6節「再会の五芒星 シャルロッテとカノンノ」


《フロンティア》の豪華絢爛な廊下を、並んで歩く男性軍人が二人いた。服は白虎帝国を象徴する「白」を基調として作られた軍装。暫く進むなかで右側の飄々とした男が長過ぎる廊下に飽きてきたのか頭の後ろで手を組んでは、ふぁーあぁと欠伸をする。


「ったく、どんだけのデカさだぜこの建物は!せっかくキメてきた俺のイカすな髪型もへなっちまう!」


巨大すぎる機関中枢の建物に愚痴を溢した。彼らは先程ある報告のため白虎本隊から四聖秩序機関を訪れた《五芒星》。今回は4人での訪問だったが、校門前で案内役の女性に知人を呼んで来てもらう話になったため下で2人が待機している状況。


まあアレンとカノンノの頼みなら仕方ねえ、と右の男。マイペースに髪を弄り出す姿は二枚目気取りの三枚目風な顔。黄色の長髪をツンツンと逆立てる髪型はまるで「ほうき」のようでありよく仲間からネタにされていた。見ての通り陽気な性格だが意外に義理堅い一面もある。


そんな派手な男―――『フォード』の客人とはいえあまりにふてぶてしい声と態度にやれやれと呆れる左の漢。細身のフォードとは対称的に大柄で屈強な戦士。黒の色の短髪を剣山のように揃え、浅黒い肌に猛禽に似た鋭い顔立ち。逞しい身体を緑銅色のアーマーに包み、カシャッと音をさせては立ち止まる。


「この部屋だ。お前のセットのせいでせっかく余裕のあった時間がギリギリだぞ、フォード」


巨漢『ゴリアス』が低く野太い声でプレッシャーを与えるも、フォードは臆するふうもなく首を鳴らした。言葉数は少ないが配慮の出来るゴリアスは五芒星間の調整役。また場に合った発言のする常識人ということもあって、


「へへ、まあもろもろ社交辞令はゴリアスに任せるわ。この扉の向こうにいる怪物…………はぁ、おっかねえ」


とひそひそ声で相方にウインクすると扉を隔てた先で待っているであろう魔術界の女傑、朱雀から遥々やってきては大陸初の連合組織の所長に就任したに身震いする。


ゴリアスはコンコン。とノックすると、応接室から声がした。


「フフ、来られたか。副所長、通してくれ」


扉越しに薄く聴こえるクラリス・ロクサーヌ所長の冴えた美声が二人に届く。この位置からでも判る。それは圧倒的カリスマ性を感じさせ聴くもの全てを心服させてしまうほどのもの。気を抜けば不思議な高揚感におかしくなってしまいそうだ。


ガチャ、と扉が内側から引かれる。白虎軍憲兵隊所属モーガンの相槌でゴリアスとフォードは共に入室。部屋の奥で玲瓏たる佇まいで待っていた女所長に深くお辞儀。厳粛な態度で右手の拳を胸に当てて名乗り始める。


「お初にお目にかかります―――白虎帝国軍、特務遊撃部隊《五芒星》のゴリアスであります」


「並びにフォード、どうぞお見知りおきのほどを」


敬礼を終え顔を上げると、所長はうむ、と一呼吸置いて。


「総帥“月の女神”の懐刀であるロラン殿が独自編制したという《鉄血の盟傑アイアンブラッド》よりも遥かに可愛げがありそうだよ、そなたら五芒星は」


「ほぅ、先日設立されたばかりの秘匿部隊なのにもうご存知でしたか。月の虎の方々くらいにしか報されてないはずですが」


驚き顔でゴリアスが所長を窺う。実際《月の虎》は白虎帝国軍の最高組織でもあり、自分たち五芒星にない様々な特権がアルテミス閣下から許されている。話題に挙がったロラン宰相が独自の私営隊を構築していた件に関しても、その情報が回ってきたのは事後報告、鉄血の柱及び主戦派の動きの全ては把握しきれてなかった。


