第23話 来ちゃった

午後八時

貴俊がゲームをしているとインターホンが鳴った。


「誰だ?こんな時間に」

モニターを見るとそこには綾が映っていた、しかも大きなカバンを持って。


「何してんの?」

「会いに来たんだけど?」

「……ちょっと待ってて」

貴俊は玄関に向かい、ドアを開けた。


「来ちゃった………」

綾は伏し目がちにモジモジしている。

「来られちゃった………」

貴俊は頭を抱えている。


「はぁ!?何それ!?」

綾は元に戻った。


「今日二人きりになった時ってやっぱりそういうこと?」

「そうよ!今度は私があんたん家に泊まるから!」

「…それは別にいいけどログインは?」

「ノーパソ持ってきた」

「明日その荷物を会社に持っていくの?」

「………あっ」

「プッ…、可愛い」

「はぁ?ちょっと!!」

「とりあえず上がって」

「………」

振り向いてから部屋に向かう貴俊の背中を綾は何回も叩いた。



部屋に入ってから綾が一通り部屋を見回すと

「あんた、ご飯は?」

と気になった。


「………ん?」

「…食べてないな?」

「た、食べたよ」

「何を?」

「……キャベツ」

「は?キャベツだけ?」

「キャベツ太郎……」

「駄菓子じゃない!!」

「ゲームやってたから」


「…ふっふっふーん、ちゃんと買い物もしてきたもんね」

綾はカバンから大きめのレジ袋を取り出した。


「…ブタメン?」

「それも駄菓子!!食材よ!はい!」

そのレジ袋を貴俊に渡した。


「……ん?」

「これで何か作りなさい」

「……ん?」

「これで何か作りなさい」

「……ん?」

「私のご飯を作りなさい!!」

綾は本音を怒鳴った。


「…何が食べたくてこれを買ってきたの?」

「任せるわ」

「じゃあ買い物も一緒に行けば良かったじゃん」

「………ライズで来たかったから」

「え?」

「サプライズで来たかったの!!」

「それで丸投げ?」

「そ、そうよ」

「…何買ってきたの?」

貴俊はレジ袋の中をゴソゴソとあさっていると綾が

「キャベツとピーマンと玉ねぎと豚肉」

と答えた。


「…野菜炒めだね」

「えー、一工夫が欲しいなぁ。ほら、あれ、あんたん家にもあるでしょ?」

綾が食べたいものは野菜炒めではないらしい、貴俊は考えた。

「……回鍋肉?」


綾は手を叩いてから指をさした。

「おっ、いいねぇ!」

「米炊いてないよ?」

「え?今から炊けばいいじゃない。私はログインの準備してるから」

「二人で作ろうよ……」

「朝御飯は私が作ったのに?」

「作ってないよね」

「食べさせてあげたのに?」

「……食べさせてもらったね」

「じゃあ用意しなさい?」

「はい…」


貴俊は米を研いでから炊飯器に水と入れて、炊飯ボタンを押した。

それから野菜を切った後に肉を焼き、一旦皿に移し野菜を炒めた。

肉を入れた後に味噌、味醂、酒を入れてざっと炒めて大皿に盛った。


ご飯も炊けているようだ。


貴俊は二人分のご飯を盛り付け、箸と小皿と共にテーブル置き綾を呼ぶ。

「出来たよ」


「え?早くない?二十分も経ってないよ?」

「いや、こんなもんでしょ。料理上手い人ならもっと早いと思うし」

「……そ、そうね!」

「………」

貴俊は少しだけ綾を見続けた。


「何よ」

「……いや、食べよう?」

「うん!」



綾は一口食べ

「…美味しい」

と驚いた顔をした。


「ありがとう」

「腹立つ」

「……何で?」

「何で料理出来るのよ」

「そこ?」

「私の料理は美味しかった?」


「………ん?」

「は?」

「食べたことないよ…」


その言葉に綾は確かにそうだと気付き、立ち上がる。

「……よぉーし!わかった!明日は私が作ろう!」

「明日!?」

「嫌なの?」

「どっちの家で?」

「当然、私ん家で」

「明日は木曜日だよ?」

「だから?」

「そろそろ一人で……」

「私と結婚したいって言ってる男が一人になりたいだと!?」


「…一人の時間無し?」

「無し」

「たまには違うゲームもやるんだけど」

「あっ、それはいいわよ。私もだし」

「ほっ…」

「隣で見てるから」

「綾もゲームやってればいいじゃん」

「何?私に隠れてやりたいゲームがあるわけ?」

「アダルト的な扱いしないで」

「あんた、DVDもゲームも無しでどうしてんの?」

「何もしてないよ」


「…もしかして私が一から教えなきゃダメ?」

「ん?あっ、そっち?綾好みに育ててよ」

「………」

「綾?」


綾は数秒黙った後

「…ふ、ふふふ」

不敵に笑い出した。


「怖いんだけど…」

「そうか!それならそれでいいわ!!そっかそっか!そういう楽しみが」

