2-8節「悠久の地、玄武へ ーそれぞれの想いー」

―――時刻は夜の20時55分。


《フロンティア》内部に造られた特設格納庫。



駅構内のような場所で、ロクサーヌ所長が対面で部隊ごとに整列させた候補生500名に演習についての説明を終え、最後に激励を飛ばしていた。


「入学より三週間、いまだ浮き足立つ者も多いだろう」


《ファースト・ワン》


《ツインズ・オウル》


《トライ・エッジ》のいずれに所属する生徒たち。


「だが各国から着任したの薫陶を受け、そなたらの扉は着実に開かれているはずだ」


「そして古来より旅は人を成長させるとも言う」


《ロスト・ゼロ》―――特務部隊を率いる朱雀の若き英雄を先頭に6名の少年少女たちも所長の紡ぐ言葉を真剣な面持ちで聴いている。


銀髪金眼の魔術王は白コートを揺らし、右腕を翳しては語気を強めて言い放った。


「そなたらが一回り大きくなって還る事を期待する!!」


以上!


所長の鼓舞を胸に“人柱”たちは初めての外国演習、北の大国の玄武へ行くため「特別列車」に乗り込むのであった。




《インビジブル》―――魔術亜空間潜航特殊車両。


俺たち《四聖秩序機関》が此度のような演習で遠方に渡る際に利用する大型特殊列車の名前だ。元々は朱雀の一流の魔術一家である《クラリス家》がシェルター的な用途のため開発していた亜空間転送装置。それを現当主であるロクサーヌ所長が機関のため再編成、二ヶ月間の期間を経て建造された。


どういう仕組みかはまったく理解できないが、要はこの列車は現実空間の狭間に存在する「虚数空間」を走る列車であり、目的地である玄武の座標へと到着した時点で現世に浮上する。もはやなんでもあり、前人未到の事象干渉と空間移動である。


ただしこれの使用はあくまで機関の目的のためであり、術式の核である七基エンジンと呼ばれるこの列車を制御する装置は、クラリス・ロクサーヌのみが扱うことが出来る。またその際には転移先の国とも予め国家間における国境検査、出入国管理が徹底的に施され、ようやく自由に動けるようになる。そういう協定が機関と四大国では結ばれているのだ。


(……でないと、これを使えば簡単に相手国に侵入出来てしまうからな。まあ、ロクサーヌ所長もそこの厳格化は弁えているみたいだがやはりとんでもない家系だな……《クラリス》)


辻本ダイキはそんな風に所感を纏め終えると、ひとしきり落ち着いた様子で列車の区画を二層エリアから見渡した。


まず今、俺や多くの候補生がいる「エントランスホール」。


1階の広間を中心に広がるメインルームであり、俺達の居住地であるフロンティアと似た内装、つまり豪華ホテルのような雰囲気だ。二層構造になっている作りはさながらパーティー会場のようである。


「なあ、もしかしたらこのまま実は三途の川を渡ってました的なノリで流されたりしないよな……?!」


「ちょっと!変なこと言わないでよ!」


エントランスでは不安と興奮で眠れなさそうな生徒達がそんな会話をしている。当然彼らも自分たちが乗っている列車が現実世界ではなく特異の線路を走っているのは解っているが、どうもまだ完全には受け入れられてはいないようであった。


(はは……感覚的には地下トンネルを進んでいると思えばいいと所長は話していたが、流石にそれだけじゃ納得出来ないよな)


(……目標座標と現実認知の誤差が引き起こす嘔吐や目眩には気を付けろとも言ってたが、見たところみんな平気そうだ。)


これも平時の訓練の賜物か、それとも列車全体に掛けられている魔装式の空調がもたらす効果か。辻本は指揮官用灰色の制服姿で腰に手を当て思いを巡らせた。すると厳粛な声がホールに響いた。


「おい貴様ら!就寝時刻は間もなくだ!それまでに明日の準備をして各班の部屋に戻れ!」


モーガン副所長がいつもの厳つい顔付きで生徒達に指示。どすどすと階段を昇っては俺の方へと近づいてきた。俺は軽く会釈して、


「副所長、お疲れ様です」


「ああ辻本指揮官。お前も見回りは程ほどにし体力を保っておけ。が生じた現状、お前たち指揮官クラスの力は不可欠だからな」


「それと明日の朝、到着次第ブリーフィングを行う。各部隊の演習カリキュラムも伝えるため遅れないように」


それだけ言うと、モーガンは最奥の車両にある「司令室」へと向かって行った。操縦席コクピットも兼ねる先頭車両、当インビジブルの走行は特殊な訓練を受けた公式の運転手数名が担当している。


