終節「誓いを抱いて」

夕刻。気が付けば空は黄昏に覆われ、夕焼けが俺と部下達を照らしつけていた。

直にこの紅空は夜の闇に包まれて行き、やがて中天に架かる巨大な月が、ここ《深海と月光》の街リューオンを水底のように蒼く染め上げるのだろう。


太陽が沈み、月の時間が始まる頃―――。


白コートの辻本ダイキが、黒制服を着る候補生6名と深き森に囲まれたグラウンドで向き合っている。

そよ風が肌を撫でるなか、灰衣の指揮官が問いかけから暫くおいて次の言葉を紡いだ。


「《ロストゼロ》―――いきなり機関の特務部隊なんて言われて、他と比べて人数も圧倒的に少ない上、初日から要塞で実戦テストまでさせられた」


「流石にネメシスの襲撃は上層部も予想外だっただろうが……色々と不審に思うのは当然だと思う」


俺は機関に対して疑心に満ちた少年少女らに語りかける。その心を少しでも解すような声質で、尚且つ今の繋がりを確かめ合うような表情で。


この時俺、辻本ダイキの脳裏には、2年間艱難辛苦を共にした同窓生。朱雀アルテマ軍学校《零組》のひとりひとりの顔が自然に思い浮かんでいた。


リナ。荒井。マスター。マコ。明―――。


「士官学院を卒業したばかりでロクに概要も知らない俺が指揮官を務めるのも不安だろう」


太田。ケンタロウ。竹内。なつみ。光―――。


「もし希望があれば、ファーストワン、ツインズオウル、トライエッジへの転科を掛け合うことも約束する」


キリト。シエラ。生田教官。フローラ副教官。


「だから入隊式前に言ったように、最後は君たち自身に決めて欲しい。」


レオ―――。ヒロミ―――。


「今日の出来事を経て、また手応えを通じ、心に灯した意志と未来がこの先の道に在るのかどうかを。“多分それが”」


しるべ。」


視線を前方にいるロストゼロに向けたまま、辻本は話終える。次代、と言えるほど歳の差は指揮官と部下達には無いがそれでも彼らがこの先、新たなデリスを切り拓いて行くのだと辻本は確信していた。


対する次代の若者達―――しばらく止まったような時間のなか各々が己の胸に問い掛ける。


辻本ダイキの問いに対しての答えを最も早く見つけ出し、決断し、その意志を表明したのは意外にもここまで“朱雀の英雄”を嫌う素振りを見せ続けていたシャルロッテであった。


「―――シャルロッテ。機関の特務部隊ロストゼロに参加します。」


「え―――」


「シャルロッテさん……!?」


「ふぅん……?」


翠色の瞳は真っ直ぐ。金色のツインテール少女は眉も眼をきりっとさせ答える。誰よりも即決したシャルロッテにオズは思わず声を漏らし、朔夜やメアラミスも反応してしまう。


この部隊が集まってからここまで半日、明らかに担当指揮官を嫌悪していたのに何故?と言わんばかりの視線がシャルロッテに集中する。


「勘違いしないで下さい。別に入りたいからではありません。あたしは不本意な経緯でこの機関に来ました」


「玄武や青龍の事はよく知らないし、レイにはごめんだけど朱雀はあまり好きじゃない、貴方のことも良くは思ってません」


ハッキリとした物言いで語るシャルロッテ。こと鈍感だと周囲からよく咎められている俺でさえ、彼女のなかで自分の評価が低い事も解っていたため、


「みたいだな。」


と頬を掻きながらシャルロッテに微笑む。そんな俺の笑みにシャルロッテは目を逸らしつつも腕を組みこう続けた。


「……だけど、最初のテストで貴方はあたしとオズ君を庇ってくれた。戦闘中の指示やアドバイスも適切だった」


「さっきの化物だって……メアラミスちゃんのフォローがあったとはいえ、貴方がいなければ撃破できなかったはず」


「なのにあたしはただ脚がすくんで見てるだけでした。ずっと“こういう時のために”鍛えてきた双剣術と魔法、学院で学んだことも活かせなかったのが不本意で……悔しくて仕方なかった」


