2節「模擬戦」


「今週最後の授業はずばり―――模擬戦だ」


俺、辻本ダイキがかけた言葉にロストゼロの部下6名が一様に反応する。


入隊式後、通常カリキュラムが開始されて数日。ようやく部隊を率いる指揮官としての職務じゃない方、「教員」の立場で生徒達に勉学を教える仕事にも多少慣れてきた辻本。しかし自分の担当する部隊は他と較べて余りに少数クラスゆえ、どうしても学院内施設利用の優先権が低かったのだが、金曜日の今日。ようやくグラウンドの1限間の使用許可が下りたところだ。


やっとの思いで取れた実戦想定の訓練の時間。昼休みに一緒に食堂でランチを食べてた同僚―――月光とどういった内容の訓練が好ましいかと相談、議論した結果。


「彼を知り己を知りたければ百戦あや殆うからず、という兵法の基礎がある」


「つまりどんな敵と戦うにしても、味方の事すら把握できていなければ勝利はない」


「それで事前の準備、少人数クラスだからこそ短時間で行えてかつ互いを知れる訓練にピッタリなのが」


「模擬戦、ということですか。合理的ではありますね。」


辿り着いた指揮官の答えに、常に冷静沈着で知的、整った顔立ちもあってか既に他部隊の女子から騒がれはじめている蒼灰髪の少年、オズがいつも通りのクールな声質で重ねた。


「だろう?まあいずれは対ネメシスを想定した有人の機甲兵に搭乗しての訓練もあるみたいだが、まずは対人戦から。このご時世、敵は魔物だけじゃない。それこそ入隊式でヴェナ指揮官が魅せた猟兵も相手にしなければならない時もある」


「こ、怖い時代です……」


「でもだからこそあたし達がここで強くなって、全部守れるくらいにならないと!」


紫紺色ボブヘアーに眼鏡が特徴の少女、雨月玲が辻本指揮官の話しに怯えてしまう。そんな彼女を本日の太陽のような明るさで励ましたのは金髪ツインテール少女、シャルロッテだった。


「フフ、シャルロッテはいつも前向きだな」


「その性格が羨ましいよ……」


凛とした表情を弛ませ優しく微笑んだのは朱髪ロングの武人娘アーシャ。本部隊の候補生の中では最年長19歳で、その年齢に恥じない言動はチームの纏め役になりつつある。それに次いでボソッと呟くのはダークブラウンの髪色の気弱男子、朔夜。先程述べたアーシャとは対極的に、チーム内の弟(マスコット)的存在として主に女性陣から可愛がられている。


そんな朔夜の隣ではロストゼロ、いや四聖秩序機関全体でみても最年少だと思われる少女、ウェーブがかった銀の長髪と小さな体、常に眠そうにしているメアラミスが、遂に眠気に耐えられずガクッと意識を手放したようで朔夜に凭れかかるような体勢に。


「わわわっ!ちょっとメアラミスさん……!うたた寝でボクに倒れてこないで!」


「…………んんっ、あれ?枕じゃなかった。」


「違うよっ!!!ボクは立派な人間の男!!!」


ふぁーあ。と朔夜の抗弁をあくびと一緒に適当に流したメアラミスの自由気ままな素振りに呆れる一同。そういえば結局うやむやにされてるが、朱雀から派遣された彼女がどういった経緯で機関上層に認められたのかまだ所長に聞けてないなと辻本はふと思い出す。


(いずれはこの子の素性についても彼らに話さないといけない時が来るだろう……それまでに出来るだけは作ってあげないとな)


「―――よし。それじゃあ早速だが1対1の実戦形式、君たち6人総当たりでやってみよう。シャルロッテ、アーシャ、前に出てくれ!」


俺は人選した初戦の二人を呼び出す。無論6人の中から適当に決めたのではなくちゃんと理由があってだ。


「双剣術に長けるシャルロッテと棒術士のアーシャ。彼女たちの打ち合いは最も模擬戦として解りやすいだろう」


「確かに……私やオズさん、朔夜さんは遠距離タイプに当てはまるため特殊な戦闘になりそうです」


「その点脳筋型は仕合時間も比較的早く単純だと。思ったよりも指揮官殿は部下の特性を見極めているようだ。」


俺の説明に補足してくれた玲とオズ。後者の補足は若干初戦の彼女達をバカにした風だったため条件反射のようシャルロッテが怒る。のをオズは見ぬふりして俺に視線を合わせてきた。


