


自称お姉ちゃん属性のシャルロッテが、妹のような愛らしさの夜々をご機嫌になでなでしている。


「この辺りには何かおもしろい場所あるの?」


こと他人に対してあまり興味を抱かないメアラミスも夜々に首を傾げた。


「ありますよコーネリア州だけでもいっぱい!たとえば『七色の滝』とか『海賊の隠し倉』とか、『息吹の泉』なんていう飲めばどんな病気でも治せる聖水の採取地も何処かにあるんす!他には『大老樹』といって伐っても伐ってもすぐに再生する伝説の―――」


「……ふーん」


(あはは……メアラミス、意外とこういう系のロマンが好きなようだな。そういえばデリスの秘境では古代と繋がりのある場所も多いってヘウとデウが教えてくれたっけ。人跡未踏の地などには召喚獣の生まれや由縁があると。)


これまでの冒険や情報を丹念に綴った手帳をぺらぺら捲りながらとんでもない勢いで説明する夜々に、メアラミスはこくこくと頷いている。辻本も部分部分で気になるワードを頭に入れながら夜々の冒険談を温かく静聴する。


「そんな危険そうなとこにひとりで?逞しすぎるよ……」


朔夜も世の中は広いなぁと感心しながらぼそりと呟いた。そんな和やかムードで会話をしている最中……辻本とメアラミスがほぼ同時に「敵」の気配に気が付いた。


「……!総員、警戒しろ!!」


緊張感を含む、よく通る声で指揮官が命令。辻本は直ぐさま鞘から太刀を抜くと、夜々を護る体勢で目線を周囲に動かした。


「………………」


静寂が流れるなか、ロストゼロ7名は夜々を中心に円陣で背中を預け合う。この気配は間違いない、先程のネクサスウィスプだった。手応えが無かったのでもしやとは思っていたがやはり完全に倒しきれていなかったのかと辻本は洞察する。


「……ッ!下から来る!」


重量感のある地面の揺れを垂れよりも素早く察知したメアラミスが仲間たちに告げた。その直後、地中から四本のツタが唸り声と一緒に蠢き、別個体の二つがロストゼロの前に現れる。


「に、二匹!?」


緊迫した声で玲。そこに更なる驚きが彼女を襲う。


辻本は生誕した人喰い花から距離を取り警戒しながら、視線をさに別の方向へ向ける。


ギュルギュルギュル―――


さっきと似た、しかし一際大きい唸り声が地面を揺るがしそして5M近い巨大な花が、辻本の視線の先に現れた。


―――三匹目!?


(いいや待て。これは……そう、を操る本体がまだ地中にいて標的おれたちを誘い出しているんだ!)


三方向からロストゼロと夜々を包囲する3体の巨大花。計六本の蔦がまるで肩を組み合うようで、辻本たちに逃げ場を与えない。対して辻本は太刀を構え、ただ魔力を練り上げながら対峙する。


「総員!ロストゼロの顔合わせ、あの時要塞で行われたテストや俺と戦った模擬戦の課題を思い出せ!!」


辻本は腹に力を込めてそう叫んだ。


「えええっと……あの、自分のことばかりで聞き忘れてたんすけど……みなさんはいったい……?」


瞠目する夜々の問いに、辻本は優しく答える。色とりどりの花が咲き乱れる丘の頂上で植物モンスターを目前にしながらだがその声質はとても落ち着いていた。


「《四聖秩序機関》の特務部隊―――《ロストゼロ》」


「君が大好きなこの世界を守る、それが俺達の役目だ」


夜の闇のように深い瞳に、いま炎が宿った。

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