震える白い拳を握りしめたシャルロッテ。最後にどこか満足げな笑みを溢しながらに俺と向き合い、宣戦布告とまではいかないがそれに似た勢いで締め括る。


「―――だから、ちゃんとした結果を出せるまでは《ロストゼロ》にいます。」


「《朱雀の英雄》―――いけ好かない新任指揮官の貴方を見返すまでは!だから覚悟しておいてくださいよ!」


それは実に彼女らしい宣言だった。まだ出会ったばかりなのにそんな感想を抱いてしまう。それは俺だけでなく他も同じだったようで。


「けっこう滅茶苦茶な……でも論理的整合性はあるようにも捉えられますね」


「フフ、その意気は我々も見習うべきかな?」


「ちょ!レイ変な分析しないでよ!アーシャさんも止めてってば!」


眼鏡をクイっとかけ直す玲と、その隣で武人としての矜持のようなものに関心を示すアーシャにシャルロッテは恥じらいながらツッコム。その光景に朔夜も少し和んだ様子に、対称的にオズはまだどこかこの部隊の在り方に違和感を覚えているようだった。メアラミスに関しては夕陽を見上げているが、顔合わせの時のような無関心さは感じられず、ちゃんと耳は傾けている。


「あはは……解った、君の意志を尊重する。《ロストゼロ》にようこそ―――シャルロッテ」


俺はそう言って彼女に手を優しく取った。


「ぅ……はいっ!!」


シャルロッテは突然の握手に思わず頬が熱くなるも、表情を改め力強く返事をした。


「同じく特務部隊への配属、意義なしです。」


次いで1歩前に踏み出したのは朱髪ロングの武娘アーシャ。どこまでも凛とし、堂々としたその所作はやはり俺を除くメンバーのなかで最年長な事を物語っていた。恐らく機関候補生全体のなかでも最強クラスの実力を備えているだろう。


「本来は《六槍神》のイシス様の担当される部隊を希望する予定でしたが―――辻本指揮官の太刀筋から学べる事もとても多そうだと」


「それに元より修行中の身、此度のような試練は望むところだ。」


「―――わ、私もっ!」


アーシャの決意表明から間髪入れずに前に飛び出したのは眼鏡娘の雨月玲。この機関で最も出身割合が低い朱雀の人間。どうやら朱雀零組をかなり買っていてくれているようで特に朱雀の英雄である辻本ダイキには盲目的なまでの憧れ、思慕を感じさせる。


「その……戦うのは苦手ですけど、それでもこうして先輩の下に皆さんと選んで貰えたのはだと思うんです」


「あの“ゼロ組”を率いた英雄―――ダイキ指揮官と共に在れるなら、どんな部隊でも怖くありません!」


シャルロッテに続く女子2名の決意。俺は彼女達の想いを受け取り、また快諾する。


「こちらこそ、アーシャ。同じ武の高みを志す者同士切磋琢磨していこう。それから玲……その英雄というのは正直やめて貰いたいんだが」


「絶対イヤです♡」


両手を合わせ小悪魔のような素振りと笑顔で否定されてしまった。年下の女子がここまで敬ってくれるのは嬉しいことだが、あまりに英雄視されるとそれはそれで面映ゆい。

などと考える合間、俺は腰に手を当てて、残りのメンバー3名と再度視線を交わした。


一番先に目があったのは朔夜、白虎出身の少年。俺と目が合うのだけでスッと俯いてしまう辺り、本当に気弱な性格なんだと察するも、まるでそんな俺の抱いた邪念を撃ち砕くように、震い立った声で彼は前に足を踏み出してくれた。


「ボクだって……辻本指揮官!貴方の部隊に参加させてください!」


「雨月さんの言ったとおりこれも縁だと思うし、それにみんなとなら上手くやっていけそうな気がするから。」


見た目ベビーフェイスな朔夜の健気な表明には、つい女子達も母性的なのが燻られていそうな雰囲気が流れるなか、俺は朔夜の軽く肩を叩き部隊へと迎え入れる。


「もちろん歓迎だ。朔夜、機関の特務部隊を選んでくれたこと、担当としても嬉しいぞ」


「ううぅ……早まったかなぁ。」


プレッシャーを与えるつもりは無かったのだが、当人から情けない声で後悔の念に駆られた呟きが返ってくる。

俺はそんな朔夜がシャルロッテによしよしと弟扱いされてる光景に呆れ笑うと、玲がまだ参加意志を示していない2人の名前を挙げた。


「あとはオズさんとメアラミスさんだけ……」


「というかメアラミスは我々の話を聞いているのか?」


「ん?聴いてるよ。」


アーシャの疑問に本人がさらっと答える。先程から夕焼けを見ているだけの少女、そして端の蒼灰髪の少年、オズに全員の視線が集まった。オズはしばらく疑わしそうな眼で俺達を見渡し、軽く咳払いをした後にやれやれとまるで己の現状に同情するような口調で、


