6節「始まりは銃声と共に」

「――――――え。」


どさっ……と壇上に倒れた所長は致命傷、下手をすれば即死か……血染めだった。どろどろと血の海が作られている。


ほとんどの若者はを理解してはいなかっただろう。

突然の出来事にただ「えっ?」と放心するだけ。


彼らを夢から醒ましたのは、これが現実であると自覚させたのは次の衝撃―――講堂上部の巨大な複層ガラスが、硬質な異音と共に割れ破片が飛散、

20人を越える“武装集団”が講堂四方に現れた時。


驚愕。動転。恐怖。

経験したことのない爆発的な感情が一気に候補生達の腹の底から噴き出していまう。


「う……うわあああ――――――っ!!!!」


「所長が撃たれて……なによコイツら!!?」


武装集団は無言を貫いたままに折り畳み式のナイフ、ジャックナイフを構える。講堂上部を制圧した数名は機銃やライフルも構えていた。


四方八方の包囲網、形勢は此方が圧倒的に不利な状況下。

イシス・カグヤ・ヴェナ、そして辻本ダイキ指揮官は一斉に“得物”を抜いた。

そして……、


「どこから沸いてきたッ……!!指揮官総員、迎撃体勢へ!!候補生、戦える者は戦え!!」


モーガン副所長の命令。

それと同時に“入隊式”が“戦場”に変化する。


謎の武装連中が飛び交うなか、候補生らは自分の命を守るよう屈んでいた。勇気を振り絞り戦おうと試みた者もいたが、足がすくんでおり自由に動けていない。


悲鳴と、轟音と、金属音に包まれた講堂。


「《セントラル》の警備体制は完璧だったはずでは!?」


カグヤが魔扇で起こした熱風で候補生を護りながらに、職員アネットとソフィアに声を荒げた。


「そそ、それが突如ようで~……!」


「管制室にいるスタッフからも応答が有りませんね、《フロンティア》は制圧されたようです」


「賊の狙いが読めないが……」


「とにかくこの場をなんとかせんとや!」


やり取りの間にイシスとヴェナも中央部で合流。 

最前列にいた《ロストゼロ》は―――。


「やだ、怖い……っ!」


「玲、気をしっかり持て。イシス殿や他の職員達が応戦してくれているのだ」


「でもいきなり襲撃なんて……!」


「ねえこれ……なにが起こっているわけ!?」


「ッ……あれを見ろ!壇上で倒れていた所長の姿が消えている……!!」


戦闘の流れ弾を躱しつつオズがそれに気付く。

そこには血の痕だけが残っており……。


瞬間、敵のひとりがロストゼロの少年少女らに急襲をかける。魔力を伴った跳躍からナイフを振り下ろしてきたのだ。


「戦域のど真ん中でお喋りとはァ、何も分かっちゃいねえなガキども!!」


「“さんの型・虚空月輪波”―――!!!!」


顔を伏せた一行。メアラミスだけは目を逸らさずにいたが、敵の死角からの攻撃に反応したのは彼らの担当指揮官、辻本であった。

太刀から放った緋色の衝撃波が敵を上空で捉えそのまま凪ぎ飛ばした。更に敵が勢いに負けて手放したサバイバルナイフを辻本がキャッチすると、


「朱雀国の英雄が―――っぐあ!!!」


此方に突進していた別の敵の脚に目掛けてナイフを正確に投擲。見事命中させて敵の男は途中で転倒、その後に傷口からはドバっと血が溢れ出していた事を辻本は目視で確認した。


(……ッ?)


「辻本、指揮官……!!」


今の事象に辻本は訝しむ表情を見せるも、オズの声と共に顔を上げた『部下達』に指揮官命令だと前置いてただ一言、こう告げる。


「……――――――!!!!」


英雄の号令に震えていた両脚が地に着いた感覚があった。6名の部下達の瞳が戦う者の意思を宿す。


そしてそれはモーガン副所長やカグヤ達を通じて新兵となるためここにいる800名の候補生達に次々と伝線、焔が這い燃え広がる如く彼らは立ち上がってゆく。


辻本ダイキはそんな光景に少しだけ安堵した笑みを溢すと、“遺体?”ごと失踪したロクサーヌの行方に関して洞察をしつつ、右足を引き体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろに下げた構え方へ移行……陽の構え、静の相。


