2節「虚構の英雄」

ゼロ―――数百年前のデリスを戦い抜いたある英雄の名前。

彼は《混沌カオス》の力を操り、深紅の剣クリムゾンノヴァを振るい、絶望の未来に抗った。



辻本ダイキは《ゼロ》の継承者である。

《ディクロスの重心》を宿す青年は、朱雀を未曾有の災厄から救った現代の“若き英雄”。

軍学校アルテマ《零組》のリーダーであった彼はいつしか《ゼロの先導者》や《深紅の騎士》と謳われ、各国軍関係者だけではなく一般の人々にも広くその名と顔が知れ渡る。


かつての古代の英雄のように《混沌》の奇蹟を操り、《天紅の太刀》を振るい希望の明日を切り開く者だと。



反面、その真実には詐りがある。


それは辻本は《ロゼ》の復活に伴い《ゼロ》の根源を奪われている事だ。

民衆は彼を白と黒の特異の魔力を自在に操る、と認識しているが実際それは違う。かつてはそうであった、が正しいのである。


(キミが朱雀の代表として指揮官職に推薦されたのは機関側に思惑があっての事。それはつまり《白虎》《玄武》《青龍》を相手にする事と同義なのよ)


魔女の修行を始める前、マナは改めて目覚めて数日の辻本にそう告げた。


朱雀の英雄に課せられたのは『ゼロを失っている状態』である事を伏せながらの代理調査。

“セカイがこの先どこに向かうのか”を見極め、蔓延る闇を調和の内部で払う。


四聖秩序機関(コスモスールフェイン)はまるで仮面舞踏会マスカレードのようなものである。


「そこに集う者達」は一様に背中を預ける同志の仮面と、その内側に自国の敵となる存在を偵察する白面を持ち、そして踊る。


無論、身分素性を隠して行われる実際の貴族の舞踏会のそれとは意味合いが異なるが。


(虚空の仮面を被る勇者達の嘘と偽りと欺瞞が交錯する舞台、ステキな響きだけどキミの被る仮面は他のとは比べ物にならないほど……重い)


(もし、という事実がセカイに知られれば朱雀は終わるわ。)


(いいことダイキくん。いつの時代も人は過程じゃなく結果だけを見て追う愚かな生き物だわ。その積み重ねが歴史になってようやく“プロセス”に意味が与えられるの)


マナは続ける。

『ゼロを奪われロゼが復活した』ではなく『ロゼの復活を朱雀が助力した』なんて都合のいい筋書きに変えられてしまう可能性。そうなれば白虎国は当然建前を手にしたのだから侵略戦争に乗り込んでくるだろう。

朱親国と呼ばれた時代は長かった『玄武』もこの数年間の激動に宗国がどう対応するかは火を見るよりも明らかであった。同じく自治州の集まりから国となった『青龍』もその本流を見極め朱雀の敵に回る。


そうなれば朱雀が終焉を迎えるのは確実。

政府の暴走以来、軍事力も信用も低迷した『朱雀の炎』に再び転生の羽をもたらすためにも、


(どうか頼んだわよ、《虚構の英雄》。)




ここは『四聖秩序機関コスモスールフェイン』。

総本山、白虎“リューオン”、

その中心部セントラルにある施設、

《フロンティア》5F ミーティング室。


『職員』アネットは扉前で待機していた。閉められた扉の先、軍略会議室の中で“英雄が集う”。


定刻ジャスト―――午前8時00分。


《ゼロの先導者》辻本ダイキの視界には“読み通り4名”がミーティングルームに招かれて待機していた姿が映った。

そして“もう一人”も恐らく……。

そう思考する途中、辺りを目線で見渡した辻本と真っ先に目が合ったのは“職員用制服”、つまりアネット・マノとほぼ同じ見た目の服装に身を包んだ桃の女性。大きな華の簪で結んだ髪型は古代書記に登場する可憐な乙姫みたく―――整えられた長い睫毛の瞳をぱちくりとさせる彼女は、