(……流石にご立腹だろうな、モーガン副所長。)


その理由は本人が口にしていた戦力の見積りの誤算について。今回の演習にロクサーヌ所長は同行しないという事実を出発前にいきなり報告された件だった。「機関の総本山であるセントラルを留守には出来ない」を理由に言い包められ、演習を全任させられた副所長の心中を察する。


演習カリキュラムについては明朝、玄武に到着してから改めて指揮官全員で確認する予定だ。ちなみに機関職員のマノ姉妹も所長とセントラルに残っている。つまり現状、この列車に搭乗している大人は辻本を含めて6名。モーガン、イシス、カグヤ、ヴェナ、そして月光だ。


ふぅ。と一呼吸置いた辻本ダイキ。副所長に念押しされた通り身体を休めたい気持ちはあるが、夜行列車の旅はまだ6時間程ある。それにまだ若干ソワソワしてしまう心の緊張を緩和するために。


「さて、せっかくの機会だ。俺も眠気がくるまでもう少しだけ散策してみるとするか。搭乗している指揮官の面々や《ロストゼロ》のみんな、それと授業や訓練でわりと絡む他部隊の子達くらいには声をかけてみよう。」


辻本は小さく拳を握ると、行動を開始した。



以下。オムニバス形式。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

①「スタッフルーム」車両=六号車通路。


玄武出向指揮官『ヴェナ・シーカー』との会話。


「……遅くなりましたが、ヴェナさん。俺の大切な仲間たちの面倒を見てくれたようで本当にありがとうございました」


「ホンマ今更やなぁ、別にキミのためちゃうしええよ。」


玄武六盾隊の《神弧ノ織女》を異名とするその女性―――『ヴェナ』は切り出された俺の感謝の一礼に、やんわりと答えた。


女性にしては秀でた長身のヴェナ。銀に近いダークの艶やかな直毛を背に長く垂らし、その先を一直線にぴしりと切り揃えている。肌は抜けるように白く、切れ長の眼、高い鼻筋、薄く小さな唇という美貌の刃のような、という形容詞が相応しい。


「あんたら零組、特にマコちゃんにはこちらとしても世話になったワケやしな。おあいこって事にしとこーや」


窓際で凭れた身にまとうのは、指揮官用制服「ヒロイックオース」を前合わせの和風にした長衣。帯に無造作に差してあるのは六寸ほどの長さの煙管だ。彼女はこの煙を媒介に幻術を練り上げる。下半身は袖から覗く真っ白な素足に、深紅の高下駄を突っ掛けている。


その独特の言葉遣いとともに、一度見れば忘れられない彼女の存在感は、美貌もあるが玄武で培った功績や人柄、人望の篤さが窺える。


俺は視線を動かし、ヴェナ指揮官と目を合わせる。一対一でのこの空間を利用して思いきって


「これから向かう玄武国ですが、正直なところ貴女からみて今の玄武はどう映っていますか?」


ヴェナは朱雀の若き英雄の問いに、僅かに眉を潜めた。それは嫌悪感や疑心などではなく、自分自身も感じている祖国の苦境を再度思い知らされたため。


「くく、意外といけずなこと聞いてくるんやねえ。まああんたのその若気の至り、無鉄砲さに免じて……私の意見でいいなら教えたろ」


―――ひとことて言えば“最悪”や。


ヴェナの心意が細い眼を通し俺の心臓を捉えた気がした。二者の間の空気が変わった。


「大統領は白虎主戦派に嵌められ、セスタの双璧は堕ちた。ほんで今回ネメシスが顕れ、また厄介な連中も玄武で蠢いとる」


「わざわざこんな列車で応援に来てくれるあんたらには悪いけど私は機関も完全には信用してへん。外国の諜報員や間者が混じり込んでてもおかしくないしな」


「それは……」


俺は思わず口を閉ざしてしまう。四大国の若者が集う連合士官学院の均衡の危うさについては辻本も朱雀を発つ前に散々マナから説かれていた事。しかしいざそれを同僚のヴェナから言われると不安が押し寄せてくる。冷たい水を胃のなかに流し込んだような気分だった。


