1節「混沌と調和」

あの日、世界は生まれ変わった―――。



朱雀国聖都ザルクヘイムで勃発した軍部サイドと政府サイドの武力衝突。その“表”の内戦と連動させるよう“裏”では古代デリスから永きに渡り繰り返されてきた光と影の血戦が執り行われたのである。


《黄昏の審判》―――光の先導者辻本ダイキと、影の先導者リアによる宿命の争いは、結果 《ディクロス・ゼロ》継承者辻本の勝利で幕を閉じた。


しかし急転直下の出来事。『Re:codeーMetatron』を召喚してしまった政府代表フレデリック卿の暴走によって朱雀聖都に災厄が降り注ぐ。

それが真の黒幕、影の組織エリシオンの幹部内でも数名しか認識していなかった“復活の儀式”のため糸を引かれていた事も知らずに。


『(零零零零零零ゼロゼロゼロゼロロゼロゼロぜろぜゼロゼロ零零零零零零!!!!!!)』


無限に響く零の戦慄は聖都民を恐怖と絶望のどん底に突き落とす。

まるでこれまで貯めてきた朱雀の歴史の闇とでもいえる“業”を振り翳すように。これまで輪廻(ループ)してきたデリスの“零の呪い”を振り撒くように……。

当時が夕暮れ時であり空は深紅色だった事と、このザルクヘイムを一時支配した“奇蹟システム”の符号コード『零』からとって、この天変地異はデリス全土から《深紅の零》と呼称される事になる。

死者は1万8000人を越え、行方不明者を合わせると2万に到達。建造物の全壊・半壊は合わせて70万以上、朱雀政府はこの天災(意図的な)による直接的な経済損失額としては史上1位としている。



《深紅の零》によって命を落とした数万の朱雀聖都市民や朱雀軍人たち。

そしてこの異変を解決に導いた最大功労者―――、

『時宮サキ』には多くの花が手向けられた。


「今までありがとう……キミが繋いだこの世界を、俺たちが必ず守り抜くから」


若き英雄とクラスメイト達、そして担当教官2名、サキの実妹『時宮マナ』、現朱雀最高責任者の『ティズ皇妃』。

捧げし供花に誓いを込め、復興中の聖都を見渡せる高所に造られた霊園、愛おしい彼女の眠る墓の前で彼らは




回想―――。

煌歴2023年3月、

霊園に“卒業した朱雀零組”が集まる数日前。


朱雀聖都ザルクヘイムの地下深く、かつて魔術名門の1つである時宮族が闇魔術探求のため建設したとされる暗黒の祭祀場。

禁忌と邪悪が満ち溢れる“魔女の園”で、辻本ダイキは時宮マナから修行をつけてもらっていた。

修行。本来“現状より強くなるため”に行うそれだがこの状況にはその単語は意味が合わない。

リハビリ、と言い換えた方が良さそうだ。“これは取り戻すため”の機能回復を目標とした訓練。


深淵の地で火花が迸る、


「―――はああああああッ!!!」


辻本は哮りを上げて混沌の太刀(ケイオス)を振り切る。その速度は常人では反応は可能でも身体が脳の信号に着いていかないくらいの太刀筋。しかし魔女はそれをギリギリのタイミングで間合いを把握し身を屈めて躱す。


刹那、魔女エクシア―――時宮マナは両手の爪を魔力で伸ばし鋭利な刃物とする“紅爪(ルージュアーツ)”で攻勢に移る。

まるで鉤爪。猛獣の爪を模したようなフック状の攻撃部位を持つ武器で乱舞し、両手にぶら下げた紅爪を揺らしながら、彼女の黒影は滑るように回り込み、


「後ろががら空きよ!」


優艶な動きで背中を取ったマナは、そんな言葉を放ちながら爪撃を繰り出した。

対する辻本は……、“この一月で教わった虚構のカオス”を瞬間的に胎内から練り上げ、振り向き様に、


(虚白魔法(トレスーヴァイス)―――)


死角からの一撃に太刀の防御(ガード)を何とか間に合わせ威力を殺す。相殺され力が反発しあうなかでマナは既に次の手を、魔法を詠唱破棄で具現化させていた。


「これはどうかしら?極位闇魔法“アビスカーリー”!!」


マナの辺りの空間から漆黒色の殺戮帯びし深淵が開かれる。咄嗟に辻本は地面を強く蹴ることで背後に跳躍、狭い戦域でなるべく魔法に対する距離をあける。

マナの“アビスカーリー”はそれを追うように複数の黒弾となって上空の辻本を捉えた。


(虚黒魔法(トレスーシュヴァルツ)……!!)


