4節「及第点≦0点」
特務部隊の初戦闘―――指揮官1名に候補生6名(内ひとりは上で事を見物しているだけ)を囲いビビビビ…と電子音を発していた自律機械兵3機。
「《ロストゼロ》戦闘準備!互いに戦術スタイルを確認しつつ敵集団を撃破する!!」
辻本ダイキの号令に合わせるよう機械兵の頭部に付属されたランプが警戒モードの黄色から殲滅モードの赤に変化した。
『ジェノサイドモード。タイプβ、タイプγと認識共有……48…………72…………完了。』
音声合成による機械式伝達に、βとγという型番を与えられた機械兵も殲滅モードに移行される。
瞬間―――機銃装備の機械兵αが、銃口から爆竹のような安っぽい、しかしまともに喰らえば負傷は避けられない炸裂音を響かせた。
ババババ、と着弾地点に火花を散らせながら機銃の連射は徐々にロストゼロに近付いてきた、しかし予測線のレーザーが先に照射されそれをなぞるような銃撃であったため、
「散開しろ―――!!!!」
「くっ……!!!」
「うわあああ!!!/きゃああっ!!!」
辻本の掛け声で俊敏に包囲網を抜けたアーシャ、シャルロッテにオズ。悲鳴を上げながら朔夜と玲もなんとか敵の砲撃を無傷で乗り切ることが出来ていた。
候補生達は何とか回避に成功。そして密集した隊は間隔をとって散らばることで、先程までとは反対に機械兵3体の上手を取った。
「よし!このまま各個撃破に持ち込むぞ!」
「私が往きます―――おおおおおおッ!!!」
朱髪ロングを靡かせ颯爽と駆け出したアーシャに機械兵β、γが武装の魔法剣を振り払う。
危ない!と声を上げかけた辻本であったが長い棒をしならせ、機械兵の何倍もの高さを鳥のように飛び越えたアーシャが敵の背後に着地。
「はあッ!!!」
森羅水滸流の棒突、
“根本”が自分の太刀筋、《天紅月光流》に類似していた点から辻本は、アーシャの武の才覚をこの段階で把握する。
しかし……、
「ぐうっ……!!?」
今の一手で孤立、再度敵のエリアに立ち入ってしまったアーシャが機械兵から手痛い挟撃を受けてしまう。上手く棒で受け流してはいるがこの調子では長くはもたない、と指揮官辻本の判断。
自分自身ともうひとり誰かを連れ、即座に救出に動こうとするも指示を待たずして先に飛び出したのは―――シャルロッテであった。
「アーシャさん!あたしがすぐ……助けてあげるから!」
「待てシャルロッテ!俺とタイミングを合わせてからだ……くッ!」
指示の途中で、機銃による牽制をされ一歩退かされてしまう辻本。対して敵陣形で孤軍奮闘する
「そんな暇ないでしょ!やああーーッ!!!」
指揮官に反論、辻本に対する怒り、入隊前の新米にこんな事をしでかす機関に対する不信感の全てを込めるようにシャルロッテは双剣を1騎に叩きつけた。
さらには続け様に双剣を逆手に持ち替え器用に連続攻撃、素早い身のこなしはアーシャ以上に感じられる。
シャルロッテの突破もあって体勢を持ち直したアーシャ、前衛女子と機械兵3体が激しくぶつかり合うなかで、魔法詠唱の環を纏うオズが
「―――♪♪♪、躍り狂え!機械ども!」
数十の剣達が乱れ飛び、まるで竜巻のようにして機械兵の装甲を着実に剥がして行く。が、それに同じ部隊のシャルロッテとアーシャまで巻き込まれてしまい……、
「ひゃあ!ちょっと危ないじゃない!今掠りかけたんだからね!?」
剣の不規則な乱舞にシャルロッテは激怒。アーシャも顔をゆがめながらに機械兵へ幾度ない棒技を撃ち込んでいた。
そんな様子を中衛でオズと並ぶ辻本、
「オズ!敵味方が入り交じる交戦時にその魔法は危険だ!」
『ビビビ……破損率38%、攻撃対象を変更……モードスナイパー。』