「カ、カグヤさん……!!?」


「辻本さんじゃありませんか!!」


『カグヤ』と呼ばれた華姫はまるで街中で旧友と再会したかのような勢いで入口に立つ辻本の前に駆け寄り手を取ると、


「やっとマトモな知り合いの殿方が……!到着してから今まで心細くてたまらなかったのですわ!」


お嬢様口調で嬉々としてはしゃぐカグヤに圧倒される辻本。実際二人の間はそこまで深い仲でもないのだが、それでも“諜報戦が繰り広げられる職場”の始まりで“知り合い”がいただけでもお互い気が楽になる。

ここまで気を張っていた辻本も思わず頬が弛みカグヤと再会を祝した。


白虎精鋭 《月の虎》“熱嵐の柱”カグヤ。

精鋭らしく振る舞っているのか誇り高くプライドも高い性格。というのが仲間から聞いていた最初の印象。 

だが素直になれないという点もあるようで、本当は仲間思いで優しい性格だということが徐々に『敵国同士』ながら見えてきて、気を許した相手の前や軍人としての役目を意識していない時などには穏やかで可愛らしい人柄を見せてくれる。


「まさかカグヤさんも機関に派遣されていたなんて、“月の虎”を代表してですか?」


「ま、まあそんなところです……!我が国のお偉い方達も色々とややこしくて。主戦派筆頭の宰相に睨まれた私はめでたくこんな場所へ飛ばされてしまった、なんて絶対有りませんことよ?」


手持ちの扇子をヒラヒラと口許であおぎ、逆説で現状を話す。素直じゃないところは相変わらずだなと辻本は思いながらも、カグヤの溢した白虎の内情について、


(白虎も随分キナ臭くなっているみたいだな、ネクさんや五芒星のみんなも心配だが……)


「水を差してすまないが、本日のスケジュールはここからが本番だ。話を進めさせて貰おう」


被せてきた重々しい声、辻本が入室前に感じ取った2人目の気配の持ち主でもあるスキンヘッドの巨漢男性が、厳粛な態度で向き合う。


「まずはよく来たな―――朱雀国の若き英雄、辻本ダイキ。」


「白虎軍憲兵隊からの出向、モーガンだ。本機関の副所長を務める予定である」


憲兵。戦闘支援兵科の一種であり主に軍隊内部の秩序維持と交通整理を任務とする。別名『軍警察』。鉄の帝国と呼ばれる白虎帝国には交通鉄道網が張り巡らされており、この地、リューオンも中央拠点のひとつである。

そこからの出向となれば『モーガン』と名乗る彼は正にエリートであろう。

カグヤとの再会に和んでいた辻本の表情も一転、ここに入る前の険しい顔付きに戻る。


「………………」


「はは、いやはやこんなところで噂の人物にお目にかかれるなんてなぁ」


厳かに議事を進行しようとするモーガン。そこにふいにおっとりとした声で待ったがかかった。集められた3人目―――、


「ヴェナ・シーカー。玄武軍ヴェルサス方面からの出向や。特別顧問っちゅうまあ厄介なとこ任されてるけど、お手柔らかにしたってや」


白制服に和のテイストが施された女性。カグヤの可憐な華の雰囲気とは別のこちらは艶っぽく官能的な蝶の美。月姫に対して雪女な印象。


『ヴェナ』は壁に凭れかかった姿勢から若い衆をいじめるのが慣わしなような口振りで、


「あんたの名前はあちこちで聞いとるわ、えらい人気もんみたいやんか?まあ、“ええ話”と“悪い話”で半々やけどね」


はんなりと小首を傾け、独特のイントネーションで言葉を紡ぎ、最後に笑顔で挨拶代わりの毒づきを締めくくる。

いい話は言わずもがな直近の朱雀異変の零組としての功績、悪い話は《執行者》玄武襲撃の時か。


「……辻本ダイキです。英雄なんて過ぎた言われですが、よろしくお願いします。モーガン副所長、ヴェナ特別顧問も」


辻本は冷静な態度で挨拶を終える。カグヤとは違いこの2名は完全な初対面。玄武軍所属のヴェナに関しては“間接的な”繋がりはあるのだがそちらの挨拶はこの場では無さそうだ、と判断。

