第14話 勝手じゃない?

綾の自宅


扉を開けた綾が先に玄関に入った。


「はい、入って!」

「……あっ、うん」

「ん?どうしたの?」

「いや、女性の家って初めて来たから…」

貴俊は一歩だけ玄関に入り、キョロキョロと辺りを見ている。


「ただの一度も?」

「うん」

「学生の時に友達で集まってみたいなのは?」

「女友達もいなかった…」

「……本当にごめんなさい」

綾は深く頭を下げた。


「一番傷付く謝り方!」

「いいからちゃんと入って扉閉める!あと色々見すぎ!」

「お邪魔します…」


綾の家は1DKで生活空間と寝室で分けていた。

「…広いね」

「そぉ?最近引っ越そうかなって思ってるのよね」

「何で?」

「もう一部屋欲しい」

「物置部屋みたいな感じ?」

「そう、……昨日まではそう思ってたんだけど」

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

「そ、そう」

「あんたの性格からすると断るだろうからね」

綾は何かを言いたげに貴俊の目を見るが、それで何を言おうとしてるかは容易に察することが出来た。


「……一緒に住むのは結婚してから」

「ほら!やっぱり!」

「でもそういう僕が?」

「…好き。って言わせるな!」

「ハハハ」


「あんた、やっぱそっち側だわ。女たらし。女性経験無いくせに」

「嫌いになった?」

「んーん、毎日言ってあげる。女たらしのクズ野郎」

「ありがとう……、いや!ありがとうじゃない!!」

「好きよって言ってあげるって話なのに…、ありがとうじゃないんだ……」

「あっ、そっち?勘違いしてたよ」


「じゃあ土下座して?」

「そこまでではないと自負してるから」

「…ちっ、そのまま全裸にしようと思ったのに」

「とんでもないこと考えてたね!?」


綾は少し不満だった。

「……おい」

「え?」

「私には言わないのか?」

「好きだよ」


「他には?」

「他には!?」

「毎日私のどこが好きか言え」

「…目が好き」

「小分けにして言う作戦だな?」


「はい、質問」

「はい、なに?」

「かぶってもいいの?」

「毎月だったらいいよ、でもローテーションにしてるな?って気付いたら…」

握り拳を作り、腹を殴る素振りを見せた。


「ちゃんとメモっとくから…」

「業務みたいにしても…」

再度、腹を殴る素振りを見せた。


「…きつくない?」

「私を愛するということはそういうことよ」

「精進しま、る」

貴俊は敬語を使いそうになり、咄嗟に言い方を変えた。


「…それは三回で一ボディーブローね」

「ボディーブローって単位だったの!?」

「いいから買ってきた物をテーブルに並べなさい、温めるものはレンジ!」

「綾は?」

「着替えてくる」


「…え?」

「ん?興奮した?」

「いや、しないけど」

「しろよ!!」

「…えぇー」

「覗いてみようかな?とか思えよ!」

「それはやっちゃダメでしょ」

「あんた、本当に真面目ね。でもそう言いながら?」

「煮物は温める派?冷たいまま派?」

「温める派!もういい!!」

綾は寝室に入っていった。


「いや、そりゃ色々とそういうことは想像しちゃうけどさ。それはダメでしょ…。そういうところちゃんとしてなかったらどこでちゃんと出来るのかって話だから」

貴俊は無意識に独り言を発していた。


「何、あんた?仕事が出来ないからエッチな方はちゃんとしようとしてるの?」

「え!?……聞こえてた?」

貴俊は綾の言葉にドキッとした、自分でもそこまで大きな独り言だとは思っていなかった。


「はぁ…、そりゃね」

「そういう僕はどう?」

「……私が襲った時は受け入れるって言うなら許す」

「全てを受け入れます」

「はい、敬語一回ね。三回で引きちぎろうと試みるから」

「何を!?」

「………」

綾は答えなかった。


「そ、それを引きちぎると綾も困るんじゃない?」

「別にあんたの髪の毛が無くても困らないわよ」

「あっ、髪の毛?」

「何だと思ってたの?」

「……」


貴俊が答えられずにいるとグレーのスウェット上下の綾が寝室から出てきた。

「…何だと思ってたのよ?」

綾はニヤニヤしている。


「…耳」

「それは困るわね…。っておい!」

「ちょっと待って、綾は僕がハゲてもいいの?」

「頭髪であんたを好きになったわけじゃないからいいわよ」

「……ほんとかな」

「なに?信じられないの?」

「いざとなったら捨てない?」

「捨てないわよ」

「じゃあ安心」

「…安心するのはマンネリの始まりだからいつでも捨てる準備はしておきましょう」

「………ひどい」

貴俊は泣きそうな顔をした。


「っていうかそれより!」

そのまま綾は貴俊の後ろに回り、首もとに腕を巻きつけるように抱きついた。


「ちゃんと準備は出来たの?」

「今温めてるよ」

「そっ、じゃあこっちは?」

そう言いながら綾は右手を貴俊の体の下の方に這わせようとした。


その手を貴俊が掴み

「綾、今はそういうのはやめてほしい」

と強い目をしていた。


その強い目に綾はゾクッとそれでいてキュンッとなった。

「…う、受け入れるんじゃなかったの?」

「それは結婚したあと」

「言ったわね?」

「い、言った」

「……わかったわよ」

「ありがとう」


「…でも私、今ノーブラよ?」

貴俊の背中に胸を押し付けていた事に興奮してるだろうと考えた。


「寝るとき着けない派?」

「着けない派、ふふっ…」

「たれ…、あっ、レンジが止まった」

「おい!今何を言おうとした!?」


レンジから温めていた惣菜を取り出しながら

「綾、僕は本気だから」

とだけ言い、テーブルに並べた。


隣に移動した綾は確認したいことがあった。

「…結婚するまで一度もしないつもり?」

「スピード結婚すればいいじゃん」

「えっ?明後日?」


綾の言葉に貴俊は疑問しか無かった。

「……その計算はどこから?」

「明日プロポーズの明後日に婚姻届」

「結婚式は?」

「今は婚姻届出してから結婚式って感じじゃない?」


「…あぁ、そういえばそうか」

「明日、あんたの実家行くわ」

「ごめん、スピード結婚って言ったけど現実的に無理だよ。出来ても来月」

「…わかってるわよ」

綾は下を向いた。


貴俊は少し考え

「綾、こっち向いて?」

「…ん?……っ!」

貴俊は綾を抱きしめてキスをした。


一瞬何が起きたのかわからなかった綾だが、唇に柔らかい物が触れている、頭の中で何かが落ちていく感覚があり自然と目を瞑った。


数秒後、綾は貴俊を引き離した。


「な、何よ!?こういうのはちゃんとするんじゃないの?」

「僕も綾と色々したいんだよ。でも僕が綾との将来を本気で考えてるって事をわかってほしくて」

「なら、なんで!」

「キスは愛情表現だと思うから、それに今の綾を見たらキスしたくなった」

「随分と勝手ね?」

「ごめん」

「…じゃあ、もう一度キスしたら許してあげる」

「うん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る