最中にtypeーγの照射レーザーが後衛2人、ここまで恐怖で足がすくんでしまい戦闘には一切参加していなかった雨月玲と朔夜を捉えた。
「ぁ……こ、こっちに……つぅぅ!」
玲が武具の『大盾』に隠れるよう構える。
少女の背丈以上の巨きさ、2,0Mはありそうなそれをドスンと地面に繋ぎ止め敵の攻撃に何とか備えようとしていた。
「(玲、彼女は大盾を使うのか……!)……朔夜!玲の後ろに飛び込め!」
辻本は狼狽える朔夜に指示。危機に昂り浮わついた足取りで朔夜は玲の盾の後ろに隊列を組むと、
「雨月さんは……男のボクが守るんだ!!」
「吼えよ、《
喚び出した得物、『麒麟』と呼んだ魔弓から1度に5本の矢を番えて一気に、気高く放った。
朔夜、なんだかんだオトコじゃないか!と皆が思ったのも束の間、勢いよく稲妻のように射られたそれらは……機械兵に当たることはなくひゅるひゅると風船のようあちこちに飛び回り魔力を失って消滅。
「え、えっと……朔夜さん……?」
「………………ごめんなさい、死んで償います」
この玲と朔夜のボソボソしたやり取りの間だけは戦闘中のシャルロッテ達も、辻本やオズも、機械兵すらも動きを止めて
「……マスコット男子だ」
未だ上のパイプに座っていたメアラミスの呟きはせめて本人だけには届いていない事を祈る。
数秒後、そんな空気をぶち破る機械兵ーβが巨大な剣を翳しながら大盾に身を潜める玲と朔夜に斬りかかった。
「ッ―――!!!!」
同時に目を瞑った候補生だが、白コートを揺らしながら前で太刀で巨剣を防ぎきっていた指揮官辻本ダイキの背中に安堵。辻本は足に魔力を込め、地面に反発するよう太刀を突き上げ、機械兵の馬鹿デカい剣ごと敵を仰け反らせた。
「(ここだ……)……たあッ!!!!!」
覇道の一閃、冴え渡る剣技がβを確実に捉え、閃きの輝きから機械兵が爆発。損傷によって維持機能をロストされ両膝から崩れ落ちるようにして煙をあげた。辻本の一撃で1騎は無力化。
「さ、流石です!」
「(あの太刀で……っ)……あたしだって!負けられない!!」
玲の見惚れた声援を耳にシャルロッテは一瞬表情に影を落とした。しかし前方でアーシャがタイミング良く棒で敵を突き崩したおかげで生まれた「隙」、連繋とまではいかないが偶然の連撃でシャルロッテは機械兵ーαを双刃によってランプの点滅を停止させる。
残りは1騎、全員が機械兵ーγを見ると、
『ギギビビ……破損部位の確……ニン………………』
「Fermer《フェルメ》……フン、所詮は屑鉄だな。」
無惨に切り刻まれた機械兵が墜ちた姿、もしこれが人間ならば確実にバラバラになっていただろうと女子達は恐ろしく思うも、オズはそんな視線など気にせず魔導書をパタンと畳んでは「閉じる」の呪文と一緒に残骸に言葉を吐いていた。
α、β、γ、3騎の機械兵の無力化―――。
「……ふぅ…………(ギリギリだったな……)」
辻本は刀を握りしめたままそれらを再度確認。
不意討ちこそあったものの敵戦力自体は大した強さではなく行動パターンも単純、武装された機銃やソードも言ってしまえば虚仮威し。多少実戦経験を積んでいる人間ならば対処は容易かったであろう。
そう設定されていた。「ここで死ぬことは想定されていない」クリア前提の試練に感じた。
そんな風に回想する辻本ダイキ。
近くでは安心して力が抜けたのか盾を寝かして女の子座りしていた玲にアーシャが手を差し伸べていた。
朔夜も不服そうながら本戦闘でも活躍させてあげれなかった魔弓とにらめっこ。
メアラミスは何か納得いかない視線で地上の停止した機械兵をずっと見つめていた。
そんな《ロストゼロ》の初勝利……。
「―――どうよ!これが白虎の誇り!もう文句なんてないでしょ!?そろそろ出てきたらどうなんですか!」