深みのある蒼の前髪が目元に陰を作るなか指揮官の能力をとりあえず誉めた後、オズはどこか挑発的な態度にも思える様子である提案を切り出す。


「しかし折角の機会です―――どうせなら僕ら候補生同士ではなく貴方が相手をしてくれませんか?朱雀の英雄、《黒白の先導者》辻本ダイキさん。」


「それは……」


思わぬ方向に進みかける授業内容に俺は戸惑ってしまう。だがそこに待ったをかけたのは意外にも俺に対しての評価が現時点かなり低そうな女子、シャルロッテだった。


「ねえオズ君、そんな勝手はダメでしょ?こんな人でも一応はあたし達の事を考えての授業なんだからさ」


「じゃあ他の皆は見学してるといいさ。でもいいのか?我らがロストゼロ指揮官に自分の実力を存分に見せつけられる、またとないチャンスだと思うが」


「……やっぱやる!辻本指揮官、勝負です!!」


秒で説得され手のひらを返すシャルロッテ。辻本はどうしたものかと腕を組んで一度冷静に考えてみた。


(困ったな……しかし思えば、部下達がここまで真剣に俺に対して向かってきてくれたのは初めてかもしれない。)


ここで彼らの願いを無下にしてはいけない。直感的にそう判断した俺は急遽、それこそ昨日の夜から自室でずっと構成していた当初の模擬戦の予定を変更。さよなら俺の努力。


「分かった、君たちの意思を尊重しよう。」


俺は柔らかな物腰で了承する。


不敵に此方を見つめるオズ、ギラギラとした瞳のシャルロッテ、また積極的意見は言ってはいないものの武人としての向上心に満ち溢れるアーシャもどこか高揚した眼差しだった。


一方、玲と朔夜は「本当にやるの……?」といった不安げな面持ち。メアラミスは……起きてはいるが興味は完全に青空を飛び回る白虎にしか棲息しない類いの鳥たちに持ってかれている。


辻本はそんな6名をひとしきり確認すると、予め倉庫の備品から持ってきていた訓練用の武器が詰まった木箱をがちゃがちゃと、箱の中身から何かを取り出す。


「ただし俺の得物は太刀じゃなく―――こいつだ」


(あ……)


玲が漏らしかけた声を抑えた気がした。


指揮官が手に持ったのは「教練用の片手剣」。ロングレンジの汎用型だった。もちろん真剣でなく木刀である。それを目にしたシャルロッテはツリ目で彼を睨みつけ激昂する。


「な、舐めプですか!?貴方はその太刀、天紅なんたら流でここまで来たはずです!片手剣を使ってるところなんて見たことも聞いたこともありません!それくらいは白虎人のあたしでも知ってますから!」


本来の得物、太刀を使わない辻本ダイキに猛反論。


確かに俺、辻本ダイキが《深紅の剣士》や《黒白の先導者》などと呼ばれ英雄視され、デリスの人々に認知された頃には全て得物は太刀を扱っていた。


しかし俺と片手剣には切っても切り離せないほどに深い繋がりがある。そう―――この武器こそ、俺が3ヶ月前まで宿していた古代英雄『ゼロ』の愛剣クリムゾンノヴァと同じ種類なのだ。


が、しかし。今ここでその情報を伝えても余計な混乱を生むだけだ。というかまず「俺は少し前まで古代デリスを生きた英雄を心に宿していた。だから混沌属性を有し、またゼロの特性も扱えたんだ」なんて説明しても誰も信じてはくれないだろう。もはや話すら聞いてなさそうなメアラミスのみ、こういった俺の事情も認識してくれてはいるが。奪われたチカラ、に関しては機関生活において超秘匿事項として俺と彼女だけのものにしておかなけばならない。


それにもうひとつ。こちらは別に明かしても問題なく、また自然に受け入れられる“理由”を俺は持っている。


「まさか、言っておくが片手剣は太刀には及ばずとも使い馴れた武器ではある」


何を隠そう、朱雀アルテマ軍学校の《零組》時代の最初の方では、俺は片手剣を使用武器として戦っていた。シャルロッテもそれを聞いて多少は納得した様子。



「まあ……今の君たち程度の相手なら、はっきり言って余裕だろうな」


冷めた表情でそう呟く指揮官。仕方なく付き合おうとしてくれてる感じ満々の態度。


「むっかーーー!!!!よーし、ぜっっったい倒してやるんだから!!!!やるわよ、みんな!!!!」


怒りで燃え滾るシャルロッテの気合十分の声が、ロストゼロのメンバーに伝染したのを確認してから。


「よし、一巡目はシャルロッテ、オズ、そして玲のチームでかかってこい!終わり次第すぐに二巡目、残りのメンバーで続けるから準備しておけ、朔夜、アーシャ、メアラミス!」




―――始め!