「これでも所長なのでね。さて立ち話もなんだ、モーガンよ茶を出してやれ。そうだな……せっかくの白虎人のお客だ、私が祖国から持ってきた紅茶が良いだろう」


ロクサーヌは副所長に指示すると、立ち尽くした客人らに改めて体の向きを変え、ようやく歓迎の挨拶を返した。


「―――ようこそ、四聖秩序機関へ」


「早速だが、そなたら本隊と我々の双方で纏めるとしようか。。」




四月中旬の金曜日。時刻は16時半過ぎ。


セントラル校門前では、カノンノとシャルロッテがきゃっきゃと女の子同士で楽しげにトークしている。見た感じ機関候補生の証である黒金色の制服を着ているシャルロッテにカノンノが「それ似合ってるね」と褒めている様子。


そんな微笑ましいやり取りを瞳に映しながら《五芒星》のアレンが腕組みの姿勢で、隣に立つ機関指揮官、灰色コートを纏う辻本ダイキと話す。


「四聖秩序機関の指揮官……上手い落とし所をよく見つけたものだな?」


アレンは物腰柔らかに俺の選んだ新天地についてそう言った。


「あはは……まあ赴任早々、目が回りそうなくらい忙しい毎日だけどなんとかやってるよ」


黒髪を掻きながら呆れ笑う辻本。2年前、朱雀軍学校の学生の立場と白虎軍の軍人という立場で出会った彼ら。互いの共通点が新設部隊クラスだった事もあり、敵国関係ながら何度も戦場でぶつかる内にいつしか絆が生まれ、今では戦友のような繋がりがある零組と五芒星。


「フン……相も変わらずに配属されたのは貴様らしいものだ―――しかしおかげで彼女を安心して任せられる」


アレンは視線を俺の部下でもあるシャルロッテに向けた。俺は幾つか沸き出した疑問をここで一気に訊ねる。


「えっと、シャルロッテとはどういった関係なんだ?カノンノとは随分仲が良いみたいだが……それに俺がいるから安心して任せられるって」


「あの娘は元は白虎の名門学院の生徒でな。俺もそこの卒業生という立場で去年、何度か指導に行っていたのだ。それからの縁で他の五芒星、特に歳の近いカノンノにはああやって懐いていて」


「ああ~っ!?ちょっとアレン先輩に辻本指揮官!なに2人で話してるんですか!」


アレンの説明を遮るような大きな声でシャルロッテがこちらに駆け寄ってくる。


「2ヶ月前に貴様が上と揉めて学院中退になりかけた時、俺が直々に新設機関に推薦してやったという話だ。まさか特務部隊などという風変わりな、それも朱雀辻本が担当を務めるクラスに配属とは驚いたが?」


「わわわっ!もうアレン先輩!乙女の過去を簡単に暴露しないでくださいってば!まあ……先輩にはあの時色々とお世話になったので許しますケド」


「あの時……?」


「な、ん、で、も、あ、り、ま、せ、ん!女子の秘密を詮索するなんてヤラしいですよっ!?」


慌てふためく様子から、俺の掘り下げを一蹴したシャルロッテはふん、と不満げに鼻を鳴らして目線をはずした。入隊式当日にいきなり集められた《ロストゼロ》の人員。後日ロクサーヌ所長から部下達個々の経歴が纏められた情報ファイルを閲覧させて貰ったのだが、記載されていたのは出身国など簡単なプロフィールのみであった。


ゆえに6名の少年少女がを、俺はまだ大して把握していないしなぜこのメンバーが特務部隊なのかも知らされてはいない。


(シャルロッテが機関入隊前は別の軍警学校に通っていたのはファイルにも載っていたが……朱雀の女学院からいきなり軍人育成機関に編入した玲と同じくのようだ)


俺はどこか遠くを睨みながら赤面しているシャルロッテを窺いながらそんな風に所感を一区切りした。


「まあまあ、シャルちゃん落ち着いて」


「正直不安もあったが、辻本ダイキの下でちゃんとやっているようだな?」


「えへへ……複雑ではありますけど」


(……なんか露骨に態度が違うような気が……)