押し黙った朱雀の英雄の姿にヴェナは、話題を少しズラす。


「《ネメシス》はある意味で軍事力や。考えてみ?たとえば一日に一回のペースで玄武にネメシスが顕れるとする」


「それが100日間続いたとなればどうなる?間違いなく玄武は滅びるやろ。それは朱雀や青龍も同じく……」


「でも白虎は違う。《機関》っちゅう都合のいいテイで大国から軍事力を奪って利用出来るんや」


つまり究極的な捉え方をすれば、やはりロクサーヌ所長の言う人柱がぴったりと嵌まる、言い得て妙なのである。当然白虎国の度重なる侵略行為と異界の使徒ネメシスの発現に因果関係は無いのだが、結果として他の三国は力を奪われている。宗主国のような立場になりつつあるのがいまの白虎帝国だ。


「……私は護らんとあかんねや、アルダイルはんやアキエルが愛した国を、これ以上血で汚させんためにも。」


それは俺がヴェナさんと出会ってから今まで、見たこともないくらい真剣な表情で呟かれた決意だった。多くの法や掟を堅守する人間の善性、それすらも失ったとしても……。そのような想いが彼女の言葉から窺えた。  


「俺も、玄武が好きです。どんな罪でも洗い流し包み込んでくれそうな大自然の緑、悠久の風、満天の星空、そこに生きる人々のすべてが。」


「………………」


暫く無言でまっすぐに見返すヴェナの眼を辻本は受け止める。


「どうか信じて下さい、俺達の目指す未来は必ず―――同じだってことを」


辻本は瞳を逸らすことなくヴェナを凝視し、やがてそう言う。


走る列車の窓からは漆黒の闇が広がるばかり。曇天のように何も見えなかった。ただ、ヴェナは目前に光を感じる。希望などというちゃちな単語は大嫌いだ、考えるだけで鋭い痛みをもたらすのは過去の代償か、しかし今だけは、意外なほど滑らかに唇から零れ落ちていった。


「…………間抜けそうな見た目やけど、たまには男前なんねんなキミは。流石は《先導者》……あんたになら、希望が見える気がするわ」


ふうっ、と息をつきヴェナはもう一度辻本を見る。そして小さく苦笑しながら手を差し伸べた。


「分かっとる。これからもよろしくしたってや、辻本くん」


「こちらこそ。必ず共に乗り越えましょう、ヴェナさん!」


朱雀と玄武の英雄が握手を交わす。その後、軽く零組の思い出話をヴェナに聞かせた後で辻本は一旦別れを告げたのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

②「仮眠ルーム」車両=五号車デッキ。


玄武出身候補生『オズ・クロイツ』との会話。


見回りを続けていると、人気のない貫通路でロストゼロの部下である『オズ』が話していた。


どうやら携帯端末COMMで通話をしているようで、特にその必要はないのだが、反射で辻本は身を潜めてしまう。結果として立ち聞きの格好に。


「―――ええ、なので時間が合えば“教会”にも立ち寄れるかも知れません。…………姉さんも………………はは、相変わらずのようですね…………」


断片的に耳に入ってくるオズの話し声。普段のどこか冷めたような口調ではなく、気心知れた者との暖かい会話のように聞こえる。


(玄武はオズの故郷だからな、もしかすると実家に連絡でもしているのか……?) 


と思考したその時、プツりと切れた通話音をあえて俺に聴こえるくらいに鳴らして、黒金制服のオズが物陰に近づいてきた。


「……やはり貴方でしたか。どうやら辻本指揮官は他人を詮索するのが趣味なようだ」


「まあ……性分なのは認めるよ。悪い、盗み聞きするつもりは無かったんだが……今の通信は家族か?」


辻本は申し訳なさそうに頭を掻きながら、オズに訊ねた。


「まあそんなところです……フフ」


似合わない微笑みを溢したオズ。青灰色の前髪が目許に掛かる彼の、どこか嬉しそうな表情を俺は見逃さなかった。オズはすぐに普段のクールな面持ちになると丁寧に説明してくれる。


「翌朝には《コーネリア州》に到着。そこの『アルビトル』に10歳くらいまで住んでいたことがあるので、久し振りだなと思い電話をしていました」


「へぇ……アルビトルというと、コーネリアの南にある町か。たしか“魔術を利用した産業”、紡績や染色で有名だったな」


俺は玄武の地図を頭に思い浮かべながら、歴史的背景と紐付けさせた知識を披露する。オズも「さすが歴史学担当です」と肩をすくめる。昔ながらの工房も多く立ち並ぶ町、そこでオズは幼少を過ごした。