「赴任初日からこの洗礼か。」


「たしかにここは、のようだ……!」



 投擲された火炎瓶が割れる音―――刹那、火の海に包まれたフロンティアの講堂。

雇われの狩猟団?国家絡みの犯罪組織?ともかく機関に対して派手に戦いを挑んできた謎の数十名の武装兵によって、入隊式は瞬く間に火炎渦巻く戦場に変化していた。


壇上の傍に立てられていた軍旗にも炎が燃え広がる。少し前まで所長が描かれた『キマイラ』についての在り方を説いていたはずなのに……撃たれた所長の姿は依然、ここからは確認できずだった。


辻本やロストゼロの部下達の横では青龍代表の指揮官イシスが薙刀をまるで荒れ狂う波を掬い上げるよう振るう。イシス本人の動きに合わせ放たれた武術―――《天紅月光流》の技は辺りの武装兵を一気に薙ぎ払った。


「敵の練度は高くはない。私が先陣を切る、お前達も奮い立て!」


「イシス様……はいっ!!」


「続くぞ!!せめてフォローくらいは!!」


芯の通った声で新兵ら―――すなわち4つの部隊に配属される候補生800名をイシスは鼓舞する。

先の辻本の掛け声もあってか、彼らの殆どはこの異常事態に屈することもなくそれぞれが安全の確保、また指揮官達の戦いを遠隔魔法や回復魔法によって援護していた。


「へぇ……


「な、なんの話ですの!?」


武装兵の攻撃を適当に流しながらそう不敵に呟いた玄武代表のヴェナに、白虎代表のカグヤが反応。その問いにはんなり上品と指揮官の制服コートを揺らしながらヴェナは、


「うん?いいやなんもないで。それよりアンタもあんじょう気張りや、カグヤちゃん」


「は―――っ!!?」


カグヤの死角から不意を突くようにして駆け出してきた一人の武装兵の男。鋭利なナイフを翳しての無言の突進。

それをたまたま捉えていたロストゼロの朔夜が、その光景に咄嗟に叫び声を上げた。


「危ない!カグヤ姉さんっ!!」


「っう―――(まずい……反応が遅れ……ッ!!)」


刹那の時、いままで途切れることなく鳴り響いていた乱戦の音のなか、カグヤや朔夜と同じ白虎出身者の少女―――シャルロッテが細身の体躯を翻して武装兵に飛びかかった。


「てやああ!!!!」


シャルロッテは双剣デュアルエッジによる斜め切りを鮮やかに決め放つ。そしてその二連双撃は敵の左肩にヒットした。


「ら……ぐ……っ!!!!」


男の苦い声が漏れる。斬撃によるダメージと出血で倒れかけるも突進のスピードを余さずに乗せ……暫くして、ようやく地に倒れる。


「シャルロッテさん……助かったよ……!!」


「どうしたしまして!カグヤさん、お怪我はりませんか?」


ロストゼロの二人から指揮官カグヤも頷く。その様子を辻本も他の候補生達を守りながらに見ていると、視界には遠くで指揮官イシスの奥義が炸裂していた。


天紅月光流。水面が凍てつくような表情を保ったまま青龍の英雄、イシスはそう呟く。


「奥義―――双巴ふたえ!」


床を割り砕かんばかりの踏み込みから、得物である薙刀を両手持ちに構え、一呼吸で二発、緋と海色の眩い閃光を撃ち込んだ。


溜めていた息を全て“風”に変えたような、そんな魔力を切っ先に乗せ薙刀は、甲高い金属音を放って敵の纏っていた装甲に2度食い込み、波のような抵抗感、動きを見せては一直線に敵を吹き飛ばす。


その光景は幼少期、師姉イシスと幾度と斬り結んだ記憶が、辻本の脳裏に蘇らせる。

彼女の祖国である龍國の業に、最高位の朱雀の剣士が生み出した流派を織り交ぜた“それ”に、


「流石は我らが英雄、イシス将軍です。」


誇らしくそう口にしていたロストゼロ、アーシャがイシスと目配せで武装兵制圧に動いていた。


朔夜とカグヤさん。


アーシャとイシスさん。


ロストゼロの部下達と各国の精鋭、その関係性も興味はあるし今後知らなければならないところだが今はそれどころじゃない、と。辻本も太刀を強く握りしめ徐々に地上の敵が制圧されつつある事を認識……。


俺の近くには黒金制服を揺らしながら魔法剣を操る部下、オズがいる。彼も冷静さを取り戻していたようだった。


パンッ! パンッ!パンッ!