五芒星への憧れが強いことの裏返し、朱雀の若き英雄なんて持ち上げられている俺への評価はまだ低い。辻本は乾いた笑みを浮かべつつ、今更ながら本題に移った。


「そういえばアレン達は機関に用事があるんじゃないのか?」


アレンとカノンノが俺とシャルロッテを呼び出した一方その頃では現在進行形で五芒星のフォードとゴリアスが所長と面会しているそう。俺はその来訪内容について聞き出してみた。しかしアレンは組んだ腕をそのままに渋顔で、


「すまんがまだ公には話せない。だが明朝に俺達や機関職員を集めての会議があるはずだ。そこで仔細諸々は説明する」


「そっか……ということは今日はフロンティアで一泊?」


矢継ぎ早な問い掛けにアレンは今度は深く頷いた。するとここで機関敷地内に響き渡るくらい大きな鐘の音、下校(といってもすぐ側の建物に移るだけだが)合図のチャイムが鳴った。それを聴いた五芒星のアレン、ふと近くの時計に目を移してはようやく組んだ腕を下ろして。


「時間だ。俺はこれからカグヤ様に用がある、悪いがカノンノは適当にブラついててくれ」


「うん、分かった!」


カノンノは水色の髪を揺らして笑顔で応える。


「せっかくだ、シャルロッテとリューオンの街にでも出てくるといい。そうだ朱雀辻本―――できれば同伴を頼めないか?」


「ええっ!?あたしとカノちゃんだけで平気ですよ!」


「んーでもシャルちゃん、わたしはせっかくだし辻本さんにも来て欲しいなぁ……」


少女のうるうる瞳で懇願されたシャルロッテは声にならない声を唇から漏らして仕方ないと渋々承諾。俺ももしカノンノにおねだりされたら何だってしてあげそうだ……と今年17歳になる彼女の末恐ろしさに背筋がゾッと凍った気がした。


「……ああ、俺でよければ喜んで」


「フッ、ではよろしくな」


辻本の心地よい承諾にアレンも頬を弛めると、校門を抜けて奥のフロンティア棟へと向かった。俺達は暫く夕焼けに照らされたアレンの後ろ姿を見送った後で。


「―――よし、それじゃあ早速……の前にカノンノ、シャワーだけ軽く浴びてからでいいか?」


「あ、たしかに。あたしらさっきまで模擬戦してて汗かいてたんだった……ごめんカノちゃん、すぐ支度してくるから!」


「はーい!待ってます!」




 しばらくして再集合。空模様が本格的に夕映えるなか、俺は可能な限り素早くシャワーを済ませ、赴任の際に持ってきていた私服のなかでもカジュアルめなのを選んで来た。


白地のストライプ柄シャツにベージュのズボン。陽春の候とはいえまだ夜になるにつれ肌寒くなるので上着に赤ジャケットを羽織る。爽やかさに、品の良さも併せ持つ印象を与える大人っぽい服装。


+仕上げとして辻本ダイキはこんなモノまで。


「辻本指揮官……貴方がわりとオシャレなのは認めてあげますけど、流石には冗談ですよね?」


引き気味のシャルロッテが言うそれとはつまり、メガネ。それも伊達メガネの事。辻本は私服と合わせて、サイドのシルバーがお洒落な眼鏡をカチャっと掛け直す仕草をしては、


「いや、なんなら今後の座学授業はこの姿で臨もうと思ってるくらいだ」


「うわぁ……絶対ネタにされて傷つくだけですよ!カノちゃんもそう思わない?」


「ううーん、需要はわりとありそう……かも?」


二人のなんとも言えない冷たい視線に俺は怯みかけるも、街に出る時の変装用だと誤魔化してはこの場を収めた。一方そんな空回りした若手指揮官とは真逆に、今どき女子シャルロッテの私服はというと。


「ふふん♪」


普段のシャルロッテは背中まで伸びる金髪ツインテールも、勝気が過ぎる碧の瞳も、一度開けば10分は喋り続ける口も、何もかもが体育会系ガールだ。


しかしいま、目の前にいるのは。


正にギャップ萌えとはこの事。パステルグリーンのワンピースにアクセントのリボンが可愛らしい。更には私服に合わせたような白色のリボン付きカチューシャまで着けている。今の彼女はどこからどう見てもお嬢様であった。