 軽快で爽やかな指揮官の声で模擬戦が幕を開けた。


辻本ダイキ指揮官に挑む先発組はあたしシャルロッテ。そしてこの候補生対指揮官の構図を提案した言い出しっぺのオズ君、そして相変わらず戦いに……というよりは刃物、剣に怯えたような素振りを見せる玲。今回は指揮官が訓練用の木製片手剣を使うためなんとかなるはず、とあたしはレイを信じる事に。


「あたしが前衛で戦うから、オズ君は後衛で魔法の援護をお願い!レイはあの人の攻撃を出来るだけ受け止めて!」


そう叫びながら私は、腰のホルダーに双翼型に折り畳まれていた二重の剣を瞬時に取り出し、分離させて左右に1本ずつ握りしめた。そして指揮官目掛けて一直線に駆け抜ける。


「無茶です……!シャルロッテさん!」


玲の声が後方から聴こえた。しかしシャルロッテは事前に打ち合わせ(叫んだだけだが、)しておいた戦術に従って、身を大きく振りかぶりながら突進する。


「はあああッ!!!!」


「いい気迫だ、だが!」


金髪娘の猛る声。玲は感じた。眼を凝らせば、黒金の制服の背中から闘気に満ちた青白い炎が立ち上がって見えるような気がするほどの、深い感情に衝き動かされている。それは正面で目撃した辻本にも催され、彼女の姿は正に猛虎、上級軍人ですら気圧されずにはいられないだろう。指揮官は称賛の言葉を短く呟いた。


「―――ッ!!!?」


シャルロッテは驚愕する。渾身の双剣による二連撃をふわりと躱された。それも右手で抜き放たれた片手剣の刀身を当てることなく、身体能力のみで。


(こんの……上等っ!!!!)


喰らいつくように直ぐに体勢を立て直し、再度、靴底の鋲から火花が散るほどの勢いで辻本目掛けて突撃。鮮やかな二対の剣を大上段にふりかぶる。


「フッ……!!!」


辻本はその動きを完全に見切った様相で、ぴたりと揃った動作でシャルロッテの双剣技を丁寧に剣で対抗。膨れ上がった剣気が、シャルロッテの虎の如しそれを押し返す勢いでグラウンドの空気をびりびりと震わせる。


「くうっ……!!!!」


両手持ちに切り替えられた指揮官の剣、重い唸りとともに右から横凪ぎに繰り出された一撃を私はなんとか防御。流れるように辻本が剣の方向を変え、次は真上からの斬り下ろしを一呼吸の間に繰り出す。


(なに……この人の剣、重いっ!)


訓練用、初心者でも扱えるくらいの質量の片手剣。それなのに彼の振るうその威力は巨大な大剣のような重圧だった。何度も耳を突き刺すような衝撃音。私は軽い体躯ごと吹き飛ばされるように弾かれてしまい、双方に距離が開いた。


「す、凄い……」


「これが指揮官の天紅の剣技か!」


「…………」


観戦する外野、二巡目待機メンバーがそれぞれ反応する。その間に膝をついてしまっていたシャルロッテ、受身を上手く取れなかったのか掠り傷を負っていた。しかしそれでも、なんら問題はないといった顔つきで立ち上がる。


そして―――三度目となる突進、懐に飛び込んだ。


「切り返しの速さは認めるが、せっかくの素早さも攻撃が直線的過ぎるぞ!」


あくまで平静な態度で辻本は脚に力を込めた。突っ込んできたシャルロッテに対して迎撃態勢に。今度は跳躍からの斜め斬りで詰めてきた彼女の技を剣で受け止め、先程と同様に弾き返そうと試みた。その時―――


「”零光剣イルミナル・サイファ”!!!」


少年の声、直後に調律を取るための口笛が響く。


「オズ……!?」


辻本とシャルロッテは同時に息を詰めた。いつの間にか詠唱を完了させ、シャルロッテの飛び込みに合わせた絶妙のタイミングで一斉射出されたオズの操る数十の金色の霊装小剣が二者共に狙い撃ち。此方に高速で向かってくる。