「楽しみって言ったね」

「あんた、ちょっとそっちのソファーで仰向けになってみて」

「…いや、結婚してから」

「いいから!ちゃんとするから安心して」

「う、うん…」

貴俊は仰向けになった。


「………」

「綾?」

綾はテーブルから貴俊をじっくり見ている。


「横向きになって」

「…うん」

言われるがままに綾がいる方向を向いた。


「はい、起き上がって」

「うん…」

「はい」

綾は食事を再開した。


「………今の何?」

貴俊はテーブルに戻る。


「特に意味は無いよ」

「無いの!?」

「どう思った?」

「恥ずかしかったけど?」

「それから?」

「…ごめん、ちょっと高度すぎてわからない」

「あぁ、わからなくて大丈夫。今のは確認だから」

「何の確認か聞いていい?」

「ダメ」

「…聞かないことにするよ」

「楽しみにしてなさい」



食事を終えた二人はログインしゲームを始めた。


「……ねぇ」

綾はお願いをする時の言い方をした。


「ん?何?」

「ちょっと闘わない?」

「…やだ」

「ちっ」


「色々とバレるじゃん」

「それよりも知っておきたいのよねぇ」

「何を?」

「あんたの事」

「もう知ってるでしょ」

「…へぇー、あんたは私の事今以上に知りたいと思わないんだ」

「何十年とかけて知っていった方が良くない?」

「………」

綾はニヤけていた。


「え?無視?」

「してないよ、一生かけて私を愛するんでしょ?」

「近からず遠からず」

「はぁ!?」

「いや、合ってるよ」

「二度と主導権握ろうとするなって言ったよな?」

「…うん」

「よろしい」


会話が終わった。


「あんた、お風呂は?」

「ん?普段からお湯入れてないよ」

「…え?シャワーだけ?」

「うん」

「………」

「………」


「いや、入れてこいよ」

「やっぱりその沈黙だった?」

「わかってたなら早くしなさい」

「入浴剤無いよ?」

「別にいいわよ」

「わかった」

貴俊は湯沸し器の電源を入れに風呂場に向かった。



部屋に戻ると綾はテーブルに突っ伏して眠っていた。


「…えぇー」

貴俊は静かに近付く。


「寝てるじゃん…。そうだ今のうちに」

綾は耳がピクッと動いた。

そう、綾は寝ていなかった。


「………」

貴俊は何も言わない。

「………」

綾も神経を集中させた。


「これを身に付けて…、そんでこれを」

貴俊の一人言に綾は起きた。

「抜け駆けしてんな?」


「起きてんじゃん」

「…なんで何もしてこないのよ?」

「そういう趣味は無いよ」

「キスぐらいしなさいよ!」

「嫌だ」

「キスが?」

「違うよ、キスは抱き合って真正面からしたい。あと顔隠れてたし」

「……じゃあ、はい」

綾は立ち上がり眼を瞑る。


「………」

しかし貴俊はゲームを続けていた。


「………しろよ!」

「え?今なんかしてた?」

貴俊はパソコン画面から綾に目線を移した。


「…よし!殴ろう!」

綾の言葉に貴俊は少し笑った、そしてそれに綾は気付いた。


「…なるほど、そういう事か」

「え?」

「今、私が行ったら抱きしめてキスしようとしたな?」

「してほしくないの?悲しいな」

「…す、するなとは言ってないわよ!!」


「じゃあ眼を瞑って?」

「ん?…わかったわよ」

「………」

「………」

「………」

「………しろよ!!っ!……ぅんん、はぁっ…ん」



数十秒後、貴俊は頭を両手で押さえながらソファーに座っていた。

「今まで経験したことないぐらい痛い……」

「私も今まで使ったことの無いぐらい強い力を使ったわ」

「今みたいの嫌い?」

「嫌いじゃないけどムカつく」

「キスしたかっただけなのに」

「なら普通に来なさいよ!」

「普通って?こういうこと?」

貴俊は綾の顎をクイッと上げた、そしてビンタされた。


「それをやっていい人種はいるけど、あんたはそれに入ってない」


左ほほを擦る貴俊。

「…割とイケメンだけど?」


「自分で言う!?」

「いや、綾も好きって言ってくれた顔だよ?」

「その性格は直しなさい」

「…気を付ける」


風呂場から湯沸し器のお湯張り完了の音が聞こえてきた。


「はい、お風呂行くよ」

「一緒に?」

「当たり前でしょ」

「…言っていい?」

「やだって?」

「いや、そうじゃなくて。お預けしてほしいな」

「お預け?」

「うん、昨日もだけど今日も見たら見慣れそう」

「……なるほど、それはまずいわね」

「うん、だから」

「一人で行くのね?」

「いい?」

「……うーん、一理あるからなぁ。じゃあ今日はそうしましょう」

「じゃあ先にどうぞ」

「はい、行ってくるね」