シャルロッテが室内に設置された小型カメラに向かって言い放つ。恐らく、いや間違いなくこの戦闘を別室で監視していた機関側の人間、ソフィアや他の人物達に対しての発言であった。
しかしそれに反応を示したのは……、
「ククク……」
嘲笑を溢したのはシャルロッテと同じ黒金制服の候補生オズだった。思わぬ所からの反応にシャルロッテは若干たじろぐも。
「な、なによ、オズ君」
「いや。侵略国家の誇り―――さぞ血と硝煙に塗れた穢らわしいものなのだろうと改めて想像したら笑えてきただけさ」
「なっ……!」
オズの明らかな挑発にシャルロッテも驚いた表情から怒りの形相に変化。戦闘終了の落ち着いた雰囲気から一変、2人のピリつく空気に朔夜や玲達は不安げに様子見。
辻本も刀を片手に黙っていた。
“白虎出身者”と“玄武出身者”の対立の初動を。
「それに君の双剣術も、前時代的というか時代錯誤だなと。未だ鉄の塊に頼っている帝国の現状を示唆しているようだ」
「なにを……白虎の人々は誇りを重んじる!あたしの双剣だって、これはあたし自身の誇りの一部なのよ!それを何も知らない癖に馬鹿にしな」
「心がオリハルコンメンタルなのだな」
言葉の途中でオズが被せる。蒼灰髪にかかる瞳は白虎の娘を冷酷に、憎悪に満ち見下していた。
「何でもかんでも誇りといえばいい、思考停止しているところも実に白虎の人間らしい」
ギッ……と歯を食いしばるシャルロッテ。
自分の事を見下されるのは100歩譲って許せても国の誇りを侮辱するのは絶対に許せない。彼女の瞳に怒りの炎が宿った。
「上等ッ……言っとくけどゴングを鳴らしたのはキミの方よ」
「ちょ……落ち着いてシャルロッテさん……!」
「面白い……女子でも手加減はしない、誇りとやらを捨て地に頭を擦り付け謝るまではね」
「オズさんもです……私たちさっきまで協力してた仲じゃないですか……」
二者の合間に朔夜と玲がそれぞれ静止させようと言葉を挟むも完全無視。やれやれ、とアーシャが腕組をほどき、喧嘩を仲裁に入ろうとしたその時。
シャルロッテとオズのちょうど真横で倒れていた機械兵3体のうち1体が突如、破損した部位や電力を破棄して残るパワーで再起動……!!
睨み合い一触即発だった少年少女に、まるで調和を乱す者達に鉄槌を下すよう鋼鉄の腕を振り下ろした。
「「しまッ――――!!!?」
既に武装を解除し無手であった2人は無意識にその手で頭部だけは守ろうと動く。身を退こうとするも間に合わない……!
「シャルロッテ!オズ!」
候補生最年長のアーシャが彼らの名前を吼えながら棒を取るもこの距離では……、朔夜や玲も動けそうにない。このままでは、誰もが自業自得ともいえる2人の負傷を覚悟したその時、
「おおおおおオオオォ――――!!!!」
戦闘終了後も暫く太刀を握り続けていた指揮官辻本がその武器で一刀!機械兵の腕を切断し弾き飛ばした。
『損傷88%……モード、
「ウソ……!」
「なん……だと……!」
自爆するつもりか……!呆然とするシャルロッテとオズ、熱がうねりを起こす機械兵の間で辻本ダイキは敵の発した最後の実行予告に悪寒が走る。
「ダイキ先輩っ!!!」
「シャルロッテさん!オズさん!」
玲と朔夜の声がかなり遠くで聴こえた。実際にはそれほどの距離はなくこいつが爆発してしまえば確実に部隊全員が巻き添えを受けてしまう。
迫る死のカウントダウン……3……2……、
(《混沌》でカバーするしかない……!!!)
刹那の決断。しかし『ゼロを奪われて』以降の彼の身体には黒白の魔力は無い。マナとの修行でなんとか片方ずつをイメージし繋ぎ合わせることで混沌を発現させる事は出来るようになったが“そのタイムラグ”がここでは命取り、
(間に合わない……ッ!!……だったらせめて、彼らだけでも―――――!!!)
