第22話 出社

「あーっはっはっはっはっは!!」

綾は大笑いしている。


結局、自分が持っているスウェットの一着を貴俊に貸してあげた。

が、あまりにもサイズが合わず貴俊は何とも情けない姿になっていた。


「綾、怒るよ?」

「…ご、ごめん。…ぷっ、ははっ、ははははは!」

怒ろうとする貴俊もそれはそれで面白かった。



数分後


「…はぁー、飽きた」

綾の目は少し眠そうだ。


「早いね!!」

ビックリした貴俊は思わず大きな声を出した。


「なんかそれが普通に思っちゃった」

「…本当に飽きたんだね」

「さっ、あんたはログインしなさい」

「うん……」

貴俊は言われた通りにログインするために引き継ぎに必要な情報を入力した。


「…出来たよ」

「はい、じゃあ今日はどうする?」

「僕は前みたいにソファーで寝るよ」

「当たり前だろ!って何を寝ようとしてんの?デイリーミッションとか言ってなかったっけ!?」

「なんか疲れた…」


「そんな事言ってる間に私は新しいスキルを身に付けたけどね」

「さっきの抜け駆けした時に?どんな?」

「言わない」

「近距離攻撃の隙が少ないやつかな。クールタイムも短い」


「……ちょっと待った。何でわかった?」

綾は少し身を引きながら睨んでいる。


「綾に足りないのはそういうスキルでしょ?僕のライバルで好きな人ならそう考えるだろうなって」

「なんか私の事をよく知ってるようで腹が立つわ」

「あっ、そっち側に感じた?」

「私の事をわかってくれて嬉しい!!とでも言うと思った?」

作った笑顔の後に本気で恐い顔をした。


「……思った」


「心の中では思ってるわ」

綾はボソッと呟いた。


「…ん?何て言ったの?いつか殺すって言った?」

「言ってないわ!」

「なら良かった」


「ねぇ、あんたって私を何だと思ってんの?」

「僕の素敵な皆に自慢したい恋人」


「……本当は?」

「未来の奥さん」

「それから?」

「……鬼嫁」


「あぁ!?なんだと!?」

「今、言わせに来てたじゃん……」

「本当に言うとは思わなかったけど!?」

「鬼の前に美って付くよ?」

「美鬼嫁?」

「うん」

「……喜ぶとでも?」

綾は静かに貴俊の胸ぐらを掴んだ。


「美熟…」

「それ以上言ったら殴る」

「美魔…」

「それも一緒だろ」


「そろそろ寝る?」

「まだ寝ない、やってないミッションあるし」

「…どっちの?」

「ゲームの!!あんたもでしょ!!」

「はい……」



二人は日課とも呼ぶべき事を一通りこなし、一段落ついた。


「綾、一つ聞いていい?」

「……ん?」

「うん、今もだけど何でヘッドセット着けてるの?反応遅れてるじゃん」

「……あっ、そっか。…じゃなくて慣れるためよ」

「あっ、そっか。って言っちゃったじゃん。可愛い」

「はぁ!?私を天然扱いするなよ」

「え?……もしかして」

「顔も体も天然だわ!!」


「…何で分かったの?」

「あんたの私への弄りの傾向はもう分かってるわ」

「なのに、言っちゃうのは」

「…そろそろ寝るわよ!」

「弄られたいの?」

「そうだって言ったらあんたは今日私を抱く?」

「…結婚してから」

「ふん!!」


綾は寝室へ向かう。


「………おやすみなさい」

「おやすみ!」




水曜日

早朝五時


「いつまで寝てるのかしら?」

「……んー」

「起きろ!!」

綾はソファーで寝てる貴俊の額を叩いた。


「…んー、今何時?って五時じゃん!」

「そうよ、今日は午前中にミーティングあるから私は早く出社して資料の確認をするのよ」

「僕は関係な…」

「なんで家主よりも遅く家にいようとしてるのかしら?」

覗き込むように見てる綾は鋭い目をした。


「…僕も一緒に行くの?」

「昨日、満員電車で私を抱きしめながら守るって言わなかったっけ?」

「……言いました」

「いいから起きなさい!朝ごはん出来てるから」

「え!?」

「私はもっと早くに起きてるのよ?」

「ありがとう」

「どういたしまして!」

そう言いながら貴俊の頬を掴み、おちょぼ口にした。


「ありがとうって言ったからにはしばらく好きにしていいわよね?」

綾はとても悪そうな笑顔を見せている。


朝ごはんを食べさせてもらう貴俊に抵抗する選択肢は無かった。

「…ふぁい」

「ウソよ、時間無いからさっさと食べるわよ」

顔から手を離した綾はテーブルに向かおうとする。


「え?あっ、うん……」

そんな貴俊の返答に綾はにやける。


「……して欲しいなら言いなさい?」

「キスして?」

「…もう!仕方ないなぁ」



午前七時


「綾、もう特に早いというわけではないんじゃ?」

「は、早いわよ!」

「もしかして…」

「違うわよ!!」

「まだ何も言ってない…」

単純にイチャイチャしたいが為に綾は早起きして貴俊を叩き起こしていた。


テーブルに着いた二人。


「朝ごはん出来てるって。素の食パン……」

座りながら話す貴俊に

「文句あるの?」

綾も座りながら問いかける。


「…いや」

「朝ごはんにはパンを食べればいいじゃない!」

「何そのノーマル・アントワネット」

「……ん?」

「ごめん、聞かなかったことにして」

「….あぁ、マリー・アントワネットとかけたのね。それを細かく分析していくと」

