3節「候補生ルーキーズ」
四聖秩序機関には4つの部隊がある。
デリス四大国から集まった500名近くいる候補生はいずれもその4つのどれかに所属しており、クラスによって特色は大きく異なる。
《ファースト・ワン》―――それはもっとも最前線でネクサスウィスプや暗躍する狩猟団、犯罪組織と戦う部隊であり、入隊式以降どのクラスよりも、戦闘特化の教育課程を受けていた。
朱雀出向の若き英雄、辻本ダイキが指揮官とし受け持つ特務部隊《ロスト・ゼロ》。たった6人の部下達と共に本日初めての模擬戦に励んでいた俺達の前に、彼らは絡んできた。
朱雀国アルトにいた面影を殆ど無くしていた『シン』―――気高い王子のような風情を纏う彼を先頭に、後ろには新入生ファーストの若者たち数十名がずらりと。
シンを挟むように立つ少年少女―――『ヴァイト』と『蘭』の事は彼らの担当指揮官イシスから辻本は聞いていた。また座学の授業でも既に何度か会っていたためシンを含めたこの三人の機関においての評価は把握している。
―――《三銃士》。それがシン、ヴァイト、蘭に入隊からまだ1週間なのにも関わらず機関の候補生たちから名付けられていた呼称だった。もちろんそれは彼ら三名の座学成績及び戦闘訓練技術が、この段階で他150名の同クラスの面々を圧倒して秀でているゆえの名誉の敬意が込められている。
「………………」
シンは辻本の「ルリはどうした?」という問いに対して暫く沈黙を続けた。ルリ―――それは2年前シンと同じく出会った少女であり二人は幼馴染みの関係にあった。
それを当時《零組》のお節介でルリとシンはめでたく恋人同士に。俺自身もシンのひたむきに剣を振るう意思の内にあった「大切な人を守る力」がいずれは俺の剣をも越えるかもしれないと期待していたんだ。
「…………貴方には関係のないことだ。」
絞り出すような声でシンはその話題を逸らした。
「……シン…………」
俺は一呼吸置いて苦い表情を浮かべる彼の名を囁く。
シンの
(……メアラミスが玲の付き添いでここを外していたのは都合が良かったかもしれない。)
そんな事を思いながら辻本は金髪青年のヴァイトと話しているシンを見つめた。同級生の仲間に温容に接するシンを。
「あァ?シンお前、ロストゼロの指揮官と顔見知りだったのかよ?」
「まあね、あの人が朱雀軍学校の生徒だった頃に少しだけ」
フフ、と一度だけ息を吐くとシンはロストゼロに近付く。オズやシャルロッテ達もファーストに警戒しながら黙っている。
「改めて。僕は《ファースト・ワン》所属のシンです。見ての通り辻本さんと同じ朱雀魔導国から来ました。」
「白虎人のヴァイトだ。オレら候補生の優等生組だか知らねえがあんま調子に乗らねえ方が身のためだぜ?」
物腰柔らかく紳士的な挨拶をするシンとは対照に、明確な挑発の意思を感じさせる口調のヴァイト。当然、そんな喧嘩腰の手を、我らがシャルロッテさんが「うんよろしくね♡」と受け取るはずはなく。
「はいー?いきなり現れてなによそれ、別にあたしたちも自分からこんな変な部隊を志願したわけじゃないですからー!でもまあ?機関も適当に選んだわけじゃないでしょうしキミ達よりは才能があるのかもねー♪」
とんでもない勢いで捲し立てるシャルロッテ。これぞ倍返しと言わんばかりにヴァイトに対し2回分の挑発をぶつけた。
「テメェ……こら金髪。その犬の尻尾みてえに伸びた髪どっちも引きちぎってやろうかァ!?」
シャルロッテの腰くらいの長さまで綺麗に整えられたツインテールを掴んで吼えるヴァイト。
痛みから歪み顔になったシャルロッテは、すぐに熟練された護身術を使ってその手を弾く。
二者の間にビリビリとした拒絶と対抗心が衝突しあう一触即発のなかロストゼロ側は爆発手前のツンデレ娘を朔夜がなんとか抑える一方で、不良少年のよう暴れる寸前の彼を呆れ顔で止めたのは三銃士の蘭であった。
「お、落ち着いてっ!」
「ケンカはダメでアルヨ!」
叱るような口調で蘭は恰幅のいいヴァイトを小柄な体格ながらそのスピードを活かして羽交い締めに。当然クラスメイトの関係なため大した力は込めていないだろう。しかし蘭は「
「拳を交えたいのならば正式な仕合こそが相応しいネ!」
蘭の拘束にわーったよと不貞腐れ解放されるヴァイド。対面するロストゼロではアーシャが落ち着いた声で確認する。
「仕合?というかそなた……もしや《東方》の民か?」