「それに……《クロイツ家》の“跡地”も……」


「えっ?」


「いえ、何でもありません。それよりも僕らの演習内容はどうなっているんですか?」


不意に囁かれたオズの言葉は、彼の明日からの指針についての疑問に上書きされる。俺も一瞬だけ見せたオズの闇、といえる深い部分に対しての詮索は止めて、


「《ロストゼロ》についてはな内容になるらしくてな、明日の朝に君達も含めて伝えられることになる。ただどんな演習になっても休憩で町に出るくらいは出来ると思うぞ?」


「その時はぜひ、オズに案内をお願いしようかな」


辻本指揮官の笑顔にオズはやれやれと一呼吸置いた後に、


「ともかく、身のある演習になることを祈るばかりです。ひとまず目が覚めたら土の中で生き埋めになっていた、なんて事故の無いように」


「あはは……ホントにな……(想像したら恐ろしいな……)」


大した説明も無いまま乗せられた魔導列車、オズは冗談半分にそのような事を言って、俺も若干不安になりながらも明日からの演習の成功(と無事到着すること)を神様にお祈りした。


※  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

③「食堂ルーム」車両=四号車テーブル席。


ロストゼロ候補生『メアラミス』『シャルロッテ』との会話。


就寝時間までをなるべく集まって過ごそうと考えた50人程の候補生で賑わう車両に足を踏み入れた辻本指揮官、簡易レストランのような内装と、併設されたキッチンが特徴的な四号車だが流石に食事をしている者はいないようで、みんなそれぞれが四、五人のグループで駄弁っている。


そのなかのひとつ、端の休憩スペースで《ロストゼロ》の女子2人が機械的な構造のベンチに腰掛けていた。厳密にいうとひとりは膝枕状態だ。少し前に見たことのある、というより実際にやった事のある体勢、光景だなと辻本は思いながら。


「あ、指揮官。今からご飯ですか?」


先に声を掛けてきたのは“膝枕してあげてる側”の女子、シャルロッテだ。俺は首を振って見回り中だと伝えた後、シャルロッテの太ももでうたた寝している最中の少女に視線を移す。


「もしかして……メアラミスの面倒を見てくれてたのか?」


「面倒ってほどじゃないですけど、なんだか放っておけなくて一緒に過ごしてました。ね?


「んん……の膝枕、けっこう寝心地いい」


ここで俺は、二人がいつの間にか「あだ名」で呼び合っていた事に気が付く。詳しく聞いてみるとついさっき話している間に「お互い長い名前で呼ぶのが面倒だから」なんて話題になったらしく、シャルロッテの方からそう呼び合うように提案したようであった。


(はは、随分と仲良くなったみたいだな……。シャル、カノンノもそう呼んでいたか……それにメア、こちらはユナやマナさんがそんな風に呼んでいたっけ)


(相棒の件といい学院生活が始まって、彼女メアラミスも少しずつ変わり始めているのかもしれないな。)


俺はシャルロッテとメアラミスの関係性の進展と、膝枕しあう様子に思わず頬を弛ませ、和んでしまう。すると猫のように丸まってはシャルロッテのほどよい肉付きの白いお膝を堪能しているメアラミスが上目遣いで、


「ん?もしかしてキミもシャルにして欲しいの?あ、それともまたウチがしてあげよっか?」


「…………また?…………へぇ…………うふふ…………」


また。再び。もう一度。更に。


つまり1度はメアラミスの膝枕を経験しているという事実を今の僅かな単語で推察、確信したシャルロッテは刑事課の女刑事のようなオーラを突如纏い出した。そしてメアラミスの頭をなでなでしながら俺に黒い感情を含んだ微笑を見せ。


「しーきーかーん?これは今夜、取り調べに付き合って貰わないといけないみたいですねえ……!?」


ジト目のシャルロッテに、俺は慌てた素振りで手を振る。


「いやしなくていいから!それじゃ、俺は失礼するぞ!空調完備とはいえ夜は冷え込むらしいから、ちゃんと暖かい格好で寝るように、おやすみ!」


「あ、誤魔化した!!」


足早に退散した指揮官は次の車両へと逃げるよう向かった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

④「整備ルーム」車両=三号車。


ロストゼロ候補生『雨月玲』との会話→『ユイリカ』ら女子生徒グループ。


(ここは……武器の手入れや端末を操作する車両か。)


ウィーンと音を立てて自動ドアを開くと、辻本はさっきまでいた食堂車両ほどでは無いにしろ、多くの候補生が気分転換にと武具のメンテナンスや携帯を弄っている姿が見てとれる。