所長が銃撃された時と同じく、すぐそばで炸裂した3度の轟音。講堂上層に残っていた敵の狙撃兵が地上にいる800の候補生を射撃する。運良く被弾した者はいなさそうだが……、


「オズ、上の敵を魔法で錯乱してくれ。君の魔法センスならやれるはずだ!」


オズは指揮官の言葉に瞬きで頷き返す。


「玲、オズが狙われる可能性がある、その大盾を使うんだ!大丈夫、次は朔夜もやってくれる」


「シャルロッテ、聞こえるか!あまり離れすぎないように、アーシャと連繋だ!」


「「はい!!!!」」


辻本は続けざまに玲、朔夜、シャルロッテ、アーシャに個々の戦闘技術と状況判断に基づいた指示を与えた。そして自分自身も一呼吸置いて太刀を真っ直ぐ構える。するとこの緊急戦闘でようやく目が醒めてきたメアラミスが此方を見上げて、


「ふぅん……なんかやっと指揮官っぽいね?」


「メアラミス、君は後方待機だ。まあ、“もう気がついていそうだけど”」


辻本の言葉にメアラミスは珍しく、笑みを彩らせそしてこう答えた。


「くく……遊びはキライじゃないんだ。ウチ」




数十分後。

各国から出向した英雄、精鋭たちの活躍。

辻本指揮官率いる《ロストゼロ》の遊撃活動もあって侵入者達を全員制圧する事が出来た。


制圧、いいや厳密には……、


「き、消えた……!?さっきまでそこに縛りあげていた彼らが煙のよういなくなりましたわ……!」


講堂の中央、負傷者も出なかった800の候補生も不安げに見守るなかでカグヤが慌てて説明する。直ぐに何かを察したようにモーガン副所長が呟いた。


「まさか……」


「その反応、やはり副所長も事前に報されてはいなかったようですね。」


既にここまでの経緯からこの襲撃に対する“本質的な答え”を突き止めていた辻本、その言葉で視線は辻本に集中する。

辻本は集めたそれをまるで受け渡すよう、黙り込んでいたヴェナへと疑問を投げかけた。


「―――タネ明かしの時間、ここらで設けた方がいいと思いますが。ヴェナさん」


「……成程。そういう事か。流石はデリス一と謳われし“幻術使い”、我々は見事出し抜かれていたという訳だ。」


次いでイシスも答えを導き出す。


答え。この襲撃はヴェナ・シーカーによって視せられていた幻術。という事。


つまり最初から襲撃なんて受けてはいない、講堂で燃え盛っていた火災も幻、そもそも襲撃犯も存在していなかったのである。


ざわつく講堂内の若者達。


「どこで気がついたんや?」


「……一言でいうなら、敵の反応です」


ほう。辻本の答えにヴェナは不敵に微笑む。着物のような指揮官服を揺らして。辻本は確信を帯びた声で更にこう続けた。


「ズレがあったというか……例えば俺のこの刀に対しての反応、つまり斬られた時の衝撃や流血にはズレがなく、“現実”同様の反応が見られた……」


「ですが試しに襲撃犯の使用していたナイフを当ててみると、僅かにがあったんです。そしてそのズレは候補生が戦っていた時にも。」


候補生―――部下のシャルロッテを見る。

シャルロッテがカグヤさんを守るため双剣を振るった時も、俺が刀を使わずに対処した時の敵の反応とそっくりに、ズレのある動きで倒れていた。


「それで思ったんです。もしかするとこの襲撃は“指揮官の対応力”を測るためのものなんじゃないかって」


「つまり俺の太刀、イシスさんの薙刀、カグヤさんの炎の扇子、これらに対して重点を置いて敵の動きが想定されていた……貴女の幻術だと。」


―――気が付くと講堂内装は入隊式が始まる直前のような“元通り”に。


幻と現実の転換。それがヴェナの異能。


「あれが全部……幻……!?」


「でもホントだ……怪我も消えてる」


「よ、よかったぁぁ……」


指揮官組やロストゼロを囲んでいた他の候補生らが口々に驚きと安堵の言葉を吐き出す。指揮官の試しは目的の1つであったが、緊急事態における新兵らの“器”を計るのもこのデモンストレーションに課せられた意味。


