第24話 手料理と新プロジェクト

木曜日


二人は一緒に出社した。

綾の荷物は貴俊が一旦帰ってから持っていくことに決まった。



昼休憩が終わる頃にオフィスでは一つの疑問が生まれていた。


関係性は変わらないが二人の香りが昨日と今日で一緒だと言うこと。

綾の場合は日によって変えているという言い訳が立つが貴俊にはそんな推測が周りには成り立たなかった。


数人が話している。

「やっぱさ、ちょっと不思議だったのよ。野間さんから速水さんと同じシャンプーの匂いしたの」

「…今日は?」

「今日も一緒なの、だけど昨日とは違う匂い。昨日は速水さんの香りが野間さんからもしてた」

「そういえば俺もそれ気になった。あれ?って」

「でしょ?」

「え?じゃあ二人って?付き合ってる?」

「でもそれだったらもっと前から気付かない?」

「最近ってことか?」

「……あんなパワハラされてるのに?」

「んー………」

「うーん」

「それはないんじゃないか?」

「でも偶然では片付けられないですよね?」

「確かに」

「あっ、やば…」

一人が昼食から戻ってきた綾の姿を見掛けるとすぐに席に戻る。

そのすぐ後に残りの全員も戻った。


「???」

綾はその態度に違和感を感じたが後に戻ってきた貴俊に

「野間!!午前で終わらせるって言った書類は!?」

といつも通り貴俊に怒鳴った。


『…やっぱ考えすぎかな』

『だと思う』

『あれで付き合ってるは無いよ』

『野間は野間で付き合ってる彼女がいて、その彼女が使ってるシャンプーと速水さんが使ってるのが一緒だったんじゃない?』

『……なんかもうよくわからない!』

『やめよう、考えるの』

『だね』

社内メッセで急遽作ったグループチャットでは色々と話をされていた後に考えるのやめようで終わったが、一人だけやはり疑ってる女性がいた。


「(いや、やっぱりそうだって。直接聞いてみようかな?)」

「濱口、会議資料出来てるか?」

「………」

話し掛けられた事が耳に入っていなかった。


「濱口!」

「あっ、はい!」

「会議資料」

「…あっ、出来てます。共有フォルダに入れるので確認お願いします」

「ん」


綾と貴俊、二人の匂いに気付いたのは彼女だった。


「さっちゃん、ちょっといい?」

「はい」

綾は濱口を呼んだ。


「何ですか?」

「さっちゃんのさとこって平仮名でいいんだよね?」

「はい、そうです」

「よし!わかった」

「え?何の確認なんですか?」

「新プロジェクトメンバー」

「……え?」

「だから、うちから始める新プロジェクトにさっちゃんが入るの。今のはその書類作成の確認」


「…わ、私が新プロジェクトの?」

「そうよ」

「失敗させる気のプロジェクトですか?」

「え?」

「いや、私を入れるなんて」

「…あのね、さっちゃん。あなたの処理能力はとても高いレベルにあるの」


綾からの褒め言葉をさとこは正面から受け取れなかった。


「…いえ、そんなことは」

「自信持って!」

「は、はい」

「明日、十六時からの会議で概要の説明するから」

「十六時…」

「ん?あっ、その時間にリミットある仕事あったら言って?」

「いえ!ありません。無いんですけど、その、あの……」

「…定時で上がりたい理由があるのね?大丈夫よ、三十分ぐらいで終わる予定だから」

「…わかりました」

さとこはデスクに戻っていった。



「なんで私なんかが…」

さとこが席に座る頃に

「野間ぁ!」

と貴俊が呼ばれていた。


「え?野間さんも?」

さとこは聴覚を集中させたが

「あんた、明日から新プロジェクトのメンバーね。役割はわかってるわよね?」

そんなこと必要無いぐらいに聞こえていた。


「えっと、何でしょうか?」

「私の手足に決まってるでしょうが!!」

「はい……」

「不満でも?」

「いえ…。具体的には何を」

「あんたのアドレスに会議資料送ったから八人分コピーしておいて、そのぐらいならミス無く出来るでしょ?」

「…はい、わかりました」


貴俊はとぼとぼとデスクに戻った。



「(いや、あれはやっぱりないのかも)」

さとこは二人が付き合ってる説を自ら疑い、無いものとしようとした。