綾はカバンから下着と部屋着とタオルを取り出した。


「完全に泊まる気で用意してきたんだね」

「明日の出社分の着替えもあるわよ」

「僕がいなかったらどうしてたの?」

「……部屋に?」

「うん」

「いるでしょ、あんたみたいなもんは」

「なんで急に暴言吐くの?」

「仕事中はいつもじゃない」

「あっ、そっか」


綾は風呂に向かった。


「さて、今のうちに」

貴俊はイベントの為の準備を始めた。

これが狙いだった。


「新しいスキルを組み込んでくるだろうから、防御スキルをもうひとつ入れておこう」

貴俊は前回、綾を倒せたスキルと詠唱時間が短い魔法スキル、防御スキル二つを身に付けた。


「あとは通常攻撃でイラつかせるやり方でいこう」

エキシビションマッチを繰り返し、挙動の確認を綾が風呂からあがってくるまでひたすら繰り返した。



「…抜け駆けしてんな?」

風呂から戻ってきた綾は開口一番問い詰めようとした。


「エキシビションで遊んでただけだよ」

ウソではない言い訳をした。


「…ふーん、あんたそれエキシビションとかもやってんだ」

タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながら画面を見る。


「え?やらないの?」

「やらない、報酬無いし」

「やった方がいいと思うけど」

「何で?」

「練習になるじゃん」

「あっ、そっか」

「…もしかして今、余計なことを言ってしまった?」

「はい、あんたもお風呂入ってきなさい」

「…エキシビションは意味無いからやらない方がいいよ?」

「もう遅いわ」

「だよね」

貴俊はパソコンをロックし、席を立つ。


「何してんの?」

「え?」

「パスワードは?」

「いや、教えないけど」

「へぇー、隠し事するんだ」

「…いや、隠し事にはならないと思う」

「ちっ」



貴俊が風呂に行くと綾はすぐにロックを解除しようとした。


「…えーっと」

入力しようとするが手掛かりが無い。

辺りを見回す。


「…本当に殺風景」

ヒントになりそうな物は見つからなかった。


「誕生日?」

しかし手が止まる。

「誕生日知らない………」


別の方向から考えるべきことが出来てしまった。


「私、あいつの何を知ってたっけ?」

考えるも特にこれといった事がわからなかった。



「誕生日、好きな食べ物、好きな音楽、好きな色。…何も知らないわ」

綾は少し反省した。

突っ走りすぎていた。


「あいつは私の何を知ってるのかしら…」

綾が呟く。


「六月十八日生まれ、血液型はB型」

突然後ろから話しかけられて驚き、後ろを見た。

「早くない!?」


「シャワーだけだもん」

「ちゃんと洗った?」

「洗ってるよ」

「…で?他に私の何を知ってるの?」

「性格は狂暴」

「あぁ!?何だと!」

「…合ってるじゃん」


「ねぇ、私あんたの事全然知らない」

「うん」

「好きな人は?」

「綾」

「好きな女性のタイプは?」

「職場の上司みたいな人」

「今、付き合ってる人は?」

「目の前にいる人」

「なんだ、全部知ってたわ」


「それじゃ一生パスワード解けないと思うよ?」

「パスワードは?」

「僕のフルネームをひらがなで数字に変換してから隣り合った二つの数字を足して、更に場所を入れ替えた数字七個」

「めんどくせぇ、フルネームを数字に変換ってなに?」

「さぁ?」

「教えてくれるまでキスしないけど?」

「綾が我慢できるならいいよ」

「……腹立つ!!」


「確認だけど金曜日は会わないよね?」

「ん?そりゃね」

「良かった」

「どういう意味?」

「隣り合って闘ってたら意味わからないなぁって」


綾は少し考えた。

「……いや、でも私が勝ったらプロポーズをその場でさせられるな」


「そこはちゃんとさせてよ」

「する気はあるんだ」

「もちろん僕が勝ったらするよ?」

「私が勝ったら強制的に結婚だから婚姻届を貰ってこよう」


「…早いって」

「何が?」

「ご両親に挨拶してない」

「あっ、私もしてないわ」

「お父さん、どういう人?」

「え?ビビってんの?」

「そりゃあ、ね」

「大丈夫よ。ちょくちょくいつ結婚すんだとか彼氏は出来ないのかとか言ってくるから、多分大歓迎よ」

「僕が挨拶行ったらどうやって騙したんだ?とか言うかな?」


「アハハ」

綾は無表情のまま貴俊の胸ぐらを掴んだ。


「ごめん、調子に乗った」

「あんたは私を愛していればいいのよ」

「愛してるよ」

「言葉だけ?」

「キスしていいの?」

「いいわよ」

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