この状況下でも席を立たずに静観していた候補生は約20名。

戦闘せず待機していたのが全体の1/4ほど。

2/4は懸命に応戦。 

残り100名ほどは外へ逃げてしまっていた。

すなわち、入隊式を終える前に人数が変化。

残された候補生は計700名と少し。


「……こんな、騙し討ちみたいな……」


白虎のカグヤが哀しげにそんな言葉を囁く。


「脅し。とも取れるな」


青龍のイシスも眉を顰めそう言った。


「………………」


朱雀の辻本も沈黙。結局、この試しを知っていたのは玄武のヴェナさんただひとり。恐らく職員顔合わせの時、別れ際にロクサーヌ所長と話していたのが“これ”であったのだろう。


(ロクサーヌ所長……っ?)


「ということは、所長は何処だ!?これが貴女の魅せた幻、嘘ならば所長は一体……!」


辻本が思い出したのと同時に、この件については何も事前に知らされていなかったモーガンが声を荒げた。若干の怒りと不信感で睨まれた唯一の共犯者ヴェナは、


「ふつうに無事やで?襲撃されてる間にアネットちゃんとソフィアちゃんにだけネタばらしして、射殺された演技してはる所長(ボス)を運んで貰ったんや。」


その言葉でマノ姉妹もいつの間にかいなくなっていた事に一同が気付く。


「終わったら《セントラル》に。とだけは言ってはったから、はよ“残ったみんな”で外出よか。」


「くっ……好き勝手してくださる方だ」


副所長は所長に対して苛立ちを見せながらも候補生らを部隊順に引き連れて講堂の外へ。それぞれが担当する指揮官、イシス・カグヤもその行進に続く。辻本はロストゼロの6名にも着いていくよう指示した。俺は後で合流すると。


そして講堂に残ったのはヴェナと辻本。


「しかし辻本君、大した観察眼やな。顔合わせの時にも褒められてたけど、あんたは物事をちゃんと見る目があるようやで」


「恐縮です……不可解な点はまだありますが、それは後ほどにした方が良さそうですね」


「クク……流石は士官学校で“遊撃クラス”としてあちこち振り回されてただけの事はあるなぁ、ええ根性しとるよ」


確かにあんたなら務まるかもしれん。


四大国が“混じり合う”機関の―――“特務部隊”


「それを率いる、指揮官に。」




※※※




こうして、機関内の振るいは終了した。


―――ここから、外の淘汰が開始される。



「緊急事態発生、緊急事態発生エマージェンシー!」


「セントラル外周部、攻性反応。館外を形成する魔力霊子の揺らぎが発生中!!」


「この反応は……《ネクサスウィスプ》です!」


《フロンティア》の外、《セントラル》敷地内に警告が鳴り響く。

時空に大規模な歪み、まるで時が進み、遡り、また進むような―――混沌が秩序を掲げし機関に忍び寄っていた。


そう。まだ戦いは終わってはいなかった。


「―――フフ、ここでお出ましとは。私を含めた機関員は皆、とんでもなく悪運の持ち主らしい。」


太陽の日差しが射し込む。講堂の外には行方を眩ませていたロクサーヌ所長やマノ姉妹、そして指揮官や候補生らが、ただ立ち竦んでいた。


そこへ辻本とヴェナが駆け寄る。


「何事や!!って……、」


冗談やろ。納得できないという、有り得ないという顔でヴェナが言う。

辻本に関しても無事だった所長への挨拶、文句を言う余裕すらない様子で空を見上げる―――。


「――――――――――――」


それは巨影。


「…………ネクサス・ウィスプ……!!」


深紅の零後に大陸各地に顕れるようになった虚ろの生物。魔獣でも召喚獣でないその存在は世界政府より黒キ残滓(ネクサスーウィスプ)と名付けられていた。辻本ダイキがその忌み名を周りに再確認させるよう口にする。