四方八方からの黒の包囲網、被弾の直前、空中で辻本は強く“奪われたもの”をイメージする。

サキに導かれ、ユナに託された白と黒、相反する二つの魔力がもたらす奇蹟―――混沌を。


虚白と虚黒が交差。


「“ディスペアールフレ”!我を守護せよ!」


先導者の命ず理は世界に届き、願いは「事象」となって発現された。

マナの魔法は辻本が生み出した白と黒の障壁により呑み込まれ消失。その直後に魔力同士のぶつかりによって生じた爆発が起きる。


まだまだ荒削りではある、付け焼き刃だった。それでも“この段階まで”は取り戻せた。


「行きます、マナさん―――!!!」


黒煙のなか響き渡る声。

闇を払う太刀を構え疾走する辻本ダイキの姿。


「フッ、突っ込んでくる気かしら!」


祭壇を駆ける先導者の踏み込みは迷いがなく、またマナもそれはすぐに直感していた。その音は高く、飛び出す身は軽く。

急接近する辻本の眼差しは、再起の色に。


(やはりキミは面白いわ……!)


恍惚をはらんだ微笑が一転、修行の全てを込めて向かってきた“弟子”への最後の壁として立ちはだかる意志をマナは宿す。


彼のこのスピード、避けるのは不可能。紅爪でも捌ききれない。となれば……魔女たる所以、この世界(デリス)の闇魔法を極めた禁忌の秘術の一端をもってキミの魂の器を量ろう。


二者の距離は数十メートルを切った、あと数秒で雌雄が決される。

剣士と魔女―――先んじたのはやはり遠距離からの魔法を得てとする後者だった。

マナは黒衣と開いた胸元を揺らし、蒼色の魔力を体から溢れさせると、


「“深淵にて煌めく四魂の刻印、枷ある咎人に終焉の唄を”」


「《アドミニストーアビスアリア》!!!」


“忘却の魔女”エクシア、第六神位の《虚無》、彼女は世界を構築する四大元素の魔力を同時に操り、発射する。

『風』『土』『水』『火』、万物の根源はそれぞれの属性で現出され辻本に襲い掛かる。


しかし辻本は“まるでそれが分かっていた”かのような迷いのない動きで4つの波動を巧みに身を翻し避け続けた。祭壇の地を這い天に踊るような奔流の魔法術式を完封した彼にマナは驚嘆の声を漏らす、


「なっ……!!」


「“天月切り”―――!!!!」


深紅の剣士の一太刀が通る。すれ違い様に斬るその技の冴えに蒼き魔女は掠り傷と共に崩れ落ち片膝をつける。

切られた瞬間に魔力を纏った受け身はとったが、彼は逆刃……峰打ちで決めにきていたようで痛みは思いの外無く。むしろ、


「はぁはぁ……はぁ……」


この修行期間で初めて“擬似的混沌”を扱えた辻本の方こそ疲労の様子が窺えた。暫くして乱れた呼吸を整え終えた辻本、それを確認してマナもゆらりと立ち上がると。


「よく読みきれたわね、私の手を」


「はは……似ていましたから」


辻本は『姉妹』を重ねていた。

エクシアー時宮マナとの修行は、初めこそ掴み所がなく“見えなかった”が今はハッキリと感じることが出来た。

この女性は間違いなく彼女の妹なのだと。


だから徐々に一手一手を見切る事が可能になってきたと語る。

最後の魔法に関しても、いっそその激流に翻弄される勢いで身を投げ入れた事で、“先の道”を見出だせたんだと。

英雄の新たなる一歩を確かに感じれた。

マナは静かに『合格』を伝えると、彼女もまた日々成長してきた辻本に“ある青年の影”を重ねて、


「そう……ありがとう」


と微笑んだ。

いえ、こちらこそ。白と黒の繋がり。固い握手を結び辻本ダイキは1ヶ月間にも及ぶ魔女との厳しい修行を突破する。




《深紅の零》直後―――。

目覚めると俺は、故郷にいた。


《星辰の郷》アスタリア、別名“星見の秘境”と呼ばれる朱雀北部・連峰の麓に位置する小規模な都市。


1ヶ月という『空白の時間』をどうやら俺は昏睡状態のままに眠り続けていたらしい。


(教えて下さい……!!ユナは!?零組のみんなは!?朱雀は!?世界はどうなったんです!)