「ちょっ、あたしごと!!?」


確かに私は指揮官を足止めする間に、魔法攻撃を頼むとは言ったけどまさか味方ごと巻き込むなんて有り得ない。


激昂するシャルロッテ。を辻本はオズの放った直線上に進む剣達のラインから外すように渾身の一撃で、彼女の体ごと跳ね返した。


「きゃ……!っ、う……指揮官?!」


まるで自分を助けたような弾きだった事に私は気付く。よろめく体勢のなか次に飛び込んできた光景は、ギリギリ最低限の動きでオズの魔法小剣を剣で防ぎ、反動を柔軟に吸収して即座に次の態勢に入れる辻本ダイキの伎倆ぎりょうだった。


「くっ!今のを対処されるとは……やりますね」


歯を軋ませ、しわがれた声がオズからこぼれる。


「流石、若き英雄って謳われてるだけはあるわね……って、そんな事よりもキミ!さっきのはあたしまで危なかったわよ!」


「君なら反応できると信用していた。それだけさ」


魔導書を片手にオズは、怒り心頭の面持ちでどすどすとにじり寄ってきたシャルロッテを納得させるため視線を合わせた。ほんの一瞬見開いた瞳を、すぐさま苦笑いの色で覆い、大仰な動作でかぶりを振って。


「それなら最初に言葉で言ってよ!思ってるだけじゃ分かんない!」


「見た目以上に鈍感なのか?もっと周りを見ろ、魔力を逐一で感知しろ。それとも君は敵前でペラペラと作戦を語るのが実戦において得策だと?」


「はぁーー!?これは模、擬、戦、なんですケド!?」


入隊から約一週間、シャルロッテとオズの突発的喧嘩はこれで何度目だろうか。と後衛で盾を構えてたまま未だ動けないでいた玲や、端で見守っている他のメンバーも肩を落とす。


(……この二人のチームワークは特に課題だな。互いに自己的な戦闘力が高いだけに……まあ、にも二人にはそれぞれ譲れない部分が多そうだが)


辻本は遠巻きに無言で分析した。その後、わーわーと絶賛口論で盛り上がり中の少年少女に渋面で、あえて聴こえるくらいの声量でやれやれと息を吐いた。  


「こら、今は訓練中だぞ?それにそんな程度の連繋じゃ、これから先が思いやられるな―――!」


呆れと共に今度は辻本が攻勢に仕掛けてきた。10Mほどの距離から接近してくる、とシャルロッテが身構える。オズは険しい顔付きでここまで一切戦闘に参加せず硬直していた盾使いの娘の名前を呼ぶ。


「ッ……雨月!指揮官の剣を受け止めろ!一瞬でいい!」


「は、はひ!!!」


玲は強張った表情で、選択武器として選んだ大盾、長方形に丸みのある角をつけたそれを裏側の取っ手で掴み、小走りで前方に到着。なんとか辻本よりも早くシャルロッテの前に到着した玲は、庇うような体勢でズドンと盾を地面に聳えさせた。


「私が、皆さんを護ります!!!……はぁはぁ、ぜぇぜぇ」


キメ顔で盾を構えるも玲はかなり息切れしており、空気を求めるように呼吸を繰り返す。そんな健気で必死な姿を盾の後ろでシャルロッテが見て、


「レイ……!ゴメンだけどそんな息あがられた状態で出られても逆に不安!!」


と本心を荒げる。玲もそんなツッコミにううう……と涙ぐんだ顔になった次の瞬間、辻本の振るった片手剣による衝撃が大盾から玲の腕に、全身に伝わる。指揮官の攻撃が始まったのだ。


「うぅ……!!すみません、先輩!」


怒濤の数連撃を何とか盾で受け止めた玲だったが、その反動は凄まじく体が後ろに引っ張られるよう自然によろめく。だがそこは流石デリス初の連合士官学院に入隊した少女の自力か、玲は咄嗟に上体をあえて後ろに倒し、身を大きく横回転させると同時に指揮官の刃に思いっきり盾をぶつけ返した。


「……!」


回避動作と反撃の一体、辻本はそんな行動をした玲に正直驚いていた。運動神経抜群のシャルロッテや、元々武術に精通しているアーシャ、もっといえばメアラミスならば、咄嗟の状況でもやってのけるだろう。しかしこの娘が―――。