「この流れで辞退を選べるほど僕の心はオリハルコンじゃないですから―――」


「それ、流行らせようとしてんの~?」


オズの言葉にツリ目と口の端を吊り上げにやっとした悪い笑みで弄るシャルロッテ。そういえば要塞のテストでも同じようなフレーズを使っていたな。そう、確かシャルロッテを挑発する時に、と俺は思い返す。

その間にオズがからかわれた事は完全スルーして、俺にへと視線を合わせてきた。


「オズ・クロイツ。自分も《ロストゼロ》に参加します。ただし積極的な理由はありません。」


えっ、と一同が驚く。ここまで夕空に心を預けていただけだったメアラミスもオズの理由はない、という部分には反応していた。無論、俺も反射的に追及の声が漏れてしまう。


「それは……」


「この機関が、自分の所属部隊をここに定めたのなら異存はないという意味です」


「今回のような実戦は望むところなので、そこに関しても問題はありません」


「……受け継いだ“魔術”、錆び付かせてしまったら家族への面目も立ちませんからね……」


矢継ぎ早にオズが答えた。どこか寂しげな最後の決意も言い添えて。彼のこの言葉の意味を部隊が理解するのはまだ先の事だったが、オズの抱える闇の深さだけは今の俺でも十分に察せてしまう。


(オズ……、君は……)


目が似ていたんだ―――零組の同級生として、ライバルとして幾度となくぶつかり、交じりあってきた俺の盟友。新たなデリスを復讐の道に突き進まんとするあいつに。


「……フッ、それと、既に軍人として勇名を馳せているヴェナ様やイシス将軍、カグヤ少将に比べて貴方の方がぬるそうだったので色々とやり易いかなと」


「まあ……期待はしてますよ。新米指揮官サマ。」


少しナーバスになっていた俺に発破をかけるようオズは整った顔を不敵に弛ませ言い放つ。そんな挑発的な男子の態度を引き気味にシャルロッテ、


「うっわ……キミ生意気すぎでしょ!?」


(いや人のことは全く言えないんじゃ。)


全員が心中で総ツッコミ。

オズもまったく……と力なく笑った。何はともあれこれでロストゼロに選抜された彼ら、彼女らの決心も残すところ一人だけとなる。


「―――了解した、オズ。歓迎するよ。これで最後は……君だ、メアラミス。」


元九戒神使・第五神位《羅刹》―――。


当然、少女の正体を知るのは俺だけ。風貌は幼くも整った顔立ち、綺麗な青銀のウェーブヘア、自由気ままな子猫のような仕草からも、まさかメアラミスが“かつて犯罪組織の幹部であった”ことなど想像すら出来ないだろう。


ただひとつ、明かされたのは彼女が扱う鬼。造られた人形としての器に与えられた奇蹟の獣である。しかしそれも気のせいだったのでは?と記憶が曖昧になるほどに今のメアラミスは、ただの可愛らしい女の子だった。


「……?」


メアラミスはふと我に返ったよう自分に集まっていた視線に首を傾げた。だが直ぐに置かれてる状況を判断した素振りをみせると、


「確認なんていらないよ?ウチはマナに頼まれたからキミのとこに」


「そうじゃないメアラミス。誰かの指示で、ではなく君自身が決めるんだ。」


俺は彼女の答えを否定するよう被せる。実際メアラミスが今言った事は真実であり、俺の監視役として朱雀から秘匿事項で派遣されている。ネメシス戦の時は「相棒」だなんて言ったが、彼女の本質は「任務遂行」のみなはず。


