5節「凪竜」

『《深紅の剣士》辻本ダイキ』


去年まで朱雀軍学校アルテマの戦術特化クラス《零組》に所属していた青年。零組のカリキュラムである実地任務を幾度と経て大陸各国の人々と繋がり、影の組織エリシオンとの戦いに身を投じてきた。


三ヶ月前に起きた朱雀内戦、政府の暴走、後に「深紅の零」と呼ばれる異変の終結に貢献し、朱雀内外から《ゼロの先導者》などと英雄視されるようになった。


現在は四聖秩序機関の特務クラス《ロストゼロ》の専任指揮官として白虎リューオンにあるセントラルで生活している。



『《水の槍》イシス』


青龍の王室親衛隊《六神槍》の水を司る武人。8年前に青龍軍に正式に入隊。それまでは朱雀のとある地で天紅月光流の修行に専心していた。入隊から着実に戦果を挙げて、5年前青龍王家に反乱を起こした元自治州の連合軍との戦い「四海戦役」で一騎当千の武勲を立て槍となる。研ぎ澄まされた薙刀の技と織り交ぜた水魔法から付いた渾名は《竜帝乙姫》。青龍最強の英雄として活躍している。


現在は四聖秩序機関の戦闘クラス《ファースト・ワン》の専任指揮官として青龍から赴任した。




「―――ぜああああッ!!!!」


裂帛の気合を迸らせ、追い風を巻き起こした辻本が動く。


《天紅月光流》は、原型こそ片手剣だが、二者の振るう得物はそれぞれ太刀と薙刀。使い手によって剣圧、剣速ともに別物になるのは当然だ。


イシスの将軍としての強烈極まる自負が、彼女の技に絶対の威力と揺るがない確信を与えていた。だがこちらも、師姉に対抗し得るだけのイメージを……。


(剣に込める想いを、ただ真っ直ぐに!)


五体から剣尖にまで行き渡らせる氣と魔の力。同じ土俵にすら立ててないと思い込んでいた、己すら偽ろうとしていた迷い風を捨て去り、私的な立ち合いだからと出し惜しみせず。


そう考えた俺は、現状使用可能な天紅の八つの型の1つ、初動から突撃を放つ技のモーションに入った。ちょうど、繰り返された剣戟の後、イシスが試合場に嵌め込まれた白い横板の開始線に達し体勢と呼吸を整えたその僅かな隙を狙い打つ形で。


……その構えは……


イシスの表情が一瞬だけ哀愁めいた色を滲ませる。


「霞の構え」―――刀を横にして腕を交差、突きを放つために刀の峰を支え水平にして持つ構え方。


それはかつて共に天紅月光流を習い、ある事件によってその若き命を散らしてしまった少女が得意としていた型と同じ。無論その事は姉弟子のイシスも判っている。あの娘は天才だった。


少女の名は「冬乃木斎ふゆのぎいつき」。天紅が陸の型を極めていた者。


(まだ技が完成して数日……実戦で扱うのは初めて……でもやるしかない、勝つために、乗り越えるために!)


機関に赴任して月光と知り合って以降、俺の太刀筋をみて興味を持ったのか、朝の日課である剣術稽古に必ず顔を出すようになった月光。そんなある日、俺は彼に自分がどういう経緯で天紅開祖のカイエン老師に師事したのか、どういう幼少期を過ごしていたのかという昔話をしてやった。そしたらまるで俺の心に残った雪が解けたようにこの型の動きが脳裏に閃いたのだ。他人に悩みを打ち明けたりすることで気分が落ち着くというのはよく聞くが。ともかく俺が新たに会得した―――斎の技。