眠りから醒めた俺は、俺をこの郷まで運び手当てをしてくれていた銀髪の女性ーマナさんにそう詰め寄った。


そこで俺、辻本ダイキは心に宿していた『ゼロ』を失った、奪われた事を聞かされる。 

言われるまで信じられなかったが、その感覚は確実に自分の中でもあった。

身体のあちこちを怪我していてかなり衰弱もしていたが、“それ”が最も大きなダメージなのは俺自身がよく分かっている。


辻本ダイキのゼロは時宮ロゼに移った―――正確に言えば『戻っていた』。

その損失は夢のなかで右腕を斬り落とされる悪夢を見てしまう程。それほどまでに俺にとってゼロの存在と混沌の力は“これまでの繋がりを形作っていた”から。


マナさんの説明によると、奪われた直後の俺は魂の脱け殻のような状態だったそうだ。こと治癒に長けた《零組》の仲間でも、また医療知識を専門にしていた《Ⅱ組》の同級生でもその治療は不可能だと諦めてしまうくらいに。 


死の絶望から俺を救い上げてくれたのは朱雀軍部を統べる『ティズ』皇妃であった。

朱雀国第26代女王。巨大な軍事力を誇る白虎や大量の人口を持つ玄武・青龍と隣接するこの小国をしたたかな外交力で互角以上の政治力を発揮した有識者であり、慈愛をもって国政に励む姿は“朱雀の炎”本来の在り方を示すようだと国民からも慕われている。


そんな彼女は先祖『聖女フィニス』の扱える奇蹟オーリエイドを俺に使ってくれた。

オーリエイドとは、決められた範囲内での生命・細胞・魔力の再構築、再生の超速化し体内の僅かな灯火レベルの魔力にフィニスの媒介となる羽根から命の光を与え活性させ機能を甦らせるチカラ。

それは“まるで無かったかのように元通りにヒトを戻す”。(死者に関しては例外のようだ)


しかしその生命の理に反するゆえの代償として発動者は『五感』、すなわち視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の何れか1つを“失う”。

ティズ皇妃は“視力を犠牲”にして朱雀の英雄を死の淵から救ったのである。


俺はマナさんに『零組』の行方や『朱雀』の現状、また『デリス大陸』のこれからを間髪入れずに聞いた気がする。

ちなみに時宮マナ、サキの実妹であり内戦途中までは影の組織エリシオンの幹部、魔女エクシアとして暗躍していた彼女は、先程述べた

ティズ王妃や零組の強い願いもあって、また本人の姉や協力者達と共に災厄を食い止めた活躍が認められ、極刑を免除され政府の建て直しに協力することを条件にこうして自由の身になっているそうだ。

あとこれは修行後の軽い酒の席で教えてもらった事だが、マナさんは“かつてサキが務めていた王妃の相談役”、つまり右腕を担う話も進められているとのこと。

ご本人は「まさか朱雀を乗っ取るために政府の代行者“マナ”として入り込んだ私をそのままのポストで利用するなんて、王妃は姉さん以上にチェスが強いかもね」と愉快そうに笑っていた。


話を戻して《零組》。『朱雀アルテマ軍学校』において2年前に発足された戦術特化の遊撃クラス。俺の大切な居場所で共に過ごした仲間達は……?


その答えは『卒業』。門出の季節、彼らは最後まで「全員揃うまで」と反対していたようだったが生田教官やフローラ副教官の説得もあって「3名」を除き先にそれぞれの道を歩み出していた。

少し寂しい気持ちもあったが、そもそも死んでいたかもしれないレベルで重傷だった俺がこうしてまだ生きていられる、それだけで十分という気持ちの方が余程大きい。

『レオ』と『ヒロミ』。志半ばで零組の道を外れる選択を下した2人も連れ戻し、「次の同窓会」は今度こそ皆で集まれたらいいな、なんて見舞いに来てくれた零組は言ってくれたんだ。