「あ……!」


玲の盾による反撃は虚空を掠めた。辻本は身を屈め盾の下を掻い潜っていたのだ。水平に振るったため出来た隙、彼は剣で受けるのではなく、避ける選択をしていた事に玲は驚愕する。もしこれがヒットしていたならば、得物の質量、速度に負けた指揮官の剣を大空に打ち上げていたかも知れない。


憧れの英雄の黒い前髪がひと房、盾の先端に触れてぱっと揺れている。下から斜め上段の勢いで繰り出されようとしている技を予感して、玲は眼鏡の奥で刹那、恍惚とした顔を浮かべる。


(ああ、狂おしいほど愛おしい……)


(やはり貴方は私の―――理想の《英雄》です)


「……きゃ!」


辻本の『技』の初撃が玲の横を縫って捉えた剣で素早く、下方から弧月を描くよう閃光となって切り抜ける。突き飛ばされた玲は地面に盾と一緒に尻餅をつく。見上げると辻本はスレ違い際に衝いた空隙から、猛然と、葉が枝幹からゆらゆらと落ちて行く“落ち葉”のような動きで、中衛、シャルロッテに打ちかかる。


「ハアアッ!!!」


「迅っ―――!!?」


烈風の如き気合とともに、辻本はシャルロッテの懐に。眼にも止まらぬ速さで閃く。シャルロッテは双剣で反応することすら敵わず、気が付くと玲同様、スレ違いざまに峰打ちによる一撃を入れられていた。くうあっ、と咽るような声を漏らして、たちまち地面に崩れる。


「舐めるな……!」


二人が倒されたオズが刹那の逡巡を振り捨て指揮官を睨んだ。


瞬きする間もなく、オズを守護するよう再展開された零光剣。しかし辻本は速度を緩めない。オズの口笛を媒介に調律が施され不規則に乱舞する剣達に怯むことなく、懐へ。


「―――“葉月切り”!!!」


ここで、ついに辻本の口から裂帛の気合とともに、迸った右手に握る剣を鋭く前に切り流す。


玲を、シャルロッテを、そしてオズを。一連の動きと呼吸のなかで行われる天紅の剣術のひとつ、その名をぶつけて。


「ぐッ……なにが……なにが違うんだ……ッ」


こもった声でオズは膝をつく。彼の喉から絞り出された、普段とは別人のようにひび割れ、己の無力感に憎悪すら抱いていると思わせるほどの声を、ただひとり辻本だけは聞いた。


模擬戦、一巡目―――終了。


辻本は鋭い呼吸を続けながら、視線を待機組に送った。


「……次!残りのメンバーだ、かかってこい!」


指揮官の声に朔夜、アーシャが反応。知らぬ間にメアラミスはグラウンド端に植えられた木の陰で昼寝していた。


「でも、指揮官が連戦になります……」


朔夜が得物の魔弓を構えながらに、辻本を気遣う。戦闘経験が豊富で鍛えている指揮官でも、あれだけシャルロッテと剣で打ち合い、玲の盾を越えて、オズの魔法剣を凌いで三者を倒したのだ。少しばかりのインターバルは必要なのでは、と。


「そんな事は気にするな、朔夜。むしろ俺の疲労を狙うくらいの気持ちじゃないと勝てないぞ?」


澄ました顔で、片手剣を器用にクルッとひと回転させ、辻本は緊張し声が震えていた朔夜のそれを少しでも解いてやる思いで笑みを浮かべた。そしてアーシャ、こちらはもう指揮官の剣と切り結び合いたくてしょうがないといった顔で、棒を取った。


「ふっ、では遠慮なく―――いざ尋常に、勝負!」


アーシャが声高に言い放つ。約1名足りない(横目で確認したところシャルロッテが起こしに行ってくれたようだ。)が、辻本は陣形を整えた2人に頷き、部下たちとの模擬戦に勤しんだ。




 そして。その後も様々なチーム編成、2度インターバルを挟んで行われた模擬戦も六巡目が終了した。最後の最後だけメアラミスも参加はしたが、それも遠巻きに見てたまに得意の脚技で応戦してたくらいで、眠気覚ましの感覚だっただろう。