俺は巨大なネットワーク器機やサーバー郡の間を縫うように床のマーカーを辿り、ようやく機械の谷間を抜けた広間へ。


「ダイキ先輩♡」


どこか小悪魔チックで色っぽく聴こえる黄色い声を掛けてきたのは、紫紺色のボブヘアーに眼鏡が特徴の候補生―――《ロストゼロ》の一員の『雨月玲』だ。


辻本の事を「センパイ」と慕う少女は駆け足で寄ってきた。


「玲、ここで何か作業でもしていたのか?」


「はいっ、軽く得物の手入れを。それにしても《インビジブル》……この朱雀産の機密船艦は本当にすごいですよね、さすがは朱雀の技術力です!」


玲はそう言うと絶賛異空間を突き進む当機を称賛した。殆どの生徒はインビジブルの現実世界から隔離された虚数的世界に潜っている、という現実離れした状態に不安でいっぱいの様子だが彼女は違うようだ。魔導大国『朱雀』の出身者ゆえ祖国の魔法に関する最先端の技術を知っているからだろう。


「まったくだよな。今や当たり前に持っているCOMMを最初に開発、試験運用したのも朱雀だしさ」


言って、俺は白コートの懐から携帯を取り出した。


朱雀が用いる魔法力を利用した通信機。元々は朱雀軍や軍学生に支給されていたが近年、デリス大陸全土に普及、さまざまな「アプリ」と呼ばれるソフトウェアによって、ゲームや音楽プレイヤーとしても使えるようにまで進化している。


「……“Crystal Oriented Messaging Medium”。その頭文字でコム、なんて常識すら知らずに使ってる方もたくさんいそうなのは、少し寂しいですけど」


「そういった生活を豊かにする技術を、ある国では兵器として利用する……先進国として互いに競い合い、高め合う関係のはずなのに、どうして戦争は起きてしまうのでしょう」


「こんなモノまで秘密裏に造り出せるクラリス家、所長のご実家も何か後ろめたい背景があるのかも、……なんて、イケナイ想像までしちゃいます」


矢継ぎ早に喋るなか、なぜか最後は恥じらう表情で終えた玲に対して俺は小さく頷く。玲の話した内容は世界平和の信仰において最も難しいテーマのひとつだろう。戦争や飢餓などの危難がなく、みんなが平等に穏やかであるさま。理想郷とも謂える在り方に少しでも近付くため。


「今は目の前の事に集中しないとな。玄武の平穏を取り戻すためにも―――この演習を成功させよう」


今度は玲が、俺の発言にコクりと頷いた。そして悩ましそうな顔であごに指を当て、うーん……と上目に見つめてくる。


「演習……かつても行っていた実地任務を大規模にした形なのでしょうか?」


そんな事まで把握しているのか。


俺は《零組》のカリキュラムにまで精通している彼女の博識と執着心のようなモノに恐怖すら抱いてしまう。だが流石に部下に対してそのような感情は正常じゃないだろうと、疑念を確信に変えるため、思い切って聞き出してみる。


「君は……零組についてどこまで知っているんだ?」


「…………ふふっ♡そ、れ、は…………」


途端、バタバタバタっと数名の足音が。ふと視線を玲からそちらに移すと、候補生女子たちが俺と彼女の下に集まってきた。


「ああっー!玲さんずるいですわ!辻本ダイキさんを独り占めするなんて!」


「辻本指揮官……あの!イシス指揮官との仕合、本当にカッコ良かったです!」


「ほら、ユイリカちゃん!この人はどうかな!?」


どうやら玲と面識のある他部隊の友人たちのようだが。俺はその中でもひとり、異端なオーラを身に纏っている少女に目をやった。確か《トライ・エッジ》所属の『ユイリカ』だったか。


「はわわっ!ええとぉ。。ふぇぇ。。」


周囲と同じく黒金の候補生制服に身を包んだ、まだ幼さの残る桃色ロールヘアー少女ユイリカが、痛々しいほどの緊張感を漲らせ慌てふためく。この春に学院の門を潜って、ヴェナ指揮官の部隊に任命されてからまだ一ヶ月と経過していないせいか、こと大人の自分達に対しての接し方がまだ馴れない様子。+箱入り娘であるユイリカは男性との会話も殆ど経験が無いそう。


「あはは……ユイリカ、そんなに構えなくてもいいぞ。というよりも、っていうのは何の話だ?」


辻本は可能な限り優しく接して、玲やユイリカのグループのひとりに訊ねた。


「王子様。。」


「ん?」


喉から無意識の声が漏れる。


「いろんな外国人がいる機関で。。わたしは理想の王子様に出会えるのかなぁ。。」


「……そういうことです。あ、彼女は『辻本ダイキファンクラブ』の会員でもあるので、どうぞ可愛がってあげてくださいね!」


にやにや顔の女子生徒たちの言葉を、俺はしかめ面で受け流すと恐らく主犯であろう玲に確かめるような視線を向ける。


「玲、上官の俺を敬ってくれるのは有り難いが、は守るようにな……?」


「きゃん、センセイに怒られちゃいました♡」


眼鏡の奥の目に妖艶な色を浮かべ、まったく反省してなさそうな反応をする玲に他のファンクラブの女子達も騒ぎ立てる。俺は指先でこめかみを押さえながら、力なく首を振っては、