東方―――建国初期の青龍國に移民として受け入れられた少数民族のひとつの事。後に朱雀国に伝わる「魔術拳法」の最初の型を操っていた彼等の末裔、それが目の前にいる蘭。
「よく分かったネ、あなたも青龍王国の子なのかな?ワタシは蘭、よろしくアル!」
純真無垢な笑顔と一緒に蘭はアーシャの手を取る。アーシャも若干戸惑いながらに応える。するとここでようやくシンが蘭の言い漏らした“仕合”について提案を始める。
「僕達も次にグラウンドを使うのですがどうでしょう?イシス指揮官が来られるまでの少ない時間にはなりますが」
「《ファースト》と《ゼロ》の親善仕合はどうかと。」
そういうことか。と辻本指揮官はここまで彼らの過剰なまでの挑発的言動の真意を理解した。しかしロストゼロの皆はさっきまで散々俺との模擬戦で疲弊しており、
「上等じゃない!!やってやるわよ!!」
なんてシャルロッテは気力を振り絞り拳を突き出してはいるものの体力も魔力も相当すり減っている。この状態で他部隊の候補生、それもエリート組とぶつかれば怪我をしてしまう事など火を見るよりも明らかだ。
「待て、すまないが今からそれは認められ―――」
辻本の言葉が途切れる。すぐ横にある別方向からのグラウンド入り口では《ツインズ・オウル》と《トライ・エッジ》の候補生達までもが野次馬として集まりだしていたのだ。
「おおっ!ロストゼロにファースト三銃士じゃん!」
「なになに?あ、辻本指揮官もいるよ!」
「合同訓練でもやるのかな?もう授業終わるけど」
お構い無しに口々に騒ぎ始める少年少女数十名。なかには各部隊でシン達同様にロストゼロの観察のため訪れた優等生の面々もいた。
例えばキャッキャと騒ぐ候補生女子グループの中でとりわけ冷めた空気、というよりは純粋に興味無さげな雰囲気で愛用の
他にも遠巻きに此方を窺っている桜色のロールヘアーが特徴的なこちらトライエッジ所属の女子『ユイリカ』。同じく、トライエッジのゴツめの体格が特徴の男子『ガンツ』。
もちろんまだ力を隠し持っている子達はいるだろうが、入隊式から1週間で辻本が授業で絡んだ事のある候補生のなか評価している『ルーキーズ』が揃う。
聞けば入隊式のあった初日。ヴェナ指揮官の魅せた幻術に対して微動足りせず座席で堂々と座っていた子も何人かいたとか。
「ああっダメだよみんな!今はまだロストゼロの訓練時間なんだから」
ここで遅れてやってきた声に辻本は少し安心した。月光だ。どうやら授業外の時間を使って外に出てきた各部隊の一部のメンバーを見かけて早足で追いかけてきたようだ。しかし生徒達は指揮官が来たにも関わらず勝負を煽り続ける。
「いいぞ!やれ!!」
「ねえ、私たちも見ていこうよ!」
「月光指揮官もほら!絶対おもしろいから止めないで!」
「というかもう一緒に観戦ね!ほらこっち!」
遂には女子候補生数名に囲まれオネダリされた月光。優しすぎる性格なため呻き声を漏らしながらも勢いに流されていた。唯一の同性同僚のそんな光景に辻本は、
(月光お前……圧されすぎだろ……)
心中で呆れ果て深い溜息をつく。
「ど、どうしよう……オズ君っ」
隣では動揺する朔夜に、オズがわざとらしく肩をすくめ狼狽えるなと諭していた。そして既に臨戦態勢のシャルロッテを一瞥する。
「そこの
「ファーストの三銃士とやら、多分1週間限定になっていずれは黒歴史となる彼らへの慈悲だ―――せめてすぐに終わらせてやるとしよう」
ほんの少し間を置いて、黒魔導師のオズは魔導本を手に喚び出すと、シン、ヴァイト、蘭を煽動する。オズの切った啖呵により周囲の野次馬たちも更に熱狂。
「格好いい……私、オズ君になら罵られてもいい!」
「ファーストのシンって子もかなりの美男子かも!」
「―――良いでしょう、三対三だ。こちらからは当然僕ら三銃士が出る。君達は?ロストゼロ。」
シンはそう言うと腰に挿した剣を騎士のように抜いて構える。それを見て両側のヴァイトと蘭も互いに
「あたしとオズ君!それとアーシャさん、お願いできる!?」
シャルロッテの名指しにアーシャは不安げに辻本指揮官の様子を瞥見するも、理性よりもほんの少しだけ武人としての矜持が優先されたのか、仲間の言葉に強く頷いてしまう。
(アーシャまで……だがここまで盛り上がって今さら止めるのは逆に候補生全体の向上意欲を削ぐかもしれない……のか?)