そんな、ようやく事態を飲み込めていた俺にマナさんは“ある要請”について、『本題』と共に話を進めてきた。

そう、ここまでは“過ぎた事”。

ここから語るのは“これから”について―――。


世界(デリス)はこの刻、想像を遥かに越えるスピードで次のステージに進んでいたのだ。


『着いてこれるか?私の世界のスピードに』


統べてを操っていたデリスの影。《盟王》ロゼの言葉が真理となって不意に過る。


現在煌歴2023年4月。これまで『朱雀』『白虎』『玄武』『青龍』の四大国が対立しあう群雄割拠の図がデリス大陸だった。

しかし今―――“そこ”に第五勢力、ロゼの復活によってもたらされた“零の呪い”の具現ともいえる『虚ろの魔物』が大陸を外側から浸食、各国の国土を奪ってきているのである。


これまでデリスに生息していた魔物、近年この世界に降り注いだ“召喚獣”、それらとはまったく異なる存在。

世界政府はそれを『黒キ残滓ネクサスウィスプ』と命名した。(黒キ太陽の消滅と同時に朱雀聖都に顕れた数十の個体を元に見識者達が発表)


 変革の世。デリス大陸はこの未曾有の危機に対抗すべく。そして未だその全貌を見せない影の組織の後継グループ、《アンセリオン》の謎を暴き壊滅すべく。

四大国が設立したのはデリス初の合同軍事組織、様々な軍略と思惑、交渉を経て“白虎古都”に拠点を置く事になった“安寧の先駆けなるもの”。


『四聖秩序機関(コスモスールフェイン)』。


俺はこの新設機関の『指揮官』に任命された。

配属先の部隊名は―――《ロストゼロ》。


“訳あり”、マナさんと俺は殆どが未知数な前代未聞の“職場”にそんな印象を抱かずにはいられなかった。


混沌は―――果たして調和と秩序の“礎”になる資格があるのだろうか。

移ろい行く世界のスピード、道なき道の行き着く先にどんな結末が待ち受けているのかは、まだ誰も知らない。




※※※




季節は春。時刻は朝7時25分。

朱雀聖都ザルクヘイムから夜行列車に揺られ、明朝、つまり今日、新たな決意を胸に『指揮官』辻本ダイキは新品の職員用制服の白コートを着こなし白虎古都リューオンの街に降り立つ。


今日は機関着任の日、そして機関入隊式の日である。多くの下車した乗客に流されながら駅を出ると、既に街にはデリス各国から飛ばされたメディア関係者が白虎軍の警備隊に抑えられる形で、それでもなんとかと必死の形相でパシャパシャと魔導カメラの眩しいフラッシュをたいたり、映像で撮りながらレポートしている。


「お、おい出てきたぞ!よく押さえておけよ、彼等がデリスの“新世界”の尖兵だ!!」


「今、多くの若者が鉄血の制服に身を包み、初々しい表情で機関のある《セントラル》へ足を運んでおります!」


黒基調に金のライン、所々に紅模様の制服。 

色味だけみればかなり重厚感のある制服だが、男子は下にズボン、女子はスカートと候補生は学生としてのファッション性も重視されていた。


ここで機関―――“四聖秩序機関(コスモスールフェイン)”について少しだけ説明しておこう。

当機関に配属された“各国正規軍人”は約4000名。(※その4/5は既にデリス大陸各地に赴き、虚なる物の跋扈、蹂躙の防衛任務に就いている)

参加割合は朱雀1:白虎4:玄武3:青龍2。

白虎が最も多いのは無論、機関の本拠地、つまり今から彼らが向かう《セントラル》がここ“月光と深海の古都”リューオンにあるから。

反対に朱雀が最も少ないのは“内戦や異変”による軍部や政府の内部崩壊で軍事力が大幅に弱体化しているためである。

“その帳尻合わせ”か、機関の所長を務めるのは朱雀人なら誰もが、いいやデリスの民において歴史を少しでも学んでいればその家名を聞いて知らない者はいないくらいの高名な朱雀の人物。

この人に関してはここで語らずとも、あと小一時間もすれば出逢えるだろう。


自国防衛を暗黙の優先としているため、派遣された軍人以外の殆どは十代の若者の所属となる機関。ゆえに名実は「異国交流のなかでの軍人育成機関」となる。そこに名うての武人や英雄が少数規模で赴任。つまり辻本や他の職員だ。