貴俊は今朝に綾が置いていった荷物を持ち、綾の自宅前にいた。


「もういいよな?」

貴俊はインターホンを押した。


「まだ!!」

焦ったような言い方でスピーカーから単語が聞こえた。


「…重いから開けてよ」

「むー…、わかったわよ!」


数秒後、扉が開くとそこには汚れたエプロンを着けた綾がいた。


「どうしたの?」

「は?料理作ってるんだけど?」

「入っていい?」

「玄関までならいいよ」

「そこまででいいから入って荷物置かせて?」

「……ん」


綾は貴俊を招き入れたが玄関で待たせた。



数分後

「わぁ!!」

軽い金属が床に落ちる音が聞こえたので、貴俊は

「大丈夫!?」

と靴を脱ぎ、部屋に入った。



「……どうしたらそうなるの?」

「な!何で入ってきてるのよ!」

キッチンはありとあらゆる物が散乱していた。


そして綾のエプロンも先程より更に汚れていた。


「と!とにかく待ってなさい!」

「…やだ」

「はぁ!?」

「何を作ろうとしてるの?手伝うから」

「い、いいわよ」

「僕は綾の手足だからね」


貴俊の言葉に綾は胸の辺りが強く掴まれる感覚だった。

「…悪かったわよ」

「ん?」

「手足って言ってごめんって言ってるの!」

「別に気にしてないよ。仕事ではそうなんだし」

「とにかく!何もしないで待ってて!」

「…わかった。座ってていい?」

「いいわよ…」


貴俊は座りながら綾の一人言を聞いていた。


「あぁー、もう!ちゃんとした形にならない」

「………」

「小麦粉?小麦粉が足らないのね?」

「………」

「もう、なんで丸い形にならないの!?」

「………」

「そうか!卵ね!もう全部入れちゃいましょ」


さすがに貴俊は黙ってられなかった。

「はい、待った」

「え?」

キッチンに近付いた。


「何を作ろうとしてるの?」

「…ハンバーグ」

「ちょっと見せて」

「やだ」

「いいから……。うん、ちょっと手を洗わせて?」

「う、うん…」



貴俊はボウルに入った肉を触り、

「うん、こっからだったら」

数回、肉をこねてから、まな板にラップを貼り小麦粉をふりかけた。


「何してんの?」

「いいから」

貴俊は肉を一握り掴み、まな板の上に乗せ球体にして小麦粉をまぶしてから上から潰した。


いくつかのそれを作り終えた後。

「…うん。良い感じ」

「ムカつく…」

「何で!?」

「それをどうするのよ」

「焼くけど?」

「…じゃあ私が焼くから」

「いや、それもやるけど」

「私が焼くから!!」

「……うん」

綾の強い意思が込められているようで、そう言うしかなかった。


「はい!座ってて!!」

「…だいじょ」

「座ってて!!」

「わかった…」


綾は貴俊をソファーに追いやった。

フライパンにドポドポとサラダ油を入れて火をつける。

すぐに肉を入れた為、何の音もしなかった。


「…あれ?」

「ん?もしかしてフライパン温まってないのに?」

「ちょっと黙ってて!」

「………」


数秒後、パチパチと音がし始めてからが大変だった。

ジューと言う音がしてきたが貴俊にはその音が揚げ物を作ってる音に聞こえた。


「…あっつ!熱っ!ちょ!熱っ!!」

「………」

何か言うと黙ってろと言われるので貴俊は黙ったままキッチンに近付いた。


「キッチンペーパーある?」

「は?」

「一旦火を止めて危ないから」

「…う、うん」


火を止めてから少し待ち貴俊はキッチンペーパーを三角形に折り、菜箸で持った。


「油入れすぎ、火傷したらどうするの?ってしてるでしょ」

「…ごめん」

「今熱かったところに水流しておいて、痕になっちゃうから」

「うん…」

綾は水を流し、熱かった所を言われた通りにあてた。


「うん、まぁこんなもんかな。こっからだったら」

貴俊は油をある程度キッチンペーパーで吸いとった後に冷蔵庫を開けた。


「ちょ!何を勝手に!」

「ケチャップある?あとソース」

「あるけど…」

綾は二つを貴俊に渡した。


それをボウルにケチャップ多めソースを一回り入れかき混ぜてからフライパンに入れた。


「蓋ある?」

「蓋?」