だけどそれだけの繋がりはあまりに無機質だ。

聞いた話ではユナ―――彼女もメアラミスと同じ人形という立場ながら、朱雀アルトの死闘のなかメアラミスの心の自立をひたすら本人に訴え続けたらしい。


他人から与えられる価値じゃなく、己が見出だす意義を。俺は心の無い人形に求めた。


「キミの《ロストゼロ》配属を決めたのが所長だろうと、朱雀政府だろうと関係ない。答えられないならマナさんの下に帰って貰う」


「なんでもいい、君自身の“根拠”を示してくれ」


「…………。」


端からみれば酷な詰問。まだ意味を理解していない少女を執拗に責め立てる大人の構図。メアラミスも必死に“自分自身”を手探りで探しているが、どうしても答えが出てこない。ただ胸の内に初めからあった風穴のような虚構を感じるだけ。


「ちょっと……!なんでそんな意地悪してるんですか!?」


「事情は知らないですが、子どもを相手に厳しすぎるのでは」


「―――根拠、は無い。……でも」


慌ててフォローに回るシャルロッテとオズだったがメアラミスがようやく口を開いた。


「《ユナ》を救いたい、誰でもないウチ自身の心がそれを望んでいるから」


「だから。」


ユナ。ロストゼロの皆が誰のこと?と勘繰るなかで唯一朱雀出身の雨月玲だけが無言でメアラミスを見つめていた。


(ユナ、そしてマナ……。まさかとは思いますが……いいえ、余計な詮索は一旦止しておきましょうか)


玲はメガネのレンズ奥で瞼を閉じる、そして目を開けると、辻本がメアラミスに強く頷いていた。


「そっか。今はそれで十分だ―――よろしく、メアラミス」


笑ってそう言った辻本。しかしメアラミスは怪訝そうな顔でぷいっと首を背けた。

流石にやり過ぎたかと反省する俺だったが、そんな指揮官を他所に部下達で喋りだす。


「……はぁ、聞いてた以上にめんどくさい人だな」


「あはははっ!指揮官、メアラミスちゃんにウザがられてやんの!」


「しつこい男は嫌われますよ、辻本指揮官。」


「うふふっ。あ、私にだったらいつでもイジワルしてくれて構いませんので……!」


「玲、それは何かおかしくないか……?」


「でもまあ。一時はどうなるかと思ったけどようやく足並みが揃ってきた感じがするよね」


せっかくのロストゼロの決意表明だったのに、途端に緊張感のない空気に。辻本も腑に落ちない顔ながら朔夜の一言で切り替え、一呼吸おいて改めて6名の部下と向き合う。


「ふぅ……波乱含みだが。」


「―――それでは、この場をもって特務部隊《ロストゼロ》の正式な発足を宣言する!」


「あと、俺の事は英雄だなんて思わずもっと対等に接してくれ。あれはあくまで“零組の辻本ダイキ”としての評価だからな」


もちろん、上官と部下の関係は守って欲しいがと釘を刺して。冗談半分な言葉添えは主に玲に対してだ。玲もううっと悲し気に了承する。


そして俺は“少年少女ら”の立てた誓いを、この手で抱き留めるよう右の掌を強く握りしめた。


「今の俺は《ロストゼロ》の指揮官としてキミたちを導き、仲間として共に道を切り拓くだけだ!」



―――こうして、煌歴2023年、4月初旬。

四聖秩序機関の新たな士官学院として4つの部隊が正式発表された。


《ファースト・ワン》


《ツインズ・オウル》


《トライ・エッジ》


そして―――《ロスト・ゼロ》。



……そんなロストゼロの発足とほぼ同刻。

機関敷地セントラル》から少し離れた、木々が生い茂る高所。機関外観を、そしてリューオンの街並みを一望出来る人気のないスポット。


“そこに”ひとりの男が、まるで機関の対応を観察するよう鋭い眼力で見下ろしていた。


グラウンドでは魔導機械を用いた後処理。講堂付近では到着した白虎本隊と連繋の確認を取っているモーガンの姿。また校門を抜けた先、街との隣接地ではカグヤが上層から派遣された《月の虎》のルナと話している。 どうやら外で待ち受けていた近隣住民やマスコミへの対処の段取りを付けているようだ。

他にも玄武や青龍から出向した名うての軍人らも指揮官としてその役務を果たしていた。


6名の少年少女と始まりを迎えた朱雀の若き英雄にして《ディクロスーゼロ》継承者。暗紫色のフードを深く被る長身の男は彼を見て呟く。


重心ゼロの継承者と新たな因子達か」


「成程、これは面白くなりそうだ……」


抑揚をつけず繋げられた言葉。


波打つ銀の髪が豊かに流れ、体を包むのは濃黒で彩られた帝国軍の長衣、これも銀糸で細かく装飾が施されている。それはまるで機関の候補生達が着用する『黒鉄の魂アイアンフェリア』のモデルになる姿であった。


