第17話 騎士の決闘

 ああ、忙しい、忙しい・・・。


 ん?

 ああ、アンタが頼んでいたか?


 いや、よく来てくれた。助かったよ!


 いやね、話は聞いてると思うけど私の御主人・・・ここの屋敷の旦那様なんだが、今度決闘する事になってね。

 まったく、何考えてんだかツマラン理由なんだが・・・いや、そんなことはどうでもいい。とにかく、私ら従者としちゃあ決闘の準備をしなきゃいけないんだ。


 まず、このリストにある物を用意しなきゃいけないんでね、それを手伝うのがアンタの仕事さ。


 え?このリスト?


 ああ、ここの先代の騎士様の遺した備忘録だよ。

 決闘なんて何十年ぶりのことだからね。ウチの旦那様なんざ御自身で決闘すんのは多分初めてなんじゃないかな?

 昨日はあわてて鎧を引っ張り出してね、大きさが合わないって、今日から鎧に合うようにあの太鼓腹を引っ込めようってダイエット始めたところさ。鎧の方を直す金なんてウチにゃあないからね。


 ああ、まったく困ったお人だよ。


 あっ!おいおい、こんな無駄話をしてる暇はないんだ。アンタにゃ報酬が出てんだからちゃんと働いてもらうよ?

 一応、こっちの倉庫に入ってるはずなんだけどね。


 ええっと・・・字がかすんでてよく見えないなぁ・・・まずは、テントだ!

 そう、決闘場にテントを張らなきゃいけない!

 多分そこの棚の下にある・・・そうそれだ!

 この間、狩りに行くときにお使いになったから間違いないよ。


 次に、椅子・・・そこに折り畳みのが無いかな?

 無きゃ御屋敷の食堂のを持って行かなきゃ・・・ある?

 そう、じゃあ、出してくれ・・・そうだな、いくつある?

 6つ?・・・じゃあ全部出してくれ。


 次はと・・・タライ?

 うーん、決闘の後で身体を拭いたり鎧を洗ったりする奴かな?


 ええっと・・・パン5塊にワインが1瓶、料理と飲み物を置くための板と架台が1組・・・テーブルクロスに・・・肉きりナイフは台所から持って行こう・・・あと飲み物を飲むカップと飲み物を作るグラス・・・この辺はこの間の狩りに入った時にも使ってるからある筈だな・・・


 え?

 物見遊山みたいだって?

 そりゃまあ、決闘が始まる前に気分を落ち着かせたりしなきゃいけないんじゃないの?・・・知らんけど。


 いや、前回の決闘は旦那様がまだお小さい時に先代様がやられただけで、私はまだお仕えしてなかったからねぇ。

 実は私も何も知らないんだよ。だからこのリストを参考に用意してるのさ。


 ああ、ここらは戦も無いし、決闘だって云十年ぶりのことで、旦那様の仕事っていったら領地の経営と狩りと社交だけだもの。

 領地の経営なんて家令様に預けて、御自身じゃ狩りと社交だけをしていなさるんだ。御本人だって何も御存知ないだろうよ?


 え?

 まあ、そりゃ一応騎士様なんだから若いころは他の騎士様の下について色々御修行をなさっただろうけどね。それも私がこちらにお仕えするようになる前の話さ。


 ・・・ああ!また無駄話をしてしまった。

 変な事で話しかけないでくれ、アンタは手伝いに来たのであって邪魔しに来たわけでも遊びに来たわけでもないんだぞ?


 ええっと、どこまで見たかな?・・・ああ、ここだ・・・


 次は・・・鎧を固定する紐が12本・・・ハハッ、ようやく決闘の準備っぽく成ってきたじゃないか!?

 ええっと、それから・・・鎧を繋ぎ合わせるためのリベットが12個?

 まいったな・・・これは多分、鍛冶屋に注文しないといけないぞ・・・そっちの箱に入ってないかい?たしか、リベットだったか釘だったか入ってたはずなんだ。


 無い?

 8つだけ?


 まいったな、注文しとかなきゃ・・・ええと、次は・・・ランス長剣ロングソード短剣ショートソード短刀ナイフ・・・ようやく武器か。

 なんか、こういうのリストの上の方に書いといて欲しいよねっ、ハハハッ。


 おっと、いけないいけない。また無駄話しちまうとこだった。

 ええっと、武器はこっちの部屋だ。


 ランスって確か馬に乗って突撃する時に持つ長い奴だろ?

 私も一応、他所の騎士様のだけど馬上槍試合って奴を見たことあるんだ。


 え?

 いや、ウチの旦那様はそんなことしないよ!

 あの太鼓腹じゃ鎧も着れないし、鎧無しで馬に乗るのが精いっぱいだろうよ?


 そうだ、馬も用意しなきゃ・・・


 ああ、今の馬はもう歳とりすぎてヒトを乗せるのなんて無理なんだよ。

 まして鎧を着た騎士を乗せるなんてできっこない。


 え?


 前回の狩りの時はそりゃあ・・・旦那様は座って見てらっしたよ?


 無理無理、あの人に馬に乗って野山を駆け回るなんて芸当できっこないよ。

 一応、馬にはお乗りになられるけど、現場の近くに行って馬上からあれこれと指示をお出しになるだけさ。


 ああ、またっ!!

 だから無駄話してちゃダメなんだって!

 ほら、ランスだよ、あれ・・・いや違う、その隣の木で出来た細いヤツ。

 そうそれ、私が見た馬上槍試合ではそれと同じのを使ってたからそれで間違いないよ。


 え?


 そっちの?


 そっちの鉄で出来てる奴は私が見た馬上槍試合じゃ使ってなかったよ?

 こっちの木の細い奴だったさ。


 それが使われてるのは見た覚えが無いなぁ・・・違うんじゃない?


 だって、ウチの旦那様がそんな重たい武器持てるとは思えないけど・・・だいたい、そんな凄いの使ったら危ないんじゃないの?


 まあいいから、それ取って運び出しておいておくれ。

 重いの持ち出したって運ぶのはアンタなんだぞ?

 アンタだってどうせ運ぶなら軽い方がいいだろ?


 次は・・・バシネットの眉庇まびさしを覆う布?


 バシネットって何だろう?

 眉庇まびさし???


 アンタ知ってる?


 ふーむ、アンタも知らないのか・・・何だろうなぁ?

 仕方ない、テーブルクロスもう一枚持って行こう!

 バシネットってのが何なのかは知らんが、あれがウチで一番大きい布だからあれなら大抵のものは包めるだろ。


 ええっと、ようやくリストの最後だぞ・・・何々・・・祈る時に手に握る小旗???


 祈る時に握る小旗って何だろう?

 アンタわかる?


 え?・・・白旗?

 なるほど、降参する時に振る白旗か・・・てことはここに書かれてる「祈る」ってのは「助けてくれぇ」って命乞いすること?

 ふーん、随分と回りくどい表現するんだなぁ貴族様ってのは・・・いやいや、ホント、私ら庶民にゃついて行けんことばっかりさ。


 それと、リストには無いけど傷薬とかも持って行った方が良いだろうな。

 

 あとは・・・再就職先かなぁ・・・


 え?

 だってウチの旦那様が勝てるわけ無いだろう?

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