「わぁー!シャルちゃん昔からオシャレに気合いれるよね!」


「うん♪実は機関に入る時、持ってきていい範囲の限界まであたしは洋服やアクセにしてたんだぁー」


「へぇ……(機関は厳重セキュリティのため出入りの際に私物チェックがあったのは俺もだが、にしても大したものだな……)」


なお辻本は入隊式の際に朱雀から持ち込んだ物の多くはこちらで読むために集めた武術関連やデリス史などの書本。後は趣味の剣術稽古の際に使用する小道具や得物の太刀くらいか。


18歳の女子高生の本領発揮に辻本はただ感心すると、不意にシャルロッテお嬢様と視線が合ってしまい、つい本心を溢す。


「シャルロッテはお洒落さんなんだな。まるで読者モデルみたいですごく可愛いと思うぞ」


「……あぅ……!?」


ド直球の嘘偽りない純粋な誉め言葉に、シャルロッテは顔を真っ赤にするもそれを隠すようにカノンノの方に体を向ける。


「いいなぁ、わたしもお気に入りの私服を辻本さんに審査して貰いたい!かわいいって言われたいよ!」


「だーめ!カノちゃんは軍服姿こそグッドなんだから!オトコの貴方から見ても同意見でしょ……?!」


無邪気な子どものよう駄々をこねるカノンノに、1歳だけ年上のシャルロッテがお姉ちゃんのよう宥める。どうやら彼女は先程見せた赤面そのものを無かった事にしたいらしい。再び辻本に向けたシャルロッテの顔は、何もなかったよう平静を装っており突然話を振ってきた。ただしそれは表面上の事で、よほど辻本の言葉が効いたのか、まだ頬は赤く、唇を引き結んで目尻に涙まで浮かびそうなのを必死に堪えている。


「そうだな。カノンノが部隊にいるだけで士気は嫌でも上がりそうだ」


俺はそう言っては、シャルロッテに「ほらー!」と抱きしめられているカノンノを凝視した。


《水星》のカノンノ―――淡い青色のロングヘアーにガラス細工のような髪飾り、凛々しく映える純白の軍服。出会った頃はもっと無邪気で小悪魔的、残虐な面もあったが、白虎サイドで様々な戦いを経験する毎に成長し、今では正義感の強い少女でもある。アレン同様に辻本にとっては大切な他国の仲間だ。


「もっとぎゅーってさせて!」


「んんんっ、シャルちゃーくるしい……」


(はは……なんかいいな、女の子同士の友情って)


美少女たちの仲睦まじいスキンシップの様子を俺はじっと見守るうちに思わず頬が弛んでしまった。だが当然シャルロッテの不埒センサーが反応、友人を抱き寄せながら眼をキッとさせ、


「やらしい視線であたしとカノちゃんを汚さないでくれませんか?」


軽蔑の眼差しで一瞥しては、カノンノの手を引いてすたすたと街に降りていってしまった。辻本は深く溜め息を付くも、子守を頼まれた以上は何があっても傍にいないとなと思い駆け足で追いかけたのだった。




※※※




月光と深海の古都《リューオン》の街に出た三人。


世界初の四大国連合士官学院を擁するが、街並みに軍部色はむしろ薄く白虎帝国の中央部に位置する《イングラム》の近郊都市としての面が強い。街の中心には美しい運河が流れている風光明媚な地方都市である。


(……本格的に街に出たのは赴任の時以来たな)


《朱雀の若き英雄》辻本ダイキは私服に変装用メガネという格好で完全に一般と同化しつつそんな風に思い返す。


街の住人達は否応なしに設立された『四聖秩序機関』には複雑な思いを寄せているようだった。一方で帝国宰相ロランの政策による金銭的手当もあってなんとか不満は抑えられてもいる現状。デリス各国から集まった若者たちを温かく迎え入れる声も少しずつだが増えてきてはいるが、最も直近の功績といえばやはり辻本ダイキのネメシス撃破であろう。彼がいなければこの街は滅んでいたかも知れないと新聞では連日話題になった。


(こんな形で白虎に住むことになるなんて……)