結果、ロストゼロ内で行われた模擬戦。


候補生vs指揮官で執り行われた訓練は候補生達の惨敗で幕を閉じることになった。


こんなに明白な差があるなんて―――。


そう思わずにはいられない結果に、一列に並ばされた少年少女達は皆一様に神妙な表情で俯いていた。


流石にやりすぎたか。と俺もつい初めての生徒たちとの本格的な訓練に調子に乗ってしまった事を反省しつつ、


「よし、これで本日の訓練は終了とする!が、その前に各々の評価を簡単に伝えておこうか」


白灰色の指揮官コートの腰に手を当てながら、俺はさっき、彼らの呼吸が整うまでの10分間程度の時間で簡略だが纏めていた所感をひとりひとりに告げる。


「まずはオズ、そしてシャルロッテ。」


本模擬戦においては初っぱな一巡目で最悪のチームワーク力を発揮し、それ以降、三巡目をアーシャ含め、六巡目をメアラミス含め組んでいた二人。


「お互いに思いきりの良さと戦闘センスは好ましい。しかし感情によってムラが出やすいようだ。まあそれは今回君たち自身が一番反省している事だとは思うけどな。」


「……御指南、感謝です」


「ふんだ……次は絶対にボコボコにするんだから」


二人とも発言後、まったく同じ腕組みの体勢で左右バラバラの青空を睨んでいた。


「次は朔夜だ、どうやら矢の照準がまだぶれているな。周りに気を取られすぎかも知れない。何事も焦らず鍛練することだ、そのひとつひとつが身になり自信に繋がることを忘れずに」


「そういうものですか……努力はしてみます……」


憂わしげな顔で、俺の言葉に頷いてくれる朔夜。まだ本人たちから確認を取ったわけではないが、朔夜が比較してしまうのも無理はないが……。


「……続いて、玲。君はとにかく体力に難がある。立ち回りの緩急を工夫するといい、そしたらもっと盾役として味方や自分の負傷を減らせるはずだ」


「はい……でもダイキ指揮官が手取り足取り個人レッスンしてくださるなら私、どんな訓練でも耐えれますのでっ!」


「まあギャップがあるのは仕方ない……ここに編入する前までは朱雀の聖凰女学院生だったみたいだしな?」


「……!」


俺は玲のいつもの冗談をスルーして、お返しではないが入隊式の日以降、個人的に集めた部下たちのデータから入手した彼女の経歴のひとつをこの場で暴露した。玲本人も俺のこの発言には驚きを隠せなかったようで、彼女らしからぬ警戒した表情をほんの一瞬だけ見せてしまう。


「――――――」


「女学院……って、え!レイってばお嬢様だったの!?」


「聖凰女学院……確か3ヶ月ほど前に起きた朱雀国内の内戦に巻き込まれ校舎が半壊したと人づてに聴いたが、まさか雨月、お前が生徒で居たとはな」


「ボクも白虎人だけど名前だけなら知ってるよ、偏差値も高くて外国では有名だって……」


「ほぅ、玲が座学で既に全クラスでも頭角を現していたのはそういった背景があったからか」


俺と雨月玲、朱雀サイドの二人にだけ流れた緊迫の空気に他の皆が口々に発言を挟んだおかげで解かれた気がした。


玲も別にその事自体を伏せていた訳では無さそうで、普段通りのキャラで周囲の質問攻めに「そんな大したことでは」と照れた笑顔で答えていた。


(……《ロストゼロ》でマナさんの下から送られたメアラミスを除けば正規の朱雀出身者は彼女だけだ)


(オズが言ったように女学院はあの戦い以降は休校状態、だが他の朱雀の進学校を選ばずにわざわざは?本人はこれからの時代のための社会勉強と言っているが……)


(それにやけに零組を、俺の功績を買ってくれている―――諸々を含めてはまだ見えてこないな。)


「で、も……うふふ、乙女の秘密を調べあげるなんて、意外に積極的なんですね?センパイ……♡」


物思いに耽っている間に俺の顔を下から覗き込むような体勢でニコッと小悪魔的スマイルを魅せる玲。俺は彼女の肩を掴んで優しく引き離すと、仕切り直しを込めた咳払いをした。


「コホン!なに、こんな特務部隊に選抜されたくらいの人材なんだ。専任指揮官である俺が君を、君たちの経歴に興味を持つくらいは大目にみてくれ。」


個人情報プライバシーは厳守する。と付け足して申し訳なさそうに微笑んだ俺はすぐ強引に話を模擬戦反省会に戻した。玲もだがこのロストゼロのメンバーを知るにはもっと時間が必要だ。今は一歩ずつ同じ道を進み、繋がりを深めるしかない。