モーガンが相づちをうちながら口を開く、


「《ゼロの先導者》、《深紅の騎士》の勇名は聞き及んでいる。共に働ける事をひとまずは光栄に思う」


「だがお前の貫いてきたであろう在り方は、ここでは求められていない。あくまで“指揮官”としての適正、将来性、副所長として遠慮なく見極めさせてもらう。」


貫いてきたであろう在り方。漠然とした何かを否定された辻本であったが、副所長の厳しい歓迎の言葉に一礼し、脳裏で所感を纏める。


(エリート部隊の佐官クラス……モーガン副所長。そして白虎月の虎の一柱カグヤさんに、玄武からは守護神“六盾隊セスタヴグエ”のヴェナさんまで)


まさかこのレベルが派遣されているなんて。想像を遥かに越える“職員”の質に辻本は疑念を抱く。

それに加えて“4人目”……《青龍》代表者、

ここまで沈黙を守ってきた女性に視線を向け、また女性も部屋の隅から閉じていた目を開く。先に声を掛けたのは辻本であった。


「……お久し振りです、イシス師姉」


「覚えてくれていたとは、嬉しいものだな」


水のよう透き通りながらも芯の通った声質、

鮮やかな黒漆の濡れたような深く美しい呂色の髪を肩まで伸ばす人物は軽く笑みを見せる。


『イシス』。青龍王室親衛隊所属、王国騎士団“六槍神”の一角にして《水の槍》を担う武人。女傑。

神具の長柄、薙刀から放たれる推測不能な海の波のうねりのような激しい動きから戦場で付いた二つ名は《竜帝乙姫》。

その実力は『デリス十指』に入るとされ、武勲を上げ続ける青龍国最強の英雄である。


そしてもうひとつ、“師姉”。という言葉ワードを使用した辻本に他の職員達は反応していた。


「ええ、共に過ごしたのはもう十年以上も前になりますか―――。ご壮健みたいで何よりです」


「そなたの方こそ、変わらないな。いいや」


逆風か、と言葉を継ぎひとり静かに微笑んだイシスの碧瞳は弟弟子の『僅かな揺れ』を見逃さなかった。そこで二人の関係を察したヴェナが答え合わせに入る、


「音に聴こえし《天紅月光流》ってやつか。辻本くんが太刀でイシスさんは薙刀、やねんなあぁ」


腰に差した『太刀』と背中で背負う『薙刀』をそれぞれが意識する。

天紅月光流。40年程前に朱雀出身のとある剣士が生み出した剣技。使い手こそ少ないものの大陸有数の強者が扱う流派として有名で、『剣』を全ての基礎としているが彼らのよう他の得物に応用も可能である。


「さて、久闊を叙するのも剣術講談もまた次の機会にしようか。“妖しい風”が吹いている……」


「………………」


イシスの“風読み”にモーガンは黙り込む。突然の緊張感に置いてけぼりなカグヤは辺りをキョロキョロとしだし、ヴェナもやっとかいな、と小声で呟きながら壁に預けていた身体を立たせた。

そして辻本―――。イシスの言葉で『感じていた勘は確信に変わる』。この部屋に立ち入る前に予測していた“4人”と“もうひとり”。

その存在、人物がいるであろう場所ポイント。すなわちここミーティングルームにある長方形レイアウトに並べられた会議用テーブルの最奥、“主賓席”へと向けて語気を強めて発言する。