「しーきーかん!ねえ聴いてます!?」


シャルロッテの声でふと思考に耽っていた俺は現実に引き戻される。そうだ、今は二人との時間を楽しまなくちゃな。と辻本は穏やかな表情で周囲を見る。どうやらとあるスイーツ店の前で足を止めていたようだ。洋菓子や焼きたてのチーズケーキの芳ばしい薫りがここまで届いている。


「ここは……?」


「白虎で有名な人気スイーツカフェ!《シェリール》の本店です!朱雀でも支店があるんじゃないですか?」


あったような無かったような。ことグルメやスイーツ関連に疎い辻本は困惑しながら、カノンノに助け船を求めるよう視線を預けた。


「ふふ、リューオンといえばここと雑誌で書かれるくらい大注目のお店なんですよ辻本さん!機関の候補生の子たちが羨ましいなぁ……寮から徒歩10分で来れるなんて」


「さーて辻本指揮官!例の約束、もちろん覚えてますよね?」


シャルロッテはニヤりと暗黒微笑で此方に迫ってくると共に口をゆっくりと、一言一句噛みしめるようにして発言した。


「あ、な、た、が…………あ、た、し、の…………ス、カー、ト」


の中に顔を埋めた罰で高級スイーツをお腹いっぱいご馳走するという誓約。※一章5節参照。


「あああっ!!それな、分かってるから言わなくていい!!」


俺は放っておいたらカノンノの前で全て言い切ってしまいそうなシャルロッテに被せて声を荒げた。うん?と首を傾げているカノンノの反応に俺は間に合ったと安堵の溜め息をつく。


「カノちゃん!シェリールで指揮官が奢ってくれんだって!」


「うぇええ"!?い、いいんですか!??」


笑顔の可愛い小柄な美少女カノンノのちっちゃい口から出たとは考えたくないくらい強烈なリアクションが返ってくる。と同時に「あ、この店絶対高いんだ」と確信も抱いた辻本。だが少しの隙を与えまいとシャルロッテはニッコリと、


「さ、中に入りましょ?優しい英雄さん♡」


「あ、あはは……!任せろよ、カノンノ!シャルロッテ!」


辻本は伊達メガネのレンズ奥で涙を溜めながらに、もはや男のプライドだけで親指を立ててしまう。


まだ初任給前なのに……せめてなるべく安いモノを選ばせなくては等と悩む間もなく、ずるずるとシャルロッテに引っ張られ路地に面したオシャレ喫茶に強制的に足を運んだ。




カランカラン。と扉のベルがまた鳴った。


いくら金曜日の午後とはいえさすがは人気店。先程から絶え間なくお客さんが出入りしている。内装も凝っていてレンガ壁にダークブラウンのコーヒーテーブル、グレーチェアーが全席に完備され訪れる人の心と体を目でも癒す空間だ。所々ダイニングの壁に黒板塗料が塗られ、ホワイトのチョークでシックな単語が描かれている。


辻本は目線を周囲から目の前、向かいの席ではシャルロッテとカノンノが仲良く注文した「彩りのフルーツタルト」「ロールケーキ苺味」「四種の味シュークリーム」「ミルクコーヒー」を満喫していた。


ちなみに伝票に記載された総額は5800G。


(はぁ……明日から昼食はいつもの日替わり定食じゃなくカレーやうどん単品にするか……)


ワンコインで凌ぐ算段を立てながらコーヒーを口に運んだ。ちなみにまだ席に着いてから俺は何も食べてはいない。女の子達が美味しそうに高級スイーツを頬張るところを目で楽しんでいるのみだった。


「んんー♪おいひー♪」


「甘いものはヒトを幸せにするんだねー♪」


隣どうしニコニコで、ねー!と頷き合う。こんなに食べたら太るんじゃないか?と絶対に言ってはならないワードが俺の脳裏を過るも、さっき含んだコーヒーの残りと一緒になんとか喉の奥に飲み込む。ふぅ……と口に広がる香りの余韻の心地よさから息を吐いたところで。


「でも良かったですねー指揮官、あたしとカノちゃんのデートに付き添えて。おかげで目の保養になったのでは?」


それ自分で言うんだ。という苦笑いの顔を俺は悟られないためテーブルに俯く。すると視界にズズ……っと予備のプレートに乗せられたロールケーキ1/5サイズが飛び込んでくる。