「そしたら次はアーシャの番だ。君は動きに無駄はないが少々惜しい、相手の動きを読み切ってもう一歩積極的に。戦い方が洗練されていくだろう」


「成程、意識してみます。」


彼女の真っ直ぐな返答に俺もうん。と頷く。実際、初めての模擬戦で最も活躍していたのがアーシャだった。今後の伸び代に関しても最有力。だが今回は平等に評価を伝えることを意識してその点には触れず。それを言って調子づくタイプでも無いだろうが。


「最後に―――メアラミス。君についてだが……ハッキリ言って協調性が無さすぎる、もっと授業に参加しろ!」


顔を反らし語気を強めて、辻本は少女に視線をぶつけた。対してメアラミスは端でこちらを横目で見ている。


「……なんで?」


ぽそりとそう訊いてくるメアラミスに辻本は出せる限りの真面目な声で答えた。


「君がロストゼロの一員だからだ。数日前の夕方、ここで決意表明をしたことをもう忘れたのか?」


「はぁ……だってさ―――ウチが入ったら、キミ」


メアラミスは聞き分けのない子供のようにぐいっと唇を曲げ、その寝覚めのような瞳にきらきらと挑戦的な眼光を宿らせる。


その瞬間、黒い閃光が走った。


さっきまで傍らに立っていた少女が、瞬きの間に辻本の背後を完璧に取っている。白と黒、対極する衣服の二人は背中合わせの様相に。


「なっ……!!?」


「まったく追えなかった、なんて迅さなのだ……!」


オズの動転した声、アーシャも息せき切って少女を見る。


「……本気なら死んでるよ、はい、ウチの勝ち」


メアラミスが小声で背を向けたまま囁く。俺はまるで冷たい水でも背中に垂らされたかのように、背筋がぞくりと寒くなっていた。


少女の殺気によりグラウンドを囲う樹々にいた鳥や虫たちまでもが深い恐怖と動揺で凍りついている。


《羅刹》―――秘めた悪鬼の支配する空気のなか、俺は気丈に胆力をみせ、異質めいた世界に声を返す。


「言っておくがそれ、否定はしないが肯定もしないからな。今なら俺も君に負けるつもりはない」


「ふぅん……ナマイキ言うんだ?」


周囲の空気が揺らぐ感覚が二人だけを包み込む。


「ああ言うさ、だって俺は君の上官だからな。その関係がある限りは今後も口煩くさせてもらうからそのつもりでよろしく」


「…………」


表裏一体。背合わせなためメアラミスは彼の和らいだ表情を見ることはできない。同じく辻本も少女の引き潮のように下がりつつある殺気と静寂をただ感じた。


「メアラミス。一人だけ強くても小隊では意味がない、仲間と歩幅を合わせることで見えてくるものもきっとある。君が変われるきっかけは必ずに在るはずだ」    


「…………はいはい」


「ちょっとー!聞いてます!?さっきからなにを二人だけでコソコソ話してるんですか!めっちゃやらしいですよ!」


遠くから聴こえてくる声にはっ。と俺はまるで現実に戻ったように気付く。先程から数度に渡って声をかけ続けてくれていたシャルロッテが苛々とした形相で睨んでいた。


「あ、ああ。悪い。」


落ち着いた声で俺は頭を掻いた。どうやらメアラミスの殺気はこの子達には伝わらなかった、厳密にいえばメアラミスがそう制御していたようだった。が……。


「ともかくだ、次からは真面目に」


「ぅう…………」


指揮官の説教が続行されたその時、突如、玲が苦しそうに地面に膝をつける。


「……どうした、玲!」


「ごめんなさい…………ちょっと疲れで、目眩が……」


駆け寄った俺や他のメンバーに、辛そうにしながらも微笑む。顔色も優れないようだ。急な運動で心拍数が増え、血管が拡張されたまま起こる血圧の急激な低下が原因か、脳に十分な酸素が行き届いていない可能性もある。辻本は学生時代に医療専門クラスの学友達から教わった多少の医学知識で玲の症状を大まかながら把握すると。