混沌障壁の展開を諦めた辻本は胎内にある本来の自分自身の魔力、炎属性のそれを極限まで放出し纏いながらシャルロッテとオズを地面に押さえ付け覆い被さるような体勢へ、
「辻本……指揮官っ……!?」
「それじゃあ……貴方が……!!」
2人の声と同時に機械兵を中心に吸い込まれるよう時空が収縮。爆発する――――――。
その0,5秒前。
空から流星群のような勢いの“何か”が機械兵の頭部をぶち抜いた。
搭載していた多くの部品はバラバラにパンクして散乱し、自爆まで……0,2秒。
メアラミスだった。彼女が高さを付けた渾身の踵落としで機械兵を叩き潰したのだ。
更に華麗なる着地と共にクルりと回し蹴りを入れると自分より遥かに大きく重い機械兵を壁端までサッカーボールのよう蹴っ飛ばした。
直後に爆発。想像よりも小さな爆発だったが巻き込まれていれば命すら危なかっただろう。と辻本は一安心。
「……ふぅ…………これでよし、かな?」
小柄で武器も持たぬ女の子が巨大な機械兵を。
そんな有り得ない事態を目の当たりにした候補生達、先程まで言い争いをしていた2人も指揮官の身を挺したお節介さの温もりを感じながらに多少は冷静になったようだった。
辻本は退くようにして身体を起こすと、目の前に立つ“最凶の少女”に対して
「ナイスアシストだ」
とだけ囁いた。
―――同じ要塞内上層。
副所長のモーガンと通信士(オペレーター)のソフィアがロストゼロのテストを別室から監視し終える。
「………………」
モーガンは難しい顔で映像越しに映る候補生、そして指揮官をただ沈黙しながら視ていた。
「そんな頑固なオジサマみたいなお顔はしないで下さい。モーガン副所長……」
そう言ってソフィアがモーガンの鍛え抜かれた筋肉を白制服の上から指でツーっとなぞり、囚えるよう彼の腕に寄り添う。その仕草と垂れ目な彼女の魅せる色っぽさは「夜のオンナ」。
「おい、離れろ。お前は《ロストゼロ》を講堂へと案内してやれ」
「んん……畏まりました。」
残念そうに退室するソフィアに溜め息をつくモーガン。副所長を任された巨漢の目にはただ、辻本ダイキ指揮官の「在り方」が歪に見えていた。
「初めまして―――。」
抑揚がなく感情がまるで込もっていない彼女、『ソフィア・マノ』がロストゼロ一行の前に姿を現した。その後に名前を明かす。
機械兵を投入してから強制ロックを掛けていた自動ドアからコツコツとヒールの音を鳴らしてソフィアは警戒する候補生達と指揮官の前へ。
ソフィア・マノ。
辻本が既に面識のある『アネット・マノ』の実姉であり、辻本は放送で聴いた彼女の声からソフィアに「氷」のイメージを描いていた。
正にその通りの表現。
泣きぼくろのある美人顔。カールした薄青の髪を持ち同色の瞳はやや小さく三白眼気味で垂れ目。
前で合わせた上着やネクタイなどしっかりした厚着の制服は他の職員と同じく白色基調だが上着の裏地など各所に紺色が使われている。
色のイメージとしても青、白、紺、「氷」を連想させるもの。+このお淑やかそうな見た目。
《氷の乙女》―――。に対比な雰囲気の少女が睨み付けて声をあげた。シャルロッテだ。
「貴女があたし達にあんな変なロボを……!どういうつもりなんですか!?」
「皆様の不信とお怒りはもっともでしょう。しかしその辺りの説明は後程の入隊式で、正式に所長から《ロストゼロ》や他の部隊を含めた機関の意図が話されます」
意図。思惑。
シャルロッテ達はまだ機関の所長が誰なのかすら知らない。他の職員についてもどんな部隊が存在するのかも。そしてそれは殆ど辻本も同じであった。
「……辻本ダイキ様も、ご苦労様です。」
ソフィアは指揮官を労う。
辻本も彼女に今のところ明白な敵意や悪意の魂胆は感じられず、また彼女の妹アネットとの面識もあったゆえ、
「そちらこそ。あと俺の事はもっと気軽に呼んでいただければ、ソフィアさんの方が歳上のようですし、機関内でも先輩でしょうから」
と社交辞令ではないがそんな風に返事。
頭のなかではこの次にソフィアは「辻本ダイキさんor辻本指揮官」程度に崩した呼び名に変えてくると踏んでいた、のだが。