重ねて先程、勝負を捨てかけた時にイシス師姉の一声で甦った遥か過去とも、ついこの間とも思える門下生時代の日々、記憶の結晶が連鎖するよう繋がった。


「天紅月光流奥義、“陸の型・疾風五月雨刃”!!!」


持ちうる技のなかで最上位の速度、神速で間合いを詰めた刹那に五連撃の剣技で相手を穿つ奥義。陸の型は全て神速の連続技で構成されているのは当然至極イシスも知る。


「……フフ、よかろう……疾く撃ち込んでこい!!」


穏やかな笑みの後、イシスの双眸に龍眼の光が宿る。鋼鉄の刃に込めた剣鬼、薙刀の刀身に周囲が陽炎のように揺らいで見えたのは錯覚ではなく、イシスのイメージに裏付けされた威力が空間を振動させているのだ。


ズッ!とひときわ重々しい揺らぎ、辻本が地を蹴った。


超高精度のコントロールが要求される陸の型。イシスの薙刀術に一、二、三、四撃目までぶち当て威力を相殺、そして五撃目によるフィニッシュで勝つ。刹那に咲く勝利の道筋。


辻本ダイキは右手の剣、《黄昏の太刀》をイシスの剣、《青龍偃月刀》とは対照的にコンパクトな太刀筋で振り斬った。剣技による剣技の迎撃はタイミングが命だ。敵の技の初動にこちらの技を合わせる。


「…………ハアァ!!!!」


ゆるやかに動く夕陽色の刃の先が円弧の頂点を越えた瞬間、眩くも奥深い深海色に輝く。瀑布にも似た軌跡を宙に引きながら振り下ろし斬りが轟然とイシスの鋭い声と共に迫る。


「だあああッ!!!!」


その時にはもう辻本は動いていた。最小限の重心移動から初撃を強めの踏み込みで加速させ、飛び込み気味の前斬りを放つ。


ギャイン!と甲高い金属音が響くと同時に、辻本の右手に途轍もない衝撃が襲った。しかしここからが本番だ。たとえ腕が引きちぎれそうな痛みが連続して来るのだとしても、これを耐えなければ勝機はない。


(ッううぐ……勢いを落とすな……!継続させろ!まだ俺の技は終わっていない!)


疾風の二撃目は真下から斬り上げるような動き。全身を左にスピンさせながら、太刀を鋭く振り上げる。


再び、衝撃音。俺の剣を包む深紅の光と、イシス師姉の剣を纏う群青の光が混じり合い、白い光輪となってグラウンドを照らし出す。


今度もまた、俺の剣は後方に弾かれた。だが相手の薙刀による対応速度が鈍ったのを感じた。歯を食い縛り、すかさず三連撃と四連撃を放つ。上から下への垂直斬りからの横回転斬りだ。


(通用している……それじゃあ駄目なんだ!勝ち切れ……自分の持てる全てを使って!)


ガキィン!とひときわ鈍い音が轟く。二本の剣が咬み合う。更に同じくゴキィン!と響く戟音。


「ぐ……おおッ!!!」


「ぬぅ……んんッ!!!」


両雄は同時に唸り声を漏らし、互いに相手の剣を弾こうと力を振り絞った。ここまで来ればもう気合と気合の勝負。残存魔力だの混沌だの英雄としてのキャリアだのは関係ない。斬り結ばれた剣の交差点が白熱し、細かいスパークが散った。巨大な圧力を受け止めていた試合場の分厚い地面がみしみしと鳴く。


恐らく今、この仕合を見物している候補生たちには、一箇所で同じように剣を振ってるだけに見えただろう。神速の上書きの応酬をその眼で追えていたのはロクサーヌ所長くらい。審判を務めるアーシャもぎりぎり霞む程度のシルエットが映った程度。他は皆、このせめぎ合いの奥深さには辿り着けていない。


……予定通り。ここで押し返して、最後の突き技で。


…………力を借してくれ、いつきの記憶…………!