そう。謂うならばここを歩いているのは全員が学校でいうところの新入生。そして辻本含む指揮官・職員は社会でいうところの新入社員ということになる。


「ねえ、そろそろ情報だと彼、“朱雀の若き英雄”が出てくる頃なんじゃないの?」


「一応リークでは昨夜に聖都発の特別列車に乗ってこの街に、なんですけど」


(完全にバレてる……流石マスコミ、そういえば零組の彼女もそっち方面に就職したって。)


ちらちら聴こえてくる期待を孕む声に、辻本は駅前広場の陰で懐から“あるアイテム”を取り出した。

予めマスコミに捕まらないようとの配慮で制服と一緒に送られてきた『魔石』。一定時間不可視の体になれる力を秘めた召喚獣(アトモス)の加護をさっそく辻本も借りる。

顕れた小さな風の妖精たちは小鳥がついばむようなフレンチキスを召喚士に贈り、悠久の大自然を感じられる風が全身を吹き抜けた感覚に。


(……よし、これで大丈夫だ。しかしこんなものまで実用化されつつあるなんて……デリス大陸初の連合機関、ヒトだけでなく最先端の技術や魔法も集まっているようだ。)


(さて、あとは道なりに進めば到着か)


地図も用意していたが、大勢の候補生達が列を成して進んでいたため目的地までは一目瞭然であった。

それと重ねて辻本は此度の出向で初めて訪れた“リューオン”を改めて見渡す。これから過ごす異国の街並み―――、


(“月光と深海の古都”。市街地を囲うように流れる運河が特徴的で、確か元々は島だったとフローラさんの歴史の授業で習った記憶があるな)


(街の大きさは“キルシュ”と同じくらいか……桜の花も咲いているみたいだ)


2年前の春、同じように新品の制服に身を包んで緊張した面持ちと初々しい出会いがついこの間の出来事のように感じる。

『アルテマ軍学校』の校門を潜って、自分のクラスが無くて途方に暮れていたところ、隣にいたのがリナだったんだよな。と辻本は思い浮かべる。


そして―――。


(向こうに見えるのが機関、完成したばかりの施設か……まさか“こんな形”で四大国が国際連合に基づく組織を造るなんて)


視界には大仰に聳える“高層建物”、まるでこの街を支配するような高さを誇る本棟フロンティアとその敷地全体の呼称セントラル

超高層ビル、くらい迫力のあるそれに圧倒されながらも歩き始めた辻本、前方不注意が災いして……、


「きゃ……!!」


「おっと……!!すまない、大丈夫か……?!」


新入生達の行進からは少し離れたルートで進もうとしていた辻本が候補生の女子生徒とぶつかってしまう。よろめく女子を辻本は優しく受け止めてあげるも、反動で彼女の付けていた視力調節用の眼鏡が飛んでいったようで……、


「こちらこそごめんなさい……!あぁ……眼鏡めがね……」


しゃがみこんで手探りでメガネを探す娘の様子から裸眼での視力は相当低いのだろう。辻本はそんな事を洞察しながら一緒に辺りを見渡す。大して遠くまで吹っ飛んではいないはず……と考える途中ですぐにそれは見つかった。


辻本は眼鏡を拾い上げ、ハンカチ(働く男性としてハンカチ常備はエチケットよbyマナ)で汚れたレンズの部分を入念に拭く。


(あはは……wまさかこんなにも早くマナさんの修行合間に開かれた社会人講座が役に立つとはな)


「眼鏡、こっちにあったぞ。ほら」


「あ、ありがとうございます……!!……ふぅ」


手渡してあげるとその候補生―――紫紺色のショートヘアーなひかえめ系(目測)少女は慌てた様子で眼鏡をかけ直し安堵の溜め息。

そしてペコりと深く頭を此方に下げると、


「それでは失礼します……!


とだけ言い残し走り去って行った。

またすぐに会えそうな……機関所属の人間は職員・候補生ともに全寮制。そういう意味で“すぐ会えそう”というのもあながち有り得ない事ではない。


(……いや、それよりも…………)


別れた後に辻本はある事に気が付く。彼女の意味深な台詞は一旦置いておくとしても、他に疑問点が沸き出てしまったのである。それは。


(……不可視の加護があったのになぜ彼女は俺を認識出来ていたんだ……?)