ハッと顔を上げると、シャルロッテがフォークを片手に優しい口調で。


「せっかくだから貴方にも分けてあげます。ほら、これで機嫌を直してください」


「いや……別に怒ってるわけじゃないが、でもせっかくだから戴こうかな」


と自分の部下が切り分けてくれたロールケーキ(もっと言うなら自分のお金で頼んだ、)のをこちら側に寄せた。改めてよく見ると断面がとても綺麗だった事に気が付き、シャルロッテは器用なんだな、なんて事を思いながら俺はカノンノに手渡されたフォークを手にした。


スッとフォークを入れた瞬間、まず柔らかさに驚く。雲のように軽いロールケーキを俺は一口サイズにしては、いよいよ口に入れた。


「あーむ………………うッ!!?」


まず俺の舌を刺激したのは痺れるように甘美な味わいのクリームだった。そのまま溶けてしまいそうなくらいふわふわと柔らかいスポンジ。直ぐさま襲いかかってくるこれまた甘いイチゴの熟した部分、春の息吹を吸うような胸のときめきを感じる。


辻本はもう、最初にこの言葉以外が出てこなかった。


「…………旨い…………!!!!」


「なんだこれ旨すぎるぞ!クリーミーな生地、上品な甘さながらしつこさがまったくない!苺のアクセントも絶妙だ!」


溜まっていた疲労や不安が一気に吹き飛ぶ感覚。「甘いものはヒトを幸せにする」。シャルロッテが言っていた言葉は世界共通の真理だった。辻本は部下から人生の生き方について大切な事を教わった気がした。


「シャルロッテ!カノンノ!俺は今……幸せだ!」


「ちょっと……お店のなかでなに言ってるんですか!まったくもう……どうせ普段は地味なものしか食べてないんでしょ?」


「うふふ、たまには甘いのも取らないとですよっー」


そう言いながら、今度はカノンノがシュークリームを何個か皿に取り分けて俺に渡してくれた。結局この後、俺は頼んでいた全てを一通り楽しませて貰うことになるのであった。


「―――えええ!?フォードさんに彼女できたの!?」


「まだ正式なお付き合いまではいってないみたいだけど。任務中に寄った北西部のある街で出会ったらしくてね、お花屋さんを営んでるイオナさんって人、一度写真を見せてもらったんだけどすごく綺麗な女性だったよ!」


(……五芒星のプライベートトークは新鮮だな。それにこうして見ると二人とも本当に普通の女の子っていうか。)


辻本はそんな他愛もない会話を聴きながら、気が付けばテーブルに並べられていたスイーツをたいらげていた。


 時刻は17時46分。次第に空も暗くなってくる頃。


「よし!それじゃあ締めのパフェ頼んでもいいですか!?」


シャルロッテは軽いノリで追加のオーダーを取ろうとメニューを覗き込んでは、プレゼントを選ぶ子供みたいに目を輝かせている。カノンノも隣からひょこっと眺めると、気になる一品を見つけた素振りを見せた。


(あ、これって……!ふふふ、そうだ)


一瞬、蠱惑的な笑みを浮かべたのは対面する辻本だけが気が付いたであろう。此方もシャルロッテ同様に子供みたく、悪戯を思い付いた目を輝かせていた。そして、空いていた長椅子のスペースに置いていたショルダーバッグをおもむろに肩から下げて立ち上がる。


「あぁ~ごめんなさい!わたしそろそろアレン達と合流しないとだった!シャルちゃんまたデートしようね!辻本さんも今日はご馳走さまでした!」


ぺこりと一礼しては、すたたっと早足で広い店のなかを出口の方まで行ってしまった。あまりに突然の事でリアクションすら出来ずにいた二人は顔を見合わせる。


「カノちゃん行っちゃいましたね……ううぅ、じゃあパフェは諦めてあたし達も帰りますか……」


肩を落とすシャルロッテだったが、流石に指揮官と二人っきりで過ごすのは嫌だったのか、手早く離席の準備を始める。するとそこに黒基調のモノトーンスタイルの制服を着た女性店員が声をかけてきた。