男の名は『ロラン・クルーガー』。

白虎軍伝説の部隊《月の虎》では《鉄血の柱》を司る。また白虎帝国の完全軍部化を推進させるの最高峰のひとりであり、総帥からは宰相の地位を任されている―――。


端麗な顔と滑らかな額から連なる鼻梁はこの国の人々から外国の上層まで、明晰な頭脳と成熟した人間性を一目置かれている事が伺える、そんな政治的印象を与える。


反面それらに相応しない、切れ長の双眸からは燃ゆるような焔の色が冴えざえと光を放っていた。貴族のような容姿を持ち、かつ内面に軍人の要素も有する男。


「……フフッ」


ロランが全てを蔑むような歪んだ微笑を残し去ろうとしたその時、それを拒むように“ここの統括を任された主”が背後から呼び止める。


「待つがよい。一国の宰相殿がこのようなタイミングでわざわざご足労頂いたのだ、ここは所長の私が出迎えるのが礼儀であろう?」


ロランは振り返る事もせず、ただ黒光りする思惑を抑え込み、所長に就役したての外国令嬢《白金の魔術王》クラリス・ロクサーヌに答える。


「《ネメシス》の痕跡を1度この眼で見ておこうと思いましてね。四聖機関の下の軍学校、その栄えある入隊式で“顕れた”のはある意味で重畳だったはずです―――」


「“新設機関の防衛力”を市民に知らしめる事が出来たと?フフ……流石は《鉄血》殿だ、あらゆる事象をも軍略に組み込む姿勢、そなたのような宰相がいるなら白虎はしばらくは安泰かな」



呟かれた女所長の言葉でようやく宰相はゆらりと身体を向けてきた。


『白金』と『黒銀』―――この機関を象徴する相克がようやく見えた。片や『英雄の誓い』たる指揮官の制服、片や『黒鉄の魂』たる候補生の制服、それぞれに込められたモノ。


「いやはや恐ろしいよ。白虎帝国という巨大な怪物。私や他の指揮官、候補生達は皆そのなかで過ごす事になる」


「鳥籠、鉄檻、いいや腹の中か、呑み込まれぬよう必死に足掻き続けながらな。だから私はそなたらの首領、アルテミス閣下にも言ってやったのだ、ここは難しい職場だとね」


「…………!」


途端、ロランはまるで銃口を突きつけられたかのような感覚に襲われる。


鋼、ではなく虹色の弾丸。火薬ではなく魔法。しかし鉄血のロランは警戒しながらも、ただ眉を顰めただけ。


ロクサーヌは嗤う。ロランが何か得体の知れない危機感を感じ取ってくれた事を。


クラリス・ロクサーヌの異能《乖離》。

正式名称『クインティプル・パージ』。


少し前、ロストゼロの娘になぜ動かない?と訊ねられてしまった時は「私は天才だ、だが完璧ではない」「まだ動けないさ、ここではまだ」と逸らかしたが、答えはこれだ。


あの時からずっと肌で感じていた。この男の殺気を、黒く塗り潰すような野望を。


私の魔法は編むのに多少の時間が掛かる―――。

無論、小手先の極位程度であれば、詠唱どころか魔力を巡らす動作すら要らないのだが。


喰われる前に、討つ。 


勘弁してくれたまえ。疑い深い私はつい勘繰ってしまうのだ。先の《ネメシス》は人為的に君らが発現、現界させたモノであり我々を丸呑みするためだったのではないかと。

ならば守らなければならない。人質としてここに集わされた若人達、己の命も。


そう―――これは警告さ。ロラン・クルーガー。


?四聖秩序機関は私の管轄だ―――!!」


所長の頭上には、まるで大陸の空に穴が空いたような巨大な大気の渦が、球形を取って砲弾のよう待機している。


バチバチバチ……と辺りの砂利が舞い上がり、空間そのものを魔力の粒子で摩擦し破壊してしまう程の高濃度な“虹の渦”が歓喜の産声をあげる。


この時。直径百メートル、二者が立つ“この場”だけが切り取られていた。


風が死に。音が死に。大気が死ぬ。


神苑に生きるのは魔力、ただそれのみ。


「―――。やれやれ、魔術王どのは随分とウィットなジョークがお好きなようだ」


溜息混じりにロランは薄ら笑いを浮かべた。


が有り得ない事は魔術を極めた貴女自身が一番解っているはずです。あれは理の外の使者。古代人に倣って奇蹟の獣のよう手懐けることすら敵わない、世界にとっての新たな敵であると。」