「はぁ……(噂では月光のファンクラブもあるって話だが、あいつはどうやり過ごしているんだろうか……)」


もう一度玲と視線を交わすと、彼女はニコッと微笑む。辻本は唇の左端に虚無感のにじむ笑みを漂わせ、ゆっくりとその場から離れるのだった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

⑤「メインエントランス」車両=二号車デッキ。


ロストゼロ『朔夜』と白虎出向指揮官『カグヤ』との会話


再びエントランスホールに戻ろうとした最中、三~二号車を繋ぐ車間部の休憩スペースでひとりの少年とひとりの女性が深刻な空気で話していた。


「朔夜くん……本当に、本当に大丈夫?」


「う、うん……いろんな外国人が集まる機関だけあって変なヒトが多いなってのがボクの率直な感想だけど……《ロストゼロ》の皆とは上手くやっていけそう……かなぁ」


気弱なベビーフェイスに黒茶髪の癖毛、俺の部隊では既に弟ポジションとして扱われている『朔夜』が自信なく応答する。そしてリボンのような形状に結い上げた赤紫色の長髪、長い睫毛の可憐な容姿をした『カグヤ』もううーん、と悩ましげに頭を抱えていた。


そのなかで俺の気配に感付いたのは流石と言うべきか、白虎軍の精鋭部隊「月の虎」から派遣されているカグヤが反応。キッと表情を強張らせた。


「誰ですの!?……って、ホッ……辻本さんでしたか」


「ビックリしたぁ…………」


警戒心を解いて安堵のため息をついたカグヤは、肩の力を抜いて力なく言葉を漏らした。隣で佇む朔夜も思わず手足をへなへなと縮めてしまった。


「カグヤさんに朔夜……その、二人はもしかして」


思い返せば入隊式の日からカグヤは別部隊の朔夜の事を何度も心配そうな目で見つめていた。俺はここまであえて詮索はしなかった事をこのタイミングで訊ねる。


「……ええ。隠すつもりはなかったのですが、きっと貴方の察しの通りですわ。


やっぱりそうだったか。辻本は内心で思う。意外にもあっさりと告白した事から、特に伏せる理由も無かったのだろう。


「本来ならば朔夜くんをこのような危険な道に進ませたくはなかった…………しかし叔父様の命とあらば。いいえ、もはやここまできてこの話は野暮ですわね……」


何かを言いかけた月姫カグヤであったが、夕空を思わせる藍色の瞳の奥で、覚悟めいた星が瞬いた気がした。まるで魂を吸い込むようなその美しさ、彼女の憂いの笑みに、俺は無意識のうちに顔を近づけてしまう。


「カグヤさん、朔夜の事は俺に任せて下さい。俺が責任を持って彼を導いてみますので」


「ひゃ……!?わ、わわわ、分かりましたから!そんなにお顔を近づけて見つめないでくださいませっ!」


どうしてか顔を赤らめ狼狽するカグヤの様子に、朔夜も口許を綻ばせ、おかしそうに笑った。


「ははは……カグヤ姉さんも心配性だよね。でもボクは平気だから……!」


「う、うん…………辻本さん、どうか朔夜くんのこと、よろしく頼みましたわよ!」


懇願された俺は、月の虎の一柱を担うほどの女性の、意外に過保護な一面に少しだけ愛らしさを感じてしまいながらも、強く頷くのであった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

⑥「メインエントランス」車両=二号車。


候補生『アーシャ』と『蘭』・青龍出向指揮官『イシス』との会話→候補生『ロナード』『モナカ』『ガンツ』の騒ぎ。


「おや、辻本指揮官ではないか」


「おお!朱雀の英雄サン、こんばんはアル!」


「フフ、どうも落ち着かない様相だな?ダイキよ」


と言って俺も迎え入れてくれたのは、大きなパーティー会場のようなエントランスで立ち話をしている最中だった《ロストゼロ》の『アーシャ』と《ファーストワン》の『蘭』、そして俺の剣の師姉でもある『イシス』指揮官。