そんな言葉が耳の奥を掠め、すぐそれを俺自身の咆哮で掻き消した。


「お……おおおおおぉぉッ!!!!」


有らん限りの筋力と意志を振り絞り、右足を一歩前へ。


「せいあああッ!!!!!」


短い気勢を迸らせ、俺はラスト五撃目の突き。防御姿勢に入りきれてないイシスの胸元を―――。


確実に捉えた。師姉の顔にも、これまでの余裕は存在しない。俺の顔も似たようなものだろう。時空がスローモーションのようコマ送りで進む感覚のなか……切っ先が貫く決着までの間。


俺は、予想だにしなかったものを見た。


―――キィン!


冴え渡る刃の音。次の瞬間、俺の腕を、これまでの数倍くらいする圧倒的な重圧と激痛が襲った。


(……な、防がれた……ッ!!?)


神速の五連撃、その全部を。


もはや龍の鱗にも等しい光彩を纏った薙刀が、俺の紅太刀をギリギリと軋ませた。懸命に踏みとどまろうとするが、両足に踏ん張りが効かず、遂には弾き返されてしまう。


ずっ、と右足が更に下がり、視界が身体と共に小刻みに明滅していく。


「…………はぁはぁはぁ……」


酸素を求めるよう呼吸が激しくなる。荒い息のしすぎで胸がずきんと射たれたよう痛む。それに握る刀も重い。限界はとうに越えていたんだろう。我慢してきた負荷が一気に全身にのしかかった。


――でも。まだ闘いたい。もっと先へ、更に強くなるため。


声ならぬ声で囁いた、弟弟子の一言に呼応するようイシス。


「……悪くない。いやむしろ、ここまで成長していたとは」


薙刀が、どくん、と震えた。


覇気を抑えて消え去る寸前の青い光、その中心に、周囲の空間を吸い込むような輝点がイシスの剣に広がる。大地と陽光から大量のエネルギーを吸収し、刀身が巨大化していく。激しい光に遮られ、また実際の幅変化も数センチ程度だったので気付いたのは俺だけであったが、目の錯覚でないことはその現象と同期して型を構える姉弟子の迷いなき表情で明らかだ。


「ならば私も見せよう―――卿らと別れて、青龍の《水の槍》に選ばれてからもずっと、磨き抜いている。」


剣皇カイエン師に認められた、免許皆伝の奥義を。


「……っ!?」


イシスの放出する闘気、気迫、精神力、渦巻く水流。一部の隙もなく薙刀を引いた脇の構え。それはもう召喚獣と共鳴することで発動する皇位系魔術にも等しい圧に、俺は息を飲み込み、前傾姿勢を保ったまま足を踏ん張る。


加工された職員用ブーツの革底が、地面に擦れて煙を上げる。なんとか境界線ぎりきりで踏み止まった辻本、充分な間合いのなかでイシスが口を開く。鋭く息を吸い込む音がした。


刹那。大気中にそよぐ風が、停止する。


「型は弐、名を―――“凪竜”」


勇壮なひと振り、そこから空に撃ち込まれる大技。止んでいた風が嵐の力となり、切っ先から竜巻が巻き起こる。イシス自身も旋風の動きに重ねるよう薙刀と共に回転。高速の渦巻き状の上昇気流は昇龍の如く暴れ狂い、積乱曇を生み出す。


「なぁぁ……!!」


「きゃあああっ!!」


周囲で見守っていた機関の候補生約50名、茫然自失。一瞬でも気を抜けば竜巻にその身体を持ってかれそうになるのを必死に足下に魔力を込めて耐えている。


「ぐぅっ……なんて風だ!災害レベルだぞ……!?」


「これが青龍王国サイキョーの将軍、イシス様アル……!」


ロストゼロの3名やファースト三銃士も、ぽかんと開いた口が塞がらずしばらく奥義を目の当たりにするなか。恐らくオズと蘭がそう叫んでいたのが響く。


「覇を称えよ、水竜の一槍!ハアアアッ―――!!!」


口上から烈風の気合とともに、イシスは弐の型のモーションを終え天に翳した薙刀を掌で高速横回転。スピンさせ、空宙目掛けて貫く紺碧色の旋風陣を、文字通り手のひらで操る。


……辻本指揮官……っ!?