「……そう?じゃー、 指揮官くんでいいかな?うん、しっくりくるね」
「指揮官くん……え、ええ……構いませんが……(えらく飛んだな……)」
あえて話題にはしなかったが(共通の知り合いがこの場にいなさそうなので)。ソフィアはどこか零組時代の後半から副教官を務めてくれていた女性に似ているところがあった。
無論血縁などではないだろうが、“キャラ”のベクトルは同じ方角な感じだ。
「では指揮官くん、彼ら候補生の評点を。部隊を率いる貴方を除き、俯瞰的な目線を取り入れて判断してあげて下さい」
言葉遣いを少し唯して(多分この丁寧語スタイルが基本なのだろう)、ソフィアが指揮官の隣で呟く。
辻本もソフィアと並ぶ形で、目の前にいる候補生達ひとりひとりの顔を見渡した。
メアラミス。シャルロッテ。
オズ・クロイツ。雨月玲。
朔夜。アーシャ。
「……そうですね」
無人機械兵出現から戦闘準備、戦闘中、撃破後の始末の流れで思い返す。
ソフィアに言われた通り、「自分」という存在を省いた視点を重ねてみて“この部隊”を兵法における観の目で捉える。
導き出した「評価点」は―――
「―――及第点。ギリギリ合格でしょうか」
辻本は閉じた瞳、瞼の奥で回想したロストゼロの今回の結果をそう締め括った。
目を開いて再度少年少女らを伺うと、その採点には多少不満がありそうながら、また納得していたようにも見える。
なんだかんだで素直な子達のようだ……と辻本は少し口許が弛んでしまうも、
「チーム全体としての課題も山積みだが、それぞれ個人の課題も多いことは分かるな?」
個々をまとめて挙げるとすれば。
・一般軍人以上の戦闘スキルを有しながらも前に出すぎなアーシャ。
・協調性に欠けるシャルロッテとオズ。
・タンク役なのに踏み込めていない玲。
・戦闘状況の把握がしきれず混乱、それによる得物の命中精度低下を見受けられた朔夜。
「………………」
(ッ…………)
候補生のなかでオズだけが俯く。握っていた拳を辻本はあえて触れることはせず、
「そしてメアラミス―――君の驚異的な身体能力は俺も信用はしている、正直今回は助かった」
「だが2人同様に俺の指示無しで勝手な単独行動は認められない、それは理解しておいてくれ」
「…………はいはい」
指揮官の言葉にふてくされる様子の少女。事実このテストで彼女の存在が無ければこのような反省会すら開かれなかった程の被害がロストゼロにはあったであろう。
しかしそれとこれとは話は別、と考えた辻本は厳しめな物言いで更に全体へとこう告げる、
「及第点、といってもかなり甘めに見ての及第点だ。それはそれぞれ肝に銘じて……って、ちょっといいですかソフィアさん……」
「んん?なに指揮官くん?」
「なんで途中から俺に寄り添ってるんですか!しかも腕まで絡めて……!!」
メアラミスの課題について話していたくらいのタイミングから何か大きくて柔らかい感触が……と思ってはいたが、不意にボディタッチをしてきていたソフィアに対して辻本が声を荒げてツッコム。
「んんー、私がそうしたかったから?」
ぎゅ……と更に強く寄り添うソフィア。そんな色気のある垂れ目で見上げられてはおかしくなってしまうと辻本は半ば強引に腕を解いて、
「部下の前でそれはダメでしょう……!あまりからかわないで下さい……!」
頬を赤らめながら馴れない感じで怒る辻本をソフィアは不思議そうに見つめた。
本当に自然体で“こんな落としのテク”を……これまで彼女に勘違いさせられてきた男もさぞ多いことだろうと辻本は恐怖を感じ呆れる。
「ちょっと……!公共の場で大人同士がいちゃつくなんてサイテーですよ!しかも辻本指揮官は鼻の下伸ばしてるし……ふん!」
まったくこれだから男は。とシャルロッテが出会って一番の怒りで腕組。
「まぁ……今のはそちらのソフィア殿が誘っていて指揮官殿は被害者な気もするが……」
「……先輩は、ソフィアさんのようなふくよかなお胸の女性が好みなんですか……?(わ、私だって脱いだら……)」
「モテ男アピールまでするなんて……はぁ。どうせボクなんか……ぶつぶつ」