流石に部下の前で門下生時代の頃みたくダイキと下の名前で呼ばれたのは気恥ずかしかったが、一方で機関に赴任した初日に比べて、少しばかり距離は縮められたみたいだと、つい嬉しくなり微笑んでしまう。


「ええ……まったくその通りで。気を紛らわせるついでに生徒達の見回りを。そちらは……青龍で揃ってたんですね?」


三人とも出身国は青龍王国であったため、そんな風に切り出して会話に入った。


「偶然だよ。たまたま私も通りかかったとこに蘭とアーシャが話していたのだ。そういえば蘭、シンやヴァイトは?」


「あの二人ならもう寝室にいるネ!」


「ふむ。例の《三銃士》か、蘭も含めかなりの実力者なのは模擬戦で見えた時の“気あたり”で把握はしていたが……」


《ファースト・ワン》所属のシンとヴァイト。特にシン、彼に関しては俺も零組時代に面識があるため、どうにか演習中にでも彼の真意を確かめたくはあった。2年前に朱雀アルトの街で出会った、ひたむきに剣の道を突き進もうと邁進していたシンとはまるで別人のように変貌していた今の彼を。


(やはりアルトを半壊させたメアラミスの暴走で……ッ)


「―――私の担当する部下だ、私がしっかりと見ておく。今はお互いに演習に集中すべきだろう」


まるで辻本の考えを見透かしたように、イシスは改めてこれから向かう玄武での話題に進めた。すると指揮官の言葉に東方系の蘭が拳を掌に当てて音を鳴らす。


「ハイ!ずっと青龍で過ごしてたから、この短い期間に白虎や玄武を飛び回れて、チョッとだけ楽しいアル!」


「ふふ、私もだ。不謹慎かも知れぬが他国の文化を学べる機会だと考えると、演習が楽しみでもあるな」


(あはは……流石は“武術”に連なる二人だ、アーシャも蘭も凄まじい向上心……指揮官の俺も負けてられないな……!)


改めて決意を新たにしたタイミングで、エントランスの中央部から。


「ちっきしょおおお―――!!!!!!」


とてつもない絶叫、男子の叫びが聞こえてくる。俺やイシス指揮官は驚きながらも呆れた笑みで視線を交わし合うと。


「今のは……《ツインズ》のロナード候補生かな。」


「……なにやら騒いでるみたいですし、ここは俺が様子を見てきます」


そう告げて、俺は駆け足で魂の叫びが木霊した、その現場へ。


―――タッタッタ……と足音。


「―――こらこら、どうした?あまり大きな声を出すと副所長に呼び出されてお説教になるぞ?」


「うおおっ!つ、辻本指揮官じゃないッスか!ちょっとオレの話を聞いてくださいよ!!俺はただ女の子たちにコムアドレスの交換をお願いしただけなんです!なのにアイツらお前なんていらねーよって言うんですよ酷くないッスか!??」


まるで高速機関銃の如く次から次へと言葉のマシンガンを発し続ける男子の名前は『ロナード』。人懐こそうな雰囲気と三枚目風の顔、ブリーチした髪は逆立て遊ばせており、候補生指定の制服に無骨なデザインのシルバーアクセを散りばめているその容姿は正にチャラ男だ。機関ではムードメーカーな立ち位置として友人は多そうなのだが、一方で女子受けはイマイチらしく日々モテるための努力を欠かさない。


『カワイイ女子がいれば口説く、オレはここで必ずカノジョを作りたいンスよ!』


(ううーん……良い奴なのは間違いないんだが、如何せんお調子者過ぎるんだよな……)


呆れながら辻本は、ロナードがアドレス交換を求めた女子達の事も視線で確認する。5名のグループだった。それも全員が派手に制服を気崩し、スカートも短く、ひとりはルーズソックスと呼ばれる靴下まで履いている、世間ではギャルなんて言われてる属性だ。


「だからっていきなり連絡先求めんなし、マジキモいから!このウザ男が!」


「ウザ……んだとおおお!!?もういいしギャルなんて滅びろ!俺やっぱおしとやかで清楚な女子の方が好みだわー!」


「はぁ!?てめぇこっちこいや!演習前の景気つけに焼いてやるからよ!」


負け惜しみの挑発に、ギャルグループも激情。ロナードがボロカスに言い負かされているなか、ただひとりだけ怠そうに携帯端末を弄り続けている娘がいた。《ツインズ・オウル》所属の『モナカ』―――現代の若者的な気だるくもチャラい口調で話す金髪の少女であり、低い声、鋭い目付き、愛想のない性格から既に機関では「不良」のレッテルを貼られている。