将軍イシスが放たんとする一撃必殺の威力を有している奥義。そんな攻撃の動作を辻本ダイキはどうやって防ぐつもりなのかという危惧がアーシャに沸き上がる。


「…………だったら、俺も……!」


辻本は身体を捩り低い体勢でそう呟く。選んだのは師姉と同じ弐の型だ。しゃりと構え直したその様子を見てイシス、彼の覚悟を受け取ったか悠然たる動作で薙刀に最大限の魔力と覇気を込めた。


アーシャの頬を撫でる水気が更に強まる。《竜帝乙姫》という渾名に相応しいイシスの現在の身形。発せられる水嵐はもはや天空まで達し、夕空を青く染め上げる。


「「―――天紅月光流、弐の型!」」


そして。両雄が動く。雄叫びを上げるわけでもなく、地面を蹴り距離を詰めるわけでもない。木の葉が早瀬に吸い込まれるような剣の振り上げと振り下ろしが同時に繰り出される。


「「“鳳凰旋風”/“凪竜”!!!!」」


激突の瞬間、アーシャや少し遠くの月光、他の候補生らは一様に眼を瞠った。一瞬、火焔の太刀と水嵐の槍が形を変えたように見えたのだ。片や大きく嘴を開き、翼を広げる鳳翔。片や空に鎮座し牙を向ける覇龍。雌雄を決する剣の化身たち。


躯を独楽のよう回転させ、眼にも止まらぬ速さで閃く刀身から火焔の猛禽を具現化する辻本。だが、無数の火の粉と回転する刃に幾千と引きちぎられる龍―――イシスがここで強く咆哮。


「ぐおおおお……泡沫うたかたとなって、弾け飛べ!!!!」


灼けた空気をびりびりと震わせる声、凄まじい轟音をあげる嵐が鋭い気勢に乗せられ辻本に叩きつけられる。


(ぐッ……このままじゃ、どうする!?)


圧し負ける体勢に入った俺が、頭の芯で瞬間的に思考を練る。何か策はと炎と水の旋風衝突の間に生まれたごく僅かな停滞のなか巡らせる、だがここでそれを断ち切るように女性の高い声が切り裂いた。


「―――そこまでだ!!」


声の主は審判を務めていた候補生アーシャではなく《白金の魔術王》たるロクサーヌ所長。いつの間にかアーシャの前に立ち右手を突き翳しては仕合中止の裁定を呼び掛けた。


途端、滝に打たれていたようなイシスの槍圧から解放された俺は反射的に跳び退り、充分な間合いを取ってから剣を下げた。正面ではイシスも戦闘体勢を解いている。


「ロクサーヌ所長……!?」


「そなたの仕事に割り込んですまない。だが少々やり過ぎではないかな?辻本ダイキ指揮官にイシス指揮官よ。」


二人は同時に周囲を目線で見渡す。


「フフ、私の術でとはいえセントラルの建物や近隣の住宅が壊れれば責任は私と実家のクラリス家に請求されるらしいのでね」


所長は不敵に指を鳴らした。すると荒れ果てていた天候は元通りの夕空に。吹き荒れる風も穏やかなものに戻っていた。


空間を固定して切り取った―――?


つまりどういう意味だと目を剥く辻本やアーシャ。だが直ぐに立ち尽くしていた辻本に疑念とは別の感情が押し寄せる。


(…………届かなかった…………)


「失敬。つい彼に本気にさせられていたようだ」


悔しさに俯く。傍でイシスが視線を俺に戻してはそう言った。ロクサーヌも先刻、刹那だけ見せた魔術王の怪物じみた魔圧はすっかり消えていつもの上司の様子に。


「いやよい。……数瞬の刻を無風状態にし、その間発生するはずだった風を槍に集わせるか。そなたはどうやら武人としてだけでなく大気系統の魔術師としての才能もあるようだ」


「して、勝負の結果は?」


所長が悠然と二者を横切り、確認を取る。俺は静かに告げた。


「…………参りました。」


―――勝者、イシス指揮官!!!


