第15話 ズルいわね

翌朝


綾は目を開けるとベッドからムクッと起き上がった。


「あいつ、本当に何もしてこなかった…。一生懸命寝なかったのに」

目を瞑っていただけでいつ貴俊が来ても襲い返せるように寝ないでいた。

そんなこんなで朝六時、綾は当然寝不足だった。


「ソファーで寝るとか言ってたけど、どうしてるのかしら?」

綾は少しふらつきながらダイニングキッチンに向かった。


そこにはソファーでイビキをかきながら寝てる貴俊がいた。


そんな貴俊の姿に綾は心底腹が立ったので、何か痛め付けられる物がないかと部屋を探した。



その物音に気付いたのか貴俊は目を覚まし、音のする方を眠い目で見ると綾が折り畳んだベルトの両端を持ち、パチンパチン鳴らしている姿を見た。


「……え?殺されるの?」

「あ!…ちっ、起きやがった」

「…寝てる間に襲われるかもって思ってたけど、殺されそうになるとは思ってなかった」

「そんなつもりあるわけないでしょ!ちょっとこれで強く叩くつもりだっただけよ!」

「それもそれで……」

「こっちはあんたがいつ来るかずっと起きてたのに、グッスリ寝てやがって!」


「綾!」

貴俊は強い目で綾を見つめた。


「ん、ん?何?……ごめん」

その目から貴俊の本気の想いを感じ、また暴走してしまったと反省した。


それを見た貴俊はこれを言うしかないと思った。

「綾、…キスして」


「…もう、しょうがないなぁ!」

綾は素早く貴俊に抱きついた。




パンが並んだテーブルに座った二人

「まさか、一時間もキスされるとは思わなかった」

「うっさい!途中からあんたからも来たでしょ!!」

「綾の唇が柔らかすぎて、それ以上に行くところだった」

「だからこっちは来てもいいんだって!!」

「そこはちゃんとする」


「はぁ…、わかったわよ。じゃあ今日は塔に一緒に行ってから言ってよ」

「…聞いていい?」

「何?」

「指輪は無いんだけど…」

「うん、それはわかってる」

「それでも何かは渡しつつ言いたい」

「うん、それで?」

「一万円分のポサカードでもいい?」

「あ?ナメてんのか?」

職場でも見せたことのない怖い目をした。


「ご!ごめん、やっぱダメだよね」

「給料三ヶ月分のポサカードならいいよ」

「…ごめん、あれローン無理だから」

「貯金は?」

「将来のために」


「じゃあとりあえずはそれでいいわよ、給料三ヶ月分の指輪の納期は今年中ね」

「え?」

「あっ、間違えた」

「ほっ…」


「クリスマスイブが納期ね」

「一週間短くなった!」

「言っとくけど婚約指輪と結婚指輪、それぞれ三ヶ月分よ?」

「ちょっと!?……一旦その三ヶ月分の定義をネットで検索しよ?」

「ん?何が?」

「いや、わかるから」

「ったく!何よ?………ほーん」

綾はスマホで検索する。

とある歌手が発表した楽曲にそんな歌詞があったことを読んだ。


「わかってくれた?」

「うん、わかった。婚約指輪と結婚指輪、それぞれ三ヶ月分ね?」

「どこの何を見たの!?」


「…あんたの愛ってそんなもんなんだ。私、なんか悲しいな……」


「提案があります」

あえて敬語を使った。


「はい、野間君、発言を許可します」

「二ヶ月分は体で払うというのはいかがでしょう?」

「…死んじゃうよ?」

「そこまで!?」

「だって合計四ヶ月分を結婚初夜一晩ででしょ?」

「あ、認識の違い」

「ん?」

「肉体労働ってこと」

「それはあんたがやって当たり前だから取引材料にはならない」

「じゃあどうすればいい?」

綾は斜め上を向いて考えた。


そして真っ直ぐと貴俊を見つめて

「………一生、私を愛しますか!?」

「…はい!愛します!」

「浮気しないと誓いますか!?」

「誓います!!」

「お小遣い一万円でいいですか!?」

「はい…、いいえ!!」