「試しのつもりでしょうか?そろそろ姿を見せたらどうです……?」


四聖秩序機関コスモスルフェイン所長―――《白金の魔術王》クラリス・ロクサーヌさん!!」


放たれた言の葉で魂を宿すよう、今まで誰もいなかった上席に七色の光が集合した。

表れしは機関の所長を任された主―――辻本が言い当てた“女性”が不可視の幻魔法を解除して姿を見せる。

職員が集まる以前からイスに全身をまかせ優雅に寛いでいた事実に……、


「な……えええええっっ!!!!」


「……性悪やなぁ……」


「ふむ…………」


『ロスサーヌ』の登場に驚愕するカグヤ。やや不機嫌そうな表情を浮かべるヴェナ。平静を保ち見つめるイシス。

辻本はロスサーヌと一瞬視線を交わす副所長の動作にモーガンだけは知っていた、という事も直ぐに洞察する。


「入った時点で私の居場所まで特定していたのはキミだけだったかな、辻本ダイキクン。」


イスから腰をあげ辻本達のいたスペースに歩きながらそう話すロスサーヌ。

そして彼ら職員の前に改めて立つと、威風堂々とした所長の圧力オーラが会議室を包み込んだ。


「ええ、千里眼は多少は心得ていますので」


それに呑まれかけるも自分を律しそう返す。毅然とした態度のまま辻本は他3人を見渡し、


「無論イシスさんの風読みやヴェナさんの被幻術看破のワザ、カグヤさんも経験則から見破っていたでしょうけど」


「へ?……モ、モチロンですわあ!!!」


誰よりも早く被せるよう叫んだカグヤに、一同の緊張した空気は多少和むのであった。




《白金の魔術王》クラリス・ロクサーヌ。

ルーン魔術の始祖《クラリス一族》の現当主。

『朱雀国』を魔導大国に仕上げた18の名門のなかでも秀でて“色”に長けていたクラリスは、朱雀だけでなくデリスの歴史においても重要な存在意義を持つ。

10年前に実父から家督を受け継いだ彼女。歴代当主では珍しい女性当主だった事と、当時の年齢が最年少28歳であったことから《孔雀の令嬢》と呼ばれていた時期も。


時は進み現在38歳。《白金の魔術王》の異名に相応しい存在となったロクサーヌ。

この世界に無限にあるとされる魔法を唱え、また近年出現した「戦場の革命ガーディアン」をひとりで数千体操れる程の測定値を叩き出すロクサーヌは正にとまで畏れられ崇められていた。


しかしロクサーヌは当主になって以降今までの殆どを表舞台には出てこない人物としても有名であった。

これ程まで恵まれた才能を持ちながら軍隊や政府には肩入れせず。天才ゆえの性分なのだろうか、彼女の人生は“興味”でその総てが支配さており、いくら大金を積まれようとも・いくら栄誉ある称号を確約されようとも、つまらないと判断したモノには一切の干渉をしない。

俗にいう『変わり者』。


(そんながセカイが生まれ変わったこのタイミングでに参戦してきた。当然彼女は時宮ロゼがゼロを奪った事までは知らない。)


(でも最重要警戒人物なのは確かよ。“同じ朱雀サイド”だからといって背中を無防備に見せていては……刺されてから気付いては手遅れになる……!)


出向前の時宮マナの警告。直接は聞けていないが直感でマナとロクサーヌは顔見知り、いいやそれ以上の深い因縁があると感じた。

それが『エクシア』として暗躍していた頃なのか、ロゼに拾われ『姉妹』で育った頃なのかは不明だが。そうなれば必然サキについても色々と知っていても不自然ではない。


辻本は納得する。なぜ朱雀国の参加割合が他国に比べて圧倒的に少ないなかで“機関は調和バランスを保てる”余地があるのかを。


―――彼女だ。


クラリス・ロクサーヌが所長を務めるならばそれはにも抑止力になるだろう。


聖都の異変騒動で消息を絶ち事実上失脚した政府代表フレデリック卿にかわり朱雀の政治を行うティズ皇妃、に次ぐ『権力者』。という認識で接する必要がありそうだ。


「………………」


「フフフ…………」


辻本は眼前にいるそんな『上司』と目が合った。

煌めく魔性の金眼。綺麗な明るめの灰色パールグレイの長髪。先述した『令嬢』の名残があるかのようキメ細やかな肌もあって実年齢と比べればその容姿はかなり若く見える。

装いはここにいる職員の制服モデルの所長バージョンといったもの。

『英雄の誓い《ヒロイックオース》』。

※白地のロングコートに黒のラインが施されている衣装で所々に金の装飾品。職員によって細部が異なる。

また指揮官クラスの制服色の基調「白」は白金を冠するロクサーヌ自身からきている。所長任命の際の条件として彼女から機関側(世界政府)に突き出した1つがこの制服デザイン。


ちなみにあと1時間程で入隊式になる新人候補生の制服色「黒金」は古代において、始祖クラリス導師に仕えた聖獣由来のカラー。


白金の魔術と黒鉄の宰相―――奇しくも四聖秩序機関の柱となる『職員』と『候補生』は朱雀出身の機関所長のロクサーヌ、そして白虎帝国宰相のロランと重なる、そんな巡り合わせが当初からメディアでは連日騒がれてた。