「この時間なら医務室にアネットさんかソフィアさんのどちらかは常駐してくれているはずだ」


「じゃあウチが行く。レイ、立って」


玲の介抱、牽引を引き受けたのはメアラミスだった。小さな少女の意外な一面には皆きょとんとした顔で立ち尽くす。身体を起こして貰った当人の玲も若干の困惑顔だ。


「あ、ありがとうございます……メアラミスさん」


もう一人で歩けると玲は説得するも、メアラミスはその小さな手で玲の手をずるずると引いてメインビル方面へと逃げるように歩いていった。


「……メアラミスちゃん、単純に指揮官の説教がウザかっただけなんじゃ?」


「フン……奇妙な娘だ……何を考えているかまるで読めない」


「容姿は普通の少女だが、常人離れした身体能力は我らも入隊から何度も目の当たりにしているからな」


「彼女も雨月さんや辻本指揮官と同じ朱雀国から白虎に来たんですよね……?」


残されたシャルロッテ、オズ、アーシャ、朔夜が順々にメアラミスと玲の背中を見守りながら呟いた。朔夜の質問に対しては「プロフィールでは朱雀出身」と答え、


「まあくどいようだが、彼女に関してはあまり変に構えず同じ部隊の仲間として対等に接してやって欲しい。」


と言って部下達に面倒をお願いしておいた。


メアラミスの“影の経歴”に関しても、俺の“真実”に関しても、またそれぞれが秘める“想い”に関しても。いつかきっと分かち合える時が来るはずだ。辻本は内心でそう決意する。


「ところで指揮官。最後にひとつ僕から質問が」


訓練を締め括ろうとした時。オズが最後にと断って鋭い目付きで俺に問いかけてくる。短く息を吐き、オズは言を重ねた。


「―――なぜ《混沌》を使わないのでしょうか?」


その台詞に俺は脳の思考回路に稲妻が走った感覚に襲われる。


覚悟はしていた。いずれ誰かに疑問を抱かれることに。


思い返せばオズは顔合わせの段階から、魔法を扱う者として俺の混沌には興味があると語っていた。


しかし今不意打ち気味に突きつけられた問いに辻本は暫く言葉を失い、ただ遠くに目線をふわふわさせてしまう。


「……それは」


もちろん、この問いに対する返答を俺は今日まで、それこそ朱雀聖都の地下でマナさんと一月にも及ぶ修業を乗り越え正式に機関配属を決めた時から、何十パターンと考えていた。辻本は直ぐに表情を戻して心に冷静さを宿すと、一頻り目を閉じた後に口を開こうとする。


「―――それは単に使うまでもない相手ばかりだから。ということでしょう」


指揮官の返答前に、被せてきた別の声。少年の低い声。その少年は更に今度はどこか侮蔑めいた口調で続ける。


「貴方の率いる特務部隊の模擬戦と聞いて見学に来てみれば随分とヌルい鍛練をしているようだ……しかしまあ、弱い部下のためには仕方のない事ですからね?」


「なっ……君は!」


グラウンドとセントラルエリアを繋ぐ斜面の階段付近に集まってきた20数名の集団―――ロストゼロ候補生と同じく黒基調に金のライン、所々に目立つ深模様の制服『黒鉄の魂』に身を包む少年少女、《ファースト・ワン》所属の子たちだった。


その筆頭の位置に立つ数名のうちひとり、先程声をかけてきた張本人である少年を捉え辻本は吃驚する。


「ええ、ようやくこうしてお話が出来て嬉しいですよ。辻本ダイキさん」


黄色いくすみのかかった色髪の少年は佇み、俺を見下ろす。すると両サイドにいた同じクラスメイトであろう男女が言葉を続けた。


「クハハ。邪魔するぜ指揮官、機関の特待生ども」


「何度か座学や寮では会ってる子もいるケド、改めて初めてましてアルね!」


陽気に挨拶した金髪の候補生。着崩し改造された制服と挑発的な態度、豹のような野生ワイルドさを感じさせる男子。


そして彼を挟んで佇む女子は黒髪をサイドに束ねたお団子シニヨンヘアで独特の語尾を使ってお辞儀する。


「フフフ……」


彼は少年の風貌に似合わない、柔和な笑みを浮かべる。


貴公子然とした風采、気品と誇りに満ちた腰の剣。しかしどこか影がかかったような冷たい眼差し。真白と真黒の二面性を宿すよう思われる少年―――『シン』。かつて辻本が零組として朱雀各方面に実地任務に赴いていた際、《雪の街》のアルトで出会ったあの子が。


俺は約2年前の記憶を手繰り寄せるも当時とはまるで別人のようなオーラを纏って成長していた彼に、ただ驚いた。


「まさか君が機関に入隊していたなんて……シン……!」


「ずっとアルトで一緒だった……ルリはどうした……!?」


そしてためらう余裕もなく、そう問い掛けた。

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