「失礼します、を追加でご注文されたのはお客様方でよろしかったでしょうか?」


「……え!?/はい?!」


俺とシャルロッテは仲良く仰天してしまう。動揺する心を何とか抑えつつ俺は店員さんに間違いであることを伝えた。


「いえ……多分俺たちじゃなく別のテーブルかと。」


「先ほど水色の髪をしたお客様が“あの黒髪の若い男性と金髪の女の子”がオーダーしていると伺ったのですが……」


……そういうことか……。


俺は去り際のカノンノの魅せた小悪魔フェイスの意味をようやく理解した。なんて愛らしくややこしい悪戯を仕掛けてくれたんだ!と心中で叫ぶも、まずはシャルロッテの反応を窺う。


「あぁ…………」


店員さんがすっとテーブルに置いたカップル限定パフェたる逸品に心を奪われる彼女の姿がそこにあった。多分シャルロッテは心のなかで天秤にかけているのだろう。つまり俺という気に食わない上官とを偽ることを代価にして食べれるパフェはどれ程の価値があるのかを。二つの物事の優劣、損得が目まぐるしくシャルロッテの脳裏をかき混ぜる。


シャルロッテは知っている。この「特別なパフェ」こそが当店最大の名物な事を。生クリームやアイスクリームがパフェグラスにたっぷり盛り付けられ、その上にフルーツやチョコレートでデコられたそれは通常サイズの二倍を誇る。注文できるのは「カップルだけ」というのもあって話題を呼んでいた。


更に追い打ちの情報。このパフェは期間限定かつ1日の販売数も決まっているらしく、簡単にいうとこの機会を逃せば当分は食べられない可能性が極めて高いことを思い出す。


(…………これだけはぜったいに、逃しちゃいけない!!!)


ぷるぷると身震いするシャルロッテに店員さんが若干怖がっていた。辻本も大丈夫か?と普通に心配してしまうも、彼女は赤らめた顔をゆっくり上げて、最大限に引き出された羞恥心で汗を滲ませながらに、静かにこう呟いた。


「…………つ、付き合ってます…………ね?…………ダイキさん」


「………………はい」


「ふふ、かしこまりました。ではどうぞお召し上がりくださいませ!お幸せに!」


俺とシャルロッテのカップル(仮)は、店員が立ち去ったあともしばらく照れ恥ずかしさと気まずさで微動足りしなかった。




夜の路地を、歩幅を合わせて歩く。目指すは超高層建物フロンティアが目印の機関セントラル。リューオン北部には黒々とした山の影が染みのよう地面に這っている。私―――シャルロッテはふと街の時計塔を見ると時刻は18時過ぎだった。


サーっと降り頻る雨。夕立だろうか。店を出る直前からぽつぽつと降り始めてきて現在も雨模様。


そんな中、私の隣を歩くのは私服着の辻本ダイキ指揮官。普段の白灰色のコートを纏う時とは別人のように「普通の青年」をしている。しかし考えてみればそれもそうか、朱雀の若き英雄なんて評されているこの人もまだ二十歳の男子。あたし達候補生より2、3年早く生まれたくらいなのだから。


指揮官が偶然持っていた折り畳み傘に入れてもらいながら私は傘をうつ雨の音が強くなってきたのを感じた。


「急に降ってきましたね……今日は晴れの予報だったのに」


「もしかしたらイシス指揮官が仕合で天候を支配したせいでおかしくなったのかもな」


「あはははっ、それはたしかに!」


冗談混じりの指揮官の言葉に、私も無意識に笑顔が零れる。別にこの人のジョークが格別に面白かったわけじゃないけど、こうでもして気分を上げないと意識してしまうから。いま自分が年上の男性と相合い傘をしているという状況を。


(ううぅ…………距離近いよぉ。なんでカノちゃん最後までいてくれないの……わたし男子と相合い傘なんて初めてなんだから)


「それよりも、良かったのか?最後の限定パフェ……」


指揮官が心配げに窺ってくる。最後の限定パフェ、それはもちろん先程カノンノの悪戯によってシャルロッテと辻本が恋人注文したアレである。


だか結局、二人がパフェを食べることはなかったのだ。


その理由はあの直後―――たまたま隣の席でも同じものを頼んだ親子連れがいて、男の子が運ばれてきたパフェにテンションが上がりすぎたのか、勢い余ってグラスごとひっくり返しては床にこぼしてしまう事故があった。