立ち合い人のアーシャの審判が下った瞬間。うわあっ、という大歓声と拍手がグラウンドいっぱいに響き渡った。辻本は疲労困憊の様相ながら改めて左右を見回すと、いつの間にか百人近くにもなっていた生徒や職員たちまでが盛んに両手を打ち鳴らしている。その最前列、ロストゼロの部下達も普段は見せないような眼差しを浮かべて。いつ現れたのか、副所長であるモーガンが早く寮に戻れと候補生らに怒号も飛ばすなか。


月光。駆けつけていたカグヤ指揮官の近くで、同僚である彼の最後まで諦めなかった剣の戦いを見て、どうしてか涙まで浮かべていた。そして―――。


(僕もやってみたい……天紅月光流……!)


辻本とイシスが剣を収め握手する光景を瞳に宿しながら。青年は左腰の鞘に収められた「紫夜の剣アメジストソード」を強く握りしめて誓った。




午後16時12分。日の入りの刻。


ロストゼロとファーストの指揮官による仕合から約10分後。


先ほどまでの熱気が嘘のように閑散と静まり返ったグラウンドが綺麗な夕焼けに照らされる頃。シン達は消化不良を感じながらも担当指揮官の勝利に納得して退散。残されたロストゼロの4名は模擬戦の後片付けをしていた。


「……ふぅ、これでよしっと!」


グラウンド端にある倉庫の手入れを終了。シャルロッテは陽を受け艶やかに輝く金髪ツインテールを揺らしながら額にかいた汗を腕で拭う。ふと中央部に目を移すと、辻本指揮官とイシス指揮官が何やら話していた。


「―――よいか、剣は心や魂の入れ物にすぎない。物事とは存外単純なもので、その認識でいとも容易く世界が変わる」


「己を押さえ付けるような理性的な刃。それが卿の真であるというならば無用の詮索はしない。だが私も相談に乗るくらいはしてやれるつもりだ。他国の将軍としてではなく、同門の姉弟子としてな」


イシス師姉は瞼をぎゅっと閉じたのち、深い紺色の瞳にかつてないほど優しい光を滲ませ俺の両肩を叩く。


「ありがとうございます、おかげで胸の支えが少しだけ取れた気がします。ですがこれは俺自身の問題でもあるので……いずれまた、仕合をしていただけると!」


最後の言い添えに、イシスはまたもや珍しくクスリと笑い、俺の耳に唇を近づけて囁いた。


「本当に大きくなったな、ダイキ。……ああ、その時はお互いに全てを出し尽くして、あの頃のよう無様に大の字になろう」


抱き寄せるようにもう一度、ぽん、と俺の両肩を叩き、イシスは顔を離した。俺はそんな姉弟子の微笑みに思わず顔を赤らめてしまい、それがバレないよう首を振って辺りを見る。


「あはは……あ、あれ、そういえばロクサーヌ所長もいなくなってますね」


「クラリス殿ならフロンティア棟に副所長と戻られたよ。今から客人と会うらしいが…………っ?」


シュウゥ、という音と同時に魔法の気配。俺は目の前の地面に転移系の魔方陣が敷かれた事に姉弟子に一歩遅れて気が付く。


「やや、皆さん午後の訓練おつでーす☆」


転移術式から脚を、華奢な身体を、キラリと星が飛び出しそうな笑顔の順で現れたのは機関職員の「アネット・マノ」。赤のポニテに略帽がトレードマーク、さながら新米客室乗務員のような格好の女性が元気ハツラツに敬礼する。