しかも現在、彼らの目の前で空から顕現しようとしている“それ”は恐らく上位種。ここ数ヵ月における激動のデリスにてもまだ4度しか大陸に姿を顕していないネクサスウィスプなのであった。


ヒトはそれを

『領域外の使徒』Typeーネメシス と呼ぶ。


その大きさは20Mを超え、姿形はまるで巨人。

虚ろの影に彩られた心のない巨人なのである。


たちまち異様な巨人、いや怪物へとその成りを完成させたネメシスがセントラルの丁度グラウンドがある地点に着陸する。


次の瞬間、天地が変動するようなくらいの強い衝撃が一帯を吹き抜けた。魔圧、というには余りに大きなその衝撃波は機関に着任、入隊したばかりの彼らを絶望の底に叩き込む。


(これが……世界を外から蝕む侵略の手……)


(時宮ロゼの復活によって変わった…………)


(“ゼロ”の……――――――ッ!!!!??)


呆然と巨人の形成を見守っていた辻本の心臓が唐突に疼き始める。

抜き取られた“宿刻(ディクロスーゼロ)”と混沌の穴から触手が伸びて魂を締めつけるような、そんな痛み。

体の奥深い部分で流動するエネルギーに苦悶する辻本に気が付いたのはメアラミス、そしてたまたま羅刹の少女の隣にいて視線を空から外していた眼鏡娘、玲だった。


痛みを抑える間に、最前列にて立ち並ぶ職員の面々が話している声が聴こえた。


「これは、報告にあった大型では……!?」


「どうやらリューオンの街とセントラルを境に展開していた結界を貫通しての現出、ですね」


「入隊式の前に私、時空間の“歪み”、みたいなのを感じていたんです……まま、まさかこんな大事になるなんて~!」


モーガンの問いかけに青髪のソフィアが冷静な口調で解析データを報告。赤髪のアネットも転移能力者ゆえの感応力で予兆、のようなものを受け取っていた事を後悔ながらに告げていた。


「初日の仕事量ちゃうで……ホンマに」


「こんな巨きな怪物……もぅ、おかしくなってしまいますわ……っ」


「気をしっかり持てカグヤ指揮官、シーカー指揮官も。」


ヴェナの呆れを含んだ笑いを隣でカグヤは呻くような声を漏らして目眩のようふらつく。それを受け止めてあげたイシスは二人を励ます。


その横ではロクサーヌが自前の携帯端末(COMM)を用いて外部に通信をしていた。


「私だ。ああ、住民たちの避難誘導はそちら憲兵隊に任せた」


「いやはや流石にこれは予想外だよ。だがまあなんとかしてみせるさ」


こんな事態に陥ってもなお余裕の笑みを崩さない所長。この場にいる殆どが恐怖に呑まれ、棒立ちになっているのにも関わらずだ。所長は通信を終えると気だるげに溜め息をひとつこぼして、ゆらりと此方を振り返った。

金色の瞳によって捉えた若者らを見つめて、


「“常在戦場”、入隊式での決意があれば遅かれ早かれ辿る運命は同じ」


「そして白虎軍本隊が到着するまで、ここを守れるのは我々だけとなった」


「―――予行演習おあそびはお仕舞いだ!ここからは訓練ではなく実戦、生き死にを賭けた戦になる事であろう!!」


「ならば存分に見せてみろ、“礎”の底力というやつを!!!」


グラウンドの地に足を付けた虚ろの巨人ネメシスの唸り声にぶつけるよう、《白金の魔術王》は虹色の魔力を纏って、気高く言い放った。

そして、未だ荒い呼吸で胸を抑えている辻本の傍に移ると小声で呟く。


「さて辻本ダイキ指揮官、どうやら“混沌”が疼いているようだが、かな?《ロストゼロ》の初討伐任務。」


「ッ!……ええ、承知しました。ですがロストゼロの部下達は安全地帯で待機させて下さい」


俺は胸の痛みに顔を歪めながらもなんとか平静を取り繕い、激痛感を胆力と魔力に変換するようにして所長に願い出た。


「……ここは、俺だけで行きます……!!!」

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