「うん、フライパンにする蓋」

「無い…」

「わかった、アルミホイルは?」

「…そこに」

綾はキッチンの上の棚を指さした。

棚にしまってあったアルミホイルをフライパンのサイズより大きめに切り、円形に形作り中央を包丁でバツ印に切った。


「何してんの?」

「ん?蓋。煮込みハンバーグにしよう」

「…何を勝手にメニュー変えてんの?」

「いいから座ってて。綾に何かあったら悲しむのは僕だよ?」

「……何だろう、釈然としない」

そう言いながら綾はソファーに座った。



「出来たよ」

「………」

「綾?」

「……何」

「…怒ってる?」

「怒ってない」

「皿に盛り付けたいんだけどどうしたらいいかわからないんだ」

「ただ乗せればいいだけじゃない」

「そこのセンスは僕には無いから綾に頼んでいい?」

「………わかったわよ」

綾は渋々キッチンに向かった。


「これなんだけど」

フライパンで作った煮込みハンバーグを見せた。


「……これなら深めの皿に。あっ、ブロッコリー!冷凍のがあった!ちょっとチンするからそのままにしておきなさい」

「うん」

「はい!あとやるから座ってて」

「わかった」



「出来たよ!!」

「おお!美味しそう!」

「でしょ?」

「早く食べよう」

「…待った」

綾は険しい表情になった。


「え?」

「私、盛り付けただけなんだけど」

「そこが一番大事なんじゃないの?」

「そう?」

「美味しそうに盛るかそうじゃないかで違うよ」

「…私ってその才能ある?」

「僕はそれ出来ないから」

「へー、そうなんだー」

「それ、どういう感情?」

「いやぁ、別にぃ?」

「食べよう?」

「ふっふっふーん」



食事をしている時に貴俊はプロジェクトについての疑問を聞いた。

「綾、あのプロジェクト何?」

「ん?私が立案のプロジェクトだけど?」

「そこに僕入って大丈夫?」

「何で?」

「…いや、発表するんでしょ?」

「何を?」

「結婚するとき」

「……あっ」

「彼氏を選んだとかで問題にならない?」


綾は少し肘をついて考えた。

「……ねぇ」

「いいよ」

「何も言ってないけど」

「使えなかったから外したでいいよ」


「なんか腹立つなぁ」

「綾の事、よくわかってるでしょ?」

「腹立つ!」

「だから明日からの個人戦も優勝しちゃうなぁ」

「はぁ!?全部お見通しって言いたいのか?」

「そう」

「だったら私だって」

「僕の何を知ってる?」

「私が脅せば棒立ちになる」

「………それはズルくない?」


「まぁそんなことより聞きたいことあるんだけど」

「脅す事よりも!?」

「仕事の事!あんた、さっちゃんの事どう思う?」

「さっちゃん?…あぁ、濱口さん?綾の方が美人だよ?」

「そっちじゃねぇよ!!仕事として!」

「あっ、仕事ね」

「…ありがと」

「え?」

「二度と言うもんか。それで?どう思う?」


「書類作成とフォーマット作成のスピードは一番速いし誰よりも丁寧だと思うよ。かなりコンピューター系に詳しいみたい。何故かいつも自信無さげだけど」

「やっぱり?」

「うん。僕の事なんかバカにしてもいいぐらいなのにいつまでもさん付けの敬語だし」

「…あんたはもっとプライドを持ちなさい!!」

「うん………」

話題を飛び越えて怒られた。



食事を終えた二人はゲームにログインしていた。


「今日、僕はスキル取得してていい?」

「何の?」

「言わない」

「じゃあ私は対人対戦しまくってるわ」

「うん…、ほどほどにね」


綾はエキシビションで対戦をすることにした。

マッチングされたのはグラスというプレイヤー。


「あれ?この人…」

「ん?どうかした?」

「このグラスって人、見覚え無い?」

「ランキング上位の強い人だよ。チーム戦イベントでも最後まで耐えてたでしょ」

「…あ!それだ!」

「そこまで他のプレイヤーに興味無い?」

「一番ボコボコにしたい奴がいるからね」

「…オニオンって人?」

「そう!!」

「その人、知ってるかも」

「だからお前だよ!!」

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