理路整然としたロランの返答。まだ銃口は自分の心臓部を確実に捉え続けている。


「フム、偶発的事象を掘り下げて研究するからこそ未知に辿り着く、魔術師の基本だよ。」


「ならばやはり貴女こそが適任でしょう。」


ロクサーヌの言葉にロランが即答した。虹色の魔力の力場がジリジリと唸りを上げ続けている下で、ロランは三日月に似た口で、ぼんやりと灯りの付き始めた遠い街と夕暮れを眺めながら、


「それに物事というのには全て表と裏がある。月の顔が複数喩えられるよう―――貴女のような怪物を招き入れた結果、内側から壊されないかの方がよほど不安ですよ、我々は」


我々。それは白虎全体としてか、それとも主戦派を指してか。


「獅子心中の虫……といったやつか。確かにそれは面白いな。あぁ、実に愉快だ!」


急に機嫌を好くした素振りのロクサーヌ。いつの間にか宰相に突きつけていた魔術の銃口も下ろしていた。ロランも多少緊張を解いた顔付きで、目線をリューオンの街並みから再度、所長に合わせる。


「……そちらとは友好を築きたい所存です」


「まあ、朱雀から“あんなもの”まで持ち込まれるのは些か想定外でしたが。」


目線を横に、正確には奥下のグラウンドに流して自然にロクサーヌの金眼に追わせた。深淵の煌めきを感じさせるその瞳に映したのは黒髪の青年や少年少女らの環のなかにいる銀髪の娘―――


「《羅刹》か。あれに関しては私の差し金でないが安心したまえ、適任の指導者がいる。辻本ダイキクンさ」


「フフ……彼の運命もまた過酷だな……。」


ぼそりと一言添えて、ロランは歩き始める。丁度2人の影が地面で交差したくらいの所で、ロクサーヌが小さな声量で囁いた。


「それで、うまく誤魔化しているがキミがここにきたワケはまだ答えてもらってないぞ?」


耳打ちに近い距離。ロランは不気味に引き裂かれる笑みの口から、“その言葉”を告げた。


―――


「セカイに対しての反逆の狼煙、その産声をあげた四聖秩序機関コスモスルフェインに最高位の祝福を」


そして、暗闇に呑み込まれるよう男は森のなかに消えて行った。

直後、駆動音。政府用ヘリが離陸した音だ。暗がりと森を突き抜け夕刻の空へと飛翔する鉄。それを残されたロクサーヌは地上から細目で捉えつつ、ロランは白虎本隊とは別に極秘でセントラルを訪れていたのでは?と推測、


「噂以上に喰えない男だね、それに誕生祝いに手土産もなしとは、私と違ってキミは気も利かないようだ」


「ここの血がそんなに欲しかったのかい?。」


ルーン魔術の始祖クラリス一族の現当主であるロクサーヌ。無限の魔力を扱い、色で見極める彼女の黄金の瞳は適合魔眼、つまり対象の能力を瞬時に解析する事にも長けていた。


膨大な量の魔法術式から完璧な頭脳により組み上げられた魔術的演算処理を数秒で終えた彼女は『ロラン・クルーガー』に2つの“色”を視た。


血と鉄と化け物の中に混じる―――古の魂。


《ディクロス―ツヴァイ》の継承者の貌を。


「……ククク」


ロクサーヌは嗤いが堪えられなかった。これまで表舞台には殆ど干渉をしてこなかったが、ようやく楽しめそうな世界になってくれたと感謝するよう夕陽の浴びて、両手を拡げる。世界中にくまなく流れる思惑の螺旋、その全てを手中に収めるのは、一体どの王となるか―――


「さて、せいぜい雛鳥たちを鍛えてやるとしようか。せめてこの鳥籠から羽ばたける、小鳥になれる程度には。」

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