のだが、一方で文武両道に成績が優秀、また他人に媚びない佇まいが従順な箱入り娘の多い当機関には「COOL」に見えるらしく隠れファンも多い。ちなみにこれは担当指揮官であるカグヤと月光のデータである。


「…………?なに、あーしに何か用?あるなら今眠いから、とりあコムにLINNリインでメッセ飛ばしといて?読んどくわぁ」


モナカは俺に見られてた事に気が付き、どこで持ち込んだのか棒付きの飴玉を咥えながら、あしらうように喋る。


LINNとはコムアプリのひとつであり複数人でグループ通話をしたりチャットが楽しめるソフトウェア。俺も《零組》の旧友達とや《ロストゼロ》の部下達、機関の指揮官とはそれで繋がっている。機密性は大してないため極秘情報等のやり取りには向かないが、簡単な連絡ならばこれで事足りる便利なツールなのだ。


「いや、特に用事は無いんだが……って、これは……!」


「モナカの。てかセンセのセキュリティ甘すぎ。そんなんじゃ秒で乗っ取られっよ?」


なんとこの数秒で彼女は俺の端末を自分のコムで遠隔操作したようで、強制的に連絡先交換までさせられてしまった。


(とんでもないな……というか、いくら今の若い子だからって簡単に人の端末にハッキングは有り得ないだろう……!)


唖然と目を見開く辻本の顔を、してやったりと眺めながら、モナカは一歩退いてまた興味を自分のコムに向けた。対して取り巻きのギャルに派手にボコられ終えたロナードは、


「うっそだろ……んだよ、結局は顔かよ!ギャル様でも指揮官みたいなイケメンにはフリーパスでアド交換!許さねえッスよ辻本指揮官!オレはアンタを呪ってやるぅぅ!!!」


「……落ち着け、ロナード……もういい」


泣き崩れるロナードに声を掛けたのは、ここまで遠巻きに見守っていた《トライエッジ》所属の『ガンツ』。スラッとして小柄なチャラ男とは対称的にガンツはゴツめの体格の候補生。黒髪をボウズに刈り込み、修行僧モンクのような印象を与える彼の性格は、縁の下の力持ち、常に周囲への気配りが出来る男だと担当のヴェナも褒めていた。現に部隊の異なるロナードにもこうして優しく接している。


「うっうっ……みたいなモブ野郎に明るいリア充の未来なんてあんのかな……なぁガンツよ……ッ!」


「……あるさ……」


流れでロナードに同類扱いされたガンツは微妙そうな渋顔を浮かべるも、男気溢れる低い声で、ただそう仲間に囁いた。


また、この後結局エントランスでの騒ぎはモーガン副所長に報告されてしまい、ロナード候補生は別室に連れられ明け方まで鬼の説教を食らったそうな。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

⑦「操縦席」車両=一号車通路。


―――そして。


就寝時間まで残り15分を切ったところ。なんだかんだで禁止区画以外の全てを一通り歩き回った辻本は、最後に先頭車両へ向かうための細長い通路を歩く。装備しているブーツのソールが捉えた人工の地面は、そこが列車上とは思えないほどどっしりと安定している。


(ふぅ……アルテマ時代に負けず劣らず、四聖秩序機関も個性派揃いだよな……四大国の曰く付きが集まる軍学校、本当にその通りなのかも知れない)


(……零組のみんな、元気にしてるのかな)


ふと哀愁めいたモノを滲ませ、辻本ダイキは瞳を閉じる。インビジブル内の空気は先頭車両に向かうほど相変わらず冷たく乾いており、深部へと続く分厚い金属扉を辻本は潜った。明灰色のパネルを貼られた通路には、人の姿はまったくなかった。事前にざっと資料を読んだ限りでは、この船艦には百近くの研究プロジェクトが入居しているはずだが。


容れ物が巨大なぶん、スペースには余裕があるらしい。


すると―――小さな広間で、窓側に身体をあずける青年。金髪を眩く煌めかせながら眠ったような表情を浮かべるのは……。


「よお、月光。」


辻本は気さくに、同期の友人の名前を呼んだ。


同じく灰色のコートに身を包む青年が、髪と同じ色の睫毛を小刻みに震わせてから、ゆっくり持ち上げる。グリーンの瞳はしばらくぼんやりとした光を浮かべていたが、いちど強く瞬きをすると、苦笑するように細められた。


「……ダイキ。相変わらず、君はよくウロウロするね」


目醒めた月の光は、静かに言葉を続ける。


「…………君に伝えておきたいことがあるんだ。」

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