「どっちだよ!!」

「二万円ください!!」

「よろしい!!取引成立!!」


「あっ、しまった…」


「フッフッフーン」

綾は満足気だ。



「一つ心配な事言っていい?」

「なに?」

「結婚するとき発表する?」

「したくないの?」

「したいけど、そこで一つ心配事が…」

「だから何なのよ」


「あの、ね、そのー。周りには一種のプレイだと思われるんじゃないかと…… 」

「……なるほど、普段は私に怒られていながら夜は私を思うがままにしてるんじゃないか。とか?」

「…近からず遠からず」


「え?じゃあなに?」

「いつから付き合ってたとか言う?それによっては綾の立場がまずいかもって」

「何で?」

「彼氏にパワハラして性欲を満たしていたって思われるんじゃ?」

「あぁ!?……いや、一理あるわね」

「でしょ?」


「でも、逆に良いんじゃない?」

「…何が?」

「ほら、私って人事評価もする立場じゃない?」

「うん」

「だけど彼氏をけちょんけちょんにしてたって事は公私混同してなかったって事にならない?」

「まっ、まぁ…」

「…大丈夫よ、大丈夫」

そう言いながらバターを塗ったパンを頬張った綾。


「大丈夫かな…」

貴俊もパンをそのまま食べた。


「あ!そういえばあんた、昨日結局シャワー浴びなかったでしょ!」

「うん」

「うんじゃないわよ!それ食べたら浴びなさい!」

「何で?」

「洗ってない体でプロポーズするつもりか?」


「覗かない?」

「覗かない!」

「襲わない?」

「襲わな…、私を性欲の権化みたいな扱いしてんな!?」

綾はテーブルを叩いた。


「……してないよ?」

「本当にそうなってやろうか?」

「今すぐにシャワー浴びてきます!」

貴俊は風呂場に向かっていった。


「あ!ちょっと!……ったくタオルとかそういうのどうするわけ?」

綾は寝室に向かい、使おうと買っておいた新品のタオルを取り出した。


すでにシャワーの音がしている風呂場の脱衣所に入った綾は

「あんた、タオルここに置いておくからね!」

「………」

貴俊は何も答えなかった。

イラッとした綾は風呂場の扉を開けた。


「タオル置いておくって聞こえないの!?」

「え!?あっ!!」

そこには頭が泡まみれの貴俊がおり、目が開かない状態だった。


「何回プッシュした?」

「…6回ぐらい」

「あんたならその半分でしょ…。あとシャワー出しっぱなしにするな!」

「ご、ごめん!」

貴俊はシャワーを止めようとしたが見えないため、上手く止められない。


「あぁ、もう!ちょっと待ってなさい!」

綾は服を脱ぎ風呂場に入る。

出しっぱなしになっていたシャワーを止めた。


「はい!じゃあ私が洗ってあげるから!!」

「え?いや、大丈夫だって」

「私が大丈夫じゃないって思ってるの!…っていうか、あんた自信あんの?」

「…ん?何の?」

「ずーっと隠してないけど」

「……あ!!」

貴俊は咄嗟に両手で隠す。


「もう無理よ。あんたの通常時を記憶したから」

「…忘れて?」

「スマホ持ってくれば良かったかな?」

「写真を撮って脅すつもり?」

「比較するつもり」

「ごめん、やめて?」

「いいからジッとしていなさい」

綾は貴俊の頭を強引に洗った。


「あ、綾?痛い…」

「聞こえないし聞かない」

そう言った後にシャワーからお湯を出し、貴俊の髪を洗い流した。


「……はい!完了!次は体ね!」

「か、体はちゃんと洗えるから!」

「信用してない」

「……泣いていい?」


「私の裸見ることが出来るから嬉しくて泣くの?」

「…え!?ちょ!裸なの!?」

「そうよ!早く目を開けなさい!!」

「…開けない」

「なら私が好き勝手するけど?」


「綾、僕は本気で言ってる」

貴俊が急に低い声で話したので綾はキュンとしたあとにドキドキした。