「しなくていいよ!?」

「あんた、そういう感じの事を言う男なのね。あと今のくだりマリー・アントワネットが言った事じゃないわよ?」

「え?そうなの?」

「そうよ」

「ごめんなさい」

貴俊は上を向いてから下を向いて眼を瞑った。


「何?」

「なんか恥ずかしい」

「リアルで私の欲求を満たしなさいよ」

「約二時間、キスしてたけど?」

「それで満たされるとでも?」


「パン、美味しいよ」

貴俊は話を変えようとした。


「…何も付けてないのに?」

「何も無いの?」

「あるよ、バターとジャム」

「あるの!?」

「そりゃあるよ、私はマーマレードを付けて食べる」


「…そういやなんでずっと食べないんだろう?って不思議だった」

「なんでそのまま食べてるんだろう?そういう人なのかな?って思ってた。前もそうだったし」


「言ってよ…」

「聞きなさいよ」

「文句あるの?って言われたから」

「…そういえば言ったわね」


「うーん…」

「何?文句あるの?」

「…あるかなぁ」


「ならツナ缶あるから出してあげようと思ったけどあげない」

「待って!欲しい!!」

「文句あるんでしょ?」

「泣いちゃうよ?」

「………わかったわよ」

綾はキッチン横の棚からツナ缶を取り出し、貴俊に投げようとした。


「危ないって!」

少し身を引いて顔の前で両手を構えた。


「え?ビビりすぎじゃない?」

口元に手をあてた綾。


「ぜ!全然ビビってないし!」

「そう?じゃあ絶対取りなさいよ!!」

綾はツナ缶を振りかぶった。


「だから危ないって!!」

「………ねぇ、今言っちゃった方が後で楽になるよ?」

「…取れる自信無いし怪我するかもしれないからそういうのはやめてもらえると助かります」

「…よろしい。では」

綾は貴俊の近くまで歩きツナ缶を渡した。


「ありがと…ぅぶふ!!」

「敬語…」

貴俊は綾からボディーブローを受けた。

そして綾は静かに席に座った。



朝ご飯を食べ終わった二人は出社準備をしようとした。


「あ!そうそう!あんた昨日脱いだスーツとかシャツとかそのままにしてたでしょ!」

「…あっ!そういえばそうだ!!」

貴俊は急いで脱衣所に向かおうとするが

「ちょい待ち!!ちゃんと干してあるから」

「…え?ほんとに?」

「ちょっと待ってて」

綾は自分の寝室に向かい、数秒後に戻ってきた。


「ほら!」

スーツ一式を貴俊に渡した。


「ありがとう!」

「……足りないなぁ」

「え?」

「寝た後にあれ?もしかしてって私が気付いてわざわざ起きて脱衣所に向かって回収して部屋に戻ってハンガーにかけてからシュッシュして……」

綾は指折り数えながら話し始めた。


「ありがとう!本当にありがとう!」

長くなりそうな上に要求が大きくなりそうなので、貴俊は綾の話を遮った。


「からの?」

「愛してるよ」

貴俊は綾を強く抱きしめた。


「…そ、それから?」

綾は更に求めた。


「ん?……っ」

「んんぅ…」



午前八時前


「ほら!急ぎなさい!間に合わないわよ!!」

「いや、もう着替え終わってるけど……」

貴俊は着替え終わっており、綾のメイク待ちだった。


「寝癖は!?」

「大丈夫」

「トイレは!?」

「大丈夫」

「何でよ!!」

綾は焦りすぎて言ってることがおかしくなっていた。


「僕の事は気にせずメイクしていいよ」

「今、遅れてる事を何かしらあんたのせいにしたいのよ!!」

「自分のせいで遅れてるって思ってるんだね、可愛い」


「…今日、ミスしたら覚えてろよ?」

「ミ、ミスしないように全力で頑張るよ」

「普段からそうしなさい!!」

「はい…」



二人は無事に遅刻せずに出社出来た。

電車に乗ってる間、綾はずっと貴俊に抱きしめられていたので一日中そこそこ機嫌が良かった。




午後六時前


貴俊は珍しく一つのミスも無く、定時よりも少し前に全ての仕事が終わっていた。

チラチラと綾を見ていると隣の社員が話しかけてきた。

「…どうした?定時で帰れるなら帰った方がいいぞ?」

「はい、そうなんですけど……。なんか帰ってもいいのかわからなくて」

「……お前、怒られ慣れすぎてるんだよ」


「聞こえてるわよー!」

綾は全てを聞いていた。


「野間!あんた、今日は帰っていいわよ。それともミス無く仕事出来た事を褒めてほしいのかしら?」

「…い!いえ!それではお先に失礼します!」

と挨拶すると

「おつかれ!」

「お疲れ様」

「ほーい、おつかれー」

と周りから返されたので貴俊は数回頭を下げながら帰った。



会社を出てすぐに帰宅しようと駅に向かう途中、スマホにメールが届いた。


綾からのメールだった、内容は一文。


『褒めてほしくないんだ、へー。』


貴俊は焦った。

怒っているのかもしれないと。


『あの場はダメでしょ、二人きりの時に』

と返すと

『じゃあ今日二人きりになった時に褒めてあげる』

と返事が来た。


貴俊は意味がわからなかった、何も約束していなかったから。


『今日?どういうこと?』

と返すが返事は無い。


貴俊はそのまま自宅へと帰った。

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