アーシャのフォロー。その隣で悩ましい表情の玲と肩を落とす朔夜が並んで発言。
オズは沈黙したまま地面を睨んでおり、メアラミスが彼の様子に気が付く。
「……?キミ、具合でも悪いの?」
「……いいや。―――辻本指揮官、通信士のソフィア上官も、話が以上でここからは雑談ならばそろそろ解散にして欲しいのですが?」
オズが発言する。
この場の空気の居心地が最悪だった。
シャルロッテの“白虎民”としての誇りを不必要に刺激してしまったのは反省はしていた。
そして自分の吹っ掛けた争いの種が結果的に彼女だけでなく部隊全員を危機に晒してしまったという事も。
更にいうならば「最後に動き出した機械兵」のタイプは自分が止めを刺した型。つまりあれを討ち漏らしてしたのは他でもなく自分自身だという事実。誰も触れてはいないが気が付いていたのだ。そしてそれはきっと指揮官はとっくに感知して察しているのだろう。
そしてその尻拭いをしたのは年端もいかない、聞けば13才程度の子ども。メアラミス。
腹立たしくて仕方なかった。
この《ロストゼロ》が―――
世界初連合組織《
「―――失礼します……!」
オズ・クロイツは返事を待たずして飛び出し要塞を後にした。揺れる蒼灰色の綺麗に纏められた後ろ髪、黒金制服の背中は、ひどく寂しげだった。
「ぁ……あの!オズ君っ!…………はぁ」
シャルロッテが手を伸ばそうとするもそれは虚空を掠める。彼女もまた先の喧嘩では言い過ぎたと反省している様子。
(オズ……。シャルロッテも……人当たりはキツい時もあるが根は優しい娘なんだな)
辻本はシャルロッテのそんな様子に少しだけこの部隊の未来を信じられた。きっとオズも入隊式までには頭を冷やして戻ってきてくれる筈だ。今はただ信じてやるしかない。
「…………ちなみに、ソフィアさん、貴女からみて彼ら、いや―――俺達はどうだったのでしょうか?」
辻本は真剣な眼差しを向けて訊ねた。
そう、ロストゼロは候補生たちだけで構成される小隊では無い。そこには指揮官としての辻本ダイキが中心にあって初めて成立する。だから朱雀からここまで来たのだ。
ソフィアは暫く立てた指を顎に添わせて、んーと辻本を含めた一行に視線を預けた。
「問答無用に0点でしょう。」
「ぜ、ゼロ点……?!」
「それは………………」
突きつけられたのは「0点」。最低点。無価値。
思わず聞き返したシャルロッテ、辻本も動揺するような表情でソフィアを見直す。他のメンバーもかなりの衝撃を受けていた。
「これが実戦ならば全滅しています」
ソフィアはクールに呟いた。おまけに「自分を含めた評価」を願い出た辻本に対しては、
「特に問題は貴方にあるかと」
「指揮官としての適正、素質。機関も適当に推薦したわけではありません。貴方の実力を把握してのことです」
「朱雀の若き英雄、《黒白の先導者》……かの零組を率いた貴方がこの程度で無いことを信じていますよ。」
急所を責められたような気分。
何も言い返せなかった。
こればもし実戦だったら……か。
瞳を閉じる辻本から候補生達にも不安は伝達。
「それでは、間もなく入隊式が始まります。皆様方ロストゼロは一番前になりますのですみやかに講堂まで移動願います。」
では私はこれで。
まるで花が咲いたような可憐な笑顔を添えて、青の女性は綺麗な一礼をしてみせた。タイトスカートの裾をつまみ腰を落とす一連の動作はメイドさながら流れるように。
残されたロストゼロに静寂が流れる……。
その重苦しい空気を破ったのは眼鏡の娘、雨月玲のこれまた重い溜め息だった。
「……0点、人生で初めて取りました……」
「ふむ……いささか不満だが、彼女の目は確かなのだろう」
「うぅ……それにしてもゼロは酷いよぉ……」
しょんぼりムード。13~19才、まだ未成年。そんな彼らからすれば「今回の評価」はあまりに理想から現実に落とされたような感覚であっただろう。恐らくそれを一番感じていたオズも。
辻本はそう考えるなかでシャルロッテが口を開く。
「……そもそもさ、どうしてあたしたち、《ロストゼロ》なんて部隊に選ばれたんだろう?」