「早速なんですが《ロストゼロ》のお二人、辻本さんとシャルロッテちゃんは校門前まで来て下さい!」


跳ばしますので=私が転移でお連れするの同義語。思い返せば入隊式当日の朝もアネットさんとこんなやり取りをしていたなと辻本。


「えっ?俺とシャルロッテだけ……?」


口籠りながら言うと、タイミングよく仕合場の整地を終えた部下達が此方に集まってきた。シャルロッテも首を傾げる。すぐにイシス師姉が例の客人かい?と訊ねると、アネットは頷きながらに一拍置いてから流れるように説明する。


「さっき白虎軍から当機関に来られたお客様4名がおられましてですねー、うち2名の年の差カップルっぽい男女が名指しで貴方がたを呼んで欲しいとのことで!まま、百聞は一見にしかずですからもう、ちゃちゃっとお二人借りていきます!」


とても滑舌よくかつ聞き取りやすい早口でアネット。天紅月光で例えると陸の型並みに高速で有無を言わせず俺の右手を取ると、ぐいっと強引にシャルロッテの左手も握り輪となった。


「……ふえっ?!ひやああっ―――!!!」


シャルロッテの慌てふためく絶叫を合図に、三人は跡形もなくグラウンドから転移、消え去った。ちなみにこの後、残されたイシス指揮官がきちんとロストゼロのアーシャ、オズ、朔夜のクールダウン等軽い運動を手伝ってくれたとの事。




※※※




―――転移魔法テレポの独特の浮遊感、長いトンネルを抜けた感覚から覚醒するとそこは《セントラル》の入り口、校門前であった。どうやら今回はシャルロッテのスカートの中に入らずにすんだみたいだなと辻本はコッソリと安堵。彼女もそこだけ危惧していたようで俺をキッと一瞥していたが 、そんな俺達の前で鳴った足音に互いの意識はすぐ推移された。


「お待たせしました!私はまだ仕事があるのでこれにて失礼しますね。あ、そそ、医務室に運ばれてきた雨月ちゃんならお姉ちゃんが看てくれてるので!メアラミスちゃんもなぜかぐっすりと仔猫みたくおネンネしてるそうです!では~!」


相当数の業務が貯まっているのか忙しなく別の場所、多分だがフロンティアの建物に跳んでいったアネットを見送る余裕すらなく、俺とシャルロッテは門前で待機していた客人の二人に対して仰天する。


金髪の青年と淡い青髪の少女。どちらも白基調の、それも高位の正規軍人にのみ与えられた金色の装飾が施された白虎軍服を羽織っている。


辻本はアネットが口にしていた「年の差カップル」の言葉がふと過っては独りでに納得をしてまう。成程、その通りだなと。


「カ、カノちゃん!!?」


「シャルちゃー!辻本さんも!」


金髪ツインテ娘に呼ばれた水色ロングヘアーの娘が嬉しそうに笑った。この感じ、もしかしてシャルロッテと彼女は旧友なのかと勘ぐりながら、


「カノンノ……!」


辻本も3年前に知り合った少女の名前を口にする。今や17の年まで成長して見た目も精神面でもかなり大きくなっていたカノンノ。


俺は“彼ら”と初めて出会った時の事を思い返して比較しながらもうひとりの青年に視線を移す。


「それに……!」


「フッ、息災そうでなによりだ。さっきの仕合は俺たちも楽しませて貰ったぞ。また一段と誇り高い剣士になったか」


此方もカノンノに負けず劣らずの成長、辻本と同い年ながらガタイの良さは彼の方が上か。夕陽に照らされ輝く金の前髪から覗くキリッとした顔つきが少しだけ弛み、挨拶を締め括った。


「―――久しいな、朱雀辻本。」


「……アレン!」


アレンとカノンノ、白虎軍の特務遊撃部隊《五芒星》に所属する二人との突然の再会に驚きつつも、俺はひとまず笑顔で彼らを機関に迎え入れたのだった。

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