暫く考え込むも、よくよく思考を巡らせればそれほど気にかけるような内容でも無かったことに気がつく。


召喚獣には召喚士との契約、適正がなによりも重視される。たまたまこの召喚獣と辻本の相性がよくなくて効果継続時間が極端に少なかっただけの可能性。

更には不可視とはいっても精鋭クラスには看破される。あくまで一般市民の目からは逸らすことが出来る程度の効能であり、それは軍人ではない候補生であっても視覚的、感覚的魔力に恵まれた人間ならばあるいは。という事である。


そして前者であれば今マスコミに捕捉されてしまうと面倒な事になるのは容易に想像がついた。


「―――有名人振るワケじゃないが、俺も急いだ方が良さそうだ……!」


早足で駅前の広場を抜け街へ出た指揮官制服の辻本ダイキ。

後ろでは辻本と同年代であろう『指揮官』の同じ白コートの制服を着た、いかにもお人好しそうな優男風の金髪青年が魔石を使用する前に捕まってしまったのかガッツリとマスコミの餌食になっていた。




“四聖秩序機関(コスモスールフェイン)”、機関の総本山となる施設がある《セントラル》に到着した辻本ダイキ。


(まるで士官学院みたいだ……だがアルテマ軍学校と比べても敷地面積は数倍以上、もはやひとつの街じゃないか)


7時42分。を刻む時計台の前、

軍部施設と教育施設の併合機関を前提とした組織の巨大さに立ち尽くしていると、


「おお!やっと来られましたね新米指揮官様!」


といっても全員新米ですが。と付け足してパワフルに出迎えてくれたのは『機関職員の女性』だった。赤色のふわふわ髪を後ろで結んだ俗にいうポニーテールが特徴。服装は自分同様に白基調の制服だが細部が異なる。辻本が着ているのはロングコート仕様だが彼女のそれは客室乗務員のような制服。+指揮官にはない可愛らしい略帽を被っている。


しかしパワフルな彼女はその引き締まった身なりに似合わない気だるげな表情をしながら白手袋をした両手をパタパタと振って、


「ややー、皆さんスゴい熱気というか。外の報道社もそうでしたが“機関”の注目度ってヤバイんですねー」


「まあ……それは仕方ないというか。それより貴女は……?『候補生』では無さそうですが」


「ええっ!私そんな学生感あります!?若葉のようなフレッシュさ、瑞々しさに満ち溢れていました!?」


実際そのテンションはどうみても勉強に部活に恋に浮き足立つ女子学生。

周りを歩く本物の学生(候補生)達の方が緊張からかよほど大人びているようにも感じられる。


「とまあ、厳かな入隊式を和ませる私の明るい冗談はさておき」


「―――初めまして、私はアネット・マノ。機関の案内や管理等の雑務を任されています」


「ちなみに姉のソフィア・マノはオペレーターとなります、私達は一足先に研修を受けての配属、一通りの事は把握しておりますので」


「とりあ、よろ☆」


一瞬盛り返した厳粛さが最後の最後で崩壊する音がした。


「……ええ、俺は」


「“朱雀”から当機関に指揮官として出向された辻本ダイキさん、ですよね!」


毒気を抜かれた様子で此方も名乗ろうとした矢先に被せるようアネットは言い当てる。

成る程、“一通りの把握”は間違いないようだ。


 その後、辻本は案内役のアネットから携帯型魔導端末(COMM)によってデータベース照合なりの簡略的手続きを確認される。

入国審査やパスポートの手続きは列車途中の関所でも実施されたのだが、そこはやはりというべきかデリス四大国が集まる『世界初の連合機関』。厳重なセキュリティチェックは問答無用で取り調べられる。


「……これで、よし!ご協力感謝です!」


「いえ、こちらこそありがとうございました」


「んんー、貴方“相当な”マジメ人間とお見受けしましたが。お姉ちゃんみたいですねー!」


姉、先程口にしていたソフィアーマノの事。

するとまるでこの時を待っていたかのように施設内に放送が流れる。声の主は―――


「召集命令、校門で特別なCOMMを渡された候補生の方は至急、セントラル敷地東にある訓練要塞へお越し下さい。繰り返します……」


「ああ、噂をすればなんとやら!これお姉ちゃんの声ですー!ねえ指揮官さん!声、私に似てますー?!」


全然似ていない。まったく別物だ。

例えるならこちら妹のアネットは燃え盛る炎、あちら姉のソフィアは凍てつく氷、くらい対照的な性格(キャラ)である事がこの数分間のやり取りで辻本は確信できてしまう。


その間に繰り返されたソフィアの2度目の放送も滞りなく終了。抑揚のない声、といえば悪く聞こえるだろうが聞き取りやすい美人声、とでも表現できる彼女はオペレーター向きか。ハキハキと喋る溌剌としたアネットは、さながら現場リポーターや娯楽番組の食レポ担当?