「零って……何もかも終わって、失うって感じがしてイヤなんだよね……」
その切なる囁きに辻本は心臓を貫かれたような衝撃があった。「零」。自身を象徴するその言葉の見たことも感じたこともない深淵。その一部を知ってしまったような。
辻本ダイキはまだ彼らが何を想って大陸初の機関に新兵(候補生)としての決意をしたのか知らない。
だけど1つ確かなことは……ここで立ち止まってはいられない、という事だ。
「―――さてとだ。ソフィアさんに厳しくされ悄気ているところ悪いが、そろそろ入隊式だ。式の最中に俺の後ろでそんな顔は止してくれよ?」
辻本はそんな憎まれ口と一緒に笑みを溢す。
そして、反応する候補生達に言葉を紡いだ。
「みんな聞いてくれ。これから入隊式が始まるがその前にキミ達には宿題を課しておこう」
「……?」
「なに先生振ってるですか……まあ、一応聞くだけは聞いてあげますけど」
首を傾げるメアラミスの隣でシャルロッテが目を細めながらも指揮官を窺った。
「別に難しいことじゃない。入隊式での所長の挨拶や指揮官の紹介、改めて配属先の説明、もろもろを受けたあと、再度集まった時に」
「なんでもいい、“心に灯した意志”を示してほしいんだ。君達ひとりひとりが宿している、目標としている“未来”を、その場で聞かせてくれ」
「自分の考え、やりたい事、なりたい将来、この激動の世において考えられる限りの“自分自身”の全てと向き合った上で―――」
「この訳ありなチーム《ロストゼロ》に所属するかどうかを答えて欲しい。」
ここだけは譲れない。他人に敷かれたレールを進むほど虚構な人生はない。とかく人はその楽な道に委ねたがるが最終的な責任は己にある以上、それは甘えでしかない。
だったら、例えどんな狡猾な意志が上層部で国同士で絡み合っていたとしても。彼等が糸を引く操り人形になってはダメだ。ただ整えられた舞台で、ただ躍り狂うまで贄とされる、そんな道は……生きているとはいえないはずだから。
まるで自分自身に言い聞かせるよう辻本ダイキはそれを次代の若者達に伝えた。
「これが、先導者としての所以―――」デリス各地から集った少年少女は辻本ダイキに改めて強く頷いたのだった。
「ふんだ……同じ新米のくせに、先輩から0点貰ったくせに!今さら励まして大人ぶっても信用回復なんてしませんから!」
「はは、まあ否定はしないけどさ。オズの奴にも後で伝えておいてくれ。“指揮官命令”ってね」
ツンとする態度のシャルロッテに頭を掻きながら冗談混じりにオズへの宿題の件の伝達を彼女に任せた。
「―――シャルロッテじゃないが俺も新米だ、そこは君たちとなんら変わりはない。」
「俺の及第点、ソフィアさんの0点。悔しいと思うならそれをバネにして次に活かせばいいだけの事だ」
ゼロは終わりじゃない。始まりだ―――。
「始まり……」
雨月玲は朱雀《ゼロ組》の重心だった彼の言葉を繰り返す。
「こんな最初の最初でもう諦める、そんなの出来るわけないよな?少なくとも俺はソフィアさんに合格点を貰いたいからな」
辻本ダイキは強い意思を示すよう拳を握った。
「さて、じゃあ入隊式に行くとするか!」
二十歳の青年が拓く“道”が、《ロストゼロ》の行き先を照らし出す。
「…………はいっ!!!!」
彼らは要塞の出口へと歩みを進める。
「素直で頑張り屋さんなダイキ指揮官、ひたむきなところも素敵です……」
「もう!レイはこの人の事信用しすぎ!アーシャさんどう思う!?」
「ふふ……尊敬すべき点は多いとは思うぞ」
「ふぁーあ……眠い。ねえマスコットクン、今から何するの?」
「ええっと……入隊式だよ……ってマスコット君って言った!?ボクには朔夜って名前があるんだからそう呼んでよっ!」
候補生たちの賑やかな笑い声に包まれながら指揮官の白コートを揺らす辻本が思いを馳せた、
(はは……、及第点より0点、ゼロからの方が気合が入るなんてな)
(《ロストゼロ》、かつての《零組》と同じくらいに面白いメンバーが揃っているみたいだ!)
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