当然パフェはおじゃん。しかも不運な事に本日分はその一品がラストオーダーだったようで女性店員が申し訳なさそうに謝っていた。泣きわめく少年の母親も店員さんを困らせないの!とキツめに叱る始末。


ここで一部始終を見てたシャルロッテ、迷うことなく自分達の分をその家族に差し出した。


「これ、お姉ちゃんたちの食べていいよ。だから男の子がいつまでも泣かないの―――!」



…………という事があっての帰り道。


もうお気付きの方もいるだろうが一応補足すると、カップル限定とは謳っているものの家族でも注文可能だったようで、用は男女ペアさえ揃っていれば、それが恋人であろうが友達であろうが、それこそ自分達のような上官と部下、先生と生徒の関係であっても普通にオーダー出来た事実を後で知った二人。


「……いいんです。またいつか食べれる時はあるだろうし、それに指揮官とはじゃないですから、やっぱり」


私は間を置いてから答えた。せっかく恥ずかしい思いをしてまで食べようとしたパフェに心残りが無いといえば嘘になる。でもあの家族の、小さな男の子がありがとうと言ってくれただけでいい気持ちの方がもう大きくなっていた。


「あはは、シャルロッテならそういうと思って……ほら」


「……えっ?」


不意に渡されたのはラッピングされたケーキ箱。それが《シェリール》のお土産ケーキであるのは容易に想像が付いた。


「俺が会計してた時、君の目が何度かショーケースに飾られたこのチーズケーキを見てたからさ。限定パフェほどじゃないかもしれないが、まあ……これで勘弁してくれ」


指揮官は微笑みながら私に手渡す。立ち止まるなかで私は自分の視線を見破られ、指摘された事の気恥ずかしさで頬が熱くなり、反射的に声を荒らげてしまう。


「…………べ、べつに気を遣わなくてもいいのに、ご機嫌とりしたって何も出ませんよ……!?」


「そんなんじゃないよ、シャルロッテが素直で良い子だったからご褒美ってだけだ―――」


途端。頭を優しく撫でられた。


「……………………」


私は無言で俯く。普段なら絶対にこんな事されたら手を弾き飛ばしてるのに。なんでだろう、心がホッとする。多分それは彼が私より大人な分、色々な事を考えているからなのか。きっと私の不安も全部。この雨のように洗い流してくれる気がした。


(……ダメなのに、この人だけは…………許しちゃいけない)


なのにどうして、貴方はこんなにも優しくするの……?


ってバカバカバカバカ!!なに思ってるのよあたしは!!


ザーッと打ち付けるような雨が酷く煩くなってきた。


私は上がった心拍数を平常にまで戻して、ひとしきり心の整理を付けてから、上目遣いで指揮官を見た。大きな彼は不意に送られた真っ直ぐな瞳に困惑模様。


「あの…………また今度、一緒にって言ったら…………付き合ってくれます?」


出来ることなら二人っきりで。それは恋愛感情なんてものじゃなく、疑念を確信に変えたかったから。


……私の父親を、大好きなお父さんを見捨てた《深紅の執行者》と名乗る青年と。目の前にいる貴方―――《ゼロの先導者》でありロストゼロ指揮官でもある辻本ダイキ、どちらが本物なのかを。


しかし返ってきた答えは、余りにもバカみたいなものだった。


「ん?すまない……雨の音で聞き取れなかった……」


「…………あー、そーですか、はいはい、なにも聴こえなかったですよねー」


呆れ返った私は、そんな風におどけた口調で、どこか楽し気に指揮官の傘を奪ってやった。乙女の気持ちを踏みにじった罰なんだからと言わんばかりにシャルロッテは右手に傘を、左手でケーキ箱を持ちながら逃げるように先へと進んだ。


「あ!こら……!俺も入れてくれって!」


「やですよーだ!もう貴方とはデートしてあげません!」


歩幅はまだ合わせられずとも、同じ道を駆ける二人の声。


機関敷地のセントラルに帰ったときには、雨は止んでいた。

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