機関職員顔合わせ続き―――。


「職員が合計6名、想像より少ないですが……このメンバーで?」


「いや、ここにいない職員も数名いる。例えばキミをここまで連れてきたアネット、姉のソフィア。あとは」


「どうやら“彼”は遅刻しているようです。まったくどこで道草を食っているのだ……」


ロクサーヌとモーガンが順に説明する。どうやらひとり事情で遅れているようだ。副所長の苛立つ様子から立場的には自分と同じくらいの新米か、と辻本は想像する。


「まあ良い、直に来るであろう。」


早い決断を下した所長、次の行程に進むため副所長と話し合う。そんな姿を一行が見守りながら小声で、


(なるほど……噂に違わぬ“圧”や、こんな大物がボスを務めるなんてなぁ)


(白と黒の間にある“無限”……クラリス殿の内からはそのような“風の色味”が見える)


(魔術の祖クラリス……同じ名前のタワーで朱雀と白虎の密会が行われた、数年前部下から聞いた覚えがありますわね……)


(俺もその時零組の実地任務の一環でタワーにいました。そうか……あの会談の朱雀側主賓はロスサーヌさんだったのか)


(血縁恵まれ金持ちなうえ美人さん、ロクサーヌ女史って独身なんかな?モーガン副所長とデキてたりしたらめっちゃオモロイでー)


(おもろくなんかありませんわよぉ……!!)


(カグヤさん、喋りがうつってます……)


コホン!と軽く咳払いするイシスで職員ミニコントは終了。密談を交わしていた所長副所長が再度顔を此方に向けた。


「すまない、話し込んでしまった。」


「百も承知だろうが機関は結成されてまだ一月未満の組織だ。所長である私もだがそなたら職員の事も新米扱いはしてられない」


真剣な眼差しのロクサーヌ。複雑な事情と思惑が絡み合っての出向となった各々だが、こと表舞台に興味を示さなかったロクサーヌも所長としての責任を全うする気はあるようであった。


「では解散だ。各位先程指示した通りのカリキュラムに沿って行動してくれ、時間厳守でお願いする!」


「はぁ……ええ、ではお先です」


「承知した……」


副所長の号令で辻本よりも先に来ていたカグヤとイシスは一言挨拶を付けて次の行程のため退室してゆく。


「じゃあ私もお暇させて貰うで。色々と仕込み、しとかんとあかんさかい」


「ああ、


続いて退室したヴェナ、に対してロクサーヌは何やら囁いていた。その後書類等を手に纏めて副所長も追うように外へ。

気付けば辻本とロクサーヌの二人だけが広い会議室に残っていた。


「……………えっと、俺はどうすれば…………?」


先程指示したカリキュラム、と言っていたがそんな説明は一言もされていない。辻本は頬を掻きながら所長に訊ねてみた。


「フフ、このあと機関の候補生全員への入隊式を兼ねた挨拶があるのさ。そのための準備をカグヤとイシスには任せてある。ヴェナには別件もあるが」


「そなたにも“初仕事”だ―――アネット、辻本ダイキ指揮官を例のポイントに案内してやってくれ」


「はは、ひゃい……!!かしこまりました☆」


呼び掛けに慌てて飛び出してきたアネットが敬礼する。そして所長と互いにアイコンタクトで頷き合うと、何故か辻本の手を握りだした。

ぎゅ……っと指と指を絡めた恋人繋ぎで突然攻めてきたアネットに思わず声を上げるも、


「では辻本ダイキクン、これより命を預かる可愛い部下達とのご対面をとくと楽しんでくれ」


「そして“ゼロを宿す者”の気骨、せいぜい新世代で示すがよい」


「ぁ…………!!」


その瞬間、辻本はアネットの“能力”で一緒に別の地点へと空間転位させられる。

ひとりになった所長は会議室の大きな窓から今日のデリスには似合わぬ晴天に目を細めていた。




「ッ―――ここは……!!?」


一瞬の出来事。脳裏に“歪み”のイメージが強く流れ込んだと認識した直後、気がつくと自分がまったく別の場所にいる事に驚いた。


辺りを見渡すとそこは明らかに先程までいた会議室とは空気が一変した空間。多くの戦いを乗り越えてきた辻本はこの場所に“危険”が潜んでいると確信を持ってしまう。

だがそれよりも……、


「……転位魔法の使い手、それも詠唱なしで転送もこの速度―――」


「成程……“ただの受付案内人”がこんな職場にいるハズがない。だったんですね?アネットさん」


セントラルに着いた辻本をフロンティアの会議室まで案内する時の歩いていきますか、という問い掛け、あれは「それとも転移能力で跳びますか」も含まれていた訳だ。


未だ片手を繋いだ状態の二人。俯いていた彼女は帽子を被ったその頭動かし、自分よりも背の高い辻本を見上げながら舌舐めずり……、


「……へぇ、貴方の“味”……深いですね」


「くッ―――!!?(まさか今の接触で“混沌”を魔力回路から調べられたか……!?)」


咄嗟に辻本は手を振り払おうとする。もギリギリの所で踏み留まった……、

「なーんちゃって♪」、お決まりの台詞とテレペロで愛らしく茶化すアネットに呆れる。


(……なんとかは防げたな……)



アネット・マノの得意とする魔法は瞬間移動テレポ系であるとネタばらしのお時間。

身体のどこでもいいので触れた物質を予め設定しておいた移動先に転移させる事が出来る。人づてでも効果は発揮されるようで、例えばアネットを中心にして円陣でも組めば小隊クラスなら全員をまとめて転移、もやれちゃうらしい。


「まま、転送先は私がこの目で見て肌で感じた場所に限る!なんですけどねー!」


「なので、もし遅刻しちゃう~って時やおしっこが漏れそう~って時に私を見つけたらぜひご利用下さい!機関内ならどこだってお連れしますよー!」


指で丸を作るサイン(翻訳/銭さえ払えば)に肩を落とす辻本。というかさっきの理論じゃ後者は女子トイレに運ばれますよね?と鋭くツッコム。

そのリアクションに満足してくれたのかアネットは常に笑顔で接してくれるエレベーターガールみたく、


「じゃじゃ私はこの辺で失礼しまーす!“あと”はお姉ちゃんが優しくナビゲートしてくれると思いますので!ではではご武運を!」


と一礼して手を振りながらスーッと転移魔法粒子に包まれて何処へ消えていった。


(……そろそろ“普通の人”に会いたい)


(というか、まず“ここ”はどこなんだ?)


再度空間を見通して確認。すると奥に自動で開きそうな電子的な扉があるのを発見する。

薄暗い空間に出口らしきものは見当たらず、仕方なしにその扉の方へと足を運んだ。


(では辻本ダイキクン、これより命を預かる可愛い部下達とのご対面をとくと楽しんでくれ。そして“ゼロを宿す者”の気骨、せいぜい新世代で示すがよい)


アネットに跳ばされる直前、確かにロクサーヌはそう言った。

“命を預かる部下”―――まだ詳細も何も聞いていないが自分が指揮官として担当する部隊の件であるのは容易に想像がついてしまう。


《ロストゼロ》―――それが虚構の英雄辻本ダイキが所属する部隊の名前。

この意味深な部隊名、『ゼロを失った』今の自分の状態を言い表すそれが意味するものとは……。

全ては入隊式が終わった後に確かめていくしかない。



辻本ダイキは自動で開かれた扉の先へ。

この感覚―――辻本は2年前の春。朱雀アルテマ軍学校での《零組》との初めての出会い、入学式の日に零組の教室の扉を開けたあの瞬間の高揚感を思い出す。


扉の先の空間。此方は照明で明るさ調整のされていた施設内は先程までいた場所と同じく大掛かりな魔導力機構によって動いているようだった。

そこで飛び込んできた光景。


そこで待機していた『6名の候補生』。少年少女達は現れた『青年』とほぼ同時に反応した。


「――――――!!!」


男子2名、女子4名。

内候補生女子のふたりには見覚えがあった。


ひとりはリューオンの街でぶつかってしまった際に、眼鏡を探していた紫紺髪の娘。


そしてもうひとり……こちらは見覚えでは済みそうもない、

適当な機材を台座にして黒タイツに包まれた脚をぶらぶらとさせる無防備な銀髪の少女。


(どうして、どうして……!!!)


対敵、狂敵、宿敵……そう、奴は『敵』だ!!


「どうして、どうしてお前が……!!!!」


―――!!!!!」


かつての先導者と羅刹、光と影が再び交わる。

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