「…わ、わかったわよ」

「ありがとう」

「その代わり、上がってきたらキスしなさい?」

「…今、キスして?」

「どっちなのよ、あんた!!」

綾は貴俊の背中をバシンと叩き、風呂場を出た。


手で押さえたくても押さえられない箇所を叩かれた貴俊は数秒どうしたらいいのかわからなかった。



服を着た綾は

「あっ、スマホスマホ!」

すぐに部屋に戻っていった。


「…え?撮るつもり!?」

貴俊は聞いたが返答はなかった。


「早く上がろう…」

今まで経験が無いくらいに早く体を洗った。



貴俊が風呂から上がると目を瞑ったまま立っている綾がいた。

先程の約束は覚えていたがあえて右手の人差し指で綾の唇に触れ、そのままダイニングキッチンに向かおうとした。


「…おい!」

「ん?」

「何してんの?」

「キス」

「してないでしょうが!」

「バレた?」

「当たり前でしょ!…っ!んんぅ、ふぅ、んぅ……」

突然の貴俊からのキスに綾は全身の力が抜け、それを受け入れる事しか出来なかった。

抱きしめられる力も強く、自然と身を預ける形になった。



唇が離れた後で綾は貴俊にボディーブローを叩き込んだ。

「ぐはぁ!」

「あんた、結構ズルいわね」

「な…、何故、今?」

片膝をついて腹を両手で押さえている。


「一発アウト」

「…今みたいのダメ?」

「嬉しいけど、ムカつく」

「理不尽…」

「言っとくけどこんなことで理不尽を感じてたら私の夫なんか務まらないわよ?」

「…善処します」

「敬語!!」

「…頑張る」

「よし!じゃあもう一度私を抱きしめてからキスをしなさい!…今度は優しくね?」



午前十時

「…ねぇ、もう塔に行かない?」

貴俊はそろそろ行きたかった。


「まだ、もっとキスしてから」

「…いや、もう」

「誰が悪いの?」

「…僕?」


「そうよ、今日も休みなんだから本当だったら朝から何回もしてたのに…」

綾はむくれた。


「…ごめん」

「結婚したあとにって言ってるんだから、そりゃ結婚したあとはスゴいのよね?」

「…今日はいい天気だね。全然曇ってない」

貴俊は窓を見ている。


「そろそろそのはぐらかすやり方はイラッとくるわね」

「…もう、それはスゴいよ」

「自分でそう言ってくるのも引くわね」

「僕をどうしたいの?」

「え!?言っていいの?」

綾は満面の笑みを浮かべた。


「ごめん!言わないで!怖い…」

「今、少しだけやってやろうか!?」

「キスならいいよ」

「じゃあ、あと一時間ね」

「ん…」


二十分後

「っていうかあんたの方が辛くないの?」

馬乗りになっている綾が上体を起こし、話し始めた。

「辛いよ?」

「なら、何で?」

「本気だから」

「キスだけで我慢?」

「うん」

「……ふーん、私も我慢してんだから何か労いなさいよ」

「ありがとう」

「それなんかムカつくから別の言葉で」

「愛してるよ」

「…私も!」

綾は貴俊に抱きついた。



二人は出かける準備をしていた。

「っていうかあんた!!昨日と同じ服と下着で行くつもり!?」

「いや、だから…」

「口答え?」

「ううん、違う」


「…私は夜の方がいいかなぁ」

「じゃあ一旦帰るよ」

「じゃあ私も行く!」

「何で!?」

「引っ越しの段ボール箱が何箱必要かを見るため」

「…ここに住むの?」

「違うよ?もっと広い部屋借りる」


「…いや、引っ越しなら僕で判断出来るけど」

「私が行きたいって言ってるんだ、け、ど?」

貴俊の左肩を人差し指で三回突いた。


「…一旦帰るけど一緒に来る?」

「行く!!」

綾は出掛ける準備を始めた。


「…なんか少し胃が痛いかも」

貴俊は腹部を数回さすった。

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