(それより今の放送は……)


妙な内容であった。ごく一部の“特別な”候補生のみに向けての召集。アネットの茶々でうやむやになりかけているが、ソフィアの通信機越しの平坦な声から込められた“機関の意思”、に得体の知れない感情の渦が辻本の芯を貫いた。


そんな読みと勘を心中で巡らせる辻本をアネットは見る。そこにあった表情は先程までのハツラツとした新米職員の顔ではなく。

しかしそれは一瞬で元通りに。


「ささ、“貴方も”早く―――」


「……じゃなかった!先にミーティング室!フロンティアの五階です!フロンティアとはあそこにどすんと聳えるこの機関のメインビルのことですよ、はい!」


危うく口走りそうになったアネットだがぎりぎりのところで持ち直す。そして次の質問をぶつける。


「歩いていきますかー?」


「え、走った方がいいくらい時間が押しているとかですか?」


辻本は不意打ち気味な問いかけに思わず遅刻を意識してしまうもそれは杞憂に終わって、


……まま、ここは広いですし!立地や建物の構造を早く覚えるためてくてく歩いて行きましょうか!」


「じゃあ……案内、よろしくお願いします」


訝しむ新米指揮官を余所に新米職員はセントラル中央にある本棟、《フロンティア》へご案内するのであった。



メインの建物『フロンティア』

高層ビルのような見た目、それぞれの層からモノレールの線路みたく道が延びており、ここから効率よく四大国へと機関用列車で行き来が出来る仕組み。


内装は帝国的で豪華、ホテルのようだった。

全てが新設の機関、だが大陸異変『深紅の零』からまだ2ヶ月程度で“ヒトやモノは”用意できても土地(施設建設)はどうしたのか。

その答えは、元々は白虎国が建設していた完成前の新たな士官学校を急遽機関用として建て直したのがここだということ。

なので当然全ての建物も新しい、そして士官学校としての名残もわりとそのまま残ってもいる。


そんな設立背景の一部の説明をアネットから歩きながらに受けた辻本ダイキ。放っておいたら延々喋り続けてそうなアネットのおかげで、入隊式前で閑散としていたフロンティアの移動も退屈せずにすんだ。


数分後―――5F,ミーティング室前

扉越しで微かに話し声が聞こえる。この流れからして辻本は俺より先に到着していた指揮官組だろう、と推測。それは正解であった。


「むむ、戦闘員ではない私ですらビンビンに感じます!この先には怪物た、失礼、豪傑たちがいると……!」


(はは……。怪物、失礼だが言い得て妙だ。というか正にその通りだろう)


辻本は瞳を閉じ“かつて剣の師”から教わった探知の業を発揮する。


「……気配からして室内には4名おられるようですね」


「なな……!辻本指揮官はそんな事がお分かりになるんですか……?!」


小声で驚くアネットに辻本は微笑みを返す。

しかし“4つの気配”とは別に“もうひとつ”……、


(……“もう一人”……。)


察知できない“何か”に辻本は不安と、同じくらいの期待を寄せていた。

それはいち英雄としてではなく、もっと純粋な武や魔の理に至った者への“剣士”としての関心。


ここから先は『嘘と偽りと欺瞞が築く調和』。


この奥には辻本と同じ職員、デリス各国から選び抜かれた精鋭達がいる。『同僚』となるメンバーがいる。


さあ、覚悟はできているか……?


辻本は自問自答しながら身なりを整え、は、虚構の一歩を自らで踏み出す。


「失礼します」


「この度機関より任命を受け参上しました」


「朱雀代表指揮官―――《ゼロの先導者》辻本ダイキです!」


混沌は零に還り、またゼロは調和と成るか。

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