無理やり正当化されつつあるこの空気感で辻本は自分に問いかける。そして結局、危ないと判断した瞬間止めに入ればいいかと自己暗示めいた着地点に辿り着き静観を振る舞おうとした。
その途端。
「―――そこまでだ、双方下がれ!!!」
優美で張りのある女性の声が、グラウンドに響いた。
「ぁ……イシス姉っ、ではなくイシス指揮官!」
「それにロクサーヌ所長も!」
辻本は登場した人物に対して姉師と呼び掛けるも指揮官に敬称を改めて声を出す。そしてもう片方、イシスと並ぶようにして歩いて来たロクサーヌの名前を月光が驚きながら叫ぶ。先程の声はイシス将軍のものだった。
辻本の髪と同じくらい濃い黒。しかし艶やかさでは圧倒的に優っているイシスのそれはさぞかし丁寧に手入れしているのだろうと思わせる。ゆるく波打つ長髪が、そろそろ日暮れに差し掛かろうとする太陽の光を受けてあでやかに煌めいていた。
「この騒ぎは何事だ?」
イシスが堂々とした声音で辻本の傍らまで移動し訊ねる。ここにいる殆どの候補生達が視線を無意識にイシスとロクサーヌに集めるなかで、辻本はここまでの経緯を簡単に説明した。
「…………フフ、なるほどな」
綺麗な
俺は直感的にまた所長がとんでもない事を言い出すのではないかと思い自然と生唾を飲み込む。
「候補生諸君には申し訳ないが、やはり仕合を許可することは出来かねる。だがせっかくの“交流”の機会だ」
「ここは両部隊の代表者―――担当指揮官に雌雄を決して貰うのはどうかな?」
「なっ!」
平然と言い放つロクサーヌに俺は思わず喫驚し声を漏らす。
《ロストゼロ》と《ファーストワン》のそれぞれの代表として俺とイシス指揮官が仕合をするなんて。俺は両眼を瞬き、訳も分からずただ所長を見つめる。いつの間にかじっとりと冷や汗が滲んだ掌を握りしめ、強張る口をぎこちなく塞ぐ。
対してイシス、過剰気味に狼狽する弟弟子を横目に、超然とした態度は崩さずにいる。
(まずいぞ……もし本当にイシス師姉と闘うことになれば)
俺の視界に約50名程、グラウンドに集まった候補生が映る。
(この衆人環視のなか……いや、待て……!)
揺れ動く思考のなか、俺はある閃きに脳を打たれる。シン達が出てきたおかげでオズの疑念はうやむやにはなっているが混沌を入隊からここまで1度も使用していない現実。マナとの修行でなんとか“擬似的な”モノは発現させる事が出来るようにはなったが、それには相応の集中力、隙が生じる。だからネメシスとの死闘ではその余裕が無かったのだ。
しかし。
(……仕合ならば?相手はあの青龍最強の武人、だがそれでもマナさんに教わった通りの動きで混沌を使えれば―――)
失われたゼロと混沌を伏せての機関生活。《虚構の英雄》である真実を少しでも《黒白の先導者》だった頃に。少なくとも機関の指揮官や候補生の前ではそう在らねばならない。
「………………」
暫くの沈黙を俺は懸命に前へと踏み出す決意の時間にした。
一方イシス。シン達の代表としてロストゼロ指揮官の辻本ダイキと刃を交える展開に、わずかに昂ぶりを見せた表情に。
「よかろう。クラリス殿がそれで納得するなら、私は彼との仕合に応じるとしよう」
「フフフ、だそうだ。弟弟子クン、さてどうする?」
行け、踏み出せ、ここで怯んでいてはロストゼロなんて特別な部隊を率いる資格なんてない。なによりも、俺が俺自身でいるためにも、前へ!
「―――手合わせお願いします、イシス師姉!」
それを聞いたイシスは部下達に頷く。そして身を翻し、数歩前に進んだ。同じく俺もシャルロッテ、オズ、朔夜にアーシャに目を配った。グラウンド中央の場所を確保するためロストゼロと三銃士は端に移ってゆく。
その最中、辻本の傍で立ち止まったイシスが当人にのみ聴こえるくらいの声量で囁いた。まるで俺の複雑な感慨を見透したかのような覇気と鋭い眼光を持って。
「辻本ダイキ。迷いの風が吹いているぞ……?疑心に満ち、他人を己もろとも欺かんとする風が……卿から。」
ぞわりと足元から冷水が纏わりつくような感覚。清々しく吹いていた春風が身体中に突き刺さるイメージに襲われるも俺は気丈に自分自身を律し、ただ無言で《天紅月光流》を扱う最高峰の剣士、同門の師姉を―――迷